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東京高等裁判所 平成3年(ネ)1979号 判決 1992年3月26日

埼玉県三郷市番匠免一丁目一六〇番地八

控訴人

株式会社アートビア

右代表者代表取締役

飯島道雄

右訴訟代理人弁護士

細川律夫

金臺和夫

中村昭夫

東京都足立区南花畑二丁目一五番一八号

被控訴人

株式会社長谷部

右代表者代表取締役

長谷部正登

右訴訟代理人弁護士

得居仁

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨の判決

第二  事案の概要

事案の概要は、原判決「第二 事案の概要」と同一であるから、これをここに引用する。

第三  当審における当事者の主張

一  控訴人

1  原判決別紙第二目録記載のキーホルダー(以下「被控訴人商品」という。)の形態である長方形は、キーホルダーの形としてありふれたものであり、また、シルク印刷をした鉄板上にニツクネームを平仮名及びローマ字でペパーミントグリーン又はピンク色の同色で併記し、更にこれをエポキシ樹脂の皮膜で覆う工法で金メツキの鎖の取付都に鈴をつけた類似のキーホルダーは他にも多数存在する(乙第二〇号証ないし第二二号証)。

また、年間二〇〇種類ぐらい発売されるキーホルダー商品においては、全て他の商品といずれかにおいて類似性を有し、他と判然区別される特徴があるという商品は皆無といつてよいものである。

したがつて、その形態及び色の組合せに被控訴人商品だけが特徴があるということはできないものである。

更に、全国各地には、問屋数が九四九社あり、その内、被控訴人が販売したとする問屋は約五〇社にすぎない。

被控訴人商品の問屋への販売数量が約一四二万枚であり、通常の商品より販売数量が多かつたとしても、全国の問屋の約五パーセント程度しか扱われなかつた程度では、被控訴人商品の形態及び色の組合せが被控訴人商品であることを示す商品の表示として認識されていたということはできない。まして、右九四九社の問屋から小売店を通じて販売の対象となる一般需要者においては、そのような認識はされるに至つていないものである。

2  原判決別紙第一目録記載のキーホルダー(以下「控訴人商品」という。)と被控訴人商品とは類似しておらず、誤認混同も生じない。

年間二〇〇種類近くの商品が発売されるキーホルダーにおいては、他商品と類似性を有する商品が多数発売される。その中で、問屋は、商品を選別の上、製造業者から買い入れるものである。したがつて、商品の選別に当たつては、その商品の形や字体などの細かい特徴が決め手になるものであり、類否の判断において、その細かい特徴を微細な点として無視することはできない。

そして、控訴人商品は、形が長い長方形であり、その文字はいわゆる業界においてクレヨンタツチといわれるくずされた形で、色も薄いものである。

これに対して、被控訴人商品は、形が長方形といつても正方形といつてもよい形のものであり、その文字は業界においてゴシツク体といわれる明確な輪郭を有し、色も鮮やかにされているものである。

この二点の特徴の相違だけで、前記のように商品を選別する問屋においては両商品を別個の商品として区別する大きな要素となるものであり、決して微細なものではなく、両商品を類似しているということはできないものである。

また、キーホルダーはアクセサリー商品であり、特に控訴人商品等は若い男女向けのものであるから、一般需要者においても、キーホルダーの形が正方形に近い形か長方形か、字体が丸ゴシツクかクレヨンタツチかは、その購入にあたつて選択する大きな要素となるものである。

したがつて、一般の需要者の間においても、控訴人商品と被控訴人商品とが混同され、被控訴人の営業上の利益が害されるというおそれはないものである。

3  また、仮に控訴人商品と被控訴人商品とが類似するとしても、控訴人商品の製造販売開始時には、被控訴人商品の形態及び色の組合せは、被控訴人の商品であることを示す表示として広く認識されていたものではないというべきであるから、控訴人商品の製造販売は、不正競争防止法第二条第一項第四号の善意の先使用に該当するものであり、被控訴人は差止請求権等を有しない。

4  一般に慣習上自由に使用されている表示を普通に行われている態様で使用した商品を販売、拡布する行為は、不正競争防止法第一条、第一条の二の適用を受けない(同法第二条第一項第一号)。

ニツクネームの平仮名やローマ字を使用したキーホルダーは、被控訴人商品だけでなぐ、業界において多数製造、販売されているものである。

そして、被控訴人商品の形態である長方形は、キーホルダーの形としてありふれたものであり、また、シルク印刷をした鉄板上にニツクネームを平仮名及びローマ字でペパーミントグリーン又はピンク色の同色で併記し、更にこれをエボキシ樹脂の皮膜で覆うといつ工法で金メツキの鎖の取付部に鈴をつけるという点もこれまでキーホルダーにニツクネームが書かれていた商品と同じ普通一般のありふれた方法である。

したがつて、控訴人商品が被控訴人商品に類似するとしても、控訴人商品も、被控訴人商品と同じく、慣習上自由に使用されている表示を普通に行われている態様で使用したものであるということができるから、控訴人商品の製造、販売には、不正競争防止法第一条第一項第一号は適用されないものである。

また、被控訴人商品は、「につくねえむホルダー」であり、「けんちやん」「さつちやん」等のニツクネームを表示したキーホルダーの商品の特性をそのまま記述的に表示したにすぎず、自他商品識別力がないから、同号の定める他人の商品たることを示す表示たり得ないものであつて、同法の保護を求めることはできない。

5  また、仮に、控訴人商品が被控訴人商品に類似しているとしても、控訴人は、地方の得意先の問屋よりニツクネームをキーホルダーにした商品の注文を受け、独自にデザインを工夫して控訴人商品を製造、販売したものであるから、被控訴人商品と類似した商品を製造、販売したことにつき故意又は過失はない。

6  原判決は、被控訴人の被つた損害の額につき商標法第三八条第一項を類推適用するのが相当とする。

しかし、商標法第三八条第一項は、商標登録を受けた商標権者を特別に保護するため、民法の原則を修正し、その損害額の範囲につき立証を容易にするために設けられたものであるところ、不正競争防止法においては右のような推定規定は設けられていない。

このことは、不正競争防止法によつて保護される権利(利益)が侵害された場合、商標権の侵害の場合と異なり、権利を侵害された者においてその損害を立証すべきものと解釈すべきものである。

したがつて、被控訴人の被つた損害の額につき商標法第三八条第一項を類推適用することはできないものである。

二  被控訴人

1  控訴人は、被控訴人商品の周知性を否定する根拠として、まず、乙第二〇号証ないし第二二号証を引用して、被控訴人商品に類似するキーホルダーは多数存在すると主張する。

しかし、乙第二一号証の商品及び乙第二二号証の商品は、被控訴人商品と形態及び色の組合せの特徴が類似していないことは一見して明らかである。更に、乙第二二号証の左から四点目の商品は、昭和六一年八月に販売が開始されたもので、被控訴人商品の周知性の判断の基準日たる昭和六〇年一一月一二日には存在すらしていないものである。また、乙第二〇号証の商品も、控訴人の仕入先である検見川工業が控訴人商品の模造品として製造、販売をしたものであるから、右の被控訴人商品の周知性の判断の基準日には存在していないものである。

したがつて、被控訴人商品の周知性の判断の基準日たる昭和六〇年一一月一二日当時、被控訴人商品の形態及び色の組合せの特徴に類似した商品は、全く存在していなかつたのである。

また、被控訴人は、年間二〇〇種類ぐらい発売されるキーホルダー商品においては、全て他の商品といずれかの点において類似性を有し、他と判然区別される特徴があるという商品は皆無であると主張するが、何の証拠にも基づかないものである上、そのことと、被控訴人商品に他の商品と識別すべき特徴があるか否かの問題とは関係がないものである。

また、控訴人は、全国各地には問屋が九四九社あり、被控訴人が販売した問屋はその内五〇社にすきないとして、被控訴人商品の周知性を否定しようとする。

しかし、全国の問屋の数が九四九社であるということは疑わしい上、被控訴人が卸売販売を問屋五一社及び東京都内の小売店六店舗に限定したのは、これだけで北海道と九州を除く全国各地の観光土産物店、駅・空港・高速道路サービスエリア等の小売店をカバーできるものであつた他に、既販売の問屋とテリトリーの重なる問屋には依頼があつても卸売販売しなかつたためであるから、単なる問屋の数量比較から、被控訴人商品が周知性を取得していたことを否定することはできない。

2  被控訴人商品と控訴人商品とは、全体的に観察した場合、極めて類似しているものであり、また、控訴人が主張するように、一般の需要者が両商品のプレートの形状、字体や色の僅かな違いや印象によつて購入意思を決定するなどということもありえないものであり、両商品は、問屋や小売業者の間においても、また、末端の一般需要者においても、たやすく誤認されるものである。

3  控訴人は、控訴人商品の製造、販売につき不正競争防止法第二条第一項第四号の善意の先使用を主張するが、控訴人商品が製造、販売される前の昭和六〇年一一月一二日には、被控訴人商品の形態及び色の組合せが被控訴人の商品であることを示す表示として広く認識されていたものであるから、そもそも控訴人の主張は理由がない。

4  控訴人は、ニツクネームの平仮名やローマ字を使用したキーホルダーが業界において多数製造販売されていて、被控訴人商品や控訴人商品は、慣習上自由に使用されている表示を使用したものにすぎないとして、控訴人商品の製造、販売については、不正競争防止法第二条第一項第一号により同法第一条第一項第一号の適用はない旨主張する。

しかし、ニツクネームの平仮名やローマ字を使用したキーホルダーが業界において多数製造、販売されていたという事実はない。そして、被控訴人は、昭和六〇年二月ころから、被控訴人商品の企画を始め、ニツクネームをキーホルダー化することの決定、ニツクネームの選択、素材・仕上げ方法の検討、色見本の作成、色の組合せ・デイスプレーの形状・包装の決定、ネーミングなどの周到な準備を経た上で、昭和六〇年七月三日から被控訴人商品の卸売販売を開始したものであり、慣用表示を使用した事実はない。

5  控訴人は、被控訴人商品に類似する控訴人商品の製造、販売をしたことに故意、過失がない旨主張する。

しかし、控訴人商品は、商品自体はもとより、デイスプレイ、「につくねえむホルダー」なる名称及び包装についても被控訴人商品と同一か又は極めて類似しているものであり、これらが全て偶然であるはずはなく、控訴人に故意があつたことは明らかである。

6  不正競争防止法に商標法第三八条第一項のような推定記載は存しないが、不正競争防止法は、商標法と、不正競業の防止という目的において共通するものであり、被害者と加害者の公平を図り、公正な競業秩序を維持するために、本件のような事案に商標法第三八条第一項の類推適用を認めることは、極めて妥当であり、ほぼ確立した裁判例であり、学説も支持しているものである。

第四  証拠関係

証拠関係は原審及び当審の記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

第五  当審の判断

一  被控訴人商品の形態及び色の組合せが、遅くとも控訴人商品の販売開始日の前日の昭和六〇年一一月一二日には、被控訴人商品たることを示す商品の表示として周知性を獲得していたことは、原判決第三丁表第一〇行ないし第五丁表第四行のとおりであるから、これをここに引用する。

この点について、控訴人は、被控訴人商品の形態及び色の組合せには被控訴人商品であることを示す特徴がなく、全国各地には問屋数が九四九社あり、その内被控訴人商品を販売した問屋は約五〇社にすぎないから、その販売数量が約一四二万枚であつたとしても、被控訴人商品として広く認識されていたとはいえない旨主張する。

しかし、被控訴人商品の形態及び色の組合せに特徴があることは原判決第三丁表第一〇行ないし同裏第五行のとおりであり、同裏第六行ないし第九行摘示の証拠によれば、同第三の一2(原判決第三丁裏第九行ないし第四丁裏第三行)認定のとおり、同認定のキーホルダー業界の取引状況において、被控訴人商品が北海道及び沖縄を除く全国各地の約五〇社の問屋に約一四二万枚販売された結果、右地域における取引者の間においては、被控訴人商品の形態及び色の組合せについて他の出所とは区別された特定の出所からの商品であることが明確に認識され、右商品を第三者がいわれなく製造販売することは、取引秩序における信義衡平に甚だしく反する状態になつていたと認めるに十分であを。控訴人の援用する成立に争いのない乙第二〇号証ないし第二二号証に示された商品の内、乙第二〇号証及び乙第二二号証の左から四点目の商品は、原審の被告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨に徴し真正に成立したと認められる甲第六九号証に照らし、被控訴人商品が周知性を取得した前記認定時期以後に販売されたものと認められ、その余の商品はその形態及び色の組合せを被控訴人商品と異にするものであつて、これらの書証及び当審証人竹之内敏郎の証言をもつてしても前記認定、判断を左右することはできない。

二  被控訴人商品と控訴人商品が類似していること及び両者が誤認混同されるおそれがあること、控訴人商品の製造、販売、拡布行為が不正競争法止法第一条第一項第一号に該当することは、原判決第五丁表第六行ないし第六丁表第三行のとおりであるから、これをここに引用する。

なお、控訴人は、当審において被控訴人商品と控訴人商品が誤認混同されないことの証拠として、乙第二四号証ないし第一二九号証(問屋、小売業者等の陳述書)を提出したが、これには、それぞれ「キーホルダーは年間二〇〇種類近くも販売され、全体的に類似している商品が数多くあり、細部の特徴が商品選別に重要な要素となるところ、被控訴人商品と控訴人商品とは形(長方形か正方形に近いか)及び字体(クレヨンタツチか丸ゴシツク体か)に大きな特徴があり、問屋、小売業者等は誤認混同することはない」旨及び「一般の需要者も形状、字体によつて商品を選別する」旨が記載されていることが認められる。

勿論、控訴人商品と被控訴人商品とを並べて比較観察すれば、プレートの形状や字体の差異から、両商品が別商品であることを認識することは容易であると思われる。

しかし、被控訴人商品は、ニツクネーム中「ちやん」を除いた部分を、プレートの上部に平仮名の大きく太い字で右下がりに書くとともに、その下に、ローマ字で右上がりに書き、一番下に「ちやん」の部分を平仮名の細い字で横書きしているが、この文字の選択、配置の構成は、被控訴人商品の独創的な点であると認められ、他者が故意に模倣しない限り、この構成と同一の商品が出現することはほとんど考えられないといつてよい程のものである。

そして、控訴人商品のプレートの構成は、ローマ字が右下がりに書かれている点を除き、被控訴人商品の構成と一致しており、取引者、需要者に対してほとんど同一の印象を与えるものである。

そして、被控訴人商品や控訴人商品のようなニツクネームを書いたキーホルダーにあつては、プレートのニツクネームを書いた部分が取引者、需要者の注意を最も強く引くものであることは当然である。右認定に反する当審証人竹之内敏郎の証言及び原審被告代表者本人尋問の結果は措信し難い。

したがつて、取引者、需要者が両商品を並べて比較観察する場合(前述の陳述書はこのような比較観察の結果に基づいているものと認められる。)は格別、通常の取引過程において両商品と接する場合においては、プレートの形状や字体に前述の差異があつたとしても、両商品を誤認混同するおそれがあることは否定できないというべきである。

三  控訴人の不正競争防止法第二条第一項第四号の善意の先使用の主張が理由のないことは、原判決第六丁表第五行ないし第九行のとおりであるから、これをここに引用する。

この点に関する控訴人の当審における主張は、被控訴人商品の形態及び色の組合せが、被控訴人の商品であることを示す表示として広く認識されていないことを前提とする点において誤つており、採用の限りでない。

四  控訴人は、ニツクネームの平仮名やローマ字を使用したキーホルダーは業界において多数製造、販売されているとして、控訴人商品もそのありふれた表示を普通に用いられる方法で使用したものにすぎない旨主張するが、仮に、キーホルダーに坪仮名やローマ字で書くことが普通に行われていたとしても、被控訴人商品が周知性を取得した前記認定時期においてキーホルダーに平仮名やローマ字でニツクネームを書くことが普通に行われていたことを認めるに足りる何らの証拠も存しないから、控訴人の右主張は理由がない。

また、控訴人は被控訴人商品は「につくねえむホルダー」であつて、自他商品識別力を欠くから不正競争防止法の保護の対象とならない旨主張するが、被控訴人商品はその形態及び色の組合せによつて他の出所とは区別された特定の出所からの商品であることが明確に認識されていたことは前述のとおりであつて、ニツクネームを表示したキーホルダーだからといつて、同法の保護の対象にならないとはいえない。

五  控訴人が控訴人商品を販売して得た利益の額、控訴人が控訴人商品を製造、販売するにつき故意又は過失があり、控訴人は被控訴人に対し被控訴人が被つた損害を賠償する義務があること、被控訴人が被つた損害の額につき商標法第三八条第一項を類推適用すべきことは、原判決第六丁表末行ないし第七丁表第四行のとおりである(右認定、判断に反する控訴人の主張はすべて理由がない。)から、これをここに引用する。

六  以上によれば、被控訴人の控訴人に対する、不正競争防止法第一条第一項第一号に基づく控訴人商品の製造、販売、拡布の差止めの請求と、同法第一条の二第一項に基づく、被控訴人の被つた損害金二六五二万円の内金二五〇〇万円及びこれに対する不法行為の後の日である昭和六一年七月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いの請求を認容した原判決は全て正当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条本文、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市)

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