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東京高等裁判所 平成3年(ネ)738号 判決 1991年11月12日

控訴人(原告) 芳賀忠

被控訴人(被告) 株式会社日経ビーピー

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、「日経ギフト」(被控訴人標章(一))、「NIKKEI GIFTS」(被控訴人標章(二))なる標章を雑誌に付し、又は被控訴人標章(一)、(二)を付した雑誌を販売、頒布してはならない。

3  被控訴人は、その占有する前項記載の雑誌から「ギフト」、「GIFTS」の文字部分を抹消せよ。

4  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨の判決

第二事案の概要

事案の概要は原判決第三頁第七行(知裁集二三巻一号八三頁一六行目)ないし第四頁第九行(同上、八四頁九行目)記載のとおりであるから、これをここに引用する。

第三当審における当事者の主張

一  控訴人

1  「日経」又は「にっけい」という語が取引者又は需要者(以下「取引者等」という。)の注意を強く引き、後に続く単語を修飾し、それを使用した雑誌が株式会社日本経済新聞社(以下「訴外会社」という。)又はその関連会社が刊行したものであることを示すなどということはない。このような認識は、その一部に「にっけい」と称呼される部分を含む商標は、全て訴外会社又はその関連会社が刊行したものであることを前提とするものであるところ、他に、「日経誌」の文字を縦一列に構成した登録第四八一九〇〇号商標、「全日警」の文字を横一列に構成した登録第二二九九五八一号商標、「株式会社全日警」の文字(「全日警」の部分を大きく表示している。)を横一列に構成した登録第七九二〇三六号商標、「株式会社大日警」の文字(「大日警」の部分を大きく表示している。)を横一列に構成した登録第一二四七六八四号商標、「日経研」の文字を横一列に構成した登録第一二五五七八九号商標等その一部に「にっけい」と称呼される部分を有する商標が存在し、更にその中には、「日経」の文字そのものがその商標中の最も重要な部分として構成されている商標も存在するのである。

このように、第三者の登録商標中に「にっけい」と称呼される部分を含む商標や「日経」の文字そのものを含む商標が存在することは、「日経」の文字や「にっけい」と称呼される部分を含む商標は、全て訴外会社又はその関連会社が刊行したものを示すものではないことを端的に示しているものである。

したがって、原判決にみられる右の認識はその前提から誤っているものというべきである。

2  被控訴人が被控訴人標章(一)、(二)(原判決における被告標章(一)、(二))の使用を開始して以来、控訴人経営の会社には「日経ギフト」と控訴人経営の会社が発行する「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」とを混同した通知や問い合わせが数多く寄せられている。

そこで、事態を重視した控訴人は、この実態を明らかにするために、平成三年四月一五日に一六〇〇通のアンケート用紙を「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」の定期購読者に郵送してアンケート調査を行ったところ、三七四通の回答を得たが、その結果は次のとおりである。

(一) 「日経ギフト」を知っており、「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」と混同したことがあるとの回答は一一二通で、回答全体の二九・九パーセントを占めている。

(二) 「日経ギフト」は知らないが、「日経ギフト」を見れば「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」の姉妹編と思うとの回答は四九通で、回答全体の一三・一パーセントを占めている。

(三) 「日経ギフト」は知らない。「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」と混同するかどうかわからないとの回答は五五通で、回答全体の一四・七パーセントを占めている。

(四) 「日経ギフト」を知っており、「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」と混同したことはないとの回答は一一八通で、回答全体の三一・六パーセントを占めている。

(五) 「日経ギフト」は知らないが、「日経ギフト」を「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」の姉妹編とは思わないとの回答は四〇通で、回答全体の一〇・七パーセントを占めている。

このように、「日経ギフト」と「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」とを混同するとの回答((一)、(二))は四三パーセントを占めるのに対し、「日経ギフト」と「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」とを混同しないとの回答((四)、(五))は、四二・三パーセントを占める。

右のとおり、「日経ギフト」と「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」とを「混同する」とする回答と「混同しない」とする回答は約半々である。この種の雑誌における読者層の約半数の人々が混同すると回答している事実は、本件の判断においても重視されてしかるべきであり、被控訴人標章(一)、(二)は本件登録商標(一)、(二)に類似するものというべきである。

3  訴外会社又はその関連会社は、これまで特許庁に対し「日経」と他の語「○○○」を結合させた多数の「日経○○○」の商標について商品区分第二六類とする商標登録出願を行ってきたが、特許庁審査官は一三例の審査例(甲第二〇、第二九ないし第三三号証の各一ないし六、第二一、第二二、第二八及び第三八号証の各一ないし五、第三四、第三六号証の各一ないし四、第三五号証の一ないし七)について、いずれも「日経○○○」と構成した商標と「○○○」からなる商標は類似の商標であるとの理由により商標登録出願の拒絶査定をしており、このことからも被控訴人標章(一)と本件登録商標(一)、(二)は類似すると考えるのが妥当である。

二  被控訴人

1  控訴人が主張する「にっけい」と称呼される部分を含む商標のうち、雑誌を指定商品としているのは、「日経誌」と「全日警」だけである。

そして、「日経誌」という商標権は、昭和五一年五月二六日、期間満了により消滅している。また、「全日警」の商標の出願人である株式会社全日警は、企業警備等を目的とする会社であり、雑誌出版を目的とはしていない。

したがって、「日経」という語の著名性から「日経」又は「にっけい」という語が取引者等の注意を強く引き、後に続く単語を修飾し、それを使用した雑誌が訴外会社又はその関連会社が刊行したものであることを示すものということを妨げない。

2  仮に「日経ギフト」と「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」とが誤認混同されるとしたら、それは、控訴人側の行為に原因があるといわざるをえない。すなわち、控訴人経営の会社が発送したダイレクトメールの封筒や購読申込書が先に被控訴人が発送したダイレクトメールにおけるそれらとそっくりであるが、これは控訴人経営の会社が被控訴人の作成したダイレクトメールを真似したものであり、このような控訴人側の行為が誤認混同の原因になっているのである。

控訴人が実施したアンケート調査は公平でなく、内容も不明確であり、本件に関して意味を持つものではない。

まず、アンケートは「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」の購読者及びスポンサーを対象になされたもので、これらの雑誌をよく知っている人だけが対象となっており、公平なアンケートとはいえない。

また、アンケートをとるにあたり、「「日経ギフト」の表題が「月刊ぎふと」や「月刊GIFT」と紛らわしいか否かについて係争が続いている」旨を記載しているが、「紛らわしい」とあるところから、アンケートを実施している者が「紛らわしい」と主張しているであろうことは、容易に理解され、回答する者が実施者に迎合的な回答をするであろうことは、容易に想像ができるところである。

また、アンケートは、「日経ギフト」を知らないと答えた者に対してその雑誌を見たときの答えを求めているが、これはどういう状況を考えているのか意味不明である。

更に、アンケートは「日経ギフト」と「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」と混同したことがあるかどうかを問うているが、「混同」の意味が不明であり、どのような事態が発生したのか理解できない。混同したという人の理由から判断しても、「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」と思って「日経ギフト」(その購読者の大部分が予約購読である。)の購読申込をした人がいるとは考えられない。

3  控訴人が訴外会社又はその関連会社がこれまで特許庁に対し商標登録出願した「日経○○○」について拒絶査定がなされた審査例として挙げた一三例のうち七例(甲第二九、第三一ないし第三六号証に係る商標)については、拒絶査定後審判により出願公告がなされており、そのほか被控訴人が現在発行している雑誌についてもこれを指定商品として多数の商標登録がなされている。したがって、特許庁の審査例を理由に被控訴人標章(一)と本件登録商標(一)、(二)は類似するという控訴人の主張は理由がない。

第四証拠関係<省略>

第五争点に対する判断

一  本件登録商標(一)、(二)及び被控訴人標章(一)、(二)の構成、被控訴人標章(一)、(二)の使用態様、被控訴人の設立以来の歴史及び業務内容、被控訴人が刊行した雑誌並びに登録商標「日経」の周知性については、原判決第四頁末行(同上、八四頁一一行目)ないし第八頁第七行(同上、八六頁二行目)記載のとおりであるから、これをここに引用する。

右認定事実及び成立に争いのない乙第三〇四号証によれば、被控訴人が刊行している「日経○○○」との題号の雑誌は、それぞれ相当の発行部数に達していることが認められる。

また、成立に争いのない甲第二号証、第三号証の一ないし四、第四号証の一ないし一九六、第五号証の一ないし八四によれば、控訴人経営の株式会社ビジネスガイド社は、その発行しているギフト関係の月刊の新聞、「月刊ぎふと」及び「月刊GIFT」に本件登録商標(一)、(二)を原判決添付原告使用標章目録記載の態様で使用していることを認めることができる。

二  そこで、被控訴人標章(一)、(二)と本件登録商標(一)、(二)との類否について判断する。

商標の類否は、当該標章が付された商品の取引者等が通常払う注意力を基準として、当該標章の全体を観察してなされるべきであるが、全体としての一体性が弱く、付加的と認められる部分等は取引者等の注意を引かないのが通常であるから、これを除外し、その要部、すなわち取引者等の注意を引きやすい部分を把握し観察した場合、両標章が相紛らわしいためこれを付した商品取引においてその商品の出所について混同を生じるおそれがあるか否かにより判断すべきである。

1  まず、被控訴人標章(一)について検討すると、同標章は「日経」と「ギフト」の語から構成されているものであるが、前一認定のとおり、「日経」の語は、被控訴人の親会社である訴外会社が有する登録商標であり、同社又は同社が発行する日本経済新聞の略称として、経済人のみならず一般人の間でも広く知られており、また、被控訴人は、昭和四四年以降、「日経」またはその仮名表示である「にっけい」の語とそれに続く「ビジネス」、「エレクトロニクス」等雑誌の内容を表す普通名詞等の単語とを結合した造語を題号とする雑誌を多数刊行してきており、それぞれの雑誌の発行部数も相当の数に達しているものである。

右のことからすると、「日経」の語は、「日経○○○」のように他の語(一般的には企業活動に関係する語)と結合した標章として雑誌に用いられるときは、訴外会社又はその関連会社が刊行したものであることを表す語として取引者等の注意を強く引くとともに、それに続く語と一体となって、訴外会社又はその関連会社が刊行した当該語に関連する内容の雑誌であると一般に認識されているものと認められる。

一方、「ギフト」の語は、「贈り物」を表す平易な語で、「ギフト券」、「ギフトショップ」、「ギフトコーナー」などとして、商品流通に関連して日常生活において通常に使われている語であるが、この語は、右のように他の語と結合して用いられるのが通常であって、この語のみ単独で用いられることの少ないことは、当裁判所に顕著な事実である。

以上のことからすると、被控訴人標章(一)は、「日経」と「ギフト」とを分離して、観察され、観念及び称呼されるものではなく、その全体が要部であって、「日経ギフト」というように一体となって、日経のギフト(贈り物)と観念され、ニッケイギフトと一連に称呼されるものと認めることができる。

2  以上のことは、被控訴人標章(一)の「日経ギフト」を英文字で表した被控訴人標章(二)についてもあてはまるものであって、「NIKKEI GIFTS」の全体が要部となり、日経のギフト(贈り物)と観念され、ニッケイギフトと一連に称呼されるものである。

3  なお、控訴人は、「日経誌」、「日経研」、「全日警」などの商標を挙げ、訴外会社又はその関連会社の商標でなくても、「日経」の語や「にっけい」と称呼される部分を含む商標は存在するとして、「日経」や「にっけい」の語が全て訴外会社又はその関連会社が刊行したものを示すことにはならないと主張する。

勿論、雑誌に使用される「日経」の語や「にっけい」と称呼される部分を含む商標の全てが訴外会社その関連会社の刊行したものを示すということができるものでないことは当然であるが、前認定の事実から、「日経○○○」のように「日経」の語が冒頭に使われた商標にあっては、その語や「日経○○○」のように構成された商標の著名性のゆえ、取引者等は、一般的に、訴外会社又はその関連会社の刊行したものと認識するものと認められるのであるから、他に「日経」の語や「にっけい」と称呼される部分を含む商標があることは、これらの現実の使用態様がどのようなものであれ、「日経」の語が訴外会社又はその関連会社が刊行したものであることを示す語として取引者等の注意を強く引くとともに、それに続く語と一体となって、訴外会社又はその関連会社が刊行した当該語に関連する内容の雑誌であると一般に認識されていると認めることの妨げにはならないというべきである。

4  一方、本件登録商標(一)は「GIFT」が、本件商標(二)は「ギフト」がそれぞれその要部となり、それぞれ「贈り物」と観念され、ギフトと称呼されるものであることはいうまでもない。

そうだとすると、被控訴人標章(一)、(二)と本件登録商標(一)、(二)とはそれぞれ外観を異にすることはその構成から明白であるだけでなく、観念及び称呼を異にするものであり、これを同一または類似の商品に使用しても相紛れることはなく、その商品の出所について混同するおそれがないから類似しないものというべきである。

5  これに対し、控訴人は、控訴人が実施したアンケートにより、「日経ギフト」と「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」とは混同されやすいという結果が出たとして、被控訴人標章(一)、(二)と本件登録商標(一)、(二)は類似するものであると主張する。

確かに、成立について争いのない甲第三七号証によれば、控訴人がその主張するアンケート調査を実施し、その主張する結果が出たことを認めることができる。

しかし、同証拠によれば、右のアンケート調査は、「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」の定期購読者及びスポンサーに対し、「日経ギフト」と「月刊ぎふと」や「月刊GIFT」とが紛らわしいか否かをめぐって係争中であると前置きした上でなされたものであることが認められるが、それにより、回答者が、その紛らわしさの有無につき予断をもって判断して回答した可能性も否定できないところであり、アンケートの実施方法の公正さについては疑問を入れる余地があるところである。また、同証拠によれば、混同についての調査は、「日経ギフト」を見たとき「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」と混同したことがあるか否かを「ある」、「ない」で回答させるもので、その混同の具体的な状況、態様は明らかになっていないことが認められ、アンケートの明確性についても問題のあるところである。

したがって、右アンケートの結果をもって、直ちに、取引者等が「日経ギフト」と「月刊ぎふと」又は「月刊GIFT」とを混同し、誤って購読申込等をするおそれがあると結論づけることはできない。

よって、右アンケート調査の結果は、被控訴人標章(一)、(二)と本件登録商標(一)、(二)とは相紛れるところはなく、類似するものではないとの前示判断を何ら左右するものではないというべきである。

また、訴外会社又はその関連会社がこれまで特許庁に対し商標登録出願した「日経○○○」のうち控訴人主張の一三例について「日経○○○」と構成した商標と「○○○」からなる商標は類似の商標であるとの理由により商標登録出願の拒絶査定がなされたことは当事者間に争いがない。

しかし、成立に争いのない乙第二六九ないし第二七一号証及び弁論の全趣旨によれば、前記一三例のうち数例については既に拒絶査定に対する不服の審判手続において出願公告がなされていることが認められるから、特許庁の審査、審判の事例に基づいて直ちに被控訴人標章(一)と本件登録商標(一)、(二)は類似するとはいえないのみならず、そもそも当裁判所の前記類否判断は特許庁の審査審判実務によって何ら影響を受けるものではないから、控訴人の右主張は採用できない。

三  以上のとおり、被控訴人標章(一)、(二)と本件登録商標(一)、(二)とは類似しないものであり、これらが類似するとして被控訴人標章(一)、(二)の使用差止等を求める控訴人の請求は理由がなく、これを棄却した原判決は正当である。

第六結論

よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹田稔 春日民雄 佐藤修市)

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