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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)212号 判決 1992年11月12日

長崎県諌早市天満町13番33号

原告

進栄株式会社

同代表者代表取締役

古賀康夫

同訴訟代理人弁理士

林宏

内山正雄

三重県四日市市末広町2番9号

被告

株式会社前田鉄工所

同代表者代表取締役

前田尚久

同訴訟代理人弁護士

名倉卓二

同訴訟代理人弁理士

後藤憲秋

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者双方の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成1年審判第20363号事件について平成3年6月20日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「蒸気ボイラ装置」とする特許第1281361号(昭和55年4月14日特許出願、昭和60年1月22日特許出願公告、昭和60年9月13日設定登録、以下前記特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許権者であるが、平成元年12月8日被告から本件発明のうち後記2(1)の発明(以下「本件第1発明」という。)についての特許無効審判の請求がされ、平成1年審判第20363号事件として審理された結果、平成3年6月20日本件第1発明についての特許を無効とするとの審決があり、その謄本は同年8月7日原告代理人に送達された。

2  本件発明の要旨

(1)  ボイラとユーザーとの間にスチームアキュムレータを接続し、ボイラとアキュムレータとを結ぶ一次側管路に、流量検出器を備えた流量制御装置によって開口量を制御せしめられる流量弁を設けると共に、アキュムレータとユーザーとを結ぶ二次側管路に二次側圧力を一定に保持するための圧力弁を設け、アキュムレータに、その内圧が予め設定された高圧レベルより高い間は流量弁の開口量を徐々に狭めるべく絞り信号をひし、且つ内圧が別に設定された低圧レベルより低い間は流量弁の開口量を徐々に広ばるべく開放信号を発する圧力検出装置を付設し、これらの流量制御装置と圧力検出装置とを互いに接続したことを特徴とする蒸気ボイラ装置

(2)  ボイラとユーザーとの間にスチームアキュムレータを接続し、ボイラとアキュムレータとを結ぶ一次側管路に、流出検出器を備えた流量制御装置によって開口量を制御せしめられる流量弁を設けると共に、アキュムレータとユーザーとを結ぶ二次側管路に二次側圧力を一定に保持するための圧力弁を設け、アキュムレータに、その内圧が予め設定された高圧レベルより高く且つその勾配が正の間は流量弁の開口量を徐々に狭めるべく絞り信号を発し、内圧が別に設定された低圧レベルより低く且つその勾配が負の間は流量弁の開口量を徐々に広げるべく開放信号を発する圧力検出装置を付設し、該圧力検出装置と流量制御装置とを互いに接続したことを特徴とする蒸気ボイラ装置

(別紙第1の第3図、第5図参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、審判請求人(被告)は、昭和43年実用新案公告第25844号公報(以下「引用例」という。別紙第2の図面参照。)を引用し、本件第1発明は、その出願の日前に日本国内において頒布された引用例に記載されたものと同一であるか、又は同一でないとしても、引用例に記載されたものに基づいてその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(いわゆる当業者)が容易に発明をすることができたものであるから特許法29条1項3号又は同条2項の規定に該当し、同法123条1項1号により、その特許は無効にされるべきものであると主張した。

一方、審判被請求人(原告)は、本件第1発明と引用例に記載の発明とは、その目的、構成及び作用において差異があり、本件第1発明は、引用例記載の発明から容易に想到できるものではない旨答弁した。

(3)  審決の判断

そこで、まず、引用例について検討すると、引用例には、蒸気アキュムレータの制御装置の発明に係る下記の技術事項が示されているものと認める。

イ ボイラ1が配管2を介して蒸気溜3に接続され、蒸気溜3からは配管4を介して負荷に蒸気が供給される。このボイラ1は、圧力制御装置5、調節弁6により蒸気溜3の圧力が一定になるように制御されている。

ロ 蒸気溜3は、配管7、調節弁8を介して蒸気アキュムレータ9に接続される。

ハ アキュムレータ9から負荷へ至る配管11に減圧装置10が設けられ、この減圧装置10を介して蒸気が負荷側に供給される。

ニ 配管2上に設けられた流量発信器12は、流量調節器13に接続され、この流量調節器13は電動設定器14に接続されている。

ホ 前記調節弁8は、流量調節器16によってその開口量を制御せしめられる。

ヘ 前記流量調節器16には、配管7内に挿入された流量発信器15の出力信号と、電動設定器の出力信号とが加えられる。

ト アキュムレータ9には圧力発信器17が設けられ、その出力は圧力調節器18と限界圧力検出器19とに接続され、圧力調節器18は上限圧力設定器20と下限圧力調節器21を備えている。限界圧力検出器19と電動設定器14、上下限界圧力検出器20、21とはそれぞれリレー回路22、23によって結合されている。そして、アキュムレータ9内の圧力が上限又は下限の限界圧力に達すると、限界圧力検出器19が動作し、リレー回路23を介して圧力調節器18に上限圧力調節器20又は下限圧力調節器21のいずれかを接続して圧力調節器18を上限又は下限圧力調節器として動作せしめ、またリレー回路22を介して電動設定器14を駆動し、アキュムレータ9の圧力が限界値内に戻るように調節弁8を操作し、アキュムレータ9へ送られる蒸気量を制御する。

次に、本件第1発明(以下「前者」という。)と引用例記載のもの(以下「後者」という。)とを対比すると、後者の「調節弁8」、「蒸気アキュムレータ9」、「減圧装置10」、「流量発信器15」、「蒸気流量調節器16」及び「負荷」が、それぞれ、前者の「流量弁」、「スチームアキュムレータ」、「圧力弁」、「流量検出器」、「流量制御装置」及び「ユーザー」に相当し、また、後者の「圧力発信器17」と「圧力調節器18」と「限界圧力検出器19」と「上限圧力設定器20」と「下限圧力設定器21」と「リレー回路22、23」と「電動設定器14」とで、前者の「圧力検出装置」と同等の機能を発揮しているものと認められるから、前者は、下記の点において相違し、その余の点においては一致しているものと認められる。

すなわち、前者は、高圧ユーザーをボイラに接続したとしても、その高圧ユーザーに負荷変動がほとんどないことを前提とし、高圧ユーザーに対する制御系をもたないのに対し、後者は、負荷変動があることを前提とし、ボイラ1とユーザー(高圧)の間に蒸気溜3を配設し、蒸気溜3の圧力が一定になるようボイラ1は圧力制御装置5、調節弁6により制御されているとともに、ボイラ1からの配管2上の流量発信器12が流量調節器13を介して電動設定器14に接続され、この電動設定器14を限界圧力検出器19の動作により切り換え駆動可能にして、アキュムレータ内の圧力が限界圧力以内の場合、限界圧力検出器19は動作せず、もし配管4に接続されたユーザー(高圧)の蒸気使用量の変動があった場合には、ボイラ1の発生蒸気量すなわち流量発信器12の出力が定められた範囲の値となるように、流量調節器13が電動設定器14を動作せしめ、それによって設定される設定値と流量発信器15の出力との差を流量調節器16に加え、調節弁8を操作して蒸気溜3からアキュムレータヘ送られる蒸気量を制御している点が、相違する点である。

そこで、前記相違点について検討すると、後者は、ユーザー(高圧)に負荷変動があることを前提とし、この負荷変動をボイラのみならずアキュムレータにも負担させるべく、アキュムレータ内の圧力が限界圧力以内の場合電動設定器14を動作せしめ、調節弁8を操作しているものであるが、ユーザー(高圧)に負荷変動がなければ、流量調節器13が電動設定器14を動作させることはなく、電動設定器14から蒸気流量調節器16への出力信号は一定で調節弁8の開口量は固定されているものと認められる。このような状態において後者は、アキュムレータ9内の圧力が限界圧力に達した場合には、限界圧力検出器19が動作し、圧力調節器18を上限又は下限圧力調節器として動作せしめ、またリレー回路22を介して電動設定器14を駆動し、アキュムレータ9の圧力が限界値内に戻るように調節弁8を操作せしめる。したがって、後者は、ユーザー(高圧)に負荷変動がなければ、調節弁8の開口量は固定されていて前者と同様に、ボイラからアキュムレータ9への蒸気の流量をアキュムレータ9により配管11に接続のユーザーの負荷変動を吸収させながら自動的に負荷の平均値に近似した値に設定できるものと認められる。以上のように、後者は、ユーザー(高圧)の負荷変動をアキュムレータ9にも負担させるべく前記相違点で記載の構成を採用しているが、負荷変動がほとんどなければ、前記のように調節弁の開口量は固定されており、このような条件を前提とするのであれば、後者が該構成を採用する必要がないのは明らかである。したがって、後者において負荷変動がほとんどないことを前提として前者の如くなすことは、当業者が容易に想到し得たものと認められる。

なお、原告は、前者と後者では目的において明白な差異があり、前者がアキュムレータにより負荷変動を吸収する対象は低圧ユーザーであるのに対し、後者は高圧ユーザーである旨主張しているが、後者が高圧ユーザーの負荷変動がほとんどない状態では前者と同様に低圧ユーザーの負荷変動(配管11に接続の負荷変動)を吸収していることは前記したとおりであり、前記と後者とはボイラを安定的に運転可能にするという最終的な目的において共通性を有しているものであるから、原告の主張は採用することができない。

したがって、前者すなわち本件第1発明は、後者すなわち引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件第1発明についての特許は、特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項1号に該当し、これを無効にすべきものとする。

4  審決を取り消すべき事由

引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本件第1発明と引用例記載のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは認めるが、審決は、引用例記載のものの技術内容を誤認して本件第1発明と引用例記載のものとの技術的課題の差異及び装置の構成全体によってもたらされる機能、作用、さらに効果の差異を看過し、相違点の判断を誤った結果、本件第1発明は引用例記載のものから当業者が容易に発明できたものと誤って判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  審決は、本件第1発明と引用例記載のものとはボイラを安定的に運転可能とするという最終的な技術的課題(目的)において共通性を有していると判断しているが、両者は、具体的、実質的な技術的課題において明白な差異があり、審決はこの点を看過している。

すなわち、確かに、引用例記載のものは、アキュムレータを有効に利用することによりボイラ運転の安定を計ることを目的とし(引用例1頁左欄13行ないし14行)、本件第1発明も、ボイラからアキュムレータヘの蒸気の流量を、アキュムレータにより負荷変動を吸収させながら自動的に負荷の平均値に近似した価に設定し得るようにするもので(本願公報3欄23行ないし26行)、ボイラを安定的に運転可能にするという点では共通性を有する。しかしながら、引用例の全体的な記述による限り、引用例記載のものは、蒸気溜3から配管4を介して接続される負荷(高圧)の蒸気使用量の変動に対し、それとは無関係の負荷(低圧)を利用してボイラ運転の安定を計ろうとするものである。これに対し、本件第1発明においてアキュムレータ12に吸収させる負荷変動は、アキュムレータ12に二次側管路17を介して接続したユーザー11(低圧)における負荷変動である。したがって、両者は、実質的な技術的課題において明白な差異があるのであり、この差異を看過した審決は誤っている。

(2)  審決は、引用例記載のものに基いて本件第1発明のようにすることは、当業者が容易に想到しえたと判断している。

しかしながら、この審決の判断は、次のとおり、引用例記載のものと本件第1発明との装置の構成全体によってもたらされる機能、作用、さらに効果の差異を看過し、容易想到性の判断を誤ったもので、誤った結論を導いている。

<1> 引用例記載のものは、その構成の一部として、本件第1発明におけるボイラ、スチームアキュムレータ、流量制御装置によって制御される流量弁、二次管路の圧力弁、絞り信号又は開放信号を発する圧力検出装置等に対応する構成を備えている。しかし、それらは、あくまでも配管4に接続された負荷(高圧)の変動をアキュムレータ9において吸収するためのもの(以下「高圧負荷変動吸収機構」という。)であり、圧力制御装置5や調節弁6、流量発信器12、流量調節器13とともに、この高圧負荷変動吸収機構の一部として、しかも一体不可分のものとして設けられたものである。したがって、引用例記載のものが上記の本件第1発明の構成要素、殊に本件第1発明におけるスチームアキュムレータ及び流量弁等に対応する構成を備えてはいても、それらは、本件第1発明とは機能的、作用的に全く相違し、異なる作用効果を奏するものである。審決は、このような差異を看過している。

すなわち、引用例記載のものにおいては、アキュムレータ内の圧力が限界圧力以内の場合には、配管4に接続された負荷(高圧)の蒸気使用量が変動しても、ボイラ1における発生蒸気は常に一定の範囲に保たれて、配管4に接続された負荷(高圧)の蒸気使用量の余剰分がアキュムレータ9へ送られ、配管4の負荷(高圧)の変動がアキュムレータ9で吸収される。したがって、アキュムレータ9へ流入する蒸気量が、配管11の負荷(低圧)とは無関係に、配管4に接続された負荷(高圧)の蒸気使用量の余剰分ということとなり、その余剰分として蓄積される蒸気量と配管11に接続された負荷(低圧)の蒸気量とがたまたま均衡していればアキュムレータ内の圧力が上限と下限の限界圧力間に維持されるが、その均衡が破れたときにはアキュムレータ内の圧力が限界圧力に達することになる。そして、アキュムレータ9内の圧力が限界圧力を超えた場合には、限界圧力検出器19が動作し、アキュムレータ9の圧力が限界値内に戻るように調節弁8が制御されることにはなるが、該アキュムレータ9は、本来「高圧負荷変動吸収機構」として動作し、配管11の負荷(低圧)とは無関係に配管4に接続された負荷(高圧)の蒸気使用量の余剰分が蓄積されることになり、ボイラ1における発生蒸気量は、配管4に接続された負荷の蒸気使用量の変動に応じて圧力制御装置5による調節弁6の制御のみにより蒸気溜3の圧力が一定になるように制御される。そのためボイラの蒸発量は負荷変動とおりに変動してしまい、安定に運転することができず、アキュムレータ9はボイラ1の運転の安定化に全く関与しない。

これに対し、本件第1発明では、ボイラからアキュムレータヘの蒸気の流量をアキュムレータによりユーザー11(低圧)の負荷変動を吸収させながら自動的にその負荷の平均値に近似した価に設定し、ボイラをユーザー11における負荷の平均値において安定的に運転することを可能とするものであり、引用例記載のものの作用効果とは本質的に相違している。

<2> このように、引用例記載のものにおいては、本願発明と異なり、ボイラからアキュムレータ9への蒸気の流量を自動的に負荷の平均値に近似させることはできないから、負荷の変動を安定的に吸収させるためには、操作者が流量調節器13の設定を負荷に応じて手動で調節しなければならない。

これに対し、本願発明では、そのような手動調節の必要はないのである。

<3> 引用例記載のものにおいては、前記のとおり、全体として配管11の負荷(低圧)における負荷変動を吸収する機能をもたず、かえってボイラの運転状態の変動を増幅させるような構成を有するのである。すなわち、配管2上に設けられた流量発信器13が電動設定器14に接続されている構成により配管11の負荷(低圧)における負荷変動の吸収を損う方向に作用することとなる。

これに対し、前記のとおり本願発明においては、そのような構成はなく、したがって負荷変動の吸収を損うようなことはない。

<4> 前記のとおり引用例記載のものと本件第1発明とは作用効果に差異があるのであるから、引用例記載のものからそれらの構成要件のみを抽出して独立の装置として本件第1発明のように構成することは、当業者でも容易に想到することができることではない。

第3  請求の原因の認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の審決の取消事由は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法は存在しない。

原告の主張の要旨は、引用例記載のものは高圧負荷変動を吸収することを技術的課題とし、構成及び作用効果もそのことを主眼とするものであるのに対し、本件第1発明は低圧負荷変動を吸収することを技術的課題とし、構成及び作用効果もそれに沿っているというにある。

本件第1発明と引用例記載のものとは、審決認定のとおりボイラを安定的に運転可能にするという最終的な目的において共通性を有しており、原告の主張によっては上記の認定を覆すことはできない。

また、審決が認定するとおり、本件第1発明は高圧ユーザーに対する制御系を有しないのに対し、引用例記載のものは高圧ユーザーの負荷変動をアキュムレータにも負担させるべく構成を有している点で相違する。しかし、高圧ユーザーの負荷変動がほとんどなければ、調節弁の開口量は高圧ユーザーとの関係においては固定されており、この関係で固定されていれば特別な構成を採用する必要はない。また、原告の主張は、引用例記載のものの技術内容を誤解又は曲解している。すなわち、引用例記載のものにおける制御は、<1>限界圧力内におけるボイラ出力制御と、<2>限界圧力を超えた場合の限界圧力制御との、二つの制御が組み合わされており、この二つの制御のうち<2>の限界圧力制御が本件第1発明の先行技術となっていることは明白である。

第4  証拠関係

本件記録中の証拠目録の記載を引用する(理由中において引用する書証は、いずれも成立に争いがない。)。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決の取消事由について判断する。

(1)  甲第2号証によれば、本件明細書には、本件第1発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

<1>  本件第1発明は、スチームアキュムレータを使用した蒸気ボイラ装置に関する(本件発明の特許出願公告公報(以下「本件公報」という。)2欄3行ないし4行)。

最近のボイラ設備においては、汽醸時間の短縮や性能の向上化、パッケージ方式の採用等により極めて保有水量の少ないボイラが使用されるようになり、そのため負荷変動に対する追従性能が著しく低下し、ボイラを一定条件の下で連続運転することが困難になっている。そこで負荷変動に対処するため、スチームアキュムレータをボイラと併用し、該アキュムレータに負荷変動を吸収させることによりボイラを一定条件下で定常運転する方法が採用されている(同2欄5行ないし14行。別紙第1の第1図参照)。しかし、従来の方法では、一次圧力弁4により一次側(ボイラの出口側)の圧力を一定に保つようにしているため、あらゆる流量に対してその圧力を一定に保持することは可能であっても、流量が一定になるとは限らず、そのため所期の目的であるボイラからアキュムレータヘの蒸気の流量を一定に保持することはできない。そこで、蒸気の流量を一定に保持するための別の手段として一次側管路に流量弁6を設け、この流量弁6を流量検出器8からの信号に基いて流量制御装置7で制御することにより直接流量をコントロールすることが考えられる(別紙第1の第2図参照)が、この場合、設定流量と負荷との間に相関関係がないため流量を決めるのが非常に難しい(同2欄26行ないし3欄13行)。

本件第1発明は、このような点に鑑み、ボイラからアキュムレータヘの蒸気の流量を、アキュムレータにより負荷変動を吸収させながら自動的に負荷の平均値に近似した値に設定し得るようにすること(同3欄23行ないし26行)を技術的課題(目的)とするものである。

<2>  本件第1発明は、前記技術的課題を解決するために本件発明の要旨(1)記載の構成(同1欄2行ないし15行)を採用した。

<3>  本件第1発明は、前記構成により、次のような作用効果を奏する。

すなわち、別紙第1の第3図においてボイラ10で発生した蒸気は高圧蒸気系と低圧蒸気系に供給されるが、ここでは高圧蒸気系における負荷変動はほとんどないものと仮定する。いま、低圧蒸気系の一次側において、ボイラ10からの蒸気は流量検出器16によってその流量が検出され流量制御装置15による流量弁14の開閉制御によって一定流量に保持されながらアキュムレータ12に流入しており、一方、二次側においては、ユーザー11の蒸気使用に対して圧力弁18が二次側圧力を一定にすべく自動開閉し、その結果アキュムレータ12の内部に自己蒸発が生じてこの蒸気が二次側管路17を通じてユーザー11に供給されている。このような状態において、アキュムレータ12の内圧が低圧レベル又は高圧レベルを超えたときは、圧力検出装置20から流量制御装置15に対して流量弁14の開放信号又は絞り信号が発せられ、ボイラ10からの流量が負荷の平均値に追随するように制御される。(同4欄10行ないし30行)

このようにして、本件発明によれば、ボイラからアキュムレータへの蒸気の流量をアキュムレータの内圧と関連させて流量弁により直接制御し、アキュムレータに負荷変動を追従させてその大まかな平均値に自動的に設定することができる(同6欄24行ないし29行)という作用効果を奏するものである。

(2)  引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本件第1発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

原告は、引用例記載のものは、高圧負荷の蒸気使用量の変動に対し低圧負荷を利用してボイラ運転の安定を計ろうとするのに対し、本件第1発明は、低圧における負荷変動を吸収させるものであり、両者は実質的な技術的課題において明白な差異があると主張する。

(3)  そこで、引用例について検討しておくと、甲第4号証によれば、引用例は名称を「蒸気アキュムレータの制御装置」とする実用新案出願公開公報であり、引用例には、引用例記載のものの技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおりの記載があることが認められる。

<1>  引用例記載のものは、「蒸気発生ボイラに接続された蒸気アキュムレータの制御装置の改良に係る」(1頁左欄14行ないし15行)。

「従来蒸気発生ボイラに接続された蒸気アキュムレータの制御には、空気圧又は油圧を利用し、単に蒸気アキュムレータ内の蒸気圧力を制御する装置が使用され、ボイラの制御装置と関連させて制御を行っていないため、アキュムレータの能力が十分活用されず、負荷変動の大部分がボイラに直接加わる欠点がある。本考案はこの点を改良しアキュムレータを有効に利用することにより、ボイラ運転の安定を計り、熱効率を向上せしめること」(1頁左欄14行ないし25行)を技術的課題(目的)とするものである。

<2>  引用例記載のものは、前記の技術的課題を解決するために、「ボイラから発生する蒸気を蒸気アキュムレータを介して負荷に供給するものにおいて、ボイラの発生蒸気量を所定範囲内に制御する装置と、この発生蒸気量により調整される設定器により設定される設定値にボイラより蒸気アキュムレータに供給される蒸気量を調節する流量調節器と、アキュムレータ内の蒸気圧力の限界値を検出する限界圧力発信器と、この限界圧力発信器により動作し前記設定器を調整する圧力調整器とを備えた蒸気アキュムレータの制御装置」(2頁左欄4行ないし右欄4行)という構成を採用したが、これを別紙第2の図面に基いて説明すると、「図において、1は蒸気発生ボイラで、配管2を介して蒸気溜3に接続され、蒸気溜3からは配管4を介して図示されていない負荷に蒸気が供給される。蒸気溜3には圧力制御装置5が設けられ、この圧力制御装置5によりボイラ1への調節弁6を調整することによって蒸気溜3内の蒸気圧力が一定になるように制御が行われる。又蒸気溜3は配管7、調節弁8を介して蒸気アキュムレータ9に接続され、アキュムレータ9からは減圧装置10を介して配管11により負荷側に蒸気が供給される。ボイラ1より蒸気溜3に至る配管2上に設けられた流量発信器12は流量調節器13に接続され、この流量調節器13は電動設定器14に接続される。蒸気溜3よりアキュムレータ9に至る配管7内に設けられた調節弁8を操作する蒸気流量調節器16には、配管7内に挿入された流量発信器15の出力信号と、電動設定器14の出力信号とが加えられる。アキュムレータ9には圧力発信器17が設けられ、その出力は圧力調節器18と限界圧力検出器19とに接続される。20、21はそれぞれ圧力調節器18の上限圧力設定器、下限圧力調節器である。猶限界圧力検出器19と電動設定器14、上下限界圧力設定器20、21とはそれぞれリレー回路21、22によって結合されている。」(1頁左欄27行ないし右欄11行)

<3>  引用例記載のものは、前記構成により、「アキュムレー夕9内の圧力が限界圧力以内にある場合は、限界圧力検出器は動作せず、もし配管4に接続された負荷の蒸気使用量の変動があった場合には、ボイラ1の発生蒸気量即ち流量発信器12の出力が定められた範囲の値となるように、流量調節器13が電動設定器14を動作せしめ、それによって設定される設定値と流量発信器15の出力との差を流量調節器16に加え、調節弁8を操作して蒸気溜3からアキュムレータ9へ送られる蒸気量を制御する。もしアキュムレータ9内の圧力が上限又は下限の限界圧力に達すると、限界圧力検出器19が動作し、リレー回路23を介して圧力調節器18に上限圧力設定器20又は下限圧力設定器21のいずれかを接続して圧力調節器18を上限又は下限圧力調節器として動作せしめ、又リレー回路22を介して電動設定器14を駆動し、アキュムレータ9の圧力が限界値内に戻るように調節弁8を操作せしめる。(中略)以上のように、本考案によれば蒸気アキュムレータ内の圧力が限界値内にある時は、ボイラ出力が定められた範囲内にあるようにボイラ側を優先して制御し、限界値に達した時には、この限界値に達した時のみ動作する圧力調節器によってアキュムレータを優先してアキュムレータ内の圧力が限界値内に戻るように制御するものであるから、負荷変動をボイラのみならずアキュムレータにも有効に負担させボイラを安定に運転することができる」(1頁右欄15行ないし2頁左欄2行)という作用効果を奏するものである。

(4)  前記(1)及び(3)における各認定事実によれば、本件第1発明の技術的課題は、ボイラからアキュムレータへの蒸気の流量をアキュムレータにより負荷変動を吸収させながら自動的に負荷の平均値に近似した値に設定し得るようにすることにあるが、引用例記載のもののの技術的課題も、アキュムレータを有効に利用することによりボイラ運転の安定を計り熱効率を向上せしめることにあり、ボイラを安定的に運転可能にするという技術的課題において共通していることが明らかである。

もっとも、前記各認定事実によれば、本件第1発明においては、高圧蒸気系における負荷変動はほとんどないものと仮定してそれが前提とされており、吸収する負荷変動として考慮の対象となっているのは低圧蒸気系のもののみであるのに対し、引用例記載のものにはそのような限定がないために、技術的課題に差異があるというべき余地がなくはない。しかしながら、甲第4号証を精査しても、引用例記載のものが本件第1発明が吸収対象とする低圧蒸気系の負荷変動を吸収対象から除外しているとは認められず、かえって、アキュムレータ9の内圧が限界値内にある限りアキュムレータ9自体が低圧負荷変動を吸収する機能を有することは、技術上自明であるところ、前記(3)における認定事実と甲第4号証によれば、引用例記載のもののアキュムレータ9は、その配管11に接続された低圧の負荷の変動をも含め、内圧が限界値を超えたときに調節弁8を動作させることによりアキュムレータ9内の圧力が限界圧力値内に戻るように操作させるものであるから、低圧負荷の変動をも吸収させることを目的として設けられているものであることを認定することができる。

そうすると、引用例記載のものと本件第1発明とが技術的課題を共通すると認めるのに何らの妨げもないというべきである。

したがって、前記(2)記載の原告の主張は失当である。

(5)  原告は、引用例記載のものは本件第1発明の構成要素に対応する構成を備えてはいても、それらは、引用例記載のものの高圧負荷変動吸収機構の一部として一体不可分のもので、装置の構成全体によってもたらされる機能、作用、さらに効果の面で本件第1発明とは全く異なる、と主張するので、この主張について検討を進める。

本件第1発明と引用例記載のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは、前記のとおり、当事者間に争いがなく、その争いがない事実に前記(1)及び(3)における認定事実をあわせれば、次の各事実が認められる。

<1>  本件第1発明は、高圧ユーザーに負荷変動がないことを前提として、高圧ユーザーに対する制御系をもたず、アキュムレータ9の内圧が予め設定された高圧レベルより高いとき又は予め設定された低圧レベルより低いとき(以下、両者をあわせて「圧力限界外」にあるときといい、この両者以外の場合を「圧力限界内」にあるときという。)にその内圧を検出し流量制御装置に信号を発してボイラからの流量が負荷の平均値に追随するように作用する。

<2>  これに対し、引用例記載のものは、高圧ユーザーに対する負荷変動のあることを前提に、ボイラ1と高圧ユーザーとの間に蒸気溜3を配設し、蒸気溜3の圧力が一定になるようにボイラ1が圧力制御装置5、調節弁6により制御されるとともに、ボイラ1からの配管2上の流量発信器12が流量調節器13を介して電動設定器14に接続され、この電動設定器14を限界圧力検出器19の動作により切り換え駆動可能にしている。

<3>  引用例記載のものにおいて、アキュムレータ内の圧力が圧力限界内にあるときは、限界圧力検出器19は動作せず、もし配管4に接続された高圧ユーザーの蒸気使用量の変動があった場合には、ボイラ1の発生蒸気量すなわち流量発信器12の出力が定められた範囲の値となるように、流量調節器13が電動設定器14を動作させ、それによって設定される設定値と流量発信器15の出力の差を流量調節器16に加え、調節弁8を操作して蒸気溜3からアキュムレータへ送られる蒸気量を制御する。

<4>  引用例記載のものにおいて、アキュムレータ9内の圧力が圧力限界外に達すると、限界圧力検出器19が動作し、リレー回路23を介して圧力調節器18に上限圧力設定器20又は下限圧力設定器21のいずれかを接続して圧力調節器18を上限又は下限圧力調節器として動作させ、又リレー回路22を介して電動設定器14を駆動し、アキュムレータ9の圧力が限界値内に戻るように調節弁8を操作させる。

上記認定によれば、引用例記載のものにおいて、高圧ユーザーに負荷変動がなければ、アキュムレータ9内の圧力が圧力限界内にあるときは当然に調節弁8の開口量は固定され、また、アキュムレータ9内の圧力が圧力限界外に達すると、アキュムレータ9内の圧力が限界値内に戻るように調節弁8を操作させることが明らかであり、引用例記載のものは、高圧ユーザーに対する負荷変動を吸収する制御系を有する点で本件第1発明と異なる構成を採っているが、本件第1発明が前提とするように高圧ユーザーに負荷変動がない限り、アキュムレータ9の内圧が圧力限界外にあるときは、本件第1発明と同様の機能、作用を営むものと判断されるというべきである。

もっとも、原告は、引用例記載のものにおいて、アキュムレータ9内の圧力が圧力限界外にあるときは、その圧力が限界値内に戻るように制御されることにはなるが、該アキュムレータ9は、本来「高圧負荷変動吸収機構」として動作し、低圧負荷とは無関係に蒸気使用量の余剰分が蓄積されることになり、ボイラの蒸発量が負荷変動どおりに変動してしまい、安定的に運転することができず、アキュムレータ9がボイラの運転の安定化に全く関与しないのに対し、本件第1発明では、蒸気の流量を自動的に負荷の平均値に近似した価に設定し、ボイラを安定的に運転することを可能とすると主張する。

しかしながら、上記主張に係る事実のうち引用例記載のものに関する部分を認めるに足りる的確な証拠がないばかりでなく、ここで問題としているのは、高圧ユーザーの負荷変動がない場合についてであるところ、前記(1)及び(3)の認定事実によれば、引用例は、高圧ユーザーの負荷変動がある場合を含めて一般的に記載されているのに対し、本件第1発明に関する記載は、高圧ユーザーに負荷変動がないことを前提としていることが明らかにされており、原告の上記主張は、これら異なる条件に係る記載を混ぜ合わせて同一に議論しようとするものであり、失当というほかはない。高圧ユーザーに負荷変動がないとの前提を採用する限り、上記の判断を導くのに何の妨げもないというべきである。

(6)  また、原告は、作用効果の差異として、引用例記載のものにおいては、本件第1発明と異なり、ボイラからアキュムレータ9への蒸気の流量を自動的に負荷の平均値に近似させることはできないから、負荷の変動を安定的に吸収させるためには、操作者が流量調節器13の設定を負荷に応じて手動で調節しなければならないし、低圧負荷における負荷変動を吸収する機能をもたず、かえってボイラの運転状態の変動を増幅させるような作用効果を呈する、と主張する。

しかしながら、本件全証拠によってもこの主張に係る事実を認めるには足りないだけでなく、この主張も、前記(5)において検討したところと全く同様に、高圧ユーザーの負荷変動がない場合を問題としようとする場面において、異なる場面に関する記載に基づいて議論しようとするものとして、失当といわなければならない。

(7)  原告は、引用例記載のものから独立の装置として本件第1発明のように構成することは、当業者でも容易に想到できることではない、と主張する。そこで、この主張について検討する。

甲第2号証を精査してもアキュムレータ9の内圧が圧力限界内にあるときに本件第1発明がどのような制御を行うかについての記載は全く見当たらないことから判断すると、本件第1発明の技術的課題のうちでも、特に関心が払われたのは、もっぱらアキュムレータ9の内圧が圧力限界外にあるときにその圧力をどのように制御するかの点にあることを、見て取ることができる。

そして、前記(3)の認定事実によれば、引用例には、アキュムレータ9の内圧が圧力限界内にあるときには、「限界圧力検出器は動作せず、もし配管4に接続された負荷の蒸気使用量の変動があった場合には、ボイラ1の発生蒸気量即ち流量発信器12の出力が定められた範囲の値となるように、流量調節器13が電動設定器14を動作せしめ、それによって設定される設定値と流量発信器15の出力との差を流量調節器16に加え、調節弁8を操作して蒸気溜3からアキュムレータ9へ送られる蒸気量を制御する」ことが記載されているのであるから、当然、逆に高圧ユーザーに負荷変動がない場合には、高圧系の余剰蒸気量(ボイラ出力が同一である限り、一定の量となる。)はアキュムレータ9に流れ、アキュムレータ9へ送られる蒸気量を制御する必要がなく、流量発信器12及び流量調節器13を設ける必要がないことが示唆されているということができる。

そうすると、高圧ユーザーの負荷変動を考慮しない場合には、流量発信器12及び流量調整器13を取り除いて本件第1発明のように構成することは、当業者が容易に想到しうることであるというべきであり、原告の主張は理由がない。

3  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙第1

<省略>

別紙第2

<省略>

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