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東京高等裁判所 平成25年(ネ)2993号 判決 2013年10月24日

控訴人

X

同訴訟代理人弁護士

鈴木栄城

秋山良平

被控訴人

三井住友海上火災保険株式会社

同代表者代表取締役

柄澤康喜

同訴訟代理人弁護士

松坂祐輔

桑島良太郎

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し,3025万円及びうち2775万円に対する平成21年6月25日から,うち150万円に対する平成21年7月8日から,うち100万円に対する平成21年12月10日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

平成21年6月24日,控訴人の自宅が火災によって屋根及び外壁部分を残して全焼した(以下,この火災を「本件火災」という。)。本件は,控訴人が被控訴人に対し,当該自宅の火災保険契約に基づき,①建物及び家財の損害保険金2500万円,②残存物の取片付費用保険金150万円,③保険金支払請求に対する対応が不誠実であることを理由とする付随的義務違反又は不法行為に基づく損害賠償金100万円,①ないし③の弁護士費用275万円(合計3025万円)の支払を求める事案である。

原審は,本件火災は控訴人の故意によるものと認定して請求を棄却したので,控訴人がこれを不服として控訴した。

1  前提事実及び争点は,次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」第2の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。

(当審における控訴人の主張)

(1)火災の原因

火災の鎮火に当たり,最初に火災現場を見分した日光市消防本部の火災報告書(甲3,乙1~11)によれば,本件火災の原因は,火災当日早朝に発生した小火による燃残物の再燃(無煙着火)によるものである。

(2)灯油について

火災現場から灯油が検出されたとする株式会社分析センターAの試験報告書,回答書及び追加回答書(乙12,21,30。以下合わせて「A報告書」という。)は,火災発生の10時間後に消防署員が見分した際には灯油臭が検知されなかった場所から,さらにその7時間後に最大4300μg/gに当たる強い灯油臭が検知されたとし,また人体臭覚検知限界(30μg/g)を下回る27μg/gしか検出されない場所から強い灯油臭が感じられたとするなど,合理性を欠き,信用できない。なお火災現場にはタイヤが存在したから,灯油臭として指摘された臭いはゴムの焼けた臭いである可能性がある。

A報告書は,計算式の選択や計算自体に複数の誤りがある上,灯油が検出されたとする試料の保管状況やガスクロマトグラフ質量分析の過程や検査日時も不明であり,信用性がない。

仮に火災現場から灯油が検出されたとしても,本件洋室内にもともと存在し火災に遭った石油ファンヒーターから灯油が漏れた可能性がある。被控訴人提出の見分結果報告書(乙14)やA報告書(乙12)の写真のみでは,同ファンヒーターから灯油が漏れていないとの立証がされたとはいえない。

(3)B意見について

本件において複数の出火原因が推定されるとするBの回答書及び意見書(乙13,22,40)及び証人Bの証言(以下合わせて「B意見」という。)は信用することができない。B意見は,A報告書を前提に,助燃剤として本件洋室内に灯油が散布されたとするものであるが,前記のとおりA報告書は信用できない。控訴人が当審において提出したCの鑑定意見書(甲18。以下「C意見」という。)に指摘されているとおり,灯油が散布されたのであれば火災時に白煙ではなく黒煙がみられるはずであり,大量散布であれば3~5分程度でガラス窓が割れ,大きな火炎が窓から噴出するフラッシュ・オーバー現象が生じるはずであるところ,本件火災ではそのような現象は見られていない。灯油を散布して直ちに放火したとすると,当初控訴人宅の庭の端の方に小さな炎が見え,10分後にはそれが大きくなっていた旨の火災経過についての近隣住民の目撃供述(乙15)と矛盾する。また灯油を散布するならより適切な場所が他に存在する。B意見が本件洋室南東側外壁下部から出火して軒下に火が入ったとする指摘は誤りである。

第3  当裁判所の判断

1  判断の基礎となる事実

前提となる事実及び事実末尾に掲記した証拠並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)控訴人の生活状況等

ア 控訴人は,平成15年,湯西川ダムの建設に伴う補償金(以下「ダム補償金」という。)を受領することとなり,平成17年9月ころ,受領したダム補償金を原資として,亡父名義の土地上に1700万円の費用をかけて本件建物を建築した(甲3,8,乙10,33)。

控訴人は本件建物で内妻と同居していたが,同女が死亡したため独り暮らしとなった。控訴人は,本件火災当時,湯西川温泉の旅館の板前手伝いとして働いており,週のうち半分は同旅館の従業員寮に宿泊し,残りの半分程度を本件建物で生活していた(甲17,乙16)。

イ 控訴人は,本件建物建築後,被控訴人との間で本件建物につき火災保険契約を締結し,以後1年ごとに更新し,平成20年8月9日ころ,従前と同一の内容で本件火災保険契約を締結した。本件火災保険契約の保険期間は平成20年9月25日から平成21年9月25日まで,建物保険金は1700万円,家財保険金は800万円であり,保険料年額5万1120円(月額4260円)とされた(甲2)。控訴人は,平成20年11月及び12月の本件火災保険契約の保険料を口座の残高不足により支払うことができなかった(乙34)。

ウ 控訴人は,追加のダム補償金として平成21年2月5日に710万2954円,3月13日に14万3000円,5月18日に34万7731円を受領した。控訴人が受領するダム補償金は上記5月18日の受領分が最後であった(甲10,控訴人本人)。

控訴人は,上記ダム補償金が入金された足利銀行鬼怒川支店の普通預金口座から,たびたび10万円単位で預金を払い戻してパチンコやスナックでの飲食に費消した。その額は,平成21年2月中に約135万円,3月中に約100万円,4月中に約100万円,5月中に約100万円であり,2月5日当時710万4778円であった同口座の預金残高は,本件火災発生日である6月24日には285万2298円となっており(甲10),このまま推移すると,あと数か月で預金が底を突く状態であった。

エ 控訴人は,本件火災のあった平成21年6月ころ,勤務先である旅館から給与として月額約5万円を得ているのみであった。控訴人は,本件火災当時,毎月の給与収入が約8万円あったと主張し,その旨の陳述書(甲17)を提出するが,他方,本件火災直後の被控訴人の調査に対しては,義兄からの和解金月8万円と給与5万円を合わせて月13万円の収入であった旨述べており(乙16),本件訴訟においてこの点が争われ議論されているにもかかわらず給与明細書を提出しないことにも鑑みると,控訴人の上記主張を採用することはできない。

控訴人は,上記のとおり,被控訴人の調査に対し,本件火災当時,上記給与収入のほか義兄から裁判上の和解金として毎月8万円(3年の分割払)を受け取っていた旨述べるが,控訴人本人尋問においては,義兄からの和解金の支払は本件火災前に終了している旨を述べている(控訴人本人尋問調書4頁)のであり,本件火災当時の収入が少ない事実を隠蔽しようとする意図が,この点にも表れている。

オ 控訴人は,本件火災の2か月前である平成21年4月22日,その所有する自動車で事故を起こし,修理のため代車を使用していた。控訴人は,本件火災当時,その代車の中に運転免許証,健康保険証,印鑑登録カード,実印,預金通帳2冊を保管し,土地建物の権利証は本件建物の北東側4畳半の金庫内に保管していた。上記運転免許証や権利証などはいずれも本件火災による焼失を免れた(乙15,29,37)。

(2)本件建物について

本件建物は,北西に面ハした築4年の木造平家建(床面積74.52㎡)の長方形の建物である。本件建物の正面(北西側長辺)の西寄りに玄関があり,玄関を入って右手の建物西隅には控訴人が居間兼寝室として使用していた6畳和室がある。建物南隅には本件洋室があり,南角を挟んで南西側と南東側にそれぞれ腰高窓が設置されている。本件洋室の南東側は建物裏手に当たり,約2メートルの間を隔てて隣家の塀及び防風林がある。建物の周囲は空地である(甲3,乙4~7)。

控訴人は,上記6畳和室に就寝し,本件洋室は主に物置部屋として使用し,タイヤや石油ファンヒーターを置くなどしていた。本件火災後の検証によっても,石油ファンヒーターの灯油カートリッジに破損は認められず,給油口口金,油量計,油受け皿等から灯油が漏れた形跡も認められない(乙12,14,17,18)。

(3)灯油の使用について

控訴人は,本件建物において,浴室用ボイラー及び暖房器具に灯油を使用していた。灯油は控訴人自らポリタンクで購入することもあり,本件火災当時は本件建物の玄関内にポリタンクが2本置いてあり,1本は一杯に入って閉栓されていたが,1本は開栓され電動給油ポンプが差し込まれたままになっており,残量は約3分の1であった(甲3,17,乙4,12,14)。

控訴人は,本件火災の1週間前である平成21年6月17日に灯油販売店に2本のポリタンクを持参して灯油合計37リットルを購入した。これは2本のポリタンクが優に満量になる量であるが,1週間後の本件火災当時には,上記のとおり1本は一杯であるものの,他の1本の残量が約3分の1となっていた。その理由について,控訴人は,その一部を部屋の石油ファンヒーターに入れた旨供述し,季節からみて不合理ではないかと追及されると,入れなかったと供述を変更している(控訴人本人)。控訴人は,風呂のボイラーに灯油を入れたとも説明する(甲17)が,控訴人は板前手伝いとして温泉旅館に勤務しており(甲8),控訴人本人の説明によっても,週のうち半分は旅館の従業員寮に居住していて,自宅の風呂を使うのは3日に1回程度であるというのであり(甲17),しかも,控訴人は,購入後火災までの間に風呂のボイラーに灯油を入れた時期については覚えていないとし(甲17),入れた灯油の量についても説明していない。結局,ポリタンク内の灯油が上記のとおり減少した理由について,控訴人は合理的な説明をしていないことになる。

(4)本件火災の態様

ア 日光市消防本部の消防隊は,本件火災当日である平成21年6月24日午後9時36分ころ119番通報を受け,午後9時45分ころ火災現場に到着して放水を始めた。消防隊員は,現場到着時,本件建物の南東側から白煙及び炎があがり,軒下から激しく炎が噴出し,隣家の防風林に火が燃え移っているのを確認した。消防隊到着時,本件建物の玄関は施錠されていた

(甲3,乙3,15)。

イ 本件火災による本件建物の焼損状況は次のとおりである。

本件建物のうち建物裏手に当たる本件洋室の南東側外壁下部の南角付近が最も焼損の程度が激しく,腰高窓下の壁が抜け落ち,抜け落ちた部分の間柱が焼失し,布基礎が焦げて水切りが焼燬し,土台の燃え込みがある。焼け残った間柱は外壁側の燃焼が強く室内側が残り,窓脇の筋交いも外側及び下方の焼燬が強く,床及び根太は外側から焼け抜けた状態で,屋外から室内に向かって床の焼燬が認められる。建物の小屋裏は全部が焼け,焼燬の方向は本件洋室から玄関上部に向かっている。本件洋室の天井は焼け落ちているが,他の部屋の天井に焼け落ちたものはなく,本件建物の屋根のうち本件洋室の上部に当たる部分が熱により変形している。本件洋室の内壁はいずれも焼けているが,抜け落ちたのは南東側の壁のみである。本件洋室の床面は,上記南東側の屋外からの焼燬のほか,北西側の床に広範囲の焼け込みがあるが,本件建物の他の部屋には床面が焼けた形跡はない(甲3,乙1~6)。

(5)控訴人の消防に対する説明

控訴人は,消防隊員に対し,本件火災の生じた日である平成21年6月24日の午前4時ころ,6畳和室において,寝たばこにより,畳1枚の30センチ四方程度を焦がしたほか,コタツ,敷き布団2枚,コタツ掛け布団1枚,コタツ敷き1枚を燃やす小火を出し,水をかけて消火した後,焦がしたコタツの櫓は本件洋室に運び入れ,コタツ布団や敷き布団をゴミ袋に入れ,一部については袋の口を縛らずに畳と共に本件建物の裏手である本件洋室南東側外壁の南角付近の壁際に置き,ブルーシートをかけ,その上に重しとして鉄の棒を置いた旨を説明しており(甲3,乙4,7,8,15,控訴人本人),火災後,この説明にある布団等を置いた位置である本件洋室の南東側地面から焼けた布団や畳が発見された。

消防は,控訴人に対する質問の結果に基づき,本件火災の出火原因を,「布団が再燃し外壁の水切り付近から炎が入り土台が燃えたもの」と判定した(乙2)。

(6)本件洋室内における灯油の検出

本件においては,本件洋室内の燃残物から大量の灯油が検出されたとするA報告書(乙12,21,30)がある。A報告書は,本件火災の翌日に火災現場から採取した試料をガスクロマトグラフ質量分析により解析した結果,本件洋室の北西側床面の焼け込み部分,本件洋室内に置かれていたコタツのヒーター及び天板,本件洋室の裏手空地に放置されていた鍋からそれぞれ灯油に相当する油性成分が検出されたとするものであり,試料の解析結果は灯油のそれとほぼ一致し,試料の採取,保管方法に特段の疑義を生ずべき事情は見当たらないから,灯油に相当する油性成分が検出されたとするA報告書は信用することができる。

もっとも,本件洋室及びその燃残物から採取された試料12本のうち灯油が検出された11本について,最も大量に灯油が付着していたとされるコタツヒーターから採取された2本でも,灯油の総付着量は1.5グラム(ヒーター面)及び0.29グラム(上面)であり,残り9本の試料についてはいずれも1グラム当たり0.043グラムないし0.0001グラムの付着量であったというのであり,これらの限られた試料のみに基づいて,A報告書がいうように,本件洋室の北西側部分が火災以前に灯油で床が濡れている状態であったとまで認定することは困難であるから,A報告書については,本件洋室内の燃残物から灯油が検出されたとする限度で採用する。

(7)B意見及びC意見について

B意見は,本件洋室内から多量の灯油が検出されたこと,室内の壁に床からの立ち上がり燃焼痕跡が存在することに照らすと,本件洋室の床面に助燃剤として灯油が散布された可能性があるとする。B意見の前提とする事実のうち,正確な量は判明しないものの,本件火災当時,本件洋室内に灯油が存在したことは前記

(6)のとおりであり,本件洋室北西側の壁面には,B意見が立ち上がり燃焼の表れであるとする痕跡が認められる(乙14写真チ,ツ)。これらによれば,本件火災当時,本件洋室内に助燃剤として灯油が散布されたとするB意見は合理性があるものと認められる。

これに対し,控訴人は,B意見は信用できないとし,B意見の問題点を指摘するC意見を援用する。しかし,前記(6)のとおり,本件洋室内からは灯油が検出されているもののその量を正確に知ることはできないのであるから,仮に黒煙やフラッシュ・オーバー現象が認められないとしても,本件洋室内に灯油が散布されたことを否定する根拠となるものではない。

また,散布時期の指摘については,灯油を助燃剤として使用するのであれば,散布時期が出火より若干前であっても問題はないし,散布場所についても,本件洋室が出火元に最も近い部屋であり,雑多な物の置かれた物置であったことからすると,本件洋室内に灯油を散布することが不合理であるとはいえない。控訴人ないしC意見がB意見の問題点として指摘するところは,いずれも上記の認定を左右するには至らないものである。

2  本件火災の発生状況

前記認定事実によれば,本件火災の出火元は本件洋室であり,最も激しい焼損が認められる南東側南角付近の外壁下部から出火したものであり,水切り付近の壁内に炎が入り込み,土台や根太を焼き,さらに,本件洋室内の灯油に引火してその燃焼が加わって延焼したものと認められる。

3  控訴人の故意又は重過失の有無について

前記1及び2認定の事実に基づき,本件火災が控訴人の故意又は重過失によるものであるかを検討する。

(1)灯油の散布について

ア 本件火災当時,本件洋室は物置として使用されており,本件洋室内で灯油が使用されていた事実は認められない。本件洋室内には石油ファンヒーターが置かれていたが,本件火災発生の時期からみて同ヒーターが使用されていたとは考えられない。また同ヒーターの灯油カートリッジに破損は認められず,給油口口金,油量計,油受け皿等から灯油が漏れた形跡も認められない。

イ 控訴人は,本件火災の1週間前に37リットルの灯油を購入してポリタンク2本に保管しており,本件火災当時はそのうちの1本の残量が約3分の1に減少していたが,灯油の使途について合理的な説明をしていない。一方,前記1(6)に認定の事実によれば,本件洋室内から灯油が検出されている。上記のとおり,本件洋室内に灯油を使用する機器として石油ファンヒーターが置かれていたが,灯油が漏れ出した形跡はなく,本件火災発生の時期からみて石油ファンヒーターが使用されたとは考えられないから,本件洋室内に検出された灯油は,上記ポリタンク内の灯油であると考えるほかない。上記ポリタンクの約3分の2に相当する灯油の使途が不明であることも併せ考えると,上記1本のポリタンクに保管されていた灯油の相当量が本件洋室内に散布されたものと認められる。

ウ 上記のような灯油の購入,保管状況に照らし,本件洋室内に灯油を散布することができるのは控訴人を措いてはほかになく,控訴人がこれを散布したものと推認するほかない。

(2)本件火災前の控訴人の生活状態

本件火災当時,控訴人は,給与収入として1か月に5万円を得ているのみであり,義兄から毎月支払を受けていた月8万円(3年分割払)の和解金も本件火災までに支払が終了していた。しかも,本件火災の4か月程度前に取得したダム補償金約760万円は,毎月100万円程度がパチンコやスナックでの飲食に費消され,本件火災当時の残高は約285万円であり,あと数か月で預金が底を突く状態であったものである。

(3)出火の事情についての控訴人の説明が信用できないこと

本件火災当時の収入についての控訴人の説明があいまいであること,購入した灯油の使途についての控訴人の説明が変遷しており,合理的な説明をしていないことは前記1(1),同(3)に説示のとおりである。

ところで,控訴人は,前記1(5)のとおり,本件火災発生当日の早朝午前4時ころ,寝たばこで布団や畳を焦がし,これらを本件建物南東側外壁の壁際に置いていたと説明しているが,そのような措置をとったとする直後である午前5時ころ,畳店に電話をして畳の交換を依頼している(乙15)。寝たばこによる畳の焼損の程度が30センチ四方の焼け焦げであると説明されていること(乙8)からみて,このように迅速に畳替えを依頼することは,畳替えの頻度が高い旅館その他の営業用建物や来客の多い住宅の場合は別として,中年男性が単身居住する住宅としては珍しいといわざるを得ない。また控訴人は,本件火災の翌日である6月25日午前7時ころ,火災で自宅が燃えたから畳替えの必要はないとして依頼を取り消す旨の電話をしており(乙15),不意に居宅全焼の被害に遭った者としては,畳替え取消しの手続が極めて迅速かつ冷静であると認められる。このような畳替えの発注の迅速さとその発注取消しの迅速さ及び冷静さからみて,寝たばこで畳を焦がしたとする控訴人の説明をにわかに措信することはできないものである。

(4)本件火災についての控訴人の故意

<u>本件火災は,本件洋室の南東側南角付近の外壁下部から出火して本件建物を焼損したものであるが,本件火災当時,通常は灯油が使用されない場所である本件洋室内に相当量の灯油が散布されており,これが助燃剤となって床面から炎が立ち上がり燃焼を生じて本件建物を全焼するに至ったものと認められ,この相当量の灯油は控訴人が散布したものと推認するほかないことからすると,本件火災は控訴人の故意により生じたものと認めるのが相当である。</u>

4  結論

以上のとおり,本件火災は控訴人の故意により生じたものと認められるから,被控訴人は,約款に基づき,本件火災による保険金の支払につき免責を受けるものというべきであり,被控訴人が保険金支払義務を負わない以上,これを前提とする控訴人の損害賠償請求も理由がない。よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園尾隆司 裁判官 吉田尚弘 裁判官 森脇江津子)

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