大判例

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東京高等裁判所 平成3年(う)500号 判決 1992年2月17日

本籍

東京都世田谷区松原五丁目二〇三番地

住居

同都渋谷区上原一丁目二二番一一号 第二代々木上原シティハウス二〇一

会社役員

平山文雄

昭和二一年三月八日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成三年三月二九日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官平本喜祿出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人土屋東一名義の控訴趣意書(量刑不当の主張)に、これに対する答弁は、検察官平本喜祿名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、不動産の売買及び仲介等を目的とする株式会社明宝(原審共同被告人、以下単に「明宝」という。)の代表取締役として同社の業務全般を統括していた被告人が、同社の業務に関し、架空の支払手数料の計上、売上の一部除外等の方法により所得及び土地譲渡利益を秘匿した上、所轄税務署長に対し虚偽過少の法人税確定申告書を提出し、同社の昭和六一年三月期における法人税三八六四万七三〇〇円、翌六二年三月期における法人税四億五一〇二万一四〇〇円をそれぞれ免れさせたというものであるところ、右のとおり被告人が免れさせた法人税の額が合計四億八九六六万八七〇〇円と多額であること、犯行の態様をみると、昭和六一年三月期には、単に虚偽過少の確定申告書を作成・提出したのみであったが、翌六二年三月期には、二件の不動産売買に関し、明宝と買主の間にダミーを介在させて不動産売上を一部除外し、虚偽の領収証を入手して架空の支払手数料等を計上するなど、悪質・巧妙な事前の所得秘匿工作を伴うものであること、犯行の動機も、折からの不動産ブームの中、脱税分をも再投資に回すことにより、会社の体力を強化し、被告人らの生活の安定を計りたいという私的な利益を優先させたものであって、格別同情に値しないこと、右二事業年度の法人税中、確定申告分は納付済であるが、右逋脱した分についてはその大部分が未だに納付されていないばかりか、完納の見通しも立たない状況であることに照らすと、被告人の刑事責任は重いというべきである。

してみると、本件の逋脱率が、昭和六一年三月期は九パーセント余り、翌期も約五三パーセントで、近時におけるこの種脱税事犯中ではそれほど高率であるとはいえないこと、被告人は、国税当局による犯則調査が開始された後は、これに協力し、罪証湮滅工作に走るようなことはなく、公判廷でも、反省・悔悟の心情を吐露していること、不動産ブームの終焉とともに明宝の経営状態は急速に悪化し、銀行融資は絶たれ、多額の負債を支払うことができないため、会社所有の不動産は、既にその多くが競売にかけられており、残る数物件も同様に処理される見通しであること、被告人や妻の不動産も、高額のローンを設定して購入したものであったため、明宝及びその関連会社からの役員報酬の途絶とともにその支払が困難になってきており、早晩これらも手放さざるを得ない状況であること、更に、当審段階に至り、被告人の友人、知人ら三六名が醵出し合って合計一〇〇万円を作り、これを未納の法人税の納付にあてたこと、その他被告人のために酌むべき諸事情を十分に斟酌しても、本件が被告人に対する刑の執行を猶予するのを相当とする事案であるとは到底思われないのであって、被告人を懲役一年八月の実刑に処した原判決の量刑は正当であり、これが重すぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 新田誠志 裁判官 浜井一夫)

平成三年(う)第五〇〇号

○ 控訴趣意書

被告人 平山文雄

右の者に対する法人税法違反被告事件についての控訴の趣意は、左記のとおりである。

弁護人弁護士 土屋東一

平成三年六月四日

東京高等裁判所第一刑事部 御中

(控訴の趣旨)

原判決は、本件法人税法違反被告事件につき、被告会社を罰金一億二〇〇〇万円に、被告人平山を懲役一年八月の実刑にそれぞれ処したが、刑の量定が不当に重いので、これを破棄して頂きたい。

(控訴の理由)

一 原判決が、被告人らに対し酌むべき事情として

<1> 本件の逋脱率(昭和六一年分一〇パーセント、同六二年分五三パーセント)が比較的低いこと

<2> 脱税の対象とした取引件数がそれほど多くないこと

をとりあげ、この点について格別のご理解を示して頂いたことを大いに深謝している。しかしながら、結局、冒頭掲記の各刑、とくに被告人平山を懲役一年八月の実刑に処せられたことは、いかにも重すぎるものと思われ、さらに一層の軽減をお願いしたいと考える。

原判決がこのような厳しい量刑を下された最大の理由は、原判決文によれば、

<1> 被告人らの脱税額が四億九千万円近くにものぼりその九割以上が未納であること

<2> その不正工作が悪質であること

にあったとされるのであるが、たしかに、このご指摘に対して、被告人らとしては、まことに申し訳ない気持ちで一杯である。しかし、それにもかかわらず、被告人らには、原判決よりも、なおあたたかい憫諒を賜れる特有の事情が存するものと思料する。ほぼ、三点にわたるが、

その第一は、本件脱税行為が反社会性の弱いものであること

その第二は、被告人らは、すでに厳しい社会的制裁と打撃を受けていること

その第三は、脱税額の納付に関し、友人らによる異例の協力があること

である。順次、分説する。(以下、被告人平山のことを単に被告人という。そして、同人に関し述べることを、同時に被告会社にも援用することにする。)

二 本件行為が反社会性の弱いものであることについて

脱税事犯は、いまや、単なる経済的犯罪にとどまるものではなく、反道義的・反社会的犯罪といわれ、その量刑にあたっては、行為者の悪性・反社会性に注目すべきことが強調されている。そして、その反社会性を捉えるためには、逋脱額のほか、申告率(逋脱率)、過去の納税成績、逋脱動機、不正行為の態様、罪証隠滅の有無、逋脱額の使途、再犯のおそれ(経理の改善)、改悛の有無等を量刑要素として十分考慮する必要があるとするのが、一般である。

ア ところで、本件においては、まずその逋脱率が低いことについては、原判決の指摘されるとおりである。おそらく、最近訴追されるに至った同種事件では、最も低い例に入るのではなかろうか。

また、過去の納税ぶりについても、これまで特に問題はなかった。

イ 次に、逋脱の動機及び逋脱額の使途について、被告人は、原審公判廷において、次のように供述している。「たまたま不動産ブームに乗って収益を上げるようになりましたが、まずは会社の体力を蓄え家族や社員の生活の安定を図るのが先で、納税は後回しだという気持ちがあって、本来納税に回すべき資金も全て事業に再投入することにしたためこんなことにしてしまいました。」(同旨、平成二年一二月一五日付検面調書七項以下)もちろん、このような動機は不届千万と言われても致し方ないものである。しかし、長崎県対馬の離島から集団就職で都会に出て来て、転々と勤め先を変え、屋根裏住まいなどの辛酸をなめながらも定時制高校を終え、さらに種々の職業を経験した末、ようやくそれまでの刻苦が実り、独立して不動産会社を設立し得た被告人として、会社大事、社員大事、そして家族大事と思う上記のような心情は、その限りでは多くの人の共感を誘うものがある。しかし、惜しむらくは、急速に身を立てた者のマイナス面としてよく指摘されるように、事業への功名心と社会的義務を果たすこととの優先順位の判断を十分身につけることができなかった。そこに、折からの不動産取引業界に巻き起こった異常なバブル景気が重なって、周囲の同業者の多くと同様、納税義務の重さを軽視する結果を招いてしまったのである。面目ない次第であるが、ただし、ここで、着目してほしいことは、脱税を個人の遊興その他いかがわしい目的を遂げるための手段にしようとする計画的意図は全くもっておらず、事実、そのような行状もなかったことである。

ウ 他方、脱税の手段とした「売上の一部除外」「架空手数料の計上」も、もってのほかの行為なのではあるが、他の陰湿な方法や手のこんだ狡知な方法がなかったことはせめてもの幸いであったし、証拠隠滅工作もなく、当局の調査を受けて以来、被告人が自己の非を強く反省して調査及び捜査に協力したことは、当然のこととはいえ、評価して頂けるものと信ずる。

エ 近時、一般市民の「不動産業者」についてのイメージはかなり悪い。あくどい、ずるい、暴力団に近い、などとの悪評が広がっていることは否定できない。しかし、すべてがそうであるわけではない。被告人もまさに、そうでない一人であって、「真面目で面倒見のいい」(原審甲斐証人)純朴な人物である。被告人を一般の固定的なイメージで考えないで欲しいとお願いしたい。

要するに、被告人の本件行為は反社会的なものであるが、比較的にいえば、その程度はむしろ軽い部類に属し、まして、被告人の本来持っている性向は決して反社会的なものではないのである。原審弁論で強調したように、反省の情は顕著であり(弁論要旨二項)、もとより、再犯のおそれはない。これらの点は、原裁判所でもおおむねご諒察頂けたところであるが、控訴裁判所でも、より深いご洞察のもとでのご検討を煩わしたい。

三 被告人がすでに厳しい社会的制裁と打撃を受けていることについて

ア 被告人の脱税額は、通常人の経済的感覚とは余りにも大きく隔たった巨額である。とはいえ、それがそのまま被告人の利益となったわけではない。まずもって、不動産取引には、周知のとおり、多くの変則的な支出がつきものである。そのいくらかは、税制上、交際費その他損金に組み入れてもらえるが、いわゆる脱税経費はもちろん、いわく言いがたい費用などもあって、実際には、表面にあらわれた利得をずっと下回るものである。自業自得の面もあるにせよ、被告人の場合も、まさしくその例に洩れないものであった。

イ しかも、被告人が景気がよかったのは、昭和六〇年以後の本件の時期にまたがる僅か三年間のことで、同六三年以降の不動産ブームの急落によって、被告人は莫大な損失をこうむったのである。その実情は、平成二年一二月二三日付検面調書の記載(特に添付資料)によって一目瞭然である。被告人は、脱税額を含む儲けの大部分を営業不動産の取得に注いだものの、結局、不動産価額の下落による損失は、右資料によってうかがえる限りでも、優に一〇億円を下らないものになったと推察される。

被告会社は、最盛時二〇人位いた従業員が昭和六三年九月ころには四~五人に減り、現在は、一人おいているかいないかの状況である。負債は約二〇億円にのぼっている(平成二年一一月一二日付検面調書)。

被告人及び被告会社のこのような窮状は、もちろん、主として、狂乱状態とも評された不動産産業を席巻した時代の流れによるものではあるが、付け加えて当局の調査の対象になったことも大きな因となっている。銀行融資は絶たれ、手持ち資産の任意売却は許されず、そのため、ジリ貧に陥っていくのをおし止めることはできなかったのである。(被告人の原審公判廷の供述)。一方、マスコミではきびしく叩かれるなど、ほかにも、調査の有形無形の影響は列挙できない程苛烈であった。

ウ なお、被告人のめぼしい資産としてはローンつきのマンション一室があるだけである。資金は一途に仕事だけにつぎ込んだ結果として、預貯金、有価証券など私的な蓄財は一切ない。別に、妻が賃貸マンションを所有しているが、これもローン返済を必要とされるものである。いずれにしても、被告人の現況は、昭和六二年当時、売上高二〇〇億円を越えたことのある会社の代表者としては、余りにも落魄著しい、落ちぶれた姿というべきであろう。

このように、被告人は、厳しい社会的制裁を受け、いまや社会的に葬り去られる寸前にあると言ってよいほどの打撃をこうむっている。にもかかわらず、原判決のように、これ以上、追討ち的に厳罰を加えることは、過剰苛酷と思われる。

四 脱税額の納付に関し、友人たちによる異例の協力があることについて

原判決が認められた被告人に対する酌量事由(逋脱率、取引件数)に加え、以上述べたような、被告人が反社会性に乏しく、かつ、すでに大きな打撃・社会的制裁を受けた厳然たる事実に照らせば、もはや、被告人に対しては、ことさら重刑を科する必要はないと考えられ、もし、この場合、被告会社において、たとえ脱税額が四億九千万円近くにのぼっていても、少なくともその全部、できれば付帯税までも完納しておりさえすれば、被告人に対し、執行猶予の恩典を頂ける可能性があったかもしれない。しかし、残念ながら、心は逸っても現在までのところ、被告人にこれ以上の納税を即座に果たせる能力はない。原判決は、あるいは、このような、執行猶予にはしたいもののできかねる、というジレンマのもとで、求刑意見をかなり下回る刑の実刑を言い渡されたのではなかったかとも推量する。やむなく、俗にいう「体で清算すること」をもとめられたのであろう。だが、一年八月の実刑は、やはり苛酷すぎると思われる。

被告人は、不動産業に足を踏み入れていなければ、脱税のことなどは思いも及ばなかった身である。また、不動産業の沈滞にさえ遭遇しなければ、脱税額の完納による罪のつぐないは十分できたであろう。いずれも、仮定のことで、いまさら云々してもはじまらないが、そのような被告人をかくまでの厳刑に処する必然性はないように思われる。

このような立場にある被告人の身上に対し、「かわいそうだ」との同情を寄せる友人知己は少なくない。そして、原判決後、「自分たちの力で税金のいくらかでも納めることに協力しよう、そして、刑をなるべく軽くしてもらおう」という声が次第に固まりつつある。この控訴趣意書提出期限までには、未だ諸手続を完了できなかったが、公判までには必ずや結実するものと期待される。もしそうなれば、第一審判決後の新たな情状としてその結果を立証することを許して頂きたいと思料している。弁護人の在官在野の乏しい経験では、これまでこのような例に接したことは一度もない。ひとえに、被告人の人徳の故と思われる。

五 控訴裁判所におかれては、このような、ほぼ三つの特有事情をあらためて勘案されて、ぜひとも、原判決を破棄し、被告人に対し、さらにご寛大な裁判をお願いする次第である。

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