大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成27年(行コ)293号 判決 2016年1月14日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  処分行政庁が,原判決別紙1「公売物件目録」記載の各不動産(売却区分番号11135-3)につき,平成24年9月4日付けでした公売公告を取り消す。

3  処分行政庁が,原判決別紙1「公売物件目録」記載の各不動産(売却区分番号11135-3)につき,平成24年9月4日付けでした見積価額の公告を取り消す。

第2事案の概要

(以下において略称を用いるときは原判決に同じ。)

1  本件は,控訴人が相続税を滞納したとして,同相続税の担保として提供された原判決別紙1「公売物件目録」記載の各不動産(本件公売不動産)を処分するため,川崎北税務署長においてこれを差し押さえ,同税務署長から徴収の引継ぎを受けた処分行政庁においてこれを公売に付したところ,控訴人が,その見積価額が適正でない,超過差押えの禁止に違反する,公売に付した財産の選択につき裁量権の逸脱又は濫用があるなどと主張して,本件公売不動産についての公売公告(本件公売公告。国税徴収法95条1項)及び見積価額の公告(本件見積価額公告。同法99条1項)の各取消しを求める事案である。

原判決は,本件見積価額公告の取消しを求める部分については,本件見積価額公告が抗告訴訟の対象となる行政処分に該当しないとして同部分に関する訴えを却下し,本件公売公告の取消しを求める部分については,訴えの利益(回復すべき法律上の利益)を認めた上で同部分に関する請求を棄却したので,控訴人がこれを不服として控訴した。

2  関係法令の定め,前提事実,争点及び当事者の主張の要旨は,後記3のとおり付加するほかは,原判決「事実及び理由」中の第2の2ないし4及び第3に記載のとおりであるから,これらを引用する。

3  当審における当事者の主張(争点①(本件公売公告の取消しを求める訴えの利益の存否)に関する追加の主張)

(1)  被控訴人の主張

ア 売却決定が行われ買受人が買受代金を納付して所有権を取得した本件においては,控訴人には,本件公売公告の取消しによって「回復すべき法律上の利益」(行政訴訟法9条1項)は存在しない。

イ 公売公告と売却決定は,公売不動産の売却を目的とする点において共通するところはあるものの,法的効果を異にする別個の独立した処分であり,その適法性の要件も異なるから,公売公告が取り消された場合,当然にその拘束力により売却決定が取り消されるものではない(国税徴収法173条1項参照)。売却決定の効力を巡る紛争を解決する手段としては,同決定の取消訴訟によることが直截かつ適切であり,かつ滞納者に対し,取消訴訟により同決定の効力を争わせたとしても特段の不都合はない。

また,仮に公売公告の違法を理由に公売公告及び売却決定が取り消され,再度入札手続を行ったとしても,入札価額は,買受希望者の多寡,買受意思の強弱,資金繰り等様々な要素が影響して形成されるものであって,最高の申込価額が当初手続での最高の申込価額を上回る保障はないから,滞納者において,公売公告の取消しにより高額な売却がされることを期待し得る法的地位を有するとはいえない。

以上を前提に,安定的な換価手続の運営確保及び買受人の利益保護の要請(国税徴収法117条,171条,173条等参照)をも考慮すれば,売却決定が行われ買受人が買受代金を納付して所有権を取得した場合には,公売公告の取消しについてその訴えの利益は認められない。

(2)  控訴人の主張

争う。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,控訴人の本件公売公告の取消しを求める請求については棄却し,本件見積価額公告の取消しを求める訴えについては却下すべきものと判断する。その理由は,以下のとおり補正し,後記2のとおり付加するほかは,原判決「事実及び理由」中の第4に記載のとおりであるから,これらを引用する。

(1)  24頁12行目ないし13行目「国税徴収法173条1項各号に該当するときを除き,」を削除する。

(2)  24頁16行目「異議申立てがないときは」の次に「,判決の拘束力に従った」を加える。

(3)  24頁18行目冒頭から26頁21行目末尾までを次のとおり改める。

「イ 公売公告の取消判決が差押不動産等の所有者及び滞納者(以下「滞納者等」という。)に与える利益

上記アのとおり,公売公告を取り消す旨の確定判決の拘束力に従い,公売公告に後行する処分が取り消された場合には,当該不動産の差押え自体が取り消されない限りは,当該差押えに基づき,改めて,当該不動産についての公売公告を行うことになると解される(国税徴収法89条1項,94条1項,95条1項)。そうすれば,滞納者等としては,適法な公売公告の下に,売却決定に至る一連の手続が行われることを期待し得る法的地位を回復するということができるから,この点において,公売公告の取消しによって「回復すべき法律上の利益」(行政事件訴訟法9条1項)を有すると解すべきである。」

(4)  26頁22行目ないし23行目「エ なお,差押不動産等の所有者及び滞納者(以下「滞納者等」という。)は」を「ウ なお,滞納者等は」に改める。

(5)  27頁12行目冒頭から28頁5行目末尾までを次のとおり改める。

「 前提事実(2)のとおり,控訴人は,本件公売不動産の所有者であり,かつ,本件滞納相続税の滞納者であって,本件公売公告の取消しによって「回復すべき法律上の利益」(改めて適法な公売公告の下に売却決定に至る一連の手続が行われることを期待し得る法的地位)を有するから,本件公売公告の取消しを求める訴えの利益はなお失われていないというべきである。」

(6)  30頁25行目「本件不動産」を「本件公売不動産」に改める。

(7)  31頁12行目「従ったものである以上」を次のとおり改める。

「従ったものであり,上記のとおり,控訴人は,自己の有する財産のうち,本件相続税の担保となるものとして,賃貸物件である別件差押不動産等ではなく,居住用不動産である本件公売不動産等を自ら提供したのであるから,処分行政庁が本件相続税を徴収するため本件公売不動産を公売に付したとしても,これは控訴人の選択の結果とみるほかない。

なお,控訴人は,処分行政庁が,賃貸物件である別件差押不動産をいったん先に公売に付したにもかかわらず,売却決定に至らないまま居住用不動産である本件公売不動産について公売公告をした点において,裁量権の著しい逸脱又は濫用がある旨主張するところ,別件差押不動産は,その公売公告がされた平成23年2月7日当時,Aに売却済みであり(甲5,前記引用に係る原判決「事実及び理由」中の第2の3(3)ア),処分行政庁が,第三者たるAの別件差押不動産に関する権利の侵害の有無及びその程度等を考慮の上,控訴人所有に係る本件公売不動産の公売を実施することにしたとしても,これは処分行政庁が有する裁量権の合理的な行使といえる(国税徴収法49条参照)。Aが,控訴人に対し,本件滞納相続税を納付すべき義務を負っていたにもかかわらず,これを怠っていたとの控訴人主張の事実があったとしても,このことはAと控訴人との間の事情にすぎず,これが,本件公売不動産に関し公売公告を行うについての処分行政庁の裁量権の濫用又は逸脱を基礎付ける事情になるとはいえない。」

2  当審における当事者の主張(争点①(本件公売公告の取消しを求める訴えの利益の存否)に関する追加の主張)について

被控訴人は,公売公告が違法であるとしてその取消判決が確定したにもかかわらず,国税徴収法173条1項各号に該当する事由がある場合は,後行処分である売却決定等が取り消されないこともあり得ることを理由として,本件公売公告の取消しを求める訴えの利益を否定すべきであるとの趣旨の主張をするので,念のため,この点について判断する。

国税徴収法173条は,不服申立てに対する税務署長等の権限を定めたものであって,取消訴訟において公売公告が違法であるとして取り消された場合,判決の拘束力が同条によって制限されると解する根拠はなく,税務署長等は,判決の拘束力により,後行処分である売却決定等を取り消さなければならないと解される(行政事件訴訟法33条1項)。このように解するのでなければ,国税徴収法173条によって,取消判決の拘束力に従い後行処分である売却決定等を取り消すか否かが税務署長等の行政庁の裁量に委ねられているということになり,かかる解釈を是認することができないことは明らかである。裁判所が,公売公告に違法があるとの理由によりこれを取り消すか否かを判断するに当たり,違法が軽微であり後行処分に影響を及ぼさせることが相当でない場合に,同条1項各号の趣旨を考慮する余地はあるとしても,判決により公売公告が取り消された場合でも売却決定が取り消されないことがあり得ることを前提とする被控訴人の主張を採用することはできない。

また,売却決定の効力を巡る紛争を解決する手段としては,同決定の取消訴訟によることが直截であるとの被控訴人の指摘は首肯できるものの,公売公告に処分性があることを前提とする以上,売却決定の取消訴訟を提起し得ることが,売却決定とは別個の行政処分たる公売公告の取消訴訟につき,その訴えの利益を否定する理由とはなり難い。

第4結論

以上のとおり,控訴人の本件公売公告の取消しを求める請求については理由がないから棄却し,本件見積価額公告の取消しを求める訴えについては不適法であるから却下すべきであり,原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 綿引万里子 裁判官 黒津英明 裁判官 上村善一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例