東京高等裁判所 平成26年(ネ)4218号 判決 2015年3月26日
主文
1 本件控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。
(1) 控訴人は、被控訴人に対し、62万4856円及びこれに対する平成24年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人のその余の請求を棄却する。
2 本件附帯控訴を棄却する。
3 訴訟費用(控訴費用、附帯控訴費用を含む。)は、第1、2審を通じてこれを50分し、その1を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
4 この判決は、1項(1)に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第4当裁判所の判断
1 当裁判所は、原審とは異なり、被控訴人の請求は、第1請求については全部理由があり、第2請求については理由がないものと判断する。その理由は、以下のとおり改め、2及び3に当審における控訴人及び被控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1から6までに記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決21頁12行目の「1日」を削り、同22頁14行目の「1か月以内」の次に「(31日と29日の者が各1名、28日の者が7名)」を加える。
(2) 原判決29頁19行目の「同ステージの利用者の行う」から同21行目末尾までを「あくまで第三者のする準備行為の指導やステージ立会業務を意味するにすぎず、控訴人自身が準備行為や会場設営、運営、撤収作業自体を行う場合を含むものではないものと解される。」と改める。
(3) 原判決30頁25行目の「実行されたものと認めるのが相当である。」を「実行されたと見る余地がないではない。」と改める。
(4) 原判決30頁末行から31頁15行目までを次のとおり改める。
「 また、本件運営管理事業に関しては、本件仕様書1に、松戸市の商業並びに観光の活性化や松戸のイメージアップと来街者増加を目指すとともに商店街等からの情報発信を行うことなどをその業務委託の目的とする趣旨の記載があるほか、本件運営管理事業に関して作成された行程表には、業務内容の一つとして、広報活動が記載されているから、その文言のみからすれば、松戸のイメージアップと情報発信を目指した広報活動の一つとして、本件壁画事業のように自らが広報の対象となるものを創作する活動をすることが含まれると解する余地がないわけではない。
しかしながら、壁画の作成が通常の意味での「広報活動」に当たるとは解し難い。しかも、上記の行程表の記載も、「インフォメーションデスク正式開設、データ整理、情報収集、まつど広報掲載、広報活動、ホームページの制作」というもので、「広報活動」以外のものはその内容が具体的なもので、具体的な情報に係るデスクワークを想定するものとみられるものである。また、広義には「広報活動」とも解し得る「b駅デッキステージのイベント」についても、本件仕様書1においては特に言及して「情報や利用申し込み」と記載しているにすぎないことからしても、「広報活動」との記載が、控訴人が自ら壁画を創作する活動を含むものとは解し難い。しかも、壁画の作成はあくまで自らの作品を作りたいアーティストが無償で行うことが前提であったものである(甲41、42)。これらの事情からすれば、本件壁画事業が本件運営管理事業の範囲内でされたものとは認めることはできないものというべきである。」
(5) 原判決31頁16行目から19行目までを次のとおり改める。
「(4) 以上のとおり、被控訴人が本件契約1に基づく委託料として控訴人に支払った62万4280円は、控訴人が法律上の原因なく利得したものと認めることができる。」
(6) 原判決32頁8行目から9行目にかけての「b駅デッキステージ事業の経費」の次に「及び本件壁画事業の経費」を加える。
(7) 原判決32頁10行目の「上記利得」を「b駅デッキステージ事業の経費13万9936円及び本件壁画事業の経費48万4920円に係る利得」と改める。
(8) 原判決34頁21行目の「1か月半以下」の次に「(28日から1か月10日)」を加える。
(9) 原判決36頁3行目から37頁24行目までを次のとおり改める。
「以上の事実によれば、本件契約2において、控訴人には、新規採用労働者に対し、地域における就職や企業支援のために、必要な知識やスキルを習得させるべく本件育成事業を実施することが求められていたものであり、新規採用する労働者の雇用・就業期間も、その目的に沿う程度の期間を確保し、その間に上記目的に沿う研修(本件事業計画書記載の研修プログラム又はこれに準ずる研修プログラムを含む。)を受けさせることが求められていたものということができる。
しかしながら、本件契約2及びこれにより従うべきものとされた本件仕様書2及び本件事業企画書のうち、雇用期間について明示的に規定するのは本件仕様書2の6条(4)(「「新規採用する労働者の雇用・就業期間は、原則として本契約期間の満了の日までとすること」と規定する。」)のみであるところ、同規定は、就業期間の終期を原則として本件契約期間満了の日までとしているだけで、最短期間を具体的に規定するものではなく、また、本件契約2の締結に当たり、被控訴人は、その期間を具体的に限定する趣旨の説明もしていない(原審における証人A)ことからすると、少なくとも、本件契約2において、明示的に雇用期間の最短期間を具体的に合意したものと認めることはできない。
この点、被控訴人は、本件契約2における雇用期間についてこれを9か月とする合意があった旨主張するところ、本件育成事業が企画された当時に被控訴人から控訴人に送信された「重点分野雇用緊急雇用創造事業(地域人材育成事業)の概要」においては雇用期間は9か月とされ、また、本件契約2の締結前の平成22年6月に控訴人が被控訴人担当者の了解を得た上で松戸公共職業安定所に提出した本件育成事業に係る職員募集の要項においても、不動産営業職、イベント企画担当及びIT技術者・広報担当の雇用期間については「平成22年7月~23年3月末」とされていたことは前記のとおりであるほか、本件仕様書2で控訴人が提出すべきものとされた報告書においても、新規雇用する労働者の雇用期間は平成22年7月1日から平成22年(平成23年の誤記とみられる。)3月31日までとされている(甲49)。しかし、これらの文書は、その性質や文言からして本件契約2における合意内容を直接補充するものとはいえない上、上記の職員募集の要項においては、アーティストの雇用期間については平成22年9月から同年12月までとされ、被控訴人もその提出を了解していたほか、本件契約2は、平成22年7月1日付けの書面が作成されているが、実際に締結されたのは同年8月16日頃に至ってからであることからしても、9か月をもって本件契約2における雇用期間の最短期間とする趣旨の合意があったものとみることはできない。また、この4か月程度との期間についても、控訴人が設定したもので、被控訴人からこの期間を最低限とするような意向が示されたとの事情は見当たらず、このような要綱を提出することを被控訴人が了解していたにすぎないことからすると、4か月程度の期間についても、これを本件契約2における雇用期間の最短期間とする趣旨の合意があったとの事情として評価することはできず、他に、本件契約2において、当事者間において雇用期間の最短期間について具体的に合意したとの事情を認めることはできない。
もっとも、本件契約2が締結された目的が、あらたな雇用創出に必要な知識やスキルを習得させ、地域の中で活力を生み出す人材としての雇用、自身が起業することを支援することにあること、その他前記認定のような本件契約2の諸規定の内容からすれば、前記のとおり、本件契約2に基づく雇用はある程度継続した期間にわたるものであることが想定され、また、望ましいものと位置付けられているものということができる。しかし、本件育成事業を含む千葉県緊急雇用創出事業に係る補助金の要綱(本件要綱)(原判決別紙6)においても、新規雇用する労働者の雇用期間について最長期を1年に限定する規定はあるものの、短期については、6か月以内とする場合があることを想定する規定(第4条2(3)ウ)があるのみで、最短期間を具体的に限定する規定はなく、また、地域人材育成事業において想定する研修内容も、「職場での実務経験を積むOJTや職場外で講義等の研修を受講するOFF―JTなどの方法の組み合わせによる」(第4条2(1)②オ)としているにすぎず、1か月程度の雇用期間の場合において上記のような目的の実現が困難であるとは断定できないことからすれば、具体的な最短期間について明示の合意がされたとは認め難い本件において、最短の雇用期間を28日とする雇用が本件契約2に反するものと断ずることはできないものというほかない。
また、本件契約2において想定していた研修内容は、前記のとおり本件事業企画書記載の研修プログラム又はこれに準ずる研修プログラムを含むものであって、本件事業企画書にはOFF―JTとしての研修プログラムの記載もあったところ、控訴人は、平成24年2月10日頃にされた被控訴人からの照会に対しては、アーティストについてはO―JTとして日々の仕事の中で研修を行った旨回答をしていた(乙89)にすぎない。しかし、控訴人は、上記のアーティストに対しても、講師を迎えての「シンポジュウム企画立案実施研修」をしてOFF―JTによる研修を実施していたもので(同研修は、一般参加も可能な形態で、イベントの一環にすぎないとの評価もあり得るかもしれないが、研修としての実質がないとはいえない。)、その旨被控訴人にも報告していたものである(乙122、129、169)。その他の、雇用期間が1か月半に満たない労働者(短期雇用スタッフ11名)についても、本件契約2の締結自体が被控訴人側の事情で遅れたばかりでなく、初回の事業費の支払がされたのが平成22年9月末で、事業期間の3分の2を経過した同年末においても被控訴人からの支払は3分の1程度であったために控訴人において迅速な雇用を図ることに不安が生ずる状態にあり、雇用に至ったのが平成23年2月から3月に入り込んだ者が多いこと、これらの労働者に対しても、OFF―JTを含む研修プログラムが組まれていたが、同年3月11日の東日本大震災により、一部の研修を実施したのみでその後のOFF―JTを含む研修が実施できなかったなどの事情があったものである(乙129、133)。さらに、控訴人は、契約期間中に、実施する予定の研修の内容及び実施した研修の内容について実施計画書及び実績報告書を作成して被控訴人に提出していた(乙117~126、169)もので、被控訴人は、これにより控訴人の実施した研修について月毎に把握し、検査職員による検査をしていたものであるのに、特に指摘事項なしとの意見を付して完了確認をし(乙117)、平成23年12月9日付けの千葉県商工労働部雇用労働課長に対する書面検査回答書においても、本件育成事業に何ら問題がない旨回答しており(乙84の1・2)、この間の平成22年11月に、千葉県雇用労働課からの照会に応じて、控訴人に対し、「雇用した失業者の具体的な業務内容」及び「「kプロジェクト2010」に参加する作家への報酬費の財源」について回答を求めたものの(乙117)、その後も、上記のとおり特段の指摘事項なしとの処理をし、控訴人に対しても特段の指摘や是正を求めるには至らなかったものである。これらの事情からすれば、控訴人が実施した研修が、本件契約2や本件育成事業の目的からすれば不十分なところがあったとしても、本件契約2に反するもので控訴人の債務不履行を構成する程度のものであるとまではいうことはできず、また、これが債務不履行であるとしても、控訴人の責めに帰すべき事情によるものではないものと認められる。」
(10) 原判決37頁25行目から38頁15行目までを次のとおり改める。
「(4) 事業費に占める失業者として認められる者の人件費の割合について
前記認定の別紙7によれば、失業者として雇用された者に対して支払われた賃金の総額は1489万2046円であり、前記(3)のとおり、これに本件仕様書2の6条に反するものが含まれるとはいえないところ、本件育成事業の事業費は2976万8450円である(甲11)から、本件育成事業の事業費のうち前者が占める割合は2分の1以上となり、事業費に占める人件費の割合が本件仕様書2の5条(1)の要件を欠くということもできない。」
(11) 原判決38頁16行目から39頁6行目までを削る。
(12) 原判決39頁7行目、9行目、13行目から14行目、16行目の「本件各請求」をいずれも「第1請求」と改める。
(13) 原判決39頁20行目から22行目までを次のとおり改める。
「(2) そこで、その余の点について検討する。」
(14) 原判決40頁24行目から42頁7行目までを削る。
2 当審における控訴人の主張(本件d事業に係る支払)について
(1) 控訴人は、控訴人がしたイベントの準備行為や会場設営、運営、撤収作業は、本件仕様書1の1条及び13条(2)に該当し、本件運営管理事業に係る「ふるさと雇用再生特別基金事業事業計画書」においても記載されているもので、本件運営管理事業に含まれる旨主張する。しかし、本件契約書1及び本件仕様書1の条項中に、控訴人がしたイベントの準備行為や会場設営、運営、撤収作業が含まれることをうかがわせる記載はなく、被控訴人が千葉県に提出した本件運営管理事業の事業計画書には、具体的な実施内容として「ステージの組み立て指導」等の記載がされているものの、同契約書が本件契約1の内容になっているものではない上、その他の業務についての記載内容からしても、上記の行為は、控訴人自らが準備行為や会場設営等の行為をすることは予定していないものと解されることは前記訂正に係る原判決説示のとおりである。
(2) 控訴人は、さらに、本件d事業は本件壁画事業と同様に広報活動に含まれる旨主張する(予備的主張)。本件運営管理事業に関して作成された行程表には「広報活動」との記載があることから、b駅デッキステージで実施するイベントを広報活動と評価する余地があり得るとしても、本件仕様書1においては特にb駅デッキステージについて規定し、その目的として「ステージのイベント情報や利用申し込みなど」を行うものとしてイベント自体とは区別した行為を挙げていることや、行程表に記載された具体的行為も、ステージ利用者へのサービス提供に関する業務であることからすれば、b駅デッキステージで実施するイベントの会場設営等の準備行為や撤収行為までを広報活動として本件運営管理事業に含まれるものとみることはできないこと、また、行程表の記載内容等からすれば、本件壁画事業自体についても同様に解すべきことは、前記のとおりである。
(3) 控訴人は、被控訴人の監督の下で契約内容の全てを忠実に履行、完了し、被控訴人の確認を受けて契約代金の支払を受けたものであるから、控訴人が悪意の受益者に当たることはあり得ない旨主張する。しかし、控訴人主張のような事情があったとしても、控訴人は、被控訴人から、平成24年9月20日付け書面及び同年10月16日付け書面で、その頃、本件運営管理事業の契約代金にb駅デッキステージ事業の経費が含まれていたとしてその返還を請求されていたものであるから、遅くともその頃には利得について悪意の受益者になったものと認められることは、前記訂正に係る原判決説示のとおりである。
(4) 控訴人は、損害が生じているとしても、被控訴人の責めに帰すべき事由によるものである旨主張する。しかし、被控訴人の第1請求は、控訴人が不当に利得したことを原因とするものであるから、控訴人主張の事由があることをもって責任を免れることはできない。
3 当審における被控訴人の主張(本件育成事業に係る支払)について
控訴人は、本件育成事業における委託契約の期間は9か月間とされ、本件育成事業における失業者の雇用期間としては9か月程度の期間が予定されているとともに、雇用された失業者は、その期間中は雇用創出に必要なスキルを習得し得る程度に業務に従事することが当然に予定されていることなどから、本件育成事業における失業者の雇用期間としては9か月程度の期間が予定されていることは明らかであり、仮に原判決認定の3か月程度の雇用期間が必要であったとしても、控訴人がした事業内容は契約に反することには違いない旨、失業者の雇用期間が著しく短期であり、また、雇用創出に必要なスキルを習得し得る程度の業務従事及び研修等が行われていない旨主張する。
しかし、雇用期間について明示的に規定するのは本件仕様書2の6条(4)のみであるところ、同規定は、就業期間の終期を原則として本件契約期間満了の日までとしているだけで、最短期間を具体的に規定するものではないことなどの前記の事情からは、本件育成事業における失業者の雇用期間が被控訴人主張のような9か月程度をもって最短期間とするものと解することはできず、その他、本件育成事業における失業者の雇用期間や研修内容、人件費の割合が本件契約2に反するものということができないことは、前記説示のとおりである。
4 以上によれば、被控訴人の第1請求は全部認容し、第2請求は棄却すべきであるから、これと一部異なる原判決を変更することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柴田寛之 裁判官 齋藤憲次 小田靖子)