大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成27年(う)1117号 判決 2015年11月05日

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

理由

第一本件各控訴の趣意

被告会社及び被告人Y3の本件控訴の趣意は、要するに、①被告人らの本件行為は、債権管理回収業に関する特別措置法(以下「サービサー法」という。)三三条一号、三条の構成要件に該当するとされているところ、上記構成要件は不明確であるから、憲法三一条に違反する条項を適用した点で、②被告人らの本件行為は、サービサー法三三条一号、三条の構成要件に該当しないにもかかわらず、同構成要件に該当するとした点で、原判決には法令適用の誤りがある、③被告人Y3らの取立行為に関して原判決には事実の誤認があるとともに、被告人らの本件行為が正当業務行為であることを否定した点で、原判決には法令適用の誤りがある、というのである。

被告人Y2の本件控訴の趣意は、被告会社及び被告人Y3の上記控訴の趣意②と同様の主張のほか、本件にサービサー法三三条一号、三条を適用することは憲法二二条一項に違反するという点で、原判決には法令適用の誤りがあるというのである。

第二法令適用の誤り及び事実誤認の主張について

一  原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、被告会社は債権管理回収業等を営むもの、被告人Y2は被告会社の実質的経営者としてその業務全般を統括するもの、被告人Y3は被告会社の代表取締役として債権管理回収業務を統括するものであるが、被告人両名は、被告会社の従業員であるAらと共謀の上、被告会社の業務に関し、法務大臣の許可を受けないで、業として、原判決別表記載のとおり、貸金業登録業者であった株式会社a(以下「a社」という。)、株式会社b(以下「b社」という。)及び有限会社c(以下「c社」という。)から、特定金銭債権であるBほか一〇名に対する貸付債権(以下「本件各貸付債権」という。)を譲り受け、平成二二年四月三日頃から平成二五年二月一六日頃までの間、一一回にわたり、上記Bほか一〇名に対し、面会して上記貸付債権の支払を請求し、平成二二年四月二三日頃から平成二五年一二月一〇日頃までの間、二八八回にわたり、上記Bほか一五名から現金合計三八六万四九三八円を弁済させ、もって、許可を受けないで債権管理回収業を営んだ、というものである。

二  記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  被告人Y2は、もともと貸金業を営むなどしていたが、事実上その継続が困難となったことから、他の貸金業者から債権を購入してこれを回収することで利益を上げようと考え、平成二〇年一月頃から、自らが経営する株式会社d(以下「d社」という。)において、従業員に指示し、貸金業者に対して、不良債権の買取りを案内する内容のダイレクトメールを送付したり、電話で勧誘したりする営業を行うようになった。

(2)ア  a社及びb社は、貸金業法上の貸金業登録業者であったが、いずれも同年三月頃に廃業し、清算手続に移行した。

イ  e株式会社(以下「e社」という。)の監査役のR及び同社の元代表取締役のTは、同年七月、a社及びb社の全株式を譲り受けた。Rらは、両社が保有する債権を査定して分類し、そのうち回収可能と考えた正常債権(三か月以上返済の延滞がなく、弁護士が介入しておらず、過払金返還請求を受けていない債権)については、a社及びb社からe社に譲渡させることとした。この結果、同年一〇月三一日の時点で、a社には一万四〇一六件、元金残高合計二二億一二七万三四八二円の債権が、b社には一万二一七三件、元金残高合計一九億九二五七万六〇一五円の債権がそれぞれ残されたが、そのうちの合計二件を除いて、これらはいずれも、督促しても長期間返済がないか、弁護士が介入しているか、あるいは回収不能と判断されて、税務処理上貸倒償却として処理された債権であった。

ウ  Rらは、d社の被告人Y2、その従業員のAやUの求めに応じ、形式上Rの父を経由して、被告人Y2に対し、平成二一年四月三〇日、合計二〇〇万円の対価で、a社及びb社の全株式を譲渡した。これに先立ち、同月二八日、a社が五八件、元金残高合計六三一万四七一五円の債権を、b社が七五件、元金残高合計六四〇万八九一五円の債権を、それぞれe社から買い戻したが、これらの債権は、いずれも、弁護士が介入したり、過払金返還請求を起こされたり、債務者に連絡が付かなくなったりして、回収不能と判断された不良債権であった。この当時、a社及びb社が保有していた債権額は合計四二億円を超えていた(同債権の中には、公訴事実に掲げられている債務者であるB、H、I、J、M、N、O及びPに対する各債権が含まれている。)。また、a社及びb社には、合計約八〇〇〇万円の預金残高があった一方で、債務者と和解するなどして返還すべき過払金債務が約四〇〇〇万円あった。

エ  Wは、事前の交渉において、a社及びb社が保有する債権はほぼ回収不能な債権であることを伝え、被告人Y2らもこれを認識していた。また、Wは、被告人Y2に対し、a社及びb社の債務者からの過払金返還請求には誠実に対応するよう依頼し、被告人Y2は、これに応じる旨述べた。

オ  ところが、被告人Y2は、a社及びb社の預金口座の引渡しを受けた後、その預金のほぼ全額を引き出した上、債務者からの差押えを免れる目的で、従業員に指示し、平成二二年二月頃までは数日に一回、それ以降は一日数回、a社及びb社の口座への入金の有無を確認させ、入金があった場合には直ちに出金させていた。被告人Y2は、被告会社の従業員に対し、過払金を極力支払わないように指示し、実際に、任意で返還に応じたのは、五名の債務者に対し合計九二万二一七七円にとどまり、債務者から差し押えられた金額は合計八万二九七一円にとどまった。

(3)  c社の代表取締役のSは、d社の勧誘を受け、平成二〇年九月及び一二月頃、債務者が半年以上支払を遅滞し、連絡がとれない債権を譲渡するなどしていた。その後、Sは、c社を廃業することとし、被告会社に対し、平成二二年八月二四日、c社に残っていた債権の一部である、一五名の債務者に対する二一件の債権(本件公訴事実にあるK、L及びQに対する各債権を含む。)を二五万円の対価で譲渡した。これらの債権は、帳簿上の残高が合計六九三万二三七一円であったが、債務者からの最終の入金から三か月以上経ち、中には五年近く入金がないものもあり、いずれの債務者や連帯保証人も音信不通となっていた。

(4)  被告人Y2は、上記(2)のとおりその全株式を譲り受けたa社及びb社が保有する債権について、債権取立て後の弁済金をそのまま両社の預金口座に入金させると債権者から差し押さえられることを懸念し、弁済金の受け皿として、自らが実質的に経営する被告会社を利用することとし、商号を現在の商号に変更した平成二二年一月頃から、被告会社の従業員に指示して、本格的にa社及びb社が保有する債権の管理及び回収を行うようになった。また、上記(3)のとおりc社から債権を譲り受けた後は、同様に、その債権の管理及び回収も行うようになった。具体的には、被告会社の代表取締役であり、実質的には債権管理回収業務を統括していた被告人Y3の下で、従業員のA、Uらが債務者と接触し、債権の回収に当たっていた。被告人Y3らは、債務者と接触するや、被告会社あるいはa社等の従業員であると名乗り、債権が被告会社に譲渡されたなどと説明し、債務の一括弁済を求め、無理であれば連帯保証人を立てるよう要求した上で、分割弁済の約束を取り付けていた。被告人Y2は、債権の取立てを担当していた従業員に対し、「一歩も引くな。」、「午後九時前に接触できたのなら、午後一〇時、午後一一時になってもかまわない。」、「債務者が保証人を付けるまでは帰ってくるな。」などと指示し、また、電子メールで、直接、「交渉は徹底的にケンカを仕掛けることからスタートだ」、「時間を見極め、保証人つかない場合は一時間目一杯強硬に説諭と揺さぶり。」、「説諭はD君がケンカ腰で威圧的に行う事。演出効果として瞬間的に大声で怒鳴りつけろ」、「訪問目的はツナギにあらず 重畳的債務引受契約の『強要』にあり」、「本日決着事案 明日に持ち越し禁止」などといった内容を送信していた。

(5)  本件各貸付債権は、上記(2)及び(3)のとおり、いずれも譲渡元の貸金業者により回収不能又は回収困難と判断されていた債権であり、長期にわたって支払がされておらず、債務者の中には、督促を無視して音信不通となったり、弁護士に債務整理等を依頼したりした者もいた。被告会社の従業員は、上記(4)のとおりの取立てを行い、分割弁済を希望する債務者に対しては、その場で連帯保証人を立てるよう、長時間にわたって威圧的かつ執ように要求し、連帯保証人が見付からなければ帰らないなどと言って、支払困難な状況にある債務者を困惑させ、連帯保証付きの分割弁済による和解や債権譲渡の承諾を強引に取り付けていた。時には、債務者宅の玄関ドアを叩いて大声で騒ぎ、警察官が駆け付けたことや、あるいは、朝早くから夜遅くまで債務者から離れずに付きまとったり、妊娠中の連帯保証人が体調不良となって運ばれた病院にまで付いて行ったり、債務者の車に同乗して東京から栃木県那須塩原市の自宅まで同行し、親族に対し連帯保証の署名を要求したりしたこともあった。

三  以上のような事実関係に照らせば、被告人Y2及び被告人Y3は、被告会社の従業員らと共謀の上、被告会社の業務に関し、サービサー法二条二項後段の債権管理回収業を営んだことは明らかであり、また、当該営業は、社会的、経済的に正当な業務の範囲内の行為であるとはいえない。これと同旨の原判決の判断は正当である。以下、補足して説明する。

(1)ア  a社、b社及びc社は、いずれも貸金業法上の貸金業登録業者であり、これらの者が有していた貸付債権は「特定金銭債権」(サービサー法二条一項一号リ)に当たるところ、本件各貸付債権は、いずれも長期間返済がされていないなどの事情があり、被告人Y2及び被告会社が極めて低廉な対価で取得するなど(被告人Y2がa社及びb社の全株式の取得の対価として支払った二〇〇万円は両社が保有していた債権残高(約四二億円)の約〇・〇四七%、被告会社がd社の債権の譲受けの対価として支払った二五万円は同債権残高(約六九三万円)の約三・六%にすぎない。)、譲渡元の貸金業者において回収不能又は回収困難な債権であると判断されていたものであり、通常の状態では満足を得るのが困難な債権であったとみるべきである。被告人Y2は、そのような債権であることを認識しつつ、a社及びb社については自らが両社の全株式の譲渡を受ける形で債権を譲り受け、また、d社については被告会社が債権それ自体を譲り受けている。そして、被告人Y2及び被告人Y3は、被告会社の従業員と共謀の上、被告会社の業務に関し、本件各貸付債権を取り立て、債務者との間で分割払等の交渉をし、弁済を受けるなどしたものであるから、「他人から譲り受けて訴訟、調停、和解その他の手段によって特定金銭債権の管理及び回収を行う営業」(サービサー法二条二項後段)をしたというべきである。

イ  上記アのとおり、a社及びb社が保有する債権については、被告人Y2が、Rの父から両社の全株式を譲り受けた行為をもって、債権を「他人から譲り受け」たことに当たるかという点について、補足して説明する。

前記二(1)、(2)及び(4)の事実によれば、被告人Y2は、貸金業者から不良債権を買い取ってこれを回収することにより利益を上げようと考え、自らが経営する会社でそのような営業を行い、その一環として、a社及びb社の全株式を取得したと認められる。両社は既に廃業して清算中の法人であり、被告人Y2がその全株式を取得した後は、債務者からの過払金返還請求に誠実に対応しないなど、被告人Y2が具体的に清算手続を進めていた形跡はなく、さしたる実体がないままであった。しかも、両社が保有していたのは、Rらにおいて整理等された結果、いずれも回収不能又は回収困難であると判断された債権ばかりであったが、被告人Y2が両社の全株式を取得した後、被告人らは、同債権の管理及び回収を行い、その収益を被告人Y2あるいは被告会社のものとしていた。以上の事実関係に照らせば、被告人Y2がa社及びb社の全株式を取得したのは、主として両社が保有する債権を取得するためであり、これは、債権を「他人から譲り受け」たことに当たるというべきである。

すなわち、被告人Y2は、a社及びb社の全株式を取得したことにより、実質的には両社の主たる財産である債権をも取得して、その管理及び回収ができるようになったところ、サービサー法二条二項後段が規定する「他人から譲り受け」という文言上、このような全株式の取得による方法で法人の保有する債権を実質的に取得することが除外されるとは解されない。また、サービサー法二条二項後段が継受する弁護士法七三条の趣旨は、主として弁護士でない者が権利の譲渡を受けることによって、みだりに訴訟を誘発したり、紛議を助長したりするほか、同法七二条本文の禁止を潜脱する行為をして、国民の法律生活上の利益に対する弊害が生ずることを防止することにあるところ(最高裁平成一四年一月二二日判決・民集五六巻一号一二三頁参照)、このような弊害は、債権譲渡の形式により債権を譲り受けた場合のみならず、上記のような全株式の取得による方法で法人が保有する債権を実質的に取得した場合にも同様に生じ得るものであるから、サービサー法の規制を及ぼすべき必要性は後者にも認められるといえる。仮に、後者が同法の規制の対象から外れるとすれば、同法の規制は、企業買収の形成さえとれば容易に潜脱できることになるのであって、このような事態をサービサー法が許容しているとは到底解されない。

(2)  次に、被告人らの本件行為が社会的、経済的に正当な業務の範囲内の行為として違法性が阻却されるかどうかについて検討する。

被告人Y2及び被告会社は、前記の方法により、貸金業者が有する不良債権を譲り受け、これを被告会社において回収することにより利益を上げるため、いずれも回収不能又は回収困難な債権であるとされていた、本件各貸付債権を含む債権を債権残高の約〇・〇四七%又は約三・六%という極めて低廉な対価で譲り受けていた(前記二(1)ないし(3))。さらに、被告会社は、a社及びb社の債務者からの過払金返還請求に極力応じないこととする一方、上記請求による預金の差押えを免れるため、預金口座に極力残高を残さないよう、入金がある都度引き出していたのである(前記二(2))。被告人Y2及び被告会社による債権の取得は、正常な経済取引の一環として行われたものではなく、まさに、サービサー法において規制の対象とされるべき債権の譲受けであったというべきである。

また、債権回収の方法及び態様をみると、被告会社の従業員らは、分割弁済を希望する債務者に対し、その場で連帯保証人を立てるよう、長時間にわたって威圧的かつ執ように要求し、連帯保証人が見付からなければ帰らないなどと言って、支払困難な状況にある債務者を困惑させ、連帯保証付きの分割弁済による和解や債権譲渡の承諾を強引に取り付けていたものであり(前記二(4)及び(5))、これらは、「人を威迫し又はその私生活若しくは業務の平穏を害するような言動により、その者を困惑させてはならない」(サービサー法一七条一項)という、同法が債権回収会社の業務に対して規制している行為そのものであって、社会的に相当性を欠くことが明らかである。

このような被告人Y2及び被告会社の権利取得の態様、被告会社の業務の実態、債権回収の方法及び態様等に照らせば、被告人らの本件行為は、いたずらに訴訟を誘発し、紛議を助長するなどといった弊害を生じさせるおそれがあるものであり、到底社会的、経済的に正当な業務の範囲内にあるものとはいえない。

四  被告会社及び被告人Y3の所論について検討する。

(1)  所論は、①サービサー法三三条一号、三条は、法務大臣の許可を受けないで「債権管理回収業」を営むことを禁止しているところ、同法二条二項によれば、「債権管理回収業」とは、「弁護士又は弁護士法人以外の者が委託を受けて法律事件に関する法律事務である特定金銭債権の管理及び回収を行う営業又は他人から譲り受けて訴訟、調停、和解その他の手段によって特定金銭債権の管理及び回収を行う営業をいう」と規定され、弁護士法七二条にいう「法律事件」に介入する行為と同義であるが、いかなるものが「法律事件」に当たるかについては、サービサー法二条二項の条文自体から読み取ることができず、私人の予測可能性を害するものであって、その構成要件が不明確であるから、憲法三一条に違反する、②最高裁平成二四年二月六日決定(刑集六六巻四号八五頁)によれば、サービサー法三三条一号、三条が規制しているのは、「紛争債権」を譲り受けて管理及び回収をすることであり、「紛争債権」とは「通常の状態では満足を得るのが困難なもので、金額に争いがある債権や時効消滅した債権」に限定されるところ、本件各貸付債権は単なる遅延債権であって、いずれも「紛争債権」ではなく、これらを譲り受けてもサービサー法の構成要件には該当しない、と主張する。

①の点について、所論は、サービサー法二条二項前段と後段を区別せず、後段の債権についても、弁護士法七二条にいう「法律事件」であること(事件性)を要するという解釈を前提とするものと解される。しかしながら、本件は、被告人らが他人から譲り受けた特定金銭債権の管理及び回収を行ったとされている事案であり、サービサー法二条二項後段の適用の是非が問題となるところ、同項後段及び同規定が継受する弁護士法七三条は、文言上、譲受債権について事件性を要件としていないのであって、本件に適用されるサービサー法三三条一号、三条の構成要件が、文言上明確さを欠くことにはならない(この場合は、刑法三五条の正当行為として違法性阻却を認めることにより、妥当な結論を導くことができると思われる。)。また、所論がいうように、サービサー法二条二項後段の債権についても事件性を要するという見解に立つとしても、ここにいう事件性とは、後述のように、「通常の状態では満足を得るのが困難なもの」をいうと解釈することができるから(上記最高裁決定参照)、前記の構成要件が明確さを欠くとはいえない。

したがって、憲法三一条違反をいう所論は、いずれにしても前提を欠くものであって、採用できない。

②について、上記最高裁決定は、本件と同様にサービサー法違反の成否が争われた事案について、同法二条二項後段の該当性を判断するに当たり、当該事案で問題となった債権が、「長時間支払が遅滞し、譲渡元の消費者金融業者において全て貸倒れ処理がされていた上、その多くが、利息制限法にのっとって元利金の再計算を行えば減額され又は債務者が過払いとなっており、債務者が援用すれば時効消滅となるものもあったなど、通常の状態では満足を得るのが困難なものである」ことを判示した上、同項後段の該当性を肯定している。同決定が、所論がいうように、金額に争いがある債権や時効消滅した債権だけが「紛争債権」として同法の規制の対象となる旨判断したものではないことは、その判文上明らかであり、所論は、上記最高裁決定を正解しないものであって、失当である。

そして、本件各貸付債権は、既にみたとおり(前記三(1)ア及び(2))、いずれも長期間返済されていないなどの事情があり、譲渡元の貸金業者において回収不能又は回収困難な債権であると判断されていたことが明らかであるから、通常の状態では満足を得るのが困難な債権であったというべきである(最高裁昭和三七年一〇月四日決定・刑集一六巻一〇号一四一八頁及びその原審福岡高裁昭和三六年一一月一七日判決参照)。また、被告人Y3らが本件各貸付債権の債務者に対して行った取立ての態様をみても、既にみたとおり(前記二(5))、一括弁済が困難な債務者に対しては、連帯保証人を立てることなどを執ように要求して困惑させ、分割払いの和解を取り付けるなどしたものであって、確定した債権等の単純な取立てであったとはいえず、このことからしても、本件各貸付債権が通常の状態では満足を得るのが困難なものであったということができる。

本件各貸付債権が紛争債権ではないとする所論は、上記最高裁決定を正解しない独自の見解に立つものか、あるいは本件の事実関係を踏まえない抽象論に終始するものであって、その前提において採用することができない。

(2)  所論は、a社及びb社からの債権の譲受けに関し、①被告会社は、両社を一〇〇パーセント子会社化した後、債権の管理及び回収を債権者である子会社名義で行っており、形式的には、a社及びb社が自らの債権を取り立てる形で行われていたものであって、このような法形式を無視して、実質的にみて他人から債権を譲り受けたと認定するのは、罪刑法定主義に違反する、②仮に被告会社がa社及びb社が保有していた債権を譲り受け、これを回収したとしても、両社は被告会社の一〇〇パーセント子会社であるから、債権を「他人から譲り受け」たことに当たらないという。

しかしながら、既にみたとおり(前記三(1)イ)、本件においては、被告人Y2がa社及びb社の全株式を取得したことにより、両社が保有する債権を「他人から譲り受け」たというべきであるから、両社から被告会社への債権譲渡を取り上げて、「他人から譲り受け」たといえるかどうかを論じる所論①及び②は、前提において失当である。

なお、①については、所論も前提とするように、被告会社の従業員がa社及びb社の名義で債権を取り立てていたというのが実態であり、債務者との間で分割払い等の合意を得た後、a社及びb社から被告会社への債権譲渡承諾書等に署名させるなどしていたものであるから、被告人らがサービサー法にいう債権管理回収業を営んだことは明らかであって、名義や形式さえ整えば同法の規制の対象にならないというのであれば、同法の規制が容易に潜脱されることになり、不当な解釈というほかない。所論は、本件とは全く事案等の異なる課税処分に関する裁判例を引用して、租税法律主義と罪刑法定主義をパラレルに考えるべきであるともいうが、上記裁判例は本件との関連性のないものであって、所論は到底採用できない。

(3)  所論は、c社からの債権の譲受けに関し、被告会社は、被告会社及びその関連会社の行為がサービサー法に違反しないとした二つの民事事件の下級審判決を受け、破綻貸金業者から債権を譲り受ける行為は違法ではないとのお墨付きを得ていた上、被告会社がc社から譲り受けた債権は単なる遅延債権であり、債権額を利息制限法の範囲内に引き直した和解債権であったから、「紛争債権」とはいえないという。

しかしながら、原判決が適切に説示するとおり、所論指摘の民事事件の判決(原審弁一、二)は、本件とは事案も証拠関係も異にするものであるから、これに当裁判所が拘束されるものではなく、本件における結論を何ら左右するものではない。いわんや、当該判決が被告人らの本件行為について何らかのお墨付きを与えたものでないことは、多言を要しないところである。さらに、c社から譲り受けた債権が「紛争債権」に当たらないとする所論が採用できないことは、既に述べたとおりである(前記(1)①)。

(4)  所論は、単なる遅延債権を譲り受けて回収することがサービサー法三三条一号、三条の構成要件に該当するとしても、債権額に争いのある債権や時効消滅した債権に比べて紛争助長性は著しく低く、その譲受け及び回収の違法性も著しく低く、また、被告会社及びその関連会社の行為が同法に違反しないとした二つの民事事件の判決があり、債務者に対する取立て行為については、原判決に事実の誤認があり、社会的に相当な範囲内の行為であるといえるものであったから、正当業務行為として違法性が阻却されるべきであるという。

しかしながら、既にみたとおり(前記三(2))、被告人らの本件行為は、社会的、経済的に正当な業務の範囲内のものであるとはいえない。本件各貸付債権の譲受け及び回収の違法性が著しく低いという所論は、独自の見解であって、採用できない。また、民事事件の判決については、既に述べたとおり(上記(3))、本件における結論を何ら左右するものではない。さらに、債務者に対する取立ての態様は前記二(5)のとおりであり、これは、被告会社の従業員から取立てを受けた本件各債務者の供述等により認定したものであるが、その信用性に疑問を差し挟む余地はなく、これと同旨を判示した原判決に事実の誤認はない。所論は採用できない。

五  次に、被告人Y2の所論について検討する。

(1)  所論は、①a社及びb社は被告会社の一〇〇パーセント子会社であり、しかも法人格が形骸化していたから、被告会社がa社及びb社から債権を譲り受けたことは、「他人から譲り受け」たことには当たらない、このような完全親子会社間で債権譲渡がされた場合にもサービサー法の規制の対象とすることは、過度に広汎な規制となり、憲法二二条一項に違反する、②サービサー法は債権管理回収業を対象とする法律であるから、株式譲渡等のM&A行為等を規制することはできないはずであって、株式の取得による債権譲渡を想定しておらず、これに同法を適用することは、刑罰規定の類推適用といわざるを得ず、罪刑法定主義に違反する、③被告人Y2は株式を取得した時点でサービサー法を潜脱する意図はなかった、などという。

しかしながら、①については、既にみたとおり(前記三(1)イ)、本件においては、被告人Y2がa社及びb社の全株式を取得したことにより、債権を「他人から譲り受け」たというべきであり、その後の両社から被告会社への債権譲渡を問題とする余地はない。よって、憲法二二条一項違反をいう所論は、その前提において失当というべきである。

②についても、既にみたとおり(前記三(1)イ)、全株式の取得による方法によって法人が保有する債権を実質的に取得することも、サービサー法二条二項後段の「他人から譲り受け」たことに当たるのであって、このような解釈は、刑罰規定の類推適用に当たらず、罪刑法定主義に反するものでもないというべきである。

③について、所論は、被告人Y2がa社及びb社の全株式を取得したのは、取引を仲介したVの都合、提案によるものであり、被告人Y2の発想ではないから、被告人Y2にはサービサー法を潜脱する意図は全くなかったなどという。しかし、本条の罪が成立するためには、被告人Y2において債権の取得の目的があれば足り、積極的に同法の規制を潜脱する意図があったことを要するものではない。所論は、被告人Y2は、貸金業者から債権を譲り受けて管理及び回収する行為は何ら規制されるものではないと考えていたともいうが、被告会社の従業員であるU、Aらの供述等によれば、被告人Y2の供述はたやすく信用することができず、少なくとも、被告人Y2は、サービサー法に違反する可能性を認識していたと認められる。所論はいずれも採用できない。

(2)  所論は、被告会社がc社から譲り受けた債権に関して、原判決が指摘する「強引に分割払いによる和解を取り付けた」行為は、全て和解契約の締結前に行われた行為であり、消費貸借契約に基づく貸金請求権を不良債権と評価する事情とはなり得ても、和解契約締結後の和解契約に基づく和解金請求権を不良債権と評価する事情にはなり得ないから、和解契約締結後の債権譲渡を捉えて、サービサー法違反とするのは、同法の適用範囲を立法趣旨以上に拡大するものであるなどという。

しかしながら、前記二(3)のとおり、被告会社がc社から債権を譲り受けたのは、平成二二年八月二四日のことであり、それ以前に債務者との間で和解契約が成立していたような事情は全くうかがえない。すなわち、被告会社がc社から譲り受けた債権に関しては、和解契約締結後の債権譲渡を捉えてサービサー法違反に問われているものではないことは明らかである。所論は、前提を誤っているというほかなく、採用の限りではない。

六  以上のとおり、被告人らに対し、サービサー法違反の罪(無許可営業罪)の成立を認めた原判決には、事実の誤認も法令適用の誤りもない。

論旨はいずれも理由がない。

第三原判決の量刑について(職権判断)

被告会社及び被告人Y3の弁護人は、原判決後の事情として、被告会社は、a社及びb社から譲り受けた債権にかかる債務者に対して、取り立てた回収金をすべて返還し、また、c社から譲り受けた債権にかかる債務者に対して、残債務を全額免除したと主張し、当裁判所の職権調査を促している。

しかしながら、弁護人の上記主張を認めるに足りる証拠は提出されていない。加えて、被告会社が債務者に対して回収金を一部返還していることは、原判決の量刑に当たり既に相応に考慮されていることを踏まえると、仮に弁護人の主張する事情があったとしても、原判決の量刑を変更するには至らないというべきである。

第四結論

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 朝山芳史 裁判官 石井伸興 松永智史)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例