東京高等裁判所 平成25年(ネ)2862号 判決 2013年8月28日
控訴人兼被控訴人
甲野太郎(以下「控訴人」という。)
同訴訟代理人弁護士
髙橋幸知
被控訴人兼控訴人
有限会社Y(以下「被控訴人Y社」という。)
同代表者代表取締役
乙山花子
同訴訟代理人弁護士
鈴木勝紀
宮川貴浩
被控訴人
三井住友海上火災保険株式会社
(以下「被控訴人会社」という。)
同代表者代表取締役
柄澤康喜
同訴訟代理人弁護士
若槻良宏
小田将之
栁瀬芳仁
上遠野鉄也
主文
1 本件各控訴に基づき,原判決主文第1項ないし第5項を次のとおり変更する。
(1)被控訴人Y社は,控訴人に対し,249万3733円及びうち200万円に対する平成22年11月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を,うち49万3733円に対する平成22年11月23日から平成23年3月17日までは年5分の割合による金員を,同月18日から支払済みまで年6分の割合による金員をそれぞれ支払え。
(2)控訴人の被控訴人Y社に対するその余の主位的請求(当審において追加請求した被控訴人Y社に対する不当利得返還請求を含む)をいずれも棄却する。
(3)控訴人の予備的請求のうち,解雇無効確認請求,平成22年5月から8月までの給料減額分の支払請求及び本件口頭弁論終結時以降の賃金支払請求にかかる訴えをいずれも却下し,その余の予備的請求をいずれも棄却する。
2 控訴人の被控訴人会社に対する控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人Y社と控訴人に生じた費用の20分の19及び被控訴人会社に生じた費用を控訴人の負担とし,被控訴人Y社と控訴人に生じたその余の費用を被控訴人Y社の負担とする。
4 この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人の控訴の趣旨
(1)原判決中,控訴人の敗訴部分を取り消す。
(2)主位的請求
ア 被控訴人Y社及び被控訴人会社は,控訴人に対し,連帯して4000万円及びこれに対する平成22年11月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 被控訴人Y社は,控訴人に対し,350万円及びこれに対する平成22年11月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)予備的請求
ア 被控訴人Y社が,控訴人に対してした平成22年8月20日付け解雇が無効であることを確認する。
イ 被控訴人Y社は,控訴人に対し,230万円及びこれに対する平成23年3月18日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
ウ 被控訴人Y社は,控訴人に対し,平成23年3月から控訴人が満65歳に達する月まで,毎月25日限り30万円を支払え。
(4)訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人Y社及び被控訴人会社の負担とする。
2 被控訴人Y社の控訴の趣旨
(1)原判決中,被控訴人Y社の敗訴部分を取り消す。
(2)上記取消部分に係る控訴人の請求をいずれも棄却する。
(3)訴訟費用は,第1,2審を通じ,控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
控訴人は,個人で被控訴人会社の保険代理店を営んでいたが,その後,同代理店を廃業して被控訴人Y社に入社した。その際,控訴人は,顧客との間の保険契約(いわゆる手持ち契約)を被控訴人Y社に持ち込んだ。本件は,控訴人が,この保険契約は一種の無体財産権であり,その持ち込みによって,被控訴人Y社が売上高を増加させて,被控訴人会社における高位の保険代理店の資格を得ることができたにもかかわらず,その後,正当な理由なく控訴人の給与を減額して,控訴人を被控訴人Y社から退社せざるを得ない状況に追い込んで,上記保険契約を奪取し,被控訴人会社もこれを補佐したなどと主張して,被控訴人Y社及び被控訴人会社に対し,次のとおりの請求をした事案である。
すなわち,控訴人は,主位的に,①被控訴人Y社及び被控訴人会社に対し,共同不法行為に基づき,上記保険契約を失ったことによる財産的損害の損害賠償の内金として4000万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成22年11月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払,②被控訴人Y社に対し,不法行為に基づき,慰謝料300万円及び労働契約に基づき,平成22年5月分から同年8月分までの未払給与50万円並びにこれらに対する訴状送達日の翌日である平成22年11月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。また,控訴人は,予備的に,被控訴人Y社に対し,③被控訴人Y社が控訴人に対してした平成22年8月20日付け解雇(以下「本件解雇」という。)が無効であることの確認,④労働契約に基づき,平成22年5月分から平成23年2月分までの未払給与230万円及びこれに対する請求の趣旨追加申立書送達日の翌日である平成23年3月18日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払,⑤平成23年3月から控訴人が満65歳に達する月までの給与として,毎月25日限り30万円の支払を求めた。
原審は,控訴人の主位的請求①及び②をいずれも棄却し,予備的請求については,③及び④を認容し,⑤については,平成23年3月1日から判決確定の日まで毎月25日限り月額30万円の割合による金員及びこれに対するそれぞれ支払期日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を求める限度で認容し,その余の請求に係る訴えを却下した。
これに対して,控訴人は,主位的請求の認容又は予備的請求の全部認容を求めて控訴し,被控訴人Y社は,被控訴人Y社の敗訴部分に係る控訴人の請求の棄却を求めて控訴した。なお,控訴人は,当審において,主位的請求①のうち,被控訴人Y社に対し,不当利得に基づく請求を追加した。
2 当事者の主張等
前提事実,当事者の主張は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第二の二及び第三ないし第五に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)7頁13行目の「丙川」を「丙川大介(以下「丙川支社長」という。)」に改める。
(2)8頁18行目の「しかし」の次に「,」を加える。
(3)9頁9行目の「損害賠償請求」の次に「,(被控訴人Y社に対する)不当利得返還請求」を加える。
(4)10頁13行目末尾の後に,改行して次のとおり加える。
「 また,本件において,控訴人が被控訴人Y社から正当な理由もなく解雇された場合には,信義則又は衡平の観点から,被控訴人Y社は,控訴人に対し,本件保険契約を戻すか,又は,それに代わる経済的補償をすべき法的義務がある。ところが,被控訴人Y社は,そのような義務を果たすことなく本件保険契約を取得しており,このことは,被控訴人Y社が控訴人の損失のもとに,法律上の原因なく利得を得ているといえる。したがって,被控訴人Y社は,控訴人に対して,不当利得に基づき,後記2(3)記載の金員を返還すべき義務を負う。」
(5)同14行目の「また,」を削除する。
(6)同23行目の「損害」の次に「・不当利得等」を加える。
(7)同24行目の「財産的損害」の次に「(不当利得)」を加え,11頁7行目の「なる。」を「なり,かつ,被控訴人Y社が法律上の原因なく同額を利得したというべきである。」に改める。
(8)11頁8行目の「財産的損害」の次に「(不当利得)」を,同10行目の「損害」の次に「(被控訴人Y社の不当利得)」をそれぞれ加える。
(9)同15行目の「財産的損害」の次に「(不当利得)」を,同16行目の「損害」の次に「(被控訴人Y社の不当利得)」をそれぞれ加える。
(10)同23行目の「その余の損害─」を削除する。
(11)同24行目の「被告Y社は」を「被控訴人Y社から」に改める。
(12)12頁1行目の「支払う」の次に「べき」を加える。
(13)同3行目の「に基づく損害賠償として」を「に基づき(また,被控訴人Y社に対しては不当利得に基づき)」に改める。
(13)<編注 原文ママ>同7行目の「による損害賠償として」を「に基づき,慰謝料」に改め,同行目の「及び」の次に「労働契約に基づき,」を加える。
(14)<編注 原文ママ>13頁7行目末尾の後に,改行して次のとおり加える。
「3 なお,平成22年7月13日に被控訴人Y社と控訴人との間で和解が成立している旨の被控訴人Y社の主張は争う。」
(15)<編注 原文ママ>15頁17行目の「上越支社長の丙川」を「丙川支社長」に改め,同18行目の「丙川」の次に「支社長」を加える。
(16)<編注 原文ママ>20頁22行目の「退職についての話し合い」を「退職についての話合い」に改め,同行目の「話し合いの結果」から21頁1行目末尾までを次のとおり改める。
「そして,その結果,同日,被控訴人Y社と控訴人との間で,下記の内容の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。
記
① 控訴人は,平成22年8月20日付けで被控訴人Y社を退職する。
② 被控訴人Y社は,控訴人の平成21年11月分から平成22年4月分までの給与について,当初の月額給与額30万円との差額合計49万円を和解金として支払う。ただし,名目を退職金とするか,給与とするかについては,控訴人が選択する(なお,控訴人は,後日,名目を給与とすることを選択した。)。」
(17)<編注 原文ママ>21頁8行目を「二 主位的請求及び予備的請求に関する主張について」に改める。
(18)<編注 原文ママ>同15行目末尾の後に,改行して次のとおり加える。
「 なお,被控訴人Y社と控訴人との間で成立した本件和解の内容に鑑みれば,控訴人の予備的請求は,いずれも認められないというべきである。」
3 争点
本件の主要な争点は,①本件給料減額は有効か否か(争点1),②被控訴人Y社及び被控訴人会社の(共同)不法行為責任の存否並びに被控訴人Y社の不当利得返還義務の存否(争点2),③控訴人の退社は解雇によるものか,それとも自ら退職したものか(争点3)という点である。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実に加え,証拠(甲5,6,7の2,9,乙1ないし3,丙2ないし5,証人丙川,被控訴人Y社代表者本人,控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
(1)控訴人は,平成10年2月,住友海上火災保険株式会社(なお,同社は,平成13年10月に三井海上火災保険株式会社と合併して被控訴人会社となった。以下,合併の前後を通じ「被控訴人会社」という。)の代理店研修生になり,平成13年2月に上越市所在の自宅において被控訴人会社の個人代理店として独立した(前記前提事実1(1),(3))。
(2)被控訴人Y社は,3つの代理店が合併することにより平成10年4月に設立された被控訴人会社の保険代理店であり,控訴人が被控訴人Y社に入社する前は,代表取締役(乙山代表)1名,取締役1名,営業社員2名,事務員1名という構成であった(前記前提事実1(2),乙1)。
(3)被控訴人Y社の乙山代表は,平成17年ころから,控訴人に対して,一緒に仕事をしようと誘っていたが,平成18年に入って,控訴人は,被控訴人Y社に入社することを承諾した(甲9,被控訴人Y社代表者本人,控訴人本人)。
(4)控訴人は,平成18年5月29日付けで,被控訴人会社との間の損害保険代理店委託契約を解約し,その個人代理店の業務を廃止した。そして,被控訴人Y社及び控訴人は,同日付けで,被控訴人会社に対し,控訴人が行っていた代理店業務を被控訴人Y社に全部移管することの承認申請をした。(丙2ないし4,証人丙川,控訴人本人)
(5)控訴人は,同年6月1日,被控訴人Y社に入社した。この際,控訴人は,雇用条件については,被控訴人Y社の乙山代表に任せ,同代表は,控訴人の給与を月額30万円と定めた。(前記前提事実1(3),甲9,被控訴人Y社代表者本人,控訴人本人)
(6)被控訴人Y社は,控訴人が同社に入社する以前は,当時の業務ランクで上級代理店(現在の1級代理店)であったが,控訴人の入社後の同年7月1日付けで特級代理店(現在の新特級代理店)に昇格した。
なお,被控訴人会社の代理店には個人代理店と法人代理店の種別がある。また,各代理店は,個人資格を持つ者のランクや各代理店の売上その他の要件によって業務ランクがあり,ランクが上がるほど,保険契約を取得した場合の代理店手数料が高くなる仕組みとなっている。また,新特級代理店に昇格するための要件のうち,代理店の取り扱う年間保険料収入が1億円以上であることというのは必要条件であり,控訴人が被控訴人Y社に移管した本件保険契約の保険料収入がなければ,被控訴人Y社の年間保険料収入が1億円に届くことはなかった。(前記前提事実2(1),(2),証人丙川,被控訴人Y社代表者本人)
(7)被控訴人Y社は,平成21年秋ころ,控訴人に対し,同人の月額給与をこれまでの30万円から,同年11月分27万円,同年12月分24万円,平成22年1月分20万円と段階的に減給すること,及び,今後は,毎年3月末の被控訴人Y社の業績,控訴人の勤務(業務)成績を考慮して給与を決定することなどを通知し,平成21年11月分以降の給与を上記のとおり減額した(甲5,乙1,被控訴人Y社代表者本人,控訴人本人)。
(8)控訴人は,上記の減給について,直ちに,乙山代表に異議を述べることはしなかったが,丙川支社長に対して不満を述べたことがあった。また,控訴人は,平成22年4月21日,被控訴人会社の総括本部長に対して,同社が控訴人に被控訴人Y社への入社を勧めておきながら,その後に控訴人の労働条件が引き下げられても関知しないのはどういうことかと尋ねた。これに対して,総括本部長は,それは,代理店内の話なので,当方は関知しない旨の回答をした。(甲9,丙5,証人丙川,控訴人本人)
(9)被控訴人Y社は,控訴人に対して,同年5月分,同年6月分及び同年8月分の給与として月額17万4000円ずつ,同年7月分の給与として18万4267円(合計70万6267円)を支払った(甲7の2,被控訴人Y社代表者本人)。
(10)控訴人は,同年6月中旬ころ,丙川支社長,乙山代表及び丁谷取締役と集まって,話し合った。その際,控訴人は,給与の減額に応じるつもりはないこと,場合によっては被控訴人Y社を辞めることも考えているので被控訴人Y社と3年くらいの有期労働契約を締結したいこと,控訴人が被控訴人Y社を辞めるときは本件保険契約を控訴人に戻してもらって独立したいことなどを述べた。その後,同月25日に再度,上記の4人で話合いがもたれた際,乙山代表は,控訴人に対し,控訴人と有期労働契約を締結しない旨述べた。(甲9,乙1,丙5,証人丙川,被控訴人Y社代表者本人,控訴人本人)
(11)控訴人は,同年7月13日,乙山代表及び丁谷取締役と話し合った。その際,控訴人が同年8月20日付けで被控訴人Y社を退社する旨の話が出た(ただし,これが,被控訴人Y社による解雇か,控訴人の退職かについては争いがある。)。そして,同日,被控訴人Y社は,控訴人に対し,平成21年11月分ないし平成22年4月分として実際に支払われた給与(合計131万円)と月額30万円とした場合に支払われるべきこの間の給与(合計180万円)との差額に相当する49万円を支払った。また,被控訴人Y社は,平成22年7月27日,控訴人に対し,控訴人を同年8月20日付けで解雇する旨の同年7月13日付け解雇予告通知書を交付した。(甲6,9,乙1,被控訴人Y社代表者本人,控訴人本人)
(12)控訴人は,同年7月半ばころ,解雇に納得ができないなどとして,労働基準監督署に相談に行った。また,そのころ,控訴人は,被控訴人会社の上越支社に行って,丙川支社長に対し,本件保険契約を被控訴人Y社から自分に戻してもらって,独立したい旨要望した。これに対して,丙川支社長は,同月21日に,控訴人に電話をかけ,本件保険契約を一方的に控訴人に戻すことはできない旨の話をした。控訴人は,同月22日又は23日ころ,被控訴人会社の上越支社に赴き,そこで,丙川支社長と面談した。その中で,控訴人は,被控訴人Y社による解雇は不当なものであるのに,それでも控訴人が被控訴人Y社から本件保険契約を取り戻すことができないのかという趣旨の話をしたところ,丙川支社長は,控訴人から辞めると言ったのではないかと言った。
なお,丙川支社長は,同月26日にも,控訴人に電話をかけ,控訴人の上記要望を容れることはできない旨話した。(甲9,丙5,証人丙川,控訴人本人)。
(13)控訴人は,同月29日に,被控訴人Y社に対し,同年8月20日までの有給休暇を申請し,被控訴人Y社はこれを許可した。そして,その後,控訴人は,同月20日ころに,私物整理のために出社したほかは,出社しなかった。(乙1,被控訴人Y社代表者本人)
(14)同年9月1日付けの公共職業安定所の受理印のある雇用保険被保険者離職証明書(事業者控)及び同月2日付けの同所の受理印のある雇用保険被保険者離職票には,控訴人が同年8月20日付けで離職した旨が記載されるとともに,「離職理由欄」中の「具体的事情記載欄(事業主用)」には「昨年来より適切な給与に変更したいと話し合いの場を設けてきたが,本人よりそれならば退職すると申し出があり,退職するものと思っていたが,退職するとの話が無くなったのでやむなく期限を切り8月20日をもって解雇した。」と記載されている。また,後者の書面(雇用保険被保険者離職票)の「離職理由欄」中の「具体的事情記載欄(離職者用)」には「解雇を無効とする裁判を予定しています。失業給付の仮払いを請求します。」と記載され,「公共職業安定所記載欄」には「不当に賃金を下げられ,未払賃金あるとの主張あり。→確定したときに追給」と記載されている。(甲7の2,乙3)
(15)被控訴人Y社は,同年10月初めころ,控訴人から解雇理由証明書を求められたため,同月8日付けの解雇理由証明書を作成の上,これを控訴人に交付した。なお,当該証明書には,解雇理由として「貴殿より申し出の有期労働契約を受け入れることができないための解雇」と記載されている。(乙1,2,被控訴人Y社代表者本人)
(16)控訴人は,現在,代理店資格取得のための研修生という立場で,東京海上日動火災保険株式会社に勤務している(控訴人本人)。
2 本件給料減額の有効性について(争点1)
(1)当裁判所も,本件給料減額は無効であると判断する。その理由は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第七 当裁判所の判断」の一2に説示するとおりであるから,これを引用する。
ア 22頁26行目の「述べていない」の次に「(前記認定事実(8))」を加える。
イ 23頁13行目の「述べられていること」の次に「(前記認定事実(8))」を加える。
ウ 同16行目の「であり」から同17行目末尾までを「である。」に改める。
(2)未払給与額(平成22年5月から8月分)について
控訴人は,平成22年5月から8月までの給与は月額30万円であるのに月額17万5000円しか支払われておらず,50万円が不払となっているとして,同額の支払を請求する。前記認定事実(9)によれば,被控訴人Y社は控訴人に対し,上記期間の給与として70万6267円を支払っていることが認められ,そうだとすると未払給与は49万3733円となり,本件給料減額が無効である本件においては,控訴人は被控訴人Y社に同額及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成22年11月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。
なお,被控訴人Y社は,平成22年7月13日に,控訴人に対し,49万円を支払ったことにより,和解(本件和解)が成立し,上記給与を支払う義務がない旨主張する。しかし,前記認定のとおり,両者間で,紛争は続いており,到底和解が成立したとはいえない。また,上記49万円は,平成21年11月から平成22年4月までの給与減額に対するものであり,上記支払をもって平成22年5月から8月までの未払給与に対する支払と解する余地はない。その他,本件において,控訴人が被控訴人Y社に対し,上記未払給与の支払請求を放棄するといった内容の和解が成立したことを認めるに足りる証拠は存在しない。
3 被控訴人Y社及び被控訴人会社の(共同)不法行為責任の存否並びに被控訴人Y社の不当利得返還義務の存否について(争点2)
(1)被控訴人Y社の不法行為責任の存否について
前記認定事実によれば,被控訴人Y社は,控訴人が入社した後の平成21年7月付けで業務ランクがそれまでの上級代理店(現在の1級代理店)から特級代理店(現在の新特級代理店)に昇格しているところ,控訴人が被控訴人Y社に移管した本件保険契約の保険料収入が加わらなければ,新特級代理店への昇格のための必要条件の1つが満たされなかったものであるから,控訴人の被控訴人Y社に対する寄与は少なくなかったといえる。
それにもかかわらず,被控訴人Y社は,それまで月額30万円であった控訴人の給与を,控訴人の同意なく,一方的に,同年11月分から段階的に引き下げ,平成22年5月分以降は月額17万4000円と大幅な減給という労働条件の不利益変更を実施した。そして,このような法的に根拠のない大幅な労働条件の引下げが行われ,これに不満を抱いた控訴人が,被控訴人Y社を退社するに至っているが,これはまさに被控訴人Y社が,控訴人を退社せざるを得ない状況に追い込んだということができるから,被控訴人Y社は,このことにつき不法行為責任を免れないというべきであり,当該判断を覆すに足りる証拠はない。
なお,被控訴人Y社は,控訴人の給与を減額したことの合理性等を縷々主張するが,それらによって上記のような一方的かつ大幅な減給の正当性が認められることにはならないのは,前記2でみてきたとおりである。そして,本件和解ですべてが解決済みであるとの被控訴人Y社の主張が理由がないことも,前記認定の両者間の紛争の経過に照らし明らかである。
(2)被控訴人会社の(共同)不法行為責任の存否について
控訴人は,被控訴人会社が,被控訴人Y社に対して本件保険契約を控訴人に戻すよう勧告したり,戻すための手続をとるべきであったのにこれをせず,被控訴人Y社が控訴人から本件保険契約を奪取することを補佐したとし,これは,独占禁止法違反(優越的地位の濫用),公序良俗違反に当たるから,被控訴人会社も(共同)不法行為責任を免れない旨主張する。
しかしながら,前記認定事実によれば,控訴人から被控訴人Y社への本件保険契約の移管手続は適法に行われたことが認められ(この手続自体に瑕疵がなかったことは控訴人自身もこれを認める供述をしている。),また,控訴人が被控訴人Y社を退社した場合の本件保険契約の取扱いについて,関係当事者間で別段の合意がされていたとは認められない本件において,被控訴人会社には,被控訴人Y社に対し,本件保険契約を控訴人に戻すよう勧告したり,戻すための手続をとるべき法的義務はない。また,控訴人の被控訴人Y社退社当時,被控訴人会社は,控訴人と取引関係になかった以上,控訴人に対する関係で独占禁止法違反(優越的地位の濫用)が成立する余地はなく,これを前提とする公序良俗違反の主張も理由がない。
以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人会社は,控訴人に対し,(共同)不法行為責任を負わないというべきである。
(3)被控訴人Y社の不法行為による損害,不当利得について
控訴人は,同人が本件保険契約から得られるべき収入相当額や本件保険契約を第三者に引き継いだ場合の代償金相当額が,上記の不法行為による財産的損害又は不当利得になる旨主張している。
確かに,控訴人が被控訴人Y社に入社し,その後,退社するに至るまでの前記経緯に鑑みれば,実質的に,被控訴人Y社が控訴人から本件保険契約を奪ってしまったと評価する余地があることは否定できない。
しかしながら,前記(2)でも述べたように,控訴人から被控訴人Y社への本件保険契約の移管手続は適法に行われていることが認められ,また,控訴人が被控訴人Y社を退社した場合の本件保険契約の取扱いについて,関係当事者間で別段の合意がされていたとは認められない以上,上記手続により,本件保険契約は,控訴人から被控訴人Y社に移管され,その後,控訴人が被控訴人Y社を退社したからといって,被控訴人Y社が控訴人に対して本件保険契約を返還すべき義務又は(その返還に代えて)代償金を支払うべき義務が発生する法的根拠はない。そして,控訴人の退社について,被控訴人Y社に不法行為責任が認められる場合であっても,そのことから直ちに,上記各義務が生じるということにもならない。
そうすると,被控訴人Y社の不法行為によって,控訴人が主張するような財産的損害が生じたということはできず,また,被控訴人Y社が法律上の原因なくして,本件保険契約に係る利益を利得し,これによって控訴人が損失を被ったということもできないから,財産的損害及び不当利得については,いずれも認められない。
他方,控訴人は,被控訴人Y社の不法行為によって,不本意な退社を余儀なくされた以上,精神的苦痛を受けたと認められる。そして,本件退職の原因となった本件給料減額は無効なものであること,前述したとおり,財産的損害としてはとらえられないものの,本件は,実質的に,被控訴人Y社が控訴人の本件保険契約を奪ってしまったと評価する余地のある事案であることなども勘案すると,上記精神的苦痛を慰謝するための金額は200万円とするのが相当であり,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
4 本件解雇の無効確認等の請求(予備的請求)について(争点3)
(1)控訴人は,予備的請求において,同人が被控訴人Y社を退社したのは,被控訴人Y社が控訴人を解雇(本件解雇)したからであり,当該解雇は,解雇権を濫用したものであるから無効である旨主張している。他方,被控訴人Y社は,控訴人を解雇しておらず,控訴人は自ら退職したものであると反論する。そこで,以下,この点について判断する。
この点,確かに,被控訴人Y社は,控訴人に対し,解雇予告通知書(甲6)を交付し,雇用保険被保険者離職票(雇用保険被保険者離職証明書(甲7の2,乙3))や解雇理由証明書(乙2)にも(被控訴人Y社が控訴人を)解雇した旨記載されていることが認められる。また,控訴人は,平成22年7月半ばころに解雇に納得できないとして労働基準監督署に相談に行ったほか,雇用保険被保険者離職票の「離職理由欄」中の「具体的事情記載欄(離職者用)」に「解雇を無効とする裁判を予定しています。失業給付の仮払いを請求します。」と記載していることが認められる(甲7の2)。
しかしながら,他方で,次の点を指摘することができる。
証人丙川は,平成22年6月半ばころに,同人,乙山代表及び丁谷取締役が控訴人と話し合った際に,控訴人が,被控訴人Y社が2,3年くらいの有期労働契約を結ばなければ辞めると話していた旨の証言をしているところ,被控訴人Y社が同月25日に有期労働契約の締結を拒否していること(前記認定事実(10)),丙川支社長が同年7月22日又は23日ころに,控訴人と面談した際,控訴人の方から辞めると言ったのではないかと発言していること(前記認定事実(12))などに鑑みれば,上記証言は信用することができる。加えて,このころの控訴人の言動に照らせば,同人は,被控訴人Y社内での待遇に不満を持ち,再独立を志向していたといえるところ,控訴人は,同月29日に同年8月20日までの有給休暇を申請し,以後,同月20日ころに私物整理のため出社したほかは,出社せず(前記認定事実(13)),その後,東京海上日動火災保険株式会社に就職し,現在,代理店資格取得のための研修生という立場で勤務している(前記認定事実(16))。そして,控訴人は,本件訴訟においても,当初,解雇無効を主張することなく,被控訴人Y社によって不本意な退社をさせられたことを問題としていた。
以上に述べたことを総合的に勘案すると,本件において,控訴人は被控訴人Y社から解雇されたという形にはなっているが,実際には,不本意ではあったものの,控訴人は,平成22年8月,自ら被控訴人Y社を退職したと認めるのが相当であり,当該判断を覆すに足りる的確な証拠は存在しない。
(2)予備的請求の成否
上記のとおり,控訴人は被控訴人Y社から解雇されたのではなく,自ら退職したものであり,そのことを前提に,控訴人の予備的請求の成否についてみてみることにする。
ア 控訴人は,被控訴人Y社が控訴人に対してした平成22年8月20日付け解雇が無効であることの確認を求めている(前記第1の1(3)ア参照)。控訴人の当該確認請求は過去の法律行為の確認であり,確認の利益がない。なぜならば,このような場合,控訴人は,端的に,被控訴人Y社に対し,従業員の地位にあることの確認を求めれば足りるからである。したがって,控訴人の上記無効確認請求にかかる訴えは,不適法であり却下するのが相当である。なお,付言するに,上記(1)で判断したとおり,被控訴人Y社は控訴人を解雇しておらず,当該請求は,その意味において,理由がないというほかない。
イ 控訴人は,被控訴人Y社に対し,平成22年5月から8月までの減額された給与分50万円及び解雇が無効であることを前提に平成22年9月から平成23年2月までの給与分180万円の合計230万円並びにこれに対する請求の趣旨追加の申立書送達日の翌日である平成23年3月18日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求めている(前記第1の1(3)イ参照)。
しかし,平成22年5月から8月までの減額された給料分50万の請求は,既に前記2(争点1)で判断しており,当該請求にかかる訴えは,二重起訴にあたり不適法であり,却下するのが相当である。また,平成22年9月から平成23年2月までの給料の支払請求は,控訴人は既に被控訴人Y社を自主退職しており,理由がなく,棄却するのが相当である。上記50万円に対する平成23年3月18日から支払済みまで年6分の割合による支払を求める請求部分は,主位的請求を拡張しており,49万3733円に対し平成23年3月18日から支払済みまで年6分の割合で支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないので棄却するのが相当である。
ウ 控訴人は,被控訴人Y社に対し,平成23年3月から控訴人が満65歳に達する月まで,毎月25日限り30万円の支払を求めている(前記第1の1(3)ウ参照)。しかし,控訴人は上記のとおり,被控訴人Y社を自主退職しており,平成23年3月から口頭弁論終結時までの支払請求は理由がないので棄却するのが相当であり,口頭弁論終結時以降の支払請求にかかる訴えは,将来請求の利益がなく不適法であり,却下するのが相当である。
第4 結論
以上によれば,控訴人の主位的請求は,被控訴人Y社に対して249万3733円及びうち200万円に対する平成22年11月23日から支払済みまで,うち49万3733円に対する平成22年11月23日から平成23年3月17日までそれぞれ年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し,その余の主位的請求(当審において追加請求した被控訴人Y社に対する不当利得返還請求を含む)はいずれも理由がないから棄却するのが相当である。また,控訴人の予備的請求は,被控訴人Y社に対して49万3733円に対する平成23年3月18日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し,解雇無効確認請求,平成22年5月から8月までの給料減額分の支払請求及び本件口頭弁論終結時以降の賃金支払請求にかかる訴えは,いずれも不適法なのでこれらを却下し,その余の予備的請求は理由がないのでいずれも棄却するのが相当である。そうすると,原判決は,控訴人の被控訴人会社に対する請求を棄却した部分を除き,相当でないから,本件各控訴に基づき,上記のとおり変更し,また,控訴人の被控訴人会社に対する控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 難波孝一 裁判官 中山顕裕 裁判官 飛澤知行)