東京高等裁判所 平成3年(行ケ)106号 判決
第一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第二 そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。
1 成立に争いない甲第三号証(特許出願公告公報)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が下記のように記載されていることが認められる。
(1) 技術的課題(目的)
本願発明は、特に反射シート材料に使用される熱活性化接着剤(すなわち、加熱されることによつて接着層を展開する接着剤)に関する(第二欄第二行ないし第六行)。
反射シート材料に使用される熱活性化接着剤の室温感圧接着(熱活性化接着剤については、一般に「初期接着」と称している。)は、適当な範囲内にある必要がある。すなわち、初期接着の強さは、反射シート材料と支持パネルのアセンブリーを一緒に取り扱うに十分であるが、熱活性化操作を行うまでは、反射シート材料を被着体上で容易に移動し、位置決めできる低さである必要がある(第二欄第一三行ないし第三欄第二行)。
本願発明は、反射シート材料などに特に有用な性質を与える、新規な熱活性化接着剤を創案することである(第三欄第三行ないし第五行)。
(2) 構成
本願発明は、上記技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする特許請求の範囲第一項記載の構成を採用したものである(第一欄第二行ないし第一〇行)。
本願発明は、感圧接着性アクリレート重合体に、室温で固体の粘着性化樹脂を、室温粘着性を低下させるに十分な量を添加すると、諸性質(初期接着の適量、良好レベルの熱活性化接着など)の特異な結合が得られるという知見に基づくものである(第四欄第一一行ないし第一六行)。すなわち、少量の粘着性化樹脂の添加は接着剤の接着性を増大するが、より多量の粘着性化樹脂の添加は、アクリレート重合体が単独で示す接着性を低下させるのである(第六欄第二二行ないし第二七行)。
(3) 作用効果
本願発明の接着剤組成物は、特に反射シート材料の接着層として有用である(第七欄第一九行及び第二〇行)。すなわち、最小量の初期接着は、熱活性化操作前の取扱い中、反射シート材料をパネルに保持させることを可能にする(第六欄第四二行ないし第七欄初行)。
2 原告は、本願発明が初期接着性も有するがその初期接着性をできるだけ低下させた熱活性化接着剤の創案を技術的課題(目的)とするのに対し、引用例記載の発明は初期接着性を有せず比較的低温の加熱によつて活性化する熱時感圧性接着剤の創案を技術的課題(目的)としており、両発明は異なる技術的思想である、と主張する。
そこで引用例記載の技術内容を検討するに、成立に争いない甲第四号証によれば、引用例記載の発明は「常態においては物体面に感触粘りつき性(タツキー)が低く実質的に接着しないが(中略)比較的低い加熱で短時間加熱することにより、熱感応して(中略)十分な接着強度を発揮する」(第一頁右下欄第一三行ないし第一八行)接着テープ等に関するものであつて、常温ではタツキーが低いため物体面に実質的には接着せず、通常の感圧性接着剤に比較すると数倍ないし数百倍の弾性率を有すること(第四頁左下欄第一五行ないし第一七行)を特徴とするものと認められる。そして、同号証によれば、引用例記載の発明の実施例一ないし五のタツク値は、いずれも三以下にとどまることが認められる(第五頁右下欄第一表、第六頁左上欄第二表)。
このように、引用例に開示されている接着剤は、初期接着力が、加熱によつて得られる本来の接着力に比較すると遥かに弱い範囲に抑えられているが、初期接着力を全く有しないものではない。なお、成立に争いない甲第五号証(マイケルP・ダニエルの宣誓供述書)によれば、同宣誓供述書に記載された実験結果は、本願発明の接着剤の構成に含まれる試料Aと、引用例の実施例四に記載されている接着剤である試料Bが、初期粘着性の程度において差があることを示すにすぎないと認められるから、これによつて上記認定を左右することはできない。
したがつて、本願発明と引用例記載の発明は常温において低い接着性を有する熱活性化接着剤である点において同一であるとした審決の認定に、誤りはない。
3 原告は、本願発明の粘着性化樹脂がアクリレート重合体の初期接着性を低下させるために添加されるのに対し、引用例記載の熱溶融性樹脂は熱時感圧性接着剤に接着性を付与するために付加されるものであつて、物質として同一であると即断することはできない、と主張する。
しかしながら、引用例に開示されている接着剤が、加熱によつて得られる本来の接着力に比較すると遥かに弱い範囲に抑えられているが、ある程度の初期接着力を有していることは上記のとおりである。そして、このように弱い初期接着力は、アクリレート重合体に特定量の熱溶融性樹脂を添加することによつて得られるのであるから、本願発明の粘着性化樹脂と引用例記載の熱溶融性樹脂は、アクリレート重合体が本来有する接着力に対して同一の挙動を示す物質であることが明らかである。のみならず、前掲甲第三号証によれば本願明細書には粘着性化樹脂の実施例として中軟質熱可塑性クマロン―インデン樹脂が開示され(第九、一〇欄第Ⅱ表の例六)前掲甲第四号証によれば引用例には熱溶融性樹脂の実施例としてクマロンインデン樹脂が開示されている(第四頁右下欄第一三行及び第一四行)のであるから、本願発明の粘着性化樹脂と引用例記載の熱溶融性樹脂との間には実質的な差異はないとした審決の認定判断に、誤りはない。
この点について、原告は、中軟質熱可塑性クマロン―インデン樹脂とクマロンインデン樹脂は性質を異にする別異のものであると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
また、原告は、本願発明の粘着性化樹脂添加量の上限は約四〇部までと解されるところ、引用例記載の熱溶融性樹脂添加量の下限は五〇重量部であるから、両者は重複する関係にない、と主張する。しかしながら、本願発明の特許請求の範囲において粘着性化樹脂添加量の上限が何ら限定されていないことは上記のとおりであつて、原告の上記主張は発明の要旨に基づかないものである。しかも、前掲甲第三号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明にもその上限は記載されておらず、かえつて、第九、一〇欄第Ⅱ表の例三には、アクリレート重合体六〇部に対し粘着性化樹脂四〇部(すなわち、アクリレート重合体一〇〇部に対し粘着性化樹脂六七部)を添加した旨の記載があることが認められるところ、前掲甲第四号証によれば、引用例の特許請求の範囲第一項には共重合体一〇〇重量部に対し熱溶融性樹脂五〇~二〇〇重量部を添加することが記載されていることが認められるから、本願明細書に記載されている実施例三は、引用例記載の発明における熱溶融性樹脂の添加量の範囲に含まれることが明らかである。
さらに、原告は、引用例記載の発明の実施例ではヘキサメチレンジイソシアネートと水を付加物として使用していることを指摘するが、前掲甲第四号証によれば、これらは、低温においても反応を速やかに行うための架橋材として付加されているにすぎないと認められる。したがつて、この点を捉えて本願発明の粘着性化樹脂と引用例記載の熱溶融性樹脂が実質的に異なると理解することはできない。
4 以上のとおり、本願発明と引用例記載の発明の一致点に関する審決の認定に誤りはなく、本願発明は引用例記載の発明と同一であるとした審決の認定判断は正当であつて、審決には原告が主張するような違法はない。
第三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとする。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
アクリレート重合体及び室温で固体の粘着性化樹脂を含む熱活性化接着剤であつて、
アクリレ―ト重合体が少なくとも一〇〇g/cm幅の室温感圧接着の能力があるものであり、
粘着性化樹脂が接着剤の室温感圧初期接着を粘着性化樹脂の添加前のアクリレート重合体の感圧接着よりも少なくするのに十分な、アクリレート重合体一〇〇部当たり二〇部以上の量で含まれていること
を特徴とする。熱活性化接着剤