東京高等裁判所 平成3年(う)302号 判決
控訴趣意中,「くろ」の慣習の存在等についての事実誤認等の主張について論旨は,要するに,本件山林のある長野県東筑摩郡本城村地方には,農地の耕作者に対し耕作の障害になる隣接山林の立木を伐採し,これを取得する権限を与える「田ざわり」「田附山」「蔭打地役権」などと呼ばれる慣習法上の権利に似た「くろ」あるいは「くろ刈り」と称する慣習があるから,被告人の本件伐採行為は,正当な権利の行使であって,不法領得の意思もなく,これを認めなかった原判決には,事実誤認,理由不備,理由齟齬がある,というのである。そこで検討するに,関係証拠によれば,確かに,農地の耕作者に対し,耕作の障害となる隣接山林の立木の伐採等を認める,「くろ」と呼ばれる慣行が本城村地方に存在してきたこと自体は否定し難いと認められる。しかしながら,被害者所有の本件山林は,被告人が被害者から賃借して耕作していた畑地の北側にあることから,日照障害はほとんど問題にならないこと,本件畑地は三方が開けた土地であることから,通風の障害もほとんどないこと,根張りによる害は,本件畑地と本件山林との間には明確な段差があり,岩盤が出ていたり粘土質の土壌であったりして,樹木の根が張り出しにくい状況であったし,張り出したときにはその根を切り取ったり,耕作地に接している比較的狭い範囲の立木を伐採することで十分その目的を達することができること,落葉による耕作の障害についても同様のことがいえること,更に,被告人は,本件伐採の前後ころ,本件山林に接している畑地のうちかなりの部分を耕作せず荒れ地にしていたことが伺われ,耕作障害を防ぐ必要性は乏しかったことが推認されること,これに対し被告人は,その先代が存命中の昭和26-27年ころと,同31-32年ころに本件山林の全部を伐採した旨供述し,原審証人W1,同W2もこれに符合する供述をしているが,被告人は捜査段階で右2回の伐採のことを全く供述していないこと,かえって,被告人の検察官に対する供述調書(昭和61年10月22日付け)では,「一遍に全部伐採したのは,初めてのことです。」と供述していること,右W1の供述内容は,その伐採している状況や伐採された後の現場を見たというのではなく,昭和27年と記載のある写真で本件現場の木がきれいに刈ってあったのを見た記憶があるという極めてあいまいなものであり,また同人が被告人の先代は立木全部を切るというのではなく,松の木を3,4本残して切っていたとも供述していること,右W2の供述内容も,昭和27年ころ木を全部切ったことがあるというが,他方,どの程度の木をいつころ切ったかわからない,昭和27年ころ以後も切ったことがあると思うが覚えていないなどとも述べていること,更に,同人が被告人の妻であることなどをも考慮すると,右のW1やW2の供述は被告人の前記供述を裏付けるものとはいい難く,他方,皆伐したと主張する時期の以前も,以降も,年々代わる代わる本件山林の立木を伐採し,薪等に利用していたというのであるから,全部伐採してしまえば不都合を生じるはずであるし,皆伐した理由も不明であることをも併せ考えると,被告人の右供述はたやすく信用し難く,本件山林全体の伐採がなされた事実は認められないこと,また,被告人の供述によっても,昭和31-32年以降本件まで26-27年間にわたり被告人が右広範囲の樹木全部を伐採したことはなく,「山道」側の相当数の立木を残したまま耕作を続けていたものであること,しかるに,被告人が今回伐採した範囲は,本件山林と本件畑地との境界線から北側の「山道」付近までの間(最も広いところでは約8メートルもある。)の地上に成育していたくぬぎ,桜,松等の立木50本余り全部であり,その中には口径が約20センチメートルから50センチメートルに及ぶものも含まれており,その経済的価値も決して無視できないことが認められ,これらを総合すると,被告人が本件畑地の耕作の障害を除くために「山道」付近に至るまでの全立木を伐採しなければならない必要性があったとは到底認められず,本件伐採行為は「くろ」が認める範囲をはるかに逸脱するものであることは明らかであって,正当な権利の行使とは認められず,また,右認定事実に照らすと,不法領得の意思も認めることができる。論旨は理由がない。