東京高等裁判所 平成3年(ネ)1886号 判決 1992年5月28日
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成元年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行の宣言。
二 被控訴人
主文第一項同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 控訴人と訴外甲野春夫(以下「春夫」という。)は、昭和四二年五月一日に婚姻し、その間に、長女夏子(昭和四三年五月八日生)と長男秋男(昭和四六年四月四日生)の子がいる。
2 不法行為
(一) 被控訴人は、春夫に妻子がいることを知りながら、昭和六二年二月ころまでには春夫と肉体関係を持つようになり、同年五月ころには、春夫が同年三月に同人が代表取締役をしている訴外株式会社A名義で購入した東京都○○区△△町所在の××マンション○○号室(以下「本件マンション」という。)で春夫と同棲するようになり、平成元年二月三日には、春夫との間に冬男を出産し、春夫は、同月八日に冬男を認知している。
(二) 右被控訴人の行為は、控訴人と春夫との婚姻関係を破壊するものである。
(三) 仮に、被控訴人が春夫から離婚しているとの話を信じていたとしても、被控訴人は、スナックのホステスをしていたときに春夫と知り合い、結婚式や披露宴もしないで同棲生活を続けていたものであり、被控訴人には、少なくとも過失があった。
(四) 損害
控訴人は、被控訴人の右行為によって筆舌に尽くせない精神的苦痛を受けた。右慰謝料として一〇〇〇万円が相当である。
3 よって、控訴人は、被控訴人に対し、慰謝料一〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年一〇月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2(一) 同2(一)の事実のうち、訴外株式会社Aの代表取締役である春夫が昭和六二年三月に同社名義で本件マンションを購入したこと、その後、被控訴人が春夫と肉体関係をもつようになり、本件マンションで春夫と同棲するようになったこと、被控訴人が平成元年二月三日に春夫との間に冬男を出産し、春夫が同月八日に冬男を認知したことは認め、その余の事実は否認する。
被控訴人と春夫との間に肉体関係が生じたのは、昭和六二年一〇月ころであり、そのころから本件マンションで同棲するに至ったものである。また、被控訴人は、春夫から「離婚して独りで暮らしている」と聞かされていたものである。
(二) 同2(二)ないし(四)の事実は争う。
3 同3の主張は争う。
4 控訴人と春夫の婚姻関係は破綻している。
この点に関する被控訴人の主張は、原判決事実摘示「四 認否と反論」欄2のアないしエの記載(原判決二枚目表九行目から同三枚目表一行目まで)のとおりであるから(ただし、原判決二枚目裏四行目の「四月には、」の次に「自宅に担保を設定して同社の資金繰りに努力するなどしたことから、」を、同六行目の「非難し、」の次に「春夫が社長をやっても失敗するから」をそれぞれ加え、同七行目の「春夫は」から同八行目の末尾までを「春夫は、やりきれない気持ちとなり、その後も控訴人から不服・非難を聞かされてこれにうんざりし、自宅に寄りつかなくなり、たまに帰宅するとあらぬ妄想を抱いた控訴人から包丁を突きつけられたり、炬燵のコードで首を締められたりされたので身の危険を感じ、そのため、昭和六一年七月には、別居するため、夫婦関係調整の調停を申し立てた。」に改める。)、これを引用する。
第三 証拠関係(省略)
理由
一 請求原因1の事実、同2(一)の事実のうち、訴外株式会社Aの代表取締役である春夫が昭和六二年三月に同社名義で本件マンションを購入したこと、その後、被控訴人が春夫と肉体関係をもつようになり、本件マンションで春夫と同棲するようになったこと、被控訴人が平成元年二月三日に春夫との間に冬男を出産し、春夫が同月八日に冬男を認知したことは、当事者間に争いがない。
二 そこで、事実関係について検討する。
1 前記争いのない事実に、成立に争いがない甲第一ないし第三号証、第五ないし第一一号証、第一三ないし第一六号証、第一八、第一九号証、乙第一号証、原審における控訴人本人尋問の結果により成立が認められる甲第四号証、原審証人甲野春夫の証言、原審における控訴人及び被控訴人の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(一) 控訴人(昭和一四年九月六日生)と春夫(昭和一五年一一月二五日生)の夫婦関係は、二人の性格の相違や金銭に対する考え方の違い等から、昭和五五年ころから次第に悪くなった。
(二) 春夫は、昭和五五年に従兄弟が経営する婦人服製造会社に転職したが、残業で深夜に帰宅することが多くなり、そのため控訴人の不満が募ったこと等のため、春夫は同社を辞めて独立して事業を始めようと考えたが、控訴人が独立することに反対し、昭和五七年一一月に株式会社Aに転職し、取締役になった。
(三) 春夫は、昭和五八年、五九年に自宅の土地建物に同社を債務者とする抵当権を設定したりして、同社の資金繰りのために協力し、結局同社の経営を引き継ぐこととなって、昭和五九年四月に同社の代表取締役に就任した。しかし、控訴人は、春夫が代表取締役になると負債を負う危険があるとしてこれに強く反対し、登記済権利証を隠したりして喧嘩となり、春夫がこれを発見して抵当権を設定するとこれを非難し、先に財産分与するように要求した。こうしたこともあって、春夫は、その後控訴人を避けるようになったが、帰宅した際に控訴人が包丁をちらつかせたこともあるなど、夫婦関係は非常に悪化した。
(四) そのため、春夫は、昭和六一年七月ころ、控訴人と別居すべく、夫婦関係調整の調停の申立をしたが、控訴人は、春夫には親密に交際している女性がいると考え、離婚の意思もなかったことから、右調停には出席せず、そのため、春夫はこれを取り下げた。
(五) 春夫は、その後も控訴人が株式会社Aの関係者(女性)に電話をして春夫との関係を糺したりしたことから、控訴人を疎ましく感ずるようになった。
(六) 春夫は、昭和六一年中に、昭和六二年三月に完成した本件マンションの購入の手続をしていたが、同年二月一一日に入院し、当時病名は本人に知らされていなかったが大腸癌と診断され、その手術のため転院のうえ、同年三月四日に手術をし、同月二八日に退院した。春夫は、その間に控訴人との別居の意思を固め、同年五月六日に自宅を出て本件マンション(同年三月一二日に株式会社A名義で購入)に転居し、控訴人と別居した。
(七) 他方、被控訴人は、昭和六一年一二月ころからスナックでアルバイトをし、昭和六二年四月ころ、店の常連客の知人として、客として来店した春夫と知り合った。当時、春夫は控訴人との別居を考えていたことから、春夫は、被控訴人に対し、妻とは離婚することになっている。それでマンションを購入したが、妻には知られたくないので電話等の名義を貸してほしいと頼み、被控訴人の了解を得て、被控訴人の父の名義で、同年四月一六日には電気・ガスの契約を締結し、同年五月二七日には電話を架設した。
(八) 被控訴人は、春夫が控訴人と別居し、本件マンションで一人で生活するようになった後に、次第に春夫と親しい交際をするようになり、遅くも同年夏ころまでには、春夫と肉体関係を生じ、同年一〇月ころから本件マンションで同棲するようになった。
(九) 控訴人は、春夫が別居した後、春夫が被控訴人と関係ができたことを知り、春夫を被告として住所地の土地建物について、控訴人にも持分があるとして、所有権一部移転の登記手続を求める訴えを提起し(○○地方裁判所○○支部○○号事件)、勝訴した。
(一〇) 控訴人は、春夫が被控訴人と前記関係が生じた後においても子供の幸せを考えて、春夫との離婚は考えないとし、春夫に対して損害賠償請求をしていない。
2 控訴人は、「被控訴人と春夫とが肉体関係を持つようになったのは、遅くも昭和六二年二月ころである」旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
なお、前記認定の事実によれば、春夫が購入した本件マンションの電気・ガスの契約が昭和六二年四月に、電話の架設が同年五月にそれぞれ被控訴人の父名義でされていることが認められるものの、春夫が入院する同年二月以前に被控訴人と春夫とが何らかの交際をしていたことを窺わせる証拠は何ら提出されておらず(もとより、春夫も被控訴人もこれを否定する供述をしている。)、前記認定の事実関係からすると、被控訴人の父が本件マンションの電気・ガス・電話等の名義人になっていることから、名義人になった時点で、既に春夫と被控訴人との間に肉体関係があったものと推認することはできない。
三 前記認定の事実によれば、被控訴人と春夫が肉体関係をもったのは、昭和六二年五月に春夫が別居した後のことであり、その当時、既に控訴人と春夫との夫婦関係は破綻し、形骸化していたものと認められるところ、被控訴人は、当初春夫から妻とは離婚することになっている旨聞き、その後別居して一人で生活していた春夫の話を信じて春夫と肉体関係を持ち、同年一〇月ころから同棲するに至ったものであるから、被控訴人の右行為が控訴人と春夫の婚姻関係を破壊したものとはいえず、控訴人の権利を違法に侵害したものとは認められない。
したがって、控訴人の不法行為に基づく慰謝料請求は、理由がないというべきである。
四 よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。