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東京高等裁判所 平成3年(ネ)1584号 判決 1994年8月29日

第一五六二号事件控訴人・第一五八四号事件被控訴人(一審原告) ニューピス・ホンコン・リミテッド(紐比時香港有限公司)

右代表者代表取締役 ワン・ツァン・シャン(王増祥)

右訴訟代理人弁護士 水田耕一

右訴訟復代理人弁護士 長谷則彦

第五三一一号事件参加人 野島弘光

右訴訟代理人弁護士 藤井與吉

第一五六二号事件被控訴人・第一五八四号事件控訴人第五三一一号事件被参加人(一審被告) 船津しげ

同 船津正雄

同 船津秀夫

同 船津邦雄

同 船津芳夫

右一審被告五名法定代理人相続財産管理人 船津正雄

第一五六二号事件被控訴人・第一五八四号事件控訴人・第五三一一号事件被参加人(一審被告) 柳澤晴夫

右一審被告六名訴訟代理人弁護士 青木武男

同 千葉睿一

同 佐々木一郎

同 菊地裕太郎

右訴訟復代理人弁護士 関聡介

主文

一、本件各控訴をいずれも棄却する。

二、第一五六二号事件及び第五三一一号事件の控訴費用は一審原告及び参加人の負担とし、第一五八四号事件の控訴費用は一審被告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、第一五六二号事件

1. 一審原告

(一)  原判決中一審原告の敗訴部分を取り消す。

(二)(1)  片倉工業株式会社(以下「片倉工業」という。)に対し、一審被告船津しげ(以下「一審被告しげ」という。)は、二億八九四九万七五二八円及びこれに対する昭和四九年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員並びに七五五〇万二四七二円に対する昭和四九年一月一日から昭和五六年一〇月二三日まで年五分の割合による金員(二九八〇万七九六〇円)を、同船津正雄(以下「一審被告正雄」という。)、同船津秀夫(以下「一審被告秀夫」という。)、同船津邦雄(以下「一審被告邦雄」という。)及び同船津芳夫(以下「一審被告芳夫」という。)は、それぞれ七二三七万四三八二円及びこれに対する昭和四九年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員並びにそれぞれ一八八七万五六一八円に対する昭和四九年一月一日から昭和五六年一〇月二三日まで年五分の割合による金員(七四五万一九九〇円)を一審被告柳澤晴夫(以下「一審被告柳澤」という。)と連帯して支払え(請求の減縮)。

(2) 一審被告柳澤は、片倉工業に対し、一審被告しげ、同正雄、同秀夫、同邦雄及び同芳夫と連帯して、五億七八九九万五〇五五円及びこれに対する昭和四九年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員並びに一億五一〇〇万四九四五円に対する昭和四九年一月一日から昭和五六年一〇月二三日まで年五分の割合による金員(五九六一万五九二一円)を支払え(請求の減縮)。

(三)  訴訟費用は第一・二審とも一審被告らの負担とする。

(四)  仮執行の宣言。

2. 一審被告ら

一審原告の控訴を棄却する。

二、第五三一一号事件(参加人の請求)

一審被告らは、片倉工業に対し、連帯して五〇〇万円及びこれに対する平成三年一〇月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三、第一五八四号事件

1. 一審被告ら

(一)  原判決中一審被告らの敗訴部分をいずれも取り消す。

(二)  右部分につき一審原告の請求をいずれも棄却する。

(三)  訴訟費用は第一・二審とも一審原告の負担とする。

2. 一審原告

一審被告らの控訴をいずれも棄却する。

第二、当事者の主張

次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、原判決の訂正

1. 原判決五枚目表一行目の冒頭から同七枚目裏六行目の末尾までを次のとおり改める。

「3(損害)

片倉工業は、前記2記載の行為によって、次のような損害を被った。

(一)  片倉工業は、前記2記載の本件株式の取得により、次のとおり、本件株式の取得代金相当額及び借入金利息相当額の合計二三億七三〇二万七九四五円の損害を被った。

(1) 片倉工業は、前記2(一)記載のとおり本件株式の取得代金として、中外炉工業及び日本橋興業に対し、各一一億八四〇〇万円を支払った。

(2) 片倉工業は、昭和四八年三月八日、本件株式の取得代金に充てるため、日本橋興業及び三井物産株式会社(以下「三井物産」という。)から、各一一億八四〇〇万円を借り入れ、その後、これに対する各利息として合計五〇二万七九四五円支払った。

(3) 片倉工業は、昭和四八年三月一四日、全額出資(資本金三〇〇〇万円)の完全子会社である暁星エンタープライズ株式会社(以下「暁星エンタープライズ」という。)を設立し、同月一九日、同社に対して本件株式を譲渡した。右の譲渡は、片倉工業所有の本件株式(評価額二三億六八〇〇万円)、大宮集配センター関支所の土地(四万五一三一・五八平方メートル。帳簿価額三四七万六二六〇円)、建物(帳簿価額八〇六万二六四五円)及び構築物(帳簿価額三〇八万九四三五円)並びに三菱銀行ほか四社の株式(評価額七九〇万一七五九円)からなる資産(評価額総額二三億九〇五三万〇〇九九円)の譲渡と、暁星エンタープライズによる片倉工業の三井物産及び日本橋興業に対する借入金債務(合計二三億六八〇〇万円)の引受け及び譲渡価額(譲渡資産の評価額と引受債務との差額二二五三万〇〇九九円)の支払という形で一括して行われた。

(4) 暁星エンタープライズは片倉工業の完全子会社であって、商法(昭和五六年法律第七四号による改正前のもの。以下同じ。)二一〇条により、本件株式を取得することができないものであるから、片倉工業から暁星エンタープライズへの本件株式の譲渡は無効である。したがって、暁星エンタープライズによる譲渡対価の支払も効力を生ずるに由ないものであるから、前記の片倉工業の損害は、片倉工業から暁星エンタープライズへの本件株式の譲渡によっては回復されていない。

(二)  仮に、右(一)(1)記載の損害が認められないとしても、次のとおり、片倉工業は、本件株式の売却等によって、合計七億八三七一万二五四〇円の損害を被り、これに前記(一)(2)記載の借入金利息相当額の損害を含め、総額で七億四三七四万〇四八五円の損害を被った。

(1)① 暁星エンタープライズは、右引受けに係る各借入金債務に対する利息として、三井物産に対し一一三万五三四二円、日本橋興業に対し一八九七万六四三八円の合計二〇一一万一七八〇円を支払った。

② 暁星エンタープライズは、昭和四八年三月二六日から同年一二月二六日までの間に七回にわたり、沖電気工業株式会社六社に対して、本件株式を合計一六億五四三四万円(一株当たり三八〇円ないし五三〇円)で売却し、これに対する取引税として合計四九四万〇七六〇円を支払った。その結果、本件株式の取得価額二三億六八〇〇万円と売却価格から取引税を控除した一六億四九三九万九二四〇円との差額に相当する七億一八六〇万〇七六〇円の売却損が生じた。

(2) 暁星エンタープライズが本件株式を売却したことによって生じた売却損及び同社が支払った借入金利息はいずれも直接片倉工業に帰属する損害であるというべきである。

① 前記のとおり、片倉工業から暁星エンタープライズへの本件株式の譲渡はその効力を生じなかったものであるから、暁星エンタープライズは本件株式について何らの処分権も取得しておらず、同社による本件株式の売却は、同社固有の権限に基づいてではなく、片倉工業の手足として(ないし片倉工業に代わって又は同社のための管理として)なされたものとみるべきである。また、暁星エンタープライズによる片倉工業の三井物産及び日本橋興業に対する前記債務の引受けもまた、少なくとも片倉工業と暁星エンタープライズとの間においては効力を生じないから、暁星エンタープライズがした三井物産及び日本橋興業への右債務の利息の支払は、片倉工業の手足として(ないし片倉工業に代わって又は同社のための管理として)なされたものとみるべきである。

② 完全子会社の行為、特に完全子会社による親会社株式の取得は、親会社の計算においてされたものとみるべきである。そうでないとしても、本件においては、暁星エンタープライズの本件株式の売却によって生じる損失を填補するとともに、片倉工業から暁星エンタープライズに対する貸付金の回収にも支障を生じないようにする目的で、関市所在の土地を帳簿価額で譲渡するという措置が片倉工業によって講じられているのであるから、本件株式の売却が片倉工業の計算によって行われたものとみるほかはない。また、暁星エンタープライズがした借入金利息の支払も、片倉工業から暁星エンタープライズへの借入金の肩代りが本件株式の同社への譲渡と不可分一体のものとして行われているのであるから、これも片倉工業の計算においてされたものというべきである。

③ 片倉工業は、本件株式の取得によって発生した損害を隠蔽して取締役らが責任を追及されるのを回避するため、本件株式の売却を行わせる目的をもって完全子会社である暁星エンタープライズを設立した上、同社に本件株式を譲渡するとともに、本件株式取得代金とするために借り入れた債務を引き受けさせ、同社をして、本件株式の売却及び借入金債務の元利の支払をさせ、更に本件株式の売却によって発生する損失を填補し、合わせて片倉工業が同社から三井物産への右借入金返済の資金とするため暁星エンタープライズに貸し付けた貸付金の回収にも支障なからしめるため、既に売却が予定されていた関市所在の片倉工業所有地を低額の帳簿価額で暁星エンタープライズに譲渡するという措置を講じたのである。かかる片倉工業の行為は、会社制度を濫用したものであることが明らかである。このように、本件株式の売却等が会社制度を濫用してされたものである以上、その関係においては暁星エンタープライズの法人格を否認し、自己株式の取得及び売却又は取得のための資金の調達に要した費用の支出については、片倉工業と暁星エンタープライズとを一体とみて損害の発生を認定するのが相当である。

(三)  仮に、右(二)記載のような暁星エンタープライズの損失がそのまま片倉工業の損害とはいえないとしても、片倉工業は、本件株式を取得したことにより、次のとおり、その有する暁星エンタープライズの株式に生じた評価損相当額である一億四五九七万七〇〇〇円の損害を被り、これに前記(一)(2)記載の借入金利息相当額の損害を含め、総額で一億五一〇〇万四九四五円の損害を被った。

(1) 暁星エンタープライズが片倉工業から本件株式を譲り受けてこれを売却処分したこと(前記(二)(1)②記載の借入金利息の支払を含む。)によって、片倉工業が有する暁星エンタープライズの株式につき、暁星エンタープライズの設立時から昭和四九年五月三一日の第二期決算期までの間に、合計一億四五九七万七〇〇〇円の評価損が生じた。

(2) 片倉工業は、本件株式の取得に当たり、当初から、短期間のうちに暁星エンタープライズに譲渡して、同社において売却処分をすることを予定していたのであって、片倉工業が本件株式を取得したことと、暁星エンタープライズの株式に右のような評価損が生じたこととの間には相当因果関係があり、右評価損相当額は、片倉工業が本件株式を取得したことによって被った損害というべきである。」

2. 同八枚目表一〇行目の「違法行為」の次に「による損害発生の日」を加え、同末行の「四八年三月二六日」を「四九年一月一日」に、同一二枚目表五行目の冒頭から同一三枚目表末行の末尾までを次のとおりそれぞれ改める。

「3(一) 請求原因3(一)のうち、冒頭の主張を争い、(1)及び(2)の各事実を認め、(3)の片倉工業が、昭和四八年三月一四日、全額出資(資本金三〇〇〇万円)の完全子会社である暁星エンタープライズを設立し、昭和四八年三月一九日同社に対し、本件株式を二三億六八〇〇万円と評価して譲渡したことを認め、(4)の主張を争う。

仮に、片倉工業による本件株式の取得が無効であるならば、同社は中外炉工業及び日本橋興業に対し右取得代金の返還請求権を有するのであるから、損害を被っていないはずである。

(二)  同3(二)のうち、(1)の事実を認め、その余の主張を争う。

(1) 片倉工業が暁星エンタープライズを設立した目的は、片倉工業が多角経営の一環として不動産開発事業に進出するために、先駆的・実験的に事業を行わせることにあったものであり、暁星エンタープライズに譲渡した不動産等の資産の譲渡価額を時価ではなく帳簿価額としたのは、子会社の設立に伴う資産譲渡に関する法人税法五一条の適用を受けるためであって、これは会社分割の際通常行われている方法であり、本件株式の売却により暁星エンタープライズに生じると見込まれる損失を補填するためにされたものではない。暁星エンタープライズは組織・人員において独立の事業体としての実質を備え、独自の事業を行っていたのである。

(2) 自己株式を取得した会社がこれを第三者に売却した場合、会社自身は第三者に対してその無効を主張し得ない(相対的無効)とするのが通説である。したがって、第三者に対する関係では、暁星エンタープライズは本件株式の処分権を有していたといわざるを得ない。自己株式の取得行為は絶対的に無効であるというのであれば、一審原告の論法によれば、片倉工業自身に本件株式の処分権はなく、暁星エンタープライズによる本件株式の売却は、中外炉工業及び日本橋興業の代わり(ないし事務管理)として行われたという珍妙な結論になってしまう。

(3) 完全子会社は、経済的に親会社と一体であるから、子会社に生じた損害は即親会社の損害であるとの考え方は、法律論ではない。完全子会社であっても、自己の計算に基づいて親会社の株式の取得・保有・売却を行うことがある。暁星エンタープライズは、自主的判断に基づいて本件株式の売却を行ったもので、その損益も同社自身に帰属するというべきであるから、同社による本件株式の保有及び売却は、片倉工業の機関として又はその計算で行われたものではないし、片倉工業の指示に基づいて行われたものでもない。

(4) 暁星エンタープライズは、前記(1)記載の目的のもとに設立され、独立の企業体としての実質を備えて、独自の事業を行っていたものであるから、その法人格を否認されるべき形骸化した会社ではない。

(5) 暁星エンタープライズは、本件株式を、それぞれその処分時の時価で売却したものである(ただし、このうちには、売却価額が各処分時の時価より低廉なものもあるが、これは市場での大量売却の場合の値下がりを勘案して、売却価額を低くしたものであるから、相当な価額である。)、片倉工業が本件株式を取得した後の同社株式の値下がりは、景気の動向及び業界の不況等の市場における株価形成要因に基づくものであるから、右売却処分によって暁星エンタープライズに生じた売却損と片倉工業による本件株式の取得との間には相当因果関係がない。

(三)  同3(三)のうち、(1)の事実を認め、その余の主張を争う。

(1) 右(二)(5)記載のとおり、暁星エンタープライズに生じた本件株式の売却損と片倉工業による本件株式の取得との間には相当因果関係がないので、右売却損が発生原因となっている暁星エンタープライズの株式の評価損と片倉工業の本件株式の取得との間には相当因果関係がない。

(2) 仮に相当因果関係が認められるとしても、暁星エンタープライズによる本件株式の取得価額(一株五九二円)を基準とした本件株式売却時の市場価額の値下がり率のうち一七・一二パーセントは明らかに特異な市場要因によるものであり、相当因果関係がないとするか又は割合的認定により減額されるべきものであるから、この部分として、評価損一億四五九七万七〇〇〇円の一七・一二パーセントは、損害額から控除若しくは減額されるべきである。」

3. 同一六枚目裏二行目の冒頭から同五行目の末尾までを次のとおり改める。

「(二) 片倉工業が本件株式の取得代金を支払ったこと自体を同社の損害ととらえるとしても、片倉工業は、暁星エンタープライズに対して本件株式を取得価額と同額で売り渡し、同社は、その代金の支払に代えて、片倉工業の同額の借入金債務(三井物産及び日本橋興業に対する債務)を引き受け、右債務の弁済を完了した(三井物産に対しては昭和四八年三月二四日、日本橋興業に対しては昭和五四年四月一〇日)ので、既に填補されたというべきである。本件株式の取得が無効であるとしても、暁星エンタープライズによる債務引受け及びその債務の弁済が無効になる理由がないからである。」

4. 同一八枚目表四行目の次に行を変えて次のとおり加える。

「譲渡資産の土地のうちその後暁星エンタープライズによって他に売却されたもの(全体の約七〇パーセント)だけでも、その売上高は七億九七八一万円に達し、また、暁星エンタープライズが中越ニット株式会社に吸収合併されるに当たっては、土地の残存部分は約四億五〇七七万円と評価された。このような土地が僅か三四七万六二六〇円という低い帳簿価額で暁星エンタープライズに譲渡されたのであるから、片倉工業は、右の譲渡に伴って少なくとも一〇億円以上の損失を被ったことになる。したがって、一括して行われた資産譲渡・債務引受のうち、本件株式の譲渡及び債務引受けのみを取り上げて、片倉工業が本件株式取得のために支出した代金相当額全部を回収し、本件株式取得により生じた損害が填補されたものとみるのは相当でない。」

二、当審における主張の付加

1. 一審原告

一審被告らの本件損害賠償債務は、亡船津と一審被告柳澤とが連帯して負担したものであるところ、亡船津は片倉工業の代表取締役として、一審被告柳澤は同社の取締役として、いずれも同社のために自己に対する同社の本件損害賠償債権を行使し得る権限を有していた。また、同社の取締役としての職務遂行上の義務(商法二五四条、民法六四四条、商法二五四条ノ三)に鑑みるとき、右両名は、一審原告からの請求を待つまでもなく、自ら進んで速やかに自己に対する本件損害賠償債権を行使すべき責務を有していたのである。したがって、一審原告は、遅延損害金の起算日を「請求の日の翌日」としないで、本件違法行為による損害発生の日の後である昭和四九年一月一日とする。

2. 参加人

(一)  損害額の点を除き、一審原告の主張を援用する。

(二)  損害額は一〇〇〇万円が相当であるが、そのうち五〇〇万円及びこれに対する参加申出書送達の日の翌日からの遅延損害金の連帯支払を求める。

3. 一審被告ら

商法二六六条に基づく損害賠償債務は債務不履行に基づく損害賠償債務であるから、請求を受けたときに遅滞に陥るというべきである。近時は、同法二六六条ノ三第一項前段に基づく損害賠償債務についてさえ、履行の請求を受けた時より遅滞に陥るものとされている(最高裁平成元年九月二一日判決・裁判集民事一五七号六三五頁)。

第三、証拠関係<省略>

理由

当裁判所も、一審原告の本訴請求は、原審の認容した限度で理由があり認容すべきであるが、その余は理由がないので棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

一、原判決についての付加、訂正

1. 原判決一九枚目表六行目の「いずれも」から同裏一〇行目の「結果」まで<省略>

2. 同二〇枚目表五行目の「七八八万八〇〇〇」を「八一七万三〇〇〇」に、同六行目の「二二・五」を「二三・三五」に、同七行目の「五六年」を「五五年」に、同行の「二三・六」を「二三・六四」に、同末行の六〇〇円台と」を「五〇〇円台にまで」にそれぞれ改める。

3. 同二一枚目裏七行目の「その問題点」から同行の末尾までを次のとおり改める。

「一審原告に対しては、①大宮工場跡地の利用は、現在、全力を挙げて研究努力中である旨(同年三月六日付け)、②同土地の利用に関する一審原告の提案は、同土地の利用開発に関する貴重な意見の一つとして承らせて貰うが、同土地は八〇年間にわたり片倉工業が蚕糸業を営んできたところで地元とのつながりがあるので、その開発利用事業は、この歴史的経緯と今日及び将来の諸状勢を勘案し、同土地の社会的経済的実情に最も適したものにしたいと考えている旨(同月一一日付け)、③同土地の利用は一時的な収益源としてではなく、今後、永く片倉工業の収益に寄与し得る形態のものを考えており、また、大宮市の行政指導及び地域住民との関連も考慮に入れなければならないので、一審原告提案のマンション建設のような一時的な売却方式は考えていない旨(同月三一日付け)、④同土地の利用は一時的な収益源としてではなく、今後、永く片倉工業の収益に寄与し得る形態のものでなければならないと考えている旨(同年四月二六日付け)を書面で回答し、また、その間、一審原告の関係者と面談した際にも同様の説明をしたが、片倉工業の経営者が同土地を具体的にどのように利用しようとしているのかを具体的には明らかにしなかった。」

4. 同二二枚目表三行目の「片倉工業は、」の次に「今のところ」を加え、同二四枚目裏八行目の「原告」から同一〇行目の末尾までを次のとおり改める。

「『父が圧力を掛けたり威したりして片倉工業株の買戻しを図っているかのように言われているが、それは全くの誤解である。山一証券等が資料を示して、片倉工業株を買うことを強く勧めたのでこれを買った。その後証券会社の資料が虚偽であることが判明した。日本政府は取得株式数が全体の二五パーセントに達する直前にストップをかけるし、片倉工業は父の提案を受け入れなかった。父としては日本側が一団となって攻撃を仕掛けて来たと感じたわけである。そこで自衛手段として訴え提起等に及んだものである。父は平和的解決を強く望んでいる。平和的解決とは、関係者全ての名誉と信用を傷つけない解決のことである。金銭的利益のことは問題にしていない。利益より面子の問題である。片倉工業株の取得コストは金利を勘案すると一〇〇〇円以上になるであろう。裁判の問題も含めて平和的に解決しなければならない。』との趣旨を話したが、秋山は、会長や社長に正確に伝達し、明日連絡すると答えた。その後、片倉工業側で検討した結果、一〇〇〇円云々の言葉も出ているので解決の糸口を見付けるのは困難であるとの結論に達し、翌日、王徳義に対し、『再び会っても同じ話の繰り返しになるので、社長はもう会わない。』と伝え、以後同人との接触を断った。」

5. 同二六枚目表四行目の「わたって」の次に「平和的に」を加え、同二七枚目表九行目の「被告柳澤本人尋問の結果」を「証拠(一審被告柳澤本人)」に、同二八枚目裏末行から同二九枚目表一行目にかけての「被告らの主張」を「後記四1に認定」にそれぞれ改める。

6. 同二九枚目表六行目の「いずれも」から同裏一行目の「結果」まで<省略>、同裏二行目の次に行を変えて次のとおり加え、同三行目の「(一)」を「(2)」に改める。

「(一)(1) 辰巳旭(いわゆる吉野ダラーグループ)及び中外炉工業は、昭和四七年五月から片倉工業の株式を買い集め、同年一二月ころには、片倉工業の発行済み株式総数三五〇〇万株のうち約一三〇〇万株(辰巳が五〇〇万株、中外炉工業が八〇〇万株)を取得するに至った。当時、片倉工業の株式を買うのは、同社には大宮工場跡地という資産(含み資産)があるためであるということが一般的に言われており、辰巳が株式を取得するのは、経営的に参加して右土地を売却するかあるいは安易な方法で開発することにより、一時的な利益を挙げて株価をつり上げ売り逃げをするためではないかとの風評があった。そこで、亡船津は、辰巳と中外炉工業が提携すると、株主総会で議決権の過半数を握られ、辰巳の右の意図を実現される恐れがあるので、絶対にこれを防がなければならないと考え、そのためには、一部上場会社である中外炉工業に片倉工業の立場を理解して貰い、経営に参加して貰ってもよいので辰巳と提携しないように要請する必要があると判断して、その旨中外炉工業と交渉した。ところが、同社は、資金運用として取得したのであって経営参加の意図はなく、できるだけ早く処分をしたいので、片倉工業の方で何とかしてくれないならば、辰巳の方に売却したいとの意向であった。そこで、亡船津は、中外炉工業の取得した株式が辰巳に渡らないようにするために奔走した。」

7. 同三〇枚目裏四行目の冒頭から同末行の「譲渡し、」までを次のとおり改める。

「(三) 片倉工業は、昭和四八年三月八日、本件株式を取得する資金として、三井物産及び日本橋興業からそれぞれ一一億八四〇〇万円を借り入れた上、本件株式を代金合計二三億六八〇〇万円で買い受け、次いで同月一九日、予定どおり暁星エンタープライズに対し、本件株式を同額で売り渡した。右の譲渡は、片倉工業がその所有の本件株式(評価額二三億六八〇〇万円)、大宮集配センター関支所の土地(四万五一三一・五八平方メートル。帳簿価額三四七万六二六〇円)、建物(帳簿価額八〇六万二六四五円)、構築物(帳簿価額三〇八万九四三五円)及び三菱銀行ほか四社の株式(帳簿価額七九〇万一七五九円)からなる資産(帳簿価額総額二三億九〇五三万〇〇九九円)を暁星エンタープライズに譲渡し、暁星エンタープライズが本件株式の代金の支払に代えて、片倉工業の三井物産及び日本橋興業に対する前記借入金債務(合計二三億六八〇〇万円)を引き受け、かつ、譲渡価額(譲渡資産価額と引受債務額との差額二二五三万〇〇九九円)を支払うという形で一括して行われた(本件株式を二三億六八〇〇万円と評価して譲渡したことは当事者間に争いがなく、その余の事実は一審被告らが明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。)。」

8. 同三二枚目裏四行目の「行った」を「の」に、同七行目の「完成して」を「完成し、片倉工業商事部に委託して」に、同三三枚目裏九行目の冒頭から同三六枚目裏一行目末尾までを次のとおりそれぞれ改める。

「(二) 一審原告は、片倉工業における本件株式の取得代金二三億六八〇〇万円の支払自体が片倉工業の損害である旨主張する。

しかし、片倉工業は取得した本件株式を暁星エンタープライズに対し取得価額と同額で譲渡し、暁星エンタープライズは、その対価の支払に代えて、片倉工業が本件株式を取得するために借り入れた右と同額の借入金債務を引き受け、これを全額弁済したのであるから、一審原告の主張するように片倉工業が本件株式の取得代金を支払ったこと自体が同社の損害であると解しても、この損害は、暁星エンタープライズによる右の債務引受け及び引受債務の弁済の完了によって、既に填補されたものというべきである。

一審原告は、暁星エンタープライズは片倉工業の完全子会社であり、商法二一〇条により本件株式を取得できないのであるから、片倉工業から暁星エンタープライズへの本件株式の譲渡は無効であり、したがって、暁星エンタープライズによる譲渡対価の支払も効力を生じるに由ないものであることを理由に、右の損害填補を否定すべき旨主張するが、本件においては、本件株式の譲渡対価の支払は、暁星エンタープライズによる債務引受け及び引受債務の支払によってされ、本件株式の取得価額と同額の片倉工業の債務が消滅しており、その効果を否定すべき理由については何ら主張立証されていないのであるから、暁星エンタープライズに対する本件株式の譲渡が無効であるとしても、片倉工業の損害が填補されたことを否定することはできない。更に、一審原告は、本件株式の譲渡が土地等の帳簿価額による廉価譲渡と一括して行われていることを理由に、本件株式の譲渡及び債務引受けのみを取り上げて、片倉工業が本件株式取得のために支出した代金相当額全部を回収し、本件株式取得により生じた損害が填補されたものとみるのは相当でない旨主張するが、本件においては、本件株式を取得したことによる損害が問題とされているのであるから、右の主張は失当である。

(三) 一審原告は、暁星エンタープライズが引受債務に対する利息として支払った合計二〇一一万一七八〇円及び暁星エンタープライズによる本件株式の売却損七億一八六〇万〇七六〇円が片倉工業に帰属すべき損害である旨主張し、その理由として、①暁星エンタープライズは、片倉工業の手足として又は同社に代わって若しくは同社のための管理として本件株式を売却した旨、②完全子会社による親会社株式の取得は親会社の計算においてされたものとみるべきであり、少なくとも、本件においては、本件株式の譲渡と土地等の廉価譲渡とが一括して行われたのであるから、右のようにみるべきである旨、③本件株式の売却等は会社制度を濫用してされたものであるから、片倉工業と暁星エンタープライズとを一体のものとみて損害を考えるべきである旨主張する。

しかし、既に認定したところによれば、暁星エンタープライズは、片倉工業の経営多角化の一環としての不動産業務の遂行等という独自の目的のために設立されたものであり、片倉工業からの出向であるとはいえ、同社とは別個の役員及び従業員を有し、本件株式の売却をその自主的な判断に基づいて行ったほか、関市所在の土地の売却、宅地造成、分譲住宅建設等の事業を行い、経理関係も片倉工業とは独立に処理していたものであり、形式的にも実質的にも、片倉工業とは別個独立の法人格を有する会社であったのであるから、片倉工業の一〇〇パーセント出資の完全子会社であるからといって、そのことを理由に直ちに法人格を否認し、両者を同一体視することができないのはもちろんのこと、暁星エンタープライズが片倉工業の手足として又は同社に代わって若しくは同社のための管理として本件株式を売却し、あるいはその売却が片倉工業の計算において行われたものと認めることはできず、他に一審原告の前記主張を認容すべき事情の存在を認めるに足りる証拠はない(なお、亡船津及び一審被告柳澤は、暁星エンタープライズ設立の際、同社が所有することになる不動産を売却する時に発生することが予想される譲渡益に対する課税を、本件株式の早期売却の際に発生する可能性のある売却損を利用して免れようとの意図を有していたことが窺われるが、このことは前記の判断を左右するものではない。)。

したがって、暁星エンタープライズに発生した本件株式の売却損等をそのまま直ちに片倉工業の損害と認めることはできない。もっとも、最高裁平成五年九月九日判決(民集四七巻七号四八一四頁)は、完全子会社が親会社株式を取得しこれを買入価額よりも低い価額で他に売却した場合について、子会社の資産は、同社による親会社株式の買入価額と売渡価額との差額に相当する金額だけ減少しているのであるから、他に特段の主張立証のない当該事件においては、同社の全株式を有する親会社は同額に相当する資産の減少を来しこれと同額の損害を受けたものというべきであり、また、右損害と子会社が親会社株式を取得したこととの間に相当因果関係があることは明らかであるとし、右のようにして親会社の損害を算定した原判決は、結論において是認することができる旨判示している。しかし、右判決は、その判示自体から明らかなように、子会社に生じた損害を直ちに親会社の損害と同視すべきものとしているのではなく、親会社に生じた損害額は、親会社の資産に減少を来した額とすべきであるが、他に特段の事情のない限り、子会社による親会社株式の買入価額と売渡価額との差額に相当する金額だけ親会社の資産が減少したものとみることができる旨を判示したものと解される。そこで、本件において、右特段の事情が認められるか否かについて検討する。

(四) 既に述べたとおり、暁星エンタープライズが片倉工業から本件株式を譲り受けてこれを売却処分したこと(借入金利息の支払を含む。)によって、片倉工業が有する暁星エンタープライズの全株式につき、暁星エンタープライズの設立時である昭和四八年三月一四日から同社の第二期決算期である昭和四九年五月三一日までの間に合計一億四五九七万七〇〇〇円の評価損が生じたところ、前記のとおり、片倉工業と暁星エンタープライズとは形式的にも実質的にも別個の会社であり、片倉工業は株式の所有を通じてのみ暁星エンタープライズの資産を支配しているにすぎないのであるから、暁星エンタープライズに資産の減少が生じても、それが片倉工業において所有する暁星エンタープライズ株式について評価損を生じない限り、片倉工業の資産の減少を来すものではないが、右株式に評価損を生じた場合には、片倉工業の資産に減少を来すものであるから、片倉工業は、右評価損相当額の損害を被ったことになるといわなければならない。したがって、暁星エンタープライズ株式の評価損が主張立証されている場合には、片倉工業の被った損害額は、暁星エンタープライズの被った損害額と同額であるとするよりも、同社株式の評価損と同額であるとするのがより合理的であるから、右両者の間に差があるときには、前記最高裁判決の指摘する特段の事情があるものとして、前者の算定方法によらず後者の算定方法によるのが相当であるというべきである。

そこで、片倉工業に生じた暁星エンタープライズ株式の評価損と同額の損害が本件株式の取得によって生じた損害といえるか否かについて検討すると、亡船津及び一審被告柳澤は、片倉工業が本件株式を取得する時点で、取得後はこれを暁星エンタープライズに譲渡し、同社において昭和四八年中(片倉工業の一会計年度中)に本件株式の全部を第三者に売却処分することを予定し、現実にもそのとおり実行されたことなど、前記認定の本件株式の取得及びその後の経緯等に照らせば、片倉工業による本件株式の取得から暁星エンタープライズによる第三者への売却処分までの行為は、全体としてみれば、事実上一個の計画に基づく一連の行為として捉えることができるので、片倉工業による本件株式の取得と前記評価損と同額の片倉工業の損害との間には相当因果関係があると認めるのが相当である。

一審被告らは、暁星エンタープライズによる本件株式の取得価額(一株五九二円)を基準とした本件株式売却時の市場価額の値下がり率のうち一七・一二パーセントは明らかに特異な市場要因によるものであり、相当因果関係がないとするか又は割合的認定により減額されるべきものであるから、この部分として、評価損一億四五九七万七〇〇〇円の一七・一二パーセントは、損害額から控除し若しくは減額されるべきである旨主張する。しかし、前記のように、亡船津及び一審被告柳澤は、片倉工業による本件株式取得の経緯に鑑み、取得の当初から、暁星エンタープライズにおいて昭和四八年中に本件株式の全部を第三者に売却処分すべきものとし、これをし終えるためには、その売却価額が取得価額を下回ってもやむを得ないと考え、その旨暁星エンタープライズにも指示していたのであるから、仮に一審被告らが主張するように、特異な市場要因により、本件株式の各売却処分時における価額が値下がりしたものであったとしても、前記相当因果関係の存在を認める妨げとはならないし、また、片倉工業の損害額を割合的に減額すべき理由にも当たらないというべきであり、採用することができない。」

9. 同三七枚目表四行目の「抗弁2」を「抗弁3」に改め、同六行目の「により、」の次に「昭和五六年法律第七四号による」を加え、同裏一行目の「ながら、」を「ながら(会社に損害を与えることを意欲していたことまでは必要ではないと解される。)した」に改める。

二、当審における主張等についての判断の付加

1. 遅延損害金の起算日について

一審原告は、一審被告らの本件損害賠償債務は、亡船津と一審被告柳澤とが連帯して負担したものであるところ、亡船津は片倉工業の代表取締役として、一審被告柳澤は同社の取締役として、いずれも同社のために自己に対する同社の本件損害賠償債権を行使し得る権限を有しており、また、同社の取締役としての職務遂行上の義務(商法二五四条、民法六四四条、商法二五四条ノ三)に鑑みるとき、右両名は、一審原告からの請求を待つまでもなく、自ら進んで速やかに自己に対する本件損害賠償債権を行使すべき責務を有していたのであるから、遅延損害金の起算日は本件違法行為による損害発生の日とすべきであることを前提として、本件においては右損害発生の日の後である昭和四九年一月一日を遅延損害金の起算日としている。

しかし、商法二六六条に基づく損害賠償債務は債務不履行に基づく損害賠償債務の一種であるから、請求を受けたときに遅滞に陥ると解するのが相当であり(最高裁平成元年九月二一日判決、裁判集民事一五七号六三五頁参照)、一審原告の右主張は採用することができない。

2. 参加人の請求について

参加人は、片倉工業の株主として、当審において一審原告側に参加し、損害額の点を除き一審原告の主張を援用し、損害額については一〇〇〇万円が相当であるとした上、一審被告らに対し、そのうち五〇〇万円及びこれに対する参加申出書送達の日(平成三年一〇月二一日)の翌日からの遅延損害金の連帯支払を求めている。

参加人は、商法二六八条二項本文に基づいて参加したものであるが、同条項による参加は、民訴法七五条に規定する共同訴訟人としての参加と解されるところ、共同訴訟人の一人の行為は全員の利益においてのみ効力を生じるものである(同法六二条一項)から、一審原告の請求よりもその額が少ない参加人の一審被告らに対する請求はその効力を生じず、結局のところ、参加人は、一審原告の申立てのとおりの判決を求めているものと解すべきことになる。したがって、参加人の請求に対する判断は、すべて一審原告の請求に対する判断に包含されることになる。

よって、原判決は相当であり、本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水湛 裁判官 瀬戸正義 小林正)

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