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東京高等裁判所 平成3年(ラ)519号 決定 1992年3月06日

抗告人 共同抵当証券株式会社

右代表者代表取締役 慶徳哲男

右代理人弁護士 高井章吾

同 杉野翔子

同 藤林律夫

同 尾崎達夫

主文

一  原決定中、抗告人の申立てを却下した部分を取り消す。

二  本件競売申立事件中、右取消しに係る部分を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「1 原決定主文第二項を取り消す。2 別紙執行抗告状添付担保権・被担保債権・請求債権目録記載2(1) 及び(2) の債権の弁済に当てるため、同目録記載1の抵当権に基づき、同物件目録記載の不動産について担保権の実行としての競売手続を開始し、債権者のためこれを差し押える。」旨の裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙執行抗告状(写し)の「抗告の理由」及び平成三年七月二五日付執行抗告理由書(写し)記載のとおりである。

二  本件記録によれば、次の事実が認められる。

1  抗告人は、平成三年六月一九日、原裁判所に対し、本件不動産競売申立書記載の抵当権に基づき、同申立書添付担保権・被担保債権・請求債権目録記載の債権の弁済に充てるため、同物件目録記載の不動産について抵当証券の発行された抵当権の実行として不動産競売の申立てをし、付属書類として抵当証券三〇通、不動産登記簿謄本三通並びに金銭消費貸借及び抵当権設定契約証書、「和議開始決定のお知らせとお願い」と題する書面及び和議開始決定の各写し、その他の書類の提出した。不動産競売申立書添付の担保権・被担保債権・請求債権目録の記載は別紙のとおりである。

2  これに対し、原裁判所は、平成三年七月一一日、原決定添付別紙3の担保権・被担保債権・請求債権目録記載の債権の弁済に充てるため、同目録記載の抵当権に基づき、同物件目録記載の不動産について担保権の実行としての競売手続を開始したが、その余の申立てを却下した。

その理由の要旨は、本件申立ては抵当証券に表示された抵当権に基づくものであるところ、抗告人(債権者)が提出した抵当証券には、元本の弁済期としてそれぞれ確定期限が記載されているが、期限の利益喪失特約の記載はなく、抗告人は抵当証券外の契約書に債務者が和議開始の申立てを受けたときは、元本債権について期限の利益を失う旨の特約の記載があるとの主張は採用することができないというものであり、具体的には、抵当証券に表章された抵当権・債権は抵当権設定契約によって成立した抵当権・債権とは一定の限度で切り離された別個のものであり、この権利の内容は証券上の記載によって定まる(文言証券性)とし、たとえ原始当事者に限っても、抵当証券以外の文書により権利の内容が規定されるという例外を認めることはさまざまな困難が生ずるし、抵当証券法には証券以外の文書の内容により、証券上の権利を債権者に有利に変更することを許容する規定は存在しないから、抵当証券に基づき不動産競売の申立てをした場合には、債権の弁済期が到来したか否かは証券上の記載によって定められるべきである、というのである。

三  当裁判所の判断

1  原裁判所は、本件不動産競売の申立ては抵当証券に表示された抵当権に基づくものであるから、この権利の内容は証券上の記載によって定まるとする。

しかし、抵当証券は、手形のような無因証券ではなく、抵当権設定者と抵当権者間に合意された権利を表章するものであり、原因関係が証券に記載されている有因証券であることは原裁判所も指摘するとおりである。したがって、権利内容も抵当証券上に記載されている文言により定められるのではなく、証券外において約定された実質的内容により決定され(非設権証券)、証券への裏書により原契約関係(原因関係)が譲渡されるものと解せられる。民事執行法一八一条二項では抵当証券の所持人が競売の申立てをする場合には抵当証券を提出しなければならない旨規定しているが、これは所持人が抵当権設定者と抵当権者との間に約定された権利とは別の抵当証券上の記載文言による権利に基づく競売を定めたものではなく、抵当権を行使する方法並びに競売手続中に当該抵当証券が転々として流通することによる混乱を防止するためにその提出が必要とされるに過ぎない。それゆえ、右条項が、抵当証券の発行されている競売の申立てにおいては、抵当証券の記載文言に拘束され、これ以外の原因関係の主張・立証を許されないとする論拠にはならない。

また、抵当証券法一〇条は、抵当証券の発行について異議の催告を受けた者が異議の申出をしなかった場合には異議を申し出るべきであった事由をもって抵当証券の善意取得者に対抗できないと規定していることから、抵当証券に一定の公信力を付与したものであり、ある意味において文言性があるといえる。しかし、このことが抵当権者が抵当権設定者に対し(原始当事者間)証券上に記載のない原因関係上の主張を許さないとする事由にはならない。そもそも、文言性は取引の安全性を図ることにあって、行為者の責任を免れるためのものではないから、抵当証券上の権利と異なる実体法上の権利主張を競売申立人に許さないとする根拠とはなり難い。なお、同法二六条は特約を抵当証券上に記載しないときはその特約をもって第三者に対抗できない旨を定めたに過ぎず、右条項から、抵当証券上に記載されている権利が実体上変更されている場合でも、権利関係は証券上の記載文言に拘束されると解することは無理である。本件においては、競売対象不動産の登記簿には弁済期については確定日時の登記があるのみで、期限の利益喪失の特約は登記されていない。しかし、不動産登記法一一七条は、抵当証券発行の特約があるときは弁済期の定めを登記することと規定しているが、抵当権者が抵当権設定者に対し、原因関係上の弁済期の主張を許さないことまでをも含むものとは到底解することができない。

2  なお、不動産競売の手続について付言する。

抵当権を実行するためには、実体法上は、抵当権と被担保債権が存在すること、さらに、その被担保債権について弁済期が到来していることが必要である。民事執行法は、抵当権実行としての競売申立ての要件として、法定文書の提出をすれば足りるものとしているが、その趣旨は、抵当権の存在については、右文書によってのみ証明することを要するが、その他の実体法上の要件の存否は、右法定文書による証明に係らしめるものではなく(不動産の登記簿謄本には原則として被担保債権の弁済期は記載されておらず、根抵当権では被担保債権額さえ確定していない。)、申立書に記載があれば、その存在等について証明することを要求しないものとしていると解せられる。これは被担保債権の存在、その弁済期の到来及び滌除権者への通知等については、本来抵当権実行のために必要な実体法上の要件ではあるが、債務者、所有者の側からの執行異議等の申立てを待って審理判断することとし、競売申立てにおいては、簡易迅速に競売手続を開始するため単に抵当権の存在を法定文書で証明すれば足りるとしたものと解される。このことは、本件のように法定文書に被担保債権の弁済期が記載されている場合であっても基本的には異ならないというべきであるが、法定文書に弁済期の記載があり、その記載から被担保債権の弁済期が未到来であることが認められる場合には、提出された資料から実体法上の要件が具備していないことが明らかであるから原則として競売の申立ては却下されるべきである。しかし、民事執行法は、弁済期到来という要件については、前記のとおりもともと何らの証明も要求しておらず、また、被担保債権の存否等の抵当権実行のための実体法上の要件の存否については強制競売手続と異なり執行異議手続で争わせ、その手続においては申立てにおける主張・立証の補完訂正を許すこととしているのである。そうであるならば、担保権実行の申立てにおいて、法定文書における弁済期の記載自体から弁済期の未到来が認められるとしても、同時に提出された申立書に添付されている他の資料から、法定文書の記載と異なり失権約款による期限の利益喪失により弁済期の到来が認められる場合には、実体法上の要件が具備していないことが明らかであるとはいえないと解するのが相当である。なんとなれば、法定文書に記載されている弁済期が失権約款により実体上変更され、現に弁済期が到来している以上、競売申立てにより競売の開始決定がなされ手続が進行すべきであるのに、たまたま法定文書の弁済期の記載がこれと異なっていることのみで実体法上の要件が具備していないことが明らかであるとして競売の申立てが却下されるならば、かえって、簡易迅速な競売手続の実現を図るという制度の趣旨に反することとなるからである。法定文書の補完・訂正を許し、主張・立証を認めたとしても、このことが直ちに執行裁判所に対し、実体法上の権利の存否の調査判定、補正命令義務を課したりするものでないことはもとより、執行裁判所の受付事務に過大な負担をかけ、これに混乱をもたらし、ひいては競売手続の簡易迅速性を阻害することになるものとはいえない。

したがって、右のような場合において、申立人が法定文書記載の弁済期が失権約款により実体上変更され、現に弁済期の到来していることを主張・立証したときには、この点に関する法定文書の記載が補正され、弁済期についても不備がないものとして取り扱うのが相当である。

3  そうすると、右と異なる見解で、法定文書以外の文書によって弁済期が実体上到来していることを立証することは許されないとして失権約款による期限の利益喪失について審理することなく競売の申立てを棄却した原決定には法律の解釈を誤り、審理を尽くさなかった違法があるといわなければならない。

四  よって原決定中、抗告人の申立てを却下した部分を取り消し、改めてこの部分について判断させるため、右取消しに係る部分を原審に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岡田潤 裁判官 根本眞 裁判官 安齋隆)

別紙執行抗告状

当事者の表示

別紙当事者目録記載のとおり

執行抗告の趣旨

1 原決定の主文第二項「債権者のそのほかの申立てを却下する。」との部分を取消す

2 別紙被担保債権・請求債権目録2(1) 及び(2) 記載の債権の弁済に当てるため、別紙担保権目録記載の抵当権に基づき、別紙物件目録記載の不動産について担保権の実行としての競売手続を開始し、債権者のためにこれを差押える

との裁判を求める。

執行抗告の理由

1 原審は、被担保債権・請求債権として申立てた債権の一部についての申立を却下している。

2 しかしながら、これは、次の点で違法であり、この部分についても不動産競売開始決定を許すべきである。

すなわち、原決定が「抵当証券外の文書に期限の利益喪失の記載があったとしても抵当証券上の権利はなんら影響を受けることはない」とする点で、抵当証券法二六条の解釈を誤り、抵当証券の法的性質を誤りひいては抵当証券法全体の趣旨に反し同法全体に違反するものである。抵当証券は明らかに有因証券、非設権証券かつ非文言証券であり、このことだけからでも右の違法性は明白である。

3 なお、執行抗告の理由の詳細は、執行抗告理由書を提出して、補充する予定である。

平成三年七月二三日

抗告人代理人

弁護士 高井章吾

同 杉野翔子

同 藤林律夫

同 尾崎達夫

東京高等裁判所民事部御中

別紙 当事者目録<省略>

別紙 担保権・被担保債権・請求債権目録

1 担保権

(1)  抵当権

昭和六三年二月二九日設定

同日債権分割の抵当権

同年五月一二日順位変更

(2)  登記

東京法務局文京出張所

主登記 昭和六三年二月二九日受付第三九八四号

付記登記 同日受付第三九八五号

付記登記 同年六月一四日抵当証券交付

主登記 同年五月一七日受付第九六九六号

(3)  抵当証券

昭和六三年六月一四日交付

証券番号 第二四八七号ないし第二五一六号

2 被担保債権及び請求債権

(1)  損害金九五五,八三五円

但し、証券番号第二四八八号の元金七,〇〇〇,〇〇〇円に対する弁済期の経過した翌日である平成元年五月三〇日から同二年五月二〇日までの約定の年一四パーセント(年三六五日の日割計算)の割合による遅延損害金

(2)  損害金一五九,二九一,六一六円

但し,証券番号第二四八九号ないし第二五一六号までの元金合計金五七六,〇〇〇,〇〇〇円に対する弁済期の経過した翌日である平成元年五月三〇日から同三年五月二〇日までの約定の年一四パーセント(年三六五日の日割計算)の割合による遅延損害金

証券番号第二四八七号の債権金額金七,〇〇〇,〇〇〇円の債務については平成元年五月二〇日の経過を以て弁済期を経過し、また、残額に関しても、債務者は、平成元年五月二九日和議開始の申立てを行い、約定に基づき、同日をもって期限の利益を喪失し、同日残額全部の弁済期が経過した。

別紙 物件目録

1 所在 東京都文京区小石川二丁目

地番 一九番一

地目 宅 地

地積 一四四・五九平方メートル

2 所在 東京都文京区小石川二丁目

地番 一九番二〇

地目 宅 地

地積 二〇二・七四平方メートル

3 所在 東京都文京区小石川二丁目一九番地二〇

家屋番号 一九番六

種類 居 宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板瓦交葺2階建

床面積 一階 七二・八二平方メートル

二階 三四・二八平方メートル

執行抗告理由書

抗告人は、次の通り、平成三年七月二三日付執行抗告状の執行抗告の理由2を補充して、主張する。

平成三年七月一六日告知の決定(以下「原決定」という。)は、「抵当証券外の文書に期限の利益の喪失の記載があったとしても抵当証券上の権利はなんらの影響を受けることはない」とする点で、違法であり、「少なくとも当初の債務者抵当権設定者と債権者抵当権者間すなわち原始当事者間においては期限の利益喪失の合意は抵当証券面に記載がなくとも実体法上抵当証券の表彰する権利に影響し、この権利は上記期限の利益喪失合意を含んだものとなる」と解すべきである。

そして、本件では金銭消費貸借および抵当証券契約証書の写しによって、債務者について和議開始の申立てがなされれば当然に期限の利益を失い弁済期は経過する旨の合意の存在が立証され、「和議開始決定のお知らせとお願い」と題する書面の写し及び和議開始決定の写しによって、平成元年五月二九日に債務者について和議開始の申立てがなされた事実が立証されている。

従って、残額全部の弁済期は既に経過しており、平成三年七月二三日付執行抗告状の執行抗告の趣旨記載の裁判を下すべきである。

以下、上記の「少なくとも原始当事者間においては期限の利益喪失の合意は抵当証券面に記載がなくとも実体法上抵当証券の表章する権利はこれに従うもの」と解すべきこと、換言すれば原決定の違法性について詳述する。

以下の論述は、便宜上、まず、上記のように解すべきことの積極的根拠を述べ、その次に、原決定の見解の違法性を述べることとする。

第一 積極的根拠

まず、「少なくとも原始当事者間においては期限の利益喪失の合意は抵当証券面に記載がなくとも実体法上抵当証券の表章する権利はこれに従う」と解すべきことの積極的根拠を以下述べる。

一 証券の性質

そもそも、抵当証券は、非文言証券と解すべきである。以下、その理由を述べる。

1 有価証券の基本的性質

(一) およそ、債権及び物権の移転の方法についての私法上の大原則は、私的自治の原則に従い、何らの要式行為を要することなく契約等の当事者間の意思表示のみによって、その権利の同一性を保って移転するというものである(民法四六六条、一七六条)。すなわち、証券とは関係なく当事者の意思によって権利は移転し、その権利は証券とは関係なく当事者間の契約等の実質的法律関係によるのが本来の債権及び物権の移転の大原則である。

(二) しかしながら、権利の流通性を高める必要から、権利の所属に関して権利と証券が、結合されたのが有価証券である(鈴木竹雄・手形法・小切手法・八頁以下、二五頁以下、前田庸・手形法・小切手法入門・一一頁以下)。

すなわち、権利関係の決定については、権利者が誰か、換言すれば権利は何人に帰属するかが問題となるが、有価証券は権利の流通性を高める必要に応ずるものであるから、その表章する権利は当初の権利者に固定せず、権利者が絶えず変動することを当然の前提としている。そこで、このような権利者にとっては、もっとも安全かつ容易に権利を行使しうるような方策が当然必要とされ、そのために考案されたのが、権利と証券とを結合して、証券の所持人を権利者と認めるとともに、権利の所持人でない者はこれを権利者と認めないという方法である。このような方法は、権利と証券とが元来別物であることを考えると、不合理のように思われる。例えば、証券を紛失した権利者のように、権利者でありながら証券を所持していない者もあれば、反対に、証券を盗んできた者のように、証券を所持していても権利者でない者もありえないではない。従って、権利の所属と証券の所持が一致しない場合が確かにありうるには違いないが、権利者に対して証券を交付し、そして権利者が権利を移転する場合には同時に証券を交付することを要するものとすれば、通常の場合には、権利者が同時に証券を所持している筈である。従って、これを逆にして、証券の所持人を権利者と認め、そして証券を所持しない者を権利者と認めないこととしても、それは大多数の場合には真実に合致するわけである。換言すれば、証券は権利自体でなく、権利の外観に過ぎないが、上述のように両者が多くの場合に一致する蓋然性を着目して、権利の外観をそなえているものは同時に権利自体を有する者と推定し、これに対し、権利の外観を備えていない者は権利自体を有しないとしたものが、有価証券の根本法理である(鈴木・前掲・九頁)。

(三) ところが、権利の存在に関する証券の意義はこれとは全く異なり、有価証券だからといって必ずしも権利の存在に関する証券と権利の結合が認められるわけではない。

すなわち、特定内容の権利を記載した証券が外形上存在していても、それが有効に作成された証券でないならば、このような証券の記載に相応する権利が存在するにいたるものでないばかりか、このような権利が実質的に存在するものと推定されることもない。権利の所属の決定について証券の所持が基準とされるのは、権利の所属と証券の所属とが通常一致する蓋然性に基づくものであって、これにより真の権利者が不利益を蒙るとしても、本来所持しているべき筈の証券の所持を失った権利者としてはやむを得ない結果というべきである。しかし、権利の存在については、これと同様に考えることはできない。たとい証券が外形上存在していても、その証券が偽造されたものであるとか、証券上の記載が変造されたものであるとか、また、証券を作成した者が無能力者であるとかいうような場合もあり得るわけであって、このような場合には、証券の所持人から債務者として請求を受けても、勿論これに応ずる必要はない。そのうえ、偽造が名義人と全く無関係に行われうることを考えてみても、証券が外形上存在するからといって、有効な証券が作成されたという蓋然性は存し得ないから、証券作成の成立要件たる事実は、当然所持人側で証明すべきものであって、請求された者の側でこれを否定する事実を証明しなければならないものではない。証券の所持人をもって権利者と認めることができるように、証券が外形上存在することをもって権利が存在するものと認めることができれば、もちろん譲受人にとっては有利であって、それによって証券の流通性が増大されることには違いないが、証券により請求を受ける者の利益からいって、そのようなことを当然認めることができないのである(鈴木・前掲・一八及び一九頁)。

(四) ところが、手形のように、より一層の高度の流通の保護を必要とする場合には、法政策的に、権利の所属の側面における権利と証券の結合だけでなく権利の存在の側面においてもこの結合が取り入れられているのである。

すなわち、より高度の流通の保護の必要性から、証券上の権利関係がその証券作成の原因となった法律関係の存否や有効無効によって影響されないこととされる。これが、無因証券である。

そして、無因証券とすることによって必然的に債務負担行為等の書面性が導かれるのである。また、このことから、一方で証券に表章される権利は証券面上になされた意思表示によって発生した権利となり、権利の発生が証券によることが必要である設権証券性が導かれ、他方で債務負担行為等が書面にのみによってなされることになり、権利の内容が専ら証券によって決められる文言証券性が導かれるのである(前田・前掲・四一頁)。換言すれば、無因証券化されることによって、設権証券性及び文言証券性も導かれるのである。

しかしながら、株券等は、権利の存在の側面にまでは権利と証券の結合が取り入れられず、当事者間の意思を尊重して、原則通り、有因証券、非設権証券及び非文言証券とされているのである。すなわち、手形のような高度の流通の保護の必要性を法が認めない以上、私的自治の原則に従い何らの要式行為を要せず当事者の意思のみによって債権も物権も同一性を保ちつつ移転するという民法の債権譲渡及び物権変動の原則に立ち返るのである。

(五) 以上のことは有価証券の定義にも表われている。すなわち、有価証券の定義は、従来の通説によれば、「財産的価値を有する私権を表章する証券であって、権利の発生、移転、行使の全部又は一部が証券によってなされることを要するもの」と、有力説によれば、「権利の移転及び行使のいずれにも証券を要するもの」と解されている(前田・前掲・一三頁)が、いずれにしろ、権利の移転等に証券が必要というだけで、有価証券であることと、無因証券性、設権証券性、文言証券性とは論理的関係は存しないのである。

2 抵当証券は、原決定自身も認めているように(原決定三頁五行目)、争いなく有因証券と解されている(丸山秀平・有因証券法の研究所収抵当証券の流通に関する法律問題・二一三頁、藤原勇喜・抵当証券の理論と実務・七頁)。

そして、文言証券を認める明文は存しない。

確かに、貨物引換証、倉庫証券、船荷証券のように、有因証券であっても手形程ではないにしろ一定の範囲について文言的効力が認められているものも存するが、これらは文言証券性を認める明文の規定が存するのである(商法五七二条、六〇二条、七七六条、五七二条)。ところが、抵当証券については、かかる規定は存しない。なお、抵当証券法一四条や同法二六条がこれに当たらないことは第二、第一項二及び四において詳述する。

従って、抵当証券は、非設権証券、非文言証券である。

3 また、そもそも、抵当証券の表章する権利の性質からしても抵当証券を無因証券ひいては文言証券とすることはできない(鈴木・前掲・二一頁、前田・前掲四〇頁)。

すなわち、抵当証券においては、ある抵当証券の表章する抵当権の存否が他の抵当権者の利害関係に影響する。例えば、ある抵当証券の表章する抵当権の効力が認められると、同一物件についての後順位抵当権者はその分優先弁済を受けられる範囲が減少しかねない。そればかりか、抵当証券外の事情が権利の存否に影響を及ぼさざる得ない。例えば、ある抵当証券の表章する抵当権の対象たる物件がそもそも契約の当初から存在しなかったとかその後に滅失した場合には、いくら抵当証券が存在しても、抵当権は存在しないと言わざるを得ない。このような抵当証券を原因関係と証券を断ち切る無因証券とすることはできない。

4 更に、そもそも登記簿には既判力はおろか公信力すら認められていないため、抵当証券についても証券発行の原因となった法律関係がそのまま証券上に表章されることになり、原因関係にかかる瑕疵はそのまま証券上の権利関係にかかる瑕疵としてとらえられることになり、ここに抵当証券における有因性を認める基礎が見出される(丸山・前掲・二一三頁)のであり、このような証券を文言証券とするわけにはいかない。

二 原始当事者間における妥当性

抵当証券は有価証券であり、原始当事者間においてはより一層文言的効力は認め難い。

すなわち、そもそも、有価証券はそれ自体があたかも一箇の有価物と認められ、そのため有価証券という名称が生じたのであるが、有価証券においても本体をなすものはやはり権利であって、証券はこのような権利のための手段に過ぎないものである。従って、その点からいえば有価証券も証明証書も格別異なるものではないが、単なる証明証書では、当初の権利者がみずから権利を行使する場合には事足りるとしてても、それから権利を譲受けた第三者が権利を行使する場合には、円滑確実にいかないおそれが多い。そこで、経済の発達に伴い、権利を自ら行使しないで他に譲渡する場合が多くなるにつれ、このような譲受人を保護して権利の流通性を高める必要から、本来は手段にすぎない証券に独立の法的意義を認め、証券を基準として権利関係を決定する方法がとられるようになったのであって、有価証券の本質はこのようなものに過ぎないのである。従って、証券を基準として権利関係を決定するといっても、証券は元来手段にすぎないものなのであるから、第一段において証券自体に認められるこのような効果は、第二段においては本体をなす権利によって当然修正を受け、結局本来の形に復帰せざるをえぬ場合を生ずることとなるのである(鈴木・前掲・八頁)。

従って、流通の保護のために証券が権利に結合されたのであって、元々証券という紙自体に本質的意味があるのではなく、あくまで本来当事者の意思に基づいて権利は生じるのであり、流通の保護を考える必要のない当事者間においては、当然本来の当事者間の具体的関係がそのままの形で適用されるのである。

無因証券においてすら、証券がその作成原因たる実質上の法律関係のために取る手段であることは変りなく、そうである以上、証券の文言的効力も決して絶対的なものではない。例えば、債務者は証券を授受した直接の相手方に対しては、実質関係上の事由があれば、これを証明することによって権利の行使を拒むことが出来るのみならず、更に証券の譲受人に対しても彼がこのような実質関係上の事由が存在することを知りながら取得した者であることを証明すれば、同様に権利の行使を拒むことができるのである。要するに、第一段においては、証券が基準とされるが、第二段においては実質関係が顧慮されて、第一段の効果が修正を受けることになる(鈴木・前掲・二一及び二二頁)。

抵当証券も有価証券であり、以上述べたことは、抵当証券の場合でも何ら変わりはない。

三 結果の妥当性

もし原決定の見解に立ち、申立てを却下し、本件のように抵当証券が発行されている場合に抵当証券券面上の弁済期変更の手続きを等を要求するとすれば、抵当権設定者ないし所有者が任意にその変更に応じないときは、訴訟を提起して確定判決をとる他なくこの変更手続に日時を要するため、原始当事者間の証券外の約束では本来抵当権を実行することになるはずであるにもかかわらず、その実行の手続きが長期間実現できないことになり、このため早期の競売ができず、結果的に債権者が回復しがたい損害を被ることも十分あり得る。そればかりか、抵当証券法三〇条が定める三か月以内に競売の申立てを成し得ない結果、裏書人に対する償還請求権を喪失し,結果的に回復しがたい損害を債権者が被る場合も生じることになる。なお、期限の利益喪失約款の合意が消費貸借契約後になされた場合にはこれらの不当さは一層顕著である。

また、実際上、期限の利益喪失約款は存在するが抵当証券上はその記載をしない取扱が実務の大半であり、上記の不当さについての議論は机上のみのものではなく、現実のものである。

結局、原決定のように考えれば、原始当事者間の合意は、証券に記載のない限り何らの効果が認められないことになり、その合意によって不利益を受けることになるはずであった一方当事者は、その合意に拘束されず、いわれのない利益を受けることになる一方、利益を受けるはずであった他方当事者はその利益を受けられないことになる。かかる事態は、私的自治の原則及び契約自由の原則に反するものであり、不当であることは明白である。このような結果を法が是認しているとは到底考えられない。

第二 原決定の違法性

原決定の理由2は論旨が明確でないが、以下、この理由2で原決定がその根拠としていると思料される事項を具体的に検討し、その不当性を述べる。

一 文言証券性一般

原決定は、理由2(2) において、抵当証券はおよそ一般的に言って文言証券であるとするようである。

しかし、これは、第一、第一項及び第三項で述べたことから明らかなように不当である。

以下、原決定が抵当証券はおよそ一般的に言って文言証券であるとする理由として述べていると思料される事項について、その不当性を述べる。

1 有価証券性

原決定二頁一六行目ないし三頁四行目は、抵当証券は有価証券であるから文言証券だとするようである。

しかし、この根拠は不当である。理由は以下の通りである。

(一) 第一、第一項(五)で述べた有価証券の定義からすれば、有価証券は、権利の移転等に証券が必要というだけで、有価証券であることと文言証券性とは全く関係がない。従って、抵当証券が有価証券であることが、原決定のような見解の根拠にはならない。

現に、有価証券であっても、非文言証券も存する。有因証券がこれに当る。すなわち、有因証券は証券上の権利関係がその証券作成の原因となった法律関係の存否や有効無効によって影響されるものであり、非設権証券ひいては非文言証券である。この具体例としては、株券、貨物引換証、倉庫証券、船荷証券等がある。なお、貨物引換証、倉庫証券及び船荷証券については法が特別に一定の文言的効力を認めているが、これさえも原始当事者間には及ばないのである(田中他・コメンタール商行為法・四〇一頁参照)。また、株券はかかる文言的効力は認められず完全に非文言証券とされている(鈴木他・会社法法律学全集・一〇〇頁)。

そして、抵当証券は有因証券であり、商法五七二条のような規定も存しないのである。

2 抵当証券法一四条

原決定二頁一九行目は、抵当証券法一四条を根拠に抵当証券を文言証券だとするのかも知れない。

しかし、この根拠も不当である。理由は以下の通りである。

すなわち、同条は抵当証券が有価証券であることを示したに過ぎず、文言性とは関係がない。このことは完全な非文言証券とされている株券についても同様の規定が存する(商法二〇五条一項)からも明白である。

3 設権証券性

原決定二頁六ないし一一行目は、抵当証券は有価証券である以上当然に設権証券であり、従って文言証券だとするようである。

しかしながら、そもそも抵当証券は非設権証券であり、この根拠も不当である。理由は以下の通りである。

(一) 第一、第一項1(五)で述べた有価証券の定義からすれば、権利の発生が証券によるかどうかは、有価証券であることと論理的関係は存しない。従って、抵当証券が有価証券であることが、原決定のような解釈論の根拠にはならない。

現に、有価証券であっても、非設権証券は存する。株券、貨物引換証、倉庫証券、船荷証券等の有因証券は、これに当る。

(二) そもそも、第一、第一項1(四)で述べた通り、設権証券とされるのはその証券が無因証券だからである。例えば、手形においては手形債務負担行為は無因行為であるため債務負担行為は書面の作成を通じてなされることになり、その結果、手形に表章されている権利は手形面上になされた意思表示によって発生した権利となり、手形は非設権証券となるのである。従って、有因証券は非設権証券となる(前田・前掲・四一頁)。

よって、上記の見解が何ら理由のないものであることは明白である。

(三) また、抵当証券について考えてみても、抵当証券は有因証券であり、設権証券性を全面的に認める規定も存しない。従って、第一、第一項1で述べた原則通り、抵当証券はそもそも非設権証券である。

(四) 更に、抵当証券は抵当権者の単独申請に基づき登記官が作成・発行するものであり、この過程自体には抵当権設定者の直接的関与はなく、その意思の直接的発現は存しない。抵当証券発行特約の登記がなされていても、現実に抵当証券を発行するかどうかは、完全に抵当権者の意思に委ねられているのである。また、抵当証券の記載は登記簿謄本の記載がそのまま搭載され、この登記謄本の記載は登記官の形式審査に基づくもので、これには既判力はおろか公信力すら認められておらず、真実が記載されている保障も存しないのである。

このような過程によって作成・発行される抵当証券を設権証券とすることはその性質上無理であり、ひいては私的自治の原則に反する。

4 抵当証券法二六条前段但書

原決定二頁一五ないし一九行目は、抵当証券法二六条前段但書を根拠に抵当証券を文言証券だとするのかも知れない。

しかし、この根拠も不当である。理由は以下の通りである。

(一) 同条前段但書は、単に抵当証券に特約の記載が存する場合はその定めに従うと規定するだけであり、当事者間には同条前段本文と異なる特約が存するがその旨の記載が証券上に存しない場合については規定しておらず、証券に記載のない特約の効力を必ずしも否定しているわけではない。従って、証券に記載のない特約の効力を認める余地は存する。特に原始当事者間においてはなおさらである。

(二) そもそも、同条前段本文は、当事者間の合意が存在しなくとも、利息の支払いの延滞が二年に達した場合は弁済期が到来したと看做す規定すなわち法が特別に認めた効果に関する規定であり、いわば特殊な規定である。そして、これに反する合意があれば同条前段本文の効果を制限するというのが同条前段但書である。従って、これは、当事者の意思によって債権債務が発生する通常の場面とは全く性質を異にする規定である。

よって、かかる規定を文言証券性の根拠とするわけにはいかない。

このことは有因証券について部分的に文言証券性を認めた商法五七二条等の規定の仕方との比較からも明白である。

(三) 抵当証券法二六条前段但書は、法定弁済期についての同条前段本文とは異なる特約を許した規定に過ぎない。というのも、同条但書は、法定弁済期という特殊な制度を定めた同条前段本文に対する例外規定に過ぎないからである。すなわち、もし仮に弁済期全般に関するものならこの位置に規定されるはずはなく、この規定は弁済期の記載全般に関するものですらない。いわんや、抵当証券の記載全般に亙るもののはずはない。また、同条前段但書は、商法五七二条のような規定の仕方とは全く異なるのである。

従って、かかる規定を有因証券の原則的性質に反する性質すなわち文言証券性を一般的に認める根拠にすることはできない。

(四) 抵当証券については、商法五七二条のような規定は存せず、法定弁済期以外の事項について抵当証券法二六条前段但書と同様の規定すら存しない。更に、明白に文言的効力を認める規定の存する貨物引換証においても原始当事者間では文言的効力は否定されているのである。加えて、抵当証券は、有因証券であり、そうであるなら法に特段の定めがないかぎり非設権証券かつ非文言証券のはずである。

従って、原決定の上記の見解は、同条前段但書を不当に拡大するもので許されない。

5 長島他・抵当証券法及び関係法令注解・二頁

原決定二頁一二行目は、上記の書籍に抵当証券は抵当権付手形のようなものであるとの説明があることを根拠に抵当証券を文言証券だとするのかも知れない。

しかし、この根拠も不当である。理由は以下の通りである。

すなわち、上記の書籍のこの部分は、その「のようなもの」との表現からもわかるように、比喩的表現に過ぎず、手形と同一の性質を有するものという意味ではなく、説明のため、その大雑把なイメージを表現したに過ぎない。

6 有因証券と文言証券の両立可能性

原決定三頁五行目ないし四頁一七行目は、有因証券と文言証券は両立しうることを根拠に抵当証券を文言証券だとするのかも知れない。

しかし、この根拠も不当である。理由は以下の通りである。

(一) 有因証券と文言証券が両立しうることは、有因証券である抵当証券が文言証券たりうる理論的許容性の根拠となり得ても、有因証券である抵当証券が文言証券であることの根拠とはなり得ない。すなわち、可能性を必然性にすり替えた議論である。

現に、株券は全く文言的効力は認められず、完全に非文言証券とされている。また、一定の文言的効力が認められている貨物引換証、倉庫証券、船荷証券も、明文の規定があって初めてこの効力が肯定されているのである。

(二) 有因証券である抵当証券を文言証券と考えることができないことは第一、第一項及び第二、第一項1ないし5で述べた通りである。

7 有価証券法理の中核

原決定三項一五ないし一八目は、文言証券性が有価証券法理の中核部分であり、従って抵当証券も文言証券だとするのかも知れない。

しかし、この根拠も不当である。理由は以下の通りである。

すなわち、有価証券法理の中核は、第一、第一項1で述べた通り、権利の所属に関する権利と証券の結合にあり、文言証券性に存しないことは明白である。

8 鈴木・前掲・二二頁

原決定三頁二五行目ないし四頁一行目は、鈴木・前掲・二二頁の「証券が作成される以上は、できるだけ証券の記載によってその効力が決定」するとの記載を根拠に、抵当証券も文言証券だとするのかも知れない。

しかし、この根拠も不当である。理由は以下の通りである。

すなわち、そもそも、鈴木・前掲・二二頁の上記の記述は、一定の文言的効力を認められている有因証券である貨物引換証や倉庫証券等の説明部分に過ぎない。従って、抵当証券が文言証券とされる根拠となりえない。それどころか、鈴木・前掲・二二頁全体を見れば、一定の文言的効力を認められている有因証券の例として抵当証券は挙げられておらず、逆に抵当証券が文言証券でないことの根拠たりうる程である。

9 鈴木・前掲・二四頁注一八

原決定四頁二ないし五行目は、鈴木・前掲・二四頁注18の記載を根拠に、抵当証券も文言証券だとするのかも知れない。

しかし、この根拠も不当である。理由は以下の通りである。

すなわち、そもそも、鈴木・前掲・二四頁注18は、無因証券・文言証券の原因関係の切断を説明したものに過ぎない。

二 原始当事者間における妥当性

原決定は、理由2(3) において、原始当事者間においても抵当証券の文言証券性は変りないとする。

しかし、これは、第一、第二項及び第三項で述べた通り、有価証券の本質を看過したものであり不当である。

以下、原決定が原始当事者間においても抵当証券の文言証券性は変りないとする根拠としていると思料される事項について、その不当性を述べる。

1 設権証券性

原決定四頁二三ないし二五行目及び五頁一九ないし二三行目は、抵当証券は有価証券である以上当然に設権証券であり、従って文言証券だとするようである。

しかしながら、第一項3で述べた通り、そもそも抵当証券は非設権証券であり、この根拠も不当である。

2 悪意の抗弁

原決定五頁一行目ないし一九行目は、悪意の抗弁(手形法一七条但書)は、証券に表章された権利を消滅ないし減少するために主張する場合だけの規定であり、証券に表章された権利以上の権利の主張する場合について同様の規定がない以上、少なくとも、証券に表章された権利以上の権利の主張する場合については証券外の当事者間の具体的関係に左右されないとするのかも知れない。

しかし、この根拠も不当である。理由は以下の通りである。

(一) 上記の見解は、抵当証券は文言証券であることを前提としたものであり、これが不当であることは第一、第一項及び第三項並びに第二、第一項で述べた通りであり、これらの箇所で述べたことがこの部分にもそのまま当てはまり、不当である。

(二) そもそも、証券に表章された権利以上の権利を主張する場合については証券外の当事者間の具体的関係に左右されると考えるべきである。理由は以下の通りである。

(1)  証券に表章された権利以上の権利を主張する場合については、悪意の抗弁の規定どころか、人的抗弁切断の規定も存しないのである。従って、このことからすれば、むしろ、債権も物権もその同一性を保って移転するという私法の大原則に立ち返り、証券に表章された権利以上の権利を主張する場合については証券外の当事者間の具体的関係に左右されると考えるべきである。

(2)  また、そもそも、法は転輾流通した証券所持人を保護するため、証券所持人にとって不利すなわち債務者にとって有利な事項について人的抗弁切断の規定を置いたのであり、人的抗弁の制度は、何も債務者にいわれのない利益を与える趣旨ではない。従って、証券所持人にとって有利な事項については流通保護のために人的抗弁切断の制度を設ける必要はなく、同一性を保って権利が移転するという債権譲渡及び物権変動の原則に立ち返るはずである。

このような事情は、無因証券である手形においてすら同様である。

(三) 少なくとも、有因証券かつ非文言証券である抵当証券における原始当事者間においては、証券に表章された権利以上の権利を主張する場合については証券外の当事者間の具体的関係に左右されると考えるべきである。原決定のように考えれば、当初の債務者と債権者間における合意を無視し、債務者にいわれのない利益を与え、債権者にいわれのない不利益を与えることになり、不当である。

3 登記簿謄本による競売の申立て

原決定五頁一九ないし二〇行目は、抵当証券を廃止して登記簿謄本による競売が可能であることを根拠にしているのかも知れない。

しかし、この根拠も不当である。理由は以下の通りである。

(1)  抵当証券を廃止するには証券交付の附記登記を抹消することが必要で(不動産登記法施行規則四四条の一八)、この証券交付の附記登記の抹消は、登記上の所有者と登記上の権利者の共同申請によることとなっている(不動産登記法一二九条)。このため、登記上の所有者が協力してくれない場合は結局は訴訟によるほかなく、迅速な競売の申立てができず、抵当権者は不測の不利益を被ることになる。

(2)  民事執行法一八一条二項は、抵当証券が発行されている場合は抵当証券を提出文書とすれば競売が可能としているにもかかわらず、上記のような見解だと結局不動産登記簿による競売を強制するもので、法の予定しないものである。

4 法律関係の複雑化

原決定五頁二四行目ないし六頁一五行目は、例を挙げて法律関係が複雑になるとし、このことを根拠にしているようである。

しかし、この根拠も不当である。理由は以下の通りである。

(一) 原決定の挙げる例は、不当な結果を生ずる例とはいえない。

理由は以下の通りである。

(1)  そもそも、原始当事者間で証券の記載より速く弁済期が経過した場合に、償還義務の発生時期と所持人が償還請求のために支払請求をすべき時期とが異なると解すべきかも疑問である。少なくとも、原始当事者の一方が償還義務者である場合には、この償還義務者は原始当事者間の事情を熟知しており、かかる場合にまで償還義務の発生時期を券面の記載に従わせる必要はない。そして、本件でも償還義務者であるのは原始当事者である抗告人だけなのである。

(2)  また、仮に償還義務の発生時期と所持人が償還請求のために支払請求をすべき時期とが異なると解したとしても、解決できない複雑な法律関係になるわけではない。すなわち、例えば、現実の弁済期は券面の記載より速く到来しており、これに従って抵当証券法二七条以下の手続をすれば、券面の記載を基準としても、償還請求の期間に関する要件は当然に充足されるし、他方、償還義務の範囲は、その担保的性質に鑑み、券面の記載に従うことと解すれば、複雑で解決不能の状況は生じない。

(3)  更に、上記の例は、手形の場合においてすら全く同様であり、抵当証券特有の問題ではない。

(二)原決定は、証券外の証拠をもって弁済期の到来を立証して競売開始決定を求めうるかという本件で問題となる論点とは直接関係ない全く別の論点を議論し、それをもって本件の論点について議論しようとするもので、その解釈論的方法自体不当である。

5 異議申立ての制度

原決定六頁一六行目ないし七頁四行目は、異議申立ての制度を根拠にしているようである。

しかし、この根拠も不当である。理由は以下の通りである。

(一) そもそも、異議申立事由は、抵当証券法第七条の事由に限定されており、原因関係の事由全てが申立てうるわけではない。それどころか、登記簿との不一致は格別、抵当権設定契約の瑕疵や抵当権設定契約の内容や被担保債権の内容自体については、異議申立事由とされていないのである(同条一項三号)。

(二) また、他の利害関係人に関する異議は申立てられないこととなっており(同条二項)、原決定の指摘する原始当事者間の事由に関して原始当事者以外の第三者の異議における不便を考える必要はない。

6 形式的・画一的処理

原決定七頁五ないし一三行目は、形式的・画一的処理を強調してある当事者間の結果の妥当性を尊重できないとし、このことを根拠にしているようである。

しかし、この根拠も不当である。理由は以下の通りである。

(一) 原決定の指摘する形式的・画一的処理は、不動産登記手続上の必要性及び不動産登記と抵当証券の一致から生じる状況の説明に過ぎない。

そして、抵当証券の基礎となる登記簿謄本には、既判力はおろか、公信力さえも認められていないのである。

このようなものを基礎とする抵当証券において原始当事者においてまでその形式的処理を及ぼすことはできない。

(二) また、有価証券はどれも少なくとも権利の所属に関して権利と証券の結合が図られ、その範囲では形式的・画一的処理がされている。それにもかかわらず、有価証券の中には株券のように完全な非文言証券とされるものも存する。それどころか、無因証券の典型である手形においても、当事者間においては証券以外の実質関係に左右されるのである。

(三) 原決定自身認めているように(原決定七頁一〇行目)原決定のように考えれば当事者間での結果は不当となるにもかかわらず、原決定はこれを無視する解釈を行なっている。かかる解釈論的態度は、解釈論においては結果の妥当性を最も重要とすべきであることを忘れたものであり、これ自体不当である。

(四) そして、文言証券性を否定しても、具体的に何ら不当な結果の生じないことは第二項4及び5で述べた通りである。

7 有価証券法理の基本

原決定七頁一〇行目は、当事者間においても文言証券性が有価証券法理の基本であるとし、これを根拠とするのかも知れない。

しかし、この根拠も不当である。理由は以下の通りである。

すなわち、有価証券法理の基本は、第一、第一項1で述べた通り、権利の所属に関する権利と証券の結合にあり、文言証券性に存しないことは明白である。

8 立証の容易化

原決定七頁一四ないし二二行目は、有価証券である以上証券の所持とその記載のみによって権利行使できるという立証の容易化が図られているとし、このことを根拠にするようである。

しかし、この根拠も不当である。理由は以下の通りである。

(一) 第一、第一項及び第二項で述べた有価証券の本質からして、有価証券であれば権利の行使が証券によって行うことができるというだけで、その余の方法が許されるかどうかは、有価証券であることと論理必然的な関係はなく、有価証券を理由とする上記の見解は不当である。

(二) 確かに、有価証券においては権利の行使は証券によって行うことができるが、その余の方法を排除しているわけではない。例えば、高度の流通の保護の必要性から無因証券とされている手形でさえ、手形法一六条一項以外の方法すなわち所持人が自分に至るまでの実質的権利の移転の経緯を主張して立証する方法を採ってもよいと解されている(最高判昭和四五年六月二四日民集二四巻六号七一二頁)。また、証拠方法を限定している手形訴訟でさえ手形外の文章による立証を許しているし、通常移行されればなおさらのことである。更に、手形外の原因関係も手形金請求における要証事実とされているが、これについては手形外での立証しかあり得ないのである。いわんや、権利の成立自体が争われれば証券外の実質関係を立証せざるを得ない有因証券である抵当証券においてはなおのことである。

(三) また、抵当証券以外からの権利主張及び立証が許されないとする規定は存在しない。

(四) 原決定の上記の見解は、証券だけで権利行使が可能であるというに過ぎないことを不当に拡張して証券外からの権利主張及び立証を許さないものである。

(五) また、証券外からの権利主張及び立証を許しても、債権者側は通常契約書等の提出によって容易に立証できるし、また、所持人自身が証券のみからの立証という容易な方法を選ばず、敢えて迂遠な実質関係を立証しようとするのであれば、それを認めても誰にも不利益を与えるわけではなく、何ら不当ではない。

9 証券の差押え

原決定七頁二三行目ないし八頁一三行目は、原始当事者間において抵当証券外の文章により権利の内容が規定されるとすると不当な結果が生じる例として証券の差押えを挙げてこれを根拠にしている。

しかし、この根拠も不当である。理由は以下の通りである。

(一) まず、この例は抵当権者の債権者の権利行使の場面であり、純粋に原始当事者間のケースではない。例え抵当権者自身の権利行使を代わって行使するとはいえ、それはあくまで抵当権者の債権者のために行なわれるもので、抵当権者の債権者の権利行使の場面に過ぎない。

(二) また、原決定のように解すると、偶々執行官が原契約証書等を入手して証券外の合意の存在を知ったときでも、その権利主張をしてはならないことになる。かかる事態は抵当権設定者に不当に利益を与え、抵当権者及びその債権者に不当に不利益を与えることになる。

(三) 流通の高度の保護から無因証券とされている手形においてさえ満期前の支払いも、債務者と手形所持人が合意すれば、可能と解されている(前田・前掲・二六九頁)。ところが、原決定の見解によればこのような合意があっても満期前の支払いはできないことになってしまい、不当である。

(四) 原決定の挙げる例は何も抵当証券に限ったことではなく、手形や貨物引換証を初めとして有価証券全般に言えることである。

(五) そもそも、民事執行法一三六条は執行官の善管注意義務を明示したものに過ぎず(注解民事執行法(4) ・三一九頁)、原決定の挙げる場合には、証券外の特約等を知り得なかった以上執行官に義務違反はないかあるいは過失がないとすれば足りることである。このように考えれば、(二)で述べた不当性も回避でき、執行官に過剰な義務を負わせることにもならない。

三 判例違反

更に、原決定は、東京高裁決定平成元年八月三〇日判例時報一三二九号一四九頁、東京高裁決定平成三年一月一七日判例時報一三七七号六〇頁及び東京高裁決定平成三年三月二九日金融法務事情一二九〇号二五頁の判例に反している。すなわち、この三つの決定は抵当証券面上の記載は弁済期未到来の場合に弁済期が失権約定等により到来していることを抵当証券外のもので立証することを認めたものである以上、当然に実体法上は証券外の事情によって弁済期が経過しているものであるを前提にしており、この点で、原決定は、判例に反している。

第三 以上述べた通り、少なくとも原始当事者間においては期限の利益喪失の合意は抵当証券面に記載がなくとも実体法上抵当証券の表章する権利はこれに従うものと解すべきである。

従って、残額全部の弁済期は平成元年五月二九日に経過しており、執行抗告状の執行抗告の趣旨記載の裁判を下すべきである。

別紙不動産競売申立書

東京地方裁判所

民事第二一部 御中

平成三年六月一八日

申立債権者代理人

弁護士 高井章吾

同 尾崎達夫

当事者 別紙目録のとおり

担保権・被担保債権・請求債権別紙目録のとおり

目的不動産 別紙目録のとおり

債権者は債務者に対し、別紙請求債権目録記載の債権を有するが、債務者がその支払いをしないので、別紙担保権目録記載の抵当権に基づき、別紙物件目録記載の不動産の競売を求める。

付属書類

1 抵当証券 三〇通

2 不動産登記簿謄本 三通

3 金銭消費貸借及び抵当権設定契約証書の写し 一通

4 「和議開始決定のお知らせとお願い」と題する書面の写し 一通

5 和議開始決定の写し 一通

6 公課証明書 三通

7 公図の写し 一通

8 現地案内図 二通

9 資格証明 四通

10 委任状 一通

別紙 担保権・被担保債権・請求債権目録

1 担保権

(1)  抵当権

昭和六三年二月二九日設定

同日債権分割の抵当権

同年五月一二日順位変更

(2)  登記

東京法務局文京出張所

主登記 昭和六三年二月二九日受付第三九八四号

付記登記 同日受付第三九八五号

付記登記 同年六月一四日抵当証券交付

主登記 同年五月一七日受付第九六九六号

(3)  抵当証券

昭和六三年六月一四日交付

証券番号 第二四八七号ないし第二五一六号

2 被担保債権及び請求債権

(1)  元金五九〇,〇〇〇,〇〇〇円

但し、昭和六三年二月二九日付金銭消費貸借契約に基づく貸金

(2)  利息金一六,八八二,二八六円

但し、上記(1) に対する昭和六三年一一月二一日から平成元年五月二〇日まで、上記(1) の内金五八三,〇〇〇,〇〇〇円に対する平成元年五月二一日から同月二九日まで、それぞれ約定の年五・五パーセント(年三六五日の日割計算)の割合による利息金合計金

(3)  損害金二四,一六四円

但し、上記(1) の内金七,〇〇〇,〇〇〇円に対する平成元年五月二一日から同月二九日まで約定の年一四パーセント(年三六五日の日割計算)の割合による遅延損害金

(4)  損害金

但し、上記(1) に対する平成元年五月三〇日から完済まで約定の年一四パーセント(年三六五日の日割計算)の割合による遅延損害金、証券番号第二四八七号の債権金額金七,〇〇〇,〇〇〇円の債務については平成元年五月二〇日の経過を以て弁済期を経過し、また、残額に関しても、債務者は、平成元年五月二九日和議開始の申立てを行ない、約定に基づき、同日をもって期限の利益を喪失し、同日残額全部の弁済期が経過した(なお、証券番号第二四八八号の債権金額金七、〇〇〇,〇〇〇円の債務及び証券番号第二四八九号の債権金額金八,〇〇〇,〇〇〇円の債務については証券面だけからも弁済期の経過は明白である。)。

別紙 物件目録

1 所在 東京都文京区小石川二丁目

地番 一九番一

地目 宅 地

地積 一四四・五九平方メートル

2 所在 東京都文京区小石川二丁目

地番 一九番二〇

地目 宅 地

地積 二〇二・七四平方メートル

3 所在 東京都文京区小石川二丁目一九番地二〇

家屋番号 一九番六

種類 居 宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板瓦交葺二階建

床面積 一階 七二・八二平方メートル

二階 三四・二八平方メートル

別紙 当事者目録<省略>

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