東京高等裁判所 平成25年(ネ)6537号 判決 2014年4月24日
控訴人
X
同訴訟代理人弁護士
石井藤次郎
被控訴人
株式会社ゆうちょ銀行
同代表者代表執行役
A
同訴訟代理人弁護士
各務武希
同(復代理)
坂下大貴
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は、控訴人に対し、八八万四五三四円及びこれに対する平成二四年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
四 仮執行の宣言
第二事案の概要
一 本件は、被控訴人との間で通常貯金契約をしていたB(以下「B」という。)の子である控訴人が、被控訴人に対し、① Bが平成一六年八月九日死亡したことにより同人の上記契約に基づく貯金払戻請求権を自己の法定相続分三分の一の限度で取得したとして、金銭消費寄託契約に基づき、平成二三年四月一三日当時のB名義の口座の貯金残高二三五万三六〇二円の三分の一に相当する七八万四五三四円及びこれに対する平成二四年五月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、② 被控訴人が控訴人に対して上記金員の払戻を拒否したことが不法行為にあたると主張して、不法行為による損害賠償請求権に基づき、弁護士費用相当額一〇万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成二四年五月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は上記①の請求を認容し、上記②の請求を棄却した。控訴人は原判決中控訴人敗訴部分(上記②の請求を棄却した部分)を不服として控訴した。被控訴人は原判決中被控訴人敗訴部分に対し控訴も附帯控訴もしなかった。したがって、当審の審判の対象は上記②の請求の当否に限られる。
二 争いのない事実等は、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の一(原判決二頁六行目から一九行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
三 争点及び争点に関する当事者の主張は、後記のとおり当審における控訴人の主張を摘示するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の二(原判決二頁二〇行目から七頁三行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の請求のうち不法行為による損害賠償請求は理由がないと判断する。その理由は、次のとおり補正し、後記のとおり控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」の三(原判決一〇頁一四行目から一一頁一三行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決一〇頁一五行目の「(1) 」の次に次のとおり加える。
「前記認定事実に証拠(乙一一)及び記録上顕著な事実を併せれば、原告代理人は、平成二四年三月二一日以降、被告に対し、委任状、「相続確認表」と題する書面のほか、原告の戸籍全部事項証明書、住民票、Bの記載のある改製原戸籍謄本、除籍謄本等の必要書類を交付し、同年四月六日付け申立書を提出して本件貯金について法定相続分による分割払戻しを請求したこと、これを受けて、被告は、同月一二日付けで、C及びDに対し、共同相続人間での相続分についての紛議の有無を確認するために、分割相続についての取決めの有無等について照会したこと、これに対し、Dの代理人は、同月二〇日ころ、被告に対し、原告に本件貯金の相続分に相当する部分の払戻しをすることに異議がない旨回答したが、Cの代理人は、同月二三日ころ到達の書面をもって、被告に対し、Bの相続につき相続人間に遺言の有効性について紛争を生じ、相続不動産の帰属について長期間訴訟が係属し、その間、相続不動産に関係する支払の自動引落しや賃料の振込み等の入出金があったため、本件貯金の各相続分の金額を確定するためには、上記入出金をその対象である相続不動産の帰属に応じて相続人ごとに仕分け集計しその金額を各相続人の相続分に加減して精算をする必要があるが、原告がその話合いに応じないため各相続分の金額を確定できない状態にあるとして、被告が原告に相続分を分割して支払うことについて厳重に異議を述べる旨通告し、被告が払戻しに応じた場合にCの相続分が含まれているときはCから二重に払戻請求をし又は損害賠償請求をすることが予想される旨通告したこと、被告は、Cの上記通告を受け、同月二四日頃、原告代理人に対し、Cから異議があったことを理由に、本件貯金について相続分の払戻しの請求に応じない旨通告したこと、そこで、原告は、同年五月二三日、東京地方裁判所に本件訴訟を提起したこと、以上の事実が認められる。
上記認定事実によれば、被告は、Bの共同相続人間での相続分についての紛議の有無を確認するために、C及びDに対し、分割相続についての取決めの有無等について照会したところ、Cの代理人から、相続不動産に関係する支払の自動引落しや賃料の振込み等の入出金があったため、本件貯金の各相続分の金額を確定するためには、上記入出金をその対象である相続不動産の帰属に応じて相続人ごとに仕分け集計しその金額を各相続人の相続分に加減して精算をする必要があるが、原告がその話合いに応じないため各相続分の金額を確定できない状態にあるとして、被告が原告に相続分を分割して支払うことについて厳重に異議を述べる旨の通告及び被告が払戻しに応じた場合にCの相続分が含まれているときはCから二重に払戻請求をし又は損害賠償請求をすることが予想される旨の通告を受けたのであり、その結果原告に対し本件貯金について相続分の払戻しの請求に応じない旨通告し、原告による本件訴訟の提起追行に至ったことが認められるから、この事実経過によれば、被告は、Cの代理人から上記通告を受け、実際上共同相続人間の紛争に巻き込まれることとなる事態を回避するため、本件訴訟の決着を待って原告の払戻しの請求に応じたこととしたということができるのであり、被告が原告に損害を与えることを目的として原告の払戻しの請求に任意に応じなかったということはできず、その他被告が任意に原告の払戻しの請求に応じなかったことが公序良俗違反に匹敵するような強度の違法性を有するものであることを基礎付ける事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、上記事実経過の下では、被告が原告の払戻しの請求に任意に応じることなく、本件訴訟の決着を待って原告の払戻しの請求に応じることとしたことをもって、被告が不法行為による損害賠償責任を負うということはできない。この点に関し、」
(2) 同一一頁六行目から七行目にかけての「被告の対応は、それ自体として行き過ぎであった面があることは否定できないものの、例えば」を次のとおり改める。
「被相続人の金銭債権は、原則として、遺産とは別個の財産であり、共同で相続した各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当であるとはいえ、被告が、本件貯金に関する従前の取引経過等の具体的な事実関係を考慮し、実際上共同相続人間の紛争に巻き込まれることとなる事態を回避するため、本件訴訟の決着を待って原告の払戻しの請求に応じることとしたことが、著しく不当で取引通念上容認し難い判断であると断ずることはできず、まして、」
二 控訴人の当審における主張に対する判断
控訴人は、被控訴人には提訴を要さずにいかにして本件貯金の相続分に応じた払戻しが可能となるのか、控訴人と交渉を継続すべき注意義務があるのに、被控訴人はこの義務を怠った過失により、控訴人に提訴を余儀なくさせて弁護士費用等の出費をさせて損害を被らせたと主張する。
しかしながら、問題は、上記のとおり補正の上引用する原判決認定の事実経過の下で、被控訴人が控訴人の払戻しの請求に任意に応じることなく、本件訴訟の決着を待つこととしたことが、金銭消費寄託契約上の債務不履行責任とは別に不法行為による損害賠償責任を構成するかどうかにあり、これを肯定するには、上記のとおり補正の上引用する原判決が説示するとおり、被控訴人が控訴人に損害を与えることを目的として控訴人の払戻しの請求に応じなかった場合その他被控訴人が任意に控訴人の払戻しの請求に応じなかったことが公序良俗違反に匹敵するような強度の違法性を有するものであることを基礎付ける事実が存在する場合に限られるというべきである。控訴人が主張するように、被控訴人が本件貯金の相続分に応じた払戻しが可能となるように控訴人と交渉を継続しなかったことをもって、直ちに上記の場合に該当するということはできず、公序良俗違反に匹敵するような強度の違法性を有するものであることを基礎付ける事実が存在することが必要である。しかるに、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、控訴人の上記主張は採用の限りでない。
三 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の請求のうち不法行為による損害賠償請求は理由がない。
第四結論
よって、上記判断と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 髙世三郎 裁判官 瀬戸口壯夫 針塚遵)