東京高等裁判所 平成25年(行コ)20号 判決 2013年10月31日
主文
1 原判決を取り消す。
2 足立区長が平成23年3月8日付けで控訴人に対してした金5万円の過料に処するとの処分を取り消す。
3 訴訟費用は,一,二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
主文同旨
2 被控訴人
本件控訴を棄却する。
第2事案の概要
1 本件は,旧Aを承継する宗教団体として,「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律」(平成11年法律第147号。以下「団体規制法」という。)により観察処分を受けている控訴人が,平成23年3月8日付けで足立区長から「足立区反社会的団体の規制に関する条例」(平成22年足立区条例第44号。以下「本件条例」という。)10条1号に基づき,同条例5条2項の報告(以下「本件報告」といい,その義務を「本件報告義務」という。)を正当な理由なく拒んだものとして金5万円の過料に処された(以下「本件過料処分」という。)ことにつき,本件条例の規定は違憲無効であり,また,控訴人は「正当な理由なく」本件報告を拒んだものではないなどと主張して,被控訴人に対し,本件過料処分の取消しを求めている事案である。
2 原審は,本件報告義務に関わる本件条例の規定が違憲無効であることはなく,本件過料処分について,正当な理由なく本件報告を拒んだこと等の要件に欠けるところはないものと判断して,控訴人の請求を棄却したため,これを不服とする控訴人が前記裁判を求めて控訴した。
3 本件に関係する法令の定めは,別紙「関係法令の定め」記載のとおりである(以下,同記載2の「足立区反社会的団体の規制に関する条例施行規則」を「本件規則」といい,反社会的団体に対して本件報告義務を課し,義務を懈怠した場合につき過料に処することなどを定める本件条例及び本件規則の各規定を「本件各規定」という。)。
4 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,原判決を次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」第2の2ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する(以下,原判決を引用する場合,「原告」を「控訴人」と,「被告」を「被控訴人」と,「本件条例施行規則」を「本件規則」と,「別紙」を「原判決別紙」と,それぞれ読み替える。)。
(原判決の補正)
(1) 原判決5頁17行目の「(以下「B」という,)」と,同頁23行目の「(以下「C」という。)」を,それぞれ削る。
(2) 原判決7頁15行目から同頁18行目までの「なお,同訴訟は,現在,控訴審に係属している。」を「ただし,同訴訟については,平成25年1月16日,控訴審において,原判決の控訴人(国)敗訴部分を取り消し,被控訴人(当審における控訴人)の請求を棄却する旨の判決がされ,これについては,上告及び上告受理の申立てがされた。」と改める。
(3) 原判決12頁26行目冒頭から同13頁15行目末尾までを次のとおり改める。
「(6) 本件過料処分に至る経緯(甲38~45,乙47の1,2~49)
ア 足立区長は,平成22年12月28日付けで,控訴人に対し,本件条例5条2項に基づき,同区内において活動し,又は居住する団体の役職員の氏名,住所及び役職名並びに構成員の氏名及び住所のほか,本件規則2条に基づき,控訴人の事業計画や活動計画,団体活動に供されている土地及び建物の所在,地積又は規模及び用途などにつき,平成23年1月30日までに報告するよう求めた。
イ これに対し,控訴人は,平成23年1月7日付けで,足立区長に対し,名称は,アルファベット表記による「D」であって,日本語カタカナ表記による「E」ではないので,名宛人の表記の不備を正した上で請求し直すよう要請するとともに,団体規制法で観察処分を受けた「FことGを教祖・創始者とするAの教義を広め,これを実現することを目的とし,同人が主宰し,同人及び同教義に従う者によって構成される団体」と控訴人との関係を明らかにされたいなどと記載した書面を送付した。
ウ 足立区長は,平成23年1月14日付けで,名宛人を「D」,「運営委員会共同幹事 H 様」,「運営委員会共同幹事 I様」と改めた上,控訴人が団体規制法に基づく観察処分の被処分団体であることは明らかであり,本件条例が適用されるなどと記載した回答書を送付した。
エ これに対し,控訴人は,平成23年1月17日付けで,足立区長に対し,「再求釈明書」と題する書面を送付したほか,同月27日付けで「求釈明書(3)」と題する書面を送付し,あくまでも「D」としての「D」に限定された範囲の報告を求められていると理解していいのか,また,公安調査庁も当該団体施設の所在の公表については,当該団体の権利その他正当な利益を害するおそれがあるとともに,場合によっては犯罪行為を誘発するなどして公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあるとして開示していないなどとした上,平成22年11月に起きた女性会員の刺殺事件に言及して施設の所在の公開につき強い懸念を表明した。
オ 足立区長は,平成23年2月1日付けで,控訴人に対し,観察処分を受けている団体に報告義務があり,その団体の範囲で報告を求める,報告内容の公表については,区の基準で判断する,本件規則2条3項1号に基づく報告の範囲は控訴人の活動全般であるなどと,簡単に列記しただけの回答をした。
カ そして,足立区長は,更に平成23年2月9日付けの催告書を送付して,控訴人に対し,報告期限の同年1月30日が過ぎても報告書が提出されていないので,速やかにこれを提出するよう催告するとともに,提出されない場合は条例により過料が科されることを通知した。
キ これに対し,控訴人は,平成23年2月13日付け「求釈明書(4)」を送付して,足立区長に対し,まだ不明な点が多く,回答自体が記されていない事項が多々含まれており,適正に報告を行うことは今なお不可能であるとした上,16項目に及ぶ求釈明を行ったが,その求釈明11において,同年1月27日付「求釈明書(3)」で指摘した情報公開問題に言及し,公安調査庁が開示を認めていない情報をあえて公表をする理由は何か,被控訴人がインターネット上のウェブサイトを通じて世界のどこからでもアクセスし得るかたちで公表しようとしているのは,本条例の趣旨にも反する不測の事態を引き起こすおそれがあるとして,重大な懸念を表明した。
ク 足立区長は,平成23年2月24日付けで,控訴人に対し,「弁明の機会の付与通知書」を送付し,本件条例による報告がなされておらず,過料処分の対象となることや,書面により弁明をすることができること,予定される処分の内容は5万円の過料であり,弁明書の提出期限は同年3月4日までであるなどを通知した。
ケ これに対し,控訴人は,平成23年3月4日付けで,足立区長に対し,弁明並びに求釈明書を送付して,控訴人が本件報告をしていないのは,控訴人が釈明を求めてきた事項,すなわち,①対象とする「団体」の不明確性,②本件請求の名宛人の地位ないし資格の不明確性,③本件条例に基づき報告義務が課せられる条件の不明確性,④本件報告の内容を公表する目的の不明確性,⑤本件条例に基づく報告事項の不明確性について,足立区長から適正な回答がなかったためであるなどと主張した。このうち,④の点については,公安調査庁も対象団体の施設の所在の情報については開示を認めておらず,控訴人においても数か月前の平成22年11月に女性会員が元夫に居場所をつきとめられて施設前で刺殺されたことを取り上げた上で,改めて本件条例に基づき報告した事項が被控訴人のインターネット上のホームページで公表されることへの強い懸念を示し,この点が明確にされなければ本件条例に基づく報告書を作成することができないと弁明した。
コ 足立区長は,平成23年3月8日付けで,控訴人に対し,過料処分通知書(甲1)を送付し,本件条例10条の規定により金5万円の過料に処する旨の本件過料処分をした。この通知書には,控訴人において本件報告をすることができない理由を認めることはできず,同日現在,控訴人から本件報告がないことなどが記載されている。
サ これに対し,控訴人は,平成23年3月23日付けで,足立区長に対し,本件過料処分を取り消すことを求めて異議の申立てをした。
シ 足立区長は,控訴人に対し,平成23年3月25日付けで「過料の納付について(催告)」と題する書面を,同月30日付けで「足立区反社会的団体の規制に関する条例に基づく報告書の提出について(催告)」と題する書面を,同年4月11日付けで「督促状」と題する書面をそれぞれ送付する一方,同月15日付けで前記サの異議申立てについて,これを棄却する旨の決定をし,その決定書を送付した。」
(4) 原判決14頁4行目全文を次のとおり改める。
「控訴人は正当な理由なく本件報告を拒んだか否か。(争点6)」
(5) 原判決36頁22行目冒頭から同37頁22行目末尾までを次のとおり改める。
「6 争点6(控訴人は正当な理由なく本件報告を拒んだか否か)
(控訴人の主張の要旨)
ア 本件報告の内容は,本件条例6条によって公表され,その公表方法は,本件規則3条1項によって区ホームページに掲載する方法により行うものとされている。もっとも,本件条例5条2項1号に規定する報告内容(役職員の氏名,住所及び役職名並びに構成員の氏名及び住所)を公表する場合には,構成員の数,役職員の数及び役職名を公表するものと定められているものの(同条2項),団体の施設の所在地(本件規則2条3項2号)については,そのような制限規定はなく,当該施設の所在地が区ホームページ上で地番まで公表されることになれば,当該施設及びこれを活動の拠点とし,居住の場所ともする構成員を広く世間の監視・観察にさらすだけではなく,誹謗・中傷や暴力的干渉を引き起こすなど,控訴人及びその構成員の権利その他正当な利益を害するおそれがある。したがって,控訴人が本件報告をしなかったことには正当な理由がある。
イ 本件条例5条1項では,「区の区域内において活動し,又は居住しようとするとき」と,同条2項では,「区の区域内において活動し,又はその構成員を居住させようとするとき」という文言が使用されているところ,これらの条項は,一義的に明らかではない。このように不明確な対象について報告を求められても報告のしようがなく,また,内容的にも,控訴人及びその構成員の宗教上及び日常の活動に影響を及ぼすおそれがあるから,控訴人が本件報告をしなかったことには正当な理由がある。
ウ 本件報告義務が課される「反社会的団体」とは,団体規制法5条1項に規定する観察処分を受けた団体(被請求団体)をいうところ(本件条例3条1項),控訴人は,本件被請求団体において「中心として活動」する「集団」の一つと位置付けられることはあったものの,本件被請求団体そのものではない。足立区長が,本件報告を求めるならば,本件被請求団体の代表者とされるGに対して求めるべきであり,そのような手続を欠いている以上,控訴人が本件報告をしなかったことには正当な理由がある。
エ 本件条例は,被請求団体であるというだけで,他に何らの手続を要することなく本件報告義務を課すものであって,本件条例の制定自体が行政処分というべきである。そして,その対象となる控訴人には,事前に告知聴聞の機会が与えられておらず,このような処分は,足立区行政手続条例や行政手続法の趣旨に反するものである。したがって,控訴人が本件報告をしなかったことには正当な理由がある。
(被控訴人の主張)
ア 本件報告のうち,団体の施設を容易に特定させる所在地番等の部分については,足立区個人情報保護条例3条の趣旨及び足立区情報公開条例8条2号を踏まえ,被控訴人としては,当初から,これを公表しないことを想定していた。したがって,上記部分の公表を避けるために本件報告をしなかったという控訴人の主張には理由がない。
イ 本件条例の規定の明確性を判断する上で基準とすべきは,通常の判断能力を有する一般人が理解可能かどうかという点にあり,この点でいささか不明確とされるのは,「居住させようとするとき」という本件条例5条2項本文の文言くらいであるところ,これは,報告義務が生ずる場合を規定する要件で,報告内容そのものを規定する文言ではない。そして,原判決では,この文言について,「反社会的団体の構成員が原告の指示その他原告の意向に沿って居住する場合」と限定解釈を行っているところ,このような限定解釈をするか否かにかかわらず,本件に限っては,適用対象が明確なのであるから,不明確な対象については報告のしようがないという控訴人の主張には理由がない。
ウ 本件被請求団体と控訴人とは同一性がある。控訴人は,まず,Gに対して本件報告を求める手続を経なければならないはずであると主張するところ,これは,手続上の適正さが確保されていないとの主張と解されるが,控訴人は,観察処分及びその期間更新に際し,弁解と防御の機会が与えられており,適正手続の欠缺は存在しないから,控訴人の主張には理由がない。
エ 本件条例の制定は,一般性,抽象性を有する法規範の制定であって,個別性,具体性を有する行政処分とは異なるから,足立区行政手続条例や行政手続法の趣旨に反する旨の控訴人の主張には理由がない。」
第3当裁判所の判断
1 はじめに
当裁判所は,原判決と異なり,控訴人が平成23年3月8日までに本件報告をしなかったことについては,正当な理由なく報告を拒んだとき(本件条例10条1号)に該当しないから,本件過料処分は,その要件を欠き,取消しを免れないものと判断する。その理由は,以下に述べるとおりである。
2 争点1ないし5(本件条例は憲法違反であるとの主張)について
争点1ないし5の点に対する判断は,次のとおり補正するほかは,原判決の「第3 当裁判所の判断」の1ないし4(原判決37頁24行目冒頭から同70頁13行目末尾まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 原判決48頁1行目末尾に次のとおり加える。
「なお,控訴人は,原判決には本件条例を制定するに至った立法事実の認定につき,弁論主義に違反する部分があると主張しているが,いわゆる立法事実(法令等の必要性を根拠付ける社会的,経済的な事実)は,ある法令等の規定が憲法に適合するか否かなどが問題とされたときに,その判断の参考とするために参照される事実であって,法令等がそれぞれの議会等で審議された過程でどのような議論がされたのかなどの事実も含め,このような立法事実がどのようなものであったかは,契約の締結や不法行為などの際に当事者間で生じた生の事実(いわゆる司法事実)とは異なり,当該法令等が制定された際の背景的事実というべきものであり,いわば当該法令等と一体のものと考えられるから,そのような立法事実がどのようなものであったかは,裁判所の専権に属する法律問題と同視されるべきものである。したがって,本件条例が制定された際の立法事実がどのようなものであったのかについては,直ちに弁論主義が適用されるものではないから,この点に関する控訴人の主張は理由がない。」
(2) 原判決56頁24行目冒頭から同57頁18行目末尾までを次のとおり改める。
「b しかし,本件条例及び本件規則の全ての規定を見ても,本件条例に基づいて報告を求めた反社会的団体から報告があった場合に,当該団体の施設等を特定可能な形式で公表することを当然に予定していると解される規定は見当たらない。また,本件規則3条1項は,「条例第6条に規定する公表は,区ホームページに掲載する方法により行うものとする。」と定めているだけで,公表する範囲などについては何も定めていないものの,理論的には,本件報告義務により当該団体から報告される情報は,足立区情報公開条例(平成12年足立区条例第91号)2条2項の「区政情報」に該当するものと解されるから,その公表の際には,同条例8条1号の規定の趣旨が類推適用され,個人生活に関する情報で特定の個人が識別され得るものについては,開示することは許されないことになるものと解される。そして,本件規則3条2項は,「条例第5条第2項第1号に規定する報告内容を公表する場合には,足立区において活動し,又は居住する構成員の数,役職員の数及び役職名を公表する。」としているから,その反対解釈によって,足立区において活動し,又は居住している当該団体の構成員の氏名や住所が公表されることはないはずである。控訴人は,その構成員が公安調査庁長官に対してした情報公開請求の中で,同長官から本件被請求団体の施設を容易に特定させる所在地番等の部分が不開示とされたことをもって,本件条例による規制が相当ではないと主張しているが,上記説示のとおり,理論的には,本件条例6条に基づく公表では反社会的団体の施設の所在地番等の公表は予定されていないはずのものである本件条例や,これと一体となる本件規則そのものが,直ちに憲法及び関係法令に違反するものであるとはいえない。したがって,控訴人の上記主張はその前提を欠くものである(もっとも,被控訴人は,過去に住民基本台帳法の諸規定を無視して控訴人の構成員から提出された転入届の受理を拒否し続けたことがある上,後に検討するとおり,公表等に関する控訴人からの説明要求に対して,最後まで「区の基準で判断する。」としただけで,上記のような具体的な規則の定めや区としての方針等について,何ら具体的には説明しなかったのであるから,その実際の運用の見通しが不明であったといわれても致し方ないところがある。)。」
3 本件過料処分に至った経過等
次に,本件過料処分の適法性について判断するに,控訴人が足立区長に対して本件条例に基づく本件報告をしておらず,足立区長が平成23年3月8日付けで控訴人を金5万円の過料に処したことは,当事者間に争いがない。そして,証拠(甲42のほか該当箇所に掲記したもの)によれば,足立区長が本件過料処分をするに至った経過は,おおむね次のとおりである。
(1) 足立区長は,平成22年12月28日付けで下記のとおり記載した「足立区反社会的団体の規制に関する条例に基づく報告書の提出について」と題する書面(甲38)を「E代表者 様」宛てに送付し,控訴人に対して,本件条例5条2項に基づく本件報告を求めた。
「 記1
1 報告基準日 平成23年1月1日
2 報告内容
条例第5条第2項
・区内において活動し,又は居住する団体の役職員の氏名,住所及び役職名並びに構成員の氏名及び住所
施行規則第2条
・区内における活動に係る意思決定の内容(事業計画・活動計画)
・区内における団体活動に供されている土地及び建物の所在,地積又は規模及び用途
・区内において土地または建物に係る権利を取得し,団体の構成員が拠点として活動し,又は居住する場所を整備しようとする場合における当該整備計画の概要
(省略)
3 報告期限 平成23年1月30日
4 報告書提出先 (省略)
5 報告書の公表
報告書の内容は,条例第6条及び施行規則第3条により公表する。
6 その他
報告書の提出を拒んだ場合等は条例第10条の規定により処罰する。」
(2) これに対し,控訴人は,足立区長に対し,平成23年1月7日付けで次の内容の「要請並びに求釈明書」と題する書面(乙47の1)を送付して,①当団体の名称は,アルファベット表記による「D」であって,日本語カタカナ表記による「E」ではない。上記請求における名宛人の表記の不備を正した上で,改めて請求し直すよう要請するとともに,②公安審査委員会により観察処分に付された被処分団体は,「FことGを教祖・創始者とするAの教義を広め,これを実現することを目的とし,同人が主宰し,同人及び同教義に従う者によって構成される団体」であり,貴区が「団体規制法で観察処分を受けた団体」として名指しする「2団体」すなわち「D(E)」及び「J」ではないとして,「D(E)」及び「J」と公安審査委員会により観察処分に付された被処分団体とがどのような関係にあるのかについて,明らかにするよう求めた。
(3) 足立区長は,控訴人に対し,平成23年1月14日付けで,名宛人を「D」,「運営委員会共同幹事 H様」,「運営委員会共同幹事 I様」に改めた「足立区反社会的団体の規制に関する条例に基づく報告書の提出について」と題する書面と,「2011年1月7日付け「要請並びに求釈明書」の回答について」と題する書面とを送付して,貴団体が団体規制法に基づく観察処分の被処分団体であることは明らかであり,当区の「反社会的団体の規制に関する条例」が適用されるなどと回答した。
(4) これに対し,控訴人は,足立区長に対し,平成23年1月17日付けの「再求釈明書」と題する書面(乙47の2)を送付して,「たとえ当団体が観察処分の適用下にあるとしても,本件の請求者たる貴女において,本件請求の上で,当団体(及びJ)と被処分団体とがどのような関係にあるのかが明示されなければ,本条例に基づいて当団体に対して請求されている報告の範囲等が明確にならない。」などと反論しつつ,同月27日付けで「求釈明書(3)」と題する書面(甲39)を送付して,①当団体としては,あくまでも「D」としての「D」に限定された範囲の報告を求められていると理解していいのか,②本件条例5条2項に「反社会的団体は,区の区域内において活動し,又はその構成員を居住させようとするとき」とあるが,「させようとするとき」とはいかなる態様を表すのか,③本件条例6条2項では,本件規則2条3項2号に規定された「区内における団体の活動の用に供されている土地及び建物の所在,地積又は規模及び用途」に関する当該団体からの報告を公表するとしているところ,「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」(情報公開法)に基づく,公安調査庁が実施した立入検査に係る行政文書の開示請求においては,当該団体施設の所在については「これを公にすることにより,当該団体を他からの観察・監視にさらすだけでなく,誹謗・中傷や暴力的干渉等を引き起こすなど,当該団体の権利その他正当な利益を害するおそれがあるとともに,場合によっては犯罪行為を誘発するなどして公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがある」として,その開示を認めておらず,治安当局が「犯罪行為を誘発するなどして公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがある」と見なす情報(当該団体施設の所在)の公開を,貴区が「区民の安全及び地域の平穏の確保を図ること」を目的とする本条例に基づいて行うことの当否について,どのような検討が行われたのか,当団体では,昨年11月,家庭内暴力を逃れて当団体に出家した女性会員が,居住場所としていた当団体施設の所在を元夫につきとめられ,同施設前で待ち伏せ・追跡された上で刺殺されるという事件が起きており,施設の所在を公開することによる犯罪行為の誘発を強く懸念している,④本件条例における「事業(計画)」及び「活動(計画)」の定義,⑤「当該団体の構成員の「拠点」「活動」及び「整備(計画)」の定義,などをそれぞれ明らかにするよう求めた。
(5) 足立区長は,控訴人に対し,平成23年2月1日付けで「2011年1月27日付け「求釈明書(3)」の回答について」と題する書面(甲40)を送付して,下記のとおり回答した。
「 記
(1) 「団体」について
観察処分を受けている団体に報告義務があり,その団体の範囲で報告を求める。
(2) 本条例5条2項について
観察処分を受けている団体であるので,活動内容及び活動予定を知る必要があるので該当する。
(3) 本条例6条2項について
条例第6条第2項は存在しない。
報告内容の公表については,区の基準で判断する。
(4) 本条例施行規則2条3項1号について
事業計画,活動計画は例示であり,活動全般が対象である。
(5) 本条例施行規則2条3項3号について
関係者は反社会的団体に関わる者である。」
(6) 足立区長は,控訴人に対し,平成23年2月9日付けで「足立区反社会的団体の規制に関する条例に基づく報告書の提出について(催告)」と題する書面を送付し,報告期限である同年1月30日を過ぎても提出がされていないので,速やかに報告書を提出するよう催告するとともに,提出されない場合は条例により過料が科されることを申し添えた。
(7) これに対し,控訴人は,足立区長に対し,平成23年2月13日付けの「求釈明書(4)」と題する書面を送付し,回答にはいまだ不明な点が多く,また,回答自体が記されていない事項が多々含まれており,当団体としては不備なく適正に報告を行うことは今なお不可能であり,ただ催告を行うのではなく,請求者として説明責任を果たすことにこそ意を砕かれたいなどとした上,改めて1~16の求釈明を行った。このうち,「求釈明11」として記載された内容は,下記のとおりである。
「 記
当該回答書において,「(3)本条例6条2項について」に「報告内容の公表については,区の基準で判断する。」とあるところ,本条例がその前提に置く団体規制法を所管する公安調査庁は,観察処分の実施等を通じて得られた,同処分の対象団体の施設の所在について,その開示を認めていないことは,当団体からの2011年1月27日付「求釈明書(3)」で指摘したとおりである。
すなわち,団体規制法がその目的として「国民の生活の平穏を含む公共の安全の確保に寄与することを目的とする。」(団体規制法1条)と規定しているところ,公安調査庁においては,「当該団体を他からの観察・監視にさらす」ことや,「誹謗・中傷や暴力的干渉等を引き起こすことなど,当該団体の権利その他正当な利益を害するおそれ」及び「場合によっては犯罪行為を誘発するなどして公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれ」があることを理由に,観察処分の対象団体の施設の所在を開示していない。
他方において,団体規制法とその趣旨を同じくする本条例(「区民の安全及び地域の平穏の確保を図ることを目的とする。」本条例1条)において,公安調査庁が上記のような理由により開示を認めてない情報をあえて公表をするというのは,いかなる理由によるものか。当団体としては,貴区のインターネット上のウェブサイトを通じ,いわば世界のどこからでもアクセスし得るかたちで公表されることを前提として,本条例の趣旨にも反する不測の事態を引き起こすおそれのある事項を報告することにつき,重大な懸念を有している。
貴女においては,これらを踏まえ,本条例6条で,本条例施行規則2条3項2号に規定された「区内における団体の活動の用に供されている土地及び建物の所在,地積又は規模及び用途」に関する当該団体からの報告を公表するとしている,その目的を明らかにされたい【求釈明11】。」
(8) 足立区長は,控訴人に対し,平成23年2月24日付けの「弁明の機会の付与通知書」と題する書面を送付して,「足立区反社会的団体の規制に関する条例に基づく報告書の未提出に対して,過料処分の対象となる行為が認められました。このことについて,書面により弁明をすることができますので,足立区反社会的団体の規制に関する条例施行規則第7条の規定により,次のとおり通知します。」とした。
「予定される処分の内容」「5万円の過料に処す。」
「処分の原因となる事実」「足立区反社会的団体の規制に関する条例第5条第2項及び足立区反社会的団体の規制に関する条例施行規則第2条に基づく報告書の未提出」
「弁明書の提出期限」「平成23年3月4日まで」
(9) これに対し,控訴人は,足立区長に対し,平成23年3月4日付けの「弁明並びに求釈明書」と題する書面を送付して,当団体が本件請求に基づく報告書を作成・提出し得なかった理由は,これまで当団体が求釈明を行ってきた次の不明確事項,すなわち,① 本件請求が対象とする「団体」の不明確性,② 本件請求の名宛人の地位ないし資格の不明確性,③ 本条例に基づく報告義務が課せられる条件の不明確性,④ 本条例に基づく報告内容を公表する目的の不明確性,⑤ 本条例に基づく報告事項の不明確性,という5点について適正な回答がなかったためであるとした上,上記④について,次のとおり記載した。
「(4) 本条例に基づく報告内容を公表する目的の不明確性条例第6条第2項によれば,同施行規則第2条第3項第2号に規定された「区内における団体の活動の用に供されている土地及び建物の所在,地積又は規模及び用途」に関する当該団体からの報告を「区ホームページに掲載する方法」(施行規則第3条)で公表するとしている。
しかしながら,本条例がその前提に置く団体規制法を所管する公安調査庁は,観察処分の実施等を通じて得られた,同処分の対象団体の施設の所在の情報については,「これを公にすることにより,当該団体を他からの観察・監視にさらすだけでなく,誹謗・中傷や暴力的干渉等を引き起こすなど,当該団体の権利その他正当な利益を害するおそれがあるとともに,場合によっては犯罪行為を誘発するなどして公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがある」として,その開示を認めていない。実際,当団体では,昨年11月,元夫からの執拗な家庭内暴力を逃れて当団体に出家した女性会員が,居住場所としていた当団体施設の所在を元夫につきとめられ,同施設前で待ち伏せ・追跡された上で刺殺されるという事件が発生している。
団体規制法の目的(「国民の生活の平穏を含む公共の安全の確保に寄与することを目的とする。」法1条)を踏まえて,本条例が「区民の安全及び地域の平穏の確保を図ること」を目的とするものであるにもかかわらず,治安当局が「犯罪行為を誘発するなどして公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがある」と見なす情報(当該団体施設の所在)を,貴区のインターネット上のウェブサイトを通じ,いわば世界のどこからでもアクセスし得るかたちで公表するというのは,本条例の根幹にも関わる大きな矛盾であるといわざるを得ない。
もし,本条例が,当団体並びにその会員らが誹謗・中傷・暴力的干渉等に晒される可能性を排除しないものであるとすれば,当団体としては,当団体並びにその会員らの生命・身体・財産をはじめとする基本的人権を含む権利保障の観点に基づき,これらが損なわれることがないよう本件請求を含む本条例に対応せざるを得ない。
そこで当団体では,当該情報を公表することの当否について,貴女の見解を尋ねたところ,貴女は,「報告内容の公表については,区の基準で判断する」とするのみであった(2011年2月1日付「2011年1月27日付「求釈明書(3)」の回答について」の「(2)本条例6条2項について」)。
これに対して,改めて当団体から,2011年2月13日付「求釈明書(4))」の2(求釈明11)において,本条例の趣旨にも明らかに反する情報の公開をあえて行なうとするその「目的」について求釈明を行ったが,これに対して貴女からの回答はない。
以上のとおり,条例第6条第2項の情報を公表しようとするその目的が明らかにされない一方,当該情報の公表により,当団体並びにその会員らの生命・身体・財産をはじめとする基本的人権を含む諸権利が重大に損なわれる恐れが払拭できないことから,昨年11月に起きた会員刺殺事件の再発防止の観点も踏まえて,当団体としては,本条例に基づく報告書を作成することはできないのである。」
(10) 足立区長は,控訴人の上記3月4日付け「弁明並びに求釈明書」と題する書面に対して特に回答することなく,平成23年3月8日付けで控訴人に対して過料処分通知書(甲1)を送付して,控訴人を本件条例10条の規定によりその上限である金5万円の過料に処した。なお,上記通知書には,「処分理由」として,「貴団体は縷々弁明をするも,その内容からは,貴団体が条例に基づく報告ができない理由を認めることはできず,平成23年3月8日現在,貴団体から条例に基づく報告がなされていない。」と記載されている。
4 本件過料処分の適否
上記認定の事実をふまえて,本件過料処分の効力について検討する。
(1) 本件条例10条は,「正当な理由なく第5条第2項の報告を拒み,又は虚偽の報告をしたとき。」(同条1号)に該当する場合には,5万円以下の過料に処すると規定しているところ,本件条例は,「区民の安全及び周辺住民の日常生活の平穏に対する脅威及び不安を除去」し,「区民の安全及び地域の平穏の確保」を図る(本件条例1条)という公共的利益に資することを目的として制定されたものであり,本件報告も上記の目的を実現するために求めるものであるから,そのような報告を拒む「正当な理由」とは,報告をすることによって,上記の目的に優越して保護しなければならない権利又は法益が侵害される蓋然性が認められる場合を指すものと解することができる。
(2) 他方,本件条例6条では,足立区長は,第5条第2項の報告を受けたときは,その報告内容を公表すると定められており,そして,本件規則3条1項では,この報告内容の公表は区ホームページに掲載する方法により行うと定められていて,本件報告とその公表とは密接に連動しているものであるが,その具体的な公表の範囲等については,本件規則3条2項において,「条例5条2項1号に規定する報告内容を公表する場合は,足立区において活動し,又は居住する構成員の数,役職員の数及び役職名を公表する。」と定められているだけで,その他に本件条例及び本件規則上で報告を受けた内容の公表について特に制限するような規定はない。本件条例では,控訴人が本件報告をすると,一定の例外を除き,その内容が区ホームページに掲載されて,インターネット上で公表されることとなるが,インターネットによる情報の公開は,これにアクセスする利用者が極めて不特定多数であるだけではなく,容易に区ホームページ以外の他のウェブサイト等に転載することも可能であり,一旦,インターネット上に情報が掲載されてしまうと,事後的にこれを削除しようとしても,事実上,不可能であるか,若しくは著しく困難であることは明らかである。そうすると,本件条例に基づく報告及びその公表という制度は,本件報告義務を課された者のプライバシーの権利又は人格的利益を侵害するおそれを内在するものということができる。
(3) しかし,そのような制度内在的な問題点を含むものではあるが,足立区長ないし被控訴人において控訴人から本件報告を受け,多くの区民を擁する自治体として控訴人の活動状況の概要等を把握しておくことにより,万一の場合には,迅速かつ適切な対応をとることができるよう準備をしておくことは,「区民の安全及び周辺住民の日常生活の平穏に対する脅威及び不安を除去するため」,反社会的団体の活動等による区民の不安感を解消し,緩和させるために有益であるから,そのような報告を受けること自体は「公共の福祉」にかなうものと考えられる。ただし,これを公表することは,その信教の自由に対する過度の制約につながるおそれがあるほか,公表される者にとって予測困難な様々な不利益を生じさせるおそれもあり,特に,インターネット上で公開することについて,その問題点については容易に指摘することができるものの,その具体的な公共的利益については必ずしも十分に主張立証されているとはいえない。被控訴人は,この点について,他の情報とともに区内における控訴人の活動の用に供されている土地建物の所在等を多くの者が把握することにより,施設がK化する危険を監視することができるなどと主張しているが,控訴人が区内の建物等において周辺住民や区民に対して何か具体的に危険な行為をしているために,インターネットを通じ,広く周辺住民,区民その他一般の公衆が控訴人に関する個別の情報を共有して全体で監視することが必要であるような事情が存在することを明らかにしているわけではなく,控訴人の施設を広く公表することによって,どのような正当な利益が達成されると考えているのかも明らかでない。かえって,控訴人の「区内における団体の活動の用に供されている土地及び建物の所在,地積又は規模及び用途」(本件規則2条3項2号,本件条例5条2項2号)がインターネット上で公表されることにより,控訴人の施設の所在地を不特定多数の者が容易に知ることが可能となり,控訴人及びその構成員等の関係者に不測の事態が生ずるおそれがあり,現に,平成22年11月24日には,控訴人の施設の所在地を探し当てた人物によって控訴人の構成員が刺殺されるという事件(甲6)も生じており,控訴人において,本件報告をすることにより,その内容がインターネット上で公表される結果,「当団体並びにその会員らの生命・身体・財産をはじめとする基本的人権を含む諸権利が重大に損なわれる恐れが払拭できない」(前記「求釈明書(4)」)との懸念を抱いたというのも,無理からぬところといえる。しかも,本件条例自体,その2条1項において,「この条例の規定は,区民の安全及び地域の平穏の確保のために必要な最小限度においてのみ適用すべき」であると定め,同条2項では,「この条例に基づく規制は,前条に規定する目的を達成するために必要な最小限度において行うべきであって,いやしくも権限を逸脱して,思想,信教,集会,結社,表現及び学問の自由並びに勤労者の団結し,及び団体行動をする権利その他日本国憲法の保障する国民の自由と権利を不当に制限するようなことがあってはならない。」と定めているところであるから,過料の制裁をもって控訴人に対して本件報告を強制しようとする以上,被控訴人は,控訴人において抱いているそのような具体的な懸念を解消させ,若しくは緩和するために,合理的で納得性の高い十分な説明を尽くすことが必要とされるのは,当然のことである。
(4) これについて,被控訴人は,本件規則3条2項において,反社会的団体の構成員及び役職員の氏名及び住所は公表の対象から除外するなどして,これら構成員のプライバシーに配慮しているほか,足立区個人情報保護条例3条の趣旨に鑑みつつ,足立区情報公開条例8条2号を踏まえ,控訴人の施設の所在地については,その町名までを明らかにするにとどめ,「団体の施設を容易に特定させる所在地番等の部分」については公表しない扱いにすること(以下,これを「地番等不公表措置」という。)を当初から想定していたと主張しており,そのとおりであれば,控訴人の上記懸念は理由のないものであった可能性が高いというべきであり,控訴人が本件報告をしなかったことに正当な理由はないということになりそうである。そこで,この点について検討する。
まず,被控訴人が上記のように構成員及び役職員の氏名及び住所は公表の対象から除外するとともに,地番等不公表措置を考えていたと主張していることは,少なくとも現時点では,足立区長及び被控訴人においても,これらの事項をインターネット上で公表することには,そのプライバシー保護等の見地から,これを公表する公共的利益よりも,これを公表する弊害の方が大きい可能性が高いと認識していることを示すものと理解することができる。
次に,問題は,控訴人に対して本件過料処分がなされる前の時点で,足立区長又は被控訴人から控訴人に対して,団体の構成員及び役職員の氏名及び住所を公表の対象から除外するほか,控訴人の施設の所在地の公表についてはその町名までとして,地番等不公表措置をとることが明らかにされていたか,若しくは,控訴人において,本件過料処分を受ける前に,足立区長及び被控訴人がそのような意図を有していたことを理解することができたのか否かであるが,上記認定のとおり,控訴人は,本件過料処分を受けるまでの間に,足立区長に対し,平成23年1月27日付け「求釈明書(3)」,同年2月13日付け「求釈明書(4)」及び同年3月4日付け「弁明並びに求釈明書」において,その数か月前に起きた平成22年11月24日の構成員刺殺事件を具体的に示しつつ,被控訴人の施設の所在地が明らかとなる情報を区ホームページに掲載すれば,控訴人を他からの観察・監視にさらすだけでなく,誹謗・中傷や暴力的干渉等を引き起こすなど,控訴人の権利その他正当な利益を害するおそれがあるとともに,場合によっては犯罪行為を誘発するなどして公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあることを繰り返し指摘して,公表されるのであれば報告できないと主張していたことが認められる。ところが,これに対して,足立区長から控訴人に送付された文書には,「報告内容の公表については,区の基準で判断する。」という一文があったのみで,「区の基準」とは具体的に何を指すもので,具体的にどのような内容のものなのかについて,全く言及されておらず,何の説明もなされていない。しかも,本件規則3条2項は,「構成員の数,役職員の数及び役職名を公表する。」と規定しているものであって,明示的に氏名や住所は公表しないと定めているわけではない。ちなみに,被控訴人においては,かつて住民基本台帳法の趣旨に反して,控訴人の構成員が提出した転居届の受理を拒絶し,一審で敗訴しても改めず,二審で敗訴が確定してようやく改めたという前例もあり,法に違反してでも控訴人を認めないというがごとき姿勢を示したこともあったのであるから,本件条例が一定の要件等を定めていたとしても,それがそのまま遵守されるのかについて控訴人が疑問を抱いたとしても,控訴人ばかりを責めるのは相当ではない。しかも,被控訴人は,本件過料処分の後に控訴人から申し立てられた異議に対する判断の中でも,上記のような地番等不公表措置については何ら触れていない。もちろん,本件条例は,平成22年10月22日に成立し,同日に公布,施行されたばかりの新しい条例であり,本件過料処分がなされた平成23年3月8日までの間に,地番等不公表措置の可能性を含む運用について,例えば,足立区議会で質問や議論等がなされて,そのやりとりを記録した議事録が公開されて周知されていたとか,このような措置について説明又は解説した文献等が公刊されて,誰でも容易にこれを入手することができたことをうかがわせる証拠もない。もとより,本件がその最初の適用例であるから,本件以前にそのような先例(運用例)がないことは自明である。そればかりか,被控訴人の危機管理室長名義で社団法人L協会足立区支部長に宛てて発出された平成22年6月23日付けの「不動産取引における協力について(依頼)」と題する文書(甲41の資料6)では,「貴支部におかれましては,(中略)下記A(E)関連会社との不動産取引について,十分ご注意いただけますようご協力をお願い申し上げます。また,会員の皆様にも,この旨をお伝えいただけますよう,重ねてお願い申し上げます。」とした上,控訴人関連の3つの不動産について,町名,番地,ビル名の全部を表示して,進出阻止に協力してくれるよう求めていることが認められる。これらの諸事情を総合的に勘案すると,被控訴人が控訴人に対して本件報告を求めた際に地番等不公表措置等をとることを決定していたものと認めることはできないというべきである。実際,被控訴人が本件において地番等不公表措置等をとることを明示的に主張したのは,平成24年9月11日に開かれた原審第7回口頭弁論期日(いわゆる最終口頭弁論期日)においてであり,控訴人が本件過料処分の取消しを求める本件訴訟を提起した後も,口頭弁論終結に至るまで,そのような主張はしていなかったのである。
(5) 上記のところによれば,足立区長及び被控訴人において,当初より,控訴人から報告を受けた事項につき地番等不公表措置をとることを想定していたという主張を採用することはできず,また,控訴人において,本件過料処分を受けた平成23年3月8日の前に,足立区長及び被控訴人がその公表に際して地番等不公表措置をとるものと認識していたことを裏付ける資料もない。
そうすると,控訴人において,本件報告をすることによって,報告した内容が被控訴人のホームページ上で公表され,不特定多数の者の知るところとなり,控訴人の活動やその構成員の生命及び身体に危険が及ぶ可能性があると考えて,同日まで本件報告を拒んでいたことには,正当な理由が認められると解すべきである。
(6) これに対し,被控訴人は,地番等の公表に関連する控訴人の求釈明は,平成23年1月27日付けの「求釈明書(3)」で初めてされたもので,この時点では,控訴人は既に本件報告をしない意思を有していたことが明らかであって,しかも,この求釈明部分は控訴人が本件報告を拒む理由として列挙していた多くの項目の一部にすぎず,地番等の公表に関する控訴人の認識が本件報告を拒んだ理由ではないなどと主張しているが,前記認定のとおり,控訴人は,足立区長に対し,同区長から本件報告を求められた当初の期限である平成23年1月30日よりも前から,少なからぬ分量をもって地番等の公表に関連する説明を求めており,仮に,足立区長あるいは被控訴人において当初から地番等不公表措置を決定ないしは想定していたのであれば,控訴人に対してそのことを説明した上で報告を求めればよかったのであって,なぜ,そのような説明をしなかったのか,想定していたのに説明しなかったとすれば,そのような足立区長や被控訴人の態度こそ責められるべきものである。
そもそも本件条例では,本件条例に基づく規制は「必要な最小限度において行うべきであって」,「日本国憲法の保障する国民の自由と権利を不当に制限するようなことがあってはならない」(2条2項)と定められているのであるから,足立区長及び被控訴人においては,できる限り,抑制的にその権限を行使すべきものであり,過料に処するのは最後の手段としてのみ許されているものと解するのが相当である。本件では,本件条例に基づいて報告を求めた相手方である控訴人から詳細な説明要求がなされているところ,その内容にはいわば重箱の隅をつつくようなものや,議論のための議論にわたる部分も見られるところであって,そのような控訴人の態度にも問題があることは否定できないところであるが,公表に対する不安のように,本件報告を求められた数か月前に実際に起きた控訴人の構成員に対する刺殺事件を踏まえた上での要求であって,看過することが相当でないものも含まれていたのであるから,少なくともそのような事項については,面倒がらず,丁寧に説明を尽くし,足立区長あるいは被控訴人として,国民の自由と権利を不当に侵害することのないよう,できる限りの対応をし,努力したにもかかわらず,それでも報告に応じないような場合に限って過料に処することができると解すべきである。それにもかかわらず,本件では,足立区長の控訴人に対する回答は,あたかも問答無用というかのような内容で,上記の趣旨に従って説明しようとする態度が全く感じられないものであって,そのような姿勢は相当ではないから,控訴人の態度を不適当として非難すれば足りるものではない。
また,被控訴人は,控訴人が自らのホームページで道場の場所を所在地番まで含めて公開していること(乙33の1ないし3)からして,控訴人の施設の所在地が明らかにされることを理由に本件報告を拒むのは,控訴人の方便にすぎないとも主張しているが,そもそも自らその活動のために必要な範囲でプライバシー等に属する事項の一部を明らかにすることと,その承諾もなく他者によって強制的に開示されることとは,その意味が異なるものであるから,これを同一に論じることは相当ではない。しかも,控訴人のホームページで公開されているのは,一般の参拝又は見学希望者にも開かれる道場の所在地であって,控訴人の構成員が生活の本拠としている居住施設までホームページで公開しているわけではなく(弁論の全趣旨),本件報告の対象となる施設について,その所在地を明らかにされない利益についてまで,控訴人が放棄したものとまでみることはできないから,被控訴人の上記主張は,その前提を欠くというべきである。
(7) なお,本件については,適法な本件条例に基づいて被控訴人から控訴人に対して報告が求められているのであるから,通常であれば,報告を求められた控訴人は,被控訴人のホームページで公開されることによって著しい不利益を被ると考える事項を除いて,その余の部分については被控訴人に報告すべきではなかったかとも考えられる。しかしながら,本件では,上記のとおり,かつて被控訴人において,控訴人の構成員が被控訴人の窓口に転入届を提出したところ,住民基本台帳法の明文の規定や趣旨に反して,その受理を拒絶し,控訴人からなされた転居届の不受理処分の取消訴訟等の一審で敗訴したにもかかわらず,拒絶の姿勢を改めず,二審で敗訴が確定してようやく改めたという特殊な事情があり,両者の間には全く信頼関係がない状況であって,そのことについては被控訴人側に多くの責任があることは明らかであるから,その一部分だけでも報告すべきであったとして控訴人を非難するのは,相当ではないというべきである。
(8) 上記認定,説示のとおり,本件の事実関係の下では,控訴人が平成23年3月8日までに被控訴人に対して本件条例5条2項に基づく本件報告をしなかったとしても,正当な理由なくその報告を拒んだとき(本件条例10条1号)に該当すると認めることはできないというべきである。したがって,被控訴人が平成23年3月8日付けで控訴人に対してした本件過料処分は,その余の争点について判断するまでもなく,その処分要件を欠く違法なものであるから,取り消されるべきである。
5 結論よって,これと結論を異にする原判決を取り消し,本件過料処分を取り消すこととして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 須藤典明 裁判官 小川浩 裁判官 島村典男)
file_5.jpg別紙