大判例

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東京高等裁判所 平成3年(ネ)41号 判決 1991年12月16日

控訴人

若林秋利

幸中寅之助

右両名訴訟代理人弁護士

福田浩

被控訴人

大八観光株式会社

右代表者代表取締役

川瀬益都子

右訴訟代理人弁護士

渡辺興安

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人両名の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人両名

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人は、控訴人両名各自に対し、原判決別紙物件目録記載の建物につき共有持分各二二四分の一二の所有権移転登記手続をせよ。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

本件各控訴をいずれも棄却する。

二  請求原因(各項に付記した【】内の記載は、被控訴人の答弁である。)

1  訴外E(以下「E」という。)所有にかかる原判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は、昭和四五年六月二四日、東京地方裁判所において抵当権の実行による競売開始決定(東京地方裁判所昭和四五年(ケ)第五九六号不動産任意競売事件)がなされた。

【認める。】

2  被控訴人は、実質的にはEが経営する会社であるが、昭和四七年七月ころ、訴外O(以下「O」という。)に対し、本件建物を被控訴人名義で競落することを依頼した。

【認める。】

3  Oは、昭和四七年七月一九日の前記競売事件の競売期日において、訴外日電総合株式会社、同盛通企業株式会社、同喜多産業株式会社、同ベル興産株式会社、同晴海商事株式会社、同大東信販株式会社、同有限会社三都興業、同M、同N、同S、同D、同H、同F及び控訴人両名との間に、Oが代理する被控訴人を含む一六名全員で共同して本件建物の買受申出をする旨の合意をした。しかし、執行裁判所に対しては控訴人両名を除く一四名の名義で共同買受の申出をして一四名が形式上の共同競買人となることとし、控訴人両名は、実質上は共同競買人であるが、その名義を明らかにしない、いわゆる「カゲノリ」となることとした(以下「本件合意」という。)。以上のとおり、本件合意は、控訴人両名と被控訴人を含む前記一四名との間で本件建物の競落を目的とする委任契約であるから、本件建物を落札することができた場合、控訴人両名を除く一四名は、その各持分の一六分の一(二二四分の一)宛てを受任者の受取物として控訴人両名に移転すべき義務を負う(民法六四六条二項)。

【否認する。】

4(一)  被控訴人は、Oに対し、本件合意をなすについての代理権を予め授与していた。

(二)  仮に然らずとするも、Oは、被控訴人から本件建物の買受申込みの権限は授与されていたのであり、かつ、控訴人両名は、Oに代理権があると信じ、また信じることに正当の理由がある。

(三)  仮に然らずとするも、その後、E又は被控訴人代表者KがOのなした本件合意を追認した。

【否認する。被控訴人は、あくまでも自己の単独名義の競落手続をOに委任したものである。】

5  控訴人両名を除く一四名の共同競買人は、昭和四七年七月二八日本件建物につき競落許可決定を受け、昭和四八年九月五日競落代金を納付し、昭和六二年六月一九日付けで持分各一四分の一の所有権移転登記を経由した。

【控訴人両名を除く一四名の共同競買人が、昭和四七年七月二八日本件建物につき競落許可決定を受け、昭和六二年六月一九日付けで持分各一四分の一の所有権移転登記を経由したことは認め、その余は否認する。本件競売手続において、競買保証金を納付したのは被控訴人であり、また競売代金を納付したのも被控訴人である。したがって、被控訴人が真実の競落人である。】

6  被控訴人は、その後、訴外日電総合株式会社、同盛通企業株式会社、同喜多産業株式会社、同ベル興産株式会社、同晴海商事株式会社、同大東信販株式会社、同有限会社三都興業、同M、同N、同S、同Fの各持分を、右の者又はその承継人から順次譲り受け、その旨の登記をした。

【認める。】

7  よって、控訴人両名は被控訴人に対し、本件合意に基づく受任者の引渡請求権により、本件建物の持分につき、各二二四分の一二の共有持分の移転登記手続をすることを求める。

【争う。】

三 証拠<省略>

理由

一請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。そこで、本件合意の成否について検討する。

成立に争いのない<書証番号略>、証人Oの証言、控訴人両名の各本人尋問の結果、被控訴人代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  Eは、本件建物を所有していたところ、右建物につき訴外住宅金融公庫から任意競売の申立てを受け、東京地方裁判所は、昭和四五年六月二四日、競売開始決定をした(東京地方裁判所昭和四五年(ケ)第五九六号不動産任意競売事件)。しかし、Eは、自らが実権を握っていた被控訴人が本件建物においてサウナ風呂を経営していること等から、被控訴人名義で本件建物を競落しようとした。そこで、Eは、当時、不動産競売のブローカーをしていたOに対し、本件建物の競落取得を依頼した。Oは、Eの依頼を引き受けるに当たり、同人に対し、本件建物は競売業者が着目している物件で容易に被控訴人名義には競落できるとは思われないので色々な方法を駆使して対処し、相当の曲折を経るであろうけれども最終的には被控訴人に所有権を取得させるように努力する旨話して、Eから手続の進行について一切を任せてもらうこととした。

(二)  本件建物に係る競売事件については、昭和四六年九月から昭和四七年六月までの間に合計六回の期日が開かれたが、Oは、買受申出をなさず、また、他に買受申出人も現われなかった。その結果、最低売却価額も逐次減額され、昭和四七年七月一九日開かれた第七回目の期日には、最低売却価額も四九一五万二〇〇〇円となった。なお、その間の最低売却価額の変遷は次のとおりである。

第一回 昭和四六年九月二九日 九六〇〇万円

第二回 同年一一月一七日 九六〇〇万円

第三回 昭和四七年一月一九日 七六八〇万円

第四回 同年二月二三日 七六八〇万円

第五回 同年四月一九日 六一四四万円

第六回 同年六月七日 六一四四万円

第七回 同年七月一九日 四九一五万二〇〇〇円

(三)  Oは、最低売却価額が当初の半値近くに逓減したので頃合とみて、第七回目の期日に、E及びEと当時内縁関係にあった被控訴人代表者に予想される落札額に対応する保証金を持参させて売却場に赴き、買受申出をすることにした。しかし、右期日における売却場には、他にも買受申出をする意図でいる業者が多数いた。これを察知したOは、競り売りを避けるために、とりあえず、共同競買によって本件建物を落札し、そのうえで各共同競買人からその持分を順次取得することを決意し、競売場において本件建物の買受希望者を集めた。ところが、Oと関係のある業者で構成されたグループ(被控訴人、訴外日電総合株式会社、同盛通企業株式会社(後に「株式会社セイツー」に商号変更)、同喜多産業株式会社(後に「株式会社喜多」に商号変更)、同有限会社三都興業、同N、同H)七名のほかに、訴外ベル興産株式会社、同晴海商事株式会社、同大東信販株式会社、同M、同S、同D、同F、控訴人両名の九名が名乗りを挙げた。そして、これらの買受希望者九名は、各自が競買保証金を準備しているうえに、Eとは関係の良くないMをリーダーとする競売ブローカーであって、競り売りとなった場合には予想外の高価格となりかねず、最悪の場合には被控訴人名義で競落できないことが充分考えられた。Oは、これを避けるため、Mら買受希望者と話しあった結果、控訴人両名を含む全員が共同で最低売却価額の買受申出をすることとなり、やむなくこれらの者全員による共同競買とすることとした。ところが、執行官から共同買受人となるべき者の住所氏名を記載するように求められた共同買受人の名簿の作成作業に時間がかかり、控訴人両名を除く一四名の氏名を右名簿に記載したが、控訴人両名の氏名は時間が不足して記載できなかった。Oは、他の買受希望者の了解を得て、名簿に掲載された一四名が裁判所に対する関係で正式の共同競買人となることとし、控訴人両名については、裁判所に対する関係では共同競買人とはならないが、本件建物につき他の一四名と全く同一の権利義務を有する地位にあるとする競売業者間の慣行とされる、いわゆるカゲノリで処理するということになった。

(四)  この結果、被控訴人、訴外日電総合株式会社、同盛通企業株式会社、同喜多産業株式会社、同ベル興産株式会社、同晴海商事株式会社、同大東信販株式会社、同有限会社三都興業、同M、同N、同S、同D、同H、同Fの一四名が正式の共同競買人として、本件建物を四九一六万円で落札した。この際、Oは、被控訴人から預っていた金員から四九一万六〇〇〇円の保証金を払い込み、後刻、控訴人両名を含む実質上の買受申出人一六名それぞれから右保証金額を一六等分した三〇万七二五〇円を受け取った。

(五)  Oは、同道したE及び被控訴人代表者に対して、右の手続が完了した後、保証金の領収書を示し、一四名の共同競買となったこと、しかし、他の共同競買人から権利を集めるから心配しないでよい、と説明した。Eは、とにかく最終的に自分のものになればよいと考え、やむなく一四名による共同買受けを承諾した。

(六)  その後、Oは、カゲノリの控訴人両名を含めた全員との間で、競落代金の負担について話し合いをしたが調整がつかなかった。Oは、再競売を避けるために、被控訴人単独の出捐により、昭和四八年九月五日、競買代金四四二四万四〇〇〇円、延期損害金一二七万九五〇六円の合計四五五二万三五〇六円を払い込んで、競落を確定させた。

(七)  Oは、昭和四九年七月二六日ころ、被控訴人名義で、訴外盛通企業株式会社、同ベル興産株式会社、同晴海商事株式会社、同大東信販株式会社、同M、同N、同S、同F及び控訴人両名を相手方として、被控訴人が納入した競落代金の分担支払を求め、その意思がない場合は、本件建物の各持分名義につき被控訴人の所有権を確認することを求める調停を起こした。しかし、右調停は、昭和五〇年八月、取下げにより終了した。

(八)  被控訴人は、さらに昭和五一年二月一六日ころ、訴外ベル興産株式会社、同晴海商事株式会社、同大東信販株式会社、同M、同N、同S、同Fを被告として、主位的に、本件建物について各一四分の一の共有持分権を有しないことの確認を、予備的に、競落代金の分担支払を求める訴えを提起したが、これは取下げにより終了した。

(九)  しかし、その後も関係者間で話し合いがなされ、昭和六二年七月ころ、訴外有限会社三都興業からその一四分の一の共有持分権について被控訴人に対し持分移転登記が経由されたのを皮切りに順次被控訴人に持分が集められ、訴外Dの持分のみが被控訴人に移転されていない状況にある。

以上の事実を認めることができる。

本訴は、不動産競売業者間の慣行とされるいわゆるカゲノリにより本件建物の共同競買人の地位にあるとする控訴人両名が、裁判所から共同買受人の一人として競落により本件建物を取得した者に対し受任者の受領物の引渡義務の履行として共有持分の移転を請求するものである。ここでいうカゲノリとは、裁判所との関係においては、その名義を表面には出さず正式の共同競買人とならないが、正式の競買人との関係においては、実質上、共同競買人として取り扱われることをいい、不動産競売に関係する業者間で自然発生的に生じた慣行の名称である。

ところで、執行裁判所は、不動産競売が適正になされるべきことに意を用い、これの達成のために関係機関を監督し、不適正な手続で売却がなされたと認められる場合には、これを許してはならない義務がある(民事執行法七一条、旧民事訴訟法六七二条、六七四条二項)。不動産競落につきこれに参加する関係者の間で談合が行なわれることは、不動産競売の適正を最も害する行為であることはいうまでもなく、したがって、このような行為が行なわれた場合、或いは行なわれた疑いがある場合には執行裁判所は厳重な調査を行ない、競売の適正が害されたと認められるときは競落を不許可としなければならない。談合行為の有無の判断に際して、競買申出人が誰であるか、どのような状況下で競買の申出がなされたかの認定が先決的に重要な要素となることは当然であるが、共同競買がなされた場合には競買申出人が何名でなされているか、どのような者がその共同競買人となっているか、共同競買人間でどのような協議が行なわれ、その結果どのような合意が成立したのかを執行裁判所が確知することは右の判断をするに当たって非常に重要である。ところが、これを殊更に秘匿し、真実の競買人が誰であるのか、又その者が正式の共同競買人とどのような関係にあるのかを執行裁判所の判断資料の外に置くことは、右の執行裁判所の競売手続の適正な運営行為を妨害するものであって、これをそのまま認めることは談合行為の温床を黙認することにほかならない。したがって、いわゆるカゲノリの方法によって競落物件について競買人となったと主張する者が執行裁判所との関係で何らの権利を取得しないことは余りにも当然であるが、他の共同買受人との間において競落物件について適法な共同競買人と同一の権利を取得する地位にあるとして保護することは談合行為を助長するものといわなければならない。

これを本件においてみると、前記認定の事実によれば、本件競売手続は、買受申出のないまま都合六回の期日が延期され、当初、九六〇〇万円であった最低競売価額が順次逓減し、売却希望が現れた第七回期日には四九一五万二〇〇〇円まで減価されているうえに、第七回期日には、本件建物の取得を希望する者が一六名、二グループあったわけであるから、適正な競売がなされていたならば、最低競売価額をかなり越える価額で売却されていたであろうことは極めて容易に推認することができるばかりでなく、前認定のような経過で関係者間で協議が行なわれ、その合意によって本件の共同競買人らによる単独の競買申出がなされただけであり、それも最低競売価額をわずかに八〇〇〇円上回ったに過ぎない四九一六万円の競買価額申出である。したがって、本件においては、不適正な競売がなされたといわざるをえない。

以上によれば、少なくとも、本件の控訴人両名がなしたとするカゲノリと称する本件合意は、それが委任契約の性質を有していると否とにかかわらず、公序良俗に反する契約というべきであって無効である。

二よって、原判決は結論において相当であり、本件各控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、民事訴訟法三八四条、九五条、九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡田潤 裁判官安齋隆 裁判官森宏司)

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