東京高等裁判所 平成25年(ネ)1268号 判決 2013年11月27日
控訴人
東京都
同代表者知事
C
同指定代理人
松下博之<他5名>
被控訴人
X
同代表者運営委員会共同幹事
A
同
B
同訴訟代理人弁護士
清井礼司
同
内藤隆
主文
一 原判決主文第二項を取り消す。
二 被控訴人の前項の取消しに係る部分の請求を棄却する。
三 控訴人のその余の控訴を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二〇分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
二 被控訴人の前項の取消しに係る部分の請求を棄却する。
第二事案の概要等
一 事案
本件は、警視庁が、平成七年三月三〇日に発生したD警察庁長官(当時)に対する殺人未遂事件(以下「本件狙撃事件」という。)の公訴時効が完成した平成二二年三月三〇日、公安部長を説明者として記者会見を行い、本件狙撃事件の犯人をa教である旨公表し、また、同公表内容を警視庁のホームページ上に三〇日間にわたり掲示したこと(以下、併せて「本件公表」という。)について、被控訴人が、本件公表は被控訴人の社会的評価を低下させた名誉毀損行為であると主張して、控訴人に対し、国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条一項、民法七二三条に基づき、損害賠償金五〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日(上記記者会見の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに謝罪文の交付及び警視庁の正門玄関と副玄関への掲示を求める事案である。
原審は、本件公表は、一般人(閲覧者)に対し、a教が組織的・計画的に本件狙撃事件を実行したものと印象づけるだけでなく、更に進んで、被控訴人がかつて組織的・計画的に同事件を実行した宗教団体であると印象づけてその社会的評価を低下させた違法行為に当たるとして、本件請求のうち、控訴人に対して損害賠償金一〇〇万円及びこれに対する平成二二年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払並びに謝罪文の交付を命ずる限度で認容し、その余の請求を棄却した。
そこで、控訴人が、原判決中控訴人敗訴部分を不服として、控訴した。
なお、原審では、被控訴人は、本件公表当時の警視総監であったFも被告として、民法七〇九条に基づき、控訴人に対する請求と同内容の請求をしていたが、原審は、公務員個人は公権力の行使に当たる本件公表に係る損害賠償責任を負わないとして、請求をいずれも棄却し、被控訴人が上記Fに係る原判決部分について控訴をしなかったため、同原判決部分は確定した。
二 前提事実
(1) 下記(2)のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の「一 争いのない事実等」(原判決三頁三行目~四頁七行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(2) 補正
ア 原判決三頁一八行目の後に行を変えて以下のとおり加える。「(3) 警視庁は、本件狙撃事件発生後、公安部長を長とする特別捜査本部を設置して同事件の捜査を行い、平成一六年七月七日、a教の信者三名を被疑者として通常逮捕し、東京地方検察庁検察官に送致したが、同検察官は、同年九月一七日、嫌疑不十分の理由により、上記信者三名を不起訴処分とした(甲二、乙イ一四~一六)。」
イ 原判決三頁一九行目の「(3)」とあるのを「(4)」と改め、同頁二〇行目の「本件狙撃事件発生後」から同頁二一行目の「行ってきたが、」までを削除し、同行の「平成二二年三月三〇日に」とあるのを「平成二二年三月三〇日午前〇時に本件狙撃事件の」と改める。
三 争点
本件の争点は、①本件公表において本件各摘示部分が公表されたことで被控訴人の社会的評価が低下したか(以下「争点①」といい、後記②ないし④の争点も同様に表示する。)、②本件各摘示部分を含む本件公表が国賠法一条一項にいう違法なものか、③被控訴人の損害の有無及びその額、④謝罪文の交付の要否である。
なお、被控訴人の本件請求のうち、謝罪文の掲示請求は、当審において審理の対象になっていない。
四 争点に関する当事者の主張
(1) 争点①(本件公表において本件各摘示部分が公表されたことで被控訴人の社会的評価が低下したか)について
ア 被控訴人
原判決五頁一行目の「一般読者の普通の注意と読み方」とあるのを「一般人(閲覧者)の普通の注意と受け取り方又は読み方」と改めるほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の「三 争点に対する当事者の主張」の「(1)」の「(原告の主張)」(原判決四頁一七行目~五頁九行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
イ 控訴人
(ア) 後記(イ)のとおり当審における控訴人の主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の「三 争点に対する当事者の主張」の「(1)」の「(被告東京都の主張)」(原判決五頁一〇行目~六頁二〇行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(イ) 当審における控訴人の主張
a 本件公表は、直接的にはa教に向けられたものであり、被控訴人に影響が及ばないように、本件冒頭発言及び本件捜査結果概要のいずれにおいても、被控訴人との関連性については何も触れていない。他方、被控訴人は、本件公表以前に団体規制法による観察処分を受けたことに対する同処分の取消訴訟等において、a教の教義を破棄した、a教とは異なる団体であり、同一性が存在しないことを自ら宣言し、公言していた。以上によれば、本件公表により被控訴人の社会的評価が低下することはない。
b 原審は、本件各摘示部分について、一般人(閲覧者)は、a教が組織的、計画的に本件狙撃事件を実行したとの印象を受けることは明らかである旨判示している。しかし、本件各摘示部分は、同事件の犯人(犯行主体)は同事件当時のa教の教祖と教団信者のうちの限定された特定のグループであると認めたことを述べているものであって、a教が組織的、計画的に同事件を実行したとの印象を与えるものではないし、本件各摘示部分をそれ以外の本件捜査結果概要の記載と併せて読めば、a教自体が同事件を実行したとする抽象的な理解にとどまるものではなく、a教の教祖であるE個人が、同人の野望を実現するために、教祖と信者という主従関係を利用して一部の信者に同事件を実行させたものであると理解されるものである。したがって、原審の上記判示は誤っている。
c 原審は、本件公表に関する新聞記事やインターネットの掲示板の書き込みを挙げて、本件各摘示部分はa教自体を本件狙撃事件の犯人(犯行主体)と断定するものと広く一般的に理解されている旨判示している。しかし、a教の一部信者が実行した事件等について報道等される際には、一般に、その実行主体は「a教」又は「a」などと省略して表示、呼称されることに鑑みると、新聞記事を掲載した新聞社やインターネットの掲示板に書き込みをした者は、a教の教祖であるE個人が一部の信者をして同事件を実行したものであることを理解した上で、それぞれの判断で新聞記事の掲載又は書き込みを行ったものと認められる。したがって、原審の上記判示は誤っている。
d 原審は、被控訴人が宗教施設を東京都足立区に設置しようとした際の報道状況、同区の対応及びホームページにおける公表、被控訴人に対する嫌がらせがあったこと、被控訴人に対する団体規制法に基づく観察処分の期間更新決定の理由づけなどから、被控訴人は、a教が単に名称を変えたものにすぎず、a教と同様の危険性を有する宗教団体であって、両者は実質的に同一の団体であると一般的に認識されていることは明らかである旨判示している。しかし、同判示の根拠としている上記の各事由は、いずれも本件公表の後にあった事由であるから、本件公表との関係で、被控訴人とa教とが同一の団体であるかどうかの判断の資料となるものではない。また、上記の各事由のいずれも、その内容に照らすと、一般に被控訴人がa教と同一の団体であると認識されていたことを示すものでも、そのように理解されるものでもない。したがって、原審の上記判示は誤っている。
e 原審は、被控訴人が、a教が単に名称を変えたものにすぎず、a教と同様の危険性を有する宗教団体であって、一般に両者は実質的に同一の団体であると認識されていることを前提として、本件各摘示部分により被控訴人の社会的評価が低下された旨の判示をしている。しかし、実質的に同一であるとする原審の判断基準が不明である上、前記aないしcのとおり、一般に被控訴人とa教とは同一の団体であると認識されているものではない。また、本件公表当時には、a教は、裁判所から解散命令を受けて既に解散しており、その後開始された破産手続も終了し、その財産はすべて処分され、団体としては形式的(法的)にも実質的にも消滅しており、そのことは公知の事実であるといえること、a教と同一人格ないしその人格を承継した団体は存在しないことから、実質的にも被控訴人がa教と同一とはいえず、a教の行為について摘示した本件各摘示部分が当然に被控訴人の社会的評価を低下させるものではない。したがって、原審の上記判示は誤っている。
f 本件狙撃事件は、その発生直後から、複数の新聞により、a教の信者らが実行したことを示唆する内容の報道がされており、一般に、同事件発生直後からa教の信者が実行したと考えられていた。そして、本件捜査結果概要の内容は、本件公表以前の平成一六年当時、既に複数の新聞報道により広く一般に認識されていた事柄である。そうすると、被控訴人が一般にa教と同一の団体であると認識されていたというのであれば、本件公表以前から、一般に同事件は被控訴人又はその構成員が実行した事件であると認識されていたといえる。以上に加えて、file_3.jpg被控訴人は、平成一二年以降現在に至るまで、無差別大量殺人行為に及ぶ危険性がある団体として団体規制法に基づく観察処分を受けている、file_4.jpg被控訴人の施設周辺の住民らが、被控訴人に対して恐怖感、不安感を抱き、被控訴人の解散、施設の閉鎖、退去等を求める集会等を行うなどしている、file_5.jpg被控訴人の構成員が、違法行為を行い、逮捕されている、file_6.jpg被控訴人がa教犯罪被害者支援機構に対して賠償金の支払を留保しているなどの事実があり、これら被控訴人側の事情を含めた原因により、被控訴人の社会的評価は、本件公表の時点において既に相当程度低下していた。
以上のとおり、被控訴人の社会的評価は、本件公表当時既に相当程度低下していたから、本件公表による更なる低下は認められないというべきである。
ウ 当審における控訴人の主張に対する被控訴人の反論
(ア) 前記イ(イ)bの主張について
本件捜査結果概要においても、本件狙撃事件の犯人(犯行主体)であるとするa教の信者グループの構成員について、全員の特定には至らないなどと記載されているように、同グループの構成員が限定された一部の者に限られているように理解される表現にはなっていない。
(イ) 前記イ(イ)cないしeの主張について
平成二二年度警察白書に、「a教は、平成一九年五月、主流派(「X)」とG派(「c)」とに内部分裂した。主流派は、E1ことEを教祖と位置付け、「尊師」、「グル」と尊称し、E及び同人の説く教団の教義への絶対的帰依を強調するなど、原点回帰をいっそう固めている。」と記載されているように、警察自らが、被控訴人とa教の同一性ないし承継性を印象づけている。
また、a教が裁判所から受けた解散命令は、宗教法人についてのものであり、宗教団体そのものの解散を命じられたものではない。宗教法人である宗教団体が宗教法人の解散命令を受けて解散しても、それは法律上の人格が無くなるだけであって、宗教活動を営む主体としての宗教団体自体には何らの変更も生じない。
(ウ) 前記イ(イ)fの主張について
本件各摘示部分は、警察庁長官を拳銃で狙撃するという特異で凶悪な本件狙撃事件の犯人(犯行主体)を断定するものであり、それ以前の地下鉄サリン事件等に関するa教関連の報道とは異なる新しい犯罪事実を摘示するものであるから、本件公表は、新たに社会的評価の低下をもたらす行為である。
また、被控訴人の社会的評価は、それ以前の報道により低下しきったことはなく、仮に低下しきったことがあったとしても、その後回復しており、また、その程度が低いものであるとしても、その低下をもたらした以上、そのことにつき控訴人は責任を負う。
(2) 争点②(本件各摘示部分を含む本件公表が国賠法一条一項にいう違法なものか)について
ア 被控訴人
刑事訴訟法一九六条は、捜査関係者に対し、捜査を行うに当たり、被疑者らの名誉を毀損してはならないとの注意義務を課しており、この注意義務は、捜査結果の公表に当たっても、同様に課せられていると解される。
本件狙撃事件については、平成一六年七月七日に被疑者とされたa教の信者三名が逮捕されたが、同年九月一七日に嫌疑不十分の理由により不起訴処分とされ、公訴時効が完成した日の平成二二年三月三〇日に被疑者不詳として検察官送致がされて、捜査が終了している。そうすると、上記不起訴処分は、本件公表の時点で、手続的にも内容的にも最終的に確定しており、それ以後は公判請求を行うことができない状態、すなわち、同事件については公権的に犯人の確定も処罰もできない状態になっていた。しかしながら、本件公表は、以上の経過による同事件の捜査顛末の説明の範囲を超えて、警視庁が同事件の犯人(犯行主体)を断定し、有罪視したものであり、しかも、無罪推定の原則を無視して、主観的憶測に基づいて公然かつ確信的に公表したものであるから、上記注意義務に反する違法がある。
イ 控訴人
(ア) 行政機関(警視庁)の職員である公務員(公安部長)が行う公表行為が国賠法一条一項にいう違法なものというためには、当該公表行為が、その具体的事情の下で、当該公務員の個別の国民に対して負担する職務上尽くすべき注意義務ないし法的義務に違背して行われたといえるものでなければならない。具体的には、公表内容の合理性、公表行為の目的の正当性、公表の必要性、公表によって得られる利益と公表によって失われる利益の比較、公表の方法の相当性などの要素を考慮し、当該公務員が職務上尽くすべき注意義務ないし法的義務を尽くすことなく漫然と当該公表行為を行ったと認められる場合に初めて、当該公表行為は国賠法上違法となると解される。しかるに、原判決は、本件公表が被控訴人の社会的評価を低下させたものであるとの認定判断をしただけで、本件公表が職務上尽くすべき注意義務ないし法的義務に違背するか否かについて判断することなく、直ちに控訴人の国賠法上の賠償責任を認めた誤りがある。
(イ) 本件各摘示部分を含む本件公表が違法なものではないことについて
a 警察の公表行為は、以下のとおり、警察の責務の遂行であるとともに、行政機関として、その活動や保有する情報を公表することにより、国民に対する説明責任を果たし、国民の的確な理解と批判の下に警察活動を行うために行うものであり、その必要性が高いものである。
(a) 警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当たることが責務とされており(警察法二条一項)、警察の公表行為も、警察の責務の遂行という行政目的のために、必要に応じて行われるものである。
(b) また、行政機関は、行政の在り方として、その状況を広く国民に公表し、理解に努めることが一般に求められており、行政機関の活動やその保有する情報については、行政機関の保有する情報の公開に関する法律二四条及び二五条で、政府及び地方公共団体は、同法の趣旨にのっとり、その保有する情報の公開に関し必要な施策を策定し、及びこれを実施するよう努めなければならないと規定されている。東京都においては、平成一三年から警視総監も東京都情報公開条例上の実施機関とされ、同条例一条の目的にのっとり、警視庁の保有する情報の公開に努めている。
(c) 以上のとおり、首都警察として国全体の治安上重要な地位を占める警視庁は、その活動内容や情報を都民のみならず国民に対し説明する責任を有しており、その警察活動や保有する情報を公表することにより、国民の意見や批判の下に、警視庁に対する国民の理解と協力を得て、公正で民主的な警察活動を行うことが要請されている。
b 本件公表は、本件狙撃事件が犯人未検挙のまま公訴時効が完成し、被疑者不詳のまま事件を検察官送致したことを前提に、以下のとおり、警察の責務として行ったものであり、正当な目的と公表の必要性があるものであり、その方法及び内容においても相当なものであった。
(a) 本件狙撃事件は、警察庁長官を拳銃で狙撃するという特異で凶悪な事件であり、国民の関心が高く、その捜査に延べ約四八万二〇〇〇人もの人員を投入したなどの特殊性を有するものであることから、同事件の捜査結果について国民に説明する必要性が高く、警視庁には説明責任がある事件である。
(b) そして、警視庁は、本件狙撃事件の捜査経過を公表して国民に説明することにより、同事件やa教の教祖及び一部の信者が実行した地下鉄サリン事件等の凶悪なテロ事件を風化させることなく、逃亡中の地下鉄サリン事件等の警察庁特別手配被疑者三名に対する情報提供を得ることに加え、これら事件と同様のテロ事件の発生を防止するために、国民による犯罪抑止活動や防犯意識を高揚させて地域等における防犯活動の推進を図り、国民の理解と協力の下に警察活動を行っていくことが、公共の利益に適い、警察の責務を遂行していく上で必要であると判断した。
また、警視庁は、本件公表時点では既にa教は消滅していたものの、a教と同様の危険性を有するEを教祖・創始者とするa教の教義を広め、これを実現することを目的とし、同人が主宰し、同人及び同教義に従う者によって構成される団体が、無差別大量殺人行為に及ぶ危険性があるとして、団体規制法に基づく観察処分を受けていることに鑑み、本件狙撃事件にはa教の信者が関与しているとの捜査結果を得ていながら、これを公表することなく、何らの措置も講じないことが警察の責務に適っているとは認め難く、公表による利益の観点からも公表の必要があると判断した。
以上の検討、考慮を経て、警視庁は本件公表をするに至ったのである。
なお、本件捜査結果概要の大部分の内容は、平成一六年時点までに、新聞等により報道されていたものであり、これを非公表とする必要性は認められなかった。
(c) 本件公表の内容は、検察官に送致した範囲内で犯人(犯行主体)に関する警視庁の所見を含めた本件狙撃事件の捜査結果の概要として相当と認める範囲で説明したものである。具体的には、a教の教祖以外の個人の氏名を伏せて、file_7.jpg同事件の捜査経過の説明、file_8.jpg特定個人を被疑者として刑事責任を追及するに足る証拠をもって特定、解明するに至らず、個々の被疑者の役割等について判明しなかったことから、個々の被疑者については不詳として検察官送致したとの事実の説明、file_9.jpg所見として、a教の一部の信者が同事件を実行したものとの表現を用いた説明をした。
なお、本件公表の内容は、捜査の結果判明した事実であり、それを裏付ける関係書類、証拠物があり、これらは検察官に送致している。したがって、本件公表は、このような証拠等に基づいて、その内容が真実であると信じて行われたものであり、そのように信じたことについて相当性が認められるものである。
(d) 以上のとおり、本件公表は、国民に対する説明責任を果たすために行われたものであるから、正当な目的に基づくものであり、本件狙撃事件の捜査責任者であった警視庁の公安部長が説明を担当し、その内容も、教祖以外の個人名を出さず、相当と認められる範囲の事実等を説明したものであって、特定の個人を犯人と断定したというようなものではないから、公表の方法及び内容においても相当かつ合理性のあるものである。
c 本件公表は、前記a及びbのとおり、正当な目的の下にその必要性があると判断されて行われたものであり、かつ、警察の責務の遂行として行われたものであるから、警察に課せられた法的義務に適ったものである。したがって、本件公表は、職務上尽くすべき注意義務ないし個別の国民に対する法的義務を尽くしていない公表行為であると評価されるものではなく、本件公表には、国賠法上の違法性はない。
(ウ) 原審の認定判断についての主張
a 原審は、本件公表は本件狙撃事件の公訴時効が完成を迎えることになったことのみを理由として行われたものである旨判示している。しかし、本件公表は、同事件の捜査結果を検察官に送致したという結末を公表したものであることに加え、公訴時効の完成により捜査結果を公表しても捜査に支障を及ぼすことがなくなったことも踏まえ、前記(イ)の目的及び必要性を判断した上で、行ったものである。原審の上記判示は誤っている。
b 原審は、本件公表は、検察官が被疑者を不起訴処分としたにもかかわらず、警視庁において当該被疑者を犯人であると断定、公表し、その者に事実上の不利益を及ぼすものであり、無罪推定の原則に反する旨判示している。しかし、本件公表は、本件狙撃事件がa教の信者グループが実行したテロであると認めたとしか述べていないものであるから、無罪推定の原則に反するものではない。原審の上記判示は誤っている。
(3) 争点③(被控訴人の損害の有無及びその額)について
ア 被控訴人
原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の「三 争点に対する当事者の主張」の「(2)」の「(原告の主張)」(原判決六頁二二行目~二五行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
イ 控訴人
(ア) 後記(イ)のとおり当審における控訴人の主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の「三 争点に対する当事者の主張」の「(2)」の「(被告東京都の主張)」(原判決六頁二六行目~七頁四行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(イ) 当審における控訴人の主張
前記(1)イのとおり、本件公表による被控訴人の社会的評価の低下はないから、被控訴人には本件公表を原因とする損害は生じていない。また、被控訴人は、本件公表後も、構成員及び財産のいずれも増えており、この点においても、本件公表に起因する不利益は生じていない。
ウ 当審における控訴人の主張に対する被控訴人の反論
本件各摘示部分は、警察庁長官を拳銃で狙撃するという特異で凶悪な本件狙撃事件に被控訴人が関わっているというものであり、それ以前の地下鉄サリン事件等に関するa教関連の報道とは異なる新しい犯罪事実の摘示であるから、新たな社会的評価の低下をもたらすものである。被控訴人の社会的評価は、それ以前の報道により低下しきったことはなく、仮に低下しきったことがあったとしても、その後回復しており、また、その程度が低いものであるとしても、その低下をもたらした以上、そのことにつき控訴人は賠償責任等を負う。
(4) 争点④(謝罪文の交付の要否)について
ア 被控訴人
(ア) 下記(イ)のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の「三 争点に対する当事者の主張」の「(3)」の「(原告の主張)」(原判決七頁六行目~九行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(イ) 本件公表は、警視庁の公安部長が本件捜査結果概要を配布して記者会見を行っただけでなく、本件各摘示部分を含む本件冒頭発言及び本件捜査結果概要を三〇日間にわたり警視庁のホームページに掲載したというものであり、上記の記者会見の内容がマスコミにより報道されたことも併せると、本件公表の流布範囲は広範に及んでおり、本件公表が被控訴人の社会的評価に与えた影響は大きい。
イ 控訴人
(ア) 前記アの主張は争う。
(イ) 当審における控訴人の主張
a 前記(2)イ及び(3)イのとおり、本件公表は国賠法上違法とされるものではなく、また、本件公表による被控訴人の社会的評価の低下も不利益の発生もないから、控訴人が被控訴人に対し、謝罪文を交付しなければならない理由はない。
仮に本件公表により被控訴人に何らかの社会的評価が低下したとしても、その程度は極めて軽微であり、原判決が出され、それが広く報道されたことにより、社会的評価が回復されているから、被控訴人には、損害賠償金の支払を受けることに加えて、謝罪文の交付がなければ回復できないほどの社会的評価の低下があるとはいえない。
b 原審は、東京都知事名で原判決別紙一の内容の謝罪文を交付することを命じている(原判決主文第二項)。しかし、本件公表は、東京都公安委員会が管理する警視庁の警察官によって警視庁の事務として行われたものであるから、この行為につき管理責任を負うのは、東京都知事の所轄の下に置かれている東京都公安委員会である(地方自治法一八〇条の九、警察法三八条一項、三項)。他方、東京都知事は、警視庁に対する管理権限も東京都公安委員会に対する指揮監督権限も有していない。したがって、東京都知事には本件公表に係る謝罪文の交付権限がないから、東京都知事名で原判決別紙一の内容の謝罪文の交付を命ずる原判決主文第二項は、権限外の行為を命じるものとして無効である。
ウ 当審における控訴人の主張に対する被控訴人の反論
本件請求は、警視庁の公務員が行った本件公表について、これが被控訴人の社会的評価を低下させた違法行為であるとして、国賠法一条一項に基づき、代位責任を負う控訴人に対し、被控訴人の被った損害の賠償等を求めているものであり、そのうちの謝罪文の交付請求は、民法七二三条所定の名誉回復のための適当な処分として請求しているものであるから、その交付主体は控訴人(実際の行為者は、その代表者である東京都知事)である。組織法上、警視庁の事務につき管理責任を負う部署が東京都公安委員会であることは、本件請求における控訴人の上記代位責任を否定する理由となるものではない。
第三当裁判所の判断
当裁判所も、被控訴人の本件請求は、そのうち損害賠償請求については、原判決認容の限度で理由があるものと判断するが、謝罪文の交付請求については、現時点ではその必要性を認めるに至らず、理由がないものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
一 争点①(本件公表において本件各摘示部分が公表されたことで被控訴人の社会的評価が低下したか)について
(1) 後記(2)のとおり補正し、後記(3)のとおり当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」の「一 争点(1)(本件各摘示部分が公表されたことで被控訴人の社会的評価が低下したか否か)について」(原判決八頁五行目~一一頁二一行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(2) 補正
ア 原判決八頁一七行目から一八行目にかけて及び同頁二二行目から二三行目にかけての各「一般読者(閲覧者)の普通の注意と読み方」とあるのをいずれも「一般人(閲覧者)の普通の注意と受け取り方又は読み方」と改め、同行の「テロの実行を指示された信者」の後に「及びテロを実行した信者」を加え、同頁二六行目の「一般読者(閲覧者)は、」とあるのを「一般人(閲覧者)は、本件各摘示部分を含む本件公表がされた記者会見を聞き、あるいは」と改める。
イ 原判決九頁一行目の「読んだとしても、」の後に「少なくとも、」を加え、同頁八行目の「宗教団体」とあるのを「団体」と、同頁一〇行目の「示唆している。」とあるのを「示唆するものと受け止められるものである。」と、同頁二五行目の「一般読者(閲覧者)が」とあるのを「一般人(閲覧者)は」と、同頁二六行目から一〇頁一行目にかけての「印象を受けることは明らかというべきである。」とあるのを「印象を受けるものと解するのが相当である。」とそれぞれ改める。
ウ 原判決一〇頁一二行目の「本件公表が」とあるのを「本件公表の内容が」と、同頁一三行目の「犯人と」とあるのを「犯人(犯行主体)であると」と、同頁一五行目の「一般読者」とあるのを「一般人」と、同頁一九行目冒頭から一一頁一四行目末尾までを下記のとおり、それぞれ改める。
「イ この点については、①かつて「宗教法人a教」との登記がされていた「E1ことEを教祖・創始者とするa教の教義を広め、これを実現することを目的とし、同人が主宰し、同人及び同教義に従う者によって構成される団体」は、平成一二年一月二八日付けで、団体規制法に基づく観察処分を受け、その後、平成一五年一月二九日付け、平成一八年一月二三日付け及び平成二一年一月二三日付けで、それぞれ同処分の期間を各三年間更新する決定を受け、本件公表当時、引き続き同処分に付されており、更に平成二四年一月二三日付けで三年間の期間更新決定を受けたこと(甲二五の一、乙イ八九~九一)、②平成二一年一月二三日付け及び平成二四年一月二三日付け各期間更新決定において、上記団体につき、平成二一年一月二三日付け決定当時、「X」の名称を用いて活動する集団と「c」の名称を用いて活動する集団を中心として活動しており、「X」は、同決定以後も、その基本的性質に変化はなく、E1ことEに対する絶対的帰依を明示的に強調して活動していると認定判断されており、以上の各決定は官報により公表されていること(甲二四、乙イ九二)、③平成二二年度の警察白書中の「a教の動向と対策」の「a教の動向」と題する部分には、「a教(以下「教団」という。)は、平成一九年五月、主流派(「X(b)」)とG派(「c」)とに内部分裂した。主流派は、E1ことEを教祖と位置付け、「尊師」、「グル」と尊称し、E及び同人の説く教団の教義への絶対的帰依を強調するなど、原点回帰を一層強めている。」と記載されていること(甲一三八)、④八潮市の「広報やしお」が、八潮市a教対策協議会が平成二一年一二月一九日にa教の早期退去を求める抗議活動を行ったことを広報した記事に、「a教団(現b)」という記載をしていること(乙イ三一)、⑤平成二二年六月ころ、被控訴人が宗教施設を東京都足立区に設置しようとした際に、同区の一部住民により、「a教(b)断固反対」、「私たちのまちにa教はいらない」などと書かれた垂れ幕、幟が掲げられるとともに、これにつき「『a教は要らない』足立で総決起集会」などと報道され(弁論の全趣旨)、さらに、同年一〇月二二日、同区において足立区反社会的団体の規制に関する条例が制定された際、当時の同区長が、同区のホームページにおいて、「本条例の対象となるのは、団体規制法……に基づく観察処分を受けている団体に限られ、現在は『b』と『c』の二団体(元のa教)となります」、「a教が、『b』と名称だけを変更し(た)」などと公表したこと(乙イ九九)、⑥世田谷区のホームページに掲載された「a教問題の主な経過」には、世田谷区の住民らにより結成されたa教を対象とした対策住民協議会や対策本部の活動を紹介している部分において、「a教(現b)対策住民協議会」、「a教(現b)対策本部」という表記をし、また、平成二四年一月の団体規制法に基づく観察処分の期間更新決定について、「公安委員会は、『無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律(団体規制法)』に基づくa教(b、c)への観察処分を二月から三年間延長する更新処分を決定」と記述していること(乙イ三〇)、⑦本件公表後、数日の間、被控訴人の広報部の連絡窓口に嫌がらせの電話等が数十本相次いだなどの事実があったこと(甲二五の二)が認められる。
以上の認定事実からすると、本件公表当時、社会的には一般に、被控訴人がかつて無差別大量殺人行為等を組織的に実行したa教が単に名称を変えたものにすぎず、a教と同様の危険性を有する宗教団体であって、被控訴人とa教とが実質的に同一の団体であると認識されていたものと解される。」
エ 原判決一一頁一五行目の「一般読者」とあるのを「一般人」と改め、同行の「(閲覧者)は、」の後に「本件各摘示部分を含む本件公表の記者会見を聞き、あるいは」を加える。
(3) 当審における控訴人の主張(前記第二の四(1)イ(イ))について
ア 前記第二の四(1)イ(イ)aの主張について
(ア) 同主張は、file_10.jpg本件公表は、直接的にはa教に向けられたものであり、被控訴人に影響が及ばないように、本件冒頭発言でも本件捜査結果概要においても、被控訴人との関連性については何も触れておらず、file_11.jpg被控訴人は、本件公表以前に団体規制法による観察処分を受けたことに対する同処分の取消訴訟等において、a教の教義を破棄した、a教とは異なる団体であり、同一性が存在しないことを自ら宣言し、公言していたから、本件公表により被控訴人の社会的評価が低下することはないというものである。
(イ) しかし、file_12.jpgについては、確かに、本件公表の内容はa教に関するものであるが、争点①で問題となるのは、一般人(閲読者)に対してa教が組織的、計画的に本件狙撃事件を実行したとの印象を与える本件各摘示部分が、被控訴人の社会的評価を低下させるかどうかである。この点については、引用に係る原判決(ただし、補正後のもの。以下同じ。)の「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」の一(3)イ(原判決一〇頁一九行目~一一頁一九行目)のとおりである。この認定判断は、社会的に広く知られたa教や被控訴人に関する出来事等がある中で、被控訴人との関連性に触れてはいない本件各摘示部分に対する一般人(閲読者)における受け取り方又は読み方に基づく印象の持たれ方を認定判断したものであるから、本件公表において被控訴人との関連性について何も触れていないことは、上記認定判断を左右する事由になり得ない。よって、上記file_13.jpgの主張は採用できない。
(ウ)file_14.jpgについては、争点①は、被控訴人自身が本件公表により社会的評価の低下を意識したかどうかではなく、本件公表が一般人(閲覧者)の被控訴人に対する社会的評価を低下させるものかどうかが問題となるのである。
この点についても、引用に係る原判決の「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」の一(3)イ(原判決一〇頁一九行目~一一頁一九行目)のとおりであるから、上記file_15.jpgの主張も採用できない。
イ 前記第二の四(1)イ(イ)bの主張について
(ア) 同主張は、本件各摘示部分は、本件狙撃事件の犯人(犯行主体)は同事件当時のa教の教祖と教団信者のうちの限定された特定のグループであると認めたことを述べているものであって、a教が組織的、計画的に同事件を実行したとの印象を与えるものではないし、本件各摘示部分をそれ以外の本件捜査結果概要の記載と併せて読めば、a教自体が同事件を実行したとする抽象的な理解にとどまるものではなく、a教の教祖であるE個人が、同人の野望を実現するために、教祖と信者という主従関係を利用して、一部の信者に同事件を実行させたものであると理解されるというものである。
(イ) しかし、上記の点については、引用に係る原判決の「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」の一(2)(原判決八頁二一行目~一〇頁一四行目)のとおりである。そうである以上、控訴人の上記主張は、独自の見解を述べるものとして、採用できない。
ウ 前記第二の四(1)イ(イ)cの主張について
(ア) 同主張は、本件公表に関する新聞記事の掲載者やインターネットの掲示板の書き込みをした者は、本件各摘示部分がa教の教祖であるE個人が一部の信者をして本件狙撃事件を実行したというものであることを理解した上で、a教の一部信者が実行した事件等の報道等においては、一般に、その実行主体は「a教」又は「a教」などと省略して表示、呼称されるとして、本件公表に関する新聞記事やインターネットの掲示板の書き込みから、本件各摘示部分がa教自体を本件狙撃事件の犯人(犯行主体)と断定するものと広く一般的に理解されていると判断することはできないというものである。
(イ) しかし、上記主張の前提となる、a教の一部信者が実行した事件等の報道等においては、一般に、その実行主体は「a教」又は「a」などと省略して表示、呼称されるという事実を裏付ける事情を認め得る証拠はない。かえって、実行主体が「a教」又は「a」と記載されている報道等を一般人(閲覧者)が普通の注意をもって読む場合、その実行主体は、文字通り、「a教」又は「a」であると認識するものと解される。よって、上記主張は採用できない。
エ 前記第二の四(1)イ(イ)dの主張について
(ア) 同主張は、file_16.jpg原審が、被控訴人がa教と同様の危険性を有する宗教団体であって、両者は実質的に同一の団体であると一般的に認識されている根拠として挙げる被控訴人が宗教施設を東京都足立区に設置しようとした際の報道状況、同区の対応及びホームページにおける公表、被控訴人に対する嫌がらせがあったこと、被控訴人に対する団体規制法に基づく観察処分の期間更新決定の理由づけなどは、いずれも本件公表の後にあった事由であるから、本件公表との関係で、被控訴人とa教とが同一の団体であるかどうかの判断の資料となるものではなく、file_17.jpgこれらの事由自体も、一般に被控訴人がa教と同一の団体であると認識されていたことを示すものでも、そのように理解されるものでもないというものである。
(イ) しかし、本件公表当時、社会的には一般に、被控訴人が、かつて無差別大量殺人行為等を組織的に実行したa教が単に名称を変えたものにすぎず、a教と同様の危険性を有する宗教団体であって、被控訴人とa教とが実質的に同一の団体であると認識されていたものと解されることは、引用に係る原判決の「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」の一(3)イ(原判決一〇頁一九行目~一一頁一九行目)のとおりである。
上記判断の前提事実とした引用に係る原判決の「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」の一(3)イ(前記(2)ウで補正した後のもの)の⑤で挙げた平成二二年六月ころの足立区の一部住民の対応及び同年一〇月二二日の同区長による同区のホームページでの公表の各内容については、それぞれの時期に突如として当該対応及び公表に示されている被控訴人に対する認識が持たれたものではなく、それ以前から持たれていた被控訴人に対する認識を踏まえたものと解されるものである。したがって、この事実を、本件公表との関係で、被控訴人とa教とが同一の団体であるかどうかの判断の資料とすることに問題があるとはいえない上、その内容は、正にa教と被控訴人とが同一視されていることを示すものであるといえる。
よって、控訴人の上記主張は採用できない。
オ 前記第二の四(1)イ(イ)eの主張について
(ア) 同主張は、file_18.jpga教と被控訴人とが実質的に同一であるとする判断基準が不明である上、file_19.jpg控訴人の前記第二の四(1)イのaないしcの主張のとおり、一般に被控訴人とa教とは同一の団体であると認識されているものではなかったし、file_20.jpg本件公表当時には、a教は、裁判所から解散命令を受けて既に解散しており、その後開始された破産手続も終了し、その財産はすべて処分され、団体としては形式的(法的)にも実質的にも消滅しており、a教と同一人格ないしその人格を承継した団体は存在しないことから、実質的にも被控訴人がa教と同一とはいえないから、a教の行為について摘示した本件各摘示部分が当然に被控訴人の社会的評価を低下させるものではないというものである。
(イ) しかし、本件公表当時、被控訴人がかつて無差別大量殺人行為等を組織的に実行したa教が単に名称を変えたものにすぎず、a教と同様の危険性を有する宗教団体であって、被控訴人とa教とが実質的に同一の団体であると一般的に認識されていたものと解されることは、引用に係る原判決の「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」の「一 争点(1)(本件各摘示部分が公表されたことで被控訴人の社会的評価が低下したか否か)について」の(2)ないし(4)(原判決八頁二一行目~一一頁二一行目)で説示したとおりであり、控訴人の前記第二の四(1)イのaないしcの主張がいずれも採用できないものであることは、前記アないしウで説示したとおりである。
また、引用に係る原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の「一 争いのない事実等」の「(1) 当事者」のア(原判決三頁五行目~九行目)及び証拠(甲二一)によれば、宗教法人a教は、平成七年一二月一九日に東京地方裁判所の宗教法人の解散を命ずる決定の確定により解散し、平成八年三月二八日に破産宣告を受け、平成二一年三月一九日に破産終結になっていることが認められ、以上の事実は、本件公表当時、a教が法人格を有していないことを示すものである。しかし、宗教法人a教を構成していた信者らの集まりとして存在が認められる宗教団体自体は、上記解散命令及び破産手続の終了により当然に消滅するものではない。そして、証拠(甲二二~二四、乙イ八九~九二)によれば、被控訴人は、宗教法人a教が裁判所の解散命令により解散した後、その信者により「宗教団体・b」の名称で結成され、現在に至っている宗教団体であり、破壊活動防止法における破壊的団体と目されたり、団体規制法の規制対象団体とされていることが認められる。以上によれば、被控訴人は、a教と同一の人格を有する団体ではないが、引用に係る原判決の「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」の「一 争点(1)(本件各摘示部分が公表されたことで原告の社会的評価が低下したか否か)について」の(2)ないし(4)(原判決八頁二一行目~一一頁二一行目)のとおり、社会的には一般に、a教と実質的に同一の宗教団体であると認識されていたものであるから、被控訴人の社会的評価は、本件各摘示部分により低下させられる対象となり得るものである。
控訴人の主張は、独自の見解を述べるものであり、採用できない。
カ 前記第二の四(1)イ(イ)fの主張について
(ア) 同主張は、本件狙撃事件発生直後から、a教の信者が同事件を実行したことを示唆する内容の報道がされ、一般に、そのように考えられていたこと、本件捜査結果概要の内容は、本件公表以前の平成一六年当時、新聞報道を通じて既に広く一般に認識されていたこと、被控訴人自身におけるその社会的評価を低下させる事実があったことにより、本件公表当時、被控訴人の社会的評価は相当程度低下していたから、被控訴人が一般にa教と同一の団体であると認識されていたというのであれば、本件公表による更なる被控訴人の社会的評価の低下は認められないというべきであるというものである。
(イ) しかし、本件各摘示部分を含む本件公表により被控訴人の社会的評価が低下したものと認められることは、引用に係る原判決の「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」の「一 争点(1)(本件各摘示部分が公表されたことで原告の社会的評価が低下したか否か)について」の(2)ないし(4)(原判決八頁二一行目~一一頁二一行目)のとおりである。そして、本件各摘示部分は、本件狙撃事件の犯人(犯行主体)がa教の一部信者であることを断定するものであり、それがa教だけでなく、被控訴人がかつて組織的・計画的に同事件を実行したとの印象を与えるものであるのに対し、本件公表以前のa教の同事件への関わりに関する報道が上記の断定をするまでには至っていないものであったことからすると、被控訴人の社会的評価への影響については、本件公表とそれ以前の同事件に係る報道等とは質的な差異があり、本件公表は、被控訴人の社会的評価を新たに低下させるものというべきである。
また、控訴人が指摘する被控訴人自身におけるその社会的評価を低下させる事実であるとして指摘する前記第二の四(1)イ(イ)fのfile_21.jpgないしfile_22.jpgの事項も、本件公表とは内容的にも質的にも異なるものであるから、これらの事情があることによって、本件公表が被控訴人の社会的評価を低下させる余地のないものということはできない。
控訴人の上記主張も、独自見解を述べるものであり、採用できない。
二 争点②(本件各摘示部分を含む本件公表が国賠法一条一項にいう違法なものか)について
(1) 本件公表は、前記一で説示したとおり、被控訴人の社会的評価を低下させるものであるが、証拠(乙イ六~一一、弁論の全趣旨)によれば、警察も、行政機関の一つとして、その活動や保有する情報を公表することにより、国民に対する説明責任を果たす主体となる存在であり、本件公表も、その趣旨、目的の下で警察行政上の行為として行われたものであることが認められる。そうすると、本件公表が国賠法一条一項にいう違法なものか否かの評価は、公表という警察行政上の行為を行う上で職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件公表を行ったと認められる事情がある場合に限り、違法の評価がされることになると解するのが相当である(最高裁判所平成五年三月一一日第一小法廷判決・民集四七巻四号二八六三頁、最高裁判所平成一一年一月二一日第一小法廷判決・集民一九一号一二七頁等参照)。
(2) 警察は、警察の職務を行うことにより個人の権利と自由を保護し、公共の安全と秩序を維持することを目的として組織されているものであり(警察法一条)、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当たることをもってその責務とするものである(同法二条一項)が、警察活動は、厳格に以上の責務の範囲に限られるべきものであって、その責務の遂行に当たっては、日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならないとされている(同条二項)。そして、刑事訴訟法一九六条が「司法警察職員……その他職務上捜査に関係のある者は、被疑者その他の者の名誉を害しないように注意し……なければならない。」と規定しているのは、捜査活動の場面における警察法二条二項の趣旨を訓示的に定めたものと解される。
本件公表のような警察活動の説明をすること自体は、警察の主たる責務である捜査活動そのものではないが、警察の職務に付随し、その責務に属する行為であるといえるから、警察法一条の目的規定及び同法二条の責務規定の適用を受けるものと解するのが相当である。
(3) 証拠(甲二、乙イ一二、一三、一五~一八、三二~八五)によれば、本件狙撃事件は、警察庁長官に対して拳銃で狙撃し、同人に背部、腹部等の射傷による損傷に伴う出血性ショックにより瀕死の重傷を負わせた殺人未遂事件であり、国内において前例のない特異な事件であったこと、本件狙撃事件は、その発生の一〇日前に東京都内において発生した地下鉄サリン事件に続いて発生したテロ事件として、発生直後から国内外の各報道機関において広く報道された事件であること、本件狙撃事件の捜査状況等については、発生以後公訴時効完成まで、断続的に報道がされ、同事件の被疑者として元警視庁警察官一名のほか二名が通常逮捕されたが、逮捕された被疑者らはいずれもa教の信者であったこと、同事件の捜査は、平成七年三月から平成二二年三月までの一五年間、延べ約四八万人余の警察官等が従事し、上記のa教の信者三名を被疑者として逮捕したが、嫌疑不十分を理由として不起訴処分となり、その後、犯人の特定、起訴に至ることなく公訴時効が完成する結果となったことが認められる。
以上によれば、本件狙撃事件は、上述した特質性を持つものであったことから、同事件の捜査内容については国民の関心が高かったものと推認される上、同事件について上記のような長期間にわたり、大量の人員を割いて捜査が行われたが、犯人の特定、起訴に繋がらない結果となった捜査の顛末については、国民に対して説明する必要性があるものと認められ、その程度は、上記の国民の関心の高さも考慮すると、一般の刑事事件に比して高いものと解するのが相当である。
本件公表は、以上のような社会の耳目を引いた本件狙撃事件の捜査の経緯及び結果を説明するという観点からは、警察の説明責任を果たす意味においても必要性があるものと認められる。また、控訴人が主張する同事件やa教の教祖及び一部の信者が実行した地下鉄サリン事件等の凶悪なテロ事件を風化させることなく、逃亡中の地下鉄サリン事件等の警察庁特別手配被疑者三名に対する情報提供を得ることに加え、これら事件と同様のテロ事件の発生を防止するために、国民による犯罪抑止活動や防犯意識を高揚させて地域等における防犯活動の推進を図り、国民の理解と協力の下に警察活動を行うということも、上記の必要性と並んで又は副次的な目的として、一般的に許容されるものと解される。
しかし他方、捜査された事件の刑事責任についての説明においては、被疑者ないし被告人は裁判で有罪とされるまでは無罪の推定が働くことに鑑みると、捜査段階においてはもとより、裁判が確定するまではあくまでも嫌疑の域を出るものではないから、犯人(犯行主体)として断定することは相当でなく、その段階での犯人(犯行主体)の断定により当該人又は団体の名誉を毀損した場合には、特段の事情がない限り、前記(2)で述べた警察法一条及び二条に含まれる個人の権利を害することになる濫用的な警察権限の行使をしてはならないとの職務上の義務に反するというべきである。
(4) 以上の観点から本件についてみてみると、本件狙撃事件については、a教の信者三名が被疑者として逮捕され、検察庁に送致されたが、嫌疑不十分の理由により不起訴処分となった上、本件公表時には、同事件の公訴時効が完成しており、もはや同事件に係る刑事責任を追及することができない事態に至っていたのであるから、本件公表において同事件の捜査の経過及び結果を説明するとしても、犯人性、有罪性を前提とした犯人(犯行主体)の断定を伴う説明をすることは、本来的に許されないというべきであり、また、その説明により、前記一の説示のとおり、被控訴人の社会的評価の低下が生じているから、本件公表は、特段の事情のない限り、警察における職務上の義務に反するものというべきである。
(5) そこで、上記特段の事情の有無について検討する。
ア 控訴人は、本件狙撃事件は、警察庁長官を拳銃で狙撃するという特異で凶悪な事件であり、国民の関心が高く、その捜査に延べ約四八万二〇〇〇人もの人員を投入したなどの特殊性を有するものであることから、同事件の捜査結果について国民に説明する必要性が高く、警視庁には説明責任がある事件であると主張する(前記第二の四(2)イ(イ)b(a))。
上記の主張は、その主張内容の限りでは首肯できるものである。しかし、問題となるのは、本来許されない本件狙撃事件の犯人(犯行主体)を断定した説明をすることを正当化する事情の有無であるところ、上記主張内容は、これを正当化するものとは解されない。
イ 控訴人は、file_23.jpg警視庁は、本件狙撃事件の捜査経過を公表して国民に説明することにより、同事件やa教の教祖及び一部の信者が実行した地下鉄サリン事件等の凶悪なテロ事件を風化させることなく、逃亡中の地下鉄サリン事件等の警察庁特別手配被疑者三名に対する情報提供を得ることに加え、これら事件と同様のテロ事件の発生を防止するために、国民による犯罪抑止活動や防犯意識を高揚させて地域等における防犯活動の推進を図り、国民の理解と協力の下に警察活動を行っていくことが、公共の利益に適い、警察の責務を遂行していく上で必要であると判断した、file_24.jpg警視庁は、本件公表時点では既にa教は消滅していたものの、a教と同様の危険性を有するEを教祖・創始者とするa教の教義を広め、これを実現することを目的とし、同人が主宰し、同人及び同教義に従う者によって構成される団体が、無差別大量殺人行為に及ぶ危険性があるとして、団体規制法に基づく観察処分を受けていることに鑑み、本件狙撃事件にはa教の信者が関与しているとの捜査結果を得ていながら、これを公表することなく、何らの措置も講じないことが警察の責務に適っているとは認め難く、公表による利益の観点からも公表の必要があると判断したと主張する(前記第二の四(2)イ(イ)b(b))。
上記の主張についても、その主張内容の限りでは首肯できるものである。しかし、問題となるのは、本来許されない本件狙撃事件の犯人(犯行主体)を断定した説明をすることを正当化する事情の有無であるところ、上記主張内容は、これを正当化するものとは解されない。
なお、控訴人は、本件捜査結果概要の大部分の内容は、平成一六年時点までに新聞等により報道されていたものであり、これを非公表とする必要性は認められなかったとも主張する。
しかし、本件公表は、一般的に新聞報道等よりも正規なものと受け止められるものであるから、上記の主張も、本件公表中の本来許されない本件狙撃事件の犯人(犯行主体)を断定した説明をしたことを正当化するものとは解されない。
ウ 控訴人は、本件公表の内容は、検察官に送致した範囲内で犯人(犯行主体)に関する警視庁の所見を含めた本件狙撃事件の捜査結果の概要として相当と認める範囲で説明したものであり、具体的には、a教の教祖以外の個人の氏名を伏せて、file_25.jpg本件狙撃事件の捜査経過の説明、file_26.jpg特定個人を被疑者として刑事責任を追及するに足る証拠をもって特定、解明するに至らず、個々の被疑者の役割等について判明しなかったことから、個々の被疑者については不詳として検察官送致した旨の事実の説明、file_27.jpg所見として、a教の一部の信者が実行したものとの表現を用いた説明をしたものであると主張する(前記第二の四(2)イ(イ)b(c))。
控訴人の上記主張は、本件公表の内容がa教についてのものであり、被控訴人の社会的評価に影響を及ぼすものではないことを敷衍した主張と解される。しかし、一般人(閲読者)は、本件各摘示部分を含む本件公表の記者会見を聞き、あるいは本件各摘示部分を読むことによって、一般に被控訴人がa教と実質的に同一の団体と認識して本件各摘示部分の内容が被控訴人についてのものであるとの印象を持つものであることは、前記一で認定判断したとおりである。したがって、控訴人の上記主張は、その点において失当というべきであり、また、本来許されないa教の一部の信者が実行したとの断定的説明をすることを正当化するものとは解されない。
なお、控訴人は、本件公表の内容は、捜査の結果判明した事実であり、それを裏付ける関係書類、証拠物があり、これらは検察官に送致しているから、本件公表は、このような証拠等に基づいて、その内容が真実であると信じて行われたものであり、そのように信じたことについて相当性が認められるとも主張する。
しかし、本件狙撃事件については、被疑者として逮捕されたa教の信者三名はいずれも嫌疑不十分を理由に不起訴処分となり、その後、犯人の逮捕、起訴に至ることなく、公訴時効が完成していること、本件公表における本件冒頭発言でも、「犯行の個々の関与者やそれぞれが果たした役割について、刑事責任の追及に足る証拠をもって特定・解明するには至りませんでした。」と説明していることに照らすと、本件各摘示部分の内容が真実であるとはいえないし、その内容が真実であると信じたことについても相当性があるとは解されない。
エ 以上によれば、控訴人の前記各主張は、いずれも失当なものというべきであり、他に、上記特段の事情となり得る事情を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、本件各摘示部分を含む本件公表は、被控訴人の社会的評価を低下させるものであり、本件各摘示部分を公表することにつき職務上尽くすべき注意義務を尽くさず、漫然と本件公表を行ったというべきであるから、国賠法一条一項にいう違法なものと評価するのが相当である。
(6) 原審の認定判断についての控訴人の主張について
控訴人は、原審の認定判断について前記第二の四(2)イ(ウ)のa及びbのとおり主張する。
しかし、前記(5)で説示したことからすると、上記各主張はいずれも採用できない。
三 争点③(被控訴人の損害の有無及びその額)について
(1) 本件各摘示部分を含む本件公表が行われたことにより、被控訴人の社会的評価が低下したことが認められることは、前記一で説示したとおりである。
(2) 下記アないしカのとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」の「二 争点(2)(原告の損害の有無及びその額)及び争点(3)(謝罪文の交付及び掲示の要否)について」の(2)ア(原判決一二頁一行目~一三頁三行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
ア 原判決一二頁三行目の「報道されるとともに」の後に「(甲三~一五、二七~二九、三二、三三、三七~四三、四五~五四、五六、乙イ一七)」を加える。
イ 原判決一二頁一一行目の「一般読者」とあるのを「一般人」と、同頁一九行目の「上記一(3)のとおり」とあるのを「前記一の説示のとおり」と、同頁二二行目の「極めて」とあるのを「相当に」と、同頁二三行目の「以上のような事情に鑑みれば、」とあるのを「他方、本件各摘示部分は、本件公表時点から一五年前に発生した本件狙撃事件の犯人(犯行主体)に言及したものであること、」とそれぞれ改める。
ウ 原判決一二頁二五行目末尾の後に「無差別大量殺人行為等に関する刑事事件を被疑事件として、a教の教祖であるE1ことEを始め、主だった教団幹部等が逮捕されるに至っていたこと、」を加える。
エ 原判決一二頁二六行目の「現在までに約二年半以上が」とあるのを「当審口頭弁論終結日までに約三年六か月が」と改める。
オ 原判決一三頁一行目の「甲三ないし五等」とあるのを「甲三~五、七、八、一〇、一三、一四、二七~二九、三二~三六、三八~五八」と改める。
カ 原判決一三頁三行目の「決して」を削除する。
(3) 以上のとおり、被控訴人の被った無形の損害は軽微なものとはいえない。しかし他方、証拠(乙イ九七、九八)によれば、本件公表がされた平成二二年以降、被控訴人と「c」を合わせた新規信者数は、毎年増加していること、被控訴人の財産状況は、本件公表の前後を通じて一貫して増加していることが認められ、本件公表から時間が経過するにつれ、被控訴人の社会的評価に対する本件公表の影響は、漸次薄れていることが推認できる。
以上のことに鑑みると、賠償額は一〇〇万円とするのが相当である。
(4) 当審における控訴人の主張(前記第二の四(3)イ(イ))について
控訴人は、①本件公表による被控訴人の社会的評価の低下はないから、被控訴人には本件公表を原因とする損害は生じていない、②被控訴人は、本件公表後も、構成員及び財産のいずれも増えており、この点においても、本件公表に起因する不利益は生じていないと主張する。
しかし、上記①の主張が採用できないものであることは、前記一で説示したとおりである。
また、上記②の主張事実は、それだけで被控訴人の無形損害が生じなかったと認められるものとはいえないから、上記②の主張も採用できない。
四 争点④(謝罪文の交付の要否)について
本件各摘示部分を含む本件公表により被控訴人が被った無形損害は、前記三で説示した内容、程度のものであるが、これについて、当裁判所は、前記三(3)のとおり、控訴人に対して損害賠償金として一〇〇万円の支払を命ずることにするので、これに加えて、被控訴人から控訴人に対する謝罪文の交付を認めることが相当かについて検討する。
ところで、謝罪文の交付は名誉回復処分(原状回復処分)であるが、その趣旨は、加害者に対して制裁を加えたり、また、加害者に謝罪等をさせることにより被害者に主観的な満足を与えたりするためではなく、金銭による損害賠償のみではてん補されない社会的、客観的評価自体を回復することを可能ならしめようとするものである(最高裁判所昭和四五年一二月一八日第二小法廷判決・民集二四巻一三号二一五一頁参照)。そのような観点から本件をみるに、まず、原審が、本件各摘示部分を含む本件公表が被控訴人の社会的評価を低下させる違法な行為であると認定判断して、控訴人に対し一〇〇万円の賠償と謝罪文の交付を命ずる原判決を言い渡し、原判決の内容が新聞各紙で報道された(甲一〇七~一三五)。これにより、被控訴人の社会的、客観的評価は、一定程度の回復をしたものと推認することができる。さらに、原判決に重ねて本判決においても、本件各摘示部分を含む本件公表が国賠法上違法であるとの判断を示し、控訴人に上記金額の損害賠償を命ずるのであるから、本件公表により低下した被控訴人の社会的、客観的評価は、相応に回復することになるものと解される。そうすると、上記金額の損害賠償を命ずることに加えて、名誉回復処分としての謝罪文の交付を命ずるまでの必要性を認めることは困難であり、したがって、相当とも解されない。
以上によれば、被控訴人の本件請求のうち、謝罪文の交付請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
第四結論
以上によれば、被控訴人の本件請求は、そのうち損害賠償請求については、一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成二二年三月三〇日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がなく、謝罪文の交付請求については、理由がない。そうすると、原判決は、以上と異なる部分について取消しを免れないが、その余の部分は相当である。
よって、控訴人の控訴に基づき、原判決中主文第二項を取り消し、当該取消しに係る部分の被控訴人の請求を棄却し、控訴人のその余の控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加藤新太郎 裁判官 柴田秀 青野洋士)