東京高等裁判所 平成3年(ネ)1981号 判決 1993年3月03日
主文
一 原判決中、控訴人と被控訴人株式会社オリエントコーポレーションに関する部分を次のとおり変更する。
1 被控訴人株式会社オリエントコーポレーションは控訴人に対し、金二八万円及びこれに対する平成元年八月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人の被控訴人株式会社オリエントコーポレーションに対するその余の請求を棄却する。
二 控訴人の被控訴人国に対する本件控訴を棄却する。
三 控訴人と被控訴人株式会社オリエントコーポレーションに関する訴訟費用は、第一、二審を通じて一〇分し、その一を同被控訴人の、その余を控訴人の各負担とし、被控訴人国に対する本件控訴費用は控訴人の負担とする。
四 この判決の第一1項は、仮に執行することができる。
理由
【事 実】
一 控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは控訴人に対し、各自二九八万円及びこれに対する平成元年八月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行宣言を求め、被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠関係は、原判決事実摘示並びに原審及び当審訴訟記録中の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
【理 由】
一 本件の事実経過について
被控訴人株式会社オリエントコーポレーション(以下「被控訴人オリエント」という。)の控訴人に対する前訴の内容、前訴の各訴状等が付郵便送達されるに至つた経緯、前訴の各判決内容などについては、原判決五枚目表二行目から九枚目表四行目までの認定と同一であるので、これを引用する。
そして、右事実に加え、《証拠略》によると、本件の一連の概要は以下のとおりと認められる。
1 控訴人の妻甲野花子(以下「花子」という。)は、昭和五九年八月から同六〇年三月にかけ、四回にわたり控訴人の名で被控訴人オリエント発行にかかるクレジットカードを用いて被控訴人オリエントから金員を借り受け、同年四月末には残元本合計は二五万一七九八円に達していた。
また、花子は前記クレジットカードを用いてスーパーなどで、昭和六〇年三月五日に五万四六〇〇円、同年四月五日に五万二二〇〇円の買い物をし、同被控訴人に対し同額の立替金債務を負担し、同債務を同年三月から昭和六一年一月にかけて一〇回に分割して支払う約束であつたが支払は滞りがちであつた。
2 被控訴人オリエントは、昭和六〇年四月ころから花子に対して右債務の督促をしていたが、同年九月からは、同被控訴人札幌支店の債権管理課が右債権の管理回収を担当することとなつた。
被控訴人オリエント札幌支店の債権管理課の嘱託社員辰口満(以下「辰口」という。)は、控訴人に対し、昭和六〇年一一月二二日、当時の控訴人の勤務先である釧路市《番地略》所在の甲田交通釧路営業所へ向けて、控訴人名義の上記債務額合計四二万五三〇〇円や督促文言等の記載された通知書を辰口個人の差出人名義で郵送し、右通知書は、同営業所長が受領して、同所長から控訴人に交付された。控訴人は、同月二六日自ら辰口に電話し、右通知書を見て、この契約を初めて知つた、契約は控訴人の妻がやつたらしい、と述べた。辰口がカード使用五回の明細を説明したところ、控訴人は、郵便は自宅へ送らず甲田交通釧路営業所に送つて欲しいこと、現在の勤務場所は丙田(電話番号〇一五四-××-××××)で、この電話には甲田交通釧路営業所の所長が出ること、二、三日中に妻と相談して結論を出す、などと述べ、辰口は一〇万位は頭金で払い、残金は分割の方向でどうかと話したが、後日控訴人がまた辰口に電話することとなつた。
同月二九日、辰口は丙田にいた控訴人に電話したところ、控訴人は一二月二日に五万円、一二月二七日に二万円それぞれ支払い、以後毎月月末に送金すると述べた。しかし、一二月二日に支払う約束の五万円が支払われなかつたため、辰口は一二月四日に再び丙田にいた控訴人に電話したところ、控訴人は、明日間違いなく五万円送ります、今月末日以降の二万円も約束を守りますなどと返答した。
その後、控訴人側からは一二月九日に一万円、一二月一三日に三万円が支払われたが、それ以上の支払はされなかつたため、被控訴人オリエントの社員楠が、翌昭和六一年二月一〇日に丙田に電話したところ、控訴人は四月まで内地に行つているとの返事であり、自宅に電話しても花子とは連絡がとれなかつた。
3 そこで、被控訴人オリエントは、控訴人に対し訴訟を提起することとした。同被控訴人は、札幌簡易裁判所へ、昭和六一年三月一九日控訴人に対し貸金二六万五三一二円等の支払を求める貸金請求の訴(同裁判所昭和六一年(ハ)第一四八六号貸金請求事件。以下「第一事件」という。)を、また、昭和六一年三月二七日控訴人に対して立替金七万九六五二円等の支払を求める立替金請求の訴(同裁判所昭和六一年(ハ)第一六七七号立替金請求事件。以下「第二事件」という。)をそれぞれ提起した。
4 第一事件の訴状副本及び第一回口頭弁論期日(同年四月三〇日)の呼出状は、昭和六一年三月二四日に控訴人の住所地に配達されたが、控訴人不在のため郵便局に保管され、留置期間の経過により同年四月五日同裁判所に還付された。また、第二事件の訴状副本及び第一回口頭弁論期日(同年五月九日)の呼出状は、同年四月五日に控訴人の住所地に配達されたが、控訴人不在のため郵便局に保管され、留置期間の経過により同月一七日同裁判所に還付された。
5 その後、第一事件担当の乙山書記官及び第二事件担当の丙川書記官は、それぞれ被控訴人オリエントに対し、控訴人に対する訴状等の送達ができないので、控訴人が訴状記載の住所に居住しているか否か、控訴人の就業先等につき至急調査し、記載のうえ返送されたい旨の照会書を送付した。
6 被控訴人オリエントにおいては、辰口が控訴人に対する債権管理回収業務を担当していた関係上、裁判所からの照会状にも辰口が回答欄に記載する事務を担当した。辰口は、右照会状を受領する前から、控訴人の雇用先は訴外甲田交通株式会社であり、釧路市《番地略》所在の甲田交通釧路営業所に勤務していることを知つていた。ところが、辰口は、本件照会状で求められている本人の就業場所とは、本人が現実に仕事に従事している場所であり、出張している場合は出張先が就業場所となるとの理解をしていた。辰口は、右裁判所からの第一事件の照会書の送付を受けて、控訴人に対する債権管理回収のため社内で作成されているクレジットカード管理回収カード(以下「本件管理回収カード」という。)を見たところ、昭和六一年二月一〇日の欄に、被控訴人オリエントの社員楠においてそのころ控訴人から勤務場所として伝えられていた丙田に電話したが四月まで本州方面に行つているとの回答があつた旨の記載があつた。そこで、辰口は同年四月一〇日に同様に丙田に電話したところ、控訴人はまだ会社の仕事で地方に出張していて同月の二〇日頃に帰つてくる、家族は自宅にいるはずであるとの回答であつた。しかし、辰口は、甲田交通釧路営業所や本人の出張先までは、それ以上確認の手立てを取らなかつた。辰口は、控訴人の出張が同年二月一〇日以前から行われ、出張先が本州方面であつたことから、「控訴人の勤務先を調べたがわからない」旨を第一事件照会書の回答欄に記載すると共に、参考欄に「本人は出張で四月二〇日帰つてきます、家族は釧路市の甲原アパートにいる」と付記したうえ、右照会書を昭和六一年四月一一日裁判所に返送した。
7 また、辰口は、その後同月一八日ころ第二事件の照会書の送付を受けたが、これについては、第一事件照会書に対する回答の記憶があつたので、直ちに特段の調査をすることなく、「控訴人の勤務先を調べたがわからない」旨を照会書に記載し(第二事件照会書回答では参考欄への記載は一切ない。)、同月一八日裁判所に返送した。
8 ところで、裁判所から被控訴人オリエントが右照会を受けた頃、控訴人は釧路市《番地略》所在の株式会社甲田交通釧路営業所に勤務していたが、当時控訴人は甲田交通が下請けとしてトラック運送業務を請け負つた東京都府中市是正所在の乙田建材に他の三名の従業員と共に派遣され、同社の寄宿舎に寝泊まりして同社の業務に従事し、昭和六一年四月二〇日ころ帰つてくる予定であつた。そして、甲田交通釧路営業所の社員が他に出張中の場合、社員宛郵便物が甲田交通釧路営業所に送付されたときは派遣先に転送され、派遣中の社員と連絡がしたいとの申し出があれば、出張先の連絡先が伝えられる手筈ともなつていた。
9 乙山書記官は、被控訴人オリエントからの本件第一事件照会書に対する回答の記載に基づいて控訴人の就業先が不明であると認定し、昭和六一年四月一一日第一事件の訴状等を控訴人の住所地に宛て、書留郵便に付して送達した(右送達書類は、同月一四日に控訴人の住所地に配達されたが、控訴人不在のため郵便局に保管され、留置期間の経過により、同月二六日頃裁判所に還付された。)。
10 また、丙川書記官は、同じく被控訴人オリエントからの本件第二事件照会書に対する回答の記載に基づいて控訴人の就業先が不明であると認定し、同月二一日第二事件の訴状等を控訴人の住所地に宛て、書留郵便に付して送達した(同送達書類は、同月二二日に控訴人の住所地に配達されたが、控訴人不在のため郵便局に保管され、留置期間の経過により、同年五月五日頃裁判所に還付された。)。
11 第一事件は、昭和六一年四月三〇日第一回口頭弁論期日が開かれ、控訴人は欠席したので口頭弁論は終結され、控訴人において被控訴人オリエントの主張する請求原因事実を自白したものとして、同年五月二八日被控訴人オリエントの請求を全部認容する判決が宣告された。右判決は、同年五月三〇日に控訴人住所地においてその同居者として控訴人の妻花子が交付を受けたが、花子は、判決正本を控訴人に交付しなかつた。その後控訴人から控訴の申立てがなされることなく、右判決は確定した。
また、第二事件は、昭和六一年五月九日第一回口頭弁論期日が開かれ、控訴人は欠席したので口頭弁論は終結され、控訴人において被控訴人オリエントの主張する請求原因事実を自白したものとして、同年五月三〇日被控訴人オリエントの請求を全部認容する判決が宣告された。右判決は、同年六月二日に控訴人住所地においてその同居者として控訴人の妻花子が交付を受けたが、花子は前回同様判決正本を控訴人に交付しなかつた。その後控訴人から控訴の申立てがなされることなく、右判決は確定した。
12 被控訴人オリエントは、昭和六一年七月二二日に本件第一事件の判決を債務名義として給料債権差押命令の申立てを釧路地方裁判所にしたが、同月二七日右申立てを取り下げた。
13 控訴人は、被控訴人オリエントに対し、昭和六一年七月二九日に二〇万円、同年一〇月から翌六二年四月にかけて計八万円の合計二八万円を支払つた。
14 控訴人は、本件第一事件につき、昭和六二年一〇月五日に弁護士今瞭美から事件記録の説明を受け、はじめて3ないし11の経過により裁判がなされたことを知つたとして、同年一一月二日に同裁判所に、原判決には民訴法四二〇条一項三号及び九号に該当する事由があるとして再審の訴を提起した(札幌簡易裁判所昭和六二年(ニ)第三号)ところ、同裁判所は、平成二年三月七日、控訴人は遅くとも昭和六二年九月二四日ころには再審事由を知つていたものであり、そのころから一週間内に民事訴訟法一五九条により控訴の追完ができたものであり、民訴法四二〇条一項ただし書により再審の訴は許されないとして、右訴を却下した。控訴人は右却下判決に対して札幌地方裁判所に控訴した(札幌地方裁判所平成二年(レ)第一三号)が、同裁判所は、平成二年一〇月二九日、同様の理由で本件で再審の訴は許されないとして控訴を棄却した。控訴人はさらに札幌高等裁判所に上告したが、上告は棄却された。
15 また、控訴人は、本件第二事件についても、昭和六二年一〇月五日に弁護士今瞭美から事件記録の説明を受け、はじめて右裁判経過を知つたとして、同年一一月二日に同裁判所に、原判決には民事訴訟法四二〇条一項三号に該当する事由があるとして再審の訴を提起した(札幌簡易裁判所昭和六二年(ニ)第四号)ところ、同裁判所は、平成二年一月二五日、原判決の送達は有効に行われているから再審事由は適法な上訴で争い得たし、判決を妻が隠匿したとしてもそれを控訴人が知つた日から控訴の追完により控訴がなし得たから民訴法四二〇条一項ただし書により再審の訴は許されないとして、右訴を却下した。控訴人は右却下判決に対して札幌地方裁判所に控訴した(札幌地方裁判所平成二年(レ)第五号)が、同裁判所は、平成二年一〇月二九日、同様の理由で控訴を棄却した。控訴人はさらに札幌高等裁判所に上告したが、上告は却下された。
二 被控訴人オリエントに対する不法行為に基づく損害賠償請求について
1 第一事件及び第二事件の判決の送達は控訴人の妻花子がこれらを受領したものであるが、これらの判決送達が有効であつて、これらの判決がいずれも確定したと認定すべきことについての判断は、原判決三〇枚目表六行目から同枚目裏九行目までと同一であるから、これを引用する。
2 控訴人は、被控訴人オリエントに対して、敗訴判決を受けたことによる損害として、控訴人が同被控訴人に対して支払つた二八万円と、第一・第二事件について再審申立てをするため弁護士今瞭美に委任した弁護士費用六〇万円、判決の仮執行宣言に基づく給料差押さえの通告をされたことなどによる精神的苦痛(一〇〇万円相当)の損害賠償を求めている。この他に、控訴人は、第一審判決を受けられなかつたことによる精神的損害として一〇〇万円の損害賠償の請求をしているところ、これらは、結論的にいずれも確定した前訴判決の有する既判力と実質的に矛盾するような内容の損害賠償の請求であることが明らかである。
ところで、確定判決が存在する場合に、当該確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾するような不法行為に基づく損害賠償が是認されるのは、判決の成立過程において、訴訟当事者が、相手方の権利を害する意図のもとに、作為または不作為によつて相手方が訴訟手続に関与することを故意に妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔する等の不正な行為を行い、その結果本来ありうべからざる内容の確定判決を取得し、かつこれを執行(実質的に執行に準ずる場合を含む。)した場合であるなど、確定判決取得またはその執行の態様が著しく公序良俗または信義則に反し、違法性の程度が裁判の既判力による法的安定性の要請を考慮してもなおかつ容認し得ないような特段の事情がある場合に限られると解するのが相当である。そして、右のような事情から一方当事者の行為が相手方に対する不法行為を構成すると判断される場合には、相手方としては、右確定判決に対して再審の訴を提起するなどして当該判決の既判力を覆すような手立てをとるまでもなく、損害賠償の請求をすることを妨げないものと解せられる(最高裁昭和四四年七月八日判決、民集二三巻八号一四〇七頁参照)。
(一) これを本件についてみるに、まず、被控訴人オリエントの本件訴の提起自体において控訴人を害する意図があつたとは本件証拠上必ずしも認めがたい。すなわち、前記のように、第一事件及び第二事件の債務はもともと控訴人の妻花子がクレジットカードを利用して控訴人の名を用いて被控訴人オリエントとの間でファイナンス契約をしたりクレジット契約をしたものであるが、控訴人は当初、被控訴人オリエントの社員辰口らからの督促に対して、妻の花子が勝手にやつたらしいとは述べつつも支払に応ずるような態度を示していたことが認められ、右各債務の内容、額、控訴人と花子の関係などから、被控訴人オリエントとしては、花子が控訴人の了承を得て控訴人の名で前記契約をしたか、仮に右債務が花子により控訴人に無断でなされたものであるとしても右交渉経過から控訴人はこれを追認したのではないかとの判断の下に訴を提起したとしても、あながち特に不相当と目すべき事情にあつたとまでは認められない。
したがつて、本件において被控訴人オリエントが本件第一及び第二事件において請求権の不存在を知りながら訴を提起したなどその意図自体において特に公序良俗ないし信義則違反と目されるような事情はないと判断される。
(二) 次に、被控訴人オリエントが第一事件及び第二事件の裁判所からの照会状に「就業場所不明」との回答をし、その結果本件訴状及び第一回口頭弁論期日呼出状の送達が付郵便送達で行われ、控訴人欠席のまま前記各判決がなされたことについて検討する。
民事訴訟法一七二条は、同法一七一条による補充送達、差置送達ができなかつた場合においては、裁判所書記官は同法一六九条一項に定める住所・居所などに宛てて書留郵便に付して発送することにより送達を実施することができる旨を定めているが、その要件としては、住所、居所等における通常の交付送達はもとより補充送達も差置送達もできなかつた場合であつて、かつ、就業場所における送達も不奏効の場合(就業場所が不明である場合を含む)であることを要すると解するのが相当である。けだし、付郵便送達においては、発送と同時に送達の効力が生じ(同法一七三条)、これを受ける者は、当該書類を現実に受領しない場合でも裁判手続が開始され、かつ、その進行・終結が図られるところからして、その適正な運用が要求されるのであり、さらに、就業場所送達のためその調査等に相手方当事者等に一定の時間と費用をかけさせても裁判の簡易迅速にさほど大きな支障を生じさせるものとは認めがたいからである。
そして、付郵便送達が発送時に送達の効果を擬制するものであるとの前記効果に鑑みると、その要件に該当するかどうかの判断も慎重になされる必要があり、裁判所書記官から相手方当事者に受送達者の就業場所を明らかにするよう照会がなされた場合には、当該当事者としては合理的な相当の調査を遂げたうえ誠実に回答を行うことが要請されることは当然であり、ことに同要件の該当事由の一つとして就業場所が不明であると回答するためには、その回答が一般的には付郵便送達がなされるための最も基礎的な認定資料とされることは当事者自身においても容易に予見できるのであるから、ことに慎重な調査を遂げたうえ、その旨の回答を提出するべきである。
そこで、裁判所から一方当事者に受送達者の就業場所の照会があつた場合には、当該当事者において、受送達者の就業場所が判明しているのに故意に就業場所不明との回答を提出しその結果付郵便送達がなされた場合はもとより、就業場所が判明していない場合でも一挙手一投足の労で就業場所の調査確認が可能であるのにそれを怠り安易に裁判所に就業場所不明との回答を提出しその結果付郵便送達がなされたという場合には、その送達は民事訴訟法一七二条の要件を欠く違法な送達であつて無効とされる場合があるし、一方当事者の行為態様が他の諸事情とあわせて著しく信義にもとると評価される場合には、受送達者に対し不法行為責任を負うこともあり得るといわなければならない。
これを本件についてみるに、被控訴人オリエントの社員辰口は前記の経緯から裁判所の照会に対し「就業場所不明」との回答を提出したものである。ところで、ここにいう「就業場所」とは、受送達者が現実に雇用、委任その他の法律上の行為に基づき現実に就業するその者の使用者等の住所、居所、営業所または事務所をいうのであり、長期出向や下請けなどで直接の雇用関係にある使用者の住所等と現実の勤務場所が異なる場合は、現実に勤務する出向先などが就業場所となると解せられる。そして、本件の場合、控訴人は昭和六一年一月七日ころから四月二〇日ころまで雇用先である甲田交通株式会社から派遣され東京都府中市所在の乙田建材に寝泊まりして稼働していたものであるが、郵便物などを含め本人への連絡は、従前から控訴人が勤務していた釧路市《番地略》所在の甲田交通釧路営業所宛に出されれば本人に転送される手筈となつていたものであることからすると、本件の場合、控訴人の就業先は右のような出張の期間、出張の形態、連絡先の手筈などからみて終始甲田交通釧路営業所にあつたと解するのが相当であり、また、仮にこれを東京都府中市所在の乙田建材にあると解する余地があるとしても就業場所としてはそのいずれかに存在していたことは明らかである。しかも、被控訴人オリエントとしては、控訴人が甲田交通釧路営業所に勤務する者であること、そして、仕事の性質上その営業所以外の場所でも一定期間稼働する場合のあることは、被控訴人オリエント社員辰口らにおいて従前控訴人が甲田交通から丙田に派遣されて仕事場所としていたことを知つていた前記認定の経緯からしても容易に認識し得たと認められるのである。
したがつて、被控訴人オリエント担当者としては、本件の場合、就業場所がいずこであるかの法律的解釈の点は別としても(仮に、辰口が本件の場合「就業場所」とは本州の出張先の場所であると考えたことが、法律的な解釈として誤りでなかつたと判断される余地があるとしても)、裁判所からの照会に対し、控訴人の就業場所を不明であると回答するについては、甲田交通釧路営業所を通じて控訴人の主張先や期間、郵便物をどこに提出すれば控訴人に届くか、控訴人の連絡先などについてさらに詳細に調査確認をすべき注意義務を負つていたというべきであり、この調査確認が特に困難であつた等の特別の事由も本件証拠上認めがたい。結局被控訴人オリエント担当者としてはこの点の調査確認を怠つたことにおいて重大な過失があつたといわざるを得ない(したがつて、本件第一事件及び第二事件の各訴状及び第一回口頭弁論期日の呼出状の各送達も、民訴法一七二条の要件を欠いた違法のものであり、無効であつたと評価せざるを得ない。)。
しかも、被控訴人オリエント担当者辰口としては、前記のように、控訴人から郵便は自宅へ送らず甲田交通釧路営業所に送つて欲しいとの要望を受けていたばかりでなく、事前の督促の過程で、控訴人から「契約は妻がやつたらしい。」と、第一事件と第二事件の元となつたフアイナンス契約及びクレジット契約はいずれも妻の花子が控訴人の了解を得ないまま控訴人名義でやつたと受け取れる趣旨のことを告げられていたし、さらに、《証拠略》によれば、被控訴人オリエントの当該案件を担当していた職員の間でも控訴人の妻が素行にかなり問題のある人物であるとの認識を抱いていたことが窺れることからしても裁判になつた場合、控訴人からそのような抗弁が出されるのではないかということは当然予見できたものというべきであり、この意味からも、裁判所からの受送達者の就業場所に対する照会に対してはより慎重な対処が要求されていたものというべきである。
このように、被控訴人オリエントとしては、同社の主張する請求原因に対して控訴人から否認の答弁が出されることも予見し得る状況にありながら、担当者において、裁判所からの照会に対し、必要にして十分に調査を経ないまま極めて安易に「就業場所不明」との回答を提出し、結果的に適法な訴状及び第一回口頭弁論期日呼出状の送達がなされないまま控訴人欠席の状態で勝訴判決を得たことについては、被控訴人オリエントにおいて訴訟上の信義則に反するとの評価をされてもやむを得ないといわざるを得ない。
そして、その判決内容も、仮に弁論期日に、前記のような花子が勝手に控訴人の名を用いてファイナンス契約及びクレジット契約をしたとの抗弁が提出されれば、控訴人の主張が認められた可能性が高いことを否定できないのである。
また、本件に関しては、控訴人に再審の訴えも許されてしかるべきであると判断される余地もあり、控訴人において本件各第一審判決に対する救済手続を尽くしていないと評価することも相当ではない。たしかに、控訴人としては、仮に控訴人が判決正本の存在を知つたのが控訴人の主張するように昭和六二年一〇月五日ころであつたとしても、その日から一週間以内に控訴の追完(民訴法一五九条一項)をすることも可能であつたと認められる。しかし、控訴の追完がなし得たことをもつて再審の申立てが直ちに許されないと解するのは相当ではない。
すなわち、本件訴状及び第一回口頭弁論期日の呼出状の送達は、裁判所からの照会に対する被控訴人オリエントの就業場所不明との回答に調査不十分の重大な過失があると認められるから、民事訴訟法一七二条の付郵便送達の要件に該当しない無効の送達であつたとみるべきところ、有効に訴状の送達がされず、その故に被告とされた者が訴訟に関与する機会が与えられないまま判決がされた場合には、当事者の代理人として訴訟行為をした者に代理権の欠缺があつた場合と別異に扱う理由はないから、民訴法四二〇条一項三号の事由があるものと解するのが相当である。そして、同法四二〇条一項ただし書は、再審事由を知つて上訴しなかつた場合には再審の訴えを提起することが許されない旨規定するが、上訴期間内に再審事由を現実に了知することができなかつた場合は同項ただし書に当らないものと解すべきである。けだし、同項ただし書の趣旨は、再審の訴えが上訴をすることができなかつた後の非常の不服申立方法であることから、上訴が可能であつたにもかかわらずそれをしなかつた者について再審の訴えによる不服申立てを否定するものであるからである(最高裁判所平成四年九月一〇日判決、判例時報一四三七号五六頁参照)。
そして、この場合上訴の追完ができたことをもつて同項ただし書に該当すると解するのは相当ではないとも解せられる。なぜなら、上訴の追完の制度は、判決後の当事者の責に帰すべからざる事由により上訴提起期間内に上訴することができなかつた当事者に対し、その事由の止んだ後一週間内に限り懈怠した訴訟行為の追完を為すことを認める当事者救済のための制度であり、これを主張するかどうかは基本的に当事者の意思によると解せられるのであつて、再審事由が存在すると認められる場合に、上訴の追完をなし得たことを理由に再審の訴えを許さないとすることは明らかに相当でないと考えられるからである。
そうすると、本件において、控訴人の側で控訴の追完の救済手段を用いず、再審の申立てをしたことが法律の不知であるとして、その責めを控訴人に負わせることが相当であるとも直ちに断じがたいのである。
以上によれば、被控訴人オリエントには本件第一、第二事件に関し、同被控訴人の請求原因を控訴人の側で否認することも十分予見できた状況下で、裁判所からの照会に対し、必要にして十分な調査を経ないまま極めて安易に「就業場所不明」との回答をしたことにおいて重大な過失があり、結果的に控訴人欠席のまま本件第一及び第二事件の勝訴確定判決を得たことについては訴訟上の信義則に反すると評価され得るのであり、かつ、判決内容も控訴人が出頭の機会を与えられれば異なつたものになつた可能性が高く、しかも、控訴人としては、必要な救済手段を行使していないとも評価できないにもかかわらず結果的に何ら救済が得られない状態になつていることなどを総合すると、本件においては、確定判決の既判力制度による法的安定の要請を考慮しても、法秩序全体の見地から控訴人を救済しなければ正義に反するような特別の事情があると認めるのが相当である。
3 控訴人の損害額について
《証拠略》によると、控訴人は、昭和六一年五月一八日ころ、被控訴人オリエントから別件の健康器具の件と合わせて返済しなければ、給料差押えをするとの通告を受けていたことが窺われること、同被控訴人は本件第一事件判決を債務名義として同年七月二二日に、釧路地方裁判所に給料債権差押命令の申立てをしていること(ただし、右申立ては同月二七日取り下げられた。)、控訴人は同被控訴人に昭和六一年七月二九日から翌昭和六二年四月五日にかけて合計二八万円を支払つたが、右二八万円は本件第一事件及び第二事件の債務返済に充当されたことが認められる。そうすると、控訴人が支払つた右二八万円は、控訴人において本件各確定判決に基づき給料債権が差し押さえられることを恐れて支払つたもので、仮に本件第一事件及び第二事件の口頭弁論において、控訴人の妻花子が勝手にやつたものであるとの主張が認められ、被控訴人オリエントの請求が棄却された場合には(そして、その可能性が極めて高かつたと認められることは前認定のとおりである。)、控訴人において任意に履行したものとは到底認めがたいから、右支払済みの二八万円は被控訴人オリエントの前記不法行為と因果関係のある損害というべきである。
この他、控訴人は第一審手続を受けられなかつたことによる精神的損害、本件第一、第二事件の再審申立てのための弁護士費用、給料債権差押えを通告されたことによる精神的損害などの損害賠償の請求をしているが、既に理由がないと却下され確定した前記再審申立てのための弁護士費用は損害とは認めがたいし、控訴人が控訴人主張のような精神的苦痛を受けたとしてもそれは前記のように控訴人が既に支払済みの二八万円を損害賠償として請求し得るとすれば十分で、それ以上に精神的損害の点まで賠償請求を認める必要は認められないから、この点の控訴人の主張は理由がない。
三 被控訴人国に対する国家賠償請求について
1 送達に関する裁判所書記官の過失について
当裁判所も、乙山書記官、丙川書記官において、本件第一、第二事件の照会書に対する被控訴人オリエントの「就業先を調べたがわからない。」旨の記載等に基づき、付郵便送達を実施したことは、当該具体的状況のもとで、いまだ合理性を欠き、その裁量権を逸脱したものとはいえず、したがつて両書記官にはいずれも過失はないと判断するものであるが、その理由は、原判決二三枚目表四行目から二九枚目裏四行目までと同一であるから、これを引用する。
2 丁原、戊田両裁判官の過失について
当裁判所も、本件において両裁判官の事務取扱に関し、過失があつたと認めることはできないと判断するものであるが、その理由は、原判決二九枚目五行目から三〇枚目表二行目までと同一であるから、これを引用する。
3 したがつて、控訴人の被控訴人国に対する損害賠償請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないことが明らかである。
四 そうすると、控訴人の被控訴人オリエントに対する本訴請求は二八万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年八月四日から支払済みまで年五分の割合による民法所定遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容すべきであるが、同被控訴人に対するその余の請求並びに被控訴人国に対する請求はいずれも理由がないから棄却されるべきである。
そうすると、これと異なる原判決中控訴人と被控訴人オリエントに関する部分を主文第一項のとおり変更し、控訴人の被控訴人国に対する本件控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九五条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下 薫 裁判官 高柳輝雄 裁判官 豊田建夫)
《当事者》
控訴人 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 宇都宮健児 同山本政明 同茨木 茂 同釜井英法 同米倉 勉 同木村達也 同尾川雅清 同小松陽一郎 同加島 宏 同村上正巳 同田中 厚 同中村 宏 同清水 洋 同長谷川正浩 同神山啓史 同山下 誠 同石口俊一 同武井康年 同我妻正規 同石田正也 同戸田隆俊 同上野正紀 同折田泰宏 同安保嘉博 同藤本 明 同伊藤誠一 同永尾廣久 同中田克己 同石田明義 同高崎 暢 同山本行雄 同三津橋彬 同今 重一 同今 瞭美
被控訴人 株式会社オリエントコーポレーション(旧商号株式会社オリエントファイナンス)
右代表者代表取締役 阿部喜夫
右訴訟代理人弁護士 同磯貝英男 同細川俊彦 同新居和夫 同石田裕久 同西内 聖 同奥野雅彦 同松尾 翼 同小杉丈夫 同奥野泰久 同内藤正明 同志賀剛一 同森島庸介 同飯野信明 同八代徹也 同高橋秀夫
被控訴人 国
右代表者法務大臣 後藤田正晴
右指定代理人 足立 哲