大判例

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東京高等裁判所 平成26年(行コ)76号 判決 2014年6月26日

主文

1  原判決主文第1項を取り消す。

2  被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨等

主文と同旨

第2事案の概要等(略称は、当判決で付するほかは、原判決に従う。)

1  本件は、被控訴人が、横浜市空き缶等及び吸い殻等の散乱の防止等に関する条例(本件条例)11条の2第1項に基づき横浜市長(市長)が指定した喫煙禁止地区内で喫煙をしたことで、控訴人の美化推進員(推進員)から、本件条例11条の3(喫煙の禁止)に違反することを告知され、市長から本件条例30条に基づき2000円の過料に処する処分(本件処分)を受けたことにつき、市長に対して異議申立てをしたが棄却され、さらに、神奈川県知事に対して審査請求をしたが、これを棄却する旨の裁決(本件裁決)を受けたところ、推進員に違反を告知された場所(本件違反場所)に至る道路には、本件違反場所が喫煙禁止地区に指定されていることを容易に認識できるような標識等がなかったにもかかわらず、市長が本件処分を行ったことは違法であるなどと主張して、控訴人に対し、本件処分の取消しと第1審被告神奈川県(以下「県」という。)に対し本件裁決の取消しを求めた事案である。

原判決は、被控訴人の控訴人に対する本件処分の取消請求を認容し、県に対する本件裁決の取消請求を棄却したところ、控訴人がこれを不服として控訴した。

2  前提事実、条例等の定め、争点及び当事者双方の主張は、次のとおり加え、後記3のとおり付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の第2の2ないし4の(1)、(2)に記載のとおり(ただし、「原告」を「被控訴人」と、「被告市」を「控訴人」と、それぞれ読み替える。以下原判決引用部分について同じである。)であるから、これらを引用する。

原判決3頁23行目末尾に改行の上、次のとおり加える。

「(5) 平成14年に健康増進法が制定され、同法25条では、学校等の多数の者が利用する施設を管理する者は受動喫煙を防止するために必要な措置を講ずるように努めなければならないと規定し、同法に関し、たばこの規制に関する国際条約の発効といった受動喫煙を取り巻く環境の変化や平成21年3月に「受動喫煙防止対策の在り方に関する検討会報告書」がとりまとめられたことを受けて、平成22年2月25日付けで、厚生労働省健康局長から、都道府県知事、保健所設置市及び特別区長に対し、受動喫煙防止のための積極的な取組みを促す通知が出されている(乙7)。

県は、同法を受けて、不特定または多数の人が出入りすることができる空間を有する施設において、受動喫煙を防止するためのルールを定めた「神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例」を制定し、同年4月1日から施行している(乙8)。

(6) 灰皿のない路上での喫煙行為は、吸い殻のポイ捨て、火傷や服の焼け焦げ等の原因になることが指摘されている。殊に身長の低い子どもは、たばこを持つ手の高さに顔が近いことから火傷等の危険が高く、平成6年1月9日にJR東日本船橋駅構内において、歩行喫煙していた男性のたばこの火が幼女の瞼に当たり、緊急搬送されるという事件が発生して以来、その危険性が広く知られるようになった。また、日本小児科学会、日本小児科医会及び日本小児保健協会は、平成17年12月6日に「子どものための無煙社会推進宣言」を採択し、「路上禁煙地域の拡大を推進する」ことを表明している(乙9、10)。

(7) 被控訴人が居住する立川市も「安全で快適な生活環境を確保するための喫煙制限条例」を制定しており、罰則こそ置いていないものの、「何人も、歩行喫煙及びたばこのポイ捨てをしてはならない。」と定め、立川市全域を歩行喫煙の禁止区域としている(同条例5条1項、乙22)。」

3  当審における当事者の主張

(1)  控訴人

ア 主観的責任要件の要否

秩序罰は、行政上の秩序に障害を与える危険がある義務違反に対して科される金銭的制裁をいうところ、本件条例30条に基づく過料処分は、本件条例11条の3が禁止する喫煙禁止地区における喫煙という秩序違反行為に対して科される金銭的制裁であるから、行政上の秩序罰にあたる。

秩序罰は刑罰ではないので、刑法総則の適用はなく、主観的責任要件は不要であり、その旨の裁判例も存する。秩序罰に主観的責任要件を必要とすれば、違反者が違反行為に該当することを過失なくして知らなかったと弁明すれば過料の制裁を免れることになり、ほとんどの場合、罰を科することができなくなって行政秩序の維持に著しい支障が生ずる。

普通地方公共団体が、条例によって、条例に違反した者に対して科することができる過料の金額は5万円以下に限られており、本件条例30条に基づく過料の金額も2000円と高額なものではない。過料の金額が軽微であることは、行政上の秩序罰が軽微な義務違反を想定していることと相応しているのであり、違反者の過失が要求されるものではない。

本件条例違反に主観的責任要件の具備を要求した場合、その主観的責任要件の立証を確実なものとするためや現場における過料徴収業務を円滑なものとするために、嘱託職員の人員も大幅な増員を余儀なくされ、コストもかかり、過料金額が軽微なことからも、制度を継続維持していくことが困難となる。

イ 被控訴人の過失

本件条例30条に基づく過料処分を科すに当たり、違反者に過失があることを要するとしても、以下の事情に照らせば、被控訴人には、本件喫煙場所が喫煙禁止地区であることを知らなかったことに過失が認められる。

(ア) 喫煙禁止地区を示す路面表示が適切に設置されていた

本件処分当日、被控訴人が通行したパルナード南側から道路を北上し、パルナードと交わる交差点で横浜駅方面へ右折するルートにおいては、交差点の角に喫煙禁止地区を示す路面表示が近接した距離に並べて2枚設置され、喫煙禁止地区に進入する直前に進行方向が喫煙禁止地区であることを確認することができる。被控訴人が通常人の注意をもって本件違反場所を通行していれば、容易に路上喫煙禁止の表示及び標識を発見し、本件違反場所において路上喫煙が禁止されていることを認識することが可能な状況にあったものであり、それにもかかわらず路上喫煙が禁止されていることを知らなかったとする被控訴人には明らかに過失がある。

控訴人の設置した路面表示は、白地の円形シートに赤色の円の中に黒色でたばこが描かれた上に、赤色で禁止を意味する斜線が描かれており、白色、黒色、赤色のコントラストで、当該路面表示の直上を通過する者が一瞥して喫煙禁止を意味することを容易に理解することができる。

控訴人が喫煙禁止地区に指定している地域には、「景観条例に基づく都市景観協議地区」が含まれているが、「景観条例に基づく都市景観協議地区」では、屋外の設置物の色使い等にも制限を設けるなど街の美観への配慮が強く求められ、喫煙禁止地区の表示は、控訴人の市内全域で共通して用いられるため、「景観条例に基づく都市景観協議地区」の美観にも適合するものである必要がある。控訴人の設置する喫煙禁止の路面表示の色使いは、美観への配慮と視認しやすさの調和を図ったものであり、路面表示の大きさは、路面表示が大きいと歩行者が滑るおそれがあるという点も考慮した上で決定されたものである。

控訴人は、複数の路面表示を近接した距離で並べて設置したり、1つの地区内に設置する表示の数を多くするなど、喫煙禁止地区内を通行する者が喫煙禁止地区であることを理解しやすくするための工夫を凝らしている。

路面表示に過料の制裁があるとの記載がなくとも、本件違反場所が喫煙禁止地区であることが理解できる状態にあれば、当該場所を通行する者に違反事実を認識させるに十分である上、過料の制裁を科す旨の文言を成人の目線の高さから判読可能な大きさで記載するには相当に大きな表示を必要とすることになり、街の美観との調和を損なうおそれが否定できない。

(イ) 喫煙禁止地区を示す標識が適切に設置されていた

喫煙禁止を示す標識は、被控訴人が進行していたパルナード南側の歩道上からも認識できるものであり、被控訴人の進路前方にも標識が設定され、被控訴人は、容易にその標識の表示内容を認識することができる状態にあった。

(ウ) 喫煙者である被控訴人は、喫煙禁止地区であることを予見しえた

全国に20ある政令指定都市のうち仙台市を除く19都市、及び東京都内の23の特別区すべてで、多数の人が往来する屋外の場において、路上喫煙は危険かつ他者の健康を蝕む迷惑行為であって規制されるべきものとの認識が広く周知されている。かかる社会状況に照らすと、政令指定都市の中でも最も人口の多い都市である控訴人の市内であり、かつ人通りの多い駅前付近の地区である以上、通常の喫煙者であれば、路上喫煙の危険性を認識し、喫煙禁止地区に該当する可能性が高いことは当然に予見しうる。被控訴人は、市内全域が歩行喫煙の禁止区域とされている立川市に居住しているのであるから、路上喫煙が禁止されている地区に該当するかどうかを確認すべき注意義務を怠った。漫然と喫煙行為を継続した被控訴人には明白な過失が存する。

(2)  被控訴人

ア 主観的責任要件の要否

(ア) 責任主義は、憲法上の原則であり、刑罰だけでなく、その他の行政制裁にも妥当すべきである。行為者を全く非難できない場合にまで制裁を科すべきではない。

行政刑罰と行政上の秩序罰は、過去の行政上の義務違反に対する制裁、その威嚇によって違反行為を抑止する機能を期待されている点で共通している。制度上は明確な区別があるものの、実質的に両者の区別は不明確であって、行政刑罰に主観的責任要件を必要とするのであれば、秩序罰にも責任主義の適用がある。主観的責任要件を具備していないのに秩序罰を科すことは明らかに違憲である。

義務違反事実を知らないことにつき無過失の場合にも処罰されるならば、国民は違反防止の努力を無意味と考えるに至り、かえって処罰の目的を達することができなくなる。主観的責任要件を要求することによって、秩序罰による抑止効果も高まる。

(イ) 本件条例が、控訴人に対し、事業者や市民等に対して喫煙に関しての意識の啓発を図ることによって、本件条例の目的を達成しようとしていることからすると、控訴人には、告示によって具体的な喫煙禁止地区を指定するだけではなく、標識や看板等で喫煙禁止地区であることを周知徹底し、意識の啓蒙を図ることが求められている。また、本件条例制定前後でも、控訴人においては、市外からの来訪者や外国人にどのように周知徹底するかを議論し、路上喫煙禁止地区であることを気づかずに喫煙した者にまで制裁を科すことがないよう、標識や看板等で路上喫煙禁止地区であることを周知徹底することを議論してきた。本件条例の秩序罰に主観的責任要件を科しても特段不都合ではない。

(ウ) 控訴人としては、歩行者にわかりやすく、容易に認識できる路面表示や標識を設置する等の方法により、違反者が知らなかったとは言い逃れできない程度に喫煙禁止地区であることを周知徹底しておけば足りる。それを怠った控訴人の怠慢を棚に上げて、被控訴人に謂われのない行政制裁を科すようなことになれば、控訴人の怠慢を助長するだけである。

本件条例違反に主観的責任要件の具備を必要としたとしても、本件の行政目的を達成することは十分に可能である。

イ 比例原則

権利・自由の規制は、社会公共の障害を除去するために必要最小限度にとどまらなければならないとする比例原則は、法の一般原則として、行政制裁においても当然要求される。

路上喫煙禁止地区内において喫煙をしている違反者に対し、その場でたばこの火を消すこと、吸い殻を携帯灰皿等に廃棄することを注意指導すれば、本件条例1条の目的を達することは十分に可能であり、本件条例の立法趣旨も比例原則に適った運用をすることが前提となっていることは明らかである。行政上の秩序罰として過料処分を科すのは、かかる注意、指導に従わない者に限定し、謙抑的に運用することこそ、比例原則にも適う。

ウ 被控訴人の無過失

被控訴人は、控訴人が設置した路面表示の直上を通過していない。路面表示には喫煙に関して過料の制裁があるとの記載もない。

本件喫煙禁止地区に入る前に表示物は設置されておらず、本件違反場所付近の路面表示及び標識を歩行者が認識することが困難であったことは、控訴人の上級処分庁である県が本件裁決において、行政不服審査法29条の規定に基づき、職権で現地の検証を行った結果でも述べられている。控訴人の予算委員会においても路面表示の見やすさに疑問が持たれ、問題提起がされている。

本件違反場所は、「景観条例に基づく都市景観協議地区」ではないのだから、街の美観への配慮が喫煙禁止地区であることを周知徹底するため十分な措置を講じない正当な理由にはなり得ない。

被控訴人は、右折して路上喫煙禁止地区であるパルナードに立ち入る際、死角となっている右側から来る人とぶつからないよう注意してパルナードに進入したのであって、そのような状況の中、被控訴人が進入路の左下に貼られている約30センチメートルほどの路面表示を確認することはおよそ不可能である。路面表示や歩道上の標識を確認することにより、その道路が喫煙禁止地区であったと認識することは事実上不可能だった。

路上喫煙の禁止につき、法律や全国共通の条例があるわけではなく、路上喫煙に関する条例を制定している地方公共団体においてもその規制内容及び運用はまちまちで一律ではない。控訴人も市内全域を路上喫煙禁止にしているのではなく、市内のうちでも市長の指定するごく限られた区域のみを路上喫煙禁止区域として違反者に過料を科しているのであって、その区域は極めて限定的である。

横浜駅周辺地区は、他の地域に比べて、喫煙禁止地区指定後も路上喫煙の減少は、最初の1年を除いてはほぼ横ばいであり、近年になって再度、右肩上がりに増加している。本件違反場所は、特に市外からの来訪者が多い地域であるにもかかわらず、周知徹底が不十分で、表示物が確認しにくい状態にあることが挙げられている。被控訴人のような市外からの来訪者に対する周知徹底が不十分であることは明白である。

被控訴人は、パルナードが路上喫煙禁止地区であることを知る機会すら与えられないまま、同地区に進入するのとほぼ同時に推進員に声を掛けられ、過料処分の対象になることを告知されたのであって、本件違反場所が喫煙禁止地区であることを確認することなど不可能であった。

上記のとおり、被控訴人には、本件違反場所を路上喫煙禁止地区と認識しなかったことに過失はない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は、被控訴人の本訴請求には理由がないから棄却するべきものであると判断する。その理由は、次のとおり補正し、後記2のとおり付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の第3の1ないし3に記載のとおりであるから、これらを引用する。

(1)  原判決8頁20行目の「9、」の次に「15、」を、同頁21行目の「3」の次に、「、15ないし18、21、23の1及び2」を、同頁24行目の「5」の次に「、15」をそれぞれ加える。

(2)  原判決8頁24行目の「が、」から同頁25行目の「(甲8、乙3)」までを削除する。

(3)  原判決9頁7行目の「道路」の次に「(被控訴人がパルナードに進入するまで歩行していた道路)」を加える。

(4)  原判決9頁26行目の「仮に」から同10頁5行目「よって、」までを「本件条例は、喫煙禁止地区内での喫煙を禁止した上、さらに、過料という財産上の不利益を違反者に科すことで、路上喫煙を防止し、快適な都市環境を確保するという目的を達成するためのものであり、その主眼が注意喚起をして路上喫煙をさせないことにあることは明らかである。したがって、注意喚起が十分にされていない状態で喫煙する者がいたとしても、それに制裁を科すことは本件条例の趣旨を逸脱するものというべきであり、当該喫煙者が、通常必要な注意をしても路上喫煙禁止地区であることを認識しえなかった場合、すなわち、路上喫煙禁止地区と認識しなかったことについて過失がなかった場合には、注意喚起が十分にされていなかったことになるから、過料の制裁を科すことはできないと解すべきである。本件条例の過料処分が、本来違法行為とされていない喫煙行為をあえて禁止し、その違反に対する制裁という性質を有することからしても、違反者に非難可能性がない場合にまで過料の制裁を科すのは相当でなく、」に改める。

(5)  原判決11頁3行目の「控訴人は」から同12頁5行目末尾までを次のとおり改める。

「前記認定事実(3)によれば、本件違反場所付近には、路面表示が2箇所、看板が1個存在したことが認められる。2箇所の路面表示は、直径約30センチメートルで、被控訴人がパルナードへ進入した方向から交差点東側歩道上に2枚近接して設置されており、いずれも白地の円形のシートに赤色の円が2本あり、内側の赤色の円は外側の円より線が太く、その中には黒色でたばこが描かれた上に、赤色で禁止を意味する斜線が描かれている(甲15、乙3、16、23の1及び2)。前記認定(原判決補正部分)のとおり、我が国では、平成14年の健康増進法の制定、平成22年の厚生労働省健康局長通知などによって、地方公共団体において、受動喫煙防止のための積極的な取り組みが行われるようになり、神奈川県内の地方公共団体でも路上喫煙規制条例を制定している市町は15市町、過料または罰則付き路上喫煙規制条例を制定している市町は9市町あり(乙11)、被控訴人が居住する立川市においてもJR立川駅を中心とした半径250メートルの範囲内で一切の路上喫煙が禁止される(甲19)など、受動喫煙防止のための路上喫煙規制の条例制定などの取組みは、地方公共団体において次第に拡大してきたと認められ、路上喫煙禁止の表示としては、控訴人の場合と同様に、路面表示がされることが一般的となっている(甲15、19、弁論の全趣旨)。被控訴人自身、路上喫煙禁止の条例制定までは時代の趨勢であり、喫煙場所が制限されることは喫煙者の誰もが普段から認識しているのが現状であることを認めている(甲18)。このような状況に照らすと、あえて路上で喫煙する場合には、その場所が喫煙禁止か否かについて、路面表示も含めて十分に注意して確認する義務があるというべきである。本件において、路上で歩行喫煙をしていた被控訴人がパルナードに進入する交差点にさしかかった際、路面表示をも十分に注意して路上喫煙禁止か否かを確認すべきであり、その注意を怠らなければ、路上喫煙禁止であることを認識することが十分に可能であったと認められるから、被控訴人には過失があったといわざるを得ない。

本件裁決の裁決書(甲8)では、路面表示の規格が小さく、歩行者が本件喫煙禁止地区内を歩行等する場合に、路面表示を容易に認識することは困難とされているが、上記証拠(甲15、乙2、3、16、23の1及び2)に照らして相当といえないし、あえて路上で喫煙する者の注意義務に鑑みると、この程度の表示でも不十分とはいえない。また、被控訴人は、右折して路上喫煙禁止地区であるパルナードに立ち入る際、死角となっている右側から来る人とぶつからないよう注意してパルナードに進入したのであって、路面表示を確認することはおよそ不可能であったなどと主張するが、被控訴人がパルナードに進入した付近は、パルナードの西端であってそれほど混雑していない場所であり、路面表示について、歩行者等の障害物がなければ4ないし5メートル手前で認識することが可能であることは被控訴人自身が認めている(甲3、9)から、上記被控訴人の主張を採用することはできない。さらに、被控訴人は、パルナードに進入するのとほぼ同時に推進員から告知を受けた旨主張し、被控訴人の陳述書(甲18)には、パルナードに入って右折した後、4ないし5メートル先で告知されたとの記載があるが、仮にそうだとしても、パルナード進入時の交差点の路面表示を見落とした過失により路上喫煙をしたことは否めない。

したがって、被控訴人には、パルナードに進入するに当たって路面表示により路上喫煙禁止場所であることを認識すべきであったのにこれを見落とした過失があり、被控訴人は、過失によって本件条例11条の3に違反した者というべきであるから、控訴人が被控訴人に対して、本件条例30条に基づく過料処分を科した本件処分は適法である。」

2  当事者の主張について

(1)  主観的責任要件の要否について

本件条例30条に基づく過料処分が本来違法行為とされていない喫煙行為をあえて制限し、その違反に対する行政上の秩序罰としての性質を有するもので、本件条例11条の3違反について少なくとも過失が必要であることは上記説示(原判決引用及び補正部分)のとおりである。

もとより、秩序罰は刑罰ではないから刑法総則の適用はないものの、本件条例に基づく過料処分は、上記のような制裁の性質を有するから、刑法総則の適用がないことが直ちに主観的責任要件を不要とすることに結びつくものではない。本件条例に基づく過料処分に主観的責任要件を必要とすることによって、違反者の弁明によりほとんど過料処分を科することができなくなるとはいえないし、仮にそのような状態になるとすれば、控訴人による喫煙禁止の周知徹底が不十分であったことになるから、むしろ控訴人の責任というべきである。

本件条例30条の過料の金額は2000円以下であるが、この金額が高額なものとはいえないとしても、本件条例に基づく過料処分が喫煙の禁止に対する行政上の制裁である以上、その金額如何は主観的責任要件を不要とする事情に該当しない。

控訴人は、過失を立証するためには推進員の増員等の費用がかかり、過料の金額が軽微であることが制度の継続維持を困難にすると主張するが、一定の場所では喫煙をさせないという本件条例の趣旨からすれば、喫煙禁止の周知徹底、喫煙者への注意喚起に費用をかけるのは当然であり、それが十分であれば自ずと過失の立証は容易になるのであるから、本件条例に基づく過料処分に主観的責任を要件とすることにより不要な出費を招き、制度の継続維持が困難になるとはいえない。

なお、控訴人が指摘する裁判例は、本件とは事案や根拠法令を異にするものであり、上記説示を左右するものとはいえない。

以上のとおり、本件条例30条に基づく過料処分を科すに際し、客観的違反事実があれば主観的責任要件は不要であるとの控訴人の主張を採用することはできない。

(2)  比例原則について

本件条例30条に定める過料処分を科すのに主観的責任要件を必要とすることは上記説示のとおりであり、これに過料の金額が2000円以下であることや、路上喫煙に対する規制の動向等を併せ考えると、過料処分を科す対象者を喫煙禁止の注意・指導に従わない者に限定することなく、路上喫煙禁止に違反した者一般を対象とすることが比例原則に違反しているとまではいえないから、被控訴人の主張を採用することはできない。

(3)  被控訴人の過失について

本件処分に係る被控訴人の喫煙行為について被控訴人に過失があったことは、被控訴人の当審における主張に対する判断も含めて、前記説示(原判決補正部分)のとおりである。

被控訴人は、その他にも、路面表示には過料の制裁の記載がなかったとか、路上喫煙に対する規制が一律でないなどと、過失を否定する事情をるる主張するが、これらを考慮しても、上記説示を覆すことはできない。

第4結論

よって、被控訴人の請求は理由がないからこれを棄却すべきところ、これを認容した原判決は失当であり、本件控訴には理由があるから、原判決主文第1項を取り消した上、被控訴人の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田村幸一 裁判官 小野洋一 西森政一)

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