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東京高等裁判所 平成24年(行コ)73号 判決 2012年7月11日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  処分行政庁が平成22年3月16日付けで控訴人に対してした輸送施設の使用停止及び附帯命令処分(関自監旅第○号)を取り消す。

3  被控訴人は,控訴人に対し,1064万7354円及びこれに対する平成22年5月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。

5  第3項につき仮執行宣言

第2事案の概要

1  事案の要旨

一般乗用旅客自動車運送事業等を営む控訴人は,処分行政庁である関東運輸局長から,平成22年3月16日付けで,道路運送法(以下「道運法」という。)に基づく旅客自動車運送事業運輸規則(以下「運輸規則」という。)に違反する事実が認められるとして,道運法40条1号に基づく輸送施設(事業用自動車)の使用停止及び同法41条1項に基づく附帯命令(自動車検査証の返納,自動車登録番号標の領置)を内容とする行政処分(関自監旅第○号,以下「本件処分」という。)を受け,被控訴人に対し,本件処分は,その前提とする違反行為がいずれも存在せず,法令等の解釈・適用を誤っている上,違反行為と処分内容との間に不均衡を来たしており,処分に当たり提示された理由も不十分であるから,道運法40条,行政手続法14条等に違反するとして,その取消しを求めるとともに,国家賠償法1条1項に基づき,本件処分を受けたために得ることができなかった事業上の利益相当額の損害金1064万7354円及びこれに対する平成22年5月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

原審は,控訴人の請求をいずれも棄却したところ,控訴人が請求の認容を求めて控訴した。

2  当事者の主張等

(1)  関係法令等の定め,前提事実,争点及びこれに関する当事者の主張の要旨は,次のとおり当審における控訴人の主張及びこれに対する被控訴人の主張を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の1ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  当審における控訴人の主張

本件処分は,その根拠となる特別監視地域の指定制度がタクシー事業への参入障壁をなくして自由競争の中から公共の福祉に供する業界秩序を形成しようとした平成12年の道運法の改正の趣旨に反するものであり,違法である。

ア 本件処分は,関東運輸局長の公示(平成20年7月11日付け「緊急調整地域の指定等について」,以下「本件公示」という。)により,控訴人の営業区域である「特別区・武三交通圏」(東京都特別区,武蔵野市及び三鷹市)が特別監視地域として指定されたことに基づき,違反行為①ないし③について,処分日車数を特別監視地域指定後に増車があったことを理由に3倍に加重して行われたものである。

イ しかし,道運法は,平成12年法律第86号による改正(以下「平成12年改正」という。)において,タクシー事業への参入及び需給調整に係る規制方針を変更し,需給調整を撤廃し,タクシー事業への参入障壁をなくして自由競争の中から公共の福祉に供する業界秩序を形成する方針を採用した。

すなわち,平成12年改正前の道運法(以下「旧法」という。)は,「貨物自動車運送事業法(平成元年法律第83号)と相まって,道路運送事業の適正な運営及び公正な競争を確保するとともに,道路運送に関する秩序を確立することにより,道路運送の総合的な発展を図り,もつて公共の福祉を増進すること」を目的とし(旧法1条),一般乗用旅客自動車運送事業(以下「タクシー事業」という。)の開始について免許制を採用して(同法4条1項),申請者の事業の開始によって当該事業区域に係る供給輸送力が輸送需要量に対し不均衡とならないか否か等について審査することとしていた(同法6条1項。以下「需要調整規制」という。)。タクシーの増車・減車を含む事業計画の変更は軽微な事項を除き,すべて運輸大臣の認可を受けなければならないこととされており(同法15条1項),認可の基準は,「当該事業の開始が輸送需要に対して適切なものであること」(同法6条1項1号),「当該事業の開始によって当該路線又は事業区域に係る供給輸送力が輸送需要量に対し不均衡とならないものであること」(同項2号),「その他当該事業の開始が公益上必要であり,かつ,適切なものであること」(同項5号)などであった。

これに対して,平成12年改正後の道運法(以下,単に「道運法」という。)は,「貨物自動車運送事業法(平成元年法律第83号)と相まって,道路運送事業の運営を適正かつ合理的なものとすることにより,道路運送の利用者の利益を保護するとともに,道路運送の総合的な発達を図り,もつて公共の福祉を増進すること」を目的とすることとし(道運法1条),一般乗用旅客自動車運送事業の開始について許可制を採用して(同法4条1項),需要調整規制を廃止した。また,タクシー台数の増車・減車については,従来の認可制に変えて届出制を導入し(同法15条3項),認可や事業計画変更の基準が大幅に改正され,「当該事業の計画が輸送の安全を確保するため適切なものであること」(同法6条1号),「前号に掲げるもののほか,当該事業の遂行上適切な計画を有するものであること」(同条2号),「当該事業を自ら適確に遂行するに足る能力を有するものであること」(同条3号)という基準とされ,需給の調整に関する条項が原則として撤廃された。ただし,供給輸送力が「輸送需要量に対し著しく過剰となっている場合であって,当該供給輸送力が更に増加することにより,輸送の安全及び旅客の利便を確保することが困難となるおそれがあると認める」とき,これに対処するために「緊急調整地域」を指定し(同法8条1項),その場合に限り当該地域での新規事業許可や増車を禁じる(同条3及び4項)ことができることとされているが,これは,運輸局長の公示ではなく,国土交通大臣の告示によるべき旨明確に規定されている。

ウ 本件公示は,タクシー事業の需給調整を目的とする制度であり,国土交通大臣の告示も存在していないのに運輸局長が勝手に公示を出して需給調整を行う構図となっている。これは,平成12年改正の趣旨に反する。

被控訴人は,本件公示により,監査や行政処分の運用上の制度としての特別監視地域の指定制度を設け,指定に伴う措置として,増車を行ったものに該当するものは,行政処分及び点数制による点数の付加についてさらに厳しく取り扱うこと,違反に故意若しくは重大な過失がなく,かつ,特別監視地域指定後に自主的に一定以上の減車を行った事業者については行政処分及び点数制の取扱いについて考慮することを定め,減車を促す処置まで講じている。さらに,平成20年7月11日付けで,「公示 特別監視地域等の指定に伴い試行的に実施する増車抑制対策等の措置について」という関東運輸局長の公示を定め,増車届出事業者に対する事前監査制度として,当該監査を実施した結果,自動車その他の輸送施設の使用停止以上の処分(以下「車両使用停止以上の処分」という。)を課すこととなる法令違反が確認された場合には,当該監査終了時に当該事業者に対して,当該車両使用停止以上の処分が確定するまでの間の措置として,当該増車の届出に基づく増車の実施を当面見合わせる旨の指導(増車見合わせ勧告),当該監査の結果に基づき,後日,車両使用停止以上の処分が確定した際に,減車の勧告を行う旨の通知(減車勧告処分の予告)ができること,車両使用停止以上の処分が確定した際に,当該増車の届出による増車について,減車の手続を行うよう運輸支局長が文書により指導する(減車の勧告)ことを定めている。

これらの勧告内容からすると,本件公示は,監査に伴う処分を行うことを予め通知してタクシー事業者の増車を制限するのみならず,減車の勧告まで行おうとする制度であって,過去に存在しない強い需給調整を目的とするもので,道運法8条の国土交通大臣の告示の範囲を超えた需給調整を目的とした違法な公示というべきである。

よって,本件公示は平成12年改正がタクシー事業への参入障壁なくしてより自由な競争の中から適正なタクシー業界秩序の形成を目指し,その制限もきわめて限定的な定めとしている趣旨に反するものである。特に供給過剰が著しくなった場合,さらなる増加が輸送の安全及び利用者の利便を確保することが困難となるおそれがあると認められる場合に,特定の地域,期間を定めて,国土交通大臣の告示により緊急調整地域を指定すると定めており,一定期間,一定の地域で増車の制限を目的としているのみで,既に存在するタクシーの減車の措置には至っていない。この意味からも同法8条1項の趣旨を逸脱する需給調整を目的としており,平成12年改正後の道運法に違反するものであることは明白である。

エ よって,本件公示に基づき行われた本件処分は,裁量権の逸脱があり違法である。

(3)  上記控訴人の主張に対する被控訴人の主張

道運法の改正経緯や各通達の制定経過等から明らかなとおり,特別監視地域等の指定制度及びこれに基づく処分の加重は,需給調整それ自体を目的とするものではない。

すなわち,平成12年改正において,道運法及びタクシー業務適正化臨時措置法の一部を改正する法律(平成12年法律第86号,以下「改正法」という。)により,旧法6条等が定めていた行政が新規参入を直接的に調整するいわゆる需給調整規制は廃止された。しかしながら,タクシー事業は,その性質上供給過剰に陥りやすく,また,既に供給過剰の兆候が生じている地域において新規に参入したタクシー事業者や増車等を行ったタクシー事業者は,運行管理や労務管理がおろそかとなり,これが利用者へのサービスの質の低下を招く危険性を一層増大させていることは,上記改正以前から指摘されていたところ,需給調整規制の廃止と併せて,上記の問題をいかに防止するかも議論されていた。

かかる議論を踏まえ,平成12年改正に当たっては,事前参入規制である需給調整規制を廃止し,新規参入時点における間口を広げる代わりに,「輸送の安全確保」や「利用者の利益の保護,その利便の増進」という道運法の目的が損なわれないよう,参入後における事業者への監督を強化することでこれを実現するという方針に転換され,改正法施行後においてはタクシー事業者の運行管理等に関わる違反行為に対して厳格に対処する政策(事後チェック)が採用されたのである。

特別監視地域の指定も,上記政策の一環として策定されたものであるから,道運法40条に基づく処分をするに当たり,同地域における違反に対して厳格に対処することは,むしろ平成12年改正の予定するところであって,供給過剰地域における輸送の安全や利用者の利便を確保することを企図した合理的なものにほかならず,同法の趣旨・目的に反するものではない。

第3当裁判所の判断

当裁判所も,控訴人の請求は,いずれも理由がないと判断する。その理由は,次のとおり補正し,当審における控訴人の主張に対する判断を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」に説示するとおりであるから,これを引用する。

1  原判決の補正

(1)  30頁9行目の「この点をAに指摘すると,Aは」を「この点を指摘すると,監査立会人は」に改める。

(2)  36頁13行目末尾に続けて次のとおり加える。

「したがって,上記各基準の規定が違反行為を類型化させて記載しているにすぎないにもかかわらず,上記各基準が違反行為を限定的に定義したものであるとして,各規定の字義を厳格に解釈して,これに該当する行為のみが違反行為として処分の対象とされているとする控訴人の主張はその前提を欠くもので理由がない。」

(3)  38頁5行目の「処分要件の存否に」を「控訴人や控訴人代表者には,これらの違反行為について少なくとも過失があったといえるから,本件処分に関し,不利益処分を課する要件として,違反者に法令違反行為につき故意又は過失があることを要すると解したとしても,本件処分が処分の要件に欠けるところはないという結論に」に改める。

(4)  同19行目の「また」から20行目の「いえるから」までを次のとおり改める。

「また,<ウ>についても,Aがどのような手段により運行記録計を解錠したのかにかかわらず,運行管理者において,運行記録計記録用紙に対する日常的な管理として,乗務員から同用紙や乗務日報を提出させ,これらを確認し,運行の状況について報告を受けるなどの適切な運行管理を継続的に行っていさえすれば,容易に不正行為を発見することができるはずである(甲42。原判決別紙4の1のとおり,日報上において帰庫時刻と最終乗客降車時刻との不整合が多数生じていたにもかかわらず,これを放置していたことは,これらの管理を怠っていたことを裏付ける事実といえる。また,これらの不整合と運行記録計の記録を対照すれば,運行記録計自体を操作して虚偽の帰庫時刻を作出していたことを容易に疑うことができたといえる。)から,Aの解錠手段の如何によって控訴人の責任が否定されることはなく,控訴人の主張する上記各事由は」

(5)  48頁16行目の「(乙11の1)」を「(甲42(控訴人のB営業所に対する監査の2日後に行われた控訴人のC営業所に対する監査に関して,関東運輸局自動車監査指導部自動車監査官D(以下「D監査官」という。)が,監査時に,控訴人に対して,調査の対象とした期間及び違反をした乗務員名(調査の対象となった書類に係る乗務員名)を説明しており,これは通常どおりの監査であったことを述べていることからすれば,本件の監査においても同様の説明が行われたものと推認することができる。),乙11の1)」に改める。

(6)  同22行目の「具体的な反論」を「例えば,違反行為②について,記録に事実と違う記載があった事実は認めつつ,改ざんの事実はないと反論するなどの具体的な反論」に改める。

(7)  同23行目の「(なお,Aの運行記録計記録紙も添付されている。)」を「(なお,D監査官は,別件の訴訟において,C営業所に対する監査に関して,監査時に「何日と何日が拘束時間をオーバーしているという言い方はしておりません」,「件数については説明しておりません」などと証言している(甲42)が,件数については,本件通知書に記載があり(乙12),対象となっている書類,乗務員及び期間(1か月間の短期間である。)について説明が行われているのであるから,控訴人においては,これらに基づき,問題とされた記録を確認したり,監査官に連絡を取って確認を行うことによって,個々の具体的な違反行為を容易に特定することが可能であったと認めることができる。)」に改める。

2  当審における控訴人の主張に対する判断

(1)  控訴人は,本件処分は,各違反行為に係る基準日車数の算定について,特別監視地域に指定された地域内における事業者に関する違反事項として加重して算定されているところ,控訴人は,特別監視地域の指定制度は,平成12年改正の趣旨に反するものであって違法であるから,本件処分も違法であると主張する。

(2)  平成12年改正前の道運法においては,新規参入についていわゆる免許制を採用し,新規事業者の参入の許否の場面において,行政が業界における需要と供給の均衡を直接的に調整する制度が採用されていたところ,その後,いわゆる規制緩和の流れの中で,各種業態において市場原理の導入を図ることが政策課題とされ,交通運輸分野においても,原則として旅客輸送サービスの供給を自由化し,市場原理により,交通運輸事業者の創意工夫及び市場における公正かつ自由な競争を通じた事業活動の効率化・活性化を図り,交通運輸サービスの多様化や高度化,運賃の多様化や低廉化等交通利用者の利便の増進を図ることとして,各分野において,いわゆる需給調整規制を原則として廃止する方針が採用された。そして,これに基づき,平成12年改正が行われ,タクシー事業についても,免許制度が許可制度に変更され,増車についても事前届出の手続により行えるようになるなど,事業への新規参入が自由化されることとなった。以上の経過は控訴人の主張に沿うものである。

(3)  しかし,平成12年改正は,輸送の安全を確保し,道路運送の利用者の利益の保護及びその利便を図るという道運法の目的の実現についてまで行政の規制の対象外として,すべて事業者間の自由競争に委ねる趣旨の下に行われたものと認めることはできない。

ア タクシー事業は,その性質上供給過剰に陥りやすく,供給過剰となると競争が激化して,運転者らの労働条件の悪化や利用者へのサービスの質や安全性の低下がもたらされることが懸念されていたため,平成12年改正の過程において,タクシー事業の規制緩和を行うについて,上記のような悪影響への対応の必要性が認識され,安全の確保に関する行政の関与の在り方として,安全に関する立入検査等については,新規参入による事業者数の増加,利用者に対する安全に関する情報の適時適切な提供の必要性等を考慮すれば,検査の回数の増加,検査対象事業者の重点化,検査内容の充実,検査結果の公表等,効果的・効率的な検査体制づくりを目指すべきであるとの方針が示されるなど,事業者の参入の規制は緩和しながらも参入後の監督体制(事後規制)の強化によって輸送の安全及び利用者の利便等を確保する方向で議論が重ねられていたことが,平成5年5月11日付け運輸政策審議会答申(乙45),平成8年4月8日付け運輸経済研究センターのタクシー運賃制度研究会報告書(乙46),平成10年6月9日付け運輸政策審議会総合部会答申(乙44)及び平成11年4月9日付け同審議会自動車交通部会答申(乙47)の内容により明らかである。

イ そして,平成12年改正に係る法案審議の過程においても,内閣(主管庁:運輸省)は,輸送の安全及び利用者利便の確保は,需給調整規制廃止後においても旅客自動車運送事業にとって重要な課題であり,これらについて十分な措置を講じていく必要があると付言しつつ,改正に係る法案を国会に提出しており(乙52),国会において,供給過剰により輸送の安全や利用者利便が低下することを懸念する論議があり,運輸政務次官において,輸送の安全の確保や利用者利便の確保は需給調整規制廃止後においても重要な行政課題であり,事後のチェックにおいても十分な措置を講ずることの必要性は十分認識し,法案においてもそのような仕組みになっている旨の答弁を行い,運輸大臣においても,輸送の安全確保のため,運行管理体制や事後チェックの充実等を図る旨の答弁を行っている(乙53,54,56,57)。

ウ 以上によれば,平成12年改正は,事前参入規制としての需給調整規制を廃止して,新規参入時点における間口を広げる代わりに,上記道運法の目的を,参入後における事業者への監督を強化することで実現するという方針に転換し,改正法施行後においてはタクシー事業者の運行管理等に関わる違反行為に対して厳格に対処する政策(事後規制制度)が採用されることとなったものであり,上記目的の実現を事業者の自由競争に委ねたものとは認められない。事後規制として,道運法40条に基づく使用停止,事業停止等の処分を厳格に行うことは,上記改正の趣旨や同法の目的に反するものではなく,むしろこれらに沿うものといえる。

(4)  そして,平成12年改正の経過を踏まえて,国土交通省は,改正法の施行に合わせて,新たに規定された緊急調整措置は極めて権利制限性の強い規制であることから,このような事態を可能な限り抑止するためのいわば予防措置として,実車率,日車営収について一定の要件を満たし,著しい供給過剰になるおそれのある地域を対象に,重点的な監査,点数制の運用の厳格化等により,供給過剰による労務管理や安全管理,利用者へのサービスの質の低下といった弊害に対する規制の遵守を徹底させることを目的とする監査や行政処分の運用上の制度としての特別監視地域の指定制度を設け,同指定地域について,監視においては,特に,事故,違反等の多い事業者,新規・増車事業者については最重点として対応すること,行政処分においては,最高速度違反,過労運転等による事故の場合の指導監督義務違反,これらの事故を引き起こす可能性の高い安全関係法令(乗務時間,最高乗務距離,ノルマの強制禁止,運行記録計設置・記録義務等)等の違反があった場合には,行政処分及び点数制による点数の付加について,非指定地域よりも厳しく取り扱うとともに,特別監視地域指定後に新規許可又は営業区域拡大の認可を受け又は増車を行った事業者については,行政処分又は点数制による点数の付加について更に厳しく取り扱うこととし(平成13年10月26日付け通達「緊急調整措置の発動要件等について」),関東運輸局長は,平成14年1月31日付けで「一般乗用旅客自動車運送事業者に対する行政処分等の基準について」(関自旅2第6554号,関自保第946号)を公示して,その中でこれを行政処分の処分基準として具体化した(乙40,41,61,70)。なお,同処分基準については,平成16年9月(乙65,66)及び平成20年7月(乙18,67)に改正されており,控訴人は,改正後の基準に基づき本件処分を受けたものである。

上記のとおり,著しい供給過剰になるおそれのある地域を行政処分の運用上,特別監視地域として指定して,同地域内における違反行為に対する処分を加重することについては,その目的が,過剰な競争に伴う労務管理や安全管理,利用者へのサービスの質の低下という道運法の目的に反する弊害の発生するおそれが現に生じている状態にある状況を踏まえて,これらの弊害に係る違反に対して他の地域よりも厳格に対処することにより,同目的の実現を図るものであるから同法の目的に沿うものであり,また,平成12年改正に際して必要な措置として論じられていた事後規制の強化にも沿うものであるといえる。

したがって,道運法40条に基づく処分をするに当たり,特別監視地域における違反であることを処分を加重する要素として考慮することには,合理性があるというべきである。また,上記の考慮については,何ら需給調整の効果を伴うものとは解されない。

(5)  特別監視地域の指定に係る運用においては,同地域内における違反行為に対する処分を他地域における違反行為と比較して加重することに加えて,同地域の指定後に保有車両数を基準車両数より増加させている事業者について,更に加重することとして行政処分の基準を定めており,本件処分においても控訴人が上記事業者に該当することを理由として加重された内容の処分となっている。そして,控訴人は,上記加重についても,平成12年改正の趣旨に反する旨主張しているものと解される。

しかし,上記加重は,平成12年改正の施行前から規制緩和による増車が原因となり事故率の上昇や利用者へのサービスの質の低下等の弊害を招くことが指摘されていたこと(乙50)を踏まえて,運輸省において,平成12年改正の過程で,事後規制の強化の方針を示すに当たり,重点的な監査を行うべきタクシー事業者として,過去1年間において事故,利用者からの苦情等の法令違反等が多いタクシー事業者と並んで,新規に参入したタクシー事業者,最近において増車が多いタクシー事業者を挙げ,流し営業中心の大都市地域等において,これを前倒しで実施していたところ(乙48の1,2),特別監視地域の指定制度の設定するについて,これが,同地域指定後に新規許可を受け,又は増車を行ったタクシー事業者について,重点的な監査の対象とするとともに,最高速度違反,過労運転等による事故を引き起こした場合の指導監督義務違反,これらの事故を引き起こす可能性の高い安全関係法令違反等の違反を行った場合には,行政処分等について更に厳しく取り扱う運用を行うこととして採用されたものであり(乙40,61),その目的は増車を直接的に規制しようとするものではなく,増車自体は許容しつつ,著しい供給過剰になるおそれのある地域を対象に,供給過剰による労務管理や安全管理,利用者へのサービスの質の低下といった弊害に対する規制の遵守を徹底させることを目的とする運用として規制違反に対する行政処分を加重することとしたものである。そして,統計上も,急激な増車を行った一般乗用旅客自動車運送事業者が法令違反を犯す傾向が高いこと(乙69),新規に参入したタクシー事業者や増車を行ったタクシー事業者については,他のタクシー事業者と比較して,道路交通法108条の34に基づく通報件数のうち最高速度違反の件数が多く,苦情(乗車拒否,接客不良・事業者の苦情対応不適切,運賃・料金関係,う回運転等の旅客の利便確保に関するものについて)件数についてもより多く,タクシー業務適正化特別措置法34条1項1号に基づく指導を受けた件数も多いこと(乙62)など,新規に参入したタクシー事業者や増車を行ったタクシー事業者に,安全管理等が不十分となり,輸送の安全,利用者の利益や利便への配慮が行き届かない傾向があると認められていることからすれば,輸送の安全確保,利用者の利益の保護及びその利便の増進という道運法の目的を実現する見地から,新規に参入したタクシー事業者や増車を行ったタクシー事業者に対して,労務管理や安全管理,利用者サービスに係る一定の規制の遵守を他のタクシー事業者に比してより強く要請する趣旨でこれらの規制に違反する行為に対する行政処分を加重することには一応の合理性があるといえる。

さらに,特別監視地域に係る運用が,市場原理による規律が期待できない供給過剰状態になるおそれのある地域を対象とするものであり,また,増車した事業者に対する行政処分の加重は,増車自体を直接的に規制するものではないことを考慮すれば,本件処分の処分行政庁である関東運輸局長が,特別監視地域の指定後に保有車両数を基準車両数より増加させている事業者について,規制違反行為に対する行政処分の内容を更に加重することとして行政処分の基準を定めたこと及び本件処分においても控訴人が上記事業者に該当することを理由として加重された内容の処分を行ったことについて,平成12年改正の趣旨に反すると認めることはできないというべきである。

(6)  なお,道運法は,平成12年改正により供給輸送力が輸送需要量に対し著しく過剰となっている地域に対する新規参入を制限する緊急調整地域の指定の制度(道運法8条)を新設しているが,平成12年改正の前記経過に照らせば,道運法が需給調整を原則的に廃止し,同制度を設けたことから,これによらない限りは,需給調整の効果のある規制を行うことを一切許容しない趣旨で上記改正が行われたと解するべき理由はない。

また,控訴人は,関東運輸局長平成20年7月11日付け公示「特別監視地域等の指定に伴い試行的に実施する増車抑制対策等の措置について」により設定された増車届出事業者に対する事前監査制度において,増車見合わせ勧告や減車の勧告が定められていることなどから,特別監視地域の指定制度ないし控訴人の営業区域を特別監視地域に指定した同日付けの本件公示は,強い需給調整を目的とするものであると主張するが,特別監視地域における違反行為に対して行政処分を加重する運用は,関東運輸局長の平成14年1月31日付け公示「一般乗用旅客自動車運送事業者に対する行政処分等の基準について」によって採用されているものであるから,上記事前監査制度とは別個の運用であり,これをもって,特別監視地域の指定制度や本件処分を違法とする根拠とはならない。

(7)  以上のとおり,特別監視地域の指定の制度及びこれを前提とする行政処分の加重の運用は,平成12年改正の趣旨に反するものと認めることはできず,同改正の趣旨への背反を根拠として本件処分を違法とする控訴人の主張は理由がない。

3  なお,控訴人は,控訴理由書において,上記主張のほか,原判決の説示を不当とする種々の主張をしているが,いずれも理由がなく,原判決の結論を左右するに足りるものではない。

第4結論

以上によれば,控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとする。

(裁判長裁判官 梅津和宏 裁判官 中山顕裕 裁判官 野口忠彦)

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