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東京高等裁判所 平成3年(ネ)1233号 判決 1992年9月09日

オランダ国アイントホーフェン・グロエネヴォウトゼヴェーク一

控訴人

エヌ・ヴェー・フィリップス・グリュイランペンファブリーケン

右代表者

エム・イヨット・エム・フアン・カーム

右訴訟代理人弁護士

牧野良三

長野県松本市大字笹賀三〇三九番地

被控訴人

株式会社泉精器製作所

右代表者代表取締役

泉俊二

右訴訟代理人弁護士

才口千晴

右輔佐人弁理士

綿貫隆夫

堀込和春

浜田治雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実及び理由

第一  当事者が求めた判決

一  控訴人

1  原判決中金員支払に関する控訴人の請求を棄却した部分を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五三年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  この判決は仮に執行することができる。

二  被控訴人

主文第一、二項同旨

第二  当事者の主張の概要

一  控訴人の主張の概要

1  控訴人は、別紙意匠権目録記載のとおり、別紙乙図面に示す意匠(以下「乙意匠」という。)及び同丙図面に示す意匠(以下「丙意匠」という。)につき前者を本意匠とし後者をその類似第一号の類似意匠とする意匠権を有していた(この事実は当事者間に争いがない。以下、類似意匠が合体したこの意匠権を本件意匠権という。)。本件意匠権の存続期間は平成二年七月一六日の経過をもって満了したが、泉精密工業株式会社(同会社は、平成三年三月二九日被控訴人に合併された。)は、右存続期間中の昭和五二年七月ころから昭和五四年一一月末までに、別紙B図面及び説明書に示す意匠(以下「B意匠」という。)及び同C図面及び説明書に示す意匠(以下「C意匠」という。)による電気かみそり器を製造販売していた。しかし、乙・丙意匠とB・C意匠は、それぞれ意匠に係る物品が同一であるほか、要部の構成が同一で全体として類似しており、B・C意匠に係る電気かみそり器の各製造販売は本件意匠権に対する関係でいずれも意匠権侵害となる。

2  乙・丙意匠とB・C意匠とが類似していることをより具体的に述べれば、次のとおりである。

乙・丙意匠とB・C意匠とは、いずれも、本体把持部の下方部をわずかに偏平な隅丸四角柱形状とし、上方に向かって太くしながら上方部を前方に向かって大きく曲げて、その正面部に若干上向きの傾斜を持たせて、隅丸逆三角形のシェーバーユニット部を形成し、円盤状の外刃三個を配設した構成態様を有するものであり、右の限度では乙・丙意匠とB・C意匠とは全体の基本的構成態様において共通している。そして、この右各意匠に共通する全体の基本的構成態様、換言すれば、電話の受話器を中央で半分に切断したような形(招き猫の手のような形)の本体把持部と三つ目隅丸逆三角形のシェーバーユニットとを結合させた態様は、乙・丙意匠の優先権主張日当時全く新規で独創的なものであったのであり、したがって、これこそが、右意匠において見る人の注意を強く引くところであり、右意匠の要部をなすのである(三つ目隅丸逆三角形のシェーバーユニット自体には新規性はないが、このことは、右のようにいうことの妨げにならない。)。B・C意匠は、乙・丙意匠との間に、本体把持部の形状、側面部の縁取、把持部正面の傾斜、シェーバーユニット部の角度、把持部下段の形状等に相違点を有するが、これらの相違点は、いずれも、それに対応する乙・丙意匠の各構成要素に、何らの創作力・考案力も要さず容易に着想出来る程度の若干の修正を施しただけのものにすぎず、これが見る人に別異の印象を与えることはない。

3  控訴人は、被控訴人の前記意匠権侵害行為により一億〇一五五万円の得べかりし利益(昭和五二年七月ころから昭和五四年一一月末までの被控訴人の右物品の売上一〇億一五五〇万円、純利益率一〇パーセント)を失った。

4  よって、控訴人は、被控訴人に対し、損害賠償金五〇〇〇万円(右の得べかりし利益の内金)とこれに対する遅延損害金の支払を請求する。

二  被控訴人の主張の概要

1  B・C意匠は乙・丙意匠に類似しない。控訴人が乙・丙意匠の要部であると主張する基本的構成態様自体は、公知又は先願の意匠も共通して有する構成態様である(なお、三つ目刃のシェーバーユニットの意匠が公知であったこと自体は控訴人も認めるところであるから、乙・丙意匠と公知の意匠又は先願の登録意匠とを対比する際、刃部が三つ目であるか否かは、意味を持たない。)。のみならず、右基本的構成態様は、電気かみそり器の機能的要求から必然的に形成されたありふれた形態であり、それ自体が見る人の注意を強く引くことはあり得ない。そして、B・C意匠は、右基本的構成態様の具体的実現内容においては、乙・丙意匠との間に、控訴人も認めるとおり相違点を有しているのであり、両意匠は、これらの相違点の存在により、基本的構成態様を共通にすることを考慮に入れてもなお、見る人に別異の印象を与えるといわざるをえないものとなっているのである。

2  控訴人は、B・C意匠を剽窃して、これを乙意匠の類似意匠として登録出願し、昭和五四年四月二四日、乙意匠を本意匠とする類似第三号意匠として同設定登録を取得したが、被控訴人が請求した右類似意匠登録の無効審判において、「右類似第三号意匠は本意匠である乙意匠とは類似していない」との理由で右類似意匠登録を無効とする旨の審決がなされ、平成二年六月一四日確定した。

第三  証拠

原審記録中の書証目録の記載を引用する。

第四  当裁判所の判断

一  控訴人が、別紙意匠権目録記載のとおり、乙意匠を本意匠とし、丙意匠をその類似第一号の類似意匠とする意匠権を有していたことは、当事者間に争いがない。

また、成立に争いのない甲第八号証の一ないし四(以下、本判決で採用する書証は、いずれも成立に争いがない。)によれば、控訴人は、乙意匠を本意匠とする類似第二号意匠を昭和五二年七月一一日に出願し、昭和五四年四月二四日その旨の類似意匠登録を受けたことが認められる(以下、この意匠を「丁意匠」という。)。

二  乙・丙意匠、B・C意匠をそれぞれ示すものであること当事者間に争いのない別紙乙、丙、B、C各図面及び丁意匠を示す図面代用写真と認められる甲第八号証の二によれば、右各意匠は、いずれも、本体把持部の下方部をわずかに偏平な隅丸四角柱形状とし、上方に向かって太くしながら上方部を前方に向かって大きく曲げて、その正面部に若干上向きの傾斜を持たせて、隅丸三角形のシェーバーユニット部を形成し、円盤状の外刃三個を配設した全体の基本的構成態様を共通にするものであることが認められる。

控訴人は、この全体の基本的構成態様が乙・丙意匠において見る人の注意を強く引くところであり、これこそが、乙・丙意匠の要部をなすものである旨主張する。

しかし、乙第四号証の一・二によれば、乙・丙意匠の優先権主張日前に頒布されたパンフレットに、右基本的構成態様に近似する構成態様を持つ電気かみそり器が示されていることが認められ、また、乙第五号証及び乙第一九号証によれば、いずれも控訴人が出願したところの、乙・丙意匠と優先権主張日及び出願日を同じくし、乙意匠と同日に登録された登録第四一〇二二〇号意匠、乙・丙意匠の優先権主張日及び出願日より後の昭和五〇年七月二日の優先権を主張し同年一二月二六日に登録第四一〇二二一号意匠の類似意匠として出願され、昭和五四年五月三一日に登録された同号類似第一号意匠があり、この両意匠もまた、右全体の基本的構成態様を共通にする意匠であることが認められる。これらの事実と前示乙・丙・丁意匠が登録されている事実によれば、乙・丙意匠及び上記のその余の意匠は、それと全体の基本的構成態様が近似する公知の意匠が存在するにもかかわらず意匠登録されていること、また、右全体の基本的構成態様を共通にする同日出願又は後願の意匠が乙・丙意匠とは別個の意匠として登録されていること、さらに、丁意匠は、右全体の基本的構成態様を共通にする登録第四一〇二二〇号意匠があるにもかかわらず、乙意匠にのみ類似する意匠として類似意匠登録されていることが認められる。

そうすると、右のような全体の基本的構成態様をもって、乙・丙意匠の要部ということができないことは明らかであり、控訴人の前示主張は採用できない。

三  そこで、B・C意匠と本件意匠権の本意匠である乙意匠とを、その具体的構成態様において対比する。この際、本意匠である乙意匠の類似範囲を明確にするために類似意匠登録された丙意匠及び丁意匠を乙意匠と併せて、B・C意匠と対比するのが相当である。

1  本体把持部の形状

B・C意匠は、いずれも、下方部を四隅が略同径の隅丸四角柱形状とし、上方に向かって前後方向に徐々に太くしながら、背面頂部寄りの肩部で前方に向かって大きく鈍角直線状に屈曲させて、屈曲部にきわ剃り用くし状刃を装着している。

これに対し、乙・丙意匠は、いずれも、下方部を正面側隅部を小径、背面側隅部を大径とした隅丸四角柱形状とし、上方に向かって前後方向に徐々に太くしながら、背面頂部寄りの肩部で前方に向かって大きく円弧状に湾曲させている。丁意匠は、下方部を略同径の隅丸四角柱形状とし、上方に向かって前後方向の幅をほぼ同じにしながら、背面頂部寄りの肩部で前方に向かって円弧状に湾曲させている。

2  把持部正面の傾斜

本体把持部正面部において、B・C意匠が徐々に前傾させながら大きく緩やかな凹弧状に湾曲させてシェーバーユニット部に至っているのに対し、乙・丙意匠は、ほとんど前傾させずにシェーバーユニット部近くで小さく湾曲させている。丁意匠は、前傾させることなくシェーバーユニット部近くで凹弧状に湾曲させている。

3  シェーバーユニット部の角度

シェーバーユニット部において、B・C意匠がかなり上向きの仰角を持たせているのに対し、乙・丙意匠は、ごく僅かに上向きの傾斜を持たせており、丁意匠は、その中間の上向きの傾斜を持たせている。

4  側面部縁取部等

B・C意匠は、いずれも、左右両側部やや後方寄りに、下方を直線状とし上方を肩部の屈曲に沿うように前方に湾曲させた倒J字状の太い帯状縁取部を左右対称状に形成し、右側部の帯状縁取部内略中央部にローレット付きのスイッチを設けている。

これに対し、乙意匠は、本体把持部やや前方寄り中央部に正面側と背面側を分離する直線状の割線を形成し、この割線を中断する形で、左側上方部にローレットを付した滑止部を設けた長方形の縁取部を形成し、右側中央部には上方に左側と対称状の滑止部、下方にローレット付きスイッチを設けた左側より長い長方形の縁取部を形成している。丙意匠は、乙意匠と同様な割線を右側部から頭頂部を通って左側部までつながるように形成しているが、縁取部は設けていない。丁意匠は、乙意匠と同様な割線を形成し、この割線を中断する形で、右側部にのみ、中央にローレット付きスイッチを設けた長い長方形板状部を形成しているが、縁取部は設けていない。

四  右認定の事実によると、電気かみそり器の形態において見る人の目をもっとも強く引くと認められる本体把持部とシェーバーユニット部の構成において、右1ないし3に見られるように、B・C意匠が本体把持部の背面頂部寄りの肩部における屈曲を直線状に形成し、本体把持部正面部を徐々に前傾させて背面部との距離を底部から湾曲部へと大きくしながら大きく凹弧状に湾曲させ、シェーバーユニット部をかなり上向きの仰角を持たせるように構成し、もって、全体として野性的な奔放性を印象づける意匠としているのに対し、乙・丙・丁意匠は、本体把持部の背面頂部寄りの肩部における湾曲を円弧状(曲線状)に形成し、本体把持部正面部をほとんど前傾させず背面部との距離を底部から湾曲部までほとんど等しくしつつシエーバーユニット部へ湾曲させ、同部の上向きの傾斜をなるべく小さいものとするように構成し、もって、全体として端正な調和性を印象づける意匠としていることが認められ、この点で、前示本体の基本的構成態様を共通にする意匠の中において、見る人に別異の印象を与えるものとなっていることが認められる。

これに加えて、前示4において認定した乙・丙・丁意匠には存在しない倒J字状の太い帯状縁取部をB・C意匠が持つ点は、見る人の目を強く引くことが明らかな本体把持部両側部における構成の差異として、前叙B・C意匠の持つ野性的な奔放性の印象と乙・丙・丁意匠の持つ端正な調和性の印象とを一層強調する差異となっていることが認められる。

このように認められるから、B・C意匠は、乙・丙・丁意匠とは別異の印象を与える別個の意匠を構成しているというべきであり、したがって、B・C意匠は、本件意匠権の意匠の類似範囲に属さないといわなければならない。

五  以上のとおり、本件意匠権の侵害を理由に損害賠償を求める控訴人の本訴請求は理由がなく、失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を、上告のための附加期間の付与につき同法一五八条二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 三代川俊一郎)

意匠権目録

(乙意匠)

意匠登録番号 第四一〇二一九号

意匠に係る物品 電気かみそり

意匠の構成 別紙乙図面のとおり

出願年月日 昭和四八年九月一日

優先権主張日 昭和四八年三月一日(スイス国)

登録年月日 昭和五〇年七月一六日

(丙意匠)

類似意匠登録番号 第四一〇二一九号類似第一号

意匠に係る物品 電気かみそり

意匠の構成 別紙丙図面のとおり

出願年月日 昭和四八年九月一日

優先権主張日 昭和四八年三月一日(スイス国)

登録年月日 昭和五一年三月二三日

乙図面

<省略>

丙図面

<省略>

B図面

<省略>

B図面説明書

1' にぎり部分

2' 柄部分

3' 正三角形台状部

4' ボデー頂部

5' ボデー背面

6' 正方形状縁取り部

9' ボデー正面

10' ボデー正面の明調子部

11' 矩形突起

12' 正面側-背面側分離線

13' 左側面帯状縁取り部

14' 右側面帯状縁取り部

15' ボデー下端面

16' 矩形の角に丸みのある縁取り部

18' 長円孔

19' シェーバーユニツト

20' 円形の外刃

21' 三つ葉状輪郭部

24' テーパカツト

25' 矩形の縁取りのある孔

26' ローレット付つまみ

C図面

<省略>

C図面説明書

1' にぎり部分

2' 柄部分

3' 正三角形台状部

4' ボデー頂部

5' ボデー背面

6' 正方形状縁取り部

9' ボデー正面

10' ボデー正面の明調子部

11' 矩形突起

12' 正面側-背面側分離線

13' 左側面帯状縁取り部

14' 右側面帯状縁取り部

15' ボデー下端面

15" 円形赤い表示窓

16' 矩形の角に丸みのある縁取り部

18' 長円孔

19' シエーバーュニツト

20' 円形の外刃

21' 三つ葉状輪郭部

24' テーパカツト

25' 矩形の縁取りのある孔

26' ローレット付つまみ

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