東京高等裁判所 平成26年(行コ)106号 判決 2014年6月26日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 東京都知事の控訴人に対する平成23年8月30日付けの設立の認証を取り消す旨の処分を取り消す。
第2事案の概要
1(1) 控訴人は,平成18年5月29日,特定非営利活動促進法(以下「法」という。)に基づき,東京都知事による設立の認証を受けて,同年6月7日に成立した,「バングラデシュ国の恵まれない環境にいる子供たち及びその家族への健康及びその事業のための雇用確保の支援事業」等を特定非営利活動に係る事業として行う特定非営利活動法人である。
控訴人が配分金の交付を受けていた独立行政法人郵便貯金・簡易生命保険管理機構(本件機構。原判決46頁14行目参照)は,不正の手段により配分金の交付を受けた事実が判明したとして,控訴人に対し,平成22年10月27日付けで,交付した配分金の一部である4498万6685円の返還を請求した(本件返還請求。同5頁10行目参照)。
東京都知事は,控訴人に対し,法41条1項に基づき,同年11月5日付けの本件業務等報告命令(乙2。原判決5頁24行目参照)により,本件返還請求に関する経緯等の説明などを求め,これを受けて,控訴人は,東京都知事に対し,同月15日には本件報告書(乙3。同頁末行参照)を,同年12月20日には本件弁明書(乙6。同6頁24行目参照)をそれぞれ提出した。
そこで,東京都知事は,控訴人に対し,法42条に基づき,平成23年3月24日付けの本件改善命令(乙7。原判決7頁2行目参照)により,①本件報告書の記載内容等におけるそごについて,真実を明らかにするために,第三者委員会で十分に審議をし,法人運営の実態を明らかにした上で,改めて報告書を提出すること,②本件機構による返還請求について,解決までの期限,方法などを明らかにし,速やかに対応すること,③法人運営の改善結果を同年5月2日までに報告することを求めた。これに対して,控訴人は,同年4月6日付けの「改善命令書に対する報告書」(乙8),同月26日付けの「改善命令書に対する報告までの計画書」(乙9)及び同年5月2日付けの「改善報告書」(乙10)と,第三者委員会作成の同年4月30日付けの「報告書」(乙11)をそれぞれ提出した(同8頁12行目以下参照)。
そして,同年6月29日の控訴人に対する本件聴聞(原判決9頁6行目参照)を経た上で,東京都知事は,提出された改善報告書によっては本件改善命令の指摘事項に対する改善が認められず,このことは法43条1項所定の「前条の命令に違反した場合であって他の方法により監督の目的を達することができないとき」に該当するとして,同項に基づき,同年8月30日付けで控訴人の設立の認証を取り消した(本件処分)。
(2) 本件は,控訴人が,①本件改善命令等に忠実に従い,すべての面において改善策を講じてきたから,法令等に違反し,又はその運営が著しく適正を欠く事実はなく,改善命令にも違反しておらず,法43条1項所定の「前条の命令に違反した場合」に当たらないし,法42条所定の「その運営が著しく適正を欠くと認めるとき」にも当たらない(原判決20頁7行目以下),②東京都知事から説明を求められた事項について,不利な部分は認め,改善の方法も示しており,説明を求められた以上の事項をあらかじめ申告するなど,常に誠実に対応してきたから,法43条1項所定の「他の方法により監督の目的を達することができないとき」に当たらない(同28頁2行目以下),③法43条1項に該当することがあったとしても,本件処分は東京都知事の裁量権の逸脱濫用である(同頁末行以下),④「東京都における特定非営利活動促進法に基づく改善命令及び設立の認証の取消し処分に関する適用基準」(本件基準。同44頁25行目参照。乙22)のうち,法43条1項に基づく設立の認証を取り消す基準は,形式的な要件を定めるものにすぎず,具体性を欠き不明確であるから,行政手続法12条に違反する(同32頁15行目以下),⑤改善命令は具体的な事実を特定して改善点を指摘すべきところ,本件改善命令は具体性を欠くから,同法14条1項本文に違反し,また,本件処分も抽象的な理由が提示されているに止まるから,同項本文に違反する(同頁末行以下),⑥東京都知事は,本件機構からの情報を鵜呑みにして,控訴人の説明にそごがあると決めつけるなど,公正,公平を欠く調査をした(同34頁4行目以下)などと主張して,被控訴人に対し,本件処分の取消しを求めた事案である。
2 原審は,①本件改善命令に重大かつ明白な瑕疵があったとはいえない(原判決39頁16行目以下),②本件改善命令を受けて控訴人が提出した改善報告書(乙10)及び第三者委員会作成の報告書(乙11)は,いずれも「法人運営の実態を明らかにした」報告書に当たるとは認め難く,本件返還請求についても「解決までの期限,方法などを明らかにし,速やかに対応した」具体的な記述がなく,改善計画を掲げるに止まっているから,本件改善命令に従わなかったものと認めるのが相当である(同34頁21行目以下),③被控訴人のほかに控訴人及びその事業についての所管庁があるとは認められないことを考慮すると,「他の方法により監督の目的を達することができないとき」に該当するとした東京都知事の判断は相当である(同39頁23行目以下),④行政庁が行政手続法12条1項に基づく努力義務に応じて処分基準を定める行為と,行政庁が個別の法令の規定に基づき処分をすることとは別個の事柄であって,前者の行為内容により後者の処分が当然に違法となると解すべき根拠はない(同40頁末行以下),⑤本件処分に東京都知事の裁量権の逸脱濫用があったとは認められない(同41頁9行目以下),⑥本件処分に係る理由の提示は,行政手続法14条1項本文所定の要件を満たしており,不備はない(同頁24行目以下)などと判示して,本件処分の適法性を肯定し,本訴請求を棄却したので,控訴人がこれを不服として控訴し,原判決の取消しと本訴請求の認容を求めた。
3 本件における「関係法令等の定め」,「前提事実」及び「争点及び争点に関する当事者の主張の要点」は,原判決の「事実及び理由」中の第2の2ないし4において摘示するとおりであるから,これを引用する。
なお,当審においても,控訴人は,①本件処分は,法43条1項の要件を欠き,裁量権の範囲を逸脱濫用するものである,②本件処分は,行政手続法14条1項本文に違反する,③本件改善命令には重大かつ明白な瑕疵があると主張している。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人は本件改善命令に違反し,他の方法により監督の目的を達することができないものと認められ,また,本件処分が東京都知事の裁量権を逸脱濫用したものとは認められず,手続上の違法事由も認められないから,本件処分は適法であると判断する。その理由は,次項において,当審における控訴人の主張を踏まえた補充的な判断を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第3の1ないし5において認定判断するとおりであるから,これを引用する。
2(1) 法43条1項の要件等について
ア 本件改善命令は,まず,本件報告書の記載内容等に関するそごについて,真実を明らかにするために第三者委員会を立ち上げて,その十分な審議により,控訴人の「法人運営の実態を明らかにした」上で,改めて報告書の提出を求めるものである。確かに,本件改善命令は上記のそごに係る具体的な内容に言及しておらず,この命令自体から直ちに控訴人において報告すべき具体的内容が明確であったとはいえない。しかしながら,本件業務等報告命令(乙2)やこれを受けて控訴人が本件報告書(乙3)を提出したといった本件改善命令に至るまでの経緯及び内容等に照らすと,報告すべき事項が本件返還請求において「不正と認められた事項」,すなわち,バングラデシュにおける工事関係書類の偽造の有無や,そのように指摘されるに至った経緯,原因と,バングラデシュにおける業務運営や活動の実態等であり,また,それまでに法人運営に関与していない専門家による第三者委員会を立ち上げて報告するように指示されていたのであるから,自らの主張,説明を裏づける客観的な資料を提出して,第三者が納得できるような内容,程度の合理的な説明をすることが求められていたことは客観的に明らかであったというべきである。そして,このことは控訴人にとっても容易に認識が可能であったと解されるにもかかわらず,第三者委員会作成の報告書(乙11)には,この点に係る適切な記載がされていたとは認められないのである。
また,本件改善命令は,本件返還請求へ対処,解決に向けての具体的な方策の提示を求めるものであるところ,控訴人が提出した報告書(乙10)には,「汚名をはらすべく全力で解決にむけ取り組んでいます」などとする抽象的な記載があるに止まっている。この点について,控訴人は,本件機構に配分金を返還する義務がないと判断していたから,返還の期限等について報告する必要もなかったと主張するのであるが,本件改善命令は,「解決までの期限,方法などを明らかにし,速やかに対応すること」を求めていたのであるから,控訴人としては,これを放置せずに,現に存在する本件機構との紛争を解決するための期限等を具体的に報告すべきであったことは明らかである。
以上によれば,控訴人は本件改善命令に従わなかったものと解するのが相当である。
イ 東京都知事は,本件改善命令に先立ち,本件業務等報告命令を発しており,また,本件処分に先立って,本件聴聞の手続も行われているのであるから,その聴聞結果(乙13)や被控訴人以外に所管庁が存在しなかったことも考慮すると,「他の方法により監督の目的を達することができない」との判断が不合理なものとは認められない。
ウ また,控訴人は,被控訴人の処分基準である本件基準が形式的な要件を定めたものにすぎず,判断に当たって考慮すべき具体的な事実が不明であるから,行政手続法12条に違反すると主張する。処分基準を定めるに当たっては,不利益処分の性質内容に照らして,できる限り具体的なものとすべきことは当然である(同条2項)ものの,少なくとも本件基準の内容が同条の趣旨に反して,本件処分を違法とするほどの具体性を欠くものであったとは到底解することができない。
エ 以上によれば,控訴人には法43条1項所定の事由が認められ,これを理由に設立の認証を取り消すことが比例原則等に反すると認めるに足りる証拠もないから,本件処分に裁量権の逸脱濫用はないと判断するのが相当である。
(2) 行政手続法14条1項本文に違反するとの主張について
控訴人は,本件処分について,「指摘事項に対する改善が認められなかった」との抽象的な理由が付記されていたに止まるから,同項に反する重大な違法があると主張する。しかし,本件処分に係る理由としては,同項本文の要求する必要最小限度のものが提示されていると解するのが相当であることは原判決(41頁末行以下)も認定判断するとおりである。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
(3) 本件改善命令について
控訴人は,本件改善命令には重大かつ明白な瑕疵があるから,これを前提とする本件処分も違法であると主張する。しかし,本件改善命令に重大かつ明白な瑕疵があったと認められないことは,原判決(39頁16行目以下)も認定判断するとおりである。前述したとおり,本件改善命令は,「当該法人が提出した報告書及び添付資料について大きなそごがある」としつつ,その具体的な内容にまでは言及していないものの,控訴人は,報告すべき内容についての認識を欠いてはいなかったのである。また,本件機構は,領収書の偽造等の「不正と認められた事項」があったとして,控訴人に対し約4498万円の配分金の返還を求めていた(本件返還請求)のであり,本件業務等報告命令に対する報告においても,上記の点について合理的な説明がされていたとは解し難いことを考慮すると,「その運営が著しく適正を欠く」(法42条)とした判断が不合理なものであったともいえない。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
第4結論
以上によれば,控訴人の本訴請求には理由がないから,これを棄却すべきところ,これと同旨の原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥田隆文 裁判官 渡邉弘 裁判官 齊藤顕)