東京高等裁判所 平成3年(ネ)719号 判決 1991年8月07日
控訴人 吉川昭治
被控訴人 高島尚一
右訴訟代理人弁護士 平岩敬一
主文
原判決を取り消す。
被控訴人は、控訴人に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年六月一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
この判決第二項は仮に執行することができる。
理由
一 請求原因1、2、5、6の事実は、本件小切手の振出日の点を除き、いずれも当事者間に争いがない。
二1 甲第一号証の一によれば、現在本件振出日欄には「昭和六三年五月三〇日」と記載されていることが認められるところ、右振出日の記載が被控訴人の本件小切手振出し当時からの記載か、あるいは振出し当時は空白(白地)であったが、後に現在のように補充されたのか、または当初は「1」月と記載されていたが、後に何者かによって「5」月と書き換えられたのかが、本件における大きな争点であるが、当裁判所は、本件小切手は振出日白地で振り出され、後に「昭和六三年五月三〇日」と補充されたものであると認定する。その理由は次のとおりである。
2(一) 控訴人の本人尋問の結果及びこれにより成立の認められる甲第一九号証によれば、被控訴人は、原審第一回口頭弁論期日に被告本人として出頭し、担当裁判官から本件小切手の成立の認否を問われた際、振出日について「ブランクでした。私は、よくわからない。」と述べたことが認められ、本件の書証目録の認否欄にも甲第一号証の一の認否として「振出日不知、その余認」と記載されていることが認められる。これらの事実からすると、被控訴人は、右期日においては、本件小切手を振出日白地で振り出したことを認めていたものとみるべきである。被控訴人は、本人尋問において、ブランクという言葉を用いたことは認めながら、「私には、ブランクで何もわからない。そういう小切手を振り出したことはない。」と答えたものであり、振出日は一月と記載したのに、現在は五月になっていて、間が開いているという意味でブランクという言葉を使ったものであると供述するが、右のブランクという発言をそのような意味に理解するのは到底困難であり、言い逃れとしか思えない。仮に被控訴人の発言が右文言どおりであったとすると、「自分は振出日をブランク(空白)のまま振り出したので、現在このような記載になっている事情は分からない。このような振出日の記載のある小切手を振り出したことはない。」という意味に理解するのが自然であり、これが前記書証目録の記載にも一致するものである。控訴人の弁解は不自然で採用し難い。
(二) 被控訴人は、本件小切手の「5」月の数字が一見して不自然であり、「1」月と書いてあったものを、後に「5」月に書き換えたことが明らかであると主張する。確かに、「5」の数字が他の数字と比べて少し下に下がっており、「 」の部分がやや長く書かれていて、よく観察すると、「 」の終筆部でボールペンが紙を離れており、いったんは、「 」と書いた上で「 」と「 」の部分を書き加えて「5」としたものと認められる。しかしながら、甲第一号証の一をさらに子細に観察すると、「5」の数字の「 」以外の部分と「 」の部分との間、あるいは本件振出日欄に記入された他の数字との間で筆圧や色、字体に特に相違がなく、全く別の機会に書いたというより、いったん「1」と書こうとして「5」に訂正したとみてもおかしくないこと、並びに「5」の数字を含めた本件振出日欄全体の字と他の金額欄等の字を比べると、被控訴人が振り出した時点で記入したことを認めている金額(漢数字、算用数字ともに)及び署名の字と本件振出日欄に記入された数字とでは筆圧や線の太さが違っていることが認められる。そのうえ、弁論の全趣旨により原本の存在が認められ、その署名は甲第一号証の一中の被控訴人の署名と比べると同一人の筆跡によるものと認められ、しかも、その体裁からして全体を同一人が同一の機会に書いたものと認められるので、全部被控訴人が書いたものと推定される甲第七号証中の日付の数字と比べると、本件振出日欄の「6」、「3」、「0」の数字は相当異なっていることが認められる。これらの事実は、振出日欄の数字は被控訴人が本件小切手を振り出したときに記入したものではなく、そもそも被控訴人の手によるものでもないことを示している。
(三) 被控訴人は、本件振出日欄にはもともと「1」月と記載されていたことを証する書証として、株式会社日商松井代表取締役松井治義作成の乙第二号証を提出する。しかしながら、同証の上部にある本件小切手のコピーは、甲第一号証の一と比べると、「1」の数字の上部が本件振出日欄の「5」の数字中の「 」の上部と違っていること、また、乙第二号証の小切手のコピーの印刷文言のうちの「上記の金額」の「上」の左側、「持参人」の「持」の字、「振出日」の「振」の字、「拒絶証書不要」の「絶証書」の字の部分等には本件小切手が呈示されたときに押された交換印やその消印等の一部が見えることが認められ、これらの事実からすると、乙第二号証は、支払呈示後の本件小切手(甲第一号証の一)のコピーの交換印等や振出日欄の「5」の上に紙を貼るなどの工作を加えて作った別のコピーを用いて、あたかも本件振出日欄の月欄に「1」と記載してある本件小切手が過去に存在したことを示すような書証として作り上げたものであることが明白である。そして、右のような工作をしたのが被控訴人であるか松井であるかを明らかにする直接の証拠はないが、本件小切手の原本は控訴人が所持しているものであり、松井と控訴人との間に特別のつながりがあることを窺わせる何らの証拠もないから、乙第二号証にあるコピーの元になったもの(すなわち、交換印やその消印等がすでに押捺されたもの)は被控訴人が所持している甲第一号証の一の写し(ちなみに、本件記録中の郵便送達報告書によれば、甲第一号証の一の写しは被控訴人が直接受領していることが認められる。)を利用したものとみるほかないこと、第三者にすぎない松井が被控訴人から右写しを受け取り、これに頼まれもしないのにわざわざ前記のような工作を施して証明書を作成するなどということは考え難いことからすると、この工作には被控訴人が何らかの形で関与している疑いがある。いずれにせよ、乙第二号証は、本件振出日欄の記載を判断するについては証明力皆無の書証であるといわなければならない(原判決は、その理由説示からしても、右書証に相当の重きを置いたことが認められる。このような悪質な工作をして文書を作成することは、裁判を誤らせる恐れがあるものとして厳しく糾弾されて当然であり、少なくとも、このような文書を書証として提出した(被控訴人自身は、自分が振り出した小切手のコピーであるから、乙第二号証のコピーの異常に気がつかないとは思えない。)被控訴人の供述の信用性を疑われることになっても止むを得ないところである。)。
(四) 被控訴人は、本人尋問において、本件小切手等の小切手帳の「耳」に振出日等を記載しており、これを、本訴係属後の平成元年一月二〇日ころまで保管していたが、その後紛失したと供述する。しかし、すでに弁護士である訴訟代理人がつき、振出日の記載を否認する答弁をした後にこのような重大な証拠を紛失するというのもにわかに信じ難いところである。
(五) 控訴人本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一三号証によれば、本件小切手に現に記載されている振出日である昭和六三年五月三〇日の直前の二八日に、華山義雄なる者が被控訴人から依頼されたとして、控訴人に対し、本件小切手の支払を一月猶予してほしい、その代わり四割の損害金を支払うと申し入れたことが認められ、これも当時は本件小切手の振出日が現在の記載どおりに扱われていたことを示すものといえる。
三1 右事実によれば、控訴人は、当初振出日白地で振り出され、後に現在の記載である「昭和六三年五月三〇日」と有効に補充された持参人払式小切手である本件小切手を所持しているものというべきである。
2 被控訴人は、本件小切手は、訴外谷津が株式会社佐藤商事振出の約束手形を松井から割り引いてもらう際、右債務を保証する趣旨で振り出したものであるが、右約束手形が満期に決済されたため、本件小切手は被控訴人に返還されることになった、しかし、右返還を依頼された根本が本件小切手は破いたと称して被控訴人に返還しなかったものであって、控訴人はこれを知り、もしくは重過失で知らずに、無権利者である根本から右小切手を取得したものであると主張し(控訴人が本件小切手を無権利者である根本から支払呈示期間後に取得したとの主張が理由がないことはすでに明らかである。)、被控訴人は右主張に副う供述をする。しかし、単に駐車場にベンツを置かせていたにすぎず、特に取引関係もない(被控訴人本人尋問の結果による。)根本に金額一〇〇〇万円もの本件小切手を受取りにいってもらい、しかも、破棄したからと言われて単純に信用したということなどに疑問の点があるほか、仮に本件小切手が控訴人の手に渡るについて被控訴人主張のような経緯があったとしても、控訴人本人は、控訴人は、昭和六三年四月一六日知人の大谷と同道してきた不動産ブローカーの根本から、本件小切手を割り引くよう頼まれ、いったんは断ったが、根本から、新興タクシーの会長であり、控訴人自身も金持ちであることを知っていた被控訴人とともに不動産の仕事をしていて、何千万円もの利益が期待できるので、出資するよう勧められたので、根本に被控訴人宅に電話をさせ、振出の確認をしたうえ、根本及び大谷に本件小切手に裏書をさせて、当日及び同月一八日の二回に分けて根本に本件小切手を担保に金を貸し付けた旨を供述しており、控訴人本人尋問の結果により成立を認めることができる甲第二、第三号証に照らして、この供述も一概に排斥できないと考えられることからすると、控訴人が根本が無権利者であることを知り、または重大な過失により知らずに本件小切手を取得したものとはいまだ認め難いものといわなければならない。被控訴人は、それまで面識がない不動産ブローカーである根本からの法外な話を信用し、しかも書面も作成していないのは不自然であるとか、不動産の仕事の報酬ないし手数料を先日付小切手で支払ったかにつき被控訴人に確認をしなかったのはおかしいなどと主張し、それはそれでもっともな点がないではないが、だからといって被控訴人の主張するような事実の証明があったとすることはできず、被控訴人の主張は採用できない。また、控訴人本人の供述によっても根本らに渡した金員の出所が必ずしも明らかでないのは被控訴人のいうとおりであるが、この事実を考慮しても、前記判断を覆すに足りない。
四 以上によれば、本件小切手金一〇〇〇万円及びこれに対する支払呈示の日である昭和六三年六月一日から完済に至るまで小切手法所定年六分の割合による利息の支払いを求める控訴人の本訴請求は理由があり、認容すべきである。
よって、これと結論を異にする原判決を取り消し、控訴人の請求を認容
(裁判長裁判官 上谷清 裁判官 滿田明彦 高須要子)