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東京高等裁判所 平成26年(く)170号 決定 2014年3月28日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣意

原裁判所は、平成二六年三月二七日、Y(以下「Y」という。)に対する住居侵入、強盗殺人、現住建造物等放火被告事件(当時の静岡県清水市内の味噌製造会社工場の住み込み工員であったYが、昭和四一年六月三〇日未明、工場に隣接する同社専務取締役方に侵入し、同専務とその家族三名を、殺意をもってくり小刀で突き刺した上、会社の売上金等を強奪し、さらに、被害者らに混合油を振り掛け放火して、同専務方を焼損し、被害者四名を殺害した。)の死刑確定判決に対する再審請求事件において、再審を開始するとの決定をするとともに、刑訴法四四八条二項によりYに対する死刑と死刑執行のための拘置の執行を停止するとの決定をした。本件抗告の趣意は、検察官A36作成名義の抗告申立書に記載されたとおりであり、論旨は、Yについて、拘置の執行の停止をすべきでない理由があるのに、その執行を停止した原決定は、その判断を誤ったものであるから、これを取り消す決定を求める、というのである。

二  当裁判所の判断

刑法一一条二項の拘置は、死刑執行のために必然的に前置される身柄拘束であって、死刑執行の一環であるから、再審開始決定をしたときは、刑訴法四四八条二項に基づき、決定でその執行を停止することができると解される。そして、それをするかどうかの判断は、再審開始を決定した根拠、再審の審判において無罪判決が言い渡される蓋然性、死刑確定者の身柄保全の必要性等を総合考慮した上での再審開始決定をした裁判所の合理的な裁量に委ねられていると解するのが相当である。

原決定は、再審の審判においてYが無罪になる相当程度の蓋然性が認められること、本件では確定判決が最も重視した五点の衣類がYの犯人性を基礎付けるものでないことが明らかとなったばかりか、捜査機関によりねつ造された疑いが相当程度生じたこと、Yが第一審で死刑判決を受けて以来四五年以上身柄を拘束されており、既に七八歳と相当高齢で精神状態も万全ではないこと、捜査機関の違法不当な捜査が疑われ、身体拘束の継続が刑事司法の理念からは耐え難く、正義に反すること、Yの年齢や精神状態等を考慮すると、実効性のある手段により逃走を図るおそれは相当低いと考えられることを指摘して、拘置の執行を停止した。

原裁判所は、確定判決が犯人性を認定する中心的な根拠とした客観的な証拠である五点の衣類、すなわち、事件から約一年二か月後に工場の味噌タンク内から発見され、犯人が犯行の際に着用した衣服であり、かつ、Yのものであるとされたシャツやズボン等が、弁護人が提出したDNA鑑定関係の証拠と衣類の色に関する証拠という新規かつ明白な証拠により、ねつ造されたものであったとの疑いが生じたことを重くみて、再審開始決定をするに至ったとみられる。原裁判所のこの判断は、その前提事実の認定や推論の過程に明らかに不合理な点は見当たらず、論理則、経験則等に照らして、ひとまず、首肯できるものである。原裁判所は、このような再審開始の判断を背景として、再審の審判においてYが無罪になる蓋然性を相当程度高いものとみなす反面、身柄保全の必要性は特に重視すべきではないとして、拘置の執行を停止したのであるから、その判断が原裁判所の裁量の範囲を逸脱したということはできない。

これに対し、所論は、検察官は再審開始決定に即時抗告を申し立てることを予定しており、真犯人が現れたとか、Yの犯人性を明確に否定する客観的証拠が新規に提出されたわけでもないから、現時点において、Yに対する拘置の執行が正義に反する事態に至っているとはいえない、即時抗告審が再審開始決定を取り消した場合、後の刑の執行に多大な支障が生じることを配慮していない原決定は、その裁量を逸脱したものであるという。しかし、所論指摘の点を考慮しても、Yの年齢、精神の状態等に鑑みれば、その身柄を確保する現実的な必要性が高いということはできず、原決定の裁量判断に誤りがあるとはいえない。

論旨は理由がない。

三  適用した法条

刑訴法四二六条一項

(裁判長裁判官 三好幹夫 裁判官 阿部浩巳 染谷武宣)

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