東京高等裁判所 平成3年(ネ)703号 判決 1993年6月28日
平成三年(ネ)第七〇三号事件被控訴人、同年(ネ)第七二二号事件控訴人(以下「一審原告」という。)
オレゴン州組合ノースコンⅠ
右代表者組合員
デビッド・エル・ブライアント
右訴訟代理人弁護士
櫻木武
右訴訟復代理人弁護士
佐藤典子
平成三年(ネ)第七〇三号事件控訴人、同年(ネ)第七二二号事件被控訴人(以下「一審被告片山」という。)
片山義高
平成三年(ネ)第七〇三号事件控訴人、同年(ネ)第七二二号事件被控訴人(以下「一審被告会社」という。)
萬世工業株式会社
右代表者代表取締役
後藤憲二郎
右両名訴訟代理人弁護士
後藤茂彦
同
羽野島裕二
同
河合信義
同
奥原喜三郎
同
馬越節郎
同
水谷彌生
同
田中圭助
同
奥村裕二
右一審被告会社訴訟代理人弁護士
佐藤敦史
主文
一 本件各控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は各控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 一審原告
(平成三年(ネ)第七二二号事件)
1 原判決中一審原告敗訴部分を取り消す。
2 一審原告と一審被告会社との間のアメリカ合衆国カリフォルニア州サンタクララ郡管轄のカリフォルニア州上位裁判所民事第四四五六四七号事件につき同裁判所が一九八二年五月一九日言い渡した判決に基づき、同判決中「一審被告会社は一審原告に対し、懲罰的損害賠償として米貨一一二万五〇〇〇ドルの支払いをせよ。」との部分及び右金員に対する一九八二年五月一九日以降一九八三年六月三〇日まで年七パーセント、同年七月一日から支払い済みまで年一〇パーセントの各割合による利息支払義務につき、一審原告が一審被告会社に対して強制執行をすることを許可する。
3 訴訟費用は第一・二審とも一審被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
(平成三年(ネ)第七〇三号事件)
一審被告らの控訴を棄却する。
二 一審被告ら
(平成三年(ネ)第七〇三号事件)
1 原判決中一審被告ら敗訴部分を取り消す。
2 一審原告の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一・二審とも一審原告の負担とする。
(平成三年(ネ)第七二二号事件)
一審原告の控訴を棄却する。
第二 当事者双方の事実の主張は、次の一のとおり付加し、二のとおり当審における新たな主張を加えるほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一1 原判決書一三枚目裏七行目の「損害金」を「利息」に改める。
2 原判決書一四枚目裏四行目の「いないのである。」の次に「また、懲罰的損害賠償額の認定については、判例法及び制定法により、過大な懲罰的損害賠償に対する衡平法上の制限と手続的制約があり、陪審員による恣意的な判断を防止しているところである。」を加え、同一五枚目表六行目の「我が国においては」を「懲罰的損害賠償は被害者の精神的苦痛に対する慰藉料及び弁護士費用の補償の目的も有するものであり、本件においても補償的損害賠償には一審原告に対する慰藉料や本件外国判決についての弁護士費用が含まれていないことは明らかである。したがって懲罰的損害賠償の刑事的側面のみを強調する一審被告らの反公序性の主張は失当である。我が国においても」に改める。
3 原判決書一五枚目裏末行の次に行を改めて次のとおり加える。
「一審被告らは、懲罰的損害賠償は、被告の行為が倫理的に非難に値するような場合、すなわち悪意をもって、又は他人に対して発生するであろう結果を意識的に無視して行動した場合に限られるのであり、単なる過失による場合には(重過失でも)懲罰的損害賠償は許されないとした上、本件外国判決の認定によっても一審被告会社に具体的にどのような帰責事由があるのか不明であり、むしろその認定事実からすれば、客観的に見て、一審被告会社に対して懲罰的損害賠償を課すべき要件は満たされていないと主張する。しかしながら、陪審裁判における事実認定は陪審のみがこれをなしうるのであり、かつ陪審の評決は事実の結論を示せば足りるのであって、結論に至る具体的認定の過程を示すことは要求されていない。本件外国判決は陪審評決に基づく判決であるから、日本における判決のような具体的な認定経過の記載はないのは当然である。それにもかかわらず本件外国判決の執行を許可するために、本件外国判決の認定事実が懲罰的損害賠償を課すべき要件を満たしているか否か、あるいは懲罰的損害賠償の額が相当であるか否かを改めて認定し直さなければならないとするのは陪審を否定するものであるばかりか、外国裁判所の裁判の当否を調査することにほかならないのであって、民事執行法二四条二項に反する。」
二 当審における新たな主張
1 一審被告会社(相殺の抗弁)
(一) 本件外国判決は、一審原告は一審被告らに対し訴訟費用4万0104.71ドルの支払請求権があるとする一方、訴外後藤憲二郎(以下単に「後藤」という。)は一審原告に対し訴訟費用3万1551.37ドルの支払請求権があるとしている。
(二) 後藤は、平成三年五月一五日、一審被告会社に対し右支払請求権を譲渡した(右債権譲渡については日本法が適用されるべきである。)。
(三) 一審被告会社は一審原告に対し、同年九月一一日の本件口頭弁論期日において、後藤から譲り受けた債権をもって一審原告が執行の許可を求めている訴訟費用支払請求権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
2 一審原告の認否及び反論
(一) 後藤の一審被告会社に対する債権譲渡の効力は、法例一二条によりオレゴン州法により決せられるべきであり、その効力は争う。
(二) 仮に債権譲渡の効力が認められるとしても
(1) 本件外国判決債権は右訴訟費用支払請求権も含め、不法行為債権と見られるべきものであるから、これに対する相殺は認められない。
(2) 後藤の債権譲渡は対価の支払いなく行われたものであって、本件訴訟追行目的に限られているから、訴訟信託に該当し無効である。
第三 証拠の関係<省略>
理由
一当裁判所も、一審原告の請求は原判決認容の限度でこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
二本件における原審での双方の主張に対する判断は、次のとおり付加するほかは、原判決の理由に説示するとおりであるからこれを引用する。
1 原判決書一八枚目表六行目の冒頭から七行目の「否認されていない。」までを「民事訴訟法二〇〇条一号は、判決をした外国裁判所が国際裁判管轄を有することを我が国として是認することができる場合であることを意味すると解されるが、本件外国判決の手続きにおいて一審被告らが異議を留めることなく応訴したことは一審被告らも別段争わないところであるから、本件外国判決をした裁判所に応訴管轄が生じたことを認めることができる。したがって同条一号の要件に欠けることはない。」に改める。
2 原判決書二〇枚目裏二行目から二四枚目表八行目までを次のとおり改める。
「1 米国の多くの州で認められている懲罰的損害賠償は、州によって若干の違いはあるにしても、概ね次のようなものであると理解される。
すなわち、懲罰的損害賠償は、加害者の悪性が強いと認められる場合に、通常の補償的損害賠償とは別に加害者に対する制裁として、被害者への支払が命ぜられるものである。その目的としては、予防的効果(加害者や他の一般人が再びそのような不法行為をすることを防止すること)や、抑止的効果(被害者に被った実損害以上の賠償を得させることにより、この種の不法行為を告発する動機を与え、ひいては不法行為の発生を抑止すること)等があげられている。右のような目的を達成するために、懲罰的損害賠償の額は、被害者の被った損害の評価でなく、加害者の行為の反社会性によって決せられるものとされる。カリフォルニア州の懲罰的損害賠償制度もこのような目的のもとに設けられたものであり、先に示した懲罰的損害賠償と同趣旨のものと認められる(<書証番号略>)。一審原告が主張するように、懲罰的損害賠償の一部が事実上被害者の弁護士費用等の経費部分とか精神的損害を填補する機能を果している面があるにしても、それは付随的かつ事実上の効果に止まるのであって、これが懲罰的損害賠償の本来の目的ではないことは明らかである(一審原告もこのことをまで否定するものではないであろう。)。
2 右のように、懲罰的損害賠償は、本質的には加害者の行為の反社会性を処罰する(カリフォルニア州民法典第三二九四条によれば、「for the sake of example and by way of punishing the defendant」と表現されている。)という点に重点が置かれていることは明らかであり、民事上の裁判により被害者である私人に対して金銭の支払を命ずる方法によって実現される点において民事上の権利として構成されているとはいえ、その目的は我が国において罰金を科するものとされている場合とほぼ同様の目的を実現する制度であることは否定できないところである。
民事法と刑事法の区別自体、国の司法政策上の判断によって決せられる面があることを考慮すると、ある国の法的制度が他の国からみて実質において民事法と理解されるべきか刑事法と理解されるべきかは、例えば金銭の支払先が国とされているか私人とされているかというような形式的な基準のみによって判断するのではなく、その法的制度が設けられた趣旨、目的、その制度が果たすべきものとして期待されている役割等を考慮し、当該法制度の本質を実質的に検討して、これを我が国の法制度の下においてどう評価するかという観点から判断すべきものと解するのが相当である。
我が国においては、不法行為による損害賠償は現に被害者に生じた損害を填補することを目的とするものとされ、懲罰の目的で現実に被害者に生じた損害を越える賠償を命ずることは、不法行為による損害賠償制度の予定しないところであるばかりか、むしろ許されないとされているところである。確かに、我が国においても、不法行為による損害賠償として精神的な損害に対する慰謝料請求権が認められており、慰謝料を算定するに当たっては当事者双方の諸般の事情を斟酌すべきものとされていて、その際に加害者側の加害の動機や態様といった事情を斟酌する限度においては、不法行為についての加害者の悪意の有無、程度等の反社会性を考慮する側面がないわけではない。しかし、それはあくまでも被害者が被った精神的損害の程度を判断するためになされるもの、すなわち補償的損害賠償の範囲内で認められるものであって、慰謝料に懲罰的、制裁的機能を認めるものではない。懲罰的損害賠償は、我が国の法制度の下において認められている民事上の損害賠償制度とは相容れないものであり、懲罰的損害賠償の制度は、すでに判示した趣旨、目的、及びその果たすべき役割からみて、我が国の法制度の下では、その実質において、むしろ刑事法の領域に含まれるものとみるのが相当である。我が国においても不法行為に基づく損害賠償として被害者に慰謝料の支払請求権が認められていることをもって、懲罰的損害賠償と同様の趣旨、目的をもつ法制度が認められているとして、これを根拠に懲罰的損害賠償を命ずる外国判決も承認されてしかるべきであるとの一審原告の主張は採用することができない。なお、一審原告は、懲罰的損害賠償についの衡平法上の制約や、制定法上の制約があるというが、これは濫用防止の範囲に止まる制約をいい、懲罰的損害賠償の本質を修正することをいうものではないから、以上の判断に影響を及ぼすものとはいえない(現に本件における懲罰的損害賠償の額をみる限り、補償的損害賠償の額よりもよほど多額であって、少なくとも本件において一審原告のいうような事情を考慮する余地はない。)。
3 以上にみたとおり、懲罰的損害賠償として金銭の支払を命ずる米国の裁判所の判決は、我が国における民事上の不法行為に基づく損害賠償制度とは大きくかけ離れた法制度のもとでなされた裁判であり、懲罰的損害賠償は、むしろ我が国の法制度上は罰金に近い刑事法的性格を持つものとみるべきこと、民事執行法二四条、民事訴訟法二〇〇条にいう「外国裁判所の判決」というのは、我が国からみてその外国裁判所の判決が我が国の民事の判決に当たると認められるものであることを要すること(この点は改めて論ずるまでもないであろう。)を考えると、懲罰的損害賠償を命ずる米国の裁判所の判決をもって民事執行法、民事訴訟法の右各条が予定する外国裁判所の判決といえるかどうか自体が疑問である上、これが右各条にいう外国裁判所の判決に当たると解しても、民事訴訟法二〇〇条三号の公序の要件の適合性が問題とならざるを得ず、我が国の法秩序のありかたからいって、本件外国判決の執行を認めることは我が国の公序に反すると解される。いずれにしても、懲罰的損害賠償を命じた部分につき執行判決を求める一審原告の請求は理由がない。
民事、刑事の区別をどうするか、民事上の請求として私人に対する懲罰的損害賠償を認めるかどうかは、いずれも国の法政策上の問題として決定されるべきものであることは、一審原告のいうとおりであり、当裁判所もこのことを否定するものではない(カリフォルニア州と日本の法制度が違うことを指摘しているのみであって、カリフォルニア州の法制の良し悪しをいっているのではない。)。しかし、国によって法制度をどのように構成するかは国の政策上の問題であり、国の政策によって違いが生ずることを是認することは、国の政策による法制度の選択に相対性があることを是認することにほかならない。別の言い方をするなら、いずれの国も互いにその国の法制度の正当性の主張を貫徹することはできないことを意味するものである。我が国において外国の裁判所の判決を承認して執行判決を認めるかどうかの判断に当たって、我が国の法制度との調和を考えて決すべきことを否定する論拠となり得るものではない。さらに、一審原告は国際的礼譲をいうが、このことがある国の制度が他の国の制度と根本的に違う場合に、他の国で権利が強制的に実現されることまでも容認すべきことの論拠となるとは考え難い。裁判の国際的な効力が問題とされる場合、相手国の法制度を尊重すべきであるというのは一般論としてはもっともであり、外国の法制度が我が国の法制度と積極的に矛盾するものでないような場合には、外国裁判所の判決を承認することに特別の問題はないし、また、権利の実現が外国で強制的に実行されるのであれば、そのこと自体を他の国が問題とすべき理由はない。しかしながら、いま本件訴訟で問題とされているのは、外国の法制度が我が国の法制度と積極的に矛盾する場合に、我が国で外国裁判所の判決に基づく権利の強制的実現を許すべきかどうかである。このような場合にまで、国際的な礼譲を根拠に同様の取り扱いをすべきであるという見解は、当裁判所の採るところでない。我が民事訴訟法二〇〇条三号が「日本ニ於ケル」公序良俗に反する場合に外国の裁判所の判決の効力を承認しないとしている趣旨は、とりもなおさず我が国の法制度と矛盾することとなる場合にはこれを承認しないことを定める趣旨であり、この限度で我が国の法制度に従うべきことを定めるものと解されるのであり、外国裁判所の判決が我が国の民事の判決に当たるかどうか、又は公序に反するかどうかの理論的な説明の仕方の違いはともあれ、外国裁判所の判決の執行を許すかどうかを判断する際の基準を示すものと解されるからである。懲罰的損害賠償が我が国の民事法上是認されていないことはすでに判示したとおりであり、我が国の民事法上の基本原則に反するだけでなく、我が国における民事上の請求権と刑事上の刑罰との区別に関する基本原則にも抵触し、我が国の法的正義の観念と相容れないものである以上、民事上の判決に当たらないか、少なくとも我が国の公序に反するといわざるを得ない(なお、懲罰的損害賠償額のうち我が国の損害賠償制度の下における慰謝料相当部分の額に限り執行判決を認めてよいとする見解もあるが、我が国と異なる法制度の下でなされた裁判であるから、事実認定の目的や範囲も自ずと異なるはずであり、我が国における慰謝料相当額の判断の基礎となる事実が的確に確定されていることを期待すること自体無理であって、この見解は当裁判所の採るところでない。)。」
3 原判決書二五枚目裏八行目(二個所)及び、裏一行目の「遅延損害金」をいずれも「利息」に改め、二行目末尾に「外国法上認められているといっても、現実に裁判所が名宛人に対して支払を命じているのでない以上、形式的にいえば、執行されるべき判決には含まれないとの一審被告らの主張にも、一面もっともなところはある。しかしながら、右利息部分は遅延損害金の実質を有するものとして判決主文に記載された債権に付随し、かつ計算上自ずと明らかになるのであり、これを判決主文に盛り込んで記載するか法律によって執行力を認めるかは技術的な事柄にすぎないことはすでに判示したとおりである。我が国の判決においても、口頭弁論終結後の遅延損害金の支払を命ずる部分については、具体的な要件の発生、消滅等について実質的に審理されているわけではなく、将来の給付請求として口頭弁論終結時までの事実をもとに判断されるのであり、現実にその損害が生じていないならば、後に請求異議の訴えによって取り消しを求めることもできるのであるし、外国裁判所の判決の場合、執行判決を求める訴え(本件訴訟がそれに当たる。)において現実に損害が生じたかどうかを争うこともできると解される(本件においては、一審被告らは利息部分の執行が認められると一審被告に酷であるというだけで、特に発生障害事由も消滅事由も主張していない。)ことを考慮すると、一審被告らの主張は採用することができない。」を加える。
三一審被告らの当審における新たな主張(抗弁)について判断する。
<書証番号略>によれば、本件外国判決は一審原告に対して後藤に訴訟費用として3万1551.37ドルを支払うべき旨を命じていることが認められる。そして<書証番号略>によれば、後藤は、平成三年五月一五日、右一審原告に対する訴訟費用支払請求権を一審被告会社に譲渡(債権譲渡)したことを認めることができる。しかしながら、右債権譲渡の第三者に対する効力については法例一二条により債務者の住所地法が適用されることになるが、右債権譲渡につき債務者である一審原告の住所地法であるオレゴン州法上の要件や、後藤ないし一審被告会社がその要件を満たす手続きをしたことについて、一審被告会社はなんら主張、立証しないから、一審原告に対する関係で債権譲渡の効力を認めることはできない。一審被告会社は、日本法が適用されるべきであるというが、日本法によっても、前掲<書証番号略>の記載自体から明らかなように、右債権譲渡はもっぱら一審原告が提起した本件訴訟に対抗する目的でなされたものと認められるから、信託法一一条により無効というほかない。いずれにしても、一審被告会社の相殺の抗弁は理由がない。
四以上のとおりであるから、原判決は結論において相当であって、本件各控訴はいずれも理由がない(なお、一審原告は、勝訴部分につき無条件の仮執行宣言を求めているが、本件事案に鑑み、免脱宣言を付した原判決は相当である。)。よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官上谷清 裁判官滿田明彦 裁判官亀川清長は転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官上谷清)