東京高等裁判所 平成26年(ネ)1011号 判決 2014年7月10日
控訴人(原告)
X
同訴訟代理人弁護士
岩井婦妃
同
小林智子
被控訴人(被告)
株式会社ゆうちょ銀行
同代表者代表執行役
A
主文
1 原判決を次の2項のとおり変更する。
2 被控訴人は、控訴人に対し、449万8652円及びこれに対する平成25年6月14日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用中当審において生じた部分及び原審において控訴人と被控訴人との間で生じた部分は、被控訴人の負担とする。
4 この判決は、第2項につき、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文と同旨
第2事案の概要
以下の記載における用語の略称及び略称の意味は、原判決に従う。
1 本件は、被相続人(B及びC)が郵政民営化法(平成17年10月21日法律第97号)が施行された平成19年10月1日より前に開設した本件貯金(合計4件の通常貯金及び通常貯蓄貯金)を相続した控訴人が、被控訴人に対し、郵政民営化法施行後にその払戻しを求め、元金449万8652円及びこれに対する払戻しを求めた日の翌日である平成25年6月14日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。被控訴人は、本件貯金についての遅延損害金の利率は民法所定年5分の割合によるべきであると主張して、控訴人の請求を争っている。
原審においては、控訴人のほか、他の相続人であるDが共同原告となって、同内容の請求をしていたが、原審は、控訴人及びDの請求について、被控訴人に対し、それぞれ元金及びこれに対する民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余(遅延損害金の利率について商事法定利率年6分による請求部分)を棄却した。
これに対し、控訴人だけが、その敗訴部分を不服として控訴をした。
2 本件の前提事実、争点及び争点に関する当事者双方の主張は、次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1及び2に記載されたとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決引用部分中、「原告X」を「控訴人」に、「被告」を「被控訴人」に、それぞれ読み替える。
(1) 原判決3頁17行目の末尾の次に、「仮に、本件貯金が郵政民営化法の施行により商事債権債務関係に転化したと認められないとしても、預貯金は、口座開設後に預入れと払戻しが繰り返される度に、新たな預貯金債権となると解されるから、郵政民営化法の施行後に預入れと払戻しが繰り返された本件貯金は、商事債権となったものというべきである。そのように解さなければ、郵政民営化法の施行直前に、最低限度の金銭を預け入れて口座を開設し、同施行後に多額の金銭を預け入れた場合に、被控訴人が商事法定利率による遅延損害金の支払いを免れるという不都合を生じる。」を加える。
(2) 原判決3頁22行目の末尾の次に、「控訴人は、本件貯金が郵政民営化法の施行により商事債権債務関係に転化したと主張するが、貯金の承継に関する郵政民営化法174条1項と自動口座振替に関する同条3項の文言の相違や、郵政民営化法166条所定の承継計画(Ⅳ2②)は、通常郵便貯金を被控訴人に承継させるとだけ定めていることに照らすと、郵政民営化の前後で本件貯金の法的性質に変化があったとはいえないのであって、控訴人の主張は理由がない。」を加える。
(3) 原判決6頁(別紙)の4行目及び12行目の「通常」をいずれも「通常貯金」に、8行目及び16行目の「通常貯蓄」をいずれも「通常貯蓄貯金」にそれぞれ改める。
第3当裁判所の判断
1 被控訴人が、控訴人に対し、本件貯金のうち、控訴人において相続した449万8652円及びこれに対する催告の日の翌日である平成25年6月14日から支払済みまでの遅延損害金の支払義務があることについては、原判決「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1に記載されたとおりであるから、これを引用する。
2 そこで、本件貯金の払戻しに関し適用されるべき遅延損害金の利率が、商事法定利率となるのか否かについて検討する。
(1) 郵政民営化に伴う関係法令等の定めは、以下のとおりである。
ア 郵政民営化法は、民間に委ねることが可能なものはできる限りこれに委ねることを目的とし(1条)、事業者間の公正かつ自由な競争を促進するため、日本郵政公社(以下「公社」という。)が有する機能を引き継ぐ組織を株式会社とするとともに、当該株式会社の業務と同種の業務を営む事業者との対等な競争条件を確保するための措置を講ずることを基本理念とする(2条)。これを踏まえて、通常郵便貯金を除く従前の郵便貯金及び簡易生命保険の管理に関する業務は、新たに設立する独立行政法人郵便貯金・簡易生命保険管理機構(以下「機構」という。)に承継させ、その他の銀行業に係る機能並びに権利及び義務(以下「義務等」という。)は、同法に基づいて設立される郵便貯金銀行(この「郵便貯金銀行」に該当する被控訴人が、同法第8章1節の規定に従って後に設立されることとなる。なお、平成18年9月1日設立当初の被控訴人の商号は株式会社ゆうちょであったが、平成19年10月1日に現商号に変更した。以下においては、同法が規定する「郵便貯金銀行」を、便宜上、「被控訴人」と記載することがある。)に承継させるものとした(5条2項4号、6条2及び3項。なお、被控訴人の設立に関する同法第8章1節の規定は、同法の公布の日である平成17年10月21日に施行されている。)。そして、業務等の承継は、被控訴人の目的及び業務に照らして、その業務が適切に遂行されるように、内閣総理大臣等において公社の業務等の承継に関する基本計画(以下「基本計画」という。)を定め、また、公社において同様の趣旨及び目的の実施計画を作成して、内閣総理大臣等の認可を受け、その認可を受けた実施計画である承継計画に従って行うものとされた(161条~163条、166条)。
また、郵政民営化法施行の際、郵政民営化法等の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成17年10月21日法律第102号。以下「整備法」という。)による廃止前の郵便貯金法(以下「旧郵便貯金法」という。)第7条第1項第1号に規定する通常郵便貯金(整備法附則第5条第1項第1号に掲げる郵便貯金を除く。)の引継ぎについては、郵政民営化法の施行の時において、承継計画において定めるところに従い、被控訴人が受け入れた預金となるものとすると定められた(同法174条1項)。他方、整備法による廃止前の郵便振替法(以下「旧郵便振替法」という。)第37条の2に規定する定期継続振替の取扱いを受けている同条に規定する料金の支払をする加入者は、郵政民営化法の施行の時において、承継計画において定めるところに従い、被控訴人との間で、同条に規定する定期継続振替の取扱いに準ずる契約を締結したものとみなすと定められた(同法同条3項)。
イ 基本計画は、被控訴人に引き継がせる通常郵便貯金の業務等に係る機能の種類及び範囲を、被控訴人が、銀行法10条1項及び2項、11条並びに12条に定める業務を行うために必要と認められるものとし(1(4))、また、被控訴人等に承継させる公社の資産等につき、被控訴人等の目的が達成され、その業務が適切に行われるように承継させ、債務の承継に当たっては債権者の権利が確保されるよう配意するものとされた(2(1))。そして、被控訴人が承継するもの以外の郵便貯金、すなわち、通常郵便貯金のうち整備法附則5条1項1号に掲げるもの、積立郵便貯金、定額郵便貯金、定期郵便貯金、住宅積立郵便貯金及び教育積立郵便貯金の管理に関するものを機構に引き継がせるものとした(1(6))。
また、承継計画では、上記のとおり、被控訴人は、通常郵便貯金のうち、整備法附則5条1項1号に掲げるものを除くものに係る資産、債務及び同口座に係る権利義務を、機構は、上記機構が行う業務に関する資産、債務及び同口座に係る権利義務を、それぞれ承継することとされた(Ⅳ2、Ⅵ2)。
ウ 被控訴人は、通常貯金規定を定めて、平成19年10月1日から実施し、郵政民営化法174条1項により被控訴人が受け入れた預金となるもの(旧郵便貯金法が適用され、公社の通常郵便貯金規定の適用があった従前の通常郵便貯金)を、上記規定により取り扱うものとした(同規定附則1、2)。
エ 被控訴人が承継した預貯金については、政府による支払保証がなくなり、他の金融機関と同様の預金保険制度による保護が得られることとなったが、他方、機構が承継した貯金については、従来通り政府による支払保証が継続されている。
(2) 以上を前提に、本件貯金についての法律関係が、商事の債権債務関係であるかどうかを検討する。
ア 被控訴人は、郵政民営化法に基づいて設立された株式会社であり、公社からの承継に伴い、また移行期間中においての特例(郵政民営化法第8章第2節、第3節)が定められていることは別として、銀行法の適用を受け、他の銀行と同様の業務を行うこととされている。そうすると、被控訴人が受け入れた預貯金に関する法律関係は、他の株式会社としての銀行(銀行法4条の2)の場合と同様に、商事の債権債務関係であることが明らかであって、被控訴人も、被控訴人が郵政民営化法施行後に受け入れた預貯金については、これを争うものではない。
そこで、被控訴人が公社から承継した(旧)通常郵便貯金であるが、郵政民営化法によれば、同貯金は、郵政民営化法施行の時(平成19年10月1日)に被控訴人が受け入れた預金となるものとするとされているところ(同法174条1項)、被控訴人は、その時点において、株式会社として設立されていて、銀行法の適用を受ける銀行業を営んでいるのであるから、被控訴人が受け入れた預金は、株式会社である被控訴人が、銀行の業務として預金を受け入れ、被控訴人の口座において管理されることになったといえる。そうすると、その時点において被控訴人が受け入れた預金は、その後、被控訴人において直接に預入れを受けて口座を開設した新規の預金の場合と、法律関係に異同はなく、商事の債権債務関係として規律されることになるというべきである。そして、このように解することは、前記の郵政民営化法その他の関係諸規定等から導き出される郵政民営化の趣旨、目的に沿うものであることに加え、被控訴人において受け入れることになる通常郵便貯金について、郵政民営化法174条1項は、被控訴人の「預金」(銀行法2条2項1号参照)となるものとすると規定していて、法律上の用語として、銀行に適用される一般的用語の「預金」ではない「貯金」等の名称を使っていないこと、さらには、機構が公社から承継する郵便貯金については、整備法5条において、旧郵便貯金法の規定がなお効力を有する旨の規定が置かれているが、被控訴人が承継する通常郵便貯金については、これに相応する規定がないことからも裏付けられる。さらに、被控訴人は、被控訴人が定めた通常貯金規定において、郵政民営化後に開設された口座であるか、郵政民営化により承継した口座であるかを問わず、一律に同規定を適用することを定めているのであって、このことも、上記の判断を補強するものといえる。
以上により、被控訴人における預貯金は、郵政民営化法により被控訴人が承継したものを含め、一律に商事の債権債務関係により規律されるというべきであるから、本件貯金についての法律関係も、これに従って判断すべきである(なお、本件貯金は、郵政民営化法施行前においては、通常郵便貯金及び通常貯蓄貯金であったと解されるが、そのいずれもが、預入れ及び払戻しに特別の条件が付されていない貯金であって、郵政民営化法により被控訴人に承継された「通常郵便貯金」といえる。)。
イ これに対し、被控訴人は前記(補正後の原判決第2の2(被控訴人の主張))のとおり主張するので、以下検討する。
まず、定期継続振替の取扱いの承継に関する郵政民営化法174条3項が、通常郵便貯金の承継を規定する同法同条1項とは異なり、「契約を締結したものとみなす」と規定していることについては、定期継続振替は、貯金者から個別の指示を受けることなく、公共料金等を収納する第三者の催告により、その口座に貯金者の口座から振り替えて支払うという自動口座振替に関するものであり(旧郵便振替法37条の2及び3)、これは当事者間の信頼関係を基礎とする委任の性質を有する実質があるのであり、受託者たる公社が郵政民営化法の施行により解散する(同法5条)以上、当然に終了することになるから(民法653条)、新たな契約が締結されたとみなして、実質的に従前の法律関係を継承させようとした趣旨の規定と解することができる。これに対し、同条1項の通常郵便貯金の承継は、貯金が消費寄託の性質の実質を有し、基本的には受寄者が預かったものの返還という役務を負うことを内容とする片務契約の実質があるから、受寄者となるべき被控訴人が貯金を受け入れたことを明らかにすることにより、公社から同役務を承継したことが明らかとなるのであり、定期継続振替の場合と規定ぶりが異なっているのには、そのような理由を見出すことができる。したがって、被控訴人の主張を採用することはできない。
また、被控訴人は、承継計画においては、通常郵便貯金を被控訴人に承継させるとだけ定めていることから、その承継の前後において、同貯金の法的性質に変動がないことになると主張する。しかし、郵政民営化法の規定やその他の関係諸規定等を検討した結果を総合すると、前記のような結論となるのであり、被控訴人の指摘を考慮しても、以上の結論は左右されないというべきである。
第4結論
以上の次第で、控訴人の請求は、商事法定利率による遅延損害金の支払を求める部分を含め、すべて理由があり、これを一部棄却した原判決は不当であって、本件控訴は理由がある。
よって、原判決を以上に従って変更することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三輪和雄 裁判官 多見谷寿郎 佐久間健吉)