東京高等裁判所 平成3年(ラ)351号 決定 1991年12月11日
抗告人
丸山鐐嗣
右代理人弁護士
鶴田和雄
相手方
花藤商事株式会社
右代表者代表取締役
花輪驍
主文
一 原決定をいずれも取り消す。
二 別紙物件目録記載の各不動産に対する抗告人の金一五一二万円の買受申出について売却を許可する。
理由
一抗告人は、主文同旨の裁判を求め、その理由とするところは、別紙「執行抗告状」及び「抗告理由補充書」記載のとおりである。
二当裁判所の判断
1 本件記録によれば、次の事実が認められる。
(1) 原裁判所は、別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)について、平成三年三月二七日売却実施命令をし、入札期間を同年五月九日から同月一六日まで、開札期日を同月二三日午前一〇時と定め、所定の期間入札の通知及び公告をした。
(2) 原裁判所執行官は、右開札期日において、原裁判所裁判所書記官の立会いの下で入札書を開札したところ、抗告人の金一五一二万円の、所有者の金一一六五万円の、相手方の金二七一〇万円の各入札があったが、相手方の入札書にはその代表者の資格証明書の提出がなかったことからその入札を無効であるとしてこれを除外し、抗告人を最高価買受申出人と定めた。
(3) 相手方の納入した保証金は、一旦同人に返還されたが、相手方は、本件競売の申立債権者であり、申立当時その代表者の資格証明書が原裁判所に提出されていたことから、原裁判所は、相手方に対して買受け及び保証金の納付の意思の有無を照会し、相手方は、同照会に応じて、売却決定期日までに原裁判所に保証金と同額の金員の納付をした。
原裁判所は、右事実関係の下において、相手方の代表者についての民事執行規則三八条三項に定める資格証明書の提出があったものと同視し、相手方を本件不動産の最高価買受申出人とすべきところを、執行官が一件記録中にある資格証明書を看過し、資格証明書の提出がないことから相手方の入札を無効とし、抗告人を最高価買受申出人と定めたのは、売却手続についての重大な誤りであるとして、抗告人の買受申出については売却を不許可とし、さらに、相手方を適正な最高価買受申出人と認めて、同人の買受申出について売却を許可する決定をした。
2 しかしながら、原裁判所の右判断は、これを是認することができない。その理由は、次のとおりである。
民事執行規則三八条三項が、法人である入札人に代表者の資格証明書の提出を求めているのは、入札をした法人の存在とその代表権限をこれによって証明させ、もって売却に瑕疵がないことを期するためである。
そして、当該競売事件の当事者(債務者を除く。)にも買受申出の適格があることや先行した売却の手続において買受けの申出をした者がのちの売却につき再び買受けの申出をすることも可能であること等を考慮すれば、買受申出人中には既に執行裁判所に資格証明書を提出済みである者もあり得るところであり、このような者には、買受申出に当たって再び資格証明書を提出させる必要はないようにもみえる。
しかし、その提出義務を定めた前示民事執行規則三八条三項については、例外として提出義務を負わない場合についての規定が存在しない。したがって、一旦その提出をした者については、重ねてこれを提出することを要しないものと解することは、右規定の文理に反するばかりではなく、以下に述べるように、実質的にも相当ではないものというべきである。
すなわち、不動産競売事件においては、執行官は、その手続に終始関与する地位にはなく、執行裁判所の命ずるところにより、手続の一部である現況調査や売却等を担当することがあるにすぎない。したがって、執行官は、これらを命じられた場合においても、当該不動産競売事件手続の経過や内容を当然に知っているわけではなく、その記録を通じてこれを知りうる立場にあるにすぎない。
そこで、競売の手続上既にその文書を提出している者については、買受申出に当たって、再度その提出を要しないものとすると、資格証明書の提出をしないで買受申出をした法人があった場合には、執行官は、その都度競売記録を精査してその文書の提出がなされているかどうかを確認することを要することとなる。そのような確認をすること自体が困難な事務であるとはいえないけれども、その確認に誤りがあった場合の手続に対する影響や責任を考えると、その作業は慎重に行わざるをえないから、常にその確認を要するものとすると、売却手続の簡易迅速な進行を妨げ、手続の安定を害するおそれがある。
しかも、代表権限の存否に関する判断をより確実にするためには、法人である入札人にその代表者のできるだけ新しい資格証明書を提出させることが望ましく、この観点からも、一旦資格証明書を提出した法人についても、入札をするに当たっては、新たな資格証明書を提出させるのが相当である。そして、他の必要から一度資格証明書を提出した者に、入札に当たって再度その提出を求めても、事柄の性質上入札人に不当な負担を強いるものということはできない。
これを反面からいえば、資格証明書につき、提出済みであるかどうかにかかわらず一律に提出を要するものとすることは、売却の事務を簡素化するとともに、競売手続の安定に資するものであり、その意味において、そのような画一的な取扱いをすることこそが、不動産競売手続の目的に沿うものということができるのである。
これを本件についてみると、入札人である相手方は本件不動産競売事件の申立債権者である法人であって、その資格証明書が執行裁判所に既に提出されているけれども、そうであっても入札に際しては、改めてその資格証明書を提出すべきであり、したがって、その提出をしないでした相手方の入札は不適法であって無効というべきである。
3 そうすると、相手方の入札につき、民事執行規則三八条三項に定める資格証明書の提出があったものと同視し、これを前提として、抗告人の買受申出について売却を不許可とし、相手方の買受申出について売却を許可した原決定は、不当であって、この趣旨をいう抗告人の本件抗告は理由があり、原決定は、取り消しを免れない。
そして、右説示に徴すれば、原裁判所執行官が抗告人を本件不動産の最高価買受申出人と定めたのは正当であり、本件記録を精査しても、抗告人のした本件不動産に対する金一五一二万円の買受申出についての許可を妨げるべき事情は認められないから、抗告人の右買受申出を許可すべきである。
よって、民事執行法七四条四項、民訴法四一四条、三八六条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官橘勝治 裁判官小川克介 裁判官南敏文)
別紙物件目録
一 所在 甲府市寿町
地番 四三番六
地目 宅地
地積 72.89平方メートル
二 所在 甲府市寿町四三番地六
家屋番号 四三番六の二
種類 居宅
構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺
二階建
床面積 一階52.17平方メートル
二階36.43平方メートル
別紙執行抗告状
抗告人 丸山鐐嗣
上記代理人弁護士 鶴田和雄
抗告の趣旨
原決定を取消し、抗告人に対する売却を許可し、花藤商事株式会社に対する売却を不許可とする。
旨の裁判を求める。
抗告の理由
資格証明書を添付しないでした花藤商事株式会社の入札の申出は不適法で無効であり、この無効は不動産競売申立書に資格証明書が添付されているからといって――入札申出の時点での資格の有無を確認することはできないので――治癒されるものではない。抗告理由の詳細は、追って提出する。
平成三年六月四日
抗告代理人弁護士鶴田和雄
東京高等裁判所民事部 御中
別紙抗告理由補充書
抗告人 丸山鐐嗣
上記代理人弁護士 鶴田和雄
記
1 民事執行規則四九条で準用する同規則三八条三項は、「法人である入札人は、代表者の資格を証する文書を執行官に提出しなければならない」と規定し、競売申立債権者等をこれから除外する如き例外規定は設けられていない。
2 そもそも同規則が資格証明書の提出を義務づけているのは、入札人の代表者にその資格があるか否かを審査するためであり、この場合三か月以内の資格証明書とすることが慣行となっており、この点からも競売申立時の資格証明書をもって代えることは不適法である。
3 花藤商事株式会社に「入札における資格証明書がない」ことは明らかであり、執行官も「一件記録の中に資格証明書あるのにこれを看過し」(原決定理由二)たものではなく、売却手続に誤りはなかったと言うべきである。
4 よって、原決定が取り消されるべきは明らかである。
平成三年六月一二日
抗告代理人弁護士鶴田和雄
東京高等裁判所民事部 御中