東京高等裁判所 平成24年(行コ)162号 判決 2012年9月24日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、原判決別紙相手方目録の「相手方(議員名)」欄記載の各相手方に対し、同目録の「平成22年6月分から平成23年3月分まで費用弁償合計額」欄記載の各金員及びこれに対する平成23年9月7日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
第2事案の概要
本件は、東京都豊島区の住民である控訴人が、豊島区議会議員の議員報酬及び費用弁償等に関する条例(以下「本件条例」という。)における「議員が招集に応じ若しくは委員会に出席するため又は公務のため特別区の存する区域内を旅行したときは、日額旅費として3000円を支給する」旨の定めによる日額旅費の支給が違法である旨主張して、豊島区の区長である被控訴人に対し、地方自治法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟として、本件条例の定めにより日額旅費の支給を受けた区議会議員に対して各議員が支給を受けた日額旅費に相当する額の損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成23年9月7日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるよう請求した事案である。原審が控訴人の請求を棄却したことから、これを不服とする控訴人が本件の控訴をした。
関係法令の定め、前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)、争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり当審における控訴人の主張を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1項ないし4項に記載のとおりであるから、これを引用する。
(当審における控訴人の主張)
(1) 原判決は、議員に対する費用弁償の額や支給事由の定めは議会の裁量判断に委ねられていると判断した。
しかし、地方自治法203条は費用弁償について厳格かつ明確に条例によって定めることを要求しており、いかなる事由を支給事由とするか、額を幾らにするかを議会の裁量判断に委ねるという議会のお手盛りを許すような解釈は認められない。したがって、原判決の上記判断は誤りである。
(2) 原判決は、本件条例の定める日額旅費3000円には交通費だけでなく諸雑費も含まれていること、その額が他の特別区と比べて高額であるとは認められないことを理由に、本件条例における日額旅費の定めが裁量権の濫用又は逸脱として違法になることはない旨判断した。
しかし、議員が会議や委員会に出席するのは当然の行為であり、その準備、連絡調整、移動等のために諸雑費は必要ない。本件条例は、議員が招集に応じるなどして旅行したときに日額旅費として3000円を支給すると定めているのであって、諸雑費については何ら定めがないから、日額旅費に諸雑費が含まれていると解釈することはできない。
また、豊島区の場合、会議等に出席するための交通費は500円程度であるから、日額3000円とするのは実際に要する費用とかけ離れている。
他の特別区の中には定額主義を廃して交通費の実費しか支給しない区が増えているし、都内のすべての市は日額旅費を支給しておらず、一部の政令指定都市等においても同様である。このように定額主義の廃止や見直しが進んでいる現時点においては、日額3000円という定めは高額にすぎるのであって、交通費の実費をもって日額旅費と判断すべきものである。
したがって、本件条例の定めにつき議会の裁量権の濫用又は逸脱がないとした原判決の上記判断は大きな誤りである。
(3) 政務調査費と日額旅費の関係につき、原判決は、両者はその趣旨、目的及び使途を異にするから、政務調査費が交付されることは日額旅費に諸雑費が含まれないと解することの根拠にはならないと判断した。しかし、原判決によれば、議員がその活動のために行う準備、連絡調整、移動等に要する諸雑費が日額旅費に含まれるとされるが、この諸雑費と、政務調査費の認める調査旅費、広報費、広聴費その他の経費は、実質的に同一である。議員の活動にかかる経費は、日額旅費と政務調査費に明確に分かち難いものであるから、両者が異なるとした原判決の上記判断は誤りである。
さらに、政務調査費として認められた調査旅費は、会派の行う調査研究活動のために必要な先進地調査又は現地調査に要する経費であり、既に日額旅費を交付されている場合には使用してはならないものである。ところが、豊島区の議員の中には、議会の開催日に、自宅から議会が開かれる区役所までのタクシー代等につき調査旅費の交付を受けながら、日額旅費の交付も受けている者がおり、これは違法といわざるを得ない。
(4) 公用車等を利用した議長や議員への日額旅費の支給につき、原判決は、日額旅費に諸雑費が含まれることを理由に、違法ではないと判断した。しかし、公用車等を利用したということは交通費を使っていないということであり、そのような場合に準備、連絡調整、移動等のための諸雑費がかかるとも考えられない。したがって、公用車等を利用した場合にまで日額旅費を支給することは違法である。
第3当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人の請求は理由がないと判断する。その理由は、次のとおり当審における控訴人の主張に対する判断を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。
(当審における控訴人の主張について)
(1) 控訴人は、費用弁償の額や支給事由の定めにつき議会の裁量を認めた原審の判断が誤りである旨主張する。
そこで判断するに、普通地方公共団体の議会が、地方自治法203条4項の規定に基づき、その議員に対する費用弁償に関する条例を制定するに当たっては、あらかじめその支給事由を定め、それに該当するときには標準的な実費である一定の額を支給するとすることも許され、この場合に、いかなる事由を支給事由として定めるか、また、一定の額を幾らとするかは、当該議会の裁量判断に委ねられていると解すべきものである(最高裁平成2年12月21日第二小法廷判決・民集44巻9号1706頁、最高裁平成22年3月30日第三小法廷判決・裁判集民事233号391頁参照)。したがって、控訴人の上記主張は失当というほかない。
(2) 控訴人は、① 日額旅費に諸雑費は含まれないこと、② 3000円という額が実際に要する経費に比して高額であること、③ 他の特別区等で定額主義の廃止や見直しが進んでいることを理由に、本件条例の定めは裁量権の濫用又は逸脱に当たる旨主張するので、以下、検討する。
① 議会への出席等の議員としての活動をする上で諸雑費の支出を要する場合があることは、上記引用の原判決6頁10行目から20行目までのとおりであり、これと異なる認定・判断をするに足りる証拠はない。また、本件条例7条3項は、旅費の種類として鉄道賃・船賃・航空賃・車賃・日当・旅行雑費・宿泊料・食卓料及び渡航手数料の9種を列挙しており(乙1)、本件条例の規定上、日額旅費の使途が交通費に限定されると解することはできない。したがって、日額旅費に関する本件条例の定めが議会の裁量権の濫用又は逸脱に当たるかどうかは、これが交通費だけでなく諸雑費を含むことを前提に判断すべきものである。
② 日額旅費の額が実費の弁償とは考えられないほど高い金額である場合には、議会による裁量権の濫用又は逸脱があると考えられる。
これを本件についてみるに、豊島区内に居住する議員が招集に応じ、又は委員会に出席するために鉄道又はバスを利用して旅行する場合の交通費が500円以内にとどまるとしても(甲8の1及び2参照)、移動のためにタクシー等を利用する場合も考えられるし、上記①のとおり交通費以外の諸雑費が発生することもあるのである。そうすると、本件の関係各証拠上、議員が実際に負担し得る費用に比して、3000円という額が合理性を欠くとみることは困難である。
また、本件条例の定める日額旅費の額は、平成15年当時の特別区における日額旅費の調査結果を考慮して、平成16年に5000円から3000円に減額されたものであり、平成23年4月時点で、23の特別区のうち日額旅費を3000円とするものが6区(豊島区を含む。)、4000円とするものが3区、5000円とするものが8区であったというのである(原判決2頁2項(4)参照)。以上の事実に照らすと、5000円としていた特別区のうち2区が平成24年4月以降にその支給を取りやめ、又は取りやめる予定であること(甲48の1~3、49の1及び2)、東京都下の26市では従前から日額旅費を支給していないこと(甲12~37、50)を考慮しても、本件条例の定める日額旅費が高額にすぎると解することはできない。
③ 地方公共団体の議員に対する費用弁償については、あらかじめ定めた日額旅費を支給するのではなく、交通費等の実費のみを支給するものとする地方公共団体が増えていることがうかがわれるものの(甲46、47、48の1~3、49の1及び2参照)、費用弁償の額及びその支給方法は地方公共団体ごとに条例で定めるとされているのであるから(地方自治法203条2項、4項)、日額旅費として一定の額を支給するか、交通費その他実費のみを支給するかといった事項は、各地方公共団体の議会が、それぞれの地域の実情等を考慮して判断すべきものと考えられる。また、特別区のうち過半数(支給を取りやめるものとした2区を除いても15区)が3000円以上の日額旅費を支給すると定めていることは、上記②のとおりである。そうすると、現時点において、日額旅費を支給しないと定める地方公共団体が増えていることを理由に、豊島区の議会が現在の取扱いを改めないことが合理性を欠くと判断することはできない。
以上によれば、控訴人の上記主張を採用することはできず、日額旅費に関する本件条例の定めに議会の裁量権の濫用又は逸脱があるとはいえないと判断するのが相当である。
(3) 控訴人は、日額旅費と政務調査費として認められる調査旅費その他の経費は実質的に同一であるから、諸雑費を含めた日額旅費を支給することは違法である旨主張する。
そこで判断するに、日額旅費と政務調査費がその趣旨、目的及び使途を異にすることは原判決7頁の3項(1)のとおりであり、これと異なる認定・判断をするに足りる証拠はない。また、日額旅費の支給を受けた議員が、本来日額旅費により賄うべき交通費又は諸雑費に充てるために政務調査費の交付を受けたとすれば、政務調査費を不適切に使用したものとしてその交付が違法になる余地があるとしても、日額旅費は、その支給事由(本件条例7条2項)があれば支給されるものであるから、日額旅費の受給を違法とみることは困難である。したがって、政務調査費に関する控訴人の主張は、日額旅費に関する本件条例の定めが裁量権の濫用又は逸脱に当たるかどうかの判断に影響するものでなく、失当と解すべきものである。
(4) 控訴人は、議員が移動のために公用車等を利用した場合に日額旅費を支給することは違法である旨主張する。
そこで判断するに、公用車等を利用した場合には、その乗車区間については交通費を要しないといえるものの、日額旅費には上記(2)①のとおり諸雑費も含まれるものであるし、また、公用車等を利用したのと同じ日に、議員活動のために公用車等を利用せずに他の区間を旅行することも考えられる。そうすると、公用車等を利用した場合を日額旅費の支給事由から除外しなかった点においても、議会に与えられた裁量権の濫用又は逸脱があるとはいえないと解するのが相当である。
第4結論
以上のとおりであるから、控訴人の請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。
よって、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加藤新太郎 裁判官 竹内純一 長谷川浩二)