東京高等裁判所 平成27年(う)1068号 判決 2015年10月08日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役3年4月に処する。
原審における未決勾留日数中200日をその刑に算入する。
押収してある覚せい剤4袋(当庁平成27年押第90号符号2から5まで)を没収する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人村田良介作成の控訴趣意書に記載されたとおりであるから,これを引用する。
第1 控訴趣意のうち,原判示第1の事実誤認の主張について
1 論旨は,要するに,被告人が自ら覚せい剤を使用した事実はないのに,覚せい剤の自己使用の罪を認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある,というのである。
そこで,記録を調査し検討する。
原判決は,罪となるべき事実として,被告人は,第1 平成25年6月上旬頃から同月18日までの間に,東京都内,千葉県内又はその周辺において,覚せい剤を自己の身体に摂取し,もって覚せい剤を使用した,という事実を認定している。
原判決は,平成25年6月18日に任意提出された被告人の尿から覚せい剤の成分が検出されたことを指摘し,この事実を前提とすると特段の事情がない限り,被告人は自らの意思によって覚せい剤を使用したものと推認でき,本件では特段の事情も認められないとして,前記覚せい剤自己使用の事実を認定している。
以上のような原判決の指摘並びに推認過程及びその結果は,いずれも正当であり,原判示第1の覚せい剤自己使用の事実を認めた原判断には,経験則等に照らし,不合理な点は認められない。
2 所論は,被告人の原審公判供述を前提として,性交渉の際,女性が陰部に覚せい剤入りのローションを塗り,被告人が,女性の陰部を相当程度なめるなどした過程で,被告人の知らぬ間に覚せい剤が体内に摂取された可能性がある,という。
しかしながら,女性と性交渉の際,女性使用のローションに覚せい剤が含まれているのに,覚せい剤使用経験のある被告人がその時点ではそのことに気付かないでかなりの時間・回数なめたという被告人の原審公判供述は,それ自体不自然で信用し難い。また,原判決が説示するとおり,覚せい剤を使用した者の尿を飲んだ場合,飲んだ者から覚せい剤の成分が検出されるには,48時間以内であれば,1ℓから3.5ℓくらいの尿を飲む必要があるとされている。女性の尿を少し飲んだという被告人の原審公判供述を前提としても,それが原因で被告人から覚せい剤の成分が検出されたとみることはできない。
そもそも,(第1回目の性交渉後に)女性が覚せい剤を使用したと確信していたというのに,その点を女性に全く確認せず,また,刑罰を科されるか否かという局面であるにもかかわらず,迷惑をかけるので女性の名前をいうことができないという被告人の原審公判供述は不自然であると指摘した上で,被告人から覚せい剤の成分が検出されたのは,覚せい剤入りのローションをなめたり,女性の尿を飲んだりしたことが原因であるとの被告人の弁解は採用できないとした原判決の説示に誤りはない。
原判示第1の事実誤認の論旨は理由がない。
第2 控訴趣意のうち,原判示第2及び第3の各事実に関する訴訟手続の法令違反の主張について
1 原判決は,罪となるべき事実として,被告人は,第2 法定の除外事由がないのに,平成26年6月上旬頃から同月17日までの間に,日本国内のいずれかの場所において,覚せい剤を自己の身体に摂取し,もって覚せい剤を使用し,第3 みだりに,同日,東京都板橋区の路上において,覚せい剤約6.134gを所持した,という事実を認定している。
論旨は,①警察官は,被告人に対する職務質問開始後,約2時間40分という長時間,令状がないにもかかわらず,被告人の移動の自由を制約し,とめ置き,更にその過程において,任意捜査の限界を超える有形力を行使した,②警察官は,被告人の乗ったタクシーに高速道路を走行させないように,パトカーでその進路を封鎖し,進路妨害した,③これらは,令状主義の精神を没却する重大な違法であり,それに引き続きなされた採尿手続等も違法であって,原判示第2の事実に関する被告人の尿の鑑定書(原審甲3)等,原判示第3の事実に関する覚せい剤の鑑定書(原審甲12,15),押収してある覚せい剤4袋(当庁平成27年押第90号符号2から5まで)等は,いずれも違法収集証拠として証拠能力を否定されるべきであるのに,証拠能力を認めた上で,被告人の覚せい剤使用及び所持の事実を認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。
そこで検討する。
2 論旨に鑑み,職務質問開始後のとめ置きや有形力の行使等が問題となる時点及びタクシーの進路妨害が問題となる時点における事実経過を,原判決が認定したところを要約し,若干補足して摘示すると,次のとおりである。
(1)まず,被告人の移動経路をみると,被告人は,①埼玉県川口市内の西川口駅西口付近での職務質問開始後,②同市西川口1丁目22番8号質ディスカウントエチゴヤ(以下「エチゴヤ」という。)前付近,③同市西川口1丁目23番3号ローソン西川口店(以下「ローソン」という。),④西川口駅前のロータリー(以下「駅前ロータリー」という。)に順次警察官らと共に移動している。
途中,ローソン前付近において,被告人からの電話連絡によって臨場した弁護士荒金真行(以下「荒金弁護士」という。)と合流し,被告人及び荒金弁護士は,駅前ロータリーからタクシー(以下「本件タクシー」という。)に乗車し,同所を東京に向けて出発したが,パトカーが追従し,⑤東京都板橋区本町38番7号先路上(以下「本件停止場所」という。)で停止した。その後,同所付近で捜索差押許可状に基づき,被告人に対する捜索差押えが実施され,本件覚せい剤の一部が発見され,差し押さえられた。
(2)次に各場所における時刻を見ると,西川口駅付近での職務質問開始が,平成26年6月17日午後7時7分頃(以下,同日の場合,年月日の記載を省略し,時刻のみ記載する。),エチゴヤ前からローソンに向けて移動を開始したのが午後7時25分頃,荒金弁護士の臨場が午後9時27分頃,ローソン前から駅前ロータリーに向けての移動開始が午後9時46分頃,本件タクシーへの乗車及び発車が午後9時50分頃,本件停止場所における本件タクシーの停止が午後10時10分頃である。
(3)エチゴヤ前付近での状況
警察官A(以下「A警察官」という。)らは,被告人に氏名を尋ねたり,バッグ内の所持品の確認を求めたりしたが,拒否された。被告人は,警察官らの脇をすり抜けようとし,車道を横断したり,これまでの進行方向と逆方向に進むなどし,A警察官らは,被告人の肩に手をかけたり,両手を広げて立ちはだかるなどしたが,その際,A警察官らと被告人とがぶつかり,A警察官らは被告人の身体等に手をかけて被告人を元いた側に押し返すなどした。
また,捜査報告書(原審甲37)では,遠方の防犯カメラからの映像で,判然としないものの,被告人が車道を大きく左右に移動するのに伴い,常に警察官複数がその周囲にいて,被告人ともみ合うようにして動いている様子が撮影されており,移動しようとする被告人を押しとどめようと,警察官らが,被告人の身体を押すなり,被告人の着衣をつかむなりし,被告人が車道上を移動する程度の力を加えたものと表現するのが自然な状況があったものと認められる。
(4)ローソン前から駅前ロータリーまでの間の状況
荒金弁護士がローソン前に臨場し(なお,同弁護士は,名刺を渡し,バッジを見せ,登録番号を伝え,身分を明らかにしている。),A警察官は,荒金弁護士に対し,状況を説明したが,荒金弁護士は,被告人と2人で話し合った後,A警察官に対し,任意なのでこのまま行かせてほしいと言い,被告人と共にその場を立ち去ろうとした。A警察官らは,荒金弁護士らに裁判所に令状請求中であることを伝えた上で,その場にとどまるように求めたが,荒金弁護士は被告人と共に帰る旨を明確に伝えたため,A警察官は,我々に行き先を告げて,タクシーを利用してくださいなどと述べ,荒金弁護士もタクシーの利用を了承し,弁護士事務所に行く旨を告げた。
被告人と荒金弁護士は,近くに停車していたタクシーに乗ろうとしたが,同車が走り去ってしまったため,ローソン前付近から駅前ロータリーに移動を開始した。移動時,警察官3,4人が被告人及び荒金弁護士を囲むようにし,少なくとも20人近い警察官が2人に追従した。
被告人は,タクシーに乗るために移動していたとき,周囲の警察官と接触したか,あるいは警察官から制止された際に体勢を崩し,両手両膝を地面に付く形となった(具体的にどのような状況であったかは,後に検討する。)。また,捜査報告書(原審甲41)によれば,被告人と思われる者が痛みを訴える声を上げている場面も存在する。
若干補足すると,被告人が携帯電話機で録音していた当時の状況の音声(原審甲41のうちの音声のみのDVD-R)によれば,背景の音から相当混乱していると推察される状況の中で,被告人が「痛い。」「やめて。離して。」「なんでそうやってつかむの。やめて。痛い。」などと何回も大声で叫んでいることが認められ,原判決が指摘する被告人の痛みを訴える声とは,このような声をいうものと解される。
(5)本件停止場所における状況
警察官B(以下「B警察官」という。)は,強制手続を取ることとし,午後7時22分頃,職務質問の現場から川口警察署に向かい,午後7時35分頃から,被告人の着衣,所持品及び尿に対する捜索差押許可状の請求のため,職務質問時の状況を記載した捜査報告書を作成し,午後8時30分ないし40分頃,請求の準備を終え,午後9時2分頃,覚せい剤取締法違反の嫌疑に基づき,さいたま簡易裁判所裁判官に捜索差押許可状の発付を請求し,覚せい剤取締法違反被疑事件につき,被告人の着衣,所持品及び尿について,捜索差押許可状の発付を受け,午後9時56分頃,これを受け取っていた。パトカーで本件タクシーに追従していたA警察官は,午後10時10分頃,本件タクシーが首都高速入口に進むレーンに近付いたことから,令状執行に当たり,駐停車禁止の高速道路では令状が執行できず,仮に車を止めるとなると危険であると考え,本件タクシーに停止を求めた。本件タクシーは,これに従って,本件停止場所に停止した。その際,パトカー1台が本件タクシーの前方に,その両脇にパトカー各1台が停車し,本件タクシーをパトカー3台で囲んだ。
A警察官は,一般道を走行するように説得し,被告人及び荒金弁護士が応じたことから,午後10時15分頃,本件タクシーの前方に停車していたパトカーが移動し,本件タクシーの進行が可能な状態となった。その頃,本件捜索差押許可状を携帯したB警察官がパトカーで同所に到着した。
(6)以上の事実経過は,関係各証拠,とりわけ当時の状況を撮影した録画映像や録音した音声に沿うものであり,原判決の認定に誤りはない。
3 所論について
所論は,前記2の事実経過を踏まえた上で,主として次の2点を指摘する。
すなわち,1点目は,エチゴヤ前付近での出来事及びローソン前から駅前ロータリーまでの間の出来事についてである。所論は,原判決も警察官が被告人の着衣をつかんだことや被告人が車道を移動する程度の力を加えたことは認めており,また,被告人が痛みを訴えた場面があり,かつ,荒金弁護士の原審公判供述によれば,被告人は転倒したこともあったわけであるが,このような有形力の行使が,任意捜査の限界を超えていたことは明らかというべきである,という。
2点目は,本件停止場所における本件タクシーの進路封鎖の点に関してである。所論は,そもそも交通法規を遵守している以上,高速道路を走行するか一般道を走行するかは自由であるにもかかわらず,高速道路と一般道の選択に当たって,パトカーは,捜索差押許可状が持参されていないにもかかわらず,高速道路を走行させないように本件タクシーの進路を封鎖したものであって,このようなことは,任意捜査の限界を超え,違法な捜査というべきである,という。
4 エチゴヤ前付近における出来事に関する所論の検討
エチゴヤ前付近において,被告人は,A警察官らから,氏名を尋ねられたり,所持品検査を求められたが,いずれも拒否し,警察官らの脇をすり抜けようとし,車道を横断したり,これまでの進行方向と逆方向に進むなどしたとされている。このような被告人に対し,警察官が,職務質問を継続するため,被告人の肩に手をかけたり,両手を広げて立ちはだかるなどした行為は,職務質問を行うために停止を求める措置として許されるものであり,被告人とぶつかった際,その身体に手をかけて被告人を元いた側に押し返すなどした行為も,その延長上にある相当な有形力の行使といえるのであって,職務質問において許容される限度内の行為であるとした原判決の判断に誤りは認められない。
なお,原判決が指摘するとおり,捜査報告書(原審甲37)添付のDVD-Rの映像(防犯カメラ⑮による録画映像。ローソン方向からエチゴヤ方向を映すもの)によれば,遠目で判然としにくいものの,被告人が車道を大きく左から右に移動する際,警察官複数がその周囲にいて,被告人ともみ合うようにして動いている様子が撮影されている。原判決がいう被告人が車道上を移動する程度の力を加えたものと表現するのが自然な状況とは,この場面をいうものと解される。
所論は,このような有形力の行使は,任意捜査の限界を超えている,という。しかしながら,警察官が,交通指導のために被告人に声をかけたところ,静止に応じず,氏名も答えず,唇が乾いた状態で,頬がこけ,感情の起伏が激しいなど覚せい剤使用の特徴が見受けられた被告人に対し,職務質問を継続する必要があったことは明らかである。そして,エチゴヤ前付近は,歩行者や車が往来する歩道の区分のない道路である上,通行人等がいたことに照らすと,警察官が,職務質問を継続するに当たり,被告人や被告人以外の者の安全を確保するため,被告人をエチゴヤ前の道路脇の方に誘導した際,結果的に被告人に移動するような力が加わったとしても,やむを得ないといえるのであって,その際に被告人の着衣をつかむことがあった点を含め,職務質問において許容される限度内の行為といえるとした原判断に誤りがあるとはいえない。
5 ローソン前から駅前ロータリーまでの間の出来事に関する所論の検討
(1)原判決は,前記2(4)のとおり,被告人が,「痛みを訴える声」を上げていること,及び,「両手両膝を地面に付く形」となったことを認定している。
それらの状況を関係各証拠を踏まえて補足すると次のとおりである。
(2)まず,被告人の「痛みを訴える声」についてみると,前記原審甲41の被告人の携帯電話機で録音された音声によれば,被告人が,警察官に対し,つかむのをやめるように言ったり,つかまれるなどしたことに対して,痛いなどと何度も大声で叫んだりしており,荒金弁護士も警察官に対し,被告人に触らないように求めているが,なおもその後,被告人の「痛い」という声が発せられていることが認められる。
次に,被告人が「両手両膝を地面に付く形」になったことについてみると,被告人が転倒する状況は,防犯カメラ等の映像に映っておらず,A警察官も,午後7時30分頃に臨場し職務質問に加わった警察官Cも,原審公判に証人として出廷した際,被告人が転倒するところは見ていないと供述しているから,原判決は,荒金弁護士の原審公判供述によって,この事実を認定したものと解されるところである。
荒金弁護士は,原審公判において,タクシーに乗るために,ローソンの前から駅前ロータリーに向かう途中,自分は被告人を先導してその前を歩いていたが,「被告人が倒れてしまったんですけど,そのとき警察官,後ろにいて何かちょっと押したような感じになったとは思います。」「その他に,被告人が,『触らないで,押さないで下さい』と言っていた。私も『触らないで下さい,押さないで下さい』と言った。」(荒金弁護士の原審公判供述調書292丁),「振り返ったら被告人が前方に倒れるような形で転んでいて,両手両膝を地面に付いていた。」(同調書297,298丁),「(被告人が)『痛い』とか『押さないで』とか言ったと思う。それで,振り返ったら倒れてて,警察官に押されたような形で倒れたかなという認識ではいるんです。」(同調書301丁),などと供述している。このような荒金弁護士の原審公判供述に加え,前記原審甲41の被告人の携帯電話機で録音された音声に「やめて」「放して」「つかまないで」などの被告人の声が何回か入っていることに照らすと,被告人をその場から移動させまいとする警察官らとタクシーに乗るため警察官らを振り切って移動している被告人らとの間での相当混乱した状況の下で,警察官が後方から被告人の体に何らかの外力を加えた結果,被告人が前方に転倒して四つんばいになったとみるのが合理的である。
(3)以上を前提に,被告人の痛みを訴える声と転倒について検討する。
被告人は,職務質問に応じない姿勢を明確に示しており,臨場した荒金弁護士も,2時間以上職務質問が続いていると聞いて,これ以上,職務質問に応じる必要はないと判断し,被告人を連れて帰るため,ローソン前から駅前ロータリーに移動を開始したものである。他方で,警察官らは,その時点で,被告人に対する捜索差押許可状の請求中であったことから,令状が発付された場合の執行のしやすさを念頭において,被告人をその場にとどまらせようとしていたものである。したがって,この時点においては,被告人は,職務質問の対象から,覚せい剤取締法違反被疑事件の任意捜査の対象に移行していたというべきである。
そこで,警察官のとった行動が任意捜査として許されるかが問題となるところ,原判決は,被告人と思われる者が痛みを訴える声を上げている場面も存するが,現場が繁華街であり,人や車が多い場所であったこと,特にローソン付近では,野次馬が多数いた上,被告人を助けようとする人物やベンツ,車道を通行する自動車が存在し,混乱し,騒然となっている状況であることからすると,そういった間を縫って移動する被告人に対して意図せぬ力が加わってしまうことはあり得ると説示している。また,原判決は,被告人の転倒は,周囲の警察官と接触したか,あるいは警察官から制止された際,被告人が体勢を崩した結果によるもので,混乱し騒然となっていた状況下でのやむを得ない出来事との認定をしているものと解される。
しかしながら,被告人が明確に捜査への協力を拒否し,その場から立ち去る言動を取っていたことに加え,法律専門家である弁護士が,警察官に対して,令状がない以上,その場にとどまる理由がない旨明確に述べ,被告人と共に帰る意思を明示し,被告人と共にタクシーに乗るために,ローソン前から駅前ロータリーに向かって移動を始めたのである。警察官が,任意捜査の一環として,令状が到着するまでその場にとどまるように要請することや移動する被告人を追尾することは,もとより許されるが,強制的にその場にとどまらせることができないことは明らかである。そして,本件においては,荒金弁護士は,弁護士としての立場において,これ以上,この場にとどまることはできないと述べて,その要請を明確に断り,現に移動を開始することにより態度でも拒否の姿勢を示したのである。また,荒金弁護士は,警察官が被告人を押したり,つかんだりした際などに,やめるように警察官に述べている。弁護士がこのような態度を明確に示しているにもかかわらず,警察官が,それを無視する形で,移動を阻止するべく,被告人をつかむなど,被告人に「痛い」と言わしめるほどの有形力を行使し,さらには,後方から被告人を転倒させるほどの有形力を行使することは,もはや任意捜査の限界を超える違法なものといわざるを得ない。原判決は,混乱し,騒然となっている状況であったからとの理由で,移動する被告人に対して意図せぬ力が加わってしまうことはあり得るとして,違法とはいえないとするが,任意捜査に応じない旨を明確に表明し,警察官に対し,被告人をつかんだり触ったりする行為をやめるように述べる荒金弁護士の適法な要請を,無視する形で行われた違法捜査を是認するものであり,到底容認できない。
6 本件停止場所における出来事に関する所論の検討
所論は,捜索差押許可状が持参されていないにもかかわらず,高速道路を走行させないように本件タクシーの進路を封鎖したことは,任意捜査の限界を超え,違法な捜査である,という。
そこで検討すると,原判決は,この時点では,すでに捜索差押許可状が発付され,被告人の所在を確保する必要性が高まっているところ,パトカーが本件タクシーの進路を塞いだのは,高速道路上で本件タクシーを停止させ,被告人を確保し,捜索差押許可状を執行することには危険性が伴うことから,本件タクシーに一般道を進行させるためであり,被告人及び荒金弁護士が一般道を走行することを承諾した後は直ちに本件タクシー前方から移動し,数分という短時間でその進路を開けていることからすると,捜索差押許可状の執行のために必要な行為として許容される範囲内のものと考えられ,違法なものとはいえないと説示する。
確かに,本件のようにすでに捜索差押許可状が発付されている場合,その執行を見据えて一般道を走行するように要請するため,走行中の本件タクシーに停止を求めることは,任意捜査の範疇に属するものとして許されるというべきである。そして,本件タクシーの運転手は,任意に本件停止場所で停止している。
しかしながら,停止した本件タクシーの前方及び左右をパトカー3台で取り囲み,本件タクシーの進路を断って発進できない状態にしたことは,任意捜査の限界を超えている。
原判決は,高速道路上での捜索差押許可状の執行の危険性等を考慮すると捜索差押許可状の執行のために必要な行為として許容される範囲内にあるという。しかしながら,この時点では捜索差押許可状が発付されていたとはいえ,本件停止場所にいた警察官は当該捜索差押許可状を所持していなかったのである。しかも,荒金弁護士は,警察官に対し,令状を持ってくるように再三述べていたところ,本件停止場所でも令状がないことから,このような進路妨害が違法である旨抗議した上,本件タクシーの運転手に発進するよう依頼している。本件タクシーの運転手は,1mも空いてないから行けないですよなどと荒金弁護士に述べており,パトカーによる封鎖のため,本件タクシーの発進を断念せざるを得ない状況に追い込まれている(原審甲38)。パトカーで三方から挟み込んで本件タクシーを動けない状況にしたのは,捜索差押許可状の円滑な執行の必要性を考慮しても,任意捜査の限界を超えたものといわざるを得ない。
また,原判決は,許容される理由として,被告人及び荒金弁護士が一般道を走行することを承諾したことや,承諾後パトカーが直ちに本件タクシー前方から移動し,封鎖時間が数分という短時間であったことを挙げている。しかしながら,三方をパトカーに囲まれて発進できないような状況下において,警察官から一般道を使うならすぐにパトカーをどかせるなどと言われるなど,一般道を走行するように強く迫られた被告人や荒金弁護士が,任意かつ自由な意思決定に基づき一般道の走行を選択し,承諾したとは考えにくい。また,封鎖時間が短時間であったことは,違法性の程度の問題とはなっても,本件のような進路の封鎖が違法であるとの結論自体を左右するものではない。
以上によれば,パトカーが本件タクシーの進路を塞いだ点は,任意捜査の限界を超えた違法なものであるから,これを適法とする原判決の認定には誤りがある。
7 なお,所論は,荒金弁護士が臨場するまでに被告人がとめ置かれた時間は約2時間40分と長く,違法である,ともいう。
しかしながら,被告人は,その間に携帯電話で通話したり,店舗に入店して飲料を購入したり,煙草を吸ったり,移動したりしており,前記の違法の点を除くと,警察官が被告人の行動を不当に制約することもなかったから,とめ置きの時間をもって違法ということはできない。
8 弁護人の違法収集証拠排除の主張について
ローソン前から駅前ロータリーに至るまでの間に行われた被告人に痛いと言わしめるような警察官の有形力の行使,被告人を転倒させるような後方からの有形力の行使,さらには,本件停止場所における本件タクシーの進路封鎖が,いずれも違法であることは,すでに認定・説示したとおりである。
しかしながら,被告人に対する前記のような有形力の行使については,荒金弁護士がいるような状況下で,警察官が,被告人に危害を加えたり,転倒させたりする意図をもって行ったとは考え難く,被告人をその場から移動させまいとする余り,有形力の行使に行き過ぎがあったと考えるのが自然である。そして,警察官が,被告人をその場にとどめようとしたのは,令状請求中であったため,令状が発付された場合,その円滑な執行を考えてのことであり,令状主義を潜脱する意図はうかがわれない。そして,被告人は,転倒した際も自力で立ち上がっており,怪我をしたこともうかがわれない。そうすると,被告人に対する有形力の行使といっても,その力の強さや程度は,大きいものであったとまではいえない。
また,本件タクシーの進路封鎖については,その時間は,原判決が認定するように数分という短時間であった。しかも,進路を塞いだ理由は,すでに令状が発付されていたため,その円滑な執行を図るためであり,高速道路を進行されると,令状執行に伴って,危険が生じることなども考慮してのことであった。したがって,被告人に対する前記の有形力の行使の場合以上に,令状執行の必要性が高かったという事情があり,警察官に令状主義を潜脱しようとする意図があったとは認められない。
そうすると,前記の違法は,いずれも令状主義の精神を没却するような重大な違法とまではいえない。
また,原判示第2及び第3の鑑定手続等が違法性を帯びるとしても,その程度は同程度にとどまるものである。
そうであるとすると,所論が指摘する鑑定書3通,覚せい剤4袋等の証拠能力を肯定することができ,これと同旨の原判決は結論において正当というべきである。
訴訟手続の法令違反の論旨は理由がない。
第3 控訴趣意のうち,量刑不当の主張について
論旨は,被告人を懲役4年に処した原判決の量刑は,重すぎて不当である,というのである。
そこで,記録を調査して検討する。
本件は,前記のとおり,被告人が,平成25年6月に覚せい剤を自己使用し,平成26年6月に覚せい剤を自己使用し,かつ,所持したという事案である。
原判決は,本件が前記のような事案であることを前提として,覚せい剤取締法違反(所持),業務上過失傷害の罪による累犯前科(平成19年10月1日宣告,懲役2年6月,平成22年4月13日刑執行終了)がありながら,覚せい剤の使用,所持の犯行に及んだ被告人には,覚せい剤に対する親和性,依存性が認められ,規範意識も欠けているなどと指摘し,被告人の刑事責任は重いとする(なお,原判決は,量刑の理由に明示はしていないが,原判示第3の被告人の所持に係る覚せい剤が,6g超と多量であることをも犯情として考慮の上,被告人の刑事責任は重いとしているものと解される。)。その上で,前記累犯前科の刑執行終了後から原判示第1の犯行まで3年ほど経過していることからすると,懲役4年6月の求刑はやや重いとして,被告人を懲役4年に処している。
以上の原判決の量刑事情の指摘,評価自体は,後に述べる捜査の違法を考慮していない点を除き,いずれも正当なものといえる。
所論は,令状主義の精神を没却する違法がなく,証拠として許容されるとしても,一連の捜査過程には違法性があり,このことは刑の量定を減じる理由となる,被告人には覚せい剤から離脱する意思があることを刑の量定を減じる事情としていない,という。また,原判決後,被告人は改めて覚せい剤に手を出さず,高齢の父母のためにも親孝行していく決意であり,被告人の父親も被告人の身元を引き受け,可能な限り指導監督する予定である,という。当審公判において,被告人は,覚せい剤を二度と使わないという思いは今まで以上に強いと述べており,父親も社会復帰後の被告人の指導監督を約束している。
そこで,検討すると,まず,所論のうち,覚せい剤からの離脱の意思を刑の量定を減じる事情としていないとの点は,原判示第1の犯行について,被告人は,不合理な弁解に終始しており,真摯な反省の態度もみられないと指摘し,これを考慮しなかった原判決の判断に誤りがあるとまではいえない。また,原判決後の所論指摘の事情を踏まえても,同種の累犯前科があり覚せい剤への親和性,依存性が認められる被告人に対する原判決の量刑はやむを得ないといえる。
次に,一連の捜査過程には違法性があり,このことは刑の量定を減じる理由となるとの点について,検討する。
被告人に対する有形力の行使及びパトカーによる本件タクシーの進路封鎖が違法であることはすでに認定・説示したとおりである。この違法は,令状主義の精神を没却する重大な違法とまでは認められないものの,弁護士のいる下で,同弁護士から違法行為をやめるように言われているにもかかわらず,その要請を無視する形で行われたという点で,軽微なものと見ることはできず,本件発覚の端緒に関わる違法であり,このような違法を甘受せざるを得なかった被告人に対しては,量刑上,相応の配慮をするべきである。
したがって,任意捜査の限界に関する判断を誤った結果,捜査の違法を量刑上一切考慮しなかった原判決の量刑は,重すぎて不当であり,破棄を免れない。
量刑不当の論旨は理由がある。
第4 破棄自判
よって,刑訴法397条1項,381条により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して被告事件につき更に判決することとする。
原判決が認定した事実(累犯前科を含む)に,原判決挙示の法令を適用し,その刑期の範囲内で,前記諸事情を考慮して,被告人を主文掲記の刑に処し,原審における未決勾留日数の本刑算入につき刑法21条を,没収につき覚せい剤取締法41条の8第1項本文を,原審及び当審における訴訟費用の処理(不負担)につき刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青柳勤 裁判官 加藤亮 裁判官 市川太志)