東京高等裁判所 平成26年(う)698号 判決 2014年12月12日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は法令適用の誤りの主張である。
第1本件控訴趣意に関係する原判決の骨子
原判決認定の罪となるべき事実の要旨は,被告人は,東京地方裁判所に公訴を提起された公務執行妨害,傷害被告事件(以下「原事件」という)の被告人であった者であるが,平成24年10月10日頃から同年12月10日頃までの間,愛知県内の事務所において,刑事訴訟法281条の4第1項各号に掲げる手続又はその準備に使用する目的以外の目的で,パソコンを操作し,東京地方検察庁検察官において上記被告事件の審理の準備のために謄写の機会を与えた証拠である実況見分調書(以下「本件実況見分調書」という)貼付の写真に係る複製等をインターネット上の動画投稿サイト(以下省略)に掲載し(以下「本件掲載行為」という),不特定多数人が東京都内等で閲覧すること等が可能な状態にしたというものである。
原判決は,このような罪となるべき事実が刑事訴訟法281条の5第1項(以下「本条」という)に該当するとして,被告人を懲役6月,執行猶予2年に処した。
第2憲法21条1項の解釈,適用の誤りの主張について
1 主張の概要
これに対し,弁護人は,①本件掲載行為は,憲法21条1項により最も厚く保護されるべき政治的表現行為であること,②本件掲載行為により現実の法益侵害は生じておらず,刑罰を科す必要がないこと,③本件掲載行為に刑罰を科すことが制約の程度として限定的ではないことに照らせば,本件掲載行為に本条を適用して刑罰を科すことは,必要かつ合理的でやむを得ないものではなく,憲法21条1項に違反すると主張する。
2 当裁判所の判断
当裁判所は,本件掲載行為に本条を適用して被告人に刑罰を科すことは,必要かつ合理的でやむを得ないものであるから,憲法21条1項には違反せず,これと同旨の原判決の判断は正当であると判断した。
以下,その理由を説明する。
(1) 本条の必要性・合理性
検察官が弁護人に対して開示すべきものとされている証拠(刑事訴訟法299条,316条の14,同条の15,同条の20等)は,当該被告事件における被告人及び弁護人の防御の準備に資するとともに,公判前整理手続に付せられた場合には,十分な争点及び証拠の整理をする目的で開示されるものである。しかし,検察官開示証拠の複製等が本来の目的以外の目的で使用されると,罪証隠滅,証人威迫,関係者への報復・嫌がらせ,関係者の名誉・プライバシーの侵害,国民等の捜査や公判審理への協力確保の困難化等の弊害が生じるおそれがある。本条の目的は,検察官開示証拠が本来の目的のみで使用されることを担保することによって,このような弊害の発生を防止し,証拠開示ができるだけ広く円滑にされる状況を整え,証拠開示の適正な運用を確保することにある。この目的を達するための手段として,開示証拠の複製その他証拠の全部又は一部をそのまま記録した物及び書面に限定し,これを本来の目的以外の目的で使用する当該被告事件の被告人又は被告人であった者の行為を1年以下の懲役又は50万円以下の罰金という法定刑を定めて処罰することは,刑法の関係法条の法定刑に照らしても,必要かつ合理的なものであるといえる。
弁護人は,国民が捜査や公判への協力を拒むことを防ぐことを本条の保護法益とした原判決は,立法時の議論を無視したもので,誤りであるなどと主張する。しかし,関係者への報復・嫌がらせ,関係者の名誉・プライバシーの侵害等によって,国民等から捜査や公判審理への協力を得ることが困難になるなど適正な捜査や刑事裁判に影響が出かねないことは明らかであり,上記主張の根拠とされた証拠(原審弁護人請求証拠番号31,39)からうかがわれる立法過程に照らしても,本条により防止すべき弊害からこのことを排除したものとは認められない。
(2) 本件掲載行為の本条による処罰の必要性・許容性
このような本条の必要性・合理性を踏まえて,本件掲載行為の本条による処罰の必要性・許容性について検討する。
ア 本件掲載行為に至る経緯・状況
原審で取り調べられた証拠によれば,本件掲載行為に至る経緯・状況について,以下の事実が認められる。
(ア) 被告人は,平成22年3月16日,最高裁判所第三小法廷に係属中の損害賠償等請求事件の口頭弁論期日に当事者として出頭した際,不規則発言をしたことにより裁判長から退廷を命じられ,その退廷命令に基づき最高裁判所敷地外まで退去させるために法廷警備員Aらが被告人を連行中(以下「本件執行行為」という),法廷警備員Aの右手にかみついて傷害を負わせた。
(イ) そのため,被告人は,平成23年4月25日,Aに対する公務執行妨害,傷害により東京地方裁判所に公訴を提起された。
(ウ) 原事件弁護人は,公判前整理手続に付される前の同年5月31日に原事件検察官から本件実況見分調書を含む検察官請求予定証拠の開示を受けて謄写した。
(エ) 原事件弁護人は,公判前整理手続において,本件退廷命令及び本件執行行為は違法であるなどとして無罪を主張し,上記(ア)の口頭弁論期日及び本件執行状況の録音データ及び当該法廷内外の撮影データの保管の有無等について,最高裁判所に公務所照会するよう求め,原事件の第一審裁判所(以下「原事件裁判所」という)はこれを採用したが,最高裁判所からは,平成24年1月5日,該当する録音や撮影はされておらず,録音データも撮影データもない旨の回答がされた。
その後,原事件弁護人は,上記(ア)の口頭弁論期日の開廷時刻前後における当該法廷内外のビデオ撮影の有無等について公務所照会するよう求めたが,原事件裁判所は,同年6月11日の公判前整理手続期日でこれを却下した。
(オ) 本件実況見分調書については,検察官が,同期日において,証拠調べ請求を撤回し,原事件の公判において取り調べられることはなかった。
(カ) 同年9月25日の公判期日において,A及び本件執行行為に関与した法廷警備員Bに対する証人尋問が実施され,原事件は,同年11月30日の公判期日において結審した。
(キ) このような原事件の進行状況の中で,被告人は,同年10月10日頃,本件掲載行為に用いられた動画(以下「本件動画」という)を不特定多数の者が閲覧可能なインターネット上の動画投稿サイトに掲載し(以下「本件動画掲載行為」という),それは同年12月10日頃まで続いた。
(ク) 原事件裁判所は,平成25年1月18日,原事件弁護人の上記無罪主張を排斥して,被告人に対して懲役1年6月,執行猶予3年の判決を言い渡し,被告人は控訴,上告したが,いずれも棄却されてこの判決が確定した。
イ 本件掲載行為の態様
また,原審で取り調べられた証拠によれば,本件掲載行為の態様については,以下の事実が認められる。
(ア) 本件動画には,本件実況見分調書に貼付された写真を画像として取り込んだもの(以下「本件掲載証拠」という)が多数使用されており,そのうち,A及びBを含む法廷警備員(以下「本件法廷警備員」という)8名が横一列に並んで写っている写真の画像は,マスキング等がされておらず各人の容貌が分かる上,その下には「集団暴行(特別公務員暴行陵虐罪)した法廷警備員」との文言と本件法廷警備員全員の氏名が記載されている。
(イ) 本件掲載証拠のうち,本件法廷警備員らによる被害再現状況等を撮影した写真画像の下には「皆さんのコメントをお願いします」と記載されているほか,本件法廷警備員らの供述内容の断片やその問題点を指摘する被告人の主張の記載に続き,「「嘘」をつく警備員」との記載とその本件法廷警備員の氏名の記載をしているものもある。
(ウ) 本件動画中には,本件掲載証拠とは別に,「「集団暴行」した法廷警備員」として,本件法廷警備員全員の氏名,生年月日,住所が記載され,A及びBを含む本件法廷警備員7名については携帯電話や自宅の電話番号も記載された画像や,「「集団暴行」「顔面強打」を隠蔽・偽証する『偽証罪』」との記載の下にA及びBの氏名が記載されている画像もある。
(エ) 他方で,本件動画中には,本件退廷命令,本件執行行為,上記ア(エ)の公務所照会に対する回答等について最高裁判所を非難し,犯罪行為があったとの被告人の主張や検察庁等に対する非難を記載した画像,原事件の公判傍聴,被告人に対する支援,本件動画における被告人の主張等の流布を呼びかける文言を記載した画像もある。
ウ 本件掲載行為の目的
上記のような本件動画の内容及び動画投稿サイトへの掲載経緯のほか,被告人の原審公判における供述によれば,本件動画掲載行為の目的は,①本件退廷命令,本件執行行為等について最高裁判所を非難する意見を公にし,原事件に関する被告人の主張等を流布すると共に,被告人に対する応援を求めることなどのほか,②本件動画を閲覧した不特定多数の者に対して,本件執行行為が本件法廷警備員らによる被告人への違法な暴行であり,A及びBが原事件で偽証したと訴え,これに共感を覚えた者がインターネット上で本件法廷警備員らを非難するなどし,さらには,本件法廷警備員らに直接接触し,あるいは電話を架けるなどして責めるなどすることを期待し,そのような行為が行われることによって,被告人の主張と異なる供述や本件執行行為等の再現を行った本件法廷警備員らに報復し,被告人の主張に沿う供述をするように不当な圧力を加えることにもあったと認められる。
本件掲載行為の目的も,本件掲載証拠が本件動画の一部として利用されたものであることからすると,上記の本件動画掲載行為の目的と同一であると認められる。
エ 本件掲載行為の本条による処罰の必要性・合理性
上記のような本件動画の内容及び動画投稿サイトに掲載した経緯・状況からすると,本件動画掲載行為は最高裁判所等の国家機関等を非難するなどの表現行為であり,本件掲載行為はそのような表現行為の一環としてされたものである。
そうすると,弁護人主張のとおり,本件掲載行為について本条により刑罰を科すことは,被告人の表現の自由を制約することになる。しかしながら,原判決が説示するとおり,憲法21条1項は,表現の自由を無制限に保障するものではなく,必要かつ合理的でやむを得ない制限は許される。そこで,本件掲載行為に本条を適用して処罰することが,本条の目的に照らして許容される制限に当たるといえるか否かが問題となる。
本件掲載証拠は,本件法廷警備員全員の容貌が分かる写真や被害等の再現状況の写真が取り込まれた画像に限られるが,上記のとおり,本件掲載証拠である写真画像の下にその写真に写っている本件法廷警備員らの氏名が記載されていることから,その氏名の記載によって本件動画の画像間の結びつきが図られているところ,本件動画の画像中には,①本件法廷警備員らの特定や個人的な接触を可能にする氏名,住所,電話番号等の個人情報の記載,②本件法廷警備員らが集団暴行を行い,偽証したなどと非難する被告人の一方的な主張の記載,③閲覧者に対して本件動画に掲載された情報等を流布するよう求める記載がある。
このことからすると,本件掲載行為は,原事件において,証人として証言したA及びBを含む本件法廷警備員全員のプライバシーを著しく侵害する態様のものであるといえる。また,本件法廷警備員らの名誉を毀損する行為に利用しているという面もある。さらに,本件掲載行為は,原事件の第一審の審理中から判決宣告前に行われたものであるところ,被告人の主張と異なる供述や本件執行行為等の再現を行った本件法廷警備員らに報復し,被告人の主張に沿う供述をするように不当な圧力を加えることを図るのに利用したという面もある。
そうすると,本件動画の閲覧者が,事件関係者として捜査機関に供述したり,その状況を再現して説明したり,証人として法廷で証言したりした場合,当該刑事裁判の手続を離れて,事件の状況を説明する自分の写った写真等がインターネット上に流され,プライバシーを侵害されたり,名誉を毀損されたり,更には,不特定多数の者が接触してきて精神的負担を負ったりするなどの事態が起きることを危惧し,捜査や公判審理への協力を拒むなどするおそれが生じたといえる。
これらのことからすると,本件掲載行為によりもたらされる弊害を防止する必要性は高いものである。
さらに,被告人は,本件動画を不特定多数の者が閲覧可能な動画投稿サイトに掲載したものであるが,その閲覧者がインターネットを利用して本件動画のコピーを流布し,その流布を受けた者が更に同様に流布することができ,また,これらの者が本件掲載証拠である写真画像を好きなように使用することもできる状態にしたもので,本件掲載行為によって上記のような弊害が生じるおそれは格別に大きかったといえる。
以上によれば,本件掲載行為については,政治的表現の一環であるとしても,これによる弊害の程度は著しく,違法性が高いものであって,本件掲載行為に本条を適用して処罰する必要性は相当に高く,合理的であるといえる。
弁護人は,本条によって処罰の対象とされているのは本件掲載行為だけであるにもかかわらず,本件動画のそれ以外の情報の掲載をも実質的な処罰の根拠としているなどと主張する。確かに,原審検察官は,本件公訴事実記載の「複製等」の意味について,本件実況見分調書貼付の写真の一部をそのまま記録した物のみであり,写真に付随する文字情報や写真とは結びつかない文字情報は含まない旨釈明しており,原判決も,原審検察官のこの釈明と同趣旨で罪となるべき事実において「複製等」と認定したものと理解できる。しかしながら,本件の処罰対象が本件掲載行為のみであっても,その違法性の程度の評価においては,本件掲載行為の態様としてこれと結びつけられた本件動画中の記載を考慮することは,刑事訴訟法281条の4第2項の趣旨に照らしても,妥当であるといえる。
オ 本件掲載行為の本条による処罰の許容性
他方で,本件掲載行為の本条による処罰は,表現内容によるものではなく,表現行為の手段として,検察官の証拠開示によって入手したものである本件実況見分調書に貼付された写真画像を用いることを制限するにとどまるものである。
さらに,原判決も説示するとおり,被告人は,本件掲載行為を用いることなく,別の方法でその意図する表現行為を行うことは,多少の優劣があるにせよ十分可能であったといえる。
そうすると,被告人による表現行為の一手段である本件掲載行為に本条を適用して処罰しても,表現の自由に対する制約の程度は相当に限定的なものである。
以上のことからすると,本件掲載行為に本条を適用して処罰することは,表現の自由に対する必要かつ合理的でやむを得ないものといえるから,憲法21条1項に反して違憲であるとはいえない。
(3) 弁護人の主張について
弁護人は,①最も峻烈な強制処分である刑罰をもって,国民が捜査や公判への協力を拒む事態を防ぎ,任意の協力を確保するというのは行き過ぎた対応である,②本件掲載行為によって国民が捜査や公判への協力を阻む事態が生じたことは立証されておらず,本件実況見分調書の作成において捜査に協力したのは司法権力の担い手である法廷警備員であること,本件実況見分調書は裁判公開原則(憲法82条)に基づき公開されることが予定される証拠であったことなどの事情を踏まえれば,本件掲載行為によって国民が捜査や公判への協力を拒む事態を現実的に生じさせたとは考えられない,③本件実況見分調書は司法権力が証拠を偽造したという動かぬ証拠で,被告人が司法権力の告発に当たり,唯一用いることのできるものであったから,そのような本件実況見分調書を利用した本件掲載行為に刑罰を科すことは,政治的表現の自由に対する制約の程度が甚大であるなどとして,本件掲載行為に本条を適用して処罰することは違憲であると主張する。
しかしながら,上記①の主張については,上記2(1)のとおり,国民等の捜査や公判審理への協力確保の困難化も,本条が防止しようとしている弊害の一つであるが,関係者の名誉・プライバシーの侵害等の弊害から更に生じる弊害であり,本条はこれのみを防止しようとしているわけではない。しかも,本条の目的である証拠開示の適正な運用の確保は,究極的には適正な刑事裁判の実現に資するものであり,このような本条の目的の重要性に照らせば,刑罰を科して本条の目的を実現することには必要性,合理性が認められるのである。
上記②の主張については,本条は,防止しようとしている弊害が生じる具体的危険を犯罪成立の要件としていないが,それは,検察官開示証拠の複製等を本来の目的以外の目的で使用した場合,本条によって防止しようとしている弊害が生じるおそれが高いといえるのに対し,弊害が生じる具体的危険が発生していなければ処罰できないとすると,本条の目的を達することはできないからである。しかも,本件についてみると,本件掲載証拠に関する捜査に協力した者が裁判所職員であっても,本件掲載行為によって本件法廷警備員がその後の公判審理への協力を拒む事態もあり得ることであり,さらに,捜査や公判審理への協力を拒む事態が懸念される対象は,将来的に捜査や公判審理への協力が求められる可能性のある全ての者であり,本件掲載行為についても,その閲覧者等が将来的に捜査や公判審理への協力を拒むなどするおそれが生じたといえることは,上記(2)エで説明したとおりである。
上記③の主張を踏まえて検討しても,本件掲載行為に本条を適用して処罰しても,表現の自由に対する制約の程度は相当に限定的なものであるといえることは,上記(2)オで説明したとおりである。
弁護人のその他の主張を併せて検討しても,上記判断は動かない。
第3刑事訴訟法281条の4,同条の5の解釈適用の誤りの主張について
1 主張の概要
弁護人は,検察官開示証拠の使用目的として定められている「当該被告事件の審理の準備に使用する目的」(刑事訴訟法281条の4第1項。以下「審理準備目的」という)について,被告人の防御権の保障(憲法31条)及び裁判の公開原則(同82条)に適合するように解釈し,「明らかに憲法上の権利行使ではない」「明らかに憲法上保護されない行為」について本条の構成要件該当性を認めるべきであるから,原事件における証拠の問題点を指摘して一般の支援を求めるという防御権の行使である本件掲載行為に本条を適用した原判決には法令適用の誤りがあるというのである。
2 当裁判所の判断
しかしながら,本件掲載行為は,本条の定める目的外使用に当たるといえるから,これに本条を適用した原判決の判断に法令適用の誤りはない。
以下,その理由を説明する。
(1) 審理準備目的の解釈
検察官が弁護人に対して証拠開示を行う場合としては,①弁護人の求めや裁判所からの働きかけによって,任意に証拠開示する場合,②検察官が,刑事訴訟法299条に基づき,証拠調べ請求予定の書証等を閲覧する機会を与える場合,③裁判所の証拠開示命令に基づいて開示される場合,④公判前整理手続に付された事件において,検察官取調べ請求証拠,類型証拠,主張関連証拠を開示する場合(刑事訴訟法316条の14,同条の15,同条の20)などがある。
このような証拠開示に共通する根源的な目的は,被告人及び弁護人が,当該被告事件において,検察官手持ち証拠の内容等を把握し,その証拠能力,証明力等を検討して検察官の主張立証に対して反論反証の準備を行い,開示証拠を契機として更に被告人に有利な主張立証を準備することに役立たせるためであり,十分な防御の機会を保障することにある。
しかし,上記第2の2(1)のとおり,検察官開示証拠の複製等がこのような本来の目的以外の目的で使用されると様々な弊害が生じるおそれがあるため,全ての検察官開示証拠について,刑事訴訟法281条の4第1項が適用され,被告人及び弁護人による目的外使用を禁止しているのである。
以上のことからすると,審理準備目的については,被告人及び弁護人が,当該被告事件において,検察官手持ち証拠の内容を把握し,その証拠能力,証明力等を検討して検察官の主張立証に対する反論反証の準備を行い,開示証拠を契機として被告人に有利な主張立証を準備する目的をいうと解するのが相当である。
(2) 本件掲載行為の本条該当性
刑事裁判における事実認定等の判断は,当該被告事件の公判で取り調べられた証拠等に基づいて行われるものであるから,被告人が原事件における証拠等の問題点を指摘して一般の支援を求めて本件掲載行為を行うことは,訴訟手続における防御活動とはいえず,上記の審理準備目的による使用でないことは明らかであって,上記第2の2(2)ウの各目的でされた本件掲載行為は本条に該当するものといえる。このことは,憲法31条に反するものでもない。
(3) 弁護人の主張について
弁護人は,①本件掲載証拠のような検察官請求証拠にまで刑罰をもって目的外使用を禁止することは裁判の公開原則に反する,②刑事訴訟法299条によって開示される検察官請求予定証拠については,本条制定前は使用目的について制限されることなく開示されていたものであるから,審理準備目的の解釈に際しては,その使用方法を不当に制限しないように解釈されなければならないとも主張する。
しかしながら,上記①の主張については,憲法82条1項は,裁判手続の核心的部分である対審及び判決宣告を公開の法廷で行うべきことを定めているにとどまり,公判で取り調べられた証拠も含め訴訟に関する記録の公開まで求めているものではないと解されるから,本件掲載証拠が公判で取り調べられたとしても,本条により本件掲載行為を処罰することは憲法82条1項に反するものではない。
上記②の主張については,刑事訴訟法299条により開示された検察官請求証拠も,従来から,証拠開示の目的の範囲内で使用すべきもので,無制限な使用方法によって弊害が生じる事態が許容されていなかったと解され,刑事訴訟法281条の4第1項はこのことを明確にしたものにすぎないから,前提が異なっており,失当である。
弁護人のその他の主張を併せて検討しても上記判断は動かない。
第4結語
以上のとおり,本件各控訴趣意にはいずれも理由がないから,刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却する。
(裁判長裁判官 秋葉康弘 裁判官 青沼潔 裁判官 浅香竜太)