東京高等裁判所 平成3年(行ケ)185号 判決 1994年2月17日
福井県坂井郡金津町伊井第60号1番地
原告
新道繊維工業株式会社
代表者代表取締役
新道忠志
訴訟代理人弁理士
亀井弘勝
同
稲岡耕作
同
渡辺隆文
広島県芦品郡新市町大字戸手2382番地の6
被告
株式会社ミツボシコーポレーション
代表者代表取締役
道前伸洋
訴訟代理人弁護士
品川澄雄
同
滝澤功治
主文
特許庁が昭和63年審判第13674号事件について平成3年5月16日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨の判決
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「芯地」とする発明の特許第1099905号(昭和51年12月28日出願、昭和55年10月13日出願公告、昭和57年6月18日設定登録)の特許権者である。
原告は、昭和63年7月22日、上記特許発明のうち、特許請求の範囲第1項に記載され、第2ないし第4項に実施態様が示されている発明(以下「本件発明」という。)につき無効とすることの審判を請求した。
特許庁は、上記請求を昭和63年審判第13674号事件として審理した結果、平成3年5月16日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。
2 本件発明の要旨
所要の編巾一杯にわたり両側端に耳部を形成しながら往復編成してなる弾撥性の強い可撓性合繊モノフィラメント糸1と、該糸層の一面においてウエール方向に配置され、各ウエールより1ウエール飛び以上離れたウエールとの間においてジクザグ状に横に振り、各ウエール間に振り糸の重合により重複部分2’を形成してなる任意の合繊フィラメント糸2と、前記モノフィラメント糸1層に対し前記糸2層と同一面又は他面の少くとも一面において縦方向に挿入してなる適宜数のフィラメント糸3と、前記各糸1、23を各ウエールにおいて縦方向に一体に編止めしてなるステッチ糸4とからなることを特徴とする芯地。(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本件発明の要旨は前項記載のとおりである。
(2) 甲第3号証(特開昭47-25477号公報。本訴における書証番号。以下同じ)には、複数のウエールにわたって延びる緯糸と、ウエールの間に配置された力糸とを有するベース編地からなる経編地において、付加的な編目を形成する部分緯糸が所定の長さでベース編地に浮かされて配置されている経編地が記載され(別紙図面2参照)、「ベース編地には種々異なる形式のものが公知である。例えばウエールを成す編目を形成する糸はトリコット編、メリヤス編等の公知の編成法で編むことができる。」(第1頁右下欄5ないし8行)、「本発明の課題は、付加的な糸組織を備えていてかつ外観が・・・立毛畝等の付加的な糸組織を有する織物に相応する経編地を製作することである」(同欄13行ないし17行)、「付加的な、編目を形成する部分緯糸は所定の長さで、しかもこのばあいにはそれぞれ3つのウエールを越えてベース編地の上に浮かされている。このばあい部分緯糸はウエール1bと1eの間に、立毛畝を得るためにあとから切開することができる中空通路が生じるように、柄に応じてベース編地に編込まれている。」(第3頁左上欄17行ないし右上欄4行)と説明されている。
甲第4号証(昭和42年2月1日、繊維研究会出版局発行、岡本恒彦著「新しいメリヤス学」250頁、251頁)、第5号証(昭和2年実用新案出願公告第8712号公報)及び第7号証(特開昭50-144541号公報)には緯糸に対して縦方向に鎖編で編止めする編地が、甲第6号証〔実願昭49-101162号(実開昭51-31901号公報)のマイクロフィルム、昭和51年3月9日特許庁発行〕には緯糸を適当巾をもって連続して左右に耳部をつくりながら往復編成した編地からなる芯地が、甲第8号証(実公昭50-42230号公報)及び第9号証〔実願昭46-95709号(実開昭48-49371号公報)のマイクロフィルム〕には各ウエールより1ウエール飛び以上離れたウエールとの間においてジグザグ状に横に振った糸を組織した編地が、甲第7号証、第10号証〔実願昭46-121663号(実開昭48-77101号公報)のマイクロフィルム〕及び第11号証(特開昭51-35768号公報、昭和51年3月26日出願公開)には芯地に使用される糸としてマルチフィラメント糸やモノフィラメント糸が用いられることが、それぞれ記載されている。
(3) 甲第4、第5及び第7号証により緯糸に対して縦方向に鎖編で編止めする編成法が公知であるから、甲第3号証のベース編地には縦方向に鎖編で編止めしたものも含まれるものと解され、編地の組織だけをみれば、本件発明の編地の組織と甲第3号証の編地の組織とは同じであるといえる。
しかし、本件発明は甲第3号証のものと次の点で相違している。
<1> 本件発明は芯地であるのに、甲第3号証のものは生地である点
<2> 本件発明は緯糸が所要の編巾一杯にわたり両側端に耳部を形成しながら往復編成しているのに対し、甲第3号証のものはその点が不明である点
<3> 本件発明はジグザグ状に横に振るフィラメント糸2は編地上に浮いていないが、甲第3号証では該糸に相当する部分緯糸はジグザグの各折り返し点では他の糸からなる編組織と結合されているが、ベース編地の上に浮かされている点
<4> 本件発明は使用される糸の素材が特定されているのに対し、甲第3号証では特定されていない点
(4)<1> 請求人(原告)は、編地からなる芯地は甲第5ないし第7号証より公知であるから、甲第3号証の編組織を芯地に用いることは当業者にとって容易であり、その際、上記相違点<2>、<3>及び<4>の点は、それぞれ甲第6、第8、第9号証、及び甲第7、第10、第11号証により公知であり、当業者が適宜に選択し得るものである旨主張している。
<2> しかし、甲第3号証の生地は、柄(模様)を浮かせた衣服等に仕立てられる生地であり、編地からなる芯地が公知であっても、この編組織を生地とは求められる作用効果が全く異なる芯地に適用することは当業者にとって容易なこととはいえないから、甲第4ないし第11号証により本件発明の部分的な構成が公知であったとしても、これらを甲第3号証と組合わせ、芯地として種々の特性を有する本件発明となすことは当業者にとって容易なことではない。
したがって、本件発明は甲第3ないし第11号証に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。
(5) 以上のとおりであるから、請求人が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由(1)、(2)は認める。同(3)のうち相違点<3>の認定は争うが、その余は認める。同(4)<1>は認める。同(4)<2>は争う。同(5)は争う。
甲第3号証の生地の編組織を芯地に適用することは当業者にとって容易なことではないとした審決の判断は誤りであり、したがって、本件発明は甲第3ないし第11号証に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められないとした審決の判断も誤りである。
(1) 甲第12号証の1(実開昭51-28218号公報)及び同号証の2(上記公開公報に係る実願昭49-99425号のマイクロフィルム)には、芯地に非常に近い「スラックスの腰裏」の考案が記載されているが、この腰裏生地には、同考案の出願当時よく知られていた織物地の組織である平織のほか朱子織又は綾織が採用されている。また、甲第13号証の1(実開昭50-53117号公報)及び同号証の2(上記公開公報に係る実願昭48-108264号のマイクロフィルム)には、合繊モノフィラメントを横方向に振り、それと交わる方向の編糸で編み止めした編組織を採用した、編地からなる「スラックスの腰裏」の考案が記載されているが、この編組織も同考案の出願当時目新しいものではなく、甲第4号証の第251頁、7.44図記載のよこ糸入り編組織を腰裏生地に応用したものである。
このように、織地にしても編地にしても目新しい組織は採用されておらず、当業者に公知の組織から適宜採用されているのであるから、公知の組織の中からどのようなものを選択するかは当業者にとって容易なことというべきである。
ところで、甲第3号証の発明は、本件発明と共通する「経編地」に関する技術分野に属するものであり、かつ用途が限定されているものではないから、同号証の「経編組織」を芯地に転用することに想到することは経編当業者にとって何ら困難なこととは認められない。特に、同号証の編組織は、「本発明は複数のウエールにわたって延びる緯糸と、個々のあるいは全部のウエールの間に配置された力糸とを有するベース編地から成る」(同号証第1頁右下欄1行ないし3行)と記載されているような特徴を有するものであるから、これを活用すべく、同じ技術分野である経編地を用いる芯地への転用を想到することは容易であるというべきである。
(2) 審決は、甲第3号証のものでは部分緯糸がベース編地上に浮いているのに対し、本件発明ではフィラメント糸2が編地上に浮いていないとしているが(相違点<3>)、本件発明の実施例が記載されている図面では浮いていないだけであって、本件発明においては部分緯糸の重合があればよく、部分緯糸が浮いていないことが必須要件とされているわけではない。
また、本件発明と甲第3号証のものとは編地の組織が同じである以上、組織から生じる作用効果において格別の差異があるとは認められない。
被告は、本件発明においては4種の糸が各々独立して、また、互いに協同することによって、その課題を解決している旨主張している。しかし、全巾緯糸にモノフィラメント糸を用いることは甲第7号証等によっても公知であり、同号証のものも、「保形性を高め、弾撥性を向上せしめる」という点では本件発明のモノフィラメント糸1と同じである。フィラメント糸3に熱収縮率差のある糸を採用する場合の効果は、本件発明の実施態様による効果であって、特許請求の範囲第1項による必須要件に基づくものではない。また、フィラメント糸3の「縦方向に対し強力を与えることは勿論、芯地に厚みを増し、腰を高める」という効果は、甲第3号証のものにおける力糸による補強効果と同じものにすぎない。合繊モノフィラメント糸1による所要編み巾の両端が連続したU字状屈曲をなしている点は、甲第6号証によって公知である。
(3) 以上のとおりであるから、甲第3号証の編組織を生地とは求められる作用効果が全く異なる芯地に適用することは当業者にとって容易なこととはいえないとした審決の判断は誤りである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の判断に原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 本件発明は、適度の柔軟性と長手方向伸縮性ならびに復元性を有すると共に、体形に即したフィット性があり、かつ保形性に優れ、外めくれ防止に顕著な効果を有する芯地を提供することを目的とするものである。この長手方向への伸縮性、形状の復元力、腰回りにフィットするに足る保形性、及び外捲れ防止の能力等の作用効果は、芯地に求められる特有のものである。
そして、本件発明におけるフィラメント糸2は編地上に浮いていないが、甲第3号証の部分緯糸はベース編地に浮かされて配置されている。すなわち、甲第3号証の部分緯糸は他の編目形成糸によって編み止められているのではなく、自らの編目によって部分緯糸の両側辺でベース編地に絡んでいるのであり、編地の表面に柄に応じて配設されるものであるから、「柄」としての効果を有するのみであって、本件発明の上記のような作用効果を有するものではない。したがって、甲第3号証の生地の作用効果は本件発明の作用効果とは異質のものである。
(2) 本件発明における上記のような作用効果をいかなる編組織によって実現することができるかということが、編組織の開発に課せられる特有の課題なのであるが、本件発明においては、4種の糸が各々独立して、また互いに協同することによって、上記課題を解決しているのである。すなわち、合繊モノフィラメント糸1を用いることによって、その弾撥性、可撓性を利用して芯地の「保形性を高め、弾撥性を向上せしめ」(甲第2号証第4欄27行、28行)ており、同糸1による所要編み巾の両端は連続したU字状屈曲をなしているので、「ステッチ糸4を編成する糸が一緒に編針にかけられ編み込まれるが、合繊マルチフィラメント糸2が編み込まれることによって目ずれ防止が果たされている。」(同第5欄40行ないし末行)のである。合繊フイラメント糸2(プレーンコード編)とステッチ糸4(鎖編)とは組み合わされた編組織(クイーンズ・コード編)であって、厚地で容易に伸び縮みしないという長所がある。糸2にプレーンコード編を採用した理由は、第1に、合繊モノフイラメント糸1の糸膚が平滑であり、鎖編の編目が摺動しステッチ糸4の鎖編の編目だけでは緊締が弱く、目ずれを起こして使用中に合繊モノフイラメント糸1の側端が端部から突出することを防止するためであり、第2に、ウエール間に重複部分2’をつくり、編地を密にすると共に、熱収縮力を強化し、スムースに芯地の湾曲が形成し得るようにしたことにある。フィラメント糸3は、「縦方向に強力を与えることは勿論、芯地の厚みを増し、腰を高めるために挿入される。」(同第5欄25行、26行)のである。さらに、同糸3は、本件発明の芯地に適度の柔軟性と長手方向伸縮性並びに復元性を与えると共に、体形に則したフィット性を与え、かつ、保形性にも優れた効果を奏するものである。
(3) 以上のとおり、本件発明は従来の芯地の欠点を改良したものであり、また、甲第3号証の発明とは、その課題も作用効果も全く異なっているから、甲第3号証の編組織を生地とは求められる作用効果が全く異なる芯地に適用することは当業者にとって容易なこととはいえないとした審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。
第4 証拠
証拠関係は書証目録記載のとおりである(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。)。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実、及び審決の理由の要点(1)、(2)、(3)(但し、相違点<3>の認定部分を除く。)、(4)<1>については当事者間に争いがない。
2 本件発明の概要
甲第2号証(本件特許公報)によれば、従来、芯地としては、綿糸等の一般織物糸を用いて織成したものとか、不織布の厚地のもの等が一般に使用されていたが、これらのものは長手方向伸縮に欠け、かつ復元性、保形性に乏しく、着用、洗濯により折れて復元しないか、保形性を失なうことが多く、また、外めくれ現象を起こし見苦しい欠点を有していたため、本件発明は、適度の柔軟性と長手方向伸縮性ならびに復元性を有すると共に、体形に即したフィット性があり、かつ保形性に優れ、外めくれ防止に顕著な効果を有する芯地を提供することを目的として前記要旨のとおりの構成を採用したものである(但し、体形に即したフィット性の点は特許請求の範囲第4項(実施態様項)によるものである。)ことが認められる。
3 取消事由に対する判断
(1)<1> 甲第5号証には、緯糸に対して縦方向に鎖編で編止めする編地が記載されていることは当事者間に争いがない。そして、同号証によれば、同号証の考案は「経編莫大小地」の構造に関するものであって、同号証の実用新案の性質、作用及び効果の要領の項には「本考案は・・・生地全体を手厚くし組織を著しく堅牢ならしむると共に縦横何れの方向にも伸縮を生せさらしめ」と記載されていることが認められる。
<2> 甲第6号証によれば、同号証の考案は「芯地」に関するものであって、その実用新案登録請求の範囲の記載は「化学系から成る縦糸と適当巾をもって連続して左右に耳部をつくりながら往復編成する化学系から成る横糸と縦方向に左右にかけて互に絡み合って編成するくさり糸とから成ることを特徴とする力布。」(別紙図面3参照)であること(同号証に、緯糸を適当巾をもって連続して左右に耳部をつくりながら往復編成した編地よりなる芯地が記載されていることについては当事者間に争いがない。)、同号証の考案の詳細な説明には、「芯地は、縦糸および横糸によって織成または編成された場合において、その縦横糸による目ずれが起こらないようにしなければならないが、従来の芯地は使用中に目ずれが起って型くずれすることがしばしばあった。そこで本考案はこのような欠点を除去した新しい芯地を提供することを目的とするものである。」(第1頁12行ないし末行)、「本考案はこのように、・・・特徴とする力布であるため、出来上った布組織はそれぞれ四方にがんじがらめに絡み合っており、どの糸を引いても抜け出るおそれは全くなくなり、また左右側縁には耳部が連続して形成されているから、目ずれや糸の切れやほつれがなくなるから、芯地の型くずれが起らなくなり、長期間にわたり一定の型を正常に保っておくことができ、全体として強靱で耐久力のきわめて大きい芯地となり、しかも編み目が大きいから通気性も良好になり、むれることがなくなり、芯地としてその実用的効果は大きい。」(第2頁12行ないし第3頁7行)と記載されていることが認められる。
<3> 甲第7号証には、緯糸に対して縦方向に鎖編で編止めする編地が記載されていることは当事者間に争いがない。そして、同号証によれば、同号証の発明は「細巾芯地およびその製造方法」に関するものであって、同号証の発明の詳細な説明の項には「従来、芯地には織物または不織布でできたものが提案されているが、容易に型くづれしたり、折れたりして長期間の使用に耐えることができない。本発明の第1の目的は、上記のような従来の欠点を排除することにあり」(第1頁右下欄5行ないし10行)、「本発明細巾芯地はその長手方向は自在に曲がり得ると共に5乃至20%程度伸長し得、又、その巾方向はしなやかに曲がると共に復元性に富んで骨材としての作用を成すため、身体への密着性が良く、又、無理な力が芯地に作用しても型くずれしたり折れたりすることはない。」(第2頁左上欄9行ないし15行)と記載されていることが認められる。
<4> 甲第13号証の1及び同号証の2によれば、同各号証には合繊モノヒラメントを横方向に振り、それと交わる方向の編糸で編み込み止めした編組織を採用した「スラックスの腰裏」の考案が記載されていること、同号証の2の考案の詳細な説明には「合繊モノフィラメント(10)をベルト部分一ばいに振り編糸(8)と(9)の交叉点で一緒に編み止め織物に於ける横糸状にする事により横方向への折り曲げの復元力を付けベルト部の外めくれの防止をし芯の効果を働かす、」(第3頁15行ないし末行)、「本考案の腰裏は芯地の効用を完備した保形性の優れた弾性のある細巾編物であり」(第4頁14行、15行)と記載されていることが認められる。
<5> 上記<1>ないし<4>の認定事実によれば、芯地には、保形性、復元性、強靱性、目ずれがないこと、適度の厚み、柔軟性、伸縮性等がその特性として要求されること、そして、このことは、本件発明の特許出願当時すでに当業者において認識されていた事項であることが認められる。
(2) ところで、甲第3号証に審決摘示の技術事項が記載されていることは当事者間に争いがなく、甲第3号証によれば、同号証の発明は「複数のウエールにわたって延びる緯糸と、個々のあるいは全部のウエールの間に配置された力糸とを有するベース編地から成る経編地およびその製法」に関するものであること、同号証の発明の詳細な説明には、「このいわゆる補強のために設けられた部分緯糸は、編目としてベース編地に結合されているので、織物内に単なる結合点で保持されている糸よりもはるかに強くベース編地に保持される。したがって、本発明によって製作された立毛編地は従来公知の立毛織物よりも著しく高い立毛強度を有している。」(第2頁右上欄6行ないし12行)と記載されていることが認められる。
上記各事実によれば、甲第3号証の発明の課題は、補強織物、つまり立毛、畝等の付加的な糸組織を有する織物に相応する経編地を製作することであり、同号証の発明によるものは著しく高い立毛強度を有するものであることが認められ、したがって、同号証の発明自体の課題及び作用効果は本件発明のそれらと相違しているものと認められる。
ところで、生地といい、芯地というも共に衣類等の仕立てに供されるもので、広く技術分野を共通にするものと認めて差し支えなく、当業者にとってはそれぞれが有する技術課題、作用効果等は当然関心の的となっていることは否定することができない。したがって、単に個々的に技術課題又は作用効果に差異がみられるからといって、そのことの故に進歩性を肯定することは相当とは認め難い。
しかして、甲第3号証の発明は、「複数のウエールにわたって延びる緯糸と、個々のあるいは全部のウエールの間に配置された力糸を有するベース編地」において、「付加的な編目を形成する部分緯糸が所定の長さでベース編地に浮かされて配置されている」経編地であって、同号証には、「複数のウエールにわたって延びる緯糸と、個々のあるいは全部のウエールの間に配置された力糸を有するベース編地」も開示されているということができる。そして、この「ベース編地」について、同号証の発明の詳細な説明には、「このばあい複数のウエールにわたって延びる緯糸ならびに個々のあるいは全部のウエールの間に配置された力糸は編地に縦方向および横方向に高い安定性を与えている。」(第1頁右下欄8行ないし12行)、「ベース編地は本発明の経編地に縦方向および横方向に高い安定性を与える一方、」(第2頁右上欄2行、3行)と記載されていることが認められる。すなわち、甲第3号証には、上記組織からなるベース編地と、その作用効果が開示されているものというべきところ、上記「縦方向および横方向に高い安定性」は、芯地の特性として要求される「保形性」、「復元性」に相当するものと認められるから、甲第3号証の生地の編組織の作用効果が芯地に求められるものと全く異なるものということはできない。そして、このことに加えて、甲第3号証の編組織は特に用途が限定されているわけではないこと、同号証の部分緯糸はベース編地に浮かされて配置されているが、同号証には、この部分緯糸について、「したがって編目を形成する部分緯糸は必ずしも複数のウエールを越えて延びてる必要はない。ばあいによっては所望の柄を得るためにはベース編地の上に浮かされている部分緯糸の長さは1つのウエールから次のウエールまでの長さで十分である。」(第3頁右上欄13行ないし18行)と記載されていて、各ウエールにおいて部分緯糸をベース編地に結合することも予定しており、更にはウエール間の部分緯糸を浮かせるかどうかは、求められる特性や生地の用途等に応じて適宜決め得ることと考えられること、前記(1)<2>のとおり甲第6号証には、縦糸と適当巾をもって連続して左右に耳部をつくりながら往復編成する横糸とからなる組織を備えた芯地が記載されており、甲第3号証のベース編地に似た編組織が、本件発明の出願前に芯地の組織として適用されていたことが認められることを併せ考えれば、甲第3号証の編組織を芯地に適用することが当業者にとって容易になし得ないこととは認められない。
(3) 被告は、本件発明は甲第3号証のものとは課題が相違し、その作用効果も芯地に求められる特有のものであって、甲第3号証の生地の作用効果とは異質のものである旨主張する。
本件発明と甲第3号証の発明とは課題が相違していることは被告主張のとおりであるが、前記のとおり、甲第3号証のベース編地は「縦方向および横方向に高い安定性」、すなわち芯地の特性として要求される「保形性」、「復元性」に相当するものを与えるものであるから、その作用効果が本件発明と全く異なるものとはいえず、この点に関する被告の主張は採用できない。
また、被告は、本件発明においては4種の糸が各々独立して、また互いに協同することによってその課題を解決しているとした上、各糸の作用効果等につき縷縷主張しているが、審決がその立論の前提とし、したがって、ここで問題としているところは、本件発明と同じ編組織である甲第3号証の編組織を芯地に適用することが容易に想到することができるか否かということであって、審決の理由の要点によっても明らかなとおり、審決は、使用される糸の素材の特定(相違点<4>)や緯糸が所要の編巾一杯にわたり両側端に耳部を形成しながら往復編成すること(相違点<2>)の容易想到性については、これを取り上げて判断していないのであるから、本件訴訟においてもこれらの点を論議の対象とすることは相当ではなく、被告の主張はその前提において当を得ないものというべきである。
(4) 以上のとおりであるから、甲第3号証の編組織を生地とは求められる作用効果が全く異なる芯地に適用することは当業者にとって容易なこととはいえないとした審決の判断は誤りであるといわざるを得ない。そして、この判断の誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は違法として取消しを免れない。
4 よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳 裁判長裁判官松野嘉貞は、退官のため、署名押印することができない。 裁判官 濵崎浩一)
別紙図面1
<省略>
別紙図面2
<省略>
別紙図面3
<省略>