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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)181号 判決 1993年9月08日

イギリス国

イーシー1エイ 7エイジェイ・ロンドン・ニューゲートストリート81番地

原告

ブリティシュ・テレコミュニケーションズ・パブリック・リミテッド・カンパニ

代表者

サイモン・ロバーツ

訴訟代理人弁理士

井出直孝

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

指定代理人

左村義弘

奥村寿一

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成2年審判第177号事件について、平成3年2月14日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

ブリティシュ・テレコミュニケーションズは、1981年2月9日にアイルランド国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和57年2月8日、名称を「集積回路チップ担体およびその製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願をした(昭和57年特許願第19520号)が、平成元年8月30日に拒絶査定を受けた。原告は、1984年8月6日、ブリティシュ・テレコミュニケーションズから特許を受ける権利を譲受け、平成元年9月12日に特許庁長官にその旨を届け出たうえ、平成2年1月4日、拒絶査定に対する不服の審判の請求をした。

特許庁は同請求を、同年審判第177号事件として審理したうえ、平成3年2月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年3月30日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

別添審決書写し記載のとおりである。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、特開昭51-125865号公報(以下「第1引用例」という。)及び特開昭56-2656号公報(以下「第2引用例」という。)を引用し、本願の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)は第1、第2引用例に記載された技術的事項と周知技術(たとえば特開昭53-84681号公報)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないものと判断し、これに基づき本願を拒絶すべきものとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、第1、第2引用例の記載内容、第1引用例のものと本願第1発明との一致点及び相違点の認定(審決書2頁2行~6頁9行)並びに相違点(2)についての判断(同7頁8~15行)はあえて争わない。

しかし、審決は、相違点(1)について進歩性の判断を誤り(取消事由1)、相違点(3)につき単に周知技術を採用したものとの誤った判断をし(取消事由2)、進歩性の判断は各相違点を一体としてなすべきであるのに、これらを個別に判断して進歩性の判断を誤り(取消事由3)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取消を免れない。

1  取消事由1(相違点(1)についての判断の誤り)

審決は、相違点(1)につき、第1引用例のセラミックの基板及び格子状構造物を第2引用例に示された基板の材質であるプラスチックに材料置換することは格別の創意工夫を要せずなしうるとするが誤りである。

本願第1発明の集積回路チップ担体は、第1引用例のものがチップ担体の間に隙間が形成され、スルーホールがそれぞれのチップ担体について個別に設けられているのとは異なり、隙間なく隣接するチップ担体でスルーホールを共通に利用する構造をなしているのであって、これを実現するためには構造物の出来上がり形状の精度が高いことが必要であり、製造工程上、プラスチックを材料として初めて実現できるものである。すなわち、セラミックで本願第1発明のような構造物を形成するには、はじめに粘土状の物質でグリーンシートを作り、このグリーンシートを所望の形状に成型して高温(1000℃以上)で焼成することになるが、この焼成の過程で形状は大きく収縮変形する。しかもこの収縮の割合は焼成条件の微妙な相違が影響し違ってくる。したがって、グリーンシートで成型した形状と焼成後のセラミックで達成された形状との間には形状に製造工程で制御できない相違がある。

つまり、本願第1発明の構造をセラミックを材料として実現しようとしても、製造工程の管理、特に焼成工程の条件管理が困難で均一な製品を得ることは困難であり、仮にセラミックを材料とすることになれば、この寸法偏差を調整するために、焼成後にダイヤモンドブレードによるシェーピングなど形状を補助的に加工する操作が必要となる。

一方、プラスチックを所望の形状に成型するには、混練加温(200~300℃)されペースト状になったプラスチック材料を成型型に注入して固化させる。この固化の過程でも当然に形状に収縮変形が生じるが、プラスチックの場合にはセラミックに比べて各工程で被成型物が受ける温度の温度差が小さくその変形の割合は小さい。しかもこの収縮変形の割合はセラミックを材料とする場合に比べて均一であるから結果的に均一な形状を得やすい。

上述のような「隣接するチップ担体でスルーホールを共通に利用する構造」はプラスチックを材料としてはじめて合理的にこの構造が実現できるものであって、プラスチックを材料とすることには単なる材料置換以上に工業上大きい作用効果がある。

これらの点からして、第1引用例に示されているセラミックよりなる基板を単にプラスチックで材料置換しても本願第1発明とはならないばかりか、本願第1発明の構造にプラスチックを材料として採用することに発明を完成するために重要な段階があり、相当な困難性があったというべきである。

しかるに、審決は、材料置換であって容易であるとの誤った判断をした。

2  取消事由2(相違点(3)についての判断の誤り)

審決は、特開昭53-84681号公報に記載の技術を第2周知技術とし、「相違点(3)は、チップ担体の配列及びこれに伴う電気通路となるスルーホールの共通利用化のため、上記第2周知技術を単に採用したものということができ、この点が当業者にとつて格別困難なこととはいえない。」(審決書8頁5~9行)というが誤りである。

同公報(甲第7号証)には、確かにトランジスタその他回路部品のための構造が開示され(同号証第3図)、その構造にはスルーホールに相当する部分を隣接する4つの区域で共通に利用する技術についての開示がある。しかし、同公報に開示されている技術は本願第1発明の特徴である格子状構造物ではなく、平面的なセラミック基板にその基板とは異質の材料である絶縁シートが覆せられた構造である。しかも隣接する区域の「かど」あるいはコーナの部分を共通に利用する技術であって、トランジスタの場合のように端子数の少ないときに限り実施できる技術である。

これに対し、本願第1発明の構造は、願書添付の図面(甲第2号証)第1図に例示するように端子数の大きい格子状構造物を有する集積回路に利用するものであり、その格子状構造物の辺に当たる部分のスルーホールを隣接する領域で共通に利用するものである。

このように、前示公報は格子状構造物を開示するものではなく、また同公報にモノリシックICに利用できるとの記載があっても、多端子の場合に辺の部分に端子を切断方向に直接的に配置する具体的な構造が開示されてなく、漠然とした記載であるから、これをもって本願第1発明を示唆するものということはできず、これを示唆するものであるとする議論は、本願第1発明を知ってから振り返って行われた議論というべきである。同公報に開示された技術は単純な構造であり、これによって本願第1発明の特徴である格子状構造物を思い到るには、相応の困難性があるとすべきである。

したがって、同公報に記載の技術を採用しても本願第1発明の構造とはならず、同公報は、審決のいう単に周知技術を採用したとする証拠にはならない。

3  取消事由3(作用効果についての判断の誤り)

第1引用例のものと本願第1発明の相違点、すなわち、絶縁材料がプラスチックであること、格子状構造物が用いられること、スルーホールが共通に利用できる位置にあることの3点は、これをそれぞれ個別に論じて進歩性の判断をするべきでなく、発明はその構成が相互に関連して技術的効果を奏するものであるから、進歩性の判断も一体として行なうべきである。審決は、これらを個別に判断して進歩性の判断を誤った。

第1引用例の基板の材料であるセラミックは本願第1発明のプラスチックより製作精度が悪く、本願第1発明のように、格子状構造物を作り、しかもその格子状構造物の位置でちょうどスルーホールが共通に利用できる位置に作り上げることは困難である。なぜなら、セラミックではグリーンシートを焼成しているうちに複雑な縮小現象があるから、いつでもはじめに予定した形状に焼き上がるとは限らないからである。ここにプラスチックを材料とすることにより、格子状構造物も作れるし、端子の位置すなわちスルーホールも揃えることができ、製作精度を向上させる効果がある。さらに、審決のいう第2周知技術のように、端子の数が少ないトランジスタ部品のようなものでは、多少精度が悪くてもこれを格子状構造物の共通位置で切断できるかもしれないが、本願第1発明の集積回路では端子の数が多くなって、かなり高い精度で製作しないと、切断後の形態は満足できるものにならない。

これは、被告の主張するように絶縁材料がプラスチックであることに帰するのではなく、格子状構造物が用いられていること、スルーホールが共通に利用できることと相互に関連があり、さらに後2者も相互に関連して、この相互関連による技術に着目して、新規であり進歩性のある発明がなされたと解すべきものである。

第4  被告の主張の要点

審決の認定判断は相当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

本願第1発明は、従来のセラミック材からなる集積回路チップ担体の欠点を解決したプラスチック材を採用した集積回路チップ担体の発明であり、その目的及び効果は、本願明細書に記載されているとおり、通常のプリント回路板と熱膨張率が等しく、使用中に機械的な歪みを生じることがなく、経済的な集積回路チップ担体を提供できること(第4号証3頁4~9行、16~20行)にある。他方、第2引用例には、従来のセラミックからなるリードレスICパッケージの欠点を克服した合成樹脂を採用した合成樹脂からなるリードレスICパッケージが示されており、その目的が、プリント基板への装着が確実にでき、安価なリードレスICパッケージを提供することにあり(甲第6号証1頁2欄4~7行)、その効果は、合成樹脂板からなるプリント基板に装着して回路を構成する場合に、熱膨張係数の相違による接続の信頼性を損なうことがなく、安価であること(3頁8欄5~18行)が記載されている。

このように、両者は、集積回路チップ担体の構造自体に差異はあるものの、セラミック材に代えてプラスチック材を用いる点についてその目的及び効果が同一であるから、同一の技術課題を解決するための発明である。それゆえ、第1引用例に示されている基板と格子状構造物とを有するパッケージのセラミック材を、第2引用例に示されているプラスチック材に材料置換することは、当業者にとって容易である。

また、セラミックよりプラスチックのほうが製造が容易であることは第2引用例に示唆されている周知事項であり、プラスチックは成型が容易な材料であることは当業者の技術常識である。製作精度が高いという効果は、本願第1発明のような「物」の発明においては付随的な効果であるとともに、本願明細書にも明確に記載されていない。

2  同2について

審決が周知例として挙げた特開昭53-84681号公報(甲第7号証)には、隣接するチップ担体でスルーホールを共通に利用する構造のリードレスパッケージが示されている。そして、長円孔が等間隔に形成された絶縁シート17を磁器基板11の表面に接着して磁器基板体18を得ると記載されている(同号証2枚目右上欄11~20行)から、絶縁シート17は本願第1発明の格子状構造物に相当する。したがって、同公報には、本願第1発明の特徴である格子状構造物は示されていないとの原告主張は失当である。

また、同公報には、三端子素子であるトランジスタチップについて記載されているが、その他の素子について「トランジスタチツプ16はモノリシツクICチツプでもよく、端子部の数はこれに応じて適宜増減しておく。」(同3枚目右上欄11~13行)と記載されていて、ICチップすなわち集積回路チップにも適用できることが示されている。集積回路チップの場合には、第2引用例に示すように多数の端子が基板の側辺に形成されるようになることは当業者には明らかであるから、同公報には端子数の多い集積回路チップに関しても「隣接するチップ担体でスルーホールを共通に利用する構造」が示されていることになる。

3  同3について

審決は、各相違点につき判断するとともに、全体を総合して判断している。

そして、三つの相違点を総合しても、本願第1発明の効果としては、材料としてプラスチックを用いたことによる効果に帰するものであって、これは第2引用例に示されているセラミックをプラスチックに代えたことによる効果と何ら変わることはなく、その他当業者が予測できない効果は見出せない。

したがって、審決の判断に誤りはない。

第5  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、当事者間に争いはない。)。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1、2について

(1)  本願第1発明と第1引用例のものとが、審決認定のとおり、「絶縁材料による基板と、同じく絶縁材料による格子状構造物とからなり、複数のチップ担体が縦および横方向に配置され、その格子状構造物が互いに隣接するチップ担体の境界位置に配置され、その格子状構造物の下にスルーホールを設け、上記格子状構造物がこの基板に空間を形成するように設けられ、前記空間内にある複数の第一の接続点と基板の下側にある複数の第二の接続点とをこの基板に穿設されたスルーホールを経由して結合する複数の電気通路を形成する金属パターンを有する集積回路チップ担体」である点で一致していること(審決書4頁20行~5頁11行)は当事者間に争いがない。

(2)  原告は、本願第1発明は、隙間なく隣接するチップ担体でスルーホールを共通に利用する構造をなしており、このことがなんら示されていない第1引用例のセラミック基板を単にプラスチックで材料置換しても本願第1発明にはならない旨主張するので、まず、構造についての相違点(3)に係る取消事由2について検討する。

甲第7号証によれば、審決が第2周知技術を示すものとして挙げた特開昭53-84681号公報には、「次に第3図(A)~(C)に示す如く、基板11の貫通孔11aにより仕切られた各ブロツク毎にその両面に所謂表裏面印刷により上記の場合と同様に梨地模様で示すモリブデン又はタングステンよりなる厚さ30μ程度の導電部を付着形成する。これにより後述するトランジスタチツプ16のベース接続用として基板11の表面側及び裏面側に夫々ベース用端子部13a、13bを上記導電部12により相互に導通された状態で配設してなるベース用端子部13(13a、13b)を形成する。同様にしてエミツタ用端子部14(14a、14b)、コレクタ用端子部15(15a、15b)を形成する。」(2頁左上欄19~右上欄10行)と記載されていることが認められ、この記載と図面第3図によれば、同公報には相違点(3)として審決の認定した本願第1発明に係る「複数のチップ担体が縦および横方向に隙間なく隣接するように配置され、これら複数の、縦および横方向に隙間なく隣接するチップ担体でスルーホールを共通に利用してこのスルーホールを経由して結合する複数の電気通路を形成する金属パターンを有している」(審決書6頁2~7行)構造が示されていることが明らかである。

原告は、同公報に示されたものは、隣接する区域の「かど」あるいはコーナの部分を共通に利用する技術であって、トランジスタの場合のように格子数の少ないときに限り実施できる技術であると主張する。しかし、同公報の「尚上記各実施例において、トランジスタチップ16はモノリシツクICチツプでもよく、端子部の数はこれに応じて適宜増減しておく。」(同号証3頁右上欄11~13行)との記載が示すとおり、上記技術がICチップ(集積回路チップ)にも適用できることは同公報に明示されており、端子数の多い集積回路チップの場合には、第2引用例(甲第6号証)の図面に示されているように、多数の端子が基板の側辺に形成されるようになることは技術的に必然のことと認められ、このように端子が基板の側辺に形成される場合、これに応じて各ブロック側辺上にもスルーホールを設ける必要が生ずることは当業者にとって自明のことと認められる。このことによれば、上記構造は、同公報の開示するところに従って当業者が理解できる技術的事項の範囲であると認められ、このように認められる以上、同公報の出願公開年月日との関係で、上記構造は本願優先権主張日前、周知の技術と認めて差し支えないというべきである。

したがって、相違点(3)につき、審決が「上記第2周知技術を単に採用したものということができ、この点が当業者にとって格別困難なこととはいえない。」と判断したことは相当であり、原告の取消事由2の主張は理由がない。

(3)  そこで、材料についての相違点(1)に係る取消事由1について検討する。

甲第3、第4号証によれば、本願第1発明が基板及び格子状構造物を構成する絶縁体材料としてプラスチック材を用いたことの目的が、「セラミック製のチップ担体は、前記のように搭載される配線板との熱膨張率が異なるので、機械的な歪が生じる。また、製造時において、Vカットを設けるなど、切断を容易にするためには工程が長くなる恐れがある。・・・本発明は、通常のプリント回路板と熱膨張率が等しく、使用中に機械的な歪を生じることがなく、しかも製造する際の不良の発生を抑制でき、さらに、製造工程を簡単化して経済的な集積回路チップ担体・・・を提供すること」(甲第4号証2頁10行~3頁9行)にあることが明らかである。

一方、第2引用例に「多数の集積回路チップ担体を有するスルーホール配線板において、ガラスーエポキシなどの合成樹脂積層板から成る絶縁基板を有するもの」が記載されていること(審決書4頁9~13行)は、当事者間に争いがなく、甲第6号証によれば、第2引用例の発明がこのように合成樹脂基板を採用したのは、従来の「セラミツクチツプキヤリアはプリント基板に装着することにより回路を構成するにあたつて、はんだリフロー法で取付けなければならないために、その装着工程が煩雑となることやプリント基板を構成する合成樹脂基板とアルミナ基板の熱膨張係数の差が大きいために、両者の接続の信頼性が十分に得られにくい不都合があつた」(同号証明細書3欄8~15行)こと等の欠点があったので、この欠点を除去するためであること、その結果、第2引用例の発明は、「この方法により得られたリードレスICパツケージはICを取付けている基板が合成樹脂板によつて構成されているので、このリードレスICパツケージを合成樹脂板からなるプリント基板に装着して回路を構成する場合に、熱膨張係数の相違による接続の信頼性をそこなうことがなく、きわめて信頼性の高い回路が構成できる」(同8欄10~17行)効果を奏するものであることが認められる。

すなわち、第2引用例には、本願第1発明と同じ問題意識の下に、セラミック基板に代えて合成樹脂板によりチップ担体を構成することが開示されており、また、一般的にプラスチックがセラミックより加工が容易で製作精度が高くできることが技術常識であることは両当事者の主張によって明らかであることに照らせば、セラミックに代えてプラスチックを用いることにより、隙間なく隣接するチップ担体でスルーホールを共通に利用する本願第1発明の基板及び格子状構造物を得ることは当業者が容易になしうることと認められる。

以上のとおりであるから、原告の取消事由1の主張は理由がない。

2  同3について

(1)  本願第1発明と第1引用例のものとが、「絶縁材料による基板と、同じく絶縁材料による格子状構造物とからなり、・・・その格子状構造物の下にスルーホールを設け」た構造において一致することは当事者間に争いがなく、隙間なく隣接するチップ担体でスルーホールを共通に利用する本願第1発明の構造が、特開昭53-84681号公報(甲第7号証)に示される周知技術の適用により、格別の困難なく当業者がなしうることであり、このようなチップ担体をセラミックに代えてプラスチックで構成することも、第2引用例の開示するところとプラスチックについての当業者の技術常識により、当業者が容易になしうる事項というべきことは、前示のとおりである。

そうすれば、本願明細書に本願第1発明の効果として記載されている「本発明のチップ担体は、その基材がプリント回路板と同等であり熱応力による変形破損等を生じることがない上に、隣接する担体間に隙間がないチップ担体の連続体であるので従来品に比べ安価である」(甲第4号証3頁16~20行)との点、また、原告の主張する「プラスチックを材料とすることにより、格子状構造物も作れるし、端子の位置すなわちスルーホールも揃えることができ、製作精度を向上させる効果」は、第1、第2引用例に示された公知技術、上記公報の周知技術とプラスチックについての技術常識の適用により当然予測できる効果であり、これを格別な効果ということができないことは明らかである。

さらに、本願第1発明の上記構造と材料からすれば、「1つのスルーホールを2つのチップ担体に使用でき、側壁となる格子状構造物とともに切断するのでスルーホールの破損を低減でき、」(同号証4頁1~4行)という効果が生ずることが認められるが、この効果もまた、上記構造と材料を採用することにより当然にもたらされる効果であることは明らかである。

(2)  原告は、第1引用例のものと本願第1発明の相違点、すなわち、絶縁材料がプラスチックであること、格子状構造物が用いられていること、スルーホールが共通に利用できる位置にあることの3点につき、進歩性の判断を個別にするべきでなく、一体として行うべきであると主張するが、上記説示から明らかなとおり、これらを一体として判断しても、その効果が、審決の挙げる各引用例及び周知技術並びにプラスチックについての技術常識からみて格別のものといえないのであり、したがって、審決が、本願第1発明が、第1、第2引用例に記載された技術的事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたと判断したことは相当であり、原告の取消事由3の主張は理由がない。

3  以上のとおり、原告の主張はいずれも採用することができず、その他審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担、上告のための附加期間につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 木本洋子)

平成2年審判第177号

審決

イギリス国イーシー1エイ 7エイジェイ・ロンドン・ニューゲートストリート81番地

請求人 ブリティシュ・テレコミュニケーションズ・パブリック・リミテッド・カンパニ

東京都練馬区関町北2丁目26番18号

代理人弁理士 井出直孝

昭和57年特許願第19520号「集積回路チップ担体およびその製造方法」拒絶査定に対する審判事件(昭和57年11月12日出願公開、特開昭57-184240)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和57年2月8日(優先権主張1981年2月9日、アイルランド国)の出願であつて、その発明の要旨は、平成元年4月26日付けの手続補正書及び平成2年2月2日の手続補正書によつて補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項、第2項、第3項に記載されたとおりの、「集積回路チツプ担体」、「集積回路チツプ担体の製造方法」、「チツプ担体の製造方法」にあるものと認められるところ、その第1項は次のとおりのものである(以下、「第1発明」という。)。

「プラスチツク材による基板と、プラスチツク材による格子状構造物とからなり、複数のチツプ担体が縦および横方同に隙間なく隣接するように配置され、その格子状構造物が互いに隣接するチツプ担体の境界位置に配置され、その格子状構造物の下にスルーホールを設け、上記格子状構造物がこの基板にチツプを載置するための空間を形成するよう設けられ、前記空間内にある複数の第一の接続点と基板の下側にある複数の第二の接続点とをこの基板に穿設されたスルーホールを隣接するチツプ担体で共通に利用してこのスルーホールを経由して結合する複数の電気通路を形成する金属パターンを有する集積回路路チツプ担体。」

一方、原査定の拒絶の理由で引用された特開昭51-125865号公報(以下、「第1引用例」という。)には、「大寸法の下層セラミツク基板と、格子状をなす上層セラミツク基板を有し、後に切断分離されてセラミツクパツケージとなる各部分が縦および横方向に配置され、上記格子状をなす上層セラミツク基板が、後に切断分離されて格子状部となつて残る部分を介して互いに隣接する、上記セラミツクパツケージとなる各部分と上記格子状部となつて残る部分との2条の境界位置にこの2条の境界位置上を延伸するように配直され、上記格子状をなす上層セラミツク基板の下にスルーホールを設け、上記格子状をなす上層セラミツク基板が上記下層セラミツク基板に空間を形成するように設けられ、前記空間内にある複数の第一の接続点と基板の下側にある複数の第二の接続点とを、下層セラミツク基板と、下層セラミツク基板と上層セラミツク基板との間の中層セラミツク基板に穿設されたスルーホールを経由して結合する複数の電気通路を形成する、金属パターンを有する集積回路封止セラミツクパツケージ用セラミツク基板」が示されている。

また、同じく引用された特開昭56-2656号公報(以下、「第2引用例」という。)には「多数の集積回路チツプ担体を有するスルーホール配線板において、ガラスーエポキシなどの合成樹脂積層板から成る絶縁基板を有するもの」)が記載されている。

そこで、本願第1発明と上記弟1引用例に示されているものとを比較、検討すると、第1引用例における「上層セラミツク基板」、「後に切断分離されてセラミツクパツケージとなる部分」は、それぞれ本願第1発明における「格子状構造物」、「チツプ担体」に対応していると解されるから、結局両者は、「絶縁材料による基板と、同じく絶縁材料による格子状構造物とからなり、複数のチツプ担体が縦および横方向に配置され、その格子状構造物が互いに隣接するチツプ担体の境界位置に配置され、その格子状構造物の下にスルーホールを設け、上記格子状構造物がこの基板に空間を形成するように設けられ、前記空間内にある複数の第一の接続点と基板の下側にある複数の第二の接続点とをこの基板に穿設されたスルーホールを経由して結合する複数の電気通路を形成する金属パターンを有する集積回路チツプ担体」である点において一致しており、本願第1発明は、下記の諸点で第1引用例に示されているものと相違している。

(1) 本願第1発明では、基板及び格子状構造物を構成する絶縁体材料がプラスチツクであるのに対し、第1引用例に示されているものではセラミツクである点、

(2) 本願第1発明では、格子状構造物が基板に形成した空間はチツプを載置するためのものであるのに対し、第1引用例にはそのようなことが示されていない点、

(3) 本願第1発明では、複数のチツプ担体が縦および横方向に隙間なく隣接するように配置され、これら複数の、縦および横方向に隙間なく隣接するチツプ担体でスルーホールを共通に利用してこのスルーホールを経由して結合する複数の電気通路を形成する金属パターンを有しているのに対し、第1引用例にはそのようなことが示されていない点。

よつて、上記各相違点について以下検討する。

相違点(1)について

第2引用例にいう「スルーホール配線板」は、本願第1発明にいう「基板」に相当するものと解されるから、結局、第2引用例には、集積回路チツプ担体において基板をプラスチツクから成るようにしたものが記載されていることになる。

してみれば、第1引用例に示されているもののセラミツクよりなる基板を、この第2引用例記載のプラスチツクから成る基板で材料置換することは、当業者にとつて容易なことということができる。また、以上のようであるならば、第1引用例に示されているものでは基板と構造物は同材質から成つているから、格子状構造物をも、基板と同材質であるプラスチツクに材料置換することは、当業者ならば、この第1引用例に示されているものに倣つて、格別の創意工夫を要せずしてなし得たことである。

相違点(2)について

格子状構造物が基板に形成した空間にチツプを載置することは、本願出願前から周知(例えば、特開昭53-84681号公報参照、以下、「第1周知技術」という。)であるから、相違点(2)は、上記第1周知技術を単に採用したに過ぎないものということができ、当業者にとつて容易になし得たことである。

相違点(3)について

複数のチツプ担体が縦および横方向に隙間なく隣接するように配置され、これら複数の、縦および横方向に隙間なく隣接するチツプ担体でスルーホールを共通に利用してこのスルーホールを経由して結合する複数の電気通路を形成する金属パターンを有している点については、同じく本願出願前から周知(例えば、上記特開昭53-84681号公報参照、以下、「第2周知技術」という。)であるから、相違点(3)は、チツプ担体の配列及びこれに伴う電気通路となるスルーホールの共通利用化のため、上記第2周知技術を単に採用したものということができ、この点が当業者にとつて格別困難なこととは言えない。

以上のとおりであるから、本願第1発明は、上記第1引用例、第2引用例に記載された技術的事項及び上記各周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

したがつて、他の2発明について検討するまでもなく、本願については拒絶をすべきものである。

よつて、結論のとおり審決する。

平成3年2月14日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 被請求人

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