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東京高等裁判所 平成24年(行コ)14号 判決 2012年6月27日

控訴人

佐川急便株式会社

被控訴人

処分行政庁

中央労働委員会

被控訴人補助参加人

スクラムユニオン・ひろしま

同代表者

X4

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2 中央労働委員会(以下「中労委」という。)が, 中労委平成21年(不再)第23号事件について平成22年9月15日付けでした命令を取り消す。

第2事案の概要

1  本件は, 労働組合である補助参加人が控訴人に申し入れた団体交渉を控訴人が不当に拒否したとして, 中労委が控訴人に対して発令した救済命令の取消しを求めた事案である。

原審は, 控訴人の請求を棄却したところ, 控訴人はこれを不服として本件控訴を提起した。

2 前提事実, 争点及び当事者の主張は, 後記3のとおり当審における控訴人の補充主張を付加するほかは, 原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要」の2及び3に記載のとおりであるから, これを引用する (ただし, 原判決7頁末行冒頭から8頁3行目末尾までを削る。)。

3  当審における控訴人の補充主張

⑴  本件団体交渉における控訴人の対応の不当労働行為該当性(争点1)について

仮に控訴人が本件団体交渉当日にX1(以下「X1」という。)の退席か組合の謝罪かという二者択一を要求したことが不合理であったとしても, 団体交渉とは, 労使双方がそれぞれの意見や見解を率直に述べる場であるから, 不合理な意見や見解を述べること自体が禁じられるというものではなく, 相手方が不合理な意見や見解を述べれば, これに対し言論による批判や反論をすれば済むことである。 ところが, 補助参加人は, 控訴人の要求に対し, 言論による批判や反論を行ってこれを改めるよう求めることもなく, 直ちに一方的に団体交渉の席を立ち, 本件団体交渉を終了させた。 一方, 控訴人は団体交渉の席を立ってもいないし, 団体交渉を終了させる意思表示もしていない。したがって, 控訴人は, 本件団体交渉において, 誠意をもって団体交渉に当たらなかったわけではない。

⑵  残業代未払の議題は義務的団交事項に当たるか(争点2)について

補助参加人の佐川急便分会長であったX2(以下「X2」という。)は平成21年1月末日に, X1は同年11月20日付けで, X3(以下「X3」という。)は平成22年1月20日付けで控訴人を退職したため, 本件命令時に補助参加人の組合員に控訴人の従業員は存在しなくなったところ, 退職した組合員は労組法7条2号の「雇用する労働者」に該当しないし, 控訴人と補助参加人との間で正常な集団的労使関係秩序の迅速な回復, 確保を図ることは不可能になったから, 控訴人の団交応諾義務は本件命令時には消滅している。

また, 団体交渉は労使間の取引, 互譲による合意により団交事項を解決し, 労働協約を締結することを目的とするから, 互譲により労使の合意が成立する具体的な可能性がなければ団交応諾義務はないといえるところ, 補助参加人の組合員であるX2及びX1の控訴人に対する残業代支払請求権は時効消滅しており, 控訴人による互譲の可能性はないから, 残業代の支払は義務的団交事項に当たらない。

⑶  補助参加人の不当労働行為救済申立て要件の有無(争点3)について

労働組合は, 労働委員会に証拠を提出して労組法2条及び5条2項の規定に適合することを立証しなければ,労組法に規定する手続に参与する資格を有せず, かつ,労組法に規定する救済を与えられない(労組法5条1項)。ところで, 同条項上の労働委員会による資格審査の義務が主として国家に対するもので使用者に対するものではないとしても, 使用者は, 単に審査の方法ないし手続に瑕疵があること若しくは審査の結果に誤りがあることのみを理由として, 救済命令の取消しを求めることはできないが, 労働組合が労組法2条及び5条2項の要件を具備しないことを不当労働行為の成立を否定する事由として主張することにより, 救済命令の取消しを請求することは可能である(最高裁昭和32年12月24日第三小法廷判決・民集11巻14号2336頁参照)。

補助参加人においては,労組法が要求する役員の無記名投票による選出がされていないし,労組法5条2項7号にいう「職業的に資格がある会計監査人」による証明書が添付された会計報告がされていないから,労組法2条及び5条2項の要件を欠いている。 そのような補助参加人からの不当労働行為救済申立ては, 信義則違反であり, 不当労働行為救済申立制度の濫用である。

なお, 控訴人は, 上記の各事由に加え, 控訴人には同各事由に基づき本件命令の取消しを求める利益がないとする解釈は誤りであること及び控訴人の本件団体交渉における対応が不当労働行為に該当しないことなどを主張して, 本件命令の取消しを求めており, 単に補助参加人の資格審査の結果に誤りがあることのみを理由として本件命令の取消しを求めているものではない。

⑷  補助参加人に被救済利益があるか(争点4)について

本件命令の発令時までに補助参加人の組合員に控訴人の従業員がいなくなり, 補助参加人と控訴人との協議により集団的労使関係秩序を構築することはできなくなっているから, 補助参加人に労働委員会の救済命令による被救済利益は存在しない。 使用者が, 例えば, 労働委員会の手続を意図的に引き延ばすなどして, 労働組合の組合員が使用者に存在しなくなるような状態を作出することなど不可能であるから, 上記のように解しても不都合はないし, 将来, 使用者の従業員が労働組合に加入することがあっても, その従業員の労働条件は新たな団交事項になるだけのことであるから, 現在の被救済利益を肯定しなければならないわけではない。 また, 補助参加人の組合員であるX2及びX1の控訴人に対する残業代支払請求権は時効消滅しているから, 補助参加人に労働委員会の救済命令による被救済利益は存在しない。

第3当裁判所の判断

1 当裁判所も, 控訴人の請求は, 理由がないものと判断する。その理由は, 後記2のとおり当審における控訴人の補充主張に対する判断を付加するほかは, 原判決の「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから, これを引用する。

2  当審における控訴人の補充主張に対する判断

⑴  本件団体交渉における控訴人の対応の不当労働行為該当性(争点1)について

控訴人は, 本件団体交渉において補助参加人が控訴人に対して言論による批判や反論をすることなく一方的に席を立ったから, 控訴人は本件団体交渉を拒否していない旨主張する(前記第2の3(1))。

しかし, 引用に係る原判決の「第2 事案の概要」中の2⑶ア(原判決7頁7行目から21行目まで)に認定のとおり, 補助参加人のX4が, 控訴人側も出席者を事前に補助参加人に知らせていないし, X1は今日紹介したから, 団体交渉を始めたいと述べたのに対し, 控訴人側は, なお, X1の退席か補助参加人の謝罪を求めて押し問答となり, その結果, 補助参加人側の出席者は席を立ったのであるから, 補助参加人は, 控訴人に対し十分に批判や反論をしているというべきである。 それにもかかわらず, 控訴人は, 団体交渉に応じなかったのであるから, 本件団体交渉を拒否したものというべきである。

したがって, 控訴人の上記主張は, 採用することができない。

⑵  残業代未払の議題は義務的団交事項に当たるか(争点2)について

控訴人は, ① 本件命令の時点で補助参加人の組合員に控訴人の従業員がいなくなった, ② 団交事項である残業代支払請求権は時効消滅しているから, 控訴人に団交応諾義務はない旨主張する(前記第2の3⑵)。

しかし, 団交応諾義務の有無は, 不当労働行為の成否に関わる要件であるから,団体交渉の時点を基準に判断すべきであり, 団体交渉の時点で労働組合の組合員に使用者の従業員が存在していれば, 使用者に団交応諾義務はあると解される。

また, 仮に残業代支払請求権の消滅時効が完成しても, 残業代の支払を求めて団体交渉すること自体が直ちに不当なことであるとはいえないし, 時効の援用が信義則に反する等の理由により許されないこともあるから, 仮に残業代支払請求権に時効消滅の要件が備わっているとしても, 未払残業代を団体交渉における協議事項にすることは可能であり (なお, 本件命令当時, 確定判決によりX2及びX1の残業代支払請求権の不存在が確定していたことを認めるに足りる証拠はない。), 使用者にはこれに関する団交応諾義務があると解される。

したがって, 控訴人の上記主張は, 採用することができない。

⑶  補助参加人の不当労働行為救済申立て要件の有無(争点3)について

控訴人は, 補助参加人においては, 役員の無記名投票による選出がされていないし, 「職業的に資格がある会計監査人」による証明書が添付された会計報告がされておらず,労組法上の労働組合としての適格に欠けるから, そのような補助参加人からの不当労働行為救済申立ては, 信義則違反であり, 不当労働行為救済申立制度の濫用であるなどと主張する(前記第2の3⑶)。

しかし, 団体交渉は, 労働条件に関する労働者の交渉力強化の手段であるから,労働者を代表する団体であれば, 団体交渉の当事者としての適格を認めても不当ではないところ,労組法5条1項の資格審査は, 労働組合が同法2条及び5条2項の要件を具備するように促進するという国家目的のための, 労働委員会の国家に対する義務である。 そうすると,労組法上の労働組合としての適格要件を一部充足しない団体による不当労働行為救済申立てであっても, 当該団体に労働者を代表する実態があれば, 不当労働行為救済申立て自体が, 信義則違反であり, 不当労働行為救済申立制度の濫用であるなどとはいえない。 また, 補助参加人に控訴人が主張するような事情があるとしても,乙44ないし48によれば, 補助参加人は, 本件団体交渉当時, 控訴人の従業員であったX2, X1及びX3を代表していた団体であることが認められるから, 補助参加人による本件救済申立てが, 信義則違反であり, 不当労働行為救済申立制度の濫用であるとはいえない。

したがって, 控訴人の上記主張は, 採用することができない。

⑷  補助参加人に被救済利益があるか(争点4)について

控訴人は, ① X2,X1及びX3は, 本件命令の発令時までに, 控訴人を退職し,補助参加人の組合員に控訴人の従業員がいなくなった, ② 補助参加人の組合員であるX2及びX1の控訴人に対する残業代支払請求権は時効消滅したから, 補助参加人に労働委員会の救済命令による被救済利益は存在しない旨主張する(前記第2の3⑷)。

しかし, 本件命令は, 控訴人に対し残業代の支払に関する団体交渉に応じることを命じるものであるところ, 控訴人の従業員であったX2及びX1はその地位を失っても控訴人に対し在職中に支払われなかった残業代を請求することができるから,残業代の支払に関する団体交渉を命じることが, 補助参加人の組合員が控訴人の従業員としての地位を失ったという本件団体交渉後の事情変更により, 救済の手段方法としての意味を失ったとまでいうことはできない(最高裁平成22年(行ヒ)第46号平成24年4月27日第二小法廷判決・裁判所時報1555号238頁参照)。また,前記⑵に説示のとおり, 仮に残業代支払請求権の時効消滅の要件が備わっているとしても, 控訴人には未払残業代についての団交応諾義務があると解される。 そうすると, 補助参加人には, 未払残業代に関する団体交渉につき, 労働委員会の救済命令による被救済利益を認めることができる。

したがって, 控訴人の上記主張は, 採用することができない。

3  結論

よって, 控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり, 本件控訴は理由がないから棄却することとして, 主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第15民事部

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