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東京高等裁判所 平成27年(う)2164号 判決 2016年3月30日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は,主任弁護人安達敏男,弁護人吉川樹士連名作成の控訴趣意書に,被告人Aに関する答弁は,検察官髙坂富士夫作成の答弁書に各記載されたとおりであって,論旨は,被告人Aについては,事実誤認及び量刑不当の主張であり,被告人株式会社Z(以下「被告会社」という)及び被告人Bについては,量刑不当の主張である。

1 控訴趣意中,被告人Aに関する事実誤認の主張について

論旨は,原判決は,労働者派遣事業等を営む被告会社の代表取締役として,同社を経営し,その業務全般を統括していた被告人Aが,同社取締役で,被告会社の業務全般を実質的に統括していた被告人B及び同社従業員Cと共謀の上,被告会社の業務に関し,業として,平成26年7月2日から同年8月12日までの間,被告会社が雇用する労働者20名を,建築工事業を営む株式会社甲に対し,同社に雇用させることを約することなく現場作業員として派遣し,同社の現場責任者の指揮命令の下,川崎市内の工事現場ほか9か所において,建設業務に従事させ,もって労働者派遣禁止業務について労働者派遣事業を行ったとの事実を認定したが,被告人Aは,被告会社の業務全般を統括するものではなく,本件労働者派遣行為の決定,実行には関与しておらず,被告人Bとの間で共謀した事実はないから,共謀共同正犯ではない,というのである。

そこで,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。

原判決は,被告人Aは,平成25年3月頃に入社した当初,Cの指示を受けながら,被告会社の事務の内容について説明を受け,被告会社には重機がなく,日々作業員だけがチームを組んで同社を出発しては,夕方に作業を終えて帰ってくることから,被告会社の業務について,単に建設現場に人を派遣している仕事であろうと認識していたことが認められるとした上で,平成26年3月に被告人Bに依頼されて被告会社の代表取締役に就任した以降,被告人Bの指示で預金の出金や車両の管理等の業務を行ったほか,同社の代表取締役として金融機関からの借入れのために面談に同席するなど,被告会社の事業を継続させるための重要な役割を果たしているといえ,月給が従前の20万円から約24万円に上昇し,被告人A自身,代表取締役就任により給料が上がったと思っていたことから,同社の事業継続に利害関係を有していたと認められるから,被告人Aと被告人B及びCとの間で共謀が認められるとした。

原判決は,被告人Aと被告人B及びCとの間に共謀の存在を認めた結論において正当であり,判決に影響を及ぼす事実誤認はない。

すなわち,被告人Aは,平成25年3月1日に被告会社に採用された際,10日間の見習期間中に,二,三人の作業員を工事現場まで送迎したことがあり,作業員が現場に行って,元請かなんかで指示を受けたりすることがあると漠然と思ったというのであって,原審公判廷において,被告会社の業務について,建設現場に労働者を派遣し,労働者が派遣現場の派遣先の責任者の指示命令に従って作業を行うものとの概括的な認識を有していたと自認している。原判決が,被告会社が建設業務について労働者派遣事業を営んでいることを,被告人Aが認識していたとする点は是認できる。

次に,原判決は,預金の出金や車両の管理等の業務が被告会社の事業を継続させるための重要な役割と評価しているが,相当ではない。被告人Aが果たした役割は,被告人Bの指示の下,金融機関からの現金の出納の事務や作業員の送迎用の車のメインテナンス業務であるから,いわゆる機械的な単純業務であって,重要な役割とはいえない。

また,原判決は,被告会社が平成27年2月24日に株式会社乙金融公庫から300万円を運転資金として借り入れるに際し,面談に被告人Aが同席した点を捉えて,重要な役割を果たしたと評価している。しかしながら,被告人Aは,同Bらから口を開かないように指示された上で,単に同席したのみであって,借入れについて,実質上の決定をしたものではなく,外形上代表者として振る舞ったにすぎない。すると,この点を重要な役割を果たしたと評価するのは相当ではなく,むしろ,被告人Aを形式上の代表者とすることで,被告会社に,どのようなメリットがあるのかという点に着目すべきである。

被告人Aが代表取締役に就任した経緯をみると,被告人Aは丙会丁一家総長のDと10年来の面識があり,同人に仕事の紹介を依頼したところ,被告会社を紹介され,当時の代表者Eの面接を受け,平成25年3月1日,仕事内容が雑用で,給料月20万円という条件で雇用された。被告人Aの業務は,D総長の犬の餌やりと散歩,鶏の世話,動物小屋の掃除,寮の点検や巡回,会社敷地内の草取り作業等であり,時には労働者を現場まで送迎することがあった。被告会社の実質上のオーナーは,D総長の妻であるFが代表取締役を務める有限会社戊であり(この点,被告人Bは,被告会社のオーナーは被告人Bであると述べるが,前社長Eからの株式購入の資金について供述が不合理に変遷していること,被告人Aが,前社長のEも雇われ社長であって,被告人Bが被告会社の経理状況の報告のため月1回程度有限会社戊に赴いていたと述べていることに照らすと,被告人Bの前記供述は信用できない),平成25年10月ないし11月頃,E代表取締役が退任し,平成26年1月1日に被告人Bが専務取締役に就任し,被告人Aが平成26年1月にFとその弟の被告人Bから代表取締役に就任することを頼まれ,これに応じる旨答えると,被告人Bは,被告人Aに「この会社は,会長とは関係がないから,携帯電話にある会長(D総長)の電話番号を消してくれ。何か会長に連絡があるときは,私の方から番号を教えるから」と指示した。被告人Aが代表取締役に就任したことにより,金融機関からの現金の出納事務と車両のメインテナンスの業務等が増え,給料も月20万円から約24万円に昇給したことが認められる。

被告人Bは,被告人Aが代表取締役に就任した事情として,年長者で,人柄が良く,任せられると期待したとしているが,当時雑用係をしていた被告人Aを代表取締役に就任させる事情としては合理的ではないし,被告人Aが新社長に就任した際に,会社の経営者としての事務の引継等もさせていないというのである。そうすると,むしろ,被告人Aが代表取締役に就任した経緯,特に,被告人Bが,被告人Aに対し,代表取締役就任に当たって,わざわざ暴力団総長の電話番号を携帯電話から消すように指示していたことからすれば,暴力団関係企業やその共生者等への対策が強化される中で(平成24年法律第27号による一部改正後の労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(以下「労働者派遣法」という,平成24年10月1日施行)や平成26年法律第55号による一部改正後の建設業法(平成26年6月4日公布,平成27年4月1日施行)における暴力団排除条項等),被告会社の実質上のオーナーがD総長の妻が営む有限会社戊であったことから,暴力団等の関与を理由とした取引関係の排除を防止するために,暴力団との関係を遮断した外形を作ることにあったと推認され,被告人Aもこれを理解して承諾したものと推認できる。そうすると,被告人Aの被告会社の経営や業務全般を統括する代表取締役としての権限が形式的なものであったことを踏まえても,被告人Aの代表取締役就任は,被告会社が社会における取引活動を継続する上で,重要な役割を担っていたといえる。このような立場にある被告人Aが,被告会社の名の下に建設業務への労働者の派遣が業として行われていることを概括的に知りながら,同社の代表取締役に就任し,同就任を機に被告会社からの昇給を受けていたことは,被告会社の名の下に建設業務への労働者派遣が継続されることにつき,相互に利用し合う関係にあったと認められる。そうすると,被告人Aは,自己の犯罪として,被告人Bや従業員の行為を利用し,建設業務について労働者派遣事業を行う意思を有していたといえるのであって,被告人B及びCとの間に共謀が認められる。

被告人Aの所論は,①被告人Aは,実体の伴わない名ばかりの代表取締役であり,被告会社の経営の決定に関与する権限が全くなく,被告人Bの詳細な指示に従って預金の出納業務を行い,金融機関からの借入れに際しても単に同行していたに過ぎない,②労働者派遣法違反になることも知らず,違法か否かの規範に直面していなかったものであり,また,共同正犯成立の根拠である相互に他人の行為を利用し補充し合う関係になかった,というのである。

しかしながら,①の点については,被告人Aが経営の実質的決定権を持たず,実権を握った被告人Bの指示に従って,結果的に雑用などの仕事に甘んじていたという面はあるにしても,前記のとおり,代表取締役の立場にあったこと自体が重要な役割を果たしたといえるのであって,結局は,自らの意思と判断で,被告人BやCの行為を利用して共に犯罪を実行したといえる。

②の点については,被告人Aは,被告会社が,建設業務についていわゆる人夫出しの業務を行っており,元請の指示に基づいて作業をすることを概括的に認識していたものであるから,これが労働者派遣法の禁止する労働者派遣に該当するか否かの認識を欠いていても,故意の成立に影響しないことは明らかである。また,個々具体的な派遣事業の内容について了知しておらず,概括的な認識に過ぎないとしても,本件労働者派遣法違反の罪の故意の成立を妨げない。また,被告人Aは,代表取締役の就任によって昇給しているのであり,さらに,被告会社から給料の支給を受けているのであるから,被告会社の業務の遂行に経済的な利害関係を持ち,自己の犯罪としてこれを行う意思を有していたものといえる。

被告人Aの事実誤認の論旨は理由がない。

2 控訴趣意中,被告人両名及び被告会社に関する量刑不当の主張について

弁護人の所論は,被告会社及び被告人両名に対する原判決の量刑は,いずれも重過ぎて不当であり,被告人両名は罰金刑にすべきである,というのである。

そこで,原審記録を調査し,当審において取り調べた情状を参酌して検討すると,本件は,約1か月間にわたり多数の労働者を建設業務に派遣する事業を行ったもので,原判決は,労働者の権利利益を害する危険性の高い悪質な犯行であり,被告会社において合計約39万円という利益が生じていること,被告人Bは,被告会社の実質的な経営者として,自ら派遣先に仕事の発注を依頼するなど主導的中心的役割を担っていること,被告人Aの役割は被告人Bに比して相応に従属的であるが,軽くないことなどの犯情に照らし,被告人両名の刑責は軽視できず,懲役刑を選択するのが相当であるとして,被告人Bが反省の態度を示していること,被告人Bと被告人Aに前科がないことを考慮し,その執行を猶予するのが相当として,被告会社を罰金100万円(求刑罰金100万円)に,被告人Aを懲役6月,3年間執行猶予(求刑懲役8月)に,被告人Bを懲役10月,3年間執行猶予(求刑懲役10月)にそれぞれ処している。

原判決の量刑は相当であって,原判決時において,その量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。

被告会社,被告人B及び被告人Aの所論は,①本件により労働者の権利が侵害されたことはなく,作業員全員が寛大な処分を望んでおり,本件派遣行為による利益はさほど多額ではない,②慣行として,他の会社において違法派遣行為が行われ,株式会社甲において他社の労働者も偽装請負のもとに稼働していたことが容易に推察されるのに,株式会社甲や同業他社の検挙処罰もなく,片手落ちである,とする。

しかしながら,①の点については,被告会社は,暴力団組織と関係がうかがわれる有限会社戊に月約500万円の資金を流しており,その原資は派遣先から支払われる労働者の賃金であるから,労働者に具体的な不利益が及んでいる可能性があり,本件は,労働者個人の利益を脅かすものであるといえる。労働者らが寛大な処分を望んでいるからといって,量刑が大きく左右されるものではない。②の点については,同業他社や派遣先会社が処罰されない事実があるからといって,被告会社や被告人両名の刑責が軽くなるわけではない。

また,被告人Bの所論は,被告人Bは,違法の認識はなく,規範の問題に直面していなかったもので罰金刑が相当であるとする。しかしながら,事実関係を認識している以上,労働者派遣法の正確な概念を認識していなくとも,故意の成立を妨げるものではなく,特別酌むべき事情ともいえない。

また,被告人Aの所論は,同Bの所論で指摘した点に加えて,被告人Aは,被告会社の営業,経営の決定に関与する権限が全くなく,漠然とした程度の認識しかなかったから,罰金刑に処するのが相当であるとする。しかしながら,被告人Bに従属的であったとはいえ,名目にせよ,代表取締役としての地位にあること自体,責任は相応に重いものといえ,被告人Aを懲役6月,執行猶予3年に処した原判決の量刑が不当であるとまではいえない。

量刑不当の論旨は理由がない。

3 なお,原判決は,労働者派遣法違反の事実について,労働者ごとに同法違反の罪が各別に成立する(複数日にわたり派遣された労働者については包括一罪)とし,それぞれの罪について,被告会社につき刑法45条前段,48条2項により,被告人両名につき,同法45条前段,47条本文,10条による刑の加重をしている。しかしながら,労働者派遣法59条1号(4条1項2号)の,労働者派遣を「業として」行ってはならないという規定の形式からみて,業として犯罪の反復継続が行われる場合が想定されたいわゆる業態犯(職業犯,営業犯)であるから,包括して一罪の関係になるとするのが相当である。従って,これを併合罪であるとして刑の加重をした原判決には,罪数に関し法令の適用を誤った違法があるが,原判決の量刑は正当な処断刑の範囲内にあり,かつ重きに過ぎるものではないから,この誤りは判決に影響を及ぼさない。

4 よって,刑訴法396条により本件各控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小坂敏幸 裁判官 佐脇有紀 裁判官 吉田勝栄)

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