東京高等裁判所 平成3年(行ケ)166号 判決 1993年12月21日
栃木県下都賀郡野木町大字友沼5925番地4
原告
精米技研株式会社
代表者代表取締役
杉晤夫
東京都千代田区外神田4丁目7番2号
被告
株式会社佐竹製作所
代表者代表取締役
佐竹利彦
訴訟代理人弁護士
池田昭
同弁理士
竹本松司
同
杉山秀雄
同
湯田浩一
主文
特許庁が昭和63年審判第14545号事件について平成3年4月25日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者が求めた裁判
1 原告
主文と同旨の判決。
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「米粒処理方法およびその装置」とする特許第1421331号の発明(昭和54年9月18日特許出願、昭和62年6月17日出願公告、昭和63年1月29日設定登録)の特許権者である。
原告は、昭和63年8月5日、被告を被請求人として、特許庁に対し、上記特許の内、特許請求の範囲第1項記載の発明(以下「本件第1発明」という。)に係る特許について無効審判を請求した。
特許庁は、上記請求を、昭和63年審判第14545号事件として審理した結果、平成3年4月25日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をなした。
2 本件第1発明の要旨(特許請求の範囲第1項の記載)
米粒を精白して精白米とし、その後この精白米に水分含有気体を作用して調湿することを特徴とする米粒処理方法(別紙図面1参照)。
3 審決の理由
審決の理由は、別紙昭和63年審判第14545号事件審決書写し理由欄記載のとおりである(但し、8頁8行目のⅢ、11頁16行目のⅣ、14頁18行目のⅤとあるはそれぞれ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵの誤記である。)。引用例1については別紙図面2参照。
4 審決を取り消すべき事由
(1) 審決の理由中、Ⅰ項のうち本件第1発明が特許請求の範囲第1項の記載のとおりであること、Ⅱ項(請求人の主張)、Ⅲ項の1(請求人の明細書の記載不備の主張)Ⅳ項の1(引用例1の記載)、同項の2(本件第1発明((本件発明とあるは本件第1発明の趣旨である。))と引用例1記載の発明との一致点及び相違点。但し、相違点は実質的なものではない。)、Ⅴ項の2(引用例2の記載、但し、審決書12頁9行ないし10行の「何ら示唆する記載もない。」との記載は「何の記載もない。」という趣旨で認める。)、同項の3(引用例3の記載、但し、審決書12頁19行ないし20行の「何ら示唆する記載もない。」との記載は「何の記載もない。」という趣旨で認める。)、同項の4(引用例4の記載)、同項の5のうち、本件第1発明(本件発明とあるは本件第1発明の趣旨である。)と引用例2ないし4記載の発明との一致点、相違点及び引用例2、3には、水分含有気体を用いることにより均一な調湿が可能となり、胴割れを防止することも記載されているが、いずれも玄米における調湿に関するものであることは、いずれも認める。その余はすべて争う。
(2) 審決を取り消すべき事由
<1> 明細書の記載不備(特許法36条3項((昭和60年法律41号によるもの))の規定違反)の主張に対する認定判断の誤り(取消事由1)
本件第1発明の特許出願に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明の項には、下記(a)ないし(e)の点で当業者が容易に実施をすることができる程度に、本件第1発明の構成及び効果が記載されていないにもかかわらず、審決が、本件明細書には、当業者が容易に実施をすることができる程度に、本件第1発明の構成及び効果が記載されていないとする根拠は見い出せないと認定判断したことは誤りである。
(a) 特許請求の範囲第1項に記載された「水分含有気体」について、本件明細書の発明の詳細な説明の項における実施例の説明の記載及び図面では、「水分含有気体」を発生する装置はすべて、大気中に開放状態で空気を吸引しており、同項には、空気以外の気体を用いる記載は全くなく、「気体」について空気、気体の水、水蒸気以外は記載されていない。しかしながら、「水分含有気体」の「気体」は、上記の気体に限定されないから、特許請求の範囲第1項に記載された「水分含有気体」は本件明細書の発明の詳細な説明の項に記載した発明の範囲を越えており、発明の詳細な説明の項では、当業者が実施できる程度に特定がされていない。
また、精白米及び玄米を加湿し得る水の状態は、米の加湿機構上、気体か液体以外であり得ないが、本件明細書の発明の詳細な説明の項において、「水分含有気体」のうちの水分について、加湿する水の状態が気体か液体かさえも特定しておらず、当業者が理解し得ない。
(b) 特許請求の範囲第1項の「作用して」について、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、どのような条件下でどのような手段を採用して水分含有気体を作用させるかについて説明されておらず、その結果に関する説明の記載もない。本件明細書の発明の詳細な説明の項に加湿装置槽4内で標準含水率まで加湿された精白米が調湿機41に送られることが記載されているが、精白米とする工程で精白米は正確に標準含水率に加湿され、その後の精白米は加湿する必要がないことが記載されていて、水分含有気体で調湿する作用はなく、調湿機41では水分含有気体の調湿の作用はないから、精白米を調湿する調湿機41では作用の記載が欠落しており、発明の基本的構成に基づく「作用」の結果としての「効果」の記載がない。したがって、特許請求の範囲第1項の記載と矛盾している。
(c) 本件明細書の発明の詳細な説明の項において、「白米」という用語が、「精白米」という用語とともに用いられ、用語が明細書全体を通じて統一して使用されていないため、かかる用語の使用が、特許請求の範囲第1項の記載とは矛盾し、またこれらの用語の意味が不明となっている。
(d) 本件明細書の発明の詳細な説明の項では、本件第1発明の方法の構成、作用、効果が、具体的数値により表現されていないため、当業者が客観的に理解ができず容易にその実施をすることができない。
(e) 本件明細書の発明の詳細な説明の項では、本件第1発明の目的、構成が作用とともに説明されておらず、効果についても具体的に記載されていない。
<2> 相違点についての認定判断の誤り(取消事由2)
審決は、引用例1記載の「霧水」が本件第1発明における「水分含有気体」と実質的に同一であるといえないと認定判断した。
しかしながら、引用例1記載のスプレーガンより噴出する「霧水」は、本件第1発明の「水分含有気体」と全く同一物で、同一作用をして、精白米の加湿という同一の発明目的を達成するものである。すなわち、引用例1には、塗料の吹付けに最も多く使用されている噴霧機の機能を転用したもので、加圧空気で液体を噴出させて霧化するスプレーガンが示されているが、本件明細書にはスプレーガンと同機能の、加圧空気で噴霧する霧発生機19が示されている。本件第1発明の「水分含有気体」については、本件明細書に、特定して定義されておらず、その特性、作用に関する記載はないのに、審決は、本件第1発明の作用、効果を奏するものであれば、何でもよいと判示しているが、本件第1発明の精白米の加湿機構において、「水分含有気体」の気体は噴霧した水の微細な水滴を浮遊させるキャリアーとして働き、加湿作用には加わらず、加湿作用をなすものは、気体ではなく、霧状の微細な水滴である。そうすると、スプレーガンで噴出する「霧水」と本件第1発明の「水分含有気体」とはともに噴出する空気の有無にかかわらず、精白米の加湿技術上、本質的には同一である。
したがって、引用例1記載の「霧水」が本件第1発明における「水分含有気体」と実質的に同一であるといえないとした審決の認定判断は誤りである。
そして、本件第1発明において、精白米の加湿において、加湿技術上の基本的な条件である、加湿速度、時間当たりの加湿水量、加湿総量、亀裂粒発生度等、引用例1記載の発明と相違すると判断できる具体的に比較できる数値で表した構成は要件となっておらず、本件第1発明と引用例1記載の発明とは構成は全く同一である。
<3> 特許法29条2項の規定違反の主張に対する認定判断の誤り(取消事由3)
(a) 本件第1発明は、引用例1記載の発明に「高湿度空気を用い長時間にわたる低速度の精白米の加湿では通常亀裂粒の発生のない」という公知の知識(甲第8号証)を適用すれば当業者であれば、容易に想到できたものであるのに、審決は、本件第1発明が引用例1記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることができないと誤って判断した。
(b) 審決が、引用例2ないし4に水分含有気体を作用して調湿することが記載されていても、玄米に関するものである以上、引用例1に記載された精白米を調湿する方法として引用例2ないし4に記載された方法を適用することは容易になし得るとすることはできないと認定判断したのは誤りである。
米の加湿技術において、精白米も玄米も、気体又は液体のいずれかの状態の水を吸収させ水分を増加させることで、加湿機構上では本質的には差異はないから、引用例1に記載された精白米を調湿する方法として引用例2ないし4に記載された方法を適用することは容易になし得ることである。
(c) 審決の、本件第1発明は、本件明細書に記載されたとおりの、引用例1ないし4の記載からは予期し得ない、顕著な効果を奏しているとの判断もまた誤りである。
本件明細書では、「水分含有気体」は特定されておらず、その作用及び効果も記載されていないのであるから本件第1発明の「水分含有気体を作用させる」ことによる効果が顕著なものとはいえない。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。但し、審決のⅣ項2及びⅤ項5で摘示されている「本件発明」は本件第1発明の趣旨であることは認める。
2(1) 取消事由1について
<1> 「水分含有気体」について
本件明細書には、気体を空気に限定する記載はなく、本件第1発明における作用効果を奏し得る気体であるならば何でもよく、炭酸ガスとか窒素ガスなどの従来より米粒に対して用いられてきた気体であるならば、その種類は問わないことは当業者にとって自明である。また、水分については本件第1発明における作用効果を奏する液体状態(気体と一緒に移動可能な程度の微細な水滴)及び水蒸気といった気体状態の水を含むことは当業者にとって自明である。
したがって、「水分含有気体」という用語が当業者にとって理解し得なく、本件第1発明を容易に実施できないということはない。
<2> 「作用して」について
本件明細書の発明の詳細な説明の項の記載(甲第2号証2頁4欄13行ないし31行)を見れば、水分含有気体である湿風を精白米に当てて加湿作用を実施することが読み取れ、さらに、同項の記載(3頁5欄43行ないし6欄31行)を見れば、「作用して」とは、精白米に水分含有気体が接触することであることは当業者であれば自明であるから、本件第1発明を容易に実施できないということはない。
なお、加湿装置槽4は、玄米を貯蔵するだけでなく、精白米を加湿するものであって、本件第1発明の実施例であることは、本件明細書の発明の詳細な説明の項の記載(甲第2号証2頁4欄14行ないし18行)から明らかである。次に、加湿装置槽4における調湿の後工程に加水摩擦式精米機20が設けられている点については、通常の精米工程は連座式精米装置3で終了し、その後、加湿装置槽4にて精白米を標準含水率に仕上げ、この後に加水摩擦式精米機20で付加的に精白米に超光沢を与えるために研磨するものである。そして、加水摩擦式精米機20で処理された超光沢精白米は、その処理のため米粒相互の摩擦によって高温となっており、これをそのまま大気中に放置するとその表面の水分が蒸発し、標準含水率に達しなくなるため、調湿機41でこの蒸発水分を補うものである。したがって、調湿機41もまた本件第1発明の実施例である。
<3> 「白米」と「精白米」の用語について
本件明細書の発明の詳細な説明の項には超光沢精白米が水分含有気体により調湿される旨の記載があるから、本件明細書の一部に「白米」という記載があっても、「白米」の用語が「精白米」の同義で用いられていることは明らかであり、その用語の意味は明らかであるから、当業者が容易に実施できないものではない。
<4> 発明内容の具体的な数値限定について
本件明細書の発明の詳細な説明の項に、通常の精米機に関する実施例と、この後工程に設けた加水摩擦式精米機に関する実施例との二つが記載されており、また、「白米の調湿に水分含有気体を用いることによって米粒に急激な水分膨張を起こさないようにし、米粒に対する加湿を均一にすると共に総加湿時間が短かく、加湿効率の高い米粒処理方法」を提供する(甲第2号証2頁3欄33行ないし37行)という目的及び「亀裂のない均一水分の標準含水率の美味精白米を効率よく得ることができ、従来不可能とされていた精白米の調湿を可能としたものである。」(同号証3頁6欄7行ないし10行)という効果が記載されており、数値的説明がなくても、当業者であれば、本件明細書の発明の詳細な説明の項の記載をみれば、容易に実施できるものである。
<5> 本件第1発明の目的、構成、効果の記載について
本件明細書の発明の詳細な説明の項には、「本発明の米粒処理方法は米粒を精白して精白米とし、その後この精白米に水分含有気体を作用して調湿することを特徴とし」(甲第2号証2頁3欄39行ないし42行)という本件第1発明の構成が記載され、前記<4>に述べたように、本件第1発明の目的及び効果が記載されているから、本件第1発明の構成が記載されており、その目的及び効果についても記載されている。
したがって、本件第1発明の目的、構成及び効果が当業者が容易に実施できる程度に記載されている。
(2) 取消事由2について
引用例1記載の発明に用いられたスプレーガンは、その発明の詳細な説明の項の記載によると、霧水を噴出するものとされているが、引用例1の第1図(別紙図面2の第1図)をみると、スプレーガン3へ導かれている配管は1本しか図示されておらず、スプレーガンの先端部分に圧縮空気を導く配管がないことから、スプレーガン3には水と空気が同時に導入されることはないと解される。したがって、引用例1に記載されたスプレーガンは水のみを霧状に微細化して噴出するものと解される。
また、上記図面では、スプレーガン3の取付け位置が排出口9と反対側の流樋2側の上部空間となっていることや、この発明の目的が標準含水率となるよう水分を添加するとともに米粒の相互の摩擦によって米粒面を滑面化することであるから、上記図面のドラム1内の流樋2側に供給され転動しながら排出口9側に移動する米粒は、供給当初の流樋2側における水分添加によって標準含水率にまで均一に加湿されることにより、その表面が全体的に軟化され、その後の転動による米粒相互の摩擦作用によって米粒面が目潰しされ、滑面化されて光沢が付与されドラム1外に排出されるものである。引用例1記載の発明は水分添加-米粒表面の軟化-転動-滑面化の時系列のプロセスを経るものである。そうするとスプレーガン3は水のみを霧状に微細化して噴出し、その下方の狭い範囲に水を沈降させるものと解さざるを得ない。仮に、スプレーガン3から空気に混合された水が噴出されると、ドラム1内全体にその混合気体が充満するばかりか、ドラム1の左右に設けられた大きな開口部より外部にまで漏れ出て、米粒への適正な水分添加量の調節管理が困難となるばかりでなく、転動により米粒相互の摩擦作用によって米粒面が目潰しされ、滑面化される過程においても水分が添加されることから表面が軟質化された米粒がドラム1から排出されることとなり、滑面化が出来なくなるから、この発明の目的を達成することは不可能である。
したがって、引用例1記載のスプレーガンは本件第1発明の水分含有気体を噴出するものではない。
なお、本件第1発明の実施例でいう霧発生器19は、加水摩擦式精米機20における水分添加を行なうもので、本件第1発明の調湿とは無関係である。
また、スプレーガンには気体中には液体を含有させない所謂エアレスガンと称されるものがある(甲第13号証の1及び2)から、スプレーガンによって霧水を噴出することが必然的に気体中に水分を含有せしめたものを噴出させることにはならない。塗装のためのスプレーガンは圧力によって塗料を微小化し、一定距離飛散させ、直接塗装対象物に付着させるものである。これに対して本件第1発明の「水分含有気体」は大気中に積極的に浮遊させて目的物たる精白米に付着させるものである点において大きな差異がある。
引用例1及び甲第13号証の1ないし3には、本件明細書記載の目的及び効果、特に「米粒に急激な水分膨張を起こさないようにし、米粒に対する加湿を均一にすると共に総加湿時間が短く、加湿効率の高い」という目的及び「亀裂のない均一水分の標準含水率の美味精白米を効率良く得ることができ」るという効果は記載されていない。
したがって、本件第1発明は、引用例1記載の発明とは同一ではなく、また、当業者が同発明を転用して容易に発明をなすことができたものとはいえない。
(3) 取消事由3について
玄米の加湿と精白米の加湿とは全く異質であって、その目的、構成及び効果を異にする。そして、本件第1発明の出願前、通常の精白米は、高湿度の空気を用いて、低速度で加湿するときは殆ど亀裂発生はないことが公知の事実ではなかった。甲第8号証は本件第1発明の出願後に公開されたものであって、引用例2ないし4はいずれも玄米の加湿に関するものであり、甲第14号証は精白米の加湿に関するものではない。
したがって、引用例1記載の発明に引用例2ないし4の発明を適用することは当業者にとって容易になし得ることではない。
第4 証拠関係
証拠関係は本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本件第1発明の要旨)、3(審決の理由)は当事者間に争いがない。
審決の理由中、引用例1の記載並びに本件第1発明と引用例1記載の発明との一致点及び相違点(但し、原告は実質的な相違点であることは争っている。)は当事者間に争いがない。
2 本件第1発明の概要
成立に争いのない甲第2号証(特公昭62-27849号公報)によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件第1発明は米粒処理方法に関するものである。
(2) 一般に米飯の食味に重要となるのは白米の標準含水率であるとされている。この含水率は例えば14.5ないし15パーセントであるが、従来加湿調質を施した玄米でもこれを精米装置に供給するとその水分の大部分は糠とともに機外に排除され、精白された白米の含水率が13.5パーセント位に減少することがあり、さりとて、白米は吸湿性が大きいため、一度に多量の水分を断続的に直接供給する処理法を白米に施すと忽ち亀裂を生じることがあった。
(3) そこで、本件第1発明は、白米の調湿に水分含有気体を用いることによって米粒に急激な水分膨張を起こさないようにし、米粒に対する加湿を均一にするとともに総加湿時間が短く、加湿効率の高い米粒処理方法を提供することを目的として、本件第1発明の要旨記載のとおりの構成を採択し、その結果、亀裂のない標準含水率の精白米を得ることができる効果を奏することができた。
3 取消事由について
(1) 取消事由1について
<1> 水分含有気体について
前掲本願第1発明の要旨によれば、本願第1発明の構成要件である水分含有気体を構成する気体の種類は限定されておらず、前掲甲第2号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の項にも、本件第1発明の構成要件である水分含有気体を構成する気体の種類を特定する記載がないことが認められる。なお、原告主張のように、本件明細書(前掲甲第2号証)の発明の詳細な説明の項における実施例の説明の記載及び図面によれば、水分含有気体を発生する装置はすべて、大気中に開放状態で空気を吸引する構造となっていると解され、水分含有気体に空気が含まれると認められるが、これは一実施例にすぎず、かかる実施例から、気体が空気に限定されるものと解されるものではない。他方、かように、かかる気体の種類が特定されていないからといって、本件第1発明の構成要件である水分含有気体が全種類の気体を含むものと解すべきではなく、前記2判示の本件第1発明の作用効果を奏するための米粒の調湿に用いる水分のキャリア(媒体)として用いられることが当業者にとって本件第1発明の出願前から自明である種類の気体が、本件第1発明の構成要件である水分含有気体を構成する気体であると解すべきである。
次に、本件第1発明の構成要件である水分含有気体を構成する水分については、水分含有気体という表現から、水は気体に含有される状態であるものと解されるところ、かかる状態の水には、固体状態の水は含まれないことが明らかであり、液体状態であっても、すべての状態の水ではなく、加湿という目的からみて、気体とともに移動可能な程度の微細な水滴の状態に限定されるか、あるいは、気体状態から一部水滴の状態になって蒸気として気体中に漂っているものを含むことは明らかである。
前掲本件第1発明の要旨では、水分含有量が特定されていないが、水分含有気体を構成する気体中の水分は、本件第1発明の作用効果を奏するに必要な量の水分を意味するものと解され、かかる量は当業者が適宜調節して決定し得るところであるから、水分含有量が特定されていないからといって、発明の実施ができないものではないと認められる。
<2> 「作用して」について
前掲甲第2号証には、「…前記切換弁30を循環行程に戻して継続的に所定時間の加湿作用を実施する。」(2頁4欄15行ないし17行)、「…また該槽内の加湿部12は無加湿部13より大容積になるようにすると共に、所量大容量の精白米を所定水分に時間的に効率よく、しかも連続的に加湿するために区割状の加湿装置槽4A、4B、4C、4Dを並列的に配設してある。」(2頁4欄26行ないし31行)、「精米装置から供給された白米は加湿装置槽において標準含水率まで正確に加湿され、必要に応じて冷湿装置槽に移され、更に加湿精米機を経て標準含水率の美味美麗な白米に仕上げられる。」(3頁5欄12行ないし16行)、「加湿精米機においても白米粒の表面に固着した糊粉層を軟化して払拭除去する表面処理に止まり、添加水分は…、白米の標準含水率には関係しないのが原則である。」(3頁5欄20行ないし25行)、「したがって、加水摩擦式精米機20で超光沢精白米とされた米粒は調湿機41内の米粒通路55を通過する際、湿風発生装置48で発生され、水分含有気体供給路51より送られる水分含有気体により、均一に調湿される。」(3頁5欄43行ないし6欄3行)と記載され、上記記載によれば、本件明細書には、本件第1発明の構成及び作用が記載され、これによりその加湿作用がどのように行なわれるかについても知ることができるものということができる。
なお、原告は、精白米を調湿する調湿機41は、調湿する作用はなく、特許請求の範囲第1項の記載と矛盾すると主張するが、前掲甲第2号証の上記記載及び添付の図面(別紙図面1)によれば、精白米(精白米と白米の用語の混同については後記<3>で述べる。)の精米度を上げたり、光沢を付与することが必要な場合、加湿装置槽において標準含水率に一旦加湿された精白米を、加水摩擦式精米機20で更に精米を行なうもので、かかる行程では、添加水分は精白米の標準含水率には関係しないのが原則と認められるが、加水摩擦式精米機20における精米の行程で、米粒の表面を摩擦して糊粉層を軟化して払拭除去する表面処理中、精白米の含水率が標準含水率に達しなくなる場合が全くないとは認めることはできず、かかる処理の後、標準含水率に達しなくなった精白米を、調湿機41で調湿することは、「精白後、この精白米に水分含有気体を作用して調湿する」との特許請求の範囲第1項の記載と矛盾するものではない。
<3> 「白米」と「精白米」の用語について
前掲甲第2号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の項に、「白米の標準含水率」(1頁2欄22行ないし23行)、「精白された白米」(2頁3欄17行)、「食味に好適する14.5%含水率の白米」(2頁3欄19行)、「元来白米は」(2頁3欄21行)、「終局の目的である白米を」(2頁3欄25行)、「吸湿性の大きい白米」(2頁3欄29行)、「白米の加湿」(2頁3欄31行ないし32行)、「白米の調湿」(2頁3欄33行)、「米粒を精白して精白米とし、その後この精白米に水分含有気体を作用して」(2頁3欄40行ないし41行)、「搗精された白米」(2頁4欄13行)、「所定大容量の精白米」(2頁4欄28行)、「所定水分に加湿された白米」(2頁4欄33行ないし34行)、「美麗な白米に搗精」(2頁4欄42行)、「白米に亀裂させない」(3頁5欄8行)、「低温白米を急冷する」(3頁5欄9行)、「白米を加湿精米機に供給すると全行程において終始白米粒面に」(3頁5欄10行ないし11行)、「供給された白米」(3頁5欄13行)、「美味美麗な白米に仕上げられる」(3頁5欄16行)、「白米の標準含水率」(3頁5欄20行及び24行)、「白米粒」(3頁5欄21行及び23行)、「超光沢を付与された精白米」(3頁5欄28行)、「超光沢精白米とされた米粒」(3頁5欄43行ないし44行)、「米粒を精白して精白米とし、その後この精白米に」(3頁6欄5行)、「美味精白米を効率よく得ることができ、従来不可能とされていた精白米の調湿」(3頁6欄7行ないし9行)との記載があり、白米の用語を使用している箇所と精白米の用語を使用している箇所とがあるが、いずれの用語もその前後の文脈からみて、玄米を精白したものを意味するものとして用いられていると認められ、かかる用語の使用箇所の差異に格別の意義がないと認められる。そして、このように白米と精白米とが用語としていずれも玄米を精白したものを意味するものとして用いられていることについては当業者が容易に判断できると認められるから、両者の用語の間に混同が生じるものとは認められない。
<4> 数値限定について
前記本件第1発明の要旨によれば、本件第1発明において、いずれの構成要件も数値による限定がないことが認められる。しかして、前掲甲第2号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の項に本件第1発明を実施するための装置を用いた米粒処理方法の実施例が記載されているが、当業者であれば、かかる記載をみれば、本件第1発明を容易に実施できるものと認められる。なるほど、上記実施例において、作用させる水分含有気体の水分と気体との割合作用させる時間等の具体的数値は記載されていないことが認められるが、当業者であれば、かかる装置を実施するについて、本件第1発明の目的、作用、効果を勘案して、最も相応しい数値を選択して実施することができると認められるから、特に数値を限定しなくとも、本件第1発明が実施できないものではないと認められる。
<5> 本件第1発明の目的、構成、効果について
前掲甲第2号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、本件第1発明の目的についで「白米の調湿に水分含有気体を用いることによって米粒に急激な水分膨張を起こさないようにし、米粒に対する加湿を均一にすると共に総加湿時間が短く、加湿効率の高い米粒処理方法を提供することを目的とする。」(2頁3欄33行ないし38行)と記載され、本件第1発明の構成については、本件第1発明を実施するための装置を用いた米粒処理方法が作用とともに具体的に記載(2頁4欄2行ないし3頁6欄3行)され、さらに、本件第1発明の効果について、「亀裂のない均一水分の標準含水率の美味精白米を効率良く得ることができ、従来不可能とされていた精白米の調湿を可能としたものである。」(3頁6欄7行ないし10行)と記載されていることが認められるから、本件明細書には、当業者が容易にその実施ができる程度に、本件第1発明の目的、構成、効果が記載されていると認められる。
よって、原告の特許法36条3項の規定違反の主張に対する審決の判断は正当であるから、取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2について
<1> 前記のとおり、審決摘示に係る引用例1の記載、本件第1発明と引用例1記載の発明との一致点及び相違点については当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第9号証(特公昭39-13005号公報、引用例1)には、引用例1記載の発明の技術的課題として、「標準水分含有率に乾燥調整された玄米を精米機によって精白すると発熱と噴風によってその含有水分が気化散逸し標準水分に対して減少を来しそれだけ歩留りの損耗を来すので、この発明では廻転ドラム内においてこの不足分の水分を補足するために添加すると共にドラムの廻転によって米粒に雪崩状の流動を与え米粒相互に摩擦させて粒面の目潰しを行い光沢を帯びさせるものである。」(1頁左欄23行ないし右欄5行)旨記載されていることが認められ、同号証の図面(別紙図面2)において、1は横に廻転自在に装架したドラム、2はドラム1に精白米を供給する流樋、3は霧水を噴出するスプレーガン、9は排出口、10は精白米を示すものと図示されていることが認められ、さらに、同号証には、その効果として、「この発明は米粒相互の自重による自然流動によって極めて緩慢な摩擦を与え適度の水分により粒面を目潰しして滑面化するので有害な損耗を防ぎ無駄な動力をも必要とせず能率的であると共に標準水分を含有させた美麗な精白米に仕上げる効果を有するものである。」(1頁右欄10行ないし15行)旨の記載があることが認められる。
上記記載及び当事者間に争いのない審決摘示の引用例1の記載によれば、引用例1には、次の技術的事項が記載されそいるものと認められる。
(a) 精白米が所定の標準含水率となるように適量の水分を添加する白米の水分調節方法であること。
(b) 水分の添加を霧水を噴出するスプレーガンで行なうこと。
(c) 標準含水率の美麗な精白米に仕上げることができ、精白米の調湿を可能としたこと。
原告は、審決が相違点として摘示した、本件第1発明の「水分含有気体」と引用例1記載の発明の「スプレーガンから噴出される霧水」とは実質的に同一であると主張するので、検討する。
本件第1発明の「精白米に水分含有気体を作用して調湿する」との構成要件の技術的意義は、前記2で判示した白米の調湿に水分含有気体を用いることによって米粒に急激な水分膨張を起こさないようにし、米粒に対する加湿を均一にするとの本件第1発明の目的から解して、調湿処理する装置内で精白米と接触する気体が水分含有気体であればよいということであると解される。
次に、引用例1記載の発明についてみるに、引用例1の前記記載及び図面(別紙図面2)によれば、ドラム1の両端は流樋2及び排出口9によって開口されており、明らかに大気を連通していることが認められる。そうすると、ここにスプレーガン3より霧水を噴出すれば、霧水が空気を含まない状態であっても、当然にドラム1内の大気は、霧水を含んだ状態の空気になっているものと認められる。前記(1)<1>で判示したとおり、水分含有気体における気体が空気を含むものであるから、上記の状態の空気が、本件第1発明の構成要件である「水分含有気体」に含まれることは明らかである。
してみると、本件第1発明と引用例1記載の発明との相違点である「水分含有気体」と「スプレーガンから噴出される霧水」とは、調湿処理する装置外で水分含有気体を作り出してから該装置内に導入するか、該装置内で水分含有気体を作り出しているかの相違にすぎず、前記本件第1発明の要旨によれば、本件第1発明が水分含有気体を作り出す方法を限定していないことが認められるから、スプレーガンから噴出される霧水を空気と混じり合わせて作り出した水分含有気体もまた、本件第1発明の水分含有気体に含まれるものと認められる。
そして、引用例1記載の発明は、上記(a)及び(b)判示のとおり、スプレーガンから噴出される霧水で米粒に水分を添加して、精白米が所定の標準含水率となるようにするものであるから、精白米にスプレーガンで噴出された霧水が空気と混じった水分含有気体を作用して調湿するものであると認められる。
したがって、引用例1記載の発明は、精白米に「水分含有気体を作用して調湿」する点において、本件第1発明と一致することが認められるのである。
そして、前記のとおり、両発明が、「米粒を精白して精白米とし、その後この精白米を調湿する」点で一致することは、当事者間に争いがないから、両発明はその構成において実質的に変わるところはないものと認めることができる。
被告は、引用例1記載の発明において、スプレーガンは水のみを霧状に微細化し噴出し、その下方の狭い範囲に水分を沈降させるものであると主張し、その根拠として、引用例1記載の発明は水分添加-米粒表面の軟化-転動-滑面化の時系列のプロセスを経るもので、ドラム1内の流樋2側のみで水分添加がなされるのであって、転動により米粒相互の摩擦作用によって米粒面が目潰しされ、滑面化される過程においても水分が添加されることとすると表面が軟質化された米粒がドラム1から排出されることとなり、滑面化が出来なくなると主張する。
しかしながら、前掲甲第9号証には、「この発明は米粒相互の自重による自然流動によって極めて緩慢な摩擦を与え適度の水分により粒面を目潰しして滑面化する」(1頁右欄10行ないし12行)との記載があり、上記記載によれば、引用例1記載の発明において、転動による滑面化のプロセスにおいて水分添加がなされても、滑面化が出来なくなるとは解することはできず、ドラム1内の流樋2側のみで水分添加がなされると解することはできない。さらに被告は、もし、水分がスプレーガンによって、空気とともにドラム1内に充満すると、ドラム1内が大気と連通していることから、ドラム1の左右に設けられた大きな開口部より外部にまで漏れ出て、米粒への適正な水分添加量の調節管理が困難となると主張するが、当業者であれば、引用例1記載の発明の実施に際し、添加されるべき水分の量、霧水の粒子の大きさの選定等により、米粒への適正な水分添加量の調節管理は容易になし得ることと認められる。したがって、引用例1記載の発明において、スプレーガンによって、霧状に微細化し噴出された水分が、流樋2側の下方の狭い範囲に沈降し、ドラム1内に充満することはないとの被告の主張は採用できない。
被告は、さらに、塗装のためのスプレーガンは圧力によって塗料を微小化し、一定距離飛散させ、直接塗装対象物に付着させるものである。これに対して、本件第1発明の「水分含有気体」は大気中に積極的に浮遊させて目的物たる精白米に付着させるものである点において大きな差異があると主張する。
本件第1発明の「水分含有気体を作用して」との構成要件において、気体をキャリアーとして浮遊させる水分の状態が水蒸気か微細な水滴であるかについて特定されておらず、また、水分の濃度についても特定されておらず、さらに、いかなる態様で水分含有気体を作用させるのかについても特定されていないから、空気中に浮遊する微細な水滴を米粒に付着させて調湿する態様も含まれると解される。そして、前記<1>で判示した精白米が所定の標準含水率となるように適量の水分を添加するという引用例1記載の発明の技術的事項から判断して、同発明で用いられるスプレーガンが塗料吹付け用のものであっても、水分を塗料のように直接吹き付けるものとは解されず、当業者であれば、スプレーガンの圧力や添加されるべき水分の量を調節して、噴出された霧水がドラム1内に浮遊するようにして、空気中に浮遊する微細な水滴を米粒に付着させて調湿するものと解される。そうすると、引用例1記載の発明のスプレーガンによって霧水を噴出して精白米を調湿する方法と本件第1発明の大気中に水分含有気体を積極的に浮遊させて精白米に作用する方法とに大きな差異があるとは認められず被告の上記主張は採用できない。
(3) 以上のとおり、その余の取消事由について判断するまでもなく、審決は違法として、取り消されるべきである。
3 よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)
別紙図面 1
<省略>
別紙図面 2
<省略>
昭和63年審判第14545号
審決
栃木県下都賀郡野木町大字友沼5925番地
請求人 精米技研 株式会社
東京都千代田区外神田4丁目7番2号
被請求人 株式会社佐竹製作所
東京都港区虎ノ門1丁目1番11号 虎一ビル6階
代理人弁理士 竹本松司
東京都港区虎ノ門1丁目1番11号 虎一ビル6階
代理人弁理士 杉山秀雄
東京都港区虎ノ門1-1-11 虎一ビル6階 あいわ内外特許事務所
代理人弁理士 湯田浩一
上記当事者間の特許第1421331号発明「米粒処理方法およびその装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
Ⅰ. 本件特許第1421331号発明(以下、「本件発明」という。)は、昭和54年9月18日に特許出願され、昭和62年6月17日に出願公告(特公昭62-27849号)がなされた後、昭和63年1月29日にその特許の設定の登録がなされたものであり、その発明の要旨は、明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項および第6項に記載されたとおりの「米粒処理方法」および「米粒処理装置」にあるものと認められるところ、その第1項に記載された発明(以下、「本件第1発明」という。)は次のとおりである。
「米粒を精白して精白米とし、その後この精白米に水分含有気体を作用して調湿することを特徴とする木粒処理方法。」
Ⅱ. これに対し、請求人は以下の(1)乃至(3)の理由で、本件第1発明の特許は特許法第123条第1項第1号あるいは第3号に該当し無効とされるべきであると主張している。
(1)本件第1発明は、その出願前国内において頒布された甲第1号証刊行物に記載された発明、あるいは同発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第1項第3号乃至同法第29条第2項に該当するものである。
(2)本件第1発明は、その出願前国内において頒布された甲第1号証刊行物乃至甲第4号証刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項に該当するものである。
(3)本件発明の明細書の発明の詳細な説明には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に本件発明の構成及び効果が記載されていないから、本件特許は特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
Ⅲ. そこで、まず上記(3)の理由について検討する。
1. 請求人は、本件発明の明細書の記載は、次の<1>乃至<5>の点で不備であると主張している。
<1>「水分含有気体」という用語は、発明の詳細な説明中にその意味を特定する説明がなく、気体の種類、水分含量及び気体中の水の状態、即ち、気体中の水が水蒸気であるか水滴であるか、が不明である。
<2>「作用して」と記載されているが、図面に調湿機41の説明が簡単にされているだけで、どのような条件でどのような手段を採用して行なうのかについて全く説明されていない。
<3>「白米」という用語と「精白米」という用語とが混同して用いられており、さらに「白米」に対しては「加湿」、「精白米」に対しては「調湿」とそれぞれ区分して用いられているため、これらの用語の意味が不明である。
<4>本件第1発明は米粒処理方法の発明であるが、その方法を具体的数値に基づいて実際上どのように具体化したかを示す実施例が記載されていない。
<5>本件第1発明の構成が作用と共に説明されておらず、効果についても具体的に記載されていない。
2. そこでこれらの点について検討する。
<1>について;
本件発明の明細書の記載からみて、「気体」は本件発明の作用、効果を奏し得るものであれば何でもよく、その種類は当業者にとって自明であり、また、「水分」も本件発明の作用、効果を奏し得るものであればその状態は何であってもよいことも自明である。
<2>について;
本件発明の明細書には「通孔10によって湿風発生装置11からの水分含有気体である湿風を給風路6Aを介して供給する」(本件公告公報第4欄第23行乃至第25行参照。)および「脈条傘44及び45の間は米粒通路55を形成し、水分含有気体供給路51と連通している。したかって、加水摩擦式精米機20で超光沢精白米とされた米粒は調湿機41内の米粒通路55を通過する際、湿風発生装置48で発生され、水分含有気体供給路51より送られる水分含有気体により、均一に調湿される。」(本件公告公報第5欄下から第4行乃至第6欄第3行参照。)と記載されており、これらの記載からみて「作用して」という用語が特に不明瞭な記載であるとすることはできない。
<3>について;
本件発明の明細書には「精白米を所定水分に時間的に効率よく、しかも連続的に加湿するため」(本件公告公報第4欄第28行乃至第29行参照。)および「所定水分に加湿された白米は」(本件公告公報第4欄第33行乃至第34行参照。)等の記載があり、「精白米」と「白米」とは同じものであることは明白である。
また、本件発明の明細書の記載からみて、「調湿」とは標準含水率まで加湿することを意味することも明白である。
<4>について;
本件発明の明細書には、本件発明の方法を実施するための装置を用いた実施例が記載されている。そして、本件発明は特に数値を限定するものでもない。よって、具体的数値に基づいた実施例が記載されていないことを理由に、当業者が容易に実施しうる程度に記載されていないとすることはでない。
<5>について;
本件発明の明細書には、本件発明の目的について、「白米の調湿に水分含有気体を用いることによって米粒に急激な水分膨張を起こさないようにし、米粒に対する加湿を均一にすると共に総加湿時間が短かく、加湿効率の高い米粒処理方法を提供することを目的とする」と明記され(本件公告公報第3欄第33行乃至第37行参照。)、本件発明の構成については、本件発明を実施するための装置を用いた米粒処理方法が作用とともに具体的に記載されている(本件公告公報第4欄第2行乃至第6棚第3行参照。)。さらに、本件発明の効果については、「亀裂のない均一水分の標準含水率の美味精白米を効率良く得ることができ、従来不可能とされていた精白米の調湿を可能としたものである。」と記載されている(本件公告公報第6欄第7行乃至第10行参照。)。
これらの記載からみて、本件発明の目的、構成及び効果が明らかにされているものと認められる。
3. 以上のとおり、本件発明の明細書には当業者が容易にその実施をすることができる程度に本件発明の構成、効果が記載されていないとする根拠は何ら見い出せないから、請求人の(3)の主張は採用することができない。
Ⅲ. 次に上記(1)の理由について検討する。
1. 請求人の提示した甲第1号証刊行物である特公昭39-13005号公報(以下、「引用例1」という。)には、「横または緩傾斜に廻転自在に装架したドラム内に供給する精白米が所定の標準含有率となるように該米粒に適量の水分を添加するとともに該ドラムを廻転して雪崩状に流動を与え米粒相互の摩擦によって米粒面を目漬しして滑面化することよりなる白米の水分調節仕上法」が記載されており、さらに「標準水分含有率に乾燥調整された玄米を精米機によって精白すると発熱と噴風等によってその含有水分が気化散逸し標準水分に対して減少を来しそれだけ歩留りの損耗を来たす」(第1頁左欄下から第3行乃至末行)こと、および適量の水分の添加がスプレーガンから噴出される霧水によって行なわれることが図面とともに記載されている(第1頁下から第7行乃至第6行および第1図参照。)。
2. 本件発明と引用例1に記載の発明とを対比すると、引用例1には米粒を精白して精白米とする工保は直接記載されていないが、引用例1に記載された精白米は米粒を精白して得られたものであることは当然のことであるから、本件発明と引用例1に記載の発明とは「米粒を精白して精白米とし、その後この精白米を調湿する」点で一致しているが、調湿のために精白米に作用させるものが、本件発明では「水分含有気体」であるのに対し、引用例1に記載された発明では「スプレガンから噴出される霧水」である点で相違している。
3. そこで上記相違点について検討する。
請求人は、スプレーガンは加圧空気の圧力で水等の液体を霧化して多量の空気と共に噴出するものであるから、引用例1に記載された発明における「スプレーガンから噴出される霧水」と、本件発明の「水分含有気体」とは実質的に同一であると主張するとともに、該主張を裏付けるために甲第5号証1(特公昭48-19371号公報)、甲第5号証2(特公昭48-8855号公報)および甲第5号証3(特公昭48-4851号公報)を提示している。
しかしながら、甲第5号証1乃至甲第5号証3に記載されているスプレーガンはいずれも塗料吹付用のものであるうえ、甲第5号証3に記載されたものはエヤースプレーガン、即ち、塗科を空気とともに噴出するものであるが、甲第5号証1及び甲第5号証2に記載されたものはエヤレスガン、即ち、塗料のみを噴出するものである。
してみれば、甲第5号証1乃至甲第5号証3の記載をもって直ちに引用例1に記載された「霧水を噴出するスプレーガン」が水分を気体とともに噴出するものであるとすることはできないから、引用例1記載の「霧水」が本件発明における「水分含有気体」と実質的に同一であるとはいえない。
本件発明は「水分含有気体」を用いることにより、「米粒に急激な水分膨張を起さないようにし、米粒に対する加湿を均一にすると共に総加湿時間が短かく、加湿効率が高い米粒処理方法を提供する」という目的に達成し、「亀裂のない均一水分標準含水率の美味精白米を効率良く得ることができる」という効果を奏するものである。
これに対し、引用例1には「霧水」と記載されているにすぎず、精白米の加湿における本件発明の前述のごとき目的及び効果を示唆する記載は全くないから、本件発明が引用例1の記載に基づいて容易に発明をすることができたものであるとすることもできない。
よって、請求人の主張する(1)の理由を採用することはできない。
Ⅳ. 最後に上記(2)の理由について検討する。
1. 引用例1に記載された発明については、すでに前項Ⅲにおいて記述したとおりである。
2. 請求人の提示した甲第2号証刊行物である特公昭53-5220号公報(以下、「引用例2」という。)には、玄米をサイロに供給し、調湿空気を送りこれを搗精する玄米の調湿方法が記載されており、玄米の調湿において、直接水分を添加する方法を用いると均一な添加が困難である上に、搗精に当って胴割れを発生し易いので、直接水分を附与する玄米の水分調整手段は採用できないことも記載されている。
しかしながら、引用例2の記載は玄米の調湿に関するものであって、精白米の調湿については何ら示唆する記載もない。
3. 同じく甲第3号証刊行物である特公昭53-13545号公報(以下、「引用例3」という。)には、玄米を湿度の高い空気に接触させて加湿する玄米の加湿方法が記載されており、「霧を空気中で蒸発させれは、水分は水蒸気となるから、水滴状態となって玄米表面の一部分にのみ付着する現象を防止できる」と記載されている。
しかしながら、引用例3の記載も玄米の加湿に関するものだけで、精白米の加湿については何ら示唆する記載もない。
4. 同じく甲第4号証刊行物である特開昭48-96349号公報(以下、「引用例4」という。)には、玄米を湿度の高い空気中を移動させて加湿し、精米を行なう玄米の加湿加工方法が記載されており、「精白米にしてから加湿しとうとする考えは好ましくないものである。何故ならば、精白米は、澱粉層が、剥出しの状態となっているので、部分的に水滴が付着すると、付着した部分のみが極端に吸湿してしまうからである。」と記載されている。即ち、引用例4には、玄米に加湿することについて記載されており、精白米の加湿については否定する記載があるにすきない。
5. 以上のとおり、引用例2乃至引用例4に記載された発明は、水分含有気体である「調湿空気」あるいは「湿度の高い空気」を作用させて調湿する点では本件発明と一致しているが、調湿するものが、引用例2乃至引用例4に記載された発明は「玄米」であるのに対し本件発明は「精白米」である点で相違している。引用例2及び引用例3には、前述のとおり水分含有気体を用いることにより均一な調湿が可能となり、胴割れを防止しうることも記載されているが、いずれも玄米における調湿に関するものであって、本件発明とはその目的及び効果が異なっている。
してみれば、引用例2乃至引用例4に水分含有気体を作用して調湿することが記載されていても、玄米に関するものである以上、引用例1に記載された精白米を調湿する方法として引用例2乃至引用例4に記載された方法を適用することが容易になし得るとすることはできない。
そして、本件発明は精白米の調湿のために「水分含有気体を作用させる」ことにより、明細書に記載されたとおりの、引用例1乃至引用例4の記載からは予期しえない、顕著な効果を奏しているものである。
よって、請求人の(2)の主張もまた採用することができない。
Ⅴ. 結び
したがって、請求人の主張する理由および証拠方法によっては、本件発明の特許を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
平成3年4月25日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)