東京高等裁判所 平成3年(ラ)260号 決定 1991年6月28日
抗告人 日本教育開発株式会社
右代表者代表取締役 横山周平
右代理人 支配人 上杉陽光
相手方 有限会社 中島化粧品店
右代表者代表取締役 中島芳雄
右訴訟代理人弁護士 斉藤正義
同 苦田文一
主文
本件抗告を棄却する。
理由
一 本件抗告の趣旨及び理由は別紙即時抗告状に記載のとおりである。
二 そこで検討するに、一件記録によれば、相手方(原告)・抗告人(被告)間の本件訴訟事件は、相手方代表者が抗告人の従業員である前田精一郎の不法行為(前田が相手方代表者に対し、「抗告人の営む教導塾に加盟し、相手方所有の本件建物の三階部分において、抗告人の指導の下に学習塾を経営すれば、多額の収入が得られる。」旨の虚言を弄したので、これを誤信した相手方代表者は、前田から加盟金名下に金三七〇万円騙取され、同額の損害を受けたこと)を理由に、民法七一五条一項により、使用主である抗告人に対しその損害の賠償を請求するものであること、右加盟契約には、右契約に関して万一紛争が生じた場合は、抗告人の本店所在地を管轄する広島地方裁判所を専属的合意管轄裁判所とする旨の約定(加盟契約書第二四条)が存在することが認められる。
三 本件訴訟は不法行為を理由とする損害賠償請求事件ではあるが一件記録によれば、相手方の主張する抗告人の不法行為の具体的内容の中心は、抗告人は相手方との間に加盟店契約を締結させるにあたり、真実は適当な講師の派遣などできないにもかかわらず、厳しい試験をパスした優秀な者を多数確保しており、その中から派遣すると説明して相手方を誤信させ、抗告人は相手方の再三にわたる要請にもかかわらず講師の派遣をせず、結局最初から教導塾の開校は不可能になったというもので、本件不法行為も前記加盟店契約に関する紛争の範囲内にないとはいえない。
四 しかしながら、専属的管轄の合意のある事件が専属的合意管轄裁判所と異なる法定管轄裁判所に提起された場合であっても、その専属的合意管轄の定めをした経緯、合意した書面の形式・内容などから当事者が専属的合意管轄の訴訟法上の意味、内容を十分了解のうえ合意に至ったという場合は別として、右事件を専属的合意管轄裁判所に移送すると著しい損害または遅滞を生ずる虞れがある場合には、当該裁判所は、著しい損害または遅滞を避けるため、専属的合意管轄裁判所に移送することなく、審理することが許される、と解するのが相当である。なんとなれば、専属的管轄の合意はしばしば約款または契約書の一部としてなされ、不利益を受ける当事者が専属的合意管轄の意味を良く理解しないまま管轄の合意がなされることは稀ではなく、このような場合で一般契約者が遠隔地に居住するような場合は、時には事実上訴訟による権利実現を困難とならしめる結果となり、相手方に一方的に不利益を強要する不公平な合意として、このような結果を是認することは、他に特段の合理的理由がある場合は別として、訴訟の遅滞と並んで、公益上の要請に反することとなるというべきだからである。
これを本件についてみるに、相手方は、本件加盟店契約に調印する際は、専属的合意管轄条項の意義についての知識もなく、本件提訴の際弁護士に指摘されてはじめてその重大な意味を知ったと主張しているところ、本件合意管轄条項の例文的な記載の形式・内容から無理からぬ面があり、更に相手方主張の不法行為については不正行為を行ったとされる者は抗告人の東京支社の社員であり、事件関係者はこの他相手方代表者や配偶者、生徒やその保護者などが予想されるが、いずれも相手方住所地近辺の者と考えられ、本件を広島地方裁判所で審理することになれば、相手方に著しい損害を生ずる虞れがあるというべきであり、また遅滞の虞れも否定し難く、これを回避するためには浦和地方裁判所熊谷支部で審理するのが相当であり、他方抗告人の側において本件訴訟を広島地方裁判所で審理しなければならない特段の必要性は見出し難い。
五 してみると、本件移送の申立はこれを却下するのが相当であって、右と同一の結論に出た原決定は結局正当であり、本件抗告は理由がないから棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 吉野衛 裁判官 松岡靖光 豊田建夫)
<以下省略>