大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成25年(行コ)268号 判決 2013年11月21日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  渋谷税務署長が控訴人の平成21年分所得税の更正の請求に対して平成23年5月31日付けでした更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

第2事案の概要

1  控訴人は,渋谷税務署長に対し,平成22年3月12日,亡父a(以下「a」という。)から相続により取得した不動産の譲渡に係る所得を分離長期譲渡所得の金額に計上して平成21年分所得税の確定申告をしたが,平成23年3月2日,上記譲渡に係る譲渡所得のうち亡aの保有期間中の増加益に相当する部分については所得税法(平成22年法律第6号による改正前のもの。以下同じ。)9条1項15号の規定(以下「本件非課税規定」という。)により所得税を課されないことを理由に,平成21年分所得税の更正の請求をしたところ,渋谷税務署長から,平成23年5月31日,更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)を受けた。

本件は,控訴人が,渋谷税務署長の所属する国に対し,上記理由と同様の主張をして,本件通知処分の取消しを求める事案である。

原判決は,本件通知処分は適法であるとして,控訴人の請求を棄却した。控訴人がこれを不服として控訴をした。

本件に関係する法令の定めは,原判決別紙1「関係法令の定め」に記載のとおりであるから,これを引用する(以下,本文においても同別紙の略称を用いることとする。)。

2  前提事実,争点及び当事者の主張は,次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2ないし4(2頁21行目から10頁21行目まで(原判決別紙2(課税処分の経緯)を含む。))に記載のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の補正)

(1) 原判決別紙2(課税処分の経緯)の「4 異議申立て及び異議決定」の項に「平成23年6月29日」とあるのを「平成23年6月30日」に改める。

(2) 6頁19行目の「60条1項1号により」を「60条に基づき」に,同20行目の「土地等」を「当該土地等」に,同21行目の「増加益」(2箇所)を「値上がり益」に,同21行目から同22行目にかけての「被相続人の保有期間中の増加益」を「資産の旧所有者(被相続人)の所有期間にかかる値上がり益部分」に,同22行目の「上記規定」を「所得税法60条1項」に,同23行目の「いうことができる」を「言える」にそれぞれ改める。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,本件通知処分は適法であり,控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は,後記2のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由欄」の「第3 当裁判所の判断」の1及び2(10頁23行目から16頁20行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

2  付言する。

(1)  議論の便宜上,被相続人Aが価額80で購入した土地につき,その価額が100となった時点で,Aが死亡して相続により相続人Bがこれを取得し,その後,Bがこれを他に価額110で売却した(Aの保有期間中の増加益は20,Bの保有期間中の増加益は10)という事例を想定し,この事例について検討する。

控訴人は,被相続人Aの保有期間中の増加益20については,既に相続税の課税対象となっているから,本件非課税規定により所得税を課することができない旨を主張するものである。

(2)  前記引用に係る原判決説示(11頁)のとおり,所得税の課税物件である所得とは,個人が収入等の形で新たに取得する経済的価値,すなわち,人の担税力を増加させる経済的利得をいうところ,所得税法においては,所得を構成する経済的利得の範囲について,人の担税力を増加させる経済的利得はその源泉や形式のいかんにかかわらずすべて所得を構成するものとする包括的所得概念を採用しているものと解される。したがって,BがAから相続により取得した価額100は,本来,Bの所得を構成し,所得税の課税対象となるはずのものである。

しかし,Bは相続により取得した価額100に対して相続税を課される(相続税法11条の2第1項)ことから,これに所得税を課すときは,実質的には同一の経済的価値に対し所得税と相続税の二重課税をすることになる。このような二重課税を排除する趣旨で,相続等により取得する所得については所得税を課さないこととする本件非課税規定(所得税法9条1項15号)が置かれている。

(3)  ところで,前記引用に係る原判決説示(12頁)のとおり,譲渡所得に対する課税は,資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として,その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に,これを清算して課税する趣旨のものである。その趣旨からすれば,本来,相続による資産の移転があったときは,相続時にその時の価額により資産の譲渡がされたものとみなし,被相続人に譲渡所得があったものとして被相続人に所得税を課すべきものであり,実際にも,昭和25年法律第71号による改正後の旧所得税法(昭和27年法律第53号による改正前)は,上記のような「みなし譲渡課税」の制度を採用し(5条の2),かつ,相続人が相続により取得した資産を譲渡した場合の資産の取得費については,相続人が相続時にその時の価額により取得したものとみなすとしていた(10条4項)。この制度の下では,上記(1)の事例については,相続時において,Bに100に対する相続税が課されるほか,Aにその保有期間中の増加益である20に対する所得税が課され(もとよりその納税義務は相続人が承継する。),さらに,Bが他に売却したとき,Bにその保有期間中の増加益10に対する所得税が課されることになる。

しかして,所得税法は,上記のような「みなし譲渡課税」の制度を採用せず,取得価額の引継ぎにより,相続時には被相続人の保有期間中の増加益に対する所得税の課税を繰り延べ,その後,相続人が相続により取得した資産を他に譲渡したときに被相続人の保有期間中の増加益を清算するという課税方式を採用している(60条1項1号)。すなわち,上記(1)の事例では,相続時においては,Bに100に対する相続税が課されるだけであって,Aに課されるべきその保有期間中の増加益20に対する所得税の課税は繰り延べられ,その後,Bが他に売却したときに,Bに上記増加益20とBの保有期間中の増加益10との合計30に対する所得税が課される。

(4)  以上のとおりであって,所得税法の下では,上記(1)の事例において,Bが当該土地を他に売却したとき,Bに,Aの保有期間中の増加益20とBの保有期間中の増加益10との合計30に対する所得税が課されるが,そのうちAの保有期間中の増加益20に対する部分は,本来相続時にAに課されるべきものが繰り延べられていたという性質を有するものであって,相続人であるB固有の所得に対する課税ではなく,被相続人であるA固有の所得に対する課税の繰延べとみるべきものである。

他方,Bに課される相続税は,もとよりBが相続により当該土地を取得したことによるB固有の経済的利得(100)に対するものである。

そうとすると,Bに課される100に対する相続税とAの保有期間中の増加益20に対する所得税とが,実質的に同一の経済的価値に対して二重に課税するものであるとはいうことができない。

本件非課税規定は,上記(2)の場面において適用されるものであって,Aの保有期間中の増加益に対する所得税の課税の場面では適用されない。

控訴人の主張は,畢竟,被相続人による資産の保有期間中の増加益を相続人固有の所得であることを前提とするものであり,採用することができない。

(5)  なお,相続人が相続により資産を取得することによりその者に帰属する所得について,被相続人がその資産を保有していた期間中の増加益が含まれると解釈する余地があるとしても,所得税法は,保有資産の増加益に対する課税について,相続,遺贈又は贈与の時に時価により資産の譲渡があったものとみなして時価相当額を被相続人等に課税していた「みなし譲渡課税」方式を改め,相続時には被相続人の資産の保有期間中の増加益に対する課税を繰り延べる方式(所得税法60条1項1号)を採用したのであるから,被相続人の保有資産の増加益については,相続税の課税対象となることとは別に相続人に対する所得税の課税対象となることを予定しているものといえる。平成22年最判は,相続人が保険会社から受領する年金払特約付き生命保険の年金について本件非課税規定により所得税が課せられないかどうかが問題となった事案であり,本件とは事案を異にしている。

3  以上によれば,控訴人の請求は棄却を免れない。

よって,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 貝阿彌誠 裁判官 定塚誠 裁判官 岡山忠広)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例