東京高等裁判所 平成25年(行コ)40号 判決 2013年6月27日
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する
2 控訴費用は控訴人らの負担とする
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(1) 原判決中,控訴人らの被控訴人に対する債務不存在確認請求に関する部分を取り消す。
(2) 控訴人Aと被控訴人との間で,控訴人Aの亡Bの遺産相続に係る相続税の延滞税1万5800円の納税義務が存在しないことを確認する。
(3) 控訴人Cと被控訴人との間で,控訴人Cの亡Bの遺産相続に係る相続税の延滞税1万6200円の納税義務が存在しないことを確認する。
(4) 訴訟費用は,一,二審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文と同旨
第2事案の概要
1 亡Bの相続人である控訴人らが,亡Bの相続について法定申告期限内に市川税務署長に対して各相続税の申告書の提出及び各相続税を納付した後,上記各申告に係る相続税額が過大であるとして各更正の請求をしたところ,市川税務署長は,控訴人らに対して,上記各更正の請求の一部を認めて各減額更正を行うとともに,還付加算金を付して各過納金を還付したものの,その後,改めて各増額更正を行うとともに,上記各増額更正により新たに納付すべきこととなった各本税額(上記各減額更正と上記各増額更正に係る各納付すべき税額の差額)について,国税通則法60条1項2号,同条2項及び同法61条1項1号に基づき,法定納期限の翌日から完納の日までの期間(ただし,法定申告期限から1年を経過する日の翌日から,上記各増額更正に係る各更正通知書が発せ られた日までの期間を除く。)に係る各延滞税の納税義務が発生しているとし て,各延滞税の納付を催告した。
本件は,控訴人らが,控訴人らは法定納期限までに上記各増額更正に係る納付すべき税額より多額の相続税を納付していたから,相続税の未納はなく,各延滞税は発生していないなどと主張して,被控訴人に対し,各延滞税の納税義務がないことの確認(行政事件訴訟法4条に規定する当事者訴訟)を求めるとともに,市川税務署長から違法な延滞税の納付催告を受けたことにより,精神的苦痛を被ったとして,国家賠償法1条1項に基づき慰謝料及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
原審は,控訴人らの請求をいずれも棄却したため,控訴人らが,上記裁判を求めて控訴した。なお,控訴人らは,当審において,被控訴人に対する慰謝料請求を取り下げ,被控訴人はこれに同意したので,当審における審理の対象は,控訴人らの被控訴人に対する各延滞税の納税義務の不存在確認請求のみである。
2 本件における関係法令の定め,争いのない事実と争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり原判決を補正するほか,原判決の「事実及び理由」第2の1ないし4に摘示されたとおりであるから,これを引用する(以下,原判決を引用する場合は,「原告」を「控訴人」と,「被告」を「被控訴人」と,「別紙」を「原判決別紙」と読み替える。)。
(原判決の補正)
(1) 原判決6頁23行目冒頭から同頁24行目末尾までを次のとおり改める。
「(3) 国税通則法60条1項2号及び同条2項は憲法29条1項に違反するか,また,国税通則法60条1項2号及び同条2項を本件に適用して,控訴人らに本件各延滞税を課税することは憲法29条1項に違反するか。」
(2) 原判決9頁20行目末尾に「なお,減額更正の効力を規定した国税通則法29条2項は,減額更正により確定した具体的納税義務を遡及的に消滅させ ることを規定しているものとは解釈しえない。」を加える。
(3) 原判決12頁17行目冒頭から同13頁14行目末尾までを次のとおり改める。
「(3) 争点(3)(国税通則法60条1項2号及び同条2項は憲法29条1項に違反するか,また,国税通則法60条1項2号及び同条2項を本件に適用して,控訴人らに本件各延滞税を課税することは憲法29条1項に違反するか。)
ア 控訴人らの主張
控訴人らは,法定納期限内に本件各相続税申告を行って納税をしており,その後,市川税務署長により本件各減額更正を受けて本件各過納金の還付を受けたものの,市川税務署長が,遺産である土地の評価を誤り,控訴人らに税金を多く還付しすぎたことにより,本件各増額更正が行われたのであり,控訴人らは,納税者として租税法規を遵守し納税をしており,上記一連の経過からして,本件各増差本税額について延滞税の発生を回避することはできなかった。このような控訴人らに延滞税を課税しても,期限内に申告し税金を納付した者と,そうでない者との間の負担の公平を図り,期限内の納付を促すという延滞税課税の目的達成に資するところはないばかりか,控訴人らに本件各延滞税を課税することは著しく不合理であるから,国税通則法60条1項2号及び同条2項は憲法29条1項に反し,少なくとも,控訴人らに適用される限りにおいて憲法29条1項に違反する。
イ 被控訴人の主張国税通則法60条1項2号及び同条2項は,憲法29条1項に違反するものではなく,また,本件においても,控訴人らにつき,国税通則法60条1項2号及び同条2項を適用して,法定納期限の翌日から延滞税を課税することは,同条1項2号及び同条2項の立法目的との関連で著しく不合理であることが明らかであるとはいえないので,同条1項2号及び同条2項を控訴人らに適用して本件各延滞税を課税することは憲法29条1項に違反するものではない。」
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人らの請求はいずれも理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおり原判決を補正するほか,原判決の「事実及び理由」第3の1ないし3に説示されたとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 原判決15頁5行目末尾に,改行の上,次のとおり加える。
「 なお,控訴人らは,減額更正の効力を規定した国税通則法29条2項は,減額更正により確定した具体的納税義務を遡及的に消滅させることを規定しているものとは解釈しえないと主張する。しかし,減額更正により減少した税額に係る部分以外の部分の国税については,減額更正後も依然として確定した具体的納税義務が存続することは同条項が明記するところであるのに対し,減額更正により減少した税額に係る部分の国税については,本来納税義務はなかったものであるから,減額更正により減少した部分につき具体的納税義務は遡及的に消滅するものであると解釈すべきことは同条項の反対解釈として当然のことである(租税法律主義は,課税要件を明確に法定することを要請するものであるが,税法の規定の具体的適用に当たって,規定の文言のもつ意味内容を解釈することは当然に許されるところである。)。」
(2) 原判決20頁15行目冒頭から同頁24行目末尾までを次のとおり改める。
「3 争点(3)(国税通則法60条1項2号及び同条2項は憲法29条1項に違反するか,また,国税通則法60条1項2号及び同条2項を本件に適用して,控訴人らに本件各延滞税を課税することは憲法29条1項に違反するか。)について
控訴人らは,国税通則法60条1項2号及び同条2項は,憲法29条1項に違反し,また,控訴人らが法定納期限内に本件各増差本税額に相当する相続税を完納し,本件各減額更正がなされ,還付加算金を付して本件各過納金が控訴人らに還付され後に本件各増額更正がなされた本件について,国税通則法60条1項2号及び同条2項を適用することは,憲法29条1項に違反すると主張する。
国民の租税負担を定めるについては,財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく,課税要件等を定めるについて,極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。したがって,租税法の定立については,国家財政,社会経済,国民所得,国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的,技術的な判断にゆだねるほかはなく,裁判所は,基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。そうであるとすれば,租税法に係る当該規定の立法目的が正当であり,かつ,当該立法において具体的に採用された取扱いが上記目的との関連で著しく不合理であることが明らかではない限り,その合理性を否定することはできず,当該規定が憲法29条1項に違反するものということはできないというべきである(最高裁昭和60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁参照。)
そして,国税通則法60条1項2号及び同条2項の立法目的は,国民が国税の全部又は一部を法定納期限に納付しない場合に,私法上の債務関係における遅延利息に相当し,納付遅延に対する民事罰としての性質を有する未納税額を課税標準として課される附帯税である延滞税を課すことによって,国民に期限内の申告をし,かつ納付した者とそうでない者との間の租税負担の公平を図り,さらに期限内の納付を促すことにあり,正当なものと認められる。
また,申告納税方式による相続税については,税務署長による増額更正,減額更正が繰り返し行われることが想定されているのであり,更正がなされる毎に新たに具体的な納税額が確定し,既に納付された税額と当該更正により新たに確定した具体的な納税額との間で過不足が生じた場合には,その都度清算をすることが合理的であるから,更正を受けた場合において,国税通則法35条2項の規定により納付すべき国税があるときに延滞税を納付すべき旨を定めた同法60条1項2号が上記目的との関連で著しく不合理な内容であるとはいえない。また,本件では,控訴人らが相続税の申告をした後に本件各減額更正がなされ,その際に,控訴人らに対して,還付加算金を付して本件各過納金が還付されて,本件各減額更正に関する清算がなされ,その後,本件各増額更正がなされたことによって,新たに本件各増差本税額の具体的納税義務が確定したことにより,具体的納税義務に対応する税額が未納付であることから,控訴人らに本件各増差本税額について本件各延滞税を課税することによって本件各増額更正に関する清算がなされることになるのであるから,本件に同法60条1項2号の定めを適用することが,上記立法目的との関連で著しく不合理であることが明らかであるとまではいえない。
また,国税通則法60条2項は,延滞税の額を国税の法定納期限の翌日からその国税を完納する日までの期間の日数に応じて,未納税額に一定の割合を乗じて計算した額とすることとしていること,この規定は,同条の上記目的との関連で著しく不合理な内容であるとはいえず,また,本件では,上記認定のとおり,控訴人らは法定納期限が経過した時点から本件各増差本税額について履行遅滞に陥っていたものと評価できるのであるから,本件に,同法60条2項を適用して,控訴人らに対して法定納期限の翌日から本件各延滞税を課すことは,上記立法目的との関連で著しく不合理であることが明らかであるとまではいえない。
よって,控訴人らの上記主張を採用することはできない。」
2 結論
よって,原判決は相当であり,本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 設樂隆一 裁判官 尾立美子 裁判官 島村典男)