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東京高等裁判所 平成3年(う)1252号 判決 1992年2月18日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中八〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人齋藤實及び被告人提出の各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一  弁護人の控訴趣意及び被告人の控訴趣意中事実誤認の主張について<省略>

第二  被告人の控訴趣意中量刑不当の主張について

所論は、要するに、被告人を懲役二年六月に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

記録によれば、本件は、被告人が原判示の日時、原判示の病院において、同病院事務員等に対し、所携のカッターナイフを突き付け原判示のような脅迫文言を申し向けて、その反抗を抑圧し睡眠薬を強取しようとしたが、駆け付けた警察官に取り押さえられて、その目的を遂げなかった、という事案である。

被告人は、平成三年七月一二日傷害、銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪により、懲役一年に処せられ、保護観察付きで四年間刑の執行を猶予されたのに、その僅か二週間後に本件犯行に及んだもので、その動機も自殺するための睡眠薬を入手しようという甚だ短絡的なもので、犯行の態様は、カッターナイフを被害者らに突き付けて脅すという危険なものであることなどを考えると、被告人の罪責は重いというほかない。

そうしてみると、被告人が、前刑の言い渡しを受けた後、新聞販売店に就職するなど更生のためそれなりに努力したこと、本件が未遂に終わったこと、被告人にはかねてアルコール依存があり、本件犯行前に飲酒したことが犯行を誘発したと思われること、被告人の反省の態度など被告人のため酌むことができる諸事情を十分考慮してみても、法定の刑期を減軽したうえなした原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

なお、職権により調査すると、1被告人は、平成三年七月一二日長野地方裁判所上田支部において傷害及び銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪により懲役一年、四年間執行猶予・付保護観察の判決を言い渡され、同判決は同年七月二七日確定し、これと本件強盗未遂とは刑法四五条後段の併合罪の関係にあり、同法五〇条により未だ裁判を経ない本件強盗未遂罪につき処断すべきところ、原判決はこの事実につき全く判示するところがないから、これを看過したものと解さざるを得ず、2また、原判決は、本件強盗未遂罪に対し、刑法二四三条、二三六条一項を適用したうえ、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽し、被告人を懲役二年六月に処していることが判文上明らかであるが、酌量減軽は法律上の減軽を施した刑期の最低をもってしてもなお重きに過ぎる場合になされるべきものであって、本件のように未遂という法律上の減軽事由があるのに直ちに酌量減軽をするのは違法であると解されるから、原判決には右各法令の適用の誤りがあるといわざるを得ない。

そこで、以下に、原判決の右の各法令の適用の誤りの判決に及ぼす影響について検討する。

1 まず刑法四五条後段、五〇条を看過した点について考えると、右法条によるいわゆる余罪の量刑にあたっては、確定裁判を受けた罪に関する量刑の内容をも勘案し、これと余罪とが同時審判を受けた場合と均衡を失しないように考慮するのが望ましいと思われるけれども、他方右の考慮の有無によって余罪の量刑が常に異なってくるとは必ずしも言い難く、確定裁判のあった罪及び余罪の法定刑及び事案の内容、確定裁判を受けた罪に関する宣告刑の軽重等によって自ずから差異があると認められる。しかるところ、本件において、未遂減軽及び酌量減軽をともに施せば原判決が宣告した懲役二年六月以下の刑を言渡すことは可能であるけれども、原判決が、「量刑の理由」の項において説示するところ及び前記量刑不当の控訴趣意について判断した諸事情を合わせ考えると、原審が懲役一年を科している確定裁判の存在を念頭に置いたとしても、被告人に対し二回の減軽を施してまで異なる内容の宣告刑をもって臨むような特段の事情があるとは認められない。

2 次に、違法に酌量減軽をした点について考えるに、原判決は、結局は法定の刑期を一回減軽した範囲内において量刑したものであるところ、この場合の処断刑の範囲は、原判決が正当に法令を適用し、被告人に対し刑法四三条本文、六八条三号により法律上の減軽をした場合のそれと異なるところはなく、かつ、本件において、原審が被告人に対し更に酌量減軽をして右処断刑の刑を下回る刑を言渡すような特段の事情を認め難いことは前述したとおりである。

したがって、原判決の前記各法令の適用の誤りはいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかとはいえないことになる。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審における未決勾留日数中八〇日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林充 裁判官宮嶋英世 裁判官中野保昭)

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