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東京高等裁判所 平成25年(ネ)5158号 判決 2014年1月30日

控訴人

埼玉県信用保証協会

同代表者理事

同訴訟代理人弁護士

田中等

長尾亮

上松正明

中垣美紀

被控訴人

株式会社みずほ銀行

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

上田淳史

被控訴人

株式会社三井住友銀行

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

半場秀

中山靖彦

被控訴人

株式会社埼玉りそな銀行

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

桜井修平

惠木大輔

鹿野晃司

被控訴人

青木信用金庫

同代表者代表理事

同訴訟代理人弁護士

杉野翔子

木元哲朗

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人株式会社みずほ銀行の請求を棄却する。

3  被控訴人株式会社みずほ銀行は控訴人に対し、5972万8651円及びこれに対する平成24年4月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人株式会社三井住友銀行は控訴人に対し、7898万2404円及びこれに対する平成24年4月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  被控訴人株式会社埼玉りそな銀行は控訴人に対し、9665万5233円及びこれに対する平成24年4月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6  被控訴人青木信用金庫は控訴人に対し、4802万4393円及びこれに対する平成24年4月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要(略称は原判決のそれによる。)

1  本件第1事件は、被控訴人みずほがa社に対してした貸付について、控訴人に対し、保証債務の履行を請求した事案である。本件第2事件は、被控訴人みずほがb社に対し、被控訴人三井住友がc社に対し、被控訴人埼玉りそながd社に対し、被控訴人青木がa社に対し、それぞれ貸付をし、控訴人が本件各貸付先に代わって保証債務を履行したが、控訴人において、本件各信用保証は不成立であり、若しくは錯誤により無効であり、又は保証免責事由があると主張し、被控訴人らに対し、上記各保証債務の履行に係る弁済金を不当利得として返還するよう求めた事案である。

本件各貸付に係る融資金は、詐欺グループによる一連の詐欺により騙取されたことが判明し、実行行為者の一人であるFは、詐欺罪により実刑判決を受けている。

原審は、本件各信用保証につき要素の錯誤があった等とする控訴人の主張を排斥し、第1事件に係る被控訴人みずほの請求を認容し、第2事件に係る控訴人の被控訴人らに対する請求をいずれも棄却したため、控訴人がこれを不服として控訴した。

2  前提事実、争点及びそれに対する当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」第2の3及び4に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決6頁14行目の「原告は、」を「被控訴人みずほは、」と改める。

(当審における控訴人の主張)

(1) 原審は、錯誤事由①及び②について、要素の錯誤に当たるか否かを判断するに当たり、債務が履行されない場合のリスク負担についてどのような合意が成立しているかをまず吟味した上で、控訴人主張の錯誤がリスク負担の合意内容を前提にして、要素の錯誤に当たるか否かを検討することが相当であるとし、本件各信用保証における本件リスクに関する合意内容は、本件リスクを控訴人が負担するものである等として、錯誤無効の成立を否定した。しかし、要素の錯誤に該当するか否かの判断基準は、通常人を基準として、表意者において錯誤がなかったならば意思表示をしなかったであろうと考えられ、それが一般取引通念に照らして至当と認められるときに要素の錯誤があるとするのが確立された判例理論であり、原審の上記判断は、判例理論に反するものである。信用保証協会による信用保証の対象となる中小企業者は、企業としての実体を有することを当然の前提としており、中小企業者としての実体がなければ信用保証の対象とならないことは、融資を実行する金融機関である被控訴人らにおいても当然のこととして熟知されていたということができるから、錯誤事由①及び②について錯誤無効の主張が認められるべきである。

(2) 原審は、錯誤事由①及び②に関し、約定書や本件各信用保証において、控訴人が引き受けることができないリスクについて何ら定められていないかのように判示するが、約定書の解釈指針において、中小企業者でない者が中小企業者を偽装して保証を申し込んだ場合等、錯誤により保証契約が無効となる場合がある旨の記載があるとおり、解釈指針において、錯誤事由①及び②が錯誤により無効になる場合があることについて明確に記載されている。信用保証契約は約定書によって規定され、約定書の解釈は解釈指針によって規定されるから、解釈指針の上記記載があることにより、錯誤事由①及び②について、錯誤無効のリスクを被控訴人らが負うことが信用保証契約において明確に定められているというべきである。

(3) 原判決は、保証条件違反の有無について、被控訴人らは貸付先が控訴人の求める保証条件を満たしているか否かについて、相当と認められる調査をすべき義務を負っており、このような調査・本人確認義務は保証契約の内容として合意されているとしながら、被控訴人らは、取引通念上必要とされる調査・本人確認義務を果たしていると判示している。しかし、被控訴人らは、書面審査を除けば、ごく一部の例外を除いて本件各貸付先の事務所とされた場所を訪問しただけの実地調査しか行っておらず、本人確認も不十分であって、調査・本人確認義務を果たしたということは到底できない。しかも、原審において、上記の点について、被控訴人らが提出した陳述書のとおりに事実を認定しているが、陳述書作成者の証人尋問申請もなされないまま認定されており、採証法則に反したものであり、事実認定も誤っている。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も、被控訴人みずほの請求は理由があるから認容すべきであり、控訴人の被控訴人らに対する請求はいずれも理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加訂正するほか、原判決の理由説示(「事実及び理由」第3)のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正)

(1) 原判決26頁5行目の「本件各信用保証委託契約」から8行目の「したがって、」まで及び32頁25行目「信用保証を」から33頁5行目の「そうでない場合には、」までを削る。

(2) 原判決33頁26行目冒頭から34頁18行目末尾までを次のとおり改める。

「錯誤事由③は、本件各貸付先と控訴人との間の各信用保証委託契約が契約の不成立又は錯誤事由①及び②と同じ錯誤により、有効に成立していなかったにもかかわらず、控訴人がこれを有効に成立しているものと誤信したことを錯誤の内容として主張するものである。しかし、契約の不成立の主張は、原判決の「事実及び理由」第3の1に記載のとおり、これを認めることはできない。また、錯誤事由①及び②と同じ錯誤により本件各信用保証委託契約が無効であったにもかかわらず、控訴人は本件各信用保証委託契約について有効に成立しているものと誤信したとの主張は、信用保証契約を信用保証委託契約に置き換えて主張するものであり、これを独立の錯誤事由の主張であると認めることはできず、錯誤事由①及び②の錯誤を見方を変えて主張するものにすぎないものというべきであり、錯誤事由①及び②が要素の錯誤に当たらないのと同じ理由により、錯誤事由③に係る主張も理由がない。」

(当審における控訴人の主張に対する判断)

(1) 本件各信用保証についての要素の錯誤について

信用保証協会は、信用保証協会法に基づいて設立された公益法人であり、都道府県単位で設立された信用保証協会と全国信用保証協会連合会から成るものである。本件は、原判決の「事実及び理由」第3の1に認定のとおり、信用保証協会の保証付き融資において、被控訴人ら金融機関が詐欺グループの詐欺により融資金を騙取された場合において、控訴人がした本件各信用保証が信用保証協会の錯誤により無効となるかどうか等が争われたものであって、中心的争点は、控訴人が正常な融資であると信じてした本件各信用保証が、要素の錯誤により無効となるかどうかである。

控訴人は、控訴人と被控訴人らとの間では、信用保証協会による信用保証の対象となる中小企業者は、企業としての実体を有することを当然の前提としていたのであるから、錯誤事由①及び②について錯誤無効の主張が認められるべきであると主張するので、本件訴訟の内容に鑑み、この点に関する当裁判所の判断を示すこととする。

信用保証協会の保証付き融資は、いわゆる金融機関経由保証の融資であり、融資を実行する金融機関において融資の適否の審査を行い、信用保証協会は、その審査結果により融資相当と判定されたときは、当該融資に対して信用保証を行い、これによって迅速な中小企業融資の実現を図るものである。この融資は、融資を必要とする中小企業について、融資の審査に長けた金融機関に融資の審査を委託し、これに基づいて信用保証協会の保証付き融資を迅速に実施することにより、中小企業者の資金繰りを支援するという政策目的に基づいて実施されているものであって、信用保証協会の保証付き融資であることに安住して金融機関が不十分な審査をするなどの保証契約違反により、信用保証協会に対し、保証債務の履行を求め得なくなることがあるのは別として、詐欺によって融資金が騙取されたことが融資後に判明し、かつ、信用保証協会としては信用保証協会の保証付き融資の趣旨に従った正常な融資であると信じて信用保証をしたとしても、現行の信用保証協会の保証付き融資の制度及び信用保証協会が金融機関融資に保証を付する場合の現行の保証条件を前提とする限り、金融機関が当該信用保証協会の保証付き融資案件において金融機関に期待される相当な融資審査を行った場合には、上記融資金詐欺によって信用保証協会に生じるリスクは、信用保証協会の保証付き融資において想定された範囲内のリスクであり、信用保証協会が正常な融資であると信じて信用保証をしたことを理由として、信用保証契約が要素の錯誤により無効となるものではないものというべきである。このように解さず、融資金が詐取されたことが融資後に判明し、かつ、信用保証協会としては正常な融資であると信じて信用保証をした場合には、要素の錯誤により信用保証契約が無効となると解することとすれば、詐欺による融資上のリスクを避けるため、金融機関の融資の判断が消極又は著しく慎重となる結果、中小企業に対する融資判断が消極となり、又は著しく遅滞し、信用保証協会の保証付き融資の制度趣旨に反する結果となるのであって、現行の信用保証協会の保証付き融資の制度及び信用保証協会が金融機関融資に保証を付する場合の現行の保証条件を前提とする限り、このような解釈をとることは困難である。そして、本件においては、原判決の「事実及び理由」第3の3に認定のとおり、金融機関が上記の相当な審査をしたことが認められるのであるから、控訴人の要素の錯誤の主張は理由がないものというべきである。

(2) 約定書の解釈指針の記述について

控訴人は、錯誤事由①及び②について、約定書の解釈指針において、錯誤により無効になる場合があることが明確に記載されており、信用保証契約は約定書によって規定され、約定書の解釈は解釈指針によって規定されるから、錯誤事由①及び②については、錯誤無効のリスクを被控訴人らが負うことが信用保証契約において明確に定められているというべきであると主張する。しかし、上記約定書の解釈指針は、社団法人全国信用保証協会連合会が信用保証協会の立場から示した解釈指針であり、しかも、その説くところは、保証契約の規定の解釈が民法の規定に基づくものであることをいうにすぎず、これによって錯誤無効のリスクを被控訴人らが負うことが定められているものということはできない。

(3) 保証条件違反の有無について

控訴人は、被控訴人らが控訴人から本件各信用保証を受けるに当たり、調査・本人確認義務を果たしたということは到底できず、被控訴人らには保証条件違反があると主張する。しかし、被控訴人らの担当者が行った本件各貸付先の実地調査及び代表取締役に対する本人確認の態様については、原判決の「事実及び理由」第3の3(2)イ(イ)及び(ウ)において判示するとおりであり、被控訴人らの担当者は、本件各貸付先の本店所在地を訪問する等の方法により実地調査を行い、代表取締役に対する本人確認については、本件各貸付先の印鑑証明書、住民基本台帳カードの写し、国民健康保険被保険者証等によって本人確認を実施したものと認められ、この調査・確認をもって、被控訴人らに保証条件違反があるものということはできない。

2  よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園尾隆司 裁判官 吉田尚弘 森脇江津子)

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