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東京高等裁判所 平成25年(う)1348号 判決 2014年12月17日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中450日を原判決の刑に算入する。

理由

主任弁護人松本和英及び弁護人松下勝憲の控訴趣意は,事実誤認及び量刑不当の主張である。

第1事実誤認の主張について

1  原判決が認定した罪となるべき事実の要旨

原判決は,罪となるべき事実として,要旨,以下の事実を認定した。

被告人は,リゾート施設会員組織の運営,管理,会員権の管理,販売及び各種観光地の開発,企画などを業務目的とする株式会社b(以下「b社」という。)の全株式を実質的に保有し,同社の実質的オーナーとして業務全般を統括掌理していたものである。b社は,cグループの会員制リゾートクラブ「d倶楽部」の施設利用預託金及び施設利用料名目で金銭を詐取することなどを共同の目的とする多数人の結合体であって,その目的を実現する行為を組織により反復して行っていた団体である。

被告人は,原審における分離前の相被告人A(以下「A」という。)及びb社の役員及び従業員らと共謀の上,b社の活動として,Aらをその構成員とする組織により,真実はb社が大幅な債務超過の状態にあり,cグループのホテル等の資産を売却しても施設利用預託金を全額返還することができず,また,宿泊ポイントの未利用分の払戻し等の支払資金も不足するなど,施設利用預託金の5年後の返還及び付与された宿泊ポイントの未利用分の払戻しに応じる意思も能力もないのに,

(1)  前記d倶楽部の施設利用預託金及び施設利用料の名目で金銭を詐取しようと考え,平成21年9月上旬頃から平成22年5月24日までの間,Bほか143名に対し,前後155回にわたり,b社の営業員及び電話勧誘員(以下「テレフォンアポインター」ともいう。)において,電話又は面談で,「預託金は5年後に戻ります。」「使い切れなかったポイントは現金で換金することが可能となっています。」などと嘘を言い,前記Bらをして,施設利用預託金の5年後の返還及び付与された宿泊ポイントの未利用分の払戻しが確実に受けられる旨誤信させ,よって,平成21年9月3日から平成22年5月24日までの間,前記Bらに,現金合計2億6999万8320円を現金等で交付または振込入金させ(原判示第1及び第3の各事実),

(2)  既に前記d倶楽部に施設利用預託金及び施設利用料を支払わせていた会員に対し,既存会員資格より上級のコースに再入会させる「グレードアップ」等を勧めて同会員らへの施設利用預託金の返還及び宿泊ポイントの未利用分の払戻しの履行期限を延期する財産上の利益を得るとともに,新たにグレードアップ等するコースの施設利用預託金及び施設利用料と既に支払い済みの施設利用預託金及び宿泊ポイント未利用分との差額の金銭を詐取しようと考え,平成21年9月上旬頃から平成22年5月25日までの間,既に前記d倶楽部の施設利用預託金及び施設利用料を支払わせていたDほか49名に対し,前後56回にわたり,前記Dらが,施設利用預託金の5年後の返還及び宿泊ポイントの未利用分の払戻しに必ず応じてもらえるものと誤信しているのに乗じて,b社の営業員及び電話勧誘員において,電話または面談で,「銀行に預けるよりもお得ですし,損することはありません。」などと嘘を言い,新たにグレードアップ等したコースの施設利用預託金の5年後の返還及び付与された宿泊ポイントの未利用分の払戻しが確実に受けられる旨誤信させ,よって,平成21年9月4日から平成22年5月25日までの間,前記Dらに,現金合計1億3581万0317円を,現金で交付または振込入金させるとともに,前記Dらから,合計1億5470万4564円の返還の履行期限の延期を受けた(原判示第2及び第4の各事実)。

2  原判決の事実認定の補足説明の要旨

原判決は,本件の主な争点は,①被告人に詐欺の故意,共謀が認められるか,②b社が組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(以下「組織犯罪処罰法」という。)にいう「団体」に当たり,かつ,本件各行為が,上記団体の活動として詐欺を実行するための組織により行われたといえるかの2点であるとした上,要旨,以下のとおり説示した。

(1)  被告人の詐欺の故意について

ア 被告人は,d倶楽部の事業計画自体に無理があり,預託金等の返還には困難が伴うことが当然予想されることを認識していた上,実際,事業計画がうまくいかず,平成21年8月末の時点で,実質的に破綻状況になったことを認識していたと認められ,それにも関わらず,同年9月以降も従前どおりd倶楽部の会員を募集し続けていたのであるから,同月上旬までには詐欺の故意を有していたと認められる(原判決43頁。「事実認定の補足説明」第2,2(5)「小括」)。

イ ○○事業に関する弁護人の主張について

弁護人は,被告人が,平成21年9月当時,京都府京丹後市○○町にある建設途中で放置されたホテルを会員制ホテルとして再開発し,そのホテルの利用権を販売するなどの事業(以下「○○事業」という。)を具体的に実施しており,○○事業により,b社に多額の利益が入る見込みがあり,その後も○○事業によって得た資金をもとに同様の開発を行う計画であったので,預託金を返済できると考えていたから,詐欺の故意がないと主張する(原判決43頁。「事実認定の補足説明」第2,3(1)「弁護人の主張の概要」)。

弁護人の主張を前提としても,○○事業は,建物の改修工事は具体的な完成の目途が立っていないこと,会員権の本格的な販売の態勢が確立されていないこと,会員権の早期の完売は期待できる状態ではないことなど,預託金の返還が可能な程度の高い収益を上げることが相当確実に見込まれるような状態にはなく,被告人もそのことを十分認識していたといえるばかりか,○○事業は客観的に見て成功する可能性に乏しく,そのことを被告人も十分認識し得たといえるから,○○事業によって預託金を返還できると認識していたから詐欺の故意がないとの弁護人の主張は採用できない(原判決47,48頁。「事実認定の補足説明」第2,3(2)イ(オ),エ)。

(2)  団体性等について

b社は,d倶楽部の会員権システムを運営する会社として設立され,被告人の指揮命令に基づき,Aが統括する営業部門の営業員やテレフォンアポインターらが,会員を勧誘して,会員権販売をしていたが,遅くとも平成21年9月の時点においては,いわば自転車操業状態に陥り,実質的に破綻状況にあったのに,5年後に確実に預託金等を返還できるなどと嘘を言って,会員権を販売したりコースのグレードアップをさせたりして,多額の預託金を支払わせるなどした。そうすると,遅くとも各犯行の時点においては,b社は,d倶楽部の預託金及び施設利用料名目で金銭を詐取することなどを共同の目的とする団体に該当する状態にあり,かつ,本件各行為は,b社という団体の活動として,詐欺を実行するための組織により行われたと認定でき,この点に関する被告人の認識に欠けるところはない(原判決48,49頁。「事実認定の補足説明」第3「団体性について」)。

(3)  共謀について

ア 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

経理責任者のG(以下「G」という。)が,当時b社の代表取締役であったC(以下「C」という。)に対して,b社の資金繰りが厳しい状況を相談したところ,Cが会議を開くことを決定し,平成21年8月12日に会議が開かれ,C,A,トップクラスの営業員であるJ,H,K,L,Gらが出席した。Gは,出席者に対し,平成21年4月から6月までの未払分の支払先と7月分の支払予定を記載した書面を配布し,被告人がd倶楽部の預託金振込口座から金員を引き出させるなどしたため,b社に金がないことを説明した。そうすると,Aが,営業員が金を返せないとわかって金を集めたら罪になる旨述べて,Gを叱責した。結局,解決策は決まらず,そのまま会員の募集が続けられた(原判決49頁。「事実認定の補足説明」第4,1)。

イ このような事実からすれば,Aや出席した営業員らにおいては,b社の資金繰りが逼迫し,財政状況が破綻していることを知りつつ,d倶楽部の募集をそのまま続けているといえる。そうすると,遅くとも平成21年9月上旬には,AやJら同年8月12日の会議に出ていたb社関係者と,それと同様の認識を有していた被告人との間で本件組織的詐欺の黙示の共謀が成立したことが認められる(原判決49頁。「事実認定の補足説明」第4,2)。

3  論旨

論旨は,被告人には詐欺の故意がない,実行行為者とされる営業員及びテレフォンアポインターらにも詐欺の故意がない,被告人とこれら実行行為者との間に組織的詐欺の黙示の共謀もないなどとして,いずれの理由からも被告人は無罪であるのに,これらの詐欺の故意及び共謀を認定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。

4  当裁判所の判断

原審記録を調査して検討すると,原判決の認定,判断は,所論と同旨の原審弁護人の主張に対し「事実認定の補足説明」の項において説示するところを含めて,被告人の詐欺の故意を認定した点については,論理則,経験則等に照らして合理的なものと認められるから,当裁判所も是認することができる。b社の団体性及び被告人とb社関係者との黙示の共謀を認定した点については,その理由の説示にやや説明不足の点が見られるものの,結論において正当と認められる。以下,所論を踏まえ補足して説明する。

(1)  被告人の詐欺の故意について

ア 原判決が適切に認定するとおり,b社の事業は,入会後5年後に予定される預託金返還額に見合った収益を産み出しておらず,d倶楽部の会員から集めた預託金等以上の利益を会員にもたらすにもかかわらず,b社の事業において預託金返還の原資を確保するための仕組みが整わないままに,集めた預託金等を多額の営業員の報酬や未利用宿泊ポイントの払戻しなどの人件費・販売管理費等の経費に費消する構造となっている。また,被告人は,経理担当者に指示してb社の預貯金口座から出金をさせるなどして,私的な用途に費消したほか,多額の使途不明金を生じさせており,何らかの投資・投機,新たなホテル事業等の投資等に回す部分があったとしても,少なくともb社には現実に収益がもたらされることはなかった。そして,b社は,平成21年9月時点で,手持ち資金が底をつき,毎月の預託金の入金によりかろうじて必要経費を賄い,他に確実な収入の当てがない自転車操業の状態であり,○○事業に投資すべき資金の当てもなく,事業協力者のI(以下「I」という。)にはさらなる出資の意思がなかったものである。○○事業に関しては,ホテルの建物・敷地の不動産は取得されているが,これもk株式会社が費用の相当部分を立て替えている状態で,今後のホテルの内外装・施設の改修・整備の具体的な見込みは立っていない状態であった。また,施設が完成したとしても,会員権が目論み通り売れる保証は全くなく,仮に売れたとしても,当時の計画段階ですらb社の取り分は20億円程度で,平成21年8月31日の時点で約189億円に上った預託金の返還総額には到底及ばず,それも短期間に得られるものではない。結局,○○事業はまだ抽象的な青写真にすぎず,具体的な事業計画とはなっていないものといわざるを得ない。b社は,平成21年9月時点で既に資金が底をついているのであるから,直ちに資金の手当てができなければ,b社の事業継続自体が不可能となることが明らかであり,その時点で資金繰りの相当確実な見込みがなければ破綻は確実というべきであるから,その状態でd倶楽部の会員の勧誘をするのは詐欺行為といえる。被告人は,このようなb社の状態を十分に知り得る立場にあったのであり,実際に承知していたと認められるから,本件各詐欺につき,被告人の故意を認定した原判決は合理的である。

イ 所論は,①未利用宿泊ポイントについて,二次募集以降はb社に払戻し義務はなく,b社が会員に返還すべき金額は,大多数を占めるブロンズ会員の場合,入会費用100万円のうち施設利用預託金80万円だけであって,会員権のシステム自体から返還義務額は集めた資金を超えるものではないから,b社に未利用宿泊ポイントの払戻し義務があることを前提として会員に対し返還すべき金額を算出した原判決の認定は誤っていること,②会員に返還すべき預託金は,平成21年9月ないし平成22年5月から5年後に返還可能であればよく,それも一時期に払う必要はなく,各会員の入会時期に応じて順次返還時期が到来するのであり,しかも,全ての会員が解約するとは考え難いから,実際の返還額はより低額で済んだ可能性が高いこと,③返還原資としては,(ア)新たな預託金,(イ)施設利用料,(ウ)ホテルの運営収入,(エ)ホテル売却による収入,(オ)分譲事業の展開((キ)を含む),(カ)被告人の10億円以上の手元資金,(キ)○○事業の収益,の7点があり,5年後の返還資金は十分確保できていたこと,などから,5年後の預託金返還は容易であり,被告人はこれに自信を持っていたから,被告人に詐欺の故意はない,というのである。以下,所論に即して具体的に検討する。

ウ 所論①について

所論は,b社は預託金返還資金を確保できる状況にあり,被告人もこれを確保できるものと確信していたとして,まず,会員権の仕組みと返還義務額について,以下のとおり主張する。すなわち,未利用宿泊ポイントに関して,一次募集の場合は,未利用宿泊ポイントについて払戻し条件を設けなかったものの,二次募集では,「宿泊ポイントの払戻し制度は,会員の皆様が健康上の理由等により,宿泊ポイントを消化出来ない場合の救済処置制度となっております。」と募集パンフレットに記載されているとおり,未利用宿泊ポイントの払戻しは会員の権利,すなわちb社の義務ではなく,疾病等により宿泊ができないなどの特別の事情が認められる場合に,b社の配慮により払戻しをすることがあるというものであった。したがって,会員の多くを占めている二次募集において,その多くを占めるブロンズ会員の場合,5年後の支払額は80万円となる,という。

しかしながら,原審で取り調べた証拠によれば,二次募集の際に用いられたパンフレットには,確かに所論の指摘する内容の注意書きが付加されていることが認められるものの,これは,Aが,出資法に抵触するのではないかとの顧客からの指摘を契機として,未利用宿泊ポイントについても無制限に買い取りに応じると出資法に抵触するのではないかと考えて付け加えた条件であり(甲432),パンフレットに「健康上の理由等により,宿泊ポイントを消化出来ない場合の救済処置制度となっております。」と注意的に記載されているものの,払戻しの具体的な要件,審査手続・基準等につき何ら記載されていない。顧客に対する勧誘の実態についても従前と変わらずに,未利用の宿泊ポイントについては一定割合で払い戻す旨説明するだけで,払い戻さない場合があるとの説明がなされた形跡はなく,逆に原判決が認定した勧誘状況・欺罔文言のとおり,宿泊ポイントの払戻し率が高率であることが強調されており,そのため後に関東財務局からd倶楽部の会員権について金融商品と間違う危険性を指摘されたことすらあるというのであって(甲432),従前の宿泊ポイントの取扱いについて何ら変更を加えるものではなかった。また,実際の払戻しの手続の際にも,会員は,未利用の宿泊ポイントについて,次年度に繰り越すか,現金で精算するかを選択し,現金精算を希望する場合には,その旨記載した「更新カルテ」を提出するだけで払戻しが実行され,払戻しの条件として宿泊ポイントを消化出来なかった健康上の理由等が必要であるとの説明はなく,現金精算を希望する会員に「健康上の理由等」を明らかにするよう求めることもなかった(甲342)。これらの宿泊ポイントの実情に照らすと,前記パンフレットに付記された注意書きは,Aが出資法抵触との批判をかわすために便宜的に書き加えたに過ぎず,何ら宿泊ポイントの取扱いに実質的な変更を加えるものではなかったものと認められる。このことは,平成21年夏頃から未利用宿泊ポイントの会員への払戻しの遅延問題が顕在化し,会員から苦情を述べられたことから,その対策として,更新時の案内において,未利用宿泊ポイントの払戻しにつき,従前10営業日前後で払戻し金を振り込む旨告知していたのに対し,新たに「最長2カ月程でお振込みさせていただきます」と告知内容を変更して払戻し時期を先延ばしし,その説明のために,金融庁の指導で一月に支払えるキャッシュバックの枠が制限されたなどと虚偽の内容の通知を出すなどしていたものの(甲342),前記パンフレットの注意書きの内容に従って払戻しの条件を厳格に審査するといったことが行われず,その検討すらされた形跡がないことに照らしても十分に裏付けられている。

エ 所論②について

所論は,会員に返還すべき預託金は,平成21年9月ないし平成22年5月の本件各行為時ではなく,それぞれその5年後に返還可能であればよいと主張する。しかし,原判決は,b社の財務破綻,返還すべき預託金額の多額さに照らせば,翌年から預託金の返還が始まる平成21年9月時点で,○○事業等により「今後の預託金返還が十分に可能な程度の高い収益を上げることが相当確実に見込まれることを要する」(原判決44頁)とした上で,その「ような状態にはなく,被告人もそのことを十分に認識していた」(原判決48頁)として,詐欺の故意がないという弁護人の主張を排斥している。さらに,原判決は,その前提として,当時b社は入ってくる預託金で,未利用宿泊ポイントの払戻し,営業員へのコミッション,従業員らの給料等の支出をまかなうという自転車操業を続けており,被告人も,預託金の返還,未利用宿泊ポイントの払戻しのためには,預託金を用いて相当の収益を上げなければならないこと,ホテルの利益を上げることだけでは預託金返還は困難であることを認識していた上,平成21年8月末当時必要な支払ができるような財務状態でないことを認識していたから,詐欺の故意を有していたと結論づけている。すなわち,平成21年8月末時点で,b社は,単に資金不足に陥っていたというだけでなく,構造的に,多額の人件費・販売管理費等の経費を預託金でまかない,ホテル事業への投資は現実に収益を上げるには至らず,被告人が私的に流用するなどしたこともあって,預貯金,現金が底をつき,預託金等の受け入れが滞れば,その月の必要経費の支払もできず,ホテルも含めて営業継続が危ぶまれていたという状況を踏まえて,翌年からの多額の預託金返還債務の履行のためには,「相当高い収益を上げられることが確実に見込まれること」が必要であり,そうでなければ,翌年からの預託金返還ができなくなり,そうなれば事業の継続もできないから,ひいては5年後の預託金返還ができないことは明らかであるので,平成21年9月の時点において「相当高い収益が確実に見込まれる」ことがない限り,詐欺の故意が認められると説示しているのであって,このような原判決の判断は合理的であって相当である。のみならず,b社は,平成21年8月末当時で,営業経費の支払も滞る逼迫した財務状態にあったのであるから,その状態が早期に解消されなければ,営業の継続自体に支障が生じ,自転車操業すらできなくなることが容易に想定されるから,被告人が,5年後の預託金返還が可能であると認識したから詐欺の故意がなかったというためには,平成21年9月の時点で,単に将来的に高い収益を上げることが相当確実に見込まれるというだけでは足りず,遅くとも1次募集の預託金返還が始まる平成22年4月頃までには高い収益を上げることが相当確実に見込まれることが必要というべきであり,本件各組織的詐欺の対象となった各被害者の預託金返還期限が到来する平成26年9月ないし平成27年5月頃に高い収益が見込めるということでは足りない。また,返還期限が到来する会員の中に会員資格の継続を望む者がいることが一定程度見込めるとしても,どの程度いるのか確実に予測することが困難である以上,被告人としては,全額について返還義務が発生するという前提で対応を検討すべきであるし,5年経過後の会員全員分の預託金全額について返還が可能であるといえない限り,確実に返還できるという確信を抱くことはできないはずであるから,そのような確実な根拠がない限り,詐欺の故意がないとはいえない。所論は理由がない。

オ 所論③について

(ア) 所論は,被告人には,b社の預託金返還資金の調達見通しがあったとして,まず会員権販売事業によって得られる施設利用料(大多数を占める二次募集のブロンズ会員の場合20万円)を預託金返還に充てることが可能である,ホテル運営の収入を預託金返還に充てることもできた,などと主張する。しかしながら,入会費用(施設利用預託金及び施設利用料の合計)100万円(ブロンズ会員の場合)のうち20万円の施設利用料では,預託金返還はおろか,人件費・未利用宿泊ポイントの払戻しを含む販売管理費等の経費はまかなえない。現にb社は,設立後毎期約22億円ないし約33億円の経常損失を計上している。これは,一時的な経営不振ではなく,b社の収支構造が元々収益を生み出すようにはなっていないことに起因するものである。原判決も指摘するとおり,平成17年以降のcグループの合算の損益計算書では,ホテル事業の損益は赤字で,預託金で赤字を補填している状況であり,平成21年度からは,宿泊客の大半が会員で占められ,宿泊ポイントが使用されることから,ホテルの現金収入が著しく減少し,宿泊ポイントの清算金に依存するようになった。清算金は預託金から支払われているため,b社としては,ホテルで使用された宿泊ポイントの80パーセントに相当する清算金を当該ホテルに支払う必要があるから,未利用宿泊ポイントの60パーセントに相当する額を会員に払い戻すよりも,b社としての支出額は増えることとなる(例えば,二次募集のブロンズ会員に5年間で付与される60万円分の宿泊ポイントのうち,その半分である30万円分の宿泊ポイントが利用されたとした場合,b社は,会員が宿泊したホテルにその80パーセントの24万円の清算金の支払を要し,残りの30万円分の未利用宿泊ポイントの60パーセントに相当する18万円を会員に払い戻す必要があるから,これらを合計するとb社の支出は総額42万円であるのに対し,宿泊ポイントが全く利用されなかった場合,b社の支出は会員への払戻し額36万円のみとなる。)。したがって,原判決が前提とした宿泊ポイント全部が払い戻された場合が,b社にとって最も負担が小さいのであり,その場合ですら預託金返還のためには相当の収益を上げる必要があると判断されているのである。

(イ) 所論は,cグループのホテル売却による収入が期待できるとして,原審検察官が主張する不動産評価額はホテル事業の資産価値を考慮していない,原判決は,継続企業としての資産価値を評価すべきであるにもかかわらず,事業の破綻を前提に事業解体後の不動産価値を算定しており,ホテルの資産価値評価を誤っている,と主張する。しかしながら,先に認定したとおりcグループは,全体として赤字決算であり,個々のホテルもgホテルを除けば赤字営業であって,その改善の見通しは立っていない。赤字営業のホテルの事業継続を前提としてもとりたてて資産価値の評価が上がるとは考えられないから,不動産価格で評価するほかない。本件で想定されているのは,預託金返還の方策が尽き,ホテルを売却して預託金を支払うという状況であって,これ以上経営が継続できないという前提であるから,清算価値で評価するのが不合理とはいえない。gホテルは黒字経営であったが,これを売却するということは,b社事業の基盤となるホテルを売却するということであるから,d倶楽部が成り立たず,b社の事業継続もあり得ない。ちなみに,gホテル単体であれば,黒字であるから継続資産価値はある程度見込めるが,平成20年4月ないし平成21年1月の間の営業利益が1900万円余りに過ぎないから(甲346),営業利益は年間多くとも2400万円程度と見込まれ,この程度の営業利益であれば,その継続資産価値が不動産としての価値である7億5000万円余りを大きく上回ることは困難と考えられる。いずれにしても,gホテルを含むcグループの資産を売却しても,会員に対する預託金返還に不足することが明らかであるから,所論は理由がない。

(ウ) 所論は,会員に対する預託金返還義務の履行のために新たな預託金収入を充てることも一時期の資金繰りの方法として許されないものではない,と主張する。しかしながら,指摘のとおり,一時的な流用はあり得るかもしれないが,他に収益の見込みのない状態で預託金からの支払いを続ければ,事業の破綻は必至というほかない。b社には事業本来の収益がほとんど想定されておらず,預託金は収益ではないのに,多額の人件費・販売管理費等を支出し,さらに被告人による私的な使用や使途不明のまま被告人によって出金され,被告人に対する貸付として処理された多額の資金等により全部費消されているのであるから,破綻するのは当然といえる。収益として考えられるのは,ホテル事業等の投資による利益だが,平成22年以降期限が到来する預託金返還債務との見合いでの具体的な投資計画,例えば,預託金返還債務の履行のために,いつの時点で,いくら返還資金を確保する必要があるのか,そのためにどのような事業に投資し,いつ,いくらの利益が見込めるのかという点について,具体的に検討された形跡はなく,ただ被告人が預託金の入金された口座から現金を持ち出して場当たり的に不動産投資をしているにすぎない。このような状況下で,入金された預託金に手を付け,返還期限の到来した会員に対する預託金返還義務の履行のために使用すれば,いずれ行き詰まり,経済的に破綻することは必至であって,新たな被害を増やすだけであることは明らかであるから,新たな預託金を従前の預託金返還資金の原資とすることは許されない。このことは被告人にも容易に理解されるはずであるから,これをもって被告人が預託金返還することが可能であったと認識していたとは認められない。

(エ) 所論は,被告人は平成21年9月時点でも約10億円以上の現金を所持していたと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。

カ ○○事業について

(ア) 所論は,○○事業用のホテルは,完成の目処は立っていなかったという原判決の指摘(前記2(1)イ)に対し,○○事業は,平成21年9月から平成22年5月の間少しずつ進んでおり,工事費用の目処が完全に立ってはいなかったが,被告人ないしIの出資が予定され,○○事業は高い収益が期待できる健全な事業計画として存在した,事業中断の原因は強制捜査が入ったからであるとして,具体的な事業準備活動として,①ホテルの敷地の大部分をk社名義で取得し,残りについても地権者との間で売買契約締結済みであり,平成21年10月ころIが事業参加に名乗りを上げ,約6億円の出資を決意し,建築確認が得られ,その後,外壁改修工事をm社に発注し,労働基準監督署に足場工事の届出を行うなど,工事の具体的な準備が進んでいた,②Nを代表者として販売会社n社が設立され,パンフレット,会員規約,利用規約,契約書のひな形が作成され,平成22年4月ころよりd倶楽部会員を対象に預託金の返還金をoホテルの分譲代金に振り替えることを提示して販売開始されており,手数料を徴収し,工事費用等の資金繰りに充てた,などと主張する。しかしながら,所論の指摘する準備活動は,原判決においても十分に考慮されているものであり,建物の改修工事は具体的な完成の目途が立っておらず,Iが既に被告人に融資した4億円を超える出資をする意思がなかったことは原判決が認定するとおりであって,具体的に新たな資金提供者も見当たらず,○○事業の遂行に必要な資金調達の余力もない事業計画に客観的な成功の可能性に乏しいとの原判決の判断は合理的で相当である。

(イ) 所論は,本格的な会員権の販売態勢は確立されていなかったという原判決の指摘(前記2(1)イ)に対し,ホテル外装が完成し,現地ないし神戸等のモデルルームができれば,本格的分譲開始は十分可能であった,仮に1口198万円,手付金50万円としても,販売予定の7944口を完売できれば,手付金として39億7200万円が入金され,3分の1の契約としても13億2400万円が入金されるから,Iからの資金導入と合わせて,販売経費,建設費用は問題なく調達できた,などと主張する。しかしながら,かかる主張は画餅に過ぎず,原判決も指摘するとおり,b社においては,平成22年5月の時点で○○事業会員権販売のための営業体制はほとんど整っていなかった。その上,具体的なマーケティングもしないうちに数千口の会員権の販売が短期間でできるという根拠はない。仮に,資金調達ができ,ホテルの改修工事を始められたとしても,預託金返還期限が順次到来し始める平成22年4月頃までにその返還原資が確保できる保証はない。預託金返還が滞れば,b社の事業継続はできず,○○事業も頓挫することになり,結局,5年後の返還も不可能となるから,所論は理由がない。

(ウ) 所論は,○○は立地が悪く,会員への金銭の返還を予定しておらず,会員のメリットが少ないことから,早期の販売は期待できないとの原判決の指摘(前記2(1)イ)に対し,①○○は,間人(たいざ)ガニのブランドで有名なリゾート地である,②シェアハウス方式は一般化したリゾートマンションの利用法である,③完売に3年はかかり,モデルルームなしに販売するのは無理なので,○○は後回しにすべきと被告人に進言した,という内容のAの検察官調書(甲430)は信用できず,Aは,原審公判で,営業員を二,三百人集めれば,1年で完売できると証言した,④Nは,関東在住のd倶楽部の会員から,手付金だけで約1500万円を入金させており,これは会員への販売は容易であったことを裏付ける,などと主張する。しかしながら,これらの点についても原判決が適切に説示するとおりであり,関東を中心とするd倶楽部の会員を対象とするのであれば,○○の立地が最適であるといえないことは明らかである。そうすると,Aが,○○の立地やd倶楽部会員の需要を考えると,完売には約3年かかり,モデルルームもないのに未完成の状態で完売するのは無理と考え,被告人に○○事業をあきらめるか後回しにすべきと助言したという前記検察官調書の内容が,○○事業の実態等に整合するから信用でき,所論の指摘するAの原審公判供述が信用できないという原判決の判断は合理的で相当である。また,シェアハウスがリゾートマンションの利用方法として一般化した方式であり,ビジネスモデルとして成り立つと一般的にはいえても,具体的に○○事業がどうなるかは別問題であり,直ちに確実な収益を上げるということができないことは明らかである。

キ これまで説示したとおり,○○事業は,確実性を欠く計画に過ぎない。将来的に収益を上げることができるか不確実であるばかりでなく,平成21年9月当時においては,○○事業のために新たな資金が必要となることはあっても,近い将来に収益を上げる見込みは計画の上ですらない。したがって,○○事業があったからといって,既に日常的な経費にも不足していたb社が,平成22年4月頃に迫った預託金返還期限の到来に備えて,返還資金の原資を捻出することが無理であることは明らかであったといえる。ひいてはb社の事業継続ができず,平成26年9月以降の預託金返還が不可能であることも明らかというべきである。被告人は,b社の手持ち資金が枯渇したこと,従業員の人件費,未利用宿泊ポイントの払戻し資金の捻出,さらにはホテルの運営費用にも支障が生じていることを認識しており,b社の事業継続自体が危ぶまれ,まして平成26年からの預託金返還の原資が確保できないことも十分に認識できたというべきであるから,預託金返還の意思も能力もないと評価するのに十分である。そして,預託金返還の原資を確保できると信じるに足りる合理的な事情があれば,故意が阻却される場合があり得るとしても,○○事業によって,預託金返還資金を確保できると信じるに足りる合理的な事情は認められない。よって,原判決が,原判示各詐欺行為につき,被告人に詐欺の故意を認定したことは,論理則,経験則等に照らして合理的であって,当裁判所も是認することができる。

(2)  団体性について

ア 所論は,b社につき詐欺を共同の目的とする多数人の継続的結合体である団体であると判断した原判決の認定は誤りであるとして,テレフォンアポインターや営業員が,b社ないし被告人の資金が底をつき,5年後の預託金返還は無理との認識をもっていなかった,テレフォンアポインターらの捜査段階の供述は捜査官らの作文に協力してしまったと推測される,などと主張する。

イ そこで,検討すると,組織犯罪処罰法3条1項の組織的詐欺罪が成立するためには,詐欺罪に当たる行為が,団体(詐欺行為の実行という共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって,その目的等を実現するための行為の全部又は一部が組織により反復して行われるもの)の活動(団体の意思決定に基づく行動であって,その効果又はこれによる利益が当該団体に帰属するもの)として,詐欺行為を実行するための組織(指揮命令に基づき,あらかじめ定められた任務の分担に従って構成員が一体として行動する人の結合体)により反復して行われることを要する。所論は,ここでいう団体性を肯定するには,団体構成員全員が詐欺を行うという目的で一致団結する必要があると主張するが,その団体の構成員全員が,指揮命令系統の末端に至るまで詐欺の故意を有し,詐欺行為の実行を目的として結合している必要はないというべきであり,その団体の主要な構成員が上記のような結合体を構成していれば足りると解するのが相当である。本件では,少なくとも平成21年8月12日の会議に出席した営業部門を統括していたA,幹部営業員のC,その他J,H,K,Lといった中核的な営業員らは,経理責任者のGから手持ち資金がないとの報告を受けた結果,従前から認識していた会員に対する未利用宿泊ポイント払戻しの遅延や,営業員に対する報酬の遅配などのb社の財政的行き詰まりを示唆する事情に加えて,b社の資金繰りが逼迫していることを具体的に知らされたことになる。これら前記会議に参加した者らは,被告人の指揮命令の下,Aが統括する営業部門に所属する,b社の主要な構成員ということができ,中でもAは被告人と並んでb社の意思決定に関与していたものである。これらの者らは,b社の事業内容についても相応の知識を有していたはずであるから,b社の事業がそれ自体では十分な収益を産み出すことがなく,預託金の返還のためには,d倶楽部の会員から集めた金員を新たなホテル事業へ投資するなどの資金運用により多額の収益を上げるほかないシステムであることを十分に承知していたものと認められる。ところが,前記会議後は,現実には資金運用による収益が得られておらず,保管されているはずの多額の現金がb社の口座には存在しないことを知らされたのであるから,遅くともこの時点において,前記会議に参加した者らは,b社が実質的に破綻状態にあり,事業の継続が極めて困難であるから,今後新たにd倶楽部の会員を募り,あるいは会員にさらなる会員権の購入ないしグレードアップを勧誘しても,入金された預託金等を返還することは不可能であることを認識するに至ったものと認定できる。そうすると,平成21年9月以降は,b社が破綻状態にあり,集めた預託金を返還する能力がないことが客観的に明らかになっており,そのことを認識しながら,新たに会員権販売等を勧誘し,預託金の交付を働きかけることは,その返還意思もないことに帰するから,この時点以降の新たな勧誘行為はすべて詐欺行為となる。この理はb社の業務全般を統括する被告人のみならず,営業部門を統括し,b社の意思決定にも関与するA及びその他の前記主要な構成員ら全員に当てはまることであるから,その結果,b社が団体の活動として行っている会員権販売がすべて詐欺行為に当たるということになる。したがって,この時点以降において,b社が詐欺行為の実行を目的とする団体に転化したというべきであり,本件各行為は,b社という団体の活動として,詐欺を実行する組織により行われたと認定できる。

ウ 原判決は,b社が平成21年9月時点で破綻状況にあったのに,預託金等を返還できるなどと嘘を言って預託金等を支払わせていたという事実から,b社が金銭詐取を共同の目的とする団体に該当し,団体の活動として詐欺を実行するための組織により行われたと認定している(原判決48,49頁)。原判決が,b社という団体自体が共同の目的を有しているような判示をしている点については正確さを欠くといわざるを得ないものの,その趣旨は,b社の業務全般を統括管理している被告人に加えて,Aを始めとするb社という団体を構成する主要な構成員が金銭詐取の共同の認識及び目的を有し,本件各行為が,b社という団体の意思決定に基づき,詐欺を実行するための組織により行われたと評価できるというものと善解することができるから,原判決の上記認定は結論において正当である。

エ なお,b社の主要な構成員以外の,営業員及びテレフォンアポインターについては,所論が指摘するとおり,本件各詐欺行為の実行行為者として特定されている者やそれ以外の者を問わず,報酬や給与の遅配があったというだけで,平成21年9月頃の時点でb社が預託金等を返還する能力がない状態になったことを認識したと断定するのには無理があるというべきである。これらの者の中には,検察官に対し,詐欺の未必の故意があった旨自認している者もいるが,その内容は,給与の遅配などでb社の経営に不安を感じながら,勧誘を続けたという趣旨の程度のものであって,それだけで未必の故意があったとまでいえるかどうかも疑問が残る。しかし,末端の営業員やテレフォンアポインターの詐欺についての認識の有無は,b社の組織犯罪処罰法上の団体性の認定には影響がないから,この点に関する原判決の認定を左右しない。

(3)  共謀について

ア 所論は,実際に会員募集にあたった営業員やテレフォンアポインターたちは,b社の財務自体が破綻に瀕しているなどとは思っていなかった,Aらb社の幹部らは,被告人が大金を隠し持ち,他人に大金を貸し付けるなどして巨額の運用をしていることを信じており,被告人の資金力に対する不安はなかった,したがって,A及び他の幹部営業員を始めとしてb社の営業員及びテレフォンアポインターには詐欺の故意すらなかったから,被告人との共謀もあり得ない,と主張する。

イ しかしながら,前記(2)イで説示したとおり,A及びその他のb社の主要な構成員が,平成21年8月12日の会議に参加して,b社が資金繰りに窮し,実質的に破綻状態にあることを知らされた以降,会員権の勧誘行為を継続することは詐欺行為に当たることを認識していたことは優に認められる。所論は,上記会議の際に,Gがb社の口座に金がないと言って支払予定表を配布したことは事実としても,Aが,営業員の士気を落としてはならないと思い,すぐに資料を回収し,約15分で会議が終わった,Aは,「営業員が金を返せないとわかって金を集めたら罪になる」などと発言していない,などと主張するが,経理責任者であるGが,A及び主要な営業員を集めて,b社の口座に資金がなくなっていることを説明したのは間違いなく,Aが短時間で配布された資料を回収したとしても,参加者にその趣旨が伝わらないはずがないし,現に,Aはその趣旨が営業員らに伝わったからこそ,営業員の士気が落ちるとして資料を回収し,Gを叱責したものと認められる。Aの前記発言については,Gの原審公判供述によって認定できるのみならず,前記発言の有無にかかわらず,Aほか主要な営業員に対し,b社が実質的破綻状態にあることが伝わったことには変わりがないから,詐欺の故意の認定に影響はない。また,Aらが,被告人が大金を有していると信じていたという点については,10億円を持っているという被告人の発言以外に根拠はなく,被告人が大金を持っているのであれば,b社の支払が遅延する事態が生じ,現に支障が生じているにもかかわらず,被告人がこれを放置することに合理的な理由がなく,現にb社の口座から残金がなくなっていることの説明がつかないから,被告人の上記発言は到底信じるに値しない。Aらが,被告人が大金を持っていると信じていたから,集めた預託金等を返還できると認識していたとは認められない。

ウ そうすると,A,C及びJら平成21年8月12日の会議に参加していたb社の主要な構成員らには,遅くとも同年9月上旬には,b社の営業活動を続け,d倶楽部の会員権の勧誘をすることにつき,詐欺の故意が認められる。そして,同様に詐欺の故意を有していた被告人とAらは,b社の営業活動を行うということで従前から意思を通じ,被告人の指揮の下で営業活動に従事していたのであるから,詐欺の故意を共有するに至った時点で,b社の営業活動として行われた本件各詐欺につき,黙示の共謀が成立したと認められる。

エ ただし,本件各詐欺の実行行為者のうち,末端の営業員やテレフォンアポインターについては,前記(2)エで説示したとおり,詐欺の故意を未必的にでも有していたというには疑問が払拭できないから,被告人とこれらの者との共謀についても認定することはできない。被告人とA,C及びその他の主要な構成員らとの共謀が成立することは前記のとおりであり,他の末端の営業員及びテレフォンアポインターは,被告人及びAを頂点とするb社の組織の中で,その指揮命令系統の下で,上位者の指示に従って,その情を知らずに本件各詐欺の実行行為に従事させられたものと認められる。原判決がこれら実行行為者との共謀につきどのような認定をしたのか必ずしも判然とはしないが,このような趣旨であると善解できる。なお,原判決の「罪となるべき事実」のうち冒頭の事実において,「被告人は,A及びb社の役員及び従業員らと共謀の上」と認定しているが,「被告人は,A,G,C及びJらb社の役員及び従業員らと共謀の上,情を知らない営業員及びテレフォンアポインターらの従業員らを利用して」とするのが正確である。

(4)  結論

以上の次第であるから,被告人につき,b社関係者との黙示の共謀による各組織的詐欺の事実を認定した原判決の判断は,論理則,経験則等に照らして合理的なものと認められる。事実誤認の論旨は理由がない。

第2量刑不当の主張について

論旨は,被告人を懲役18年に処した原判決の量刑が重すぎて不当である,というのである。

そこで,検討すると,本件は,会員制リゾートクラブを運営する会社の実質的なオーナーとして業務全般を統括掌理する被告人が,会社の役員及び従業員らと共謀の上,その会社の活動として組織的に,その会社が大幅な債務超過の状態で,その資産等を売却しても,預かった預託金を全額返還することができず,交付した宿泊ポイントの未利用分の払戻し等の支払資金も不足するなど,預託金の返還等に応じる意思も能力もないのに,顧客に対し,預託金を5年後に全額返還し,宿泊ポイントの未利用分を現金で換金するなどと嘘を言い,前記預託金の返還及び未利用宿泊ポイントの払戻しが確実に受けられる旨誤信させ,のべ194名の被害者から合計約4億円の現金等を詐取し,約1億5470万円につき履行期限の延期を受けたという組織的詐欺の事案である。

原判決は,本件が組織的であるとともに常習的な犯行であること,本件各詐欺行為の態様が巧妙で悪質であること,被害額が甚大であり,被害者の多くは高齢者で老後の蓄えを失った悲しみや痛みは大きく,各被害者が被告人らの厳重な処罰を望んでいること,被告人は,b社の経営方針等の重要な事項について強い決定権を有し,預託金の使途についても独断で決定し,預託金を私的に流用するなどして,経営破綻に陥らせ,預託金を食い物にして贅沢の限りを尽くしているなど,本件各犯行の首謀者であり,その責任はAと比べてもはるかに重いことなどの4点を量刑上特に重視した事情として指摘した上,被告人が不合理な弁解を繰り返して自己の責任を免れようとしており,真摯な反省が示されているとはいえないことなどを併せ考慮して,被告人の責任は相当重いとして,前示の刑に処したものである。原判決の量刑判断は,当裁判所もこれを支持することができる。

所論は,他事件との比較をるる主張するが,本件とは事実関係が異なり,事案の詳細も不明の個別の事件との比較を言い立てることに意味はない。

所論は,被告人が愛人へ貢いだ金額のうち,本件各犯行時以降の分は数千万円にすぎないから過大評価すべきでないと主張する。しかし,愛人に貢いだ額が数千万円であっても多額であることに変わりはない。原判決は,被告人が会員から預かった預託金等を私的に流用するなどしてb社破綻の原因を作った上,それにもかかわらず,その窮状を認識しながらさらに愛人のために費やすなどして預託金等を食い物にして本件各犯行に及んだという事情などを考慮して,被告人が首謀者という立場であると評価しているのであり,その判断に不当な点はない。

所論は,b社の資金は被告人の個人資産と評価できるから,被告人がb社の資金を流用したとの指摘は短絡的である,などと主張する。しかし,被告人が私的に費消したb社の資金の原資は会員から預かった預託金等であり,後に返還しなければならないものである。したがって,これを私的に費消して会社経営を破綻に至らせる行為は,会員への返還の能力を自ら低下させる行為であり,本件各詐欺行為に至る原因を自ら作出し,あるいは詐欺の犯意の強さを示す事情ともいえるから,この点を指摘した原判決は相当である。

当審における事実取調べの結果を踏まえても,原判決の量刑が重すぎて不当であるとはいえない。量刑不当の論旨は理由がない。

第3結論

以上のとおり,論旨はいずれも理由がないから,刑訴法396条,刑法21条により,主文のとおり判決する。

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