東京高等裁判所 平成27年(ネ)4016号 判決 2015年12月03日
控訴人
株式会社Y
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
新保勇一
同
俣野紘平
被控訴人
X1
被控訴人
X2
上記両名訴訟代理人弁護士
棗一郎
同
小川英郎
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記部分につき、被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
第2事案の概要
(以下において略称を用いるときは、別途定めるほか、用語の略称及び略称の意味は、原判決に従う。)
1 本件は、控訴人との間で期間の定めのある雇用契約を締結し、その更新を続けて控訴人経営の学習塾で講師として稼働してものの、50歳を超えたという年齢を理由として契約の更新がされなかった被控訴人X1(昭和35年○月生まれ)と、同様に契約を締結し、更新して講師として稼働していたものの、講師としての能力が低いことを理由として契約の更新を拒絶された被控訴人X2が、いずれも雇止めは無効であり、従前の労働契約と同一の労働条件による労働契約が存続していると主張して、控訴人に対し、雇用契約上の地位の確認並びに雇用契約に基づく給与及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原判決は、① 被控訴人らの雇用継続に対する期待には合理性が認められ、② 被控訴人X1については、専任教務社員の年次契約の更新は原則として満50歳を最終回とする50歳不更新制度に合理性と社会的相当性が認められないから、控訴人による更新拒絶は、解雇であれば解雇権濫用に当たるとし、③ 被控訴人X2についても、生徒やその親から苦情(クレーム)があったことなどは認められるものの、雇止めの合理性を肯定するだけのものではないとし、被控訴人らが雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認し、平成25年4月以降判決確定までの給与の支払請求を認容したが、判決確定後の給与支払については必要性が認められないとして却下したところ、敗訴部分を不服とする控訴人が控訴した。
2 前提事実は、次のとおり原判決を補正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の第2の1に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決3頁9行目「被告に」から10行目「採用され、」までを、「控訴人に嘱託専任教務社員(嘱託専任講師)として採用され、」と改める。
(2) 原判決3頁13行目「平成5年」から15行目「として、」までを「平成5年から平成23年までの間は専任教務社員(前記の「嘱託専任教務社員」の名称が変更されたもの。以下、名称変更の前後を通じて、「専任」という。)として、平成24年は特別嘱託専任社員(特別嘱託専任)(以下「特嘱」という。)として、」と改める。
(3) 原判決3頁24行目「平成9年4月以降は専任講師(専任)をしていた。」を「平成9年4月以降は専任教務社員(専任)をしていた。」と改める。
(4) 原判決4頁8行目末尾に、改行の上、以下を挿入する。
「 本件説明会資料(証拠<省略>)には、特嘱の勤務形態や職務内容について、以下の記載がある。
勤務場所 各ブロック室又は教育本部
勤務時間 15時30分から21時30分
勤務日数 週5日(L5専任)または週4日(L4専任)
職務内容 ブロック業務補助、教務研修担当、教材作成、補講(▽▽)担当、授業代講、講習会の授業担当など」
(5) 原判決4頁17行目末尾に以下を挿入する。
「 これに対し、被控訴人X1は、個人加盟の労働組合である東部労組に加入し、平成24年2月8日以降、雇用継続等を求めて団体交渉を申し入れたが、雇止めの意思表示は撤回されなかった。」
(6) 原判決5頁1行目末尾に以下を挿入する。
「 これに対し、被控訴人X2は、東部労組に加入し、平成25年2月8日、雇用継続等を求めて団体交渉を申し入れたが、雇止めの意思表示は撤回されなかった。」
3 争点
本件の争点は、以下のとおりである。
(1) 本件X1雇用契約が労働契約法19条2号に該当するか
(2) 本件X1雇止めに客観的合理性、社会通念上の相当性が認められるか
(3) 本件X2雇止めに客観的合理性、社会通念上の相当性が認められるか
(4) 中間収入の控除
4 争点に関する当事者の主張
(1) 本件X1雇用契約が労働契約法19条2号に該当するか
(被控訴人X1の主張)
控訴人は、特嘱制度が廃止されたとして、平成25年2月末日をもって、被控訴人X1との契約を更新せず、雇止めとした。
被控訴人X1の業務は控訴人の事業にとって根幹をなす学習指導業務であり、雇用契約の更新回数も20回に及び、雇用通算期間も20年を超えて、毎回の契約も毎回同じ文言の契約書を取り交わしているだけであった。被控訴人X1の特嘱としての契約も同一当事者間での長期間の雇用関係の延長上にあるものであり、業務内容にも専任と特嘱の間で変更はないため、これらは一連一体のものと評価すべきである。
そして、特嘱就業規則(証拠<省略>)5条2項には、「年次契約の更新に関しては、原則として、満60歳に達した日の属する年度末をもって、以後の契約更新は行わないものとする」と定められており、ここでは満60歳までの雇用継続が予定されている。特嘱就業規則5条2項に従った満60歳までの雇用継続を伴わない50歳不更新制度は、年齢による差別であり、許されないものであって、控訴人は、上記制度導入後も50歳以降の雇用継続を確約する言動をしており、実際に他の労働者については、継続的に雇用されている。
よって、被控訴人X1が、名称の如何は別としても、専任講師としての雇用の継続を期待することには合理的な理由があり、本件X1雇用契約は、労働契約法19条2号にいう「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること」という要件を満たす。
(控訴人の主張)
本件X1雇用契約は、平成15年3月1日から10年間の経過措置として創設された特嘱制度が廃止となったことにより、平成25年2月末日をもって期間満了により終了したのであり、これは社会通念上解雇と同視し得るいわゆる雇止めではない。よって、本件X1雇用契約は、労働契約法19条の適用対象ではない。
そして、被控訴人X1は、特嘱制度が平成15年3月1日から10年間限定の経過措置であり、平成25年度以降特嘱としての契約が更新できなくなることを認識していたのであるから、その雇用継続に対する期待に合理的理由はない。
控訴人の親会社である○○ホールディングスの専務取締役であるE(以下「E」という。)は、本件改定について事前に町田会場において説明を行った際、特嘱制度はあくまでも10年間限定の経過措置であると明言しており、市川会場で行われた本件説明会に参加していたB(以下「B」という。)も本件説明会資料の「※経過期間」の欄に手書きで「10年間H15/3~H25/2末」と記載しているから、本件説明会でも特嘱制度があくまで上記10年間に限られた経過措置であることが説明されていることは明らかである。よって、本件説明会に参加した被控訴人X1も、特嘱制度が10年間に限られた経過措置であることを認識していたはずである。
さらに、特嘱は、専任と異なり、控訴人の主力商品である集団指導形態のクラスの授業を基本的に担当せず、クラス運営も行わないのであるから、被控訴人X1が専任として長年雇用されていたとしても、そのことから特嘱としての雇用が継続すると合理的に期待できるということはない。
(2) 本件X1雇止めに客観的合理性、社会通念上の相当性が認められるか
(被控訴人X1の主張)
ア 本件X1雇止めの理由は、50歳不更新制度に基づく年齢超過であるが、50歳という年齢を理由として一律に雇止めをすることには客観的合理性も社会通念上の相当性もない。控訴人は、50歳不更新制度の導入根拠として、ジェネレーションギャップ、円滑なコミュニケーションが困難になること、体力の低下といった事情を主張するが、これらの点は50歳という年齢をもって一律に判断できるものではなく、本件X1雇止めの客観的合理性、社会通念上の相当性を根拠付ける理由にはならない。
イ 控訴人は、控訴審において新たに本件X1雇止めの理由を追加し、被控訴人X1の講師としての能力不足から雇止めの必要性が認められ、本件X1雇用契約の期間が満了した点や控訴人の経営状態が思わしくない点からすると、本件X1雇止めの相当性も認められるなどと主張する。
しかし、控訴人は、原審においては、本件X1雇止めの理由は50歳不更新制度に基づく年齢のみであると主張していたのであり、控訴審になって新たに雇止めの理由を主張するのは許されない。
ウ よって、本件X1雇止めは、労働契約法19条にいう「使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき」に該当する。
(控訴人の主張)
ア 前述のように、本件X1雇用契約に労働契約法19条の適用はない。そして、同条の基礎となる解雇権濫用の法理は、雇用関係の継続に対する労働者の合理的な期待、信頼を保護するためにあるものであり、専任は、正社員と比較して、採用の容易さ、業務内容も教室業務の企画運営は担当しないこと、複数の学習塾を渡り歩くことも珍しくなく、独立も容易であることなどの特殊性があるから、雇用の継続に対する期待は元来低いというべきである。よって、専任として雇用されていた被控訴人X1については、仮に同法理が適用されるとしても、通常の場合よりも、同条の定める客観的合理性、社会通念上の相当性について、緩やかな基準で判断すべきである。
そして、控訴人は、自らが理想とする授業の品質を確保するため、50歳を超えた講師には原則として集団授業を担当させないこととし、集団授業及びクラス運営を担当する専任について、満年齢50歳を超えた場合には、翌年度の契約更新を行わないという50歳不更新制度を採用した。授業を行う講師が高齢化し、生徒との間でジェネレーションギャップが広がると、生徒との間で円滑なコミュニケーションをとることが困難になるし、講師の体力が低下すると、多数の生徒全員を巻き込んだ授業をやりきることが困難になる。このように、高齢化した講師は、魅力ある授業を行うことができず、受講している生徒及びその保護者の満足を得ることは困難となり、ひいては退会者を出す原因となってしまう。教師の高齢化の影響により教育上看過し難い問題が生じることについては、報道や研究でも盛んに報告されている。学習塾業界では、少子化の時代を迎えて乱立する学習塾同士が生き残りをかけて熾烈な競争を繰り広げている状況にあることから、控訴人は、このような競争を勝ち抜き、現状の生徒を確保しつつ新規の生徒を確保するために、控訴人の主力商品である集団指導形態のクラスで魅力ある授業を確保すべく、50歳不更新制度により、50歳を超えた専任とは雇用契約の更新をしないという契約更新の上限を導入したのである。
よって、仮に、本件で解雇権濫用法理が適用されるとしても、本件X1雇止めには客観的合理性と社会通念上の相当性が認められる。
イ 被控訴人X1について、平成15年から平成24年までの担当クラスの退会者数が99名であり、講師としての能力に問題のある被控訴人X2についての退会者数104名に肉薄している。これは、被控訴人X1について、被控訴人X2に匹敵する指導力の低さを如実に表しているのであり、控訴人には本件X1雇用契約を更新する意味はない。
そもそも、被控訴人X1については、あくまでも有期雇用契約の期間満了による契約関係が終了したにすぎず、控訴人が解雇の意思表示をしたのではない。控訴人は、3期連続赤字であり、その経営状態が思わしくないことを考慮すれば、被控訴人X1との雇用契約を更新しなかったことは相当である。
(3) 本件X2雇止めに客観的合理性、社会通念上の相当性が認められるか
(被控訴人X2の主張)
控訴人は、平成25年2月末日をもって、被控訴人X2に対し、契約の更新をしない旨の通知を行って雇止めとした。
この点、雇用期間が20年以上にも及び、勤務状況も良好であった被控訴人X2を雇止めとするには、それまでの雇用期間中には現れなかったような勤務成績の突然の悪化や背信行為、非違行為等、雇用契約を終了させざるを得ない特殊な事情がなければならない。
控訴人は、専任の雇止めについては、解雇権濫用法理を法制化した労働契約法19条の適用に際し、通常の場合よりも、客観的合理性、社会通念上の相当性について緩やかな基準により判断すべきであるなどとも主張するが、労働契約法の改正に当たり、そのような議論はなく、有期雇用契約であっても同条に該当すれば解雇権濫用法理によってこれを保護すべきであるとした法の趣旨にも反する。
(控訴人の主張)
ア 平成25年度において被控訴人X2と雇用契約を締結しないことについては、解雇権濫用法理を法制化した労働契約法19条が適用されるが、前記のとおり、正社員と比較して採用の容易さなどの点で差異のある専任については、通常の場合よりも、客観的合理性、社会通念上の相当性について、緩やかな基準によって判断すべきである。
イ 本件においては、被控訴人X2が長年にわたって担当クラスから多数の退会者を出していること、生徒や保護者からの苦情(クレーム)が多いこと、授業が下手であること、教室長や同じクラス担当のペアの講師とのコミュニケーションが不足していること、教室長の指示に従わないこと、人事評価が劣悪であることといった事情が認められるところ、これは解雇の正当事由として十分なものであり、本件X2雇止めには合理性がある。
控訴人は、様々な方法により、長年にわたって、何とか被控訴人X2の授業技術を向上させ、担当クラスから退会者数を減少させようと努力してきたが、同人の授業技術は向上せず、退会者数の多さも一向に改善されなかった。これ以上控訴人において被控訴人X2を指導したとしても、その授業技術が向上する見込はなく、退会者数や苦情数も改善する見込みもない。本件X2雇止めには社会通念上の相当性もある。
(4) 中間収入の控除
(控訴人の主張)
控訴人が被控訴人らに給与を支払わなくなって2年以上が経過しているが、その間、被控訴人らがどこからも給与を受けることなくその生活を維持しているとは考えられない。したがって、仮に、被控訴人らの請求が認められるとしても、中間収入については請求金額から控除されるべきである。
(被控訴人らの主張)
中間収入については、控訴人に主張立証責任があるところ、控訴人には原審で被控訴人らに対する本人尋問の機会が与えられたにもかかわらず、これを十分に生かさなかったのであり、控訴審で中間収入控除の主張をすることは、明らかに時機に後れたものであるから、却下されるべきである。
第3当裁判所の判断
当裁判所は、被控訴人らには、本件X1雇止め及び本件X2雇止め以前に施行された労働契約法19条が適用され、被控訴人X1については、同条2号にいう「有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由がある」と認められるとともに(争点(1))、被控訴人らに対する本件での雇止めは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず(争点(2)、(3))、被控訴人らについて控除すべき中間収入の立証もないから(争点(4))、結局、原判決と同様に、被控訴人らの本訴請求は、被控訴人らについて雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と、平成25年4月以降判決確定までの給与の支払を求める限度で理由があると判断する。その理由は、次のとおりである。
1 争点(1) 本件X1雇用契約が労働契約法19条2号に該当するか
(1) 前記引用に係る原判決第2の1記載の前提事実(当審における補正部分を含む。以下同じ。)によれば、控訴人は、被控訴人X1との有期労働契約である本件X1雇用契約について、労働者である被控訴人X1がその更新の申込みをしたにもかかわらず、同申込みを拒絶したことが認められるから、この場合の本件X1雇用契約が更新されるか否かについては、労働契約法19条が適用されると解される。
控訴人は、本件X1雇用契約は、平成15年3月1日から10年間限定の経過措置として創設された特嘱制度が廃止となったことで、平成25年2月末日をもって期間満了により終了したと主張し、本件X1雇用契約は、労働契約法19条の適用対象ではないなどと主張するが、仮に、同日をもって、控訴人において、特嘱制度の下で雇用されている社員を解雇するに足りる整理解雇の要件を主張立証するのであれば別論、証拠(証拠<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、平成25年2月末日をもって特嘱の制度を廃止したとする一方で、その職務内容を含め勤務条件を共通にする嘱託教務社員の雇用を行っていることが認められるのであって、単に特嘱という職名で雇用する職員を置かないことにしたというだけで労働契約法19条の適用を免れることはできず、控訴人の上記主張は失当というほかはない。
(2) 証拠(後記のもののほか、証拠<省略>、被控訴人X1)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人X1雇用関係については、以下の事実が認められる。
ア 被控訴人X1は、平成4年に専任として採用されて以来、専任としての雇用契約を19回更新し、その間、控訴人の主力商品として位置づけられている集団指導形態のクラスの授業を受け持ってきた(証拠<省略>)。被控訴人X1は、満51歳に達した後である平成24年3月1日付けで、特嘱として雇用契約を更新したが、特嘱となった後も、それまでより少ないながらも、集団形態のクラスの授業を担当してきた(証拠<省略>)。上記の契約更新は、いずれも控訴人が使用するA4一枚の契約書を取り交わすことによって事務的に行われてきた。
イ 控訴人は、平成15年3月1日以降、社員が51歳に達した後は、原則として集団形態のクラスの授業を担当させない勤務形態とすることを計画し、専任就業規則を変更し、原則として、専任の契約更新は満50歳を最終回とする50歳不更新制度を導入することとし、ただし、50歳不更新制度導入時に既に満50歳に達していたり、間もなく50歳に達したりする専任に対する激変緩和措置として、同日から10年間に限定した経過措置として特嘱という雇用形態を設け、専任としての更新年齢の上限を超えた社員についても、特嘱制度が存続する間は、満60歳を限度として特嘱としての契約更新を可能とすることとした(証拠・人証<省略>)。
ウ 控訴人は、上記イのとおり50歳不更新制度を導入するに先立ち、平成14年11月13日、市川会場で本件説明会を開催し、本件説明会資料(証拠<省略>)を配布して、専任就業規則の変更(本件改定)について説明した。本件説明会資料には、① 専任の年次契約の更新に関しては、原則として満50歳を最終回として、51歳に達した日の属する年度末をもって、以降の更新は行わない、② 上記①にもかかわらず、平成15年3月1日から10年間を「経過期間」として設定し、経過期間内に雇止め年齢に達した専任は、希望があれば、特嘱として契約を締結する、③ 上記②にかかわらず、満60歳を超えた時点で、特嘱を勇退していただく旨が記載されており、本件改定に伴って定められた特嘱就業規則5条2項には、特嘱の年次契約の更新に関しては、原則として、満60歳に達した日の属する年度末をもって、以後の更新は行わない旨が定められた(証拠<省略>)。なお、本件説明資料の上記記載の後には、※印を付して、経過期間経過後の取扱いについては、双方が合意すれば、◎◎スタッフ、c塾専属マネージャーなど11の職種に移っていただくことになるとの記載がある(証拠<省略>)。
エ 控訴人においては、平成15年3月1日に50歳不更新制度を導入した後も50歳を超えて勤務している者が相当数存在し、本件改定から10年目の平成24年3月1日からの年次においても、特嘱として勤める者が22人存在し、その翌年以降も、その就業規則の内容が特嘱のそれとほぼ同様である嘱託教務社員として勤める者が、平成25年に17人、平成26年に13人、平成27年に10人存在した(証拠<省略>)。
(3) 上記(2)の認定事実の下において、被控訴人X1が、本件X1雇止めの時点に本件X1雇用契約が更新されるものと期待することに合理的な理由があるかについて検討するに、被控訴人らは、50歳不更新制度が年齢による差別であって許されないものであると主張するので、まず、専任就業規則を変更し、原則として、契約の更新は満50歳を最終回とする50歳不更新制度を導入する本件改定の許否について判断する。本件改定は、専任就業規則を労働者に不利益に変更するものであるところ、このような就業規則の不利益変更は、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労働関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有している場合に限り、その効力を認めることができるものというべきである。
以上の観点から、本件改定の合理性について検討すると、控訴人は、授業を行う講師が高齢化し、生徒との間でジェネレーションギャップが広がると、生徒との間で円滑なコミュニケーションをとることが困難になるし、講師の体力が低下すると、多数の生徒全員を巻き込んだ授業をやりきることが困難になるから、高齢化した講師は、魅力ある授業を行うことができず、退会者を出す原因となるなどと主張し、証人Eの供述及び陳述書(証拠<省略>)中には、b予備校やa学院において行った生徒(前者は高校生、後者は小中学生)や保護者を対象として実施したアンケートの結果分析により上記主張に係る相関性が確認された旨供述等をする部分があるが、同証人は、上記アンケート結果は、どちらかといえば定性的なデータであると述べるのであり、当該分析内容を具体的に示す証拠も提出されていないことも考慮すると、客観性ある裏付けを伴わない上記供述等をもって、50歳を超える講師について、控訴人が理想とする質の高い授業ができなくなるなどの事情が一般的に広く存在すると認めるには足りない。また、控訴人は、高齢化の影響により教育上看過し難い問題が生じることについて報道や研究でも盛んに報告されているなどと主張し、証拠(証拠<省略>)を提出する。これらの証拠によれば、一般論として、教育者が高齢化することによって教育に困難が生じる可能性があることまでは認められるが、これらの報道や研究も個々の教育者の創意工夫による教育効果の向上を否定するものではない。結局、教育者が高齢化することによって教育に困難が生ずる可能性があり、b予備校やa学院において行ったアンケートにおいても、教師の年齢と授業の魅力との間に定性的関連が窺われたという以上の事実を認めることはできず、専任について年齢が50歳を超えた場合には一律に契約更新を行わないとの就業規則の変更を行う高度の必要性を肯定することはできない。
これに対して、専任の雇用契約は1年ごとの年次契約であるとはいうものの、本件X1雇用契約が前記認定のようにA4一枚の契約書を取り交わすという簡易な事務手続のみで長期間更新を繰り返してきたことや、控訴人においても、本件改定に当たっては激変緩和措置が必要であると判断していたことに加え、弁論の全趣旨に照らすならば、控訴人においても、特段の不都合がない限り、専任の年次契約が更新されるのが通常であったこと自体を争うものではないことを総合すると、50歳不更新制度の導入により労働者が被る不利益は決して小さくないものということができる。そして、控訴人が激変緩和のために導入した特嘱制度を平成15年3月1日から10年が経過することによって廃止し、その後は、専任を51歳に達した日の属する年度末に雇止めとするのであれば、本件改定直後に50歳を超えた者については10年近く特嘱としての契約が更新されるものの、被控訴人X1のように、経過期間の末期になって50歳を迎える者にとっては、特嘱として雇用される期間がほとんどないことになるから、50歳不更新制度の導入によって被る不利益は一部の者についてほとんど緩和されないことになる。そうすると、本件改定によって導入された50歳不更新制度は、極めて不十分な代償措置を伴うものでしかないと解さざるを得ない。
以上に検討したことに加え、本件改定後、控訴人においては、50歳を超えた多数の専任についても特嘱として雇用を継続してきたことは前記認定のとおりであり、その間、専任として契約が更新されないことについて紛争が生じたことはなかったことは弁論の全趣旨により明らかであることや、被控訴人X1自身も、満51歳に達した後の平成24年3月1日からは特嘱として契約を更新したことからすると、特嘱としての雇用が60歳を超えるまで継続する限りにおいては、本件改定は労働者にも受け入れられていたものと推認することができる。そうであれば、控訴人が、本件改定がされた平成15年3月1日から10年が経過した後においても、特嘱就業規則5条2項に定めるように満60歳に達した日の属する年度末までは、代償措置としての特嘱ないしそれと同等の職務内容の職種での契約の更新を、年齢のみを理由として拒絶しない扱いをする限りおいては、本件改定の効力を肯定することができるものというべきである。
本件改定による専任就業規則の不利益変更に関する上記判断に照らすならば、被控訴人X1が、満52歳に達した後の平成25年3月1日以降も、年齢のみを理由として、特嘱ないしそれと同等の職務内容の職種での契約の更新を拒絶されることはないと期待することは、法的にみて正当なものであるといえることに加え、前記認定のように本件X1雇用契約は長期間にわたり更新が重ねられてきたこと、本件説明会資料や特嘱就業規則からすると、特嘱制度は、平成15年3月1日から10年の経過により廃止され、以後は特嘱として契約を更新しないことが明確に、誰にでも理解できるように説明されていたとみることはできず、51歳に達すると専任としての契約更新はできなくとも、特嘱としては、満60歳を過ぎるまでは勤務を継続できるとの理解をすることもあながち不当とはいえないこと、上記10年が経過した後も51歳を超えて特嘱とほぼ同じ就業規則を有する嘱託教務社員として勤務している者も多数存在していることからすると、被控訴人X1において、平成25年2月末日の契約満了時に、本件改定がされた平成15年3月1日から10年が経過した後においても、特嘱就業規則5条2項に定めがあるように満60歳に達した日の属する年度末までは、代償措置としての特嘱ないしそれと同等の職務内容の職種(現状においては嘱託教務社員がこれに相当する。)で契約が更新されると期待することには、合理性な理由があるというべきである。
(4) 以上の判断につき、控訴人は、Eが本件改定について事前に町田会場において説明を行った際、特嘱はあくまでも10年間の経過措置であると明言しており、市川会場で行われた本件説明会に参加していたBも「10年間 H15/3~H25/2末」との手書きの記載を残しているから、本件説明会でも特嘱制度があくまで10年間に限られた経過措置であることが説明されているはずであると主張する。そして、証拠(証拠<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、Eは、町田会場において特嘱が10年間の経過措置期間内のものであることを説明しており、市川会場で行われた本件説明会に参加したBも、本件説明会資料中の「経過期間の設定について」の欄に、上記記載をするとともに、同じ欄の中で特嘱のことについても書き留めていることが認められる。
しかしながら、前記のとおり、50歳不更新制度を導入する本件改定は、満60歳に達するまでは、特嘱ないしそれと同等の職務内容の職種の契約更新を、年齢のみを理由として拒絶しない扱いとする限りにおいて、その法的効果を肯定できることに加え、前記のような本件説明会資料や特嘱就業規則において、特嘱制度の存続期間やその終期である平成25年3月1日以降は特嘱としての契約更新がないことが明確に記載されていないことも踏まえると、たとえ被控訴人X1が本件説明会において上記のような説明を聞いていたとしても、50歳不更新制度によって不利益を被る自らについて、10年が経過した後も特嘱ないしそれと同等の職務内容の職種で契約が更新されると期待することについては合理性な理由があると解すべきことに変わりはない。
また、(証拠<省略>)によれば、被控訴人X1に関する平成24年度の特嘱としての雇用契約書には、書面の下の部分に「2012年度の契約更新が最終となります」との注記があることが認められるが、上記と同様の理由により、このことによって、被控訴人X1の契約更新についての期待に合理的な理由があるとの判断は左右されない。
(5) 以上によれば、本件X1雇用契約は労働契約法19条2号に該当すると解するべきである。
2 争点(2) 本件X1雇止めに客観的合理性、社会通念上の相当性が認められるか
(1) 控訴人は、まず、解雇権濫用の法理が、雇用関係の継続に対する労働者の合理的な期待、信頼を保護するためにあるから、専任は、正社員と比較して雇用の継続に対する期待は元来低いというべきであり、専任として雇用されていた被控訴人X1については、仮に解雇権濫用法理が適用されるとしても、通常の場合よりも同条が定める客観的合理性、社会通念上の相当性について緩やかな基準により判断すべきであると主張する。
しかし、控訴人が主張する専任についての採用の容易さ、業務内容も教室業務の企画運営は担当しないこと、複数の学習塾を渡り歩くことなどの事情は、単に一般論を述べるにすぎないのであり、本件X1雇止めに関して、その客観的な合理性、社会通念上の相当性を通常の場合よりもより緩やかに判断すべきであるとする根拠にはならない。控訴人の上記主張は、独自の見解であって採用することができない。
(2) そこで、本件X1雇止めが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときに当たるかについて検討するに、本件X1雇止めは、本件改定によって50歳不更新制度が導入され、その際に導入された激変緩和措置としての特嘱制度も平成15年3月1日から10年を経過したことによって廃止されたことによるものであるところ、50歳不更新制度を導入する本件改定は、控訴人が、本件改定がされた平成15年3月1日から10年が経過した後においても、特嘱就業規則5条2項に定めるように満60歳に達した日の属する年度末までは、代償措置としての特嘱ないしそれと同等の職務内容の職種で契約の更新を、年齢のみを理由として拒絶しない扱いをする限りおいて、その効力を肯定することができるものというべきことは既に認定説示したとおりである。そうであれば、控訴人が、専任についての50歳不更新制度を前提としながら、上記の10年が経過したことにより特嘱が廃止されたとしてする本件X1雇止めには、客観的合理性も社会通念上の相当性も認め難いものというほかはない。
なお、控訴人は、当審において、本件X1雇止めに客観的合理性、社会通念上の相当性が認められる根拠として、被控訴人X1について担当クラスからの退会者数が多い(10年間で99名)ことを主張するが、後記の被控訴人X2について説示するのと同様に、退会者数が他の講師と比較して多いこと自体についての具体的な裏付けが不十分であり、しかもその退会理由が被控訴人X1のみの責めに帰すべきものであることについての的確な証拠もないから、この主張を採用することはできない。
そして、控訴人は、控訴人が3期連続赤字であり、その経営状態が思わしくないことなども主張するが、仮に、この点を考慮しても、前記判断は左右されない。
3 争点(3) 本件X2雇止めに客観的合理性、社会通念上の相当性が認められるか
(1) 控訴人は、被控訴人X2についても、専任については、通常の場合よりも、労働契約法19条の定める客観的合理性、社会通念上の相当性について、緩やかな基準で判断すべきであると主張するが、控訴人の上記主張を採用することができないことは、被控訴人X1について説示したところと同様である。
(2) 控訴人は、被控訴人X2が長年にわたって多数の退会者を出しているなどとして、このことをもって、本件X2雇止めには、客観的に合理的な理由があるものであり、社会通念上相当であると主張するが、当裁判所は同主張を採用することはできないものと判断する。その理由は、原判決第3の2(2)イ(イ)aに記載のとおりであるからこれを引用する。
要するに、控訴人が主張する退会者数や退会率については、それが客観的かつ具体的な資料によって裏付けられているとまでは認められず、生徒が被控訴人X2のみの責めに帰すべき理由により退会したと認めるに足りる証拠もないから、控訴人の主張は採用することができない。
この点、証拠(証拠<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、平成13年2月頃の控訴人の年間退会者数は、全講師435人について合計で約2300人であり、講師一人当たり平均約5人の退会者があったこと、年間10人以上の退会者を出している講師は51人であったことが認められる。これに対し、証拠(証拠<省略>)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人X2は、担当クラスから10年間で104人、年によっては十数名の退会者を出していることが認められ、被控訴人X2は、年間の退会者が多い講師である可能性はある。しかし、証拠(証拠<省略>)によれば、被控訴人X2も、退会者が少ないときは4人(平成15年度)、6人(平成18年度)、7人(平成20年度、平成24年度)という年もあるのであり、上記の平成13年2月頃の年間退会者数との比較のみをもって、被控訴人X2が特に退会者が多い講師であると断定することはできない。そして、本件において、生徒の退会が、二人組で授業をしている講師の一人である被控訴人X2のみの責めに帰すべきものと認めるに足りる証拠もないし、また、担当クラスのレベルやそれに伴う生徒の熱意にも差異があることは公知であることも考慮すると、本件X2雇止めを検討する際にこのような退会者数を過大に評価することはできない。
(3) 控訴人は、被控訴人X2について生徒や保護者から苦情(クレーム)が多いとか、授業が下手であるなどとも主張するが、当裁判所は同主張も採用することはできないものと判断する。その理由は、次のとおり補正するほかは、原判決第3の2(2)イ(イ)bに記載のとおりであるからこれを引用する。
ア 原判決32頁26行目「すなわち」から33頁1行目「あり得るから、」まで、同33頁6行目「(なお」から9行目「である。)」までをそれぞれ削除する。
イ 原判決34頁16行目「人員の余裕が」から17行目「得ない。」を「それにもかかわらず、本件において、被控訴人X2をどうしても配置転換することができなかったことについての主張立証はないから、控訴人の上記主張は、採用することができない。」と改める。
要するに、控訴人が被控訴人X2に対する苦情として主張するものは、抽象的なものであるか、生徒又は保護者の側に問題があるとみられるようなものを含んでおり、苦情に係る被控訴人X2の行動によって生徒が退会するに至ったわけでもない。控訴人は、被控訴人X2の言い分を聴取してその内容を十分に吟味してもおらず、控訴人において、上記の苦情を喫緊の課題であると認識していたと認めるに足りる証拠もない。苦情の多さを考慮すれば、被控訴人X2において授業の進め方等に改善すべき余地があったことは否めないが、これらの苦情をもって、本件X2雇止めが客観的に合理的な理由があり、これが社会通念上相当であるとまで認めるには足りない。控訴人は、被控訴人X2を今後指導したとしても、その授業技術が向上する見込はなく、退会者数や苦情数も改善する見込みはないなどとも主張するが、同主張を認めるに足りる的確な証拠はない。
(4) 控訴人は、以上のほかに、被控訴人X2について、教室長や同じクラス担当のペアの講師とのコミュニケーションが不足していること、教室長の指示に従わないこと、人事評価が劣悪であることといった事情があったことも主張するが、同主張はいずれも採用することができない。その理由については、原判決35頁18行目「このような」から21行目末尾までを「このような営業面の評価も講師の評価の一部ではあるものの、この点のみを重視して本件X2雇止めを相当とすることもできない。」と改めるほかは、原判決第3の2(2)イ(ウ)aからcまでに記載のとおりであるからこれを引用する。
要するに、被控訴人X2について、① 教室長や講師、あるいは生徒や保護者とのコミュニケーションが不足していたと認めるには足りず、② 教室長の指示に従って特定の講座を受講するように生徒を誘導する働きかけが十分でなかったことは認められるものの、授業の実施自体ではない、営業面での一時の不手際を殊更に重視して本件X2雇止めの合理性等を判断することもできず、③ 人事評価が劣悪であることについても、その評価の基となる事実の存在や評価の妥当性に疑問が残るから、控訴人の上記主張を採用することはできない。なお、同③については、証拠(証拠<省略>)によれば、被控訴人X2は、平成24年には、控訴人において、全講師の中で2番目に評価が低い講師として認識されていたことが認められるが、この点を考慮しても、その評価自体に上記のような疑問がある以上、上記判断は左右されない。
(5) 以上により、本件X2雇止めについて、労働契約法19条にいう客観的な合理性、社会通念上の相当性を認めることはできない。
4 争点(4) 中間収入の控除
控訴人は、被控訴人らが、両名に対する雇止めの後、何らかの給与収入を得ているからこれを請求金額から控除すべきである旨主張するが、本件において被控訴人らがそれぞれの雇止めの後に収入を得ていたことを認めるに足りる証拠はなく、控訴人の同主張を採用することはできない。
5 本訴請求についてのまとめ
以上によれば、被控訴人らの請求については、被控訴人X1は、特嘱と同等の職務内容となる職種(現状においては嘱託教務社員がこれに相当する。)としての雇用契約上の権利を有する地位にあるということができ、本件X1雇止め後の平成25年3月分から必要性の認められる本判決確定の日までの給与等(同年3月分の支払月である同年4月から本判決確定の日まで、毎月25日限り月額26万0616円の割合による金員及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金)の支払を求める限度で理由があり、被控訴人X2は、専任としての雇用契約上の権利を有する地位にあるということができ、本件X2雇止め後の平成25年3月分から必要性の認められる本判決確定の日までの給与等(同年3月分の支払月である同年4月から本判決確定の日まで、毎月25日限り月額30万0699円の割合による金員及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金)の支払を求める限度で理由がある。
第4結論
よって、本訴請求のうち、上記の限度で被控訴人らの請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 綿引万里子 裁判官 岩井直幸 裁判官 上村善一郎)