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東京高等裁判所 平成3年(ネ)4511号 判決 1992年7月23日

控訴人(原告) 片岡陽子

被控訴人(被告) 株式会社新評論

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  当事者双方の申立て

控訴人は、「一 原判決を取り消す。二1 控訴人が被控訴人に対し、雇用契約上の地位を有することを確認する。2 被控訴人は、控訴人に対し、金一七四万〇四六九円及びこれに対する昭和六三年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに同年一二月一日以降一箇月金一五万円を毎月二五日限り支払え。三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに第二項2につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  事案の概要

事案の概要は、以下のとおり、付加するほかは、原判決の「事実及び争点」欄の「事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決六枚目裏五行目に行を改めて以下のとおり付加する。

「なお、返品整理の仕事は、基本的には別の会社に依頼して行っているものであって、被控訴人会社の職員が行うのは例外的であり、しかも、被控訴人会社の職員が行う場合でも、営業担当の者が行い、編集担当の者は例外的に行うにすぎないものであった。そして、控訴人が返品整理の仕事をさせられたのは、確認書作成直後から二月の終わりまでの一箇月以上の長期に渡っていたこと等からすると、被控訴人会社に債務不履行はないと評価することはできないものである。」

2  同七枚目表末行の「また、」の次に「被控訴人会社は従業員一〇人程度の会社で、返品整理は取締役を含め従業員が仕事の合間に行っているのであって、三月末日には退職する予定でより優先すべき仕事の少なかった控訴人に返品整理の仕事の割当が多くなるのは自然のことであり、」を付加する。

3  同八枚目裏五行目に行を改めて以下のとおり付加する。

「なお、民法の和解契約を締結することによって、労働基準法の強行規定の適用を免れることはできない。労働基準法は、労働者の請求がなくとも、時間外賃金を支払うべきことを定めているのであるから、現実にした時間外労働時間数全部について、割増分を含めて支払がされなければならない。

また、確認書六項記載の『(支払額は片岡氏請求残業時間数×二分の一×時給七五〇円とする)』の意味は、『残業時間数』の算出にある。すなわち、現実の残業時間数につき、裏付けとなる証拠がない旨被控訴人側が主張したので、控訴人としてはやむなく、まず時間数について『控訴人請求残業時間数×二分の一』とすることに合意した。その後、その時間数に当時の控訴人の時間給である七五〇円を乗じることにしたのである。そして、当時、当事者双方とも、時間外割増賃金の問題は意識していなかったため、単純に時間数×七五〇円と定めたものである。

仮に、時間外労働の時間数については双方で和解をすることが可能であったとしても、本件では、前記のように、割増賃金分を支払わないという話は一切なかったのであり、また、時間外割増賃金分は、強行法規である労働基準法によって当然算出できるものであるから、右で定めた時間外労働時間数に二割五分増しの時間給を乗じて、控訴人の賃金を算定すべきである。」

4  同八枚目裏末行の「団体交渉の結果、」の次に「『これまでの残業料の見合い分』として」を付加する。

5  同九枚目表三行目の次に行を改めて以下のとおり付加する。

「控訴人主張のごとく残業手当てについて労使間でどのような和解をしても後にそれを上回る残業をしたという資料が出てくれば和解は無効ということになると、このような分野についての和解は無意味になってしまう。」

6  同九枚目表一〇行目の「また、」の次に以下のとおり付加する。

「確認書七項は、他の職員との関係で差別的取扱を受けないという趣旨を含むものであるところ、」

三  争点に対する判断

以下のとおり付加、訂正するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」欄記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一二枚目裏三行目の「予め」を「確認の意味で」と改める。

2  原判決一四枚目裏三行目から一六枚目表九行目までを以下のとおりに改める。

「控訴人は、本件退職合意は、被控訴人会社が控訴人を昭和六二年一〇月一日以前の就業形態に戻す債務を履行することを条件あるいは引換えとしていたと主張する。しかしながら、控訴人の退職を定めた本件の確認書には、『七 今後の就労については、就業規則にもとづき、<1>就業時間は午前九時から午後六時とする。<2>就業については、一九八七年一〇月一日以前の形態とする。なお、雇用期間は一九八八年三月三一日までとし、同日をもって片岡陽子氏は退職する。なお会社は離職票を発行する。』と記載されているにとどまるのであり、特に右書面の記載以上の合意がされたと認める証拠はない(控訴人は、原審において、確認書締結の際に右債務が履行されなければ、本件退職合意の効力が発生しないことが口頭で確認されたと供述するが、控訴人のために交渉に当たった労働組合の書記次長である証人堀根秀人は、原審において、『一〇月一日以前の形態にならなければ、三月三一日までに辞めるということはどうなるのか』という質問に対し、『そういうことが守られなければ問題になると解釈していた』とあいまいに述べるにとどまっていること、前記引用の原判決第三の一1認定の事実によれば、本件は雇用契約が存続しているかどうかについて争いがあり、何回かの労使交渉の結果労働組合の代表者も列席した上で達した合意を書面化したものであるのであるから、控訴人の主張するような重要な事項が書面に記載されないということは通常考えられないことを考え併せれば、同人の右供述は信用し難い。)。右書面の記載に照らすと、被控訴人会社が控訴人を昭和六二年一〇月一日以前の就業形態に戻す義務を履行したことが控訴人の退職の意思表示の効力発生の条件であるとか、被控訴人会社の右義務と控訴人の退職の意思表示をする義務とが対価関係にあり、被控訴人会社が右義務を履行したときに控訴人が退職の意思表示をする義務を負うと解することは到底できない。控訴人が被控訴人会社を昭和六三年三月三一日をもって退職するという合意は、雇用契約の期限付きの合意解約を意味するもので、確認書作成時に確定的にされたものであり、改めて別に控訴人が右期限に被控訴人会社を退職する旨の意思表示をする旨の債務を負うものではないと解するのが相当である(前記のように、被控訴人会社において、右確認書締結の時点で退職届けの提出を別に求めたのは、単に確認的なものにすぎない。)。

したがって、控訴人の主張は採用できない。

また、控訴人は、被控訴人会社が就業形態を昭和六二年一〇月一日以前の形態とするという債務の履行を怠ったから本件退職合意を解除したと主張する。しかしながら、右のように、被控訴人会社を昭和六三年三月三一日をもって退職するという合意は、雇用契約の期限付きの合意解約を意味するもので、確認書作成時に確定的にされたものであり、別に控訴人が右期限に被控訴人会社を退職する旨の意思表示をする旨の債務を負うものではないのである。そして、確認書は、右合意解約を決めるとともに、控訴人と被控訴人会社との間で存続しているかどうかが争われていた雇用契約につき、合意解約時点までの存続を確認し、さらに、争いあるその契約内容の一部(就業形態及び勤務時間)を確定した和解契約を記載したものと解される。そうすると、このような和解契約の法的効果自体は即時に発生し、改めて債務の履行を問題とする余地はないというべきであって、控訴人が問題としている就業形態の問題は、右契約により確定された雇用契約上の債務の履行の問題にすぎないのであり、仮に右の点につき債務不履行があったとしても、それを理由に右和解契約自体を解除する余地はないというべきである(解除できるのは、雇用契約でしかないのである。)。

そうすると、右の控訴人の主張も失当である。

さらに、控訴人は、被控訴人が就業形態を昭和六二年一〇月一日以前の形態とするという債務を履行していないのに退職合意の点を主張するのは信義則に違反すると主張するが、前記のように、右和解契約において退職合意と就業形態に関する合意は何ら対価関係に立つようなものではなかったのであるから、仮に被控訴人会社に就業形態の問題で債務不履行があったとしても、被控訴人が退職合意を主張することが信義則に違反するとはいえない。」

3  同一六枚目裏一〇行目の「支払われたこと、」の次に以下のとおり付加する。

「右は、時間外労働の時間数がどれだけであったかはさておき、トータルな金額として右方式で算出した額を、控訴人のした時間外労働に見合う、しかも労働基準法の定めた割増賃金部分を含めたところの時間外賃金分として支払う旨の合意であったこと(なお、証人堀根は、確認書作成に当たり時間外労働に対する割増賃金のことは失念していたと供述するが、労働組合の書記次長という地位にあるものが、使用者との交渉においてこのような基本的な事柄を失念するということは考えにくく、右供述は到底信用し難い。)」

4  同一七枚目表七行目から裏四行目までを以下のとおりに改める。

「右事実によれば、六項の括弧内の算式は、時間外労働の有無及び時間数に争いがある中で、これまでの時間外労働全体に見合う時間外賃金の総額を算出するため、双方が妥協の上、その総額を算出するための算定方式を示したにすぎない。『控訴人請求時間数×二分の一』という表現は現実の時間外労働の時間数を確認した上でその二分の一分しか時間外割増し賃金を払わないということを意味するものではないし、『×七五〇円』としかされていないことも、時間外労働に対応した時間外割増賃金部分を払わないということを意味するものではない。あくまで時間外賃金請求権の有無及び額についての争いを前提として、時間外割増賃金部分も含め全部でこの額を払うという合意なのである。したがって、右合意には、時間外労働の一部については賃金を払わないとか、労働基準法に定める割増賃金部分は払わないという趣旨は含まれていない。そうすると、控訴人の主張するように、右合意が労働基準法に違反し、無効であるということはできない。

そして、時間外賃金の支払を定めた右合意は、時間外労働の有無及びその時間数、したがって時間外賃金請求権の有無及び額について争いがあり、相互の互譲の結果定められたものであるから、民法六九五条にいう和解契約と理解される。そうすると、仮に控訴人がその主張する時間数の時間外労働をしていたことが証明されたとしても、右合意で確定した金額を超える部分の時間外賃金請求権は、民法六九六条により消滅したということになり、右合意により算定された金額に加えて別に時間外割増賃金部分を請求する余地もない。」

5  同一八枚目表三行目冒頭から裏五行目までを以下のとおりに改める。

「賞与請求権が発生するためには、控訴人と被控訴人との間で賞与を支給することにつき合意がされていることが必要で、たとえ被控訴人会社の他の従業員全員に対して賞与が支給されたとしても、そのことから直ちに控訴人に賞与請求権が生ずるものではない。控訴人は、確認書七項の『就業については、一九八七年一〇月一日以前の形態とする。』との文言を根拠に賞与の請求権があると主張し、原審における同人の供述中にはそれに沿うかのごとき部分も存在するが、その文言からしてそこに当然賞与支給の合意が含まれていたとは解し難いのみならず、控訴人自身の作成によること争いのない乙第五号証(『確認書について』と題する書面)においては確認書において残業代が支払われるに至ったことを『年末のボーナスがゼロでしたから、これでもとても助かります。』としていて、控訴人も右書面作成の時点(昭和六三年一月二九日)においてはボーナスが支払われないことを特に疑問視していないことが窺われること、原審における証人堀根及び証人藤原の証言によれば、確認書締結までの交渉の過程で冬季賞与の支払について具体的に話題になったことがないことが認められることに照らすと、控訴人の前記供述部分は信用し難く、確認書七項に賞与支給の合意が含まれているということはできない。さらに、控訴人は、確認書七項の右合意には、賞与等につき控訴人を他の従業員と差別しない、すなわち他の従業員と同様に取り扱うとの趣旨が含まれていたところ、昭和六二年の冬季賞与は控訴人と同期入社者を含む被控訴人会社の従業員全員に支払われたから、控訴人にも昭和六二年の冬季賞与請求権が発生したとも主張し、原審における控訴人本人の供述中にはそれに沿う部分があるが、右七項の文言からは控訴人の賞与の支給を含む労働条件を他の従業員と同様にするという合意が含まれていたとは解し難いことや、原審における証人堀根の証言等に照らし、控訴人の右供述部分は信用し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。そうすると、控訴人の冬季賞与の請求は理由がない。」

四  よって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達徳 大坪丘 福島節男)

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