東京高等裁判所 平成25年(ラ)516号 決定 2013年4月16日
抗告人
株式会社X
同代表者代表取締役
A
同代理人弁護士
服部弘嗣
相手方
株式会社Y
同代表者代表取締役
B
主文
本件執行抗告を棄却する。
理由
1 本件執行抗告は、「原決定を取り消す。相手方は、抗告人に対し、原決定別紙物件目録記載の不動産を引き渡せ。」との裁判を求めるものであり、その理由は執行抗告理由書記載のとおりである。これを要約すると、次のとおりである。
(1) 原決定は、相手方が、所有者と賃貸借契約を締結し、これに基づき競売手続の開始前から占有したと認めているが、本件の事件記録に記載されていない事実を基礎に認定したもので、事実誤認である。
(2) 民事執行法83条3項は、執行裁判所が債務者以外の占有者に対し、第1項の規定により決定する場合には、その者を審尋しなければならないと規定するところ、原決定は決定するに当たり相手方を審尋した形跡はなく、上記規定に違反するものである。
(3) 本件で民法395条1項1号を適用して相手方に対して本件建物の買受時から6か月間の明渡猶予を認めた点に、平成12年3月16日最高裁判所決定の判断に反する判例違反が存在する。
2 当裁判所の判断
(1) 抗告人は、相手方が所有者と賃貸借契約を締結したことも、これに基づき競売手続の開始前から占有していたこともないと主張する。しかし、一件記録によれば、本件建物に対する差押登記は平成24年6月4日になされたところ、①所有者C及び相手方の実務担当者Dは、執行官の聴取に対し、一致して、相手方と所有者との間で、平成24年5月に本件建物について、当初2か月は月額4万円、その後は月額5万円、敷金はないとの約定で口頭で賃貸借契約を締結し、相手方は同年5月から引渡しを受けて占有している旨陳述していること(Dは同年5月25日に引渡しを受けたと陳述している。)、②執行官からの書面による供給契約等に関する照会の結果、相手方に対して、平成24年5月23日に電気の、同月24日に水道の、各供給が開始されたことがそれぞれ認められ、相手方が賃貸借契約に基づき競売手続の開始前から本件建物を占有していたと認めることができる。抗告人は、本件の事件記録に上記②を認めるに足りる資料がないと主張するが、上記照会の結果を記載した書面が現況調査報告書に添付されており、この書面は民事執行法83条1項の「事件の記録」である。
(2) 抗告人は、原審は決定するに当たり相手方を審尋した形跡がなく、民事執行法83条3項に違反すると主張する。しかし、原決定は引渡命令の申立てを却下する決定であるから、民事執行法83条3項の適用はない。
(3) 抗告人は、本件で民法395条1項1号を適用して相手方に対して本件建物の買受時から6か月間の明渡猶予を認めた点は、平成12年3月16日最高裁判所決定の判断に反すると主張する。しかし、民法395条1項は、引渡命令に対して引渡猶予の対象となる者として、「競売手続の開始前から使用又は収益をする者」と規定するものであり、滞納処分による差押後の占有者であっても、競売手続の開始前からの占有者であれば、引渡猶予の対象となると解するのが相当である。抗告人が掲げる最高裁判所の決定は賃借権が存続することを認めていた旧民法395条の適用に関する判断をしたものであり、本件と事案を異にするものである。
3 よって、本件引渡命令を却下した原決定は相当であり、本件執行抗告は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 園尾隆司 裁判官 草野真人 森脇江津子)