東京高等裁判所 平成3年(行ケ)214号 判決 1993年9月28日
石川県河北郡宇ノ気町字宇野気ヌ98番地の2
原告
株式会社 ピーエフユー
代表者代表取締役
二宮昭一
東京都台東区東上野3丁目20番3号
原告
株式会社 エース電研
代表者代表取締役
武本孝俊
東京都中央区新川2丁目4番7号
原告
株式会社 内田洋行
代表者代表取締役
久田仁
原告ら訴訟代理人弁理士
柏原健次
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 麻生渡
指定代理人
中村友之
同
伏見隆夫
同
田辺秀三
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第1 当事者が求めた裁判
1 原告ら
「特許庁が平成2年審判第7361号事件について平成3年6月27日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。
2 被告
主文同旨の判決。
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告らは、昭和54年12月25日、特許庁に対し、名称を「遊技機管理装置の表示方法」とする発明についての特許出願(同年特許願第168599号)をしたところ、平成2年4月10日、拒絶査定を受けたので、同年5月10日、特許庁に対して、審判を請求した。
特許庁は、同請求を平成2年審判第7361号事件として審理したが、平成3年6月27日、「本件審判の請求は成り立たない」との審決をした。
2 本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項の記載と同じ)
ディスプレイを用いて遊技機および遊技場の営業状態を表示する遊技機管理装置において、遊技機および遊技場の営業状態を表示する際に、項目名を漢字表示し、項目のデータが負である場合には当該データを反転モードで表示し、ディスプレイの一画面で複数の遊技機の状態を表示する場合には縦罫線および横罫線で画面をブロックに分割し、遊技機の特殊状態を表示する場合には特殊記号で表示することを特徴とする遊技機管理装置の表示方法
3 審決の理由
別紙審決書写し記載のとおりである。
4 取消事由
(1) 審決の理由中、本願発明の要旨、引用例の記載、引用例との対比、当審の判断の項のうち、「引用例2には、本願発明のものと同様の装置において、賞球数、即ち、遊技者が獲得した玉数(=出玉数-入玉数)が規定値以上である場合に、対応するパチンコ機の台番号を他の台番号と識別できるように明るく表示することが記載されており、出玉数が入玉数よりも一定値以上大きいケースが管理装置の監視項目であり、それを他と識別しつつ表示することが示されている。」こと及び「相違点2については、横に『時刻』、『台番号』、『回数』などの項目を並べ、縦にパチンコ機毎のデータを順次並べて配列し、ディスプレイの一画面で複数の遊技機の状態を表示する方法が、引用例1に記載されている」ことは認め、その余は争う。
(2) 審決は、下記のとおりの認定判断の誤りの結果、本願発明は引用例1に記載された装置の表示方法に引用例2に示されている表示形式・内容を組み合わせたものに過ぎず、その効果も引用例1、2にそれぞれ記載された発明の奏する効果から予測できる範囲のものと誤って判断し、本願発明は、引用例1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと判断し、本願発明の進歩性の判断を誤った違法があるから、取り消ざれるべきである。
<1> 「項目のデータが負である場合」の認定の誤り(取消事由1)
審決は、本願発明における「項目のデータが負である場合」とは、明細書及び図面の記載からみて、「出玉数の方が入玉数より大きく総差玉数(=入玉数-出玉数)が負である場合」を意味していると認定しているが、かかる認定は誤りである。
本願発明の「項目のデータが負である場合」とは、明細書及び図面の記載からみて、「出玉、差玉、持玉、景品金合計、差玉金合計、景品玉合計、差玉合計など、パチンコ店にとって支出に関する場合」(甲第2号証((願書添付の明細書))9頁19行ないし10頁2行)を意味しており単に総差玉数が負である場合だけのみではない。すなわち、本願発明は、「遊技管理装置において漢字や反転モード、縦罫線、横罫線などを導入し、表示の内容をオペレーターに判り易く且つ正確に知らせ得るように表示画面を構成することを目的としている。そしてそのため、本発明の遊技機管理装置の表示方法は、ディスプレイを用いて遊技機および遊技場の営業状態を表示する遊技機管理装置において、項目を漢字表示するとともに項目のデータが負である場合には当該データを反転モードで表示することを特徴とするものである。」(甲第2号証((願書添付の明細書))2頁16行ないし3頁6行)から、この目的を達成するためには、前記諸項目のように、収支状況の把握に必要な事項が、経営上マイナスになる項目として、「項目のデータが負である場合」に該当するものであって、審決のように負である場合を総差玉数のみに限定したのでは、本願発明の目的、効果を達成し得ないものである。
<2> 相違点1に対する判断の誤り(取消事由2)
審決は、相違点1については、引用例1に記載されている前記の表示項目の一つである総差玉数が負である場合と、引用例2に記載された他の台番号と識別できるように明るく表示することを組み合わせることは、容易で、かつ明るくするモードから反転モードにすることは適宜決定し得る設計事項と認定しているが、明るく表示することと反転モードにすることは全く異なるものであるから、審決のこの点についての認定判断は誤りである。
すなわち、明るく表示することは周囲の明るさと密接な関係があり、周囲の明るさと対比して明るく表示しなければ表示状態が見えなくなる欠点を有している。ところが、反転モードは周囲の明るさに関係なく、反対色もしくは反対色に近い色に変換するものであるから、周囲の明るさに関係なく本願発明の目的、作用、効果であるオペレーターに判りやすく(見やすく)、かつ正確に知らせ得る(見せることができる)のである。
さらに、本願発明はパチンコホールという特殊状況下に対応するために発明されたものである。パチンコホール内は、ネオン管、蛍光灯、表示灯、点滅灯等の発光源が多数設置されているとともに管理装置の設置場所は景品カウンター内、片隅等の条件の悪い場所のみしか与えられないという状況下にある。よって、パチンコホールという特殊状況は独立した技術分野として当業者の技術常識を考慮すべきであるにもかかわらず、審決が一般技術常識に基づいて本願発明が採択した反転モードによる表示方法の転用の容易性を認定したことは誤りである。(なお、一般技術常識の分野では特許されない発明が、パチンコホールの管理表示装置として特許された例がある((甲第6号証)))。
<3> 相違点2に対する判断の誤り(取消事由3)
審決は、相違点2については、本願発明の罫線を追加してブロックに分割して表示する画面レイアウトの工夫は、当業者が適宜試みることに過ぎない旨認定しているが、本願発明の目的及び効果は、オペレーターに判りやすく(見やすく)、かつ正確に知らせることを目的及び効果とするものであり、そのために工夫したものである。
このような工夫は簡単であるが、遊技機管理装置の表示方法としては嚆矢の工夫であり、本願発明と目的及び効果を全く異にする引用例1から当業者が適宜試み得るものではないから、この点についての審決の認定は誤りである。
本願発明は、パチンコホール内という特殊状況及び一つの管理装置で平均300台のパチンコ台を管理しなければならない状況、さらに頻繁に生じる反転モードで表示しなければならない状況並びに頻繁に生じる特殊記号で表示しなければならない状況等に対応し、オペレーターに判りやすく、かつ正確に知らせ、もってオペレーターが正しい判断を瞬時に下せることを目的として発明されたものであるから、かかる特殊状況は独立した技術分野として当業者の技術常識を考慮すべきであるにもかかわらず、審決は、一般技術常識に基づいて、本願発明に上記工夫を転用することの容易性を認定した誤りがある。
<4> 相違点3に対する判断の誤り(取消事由4)
審決は、相違点3については、引用例1及び2から特殊記号を付加する形式にすることは、当業者が適宜決定し得る設計事項に過ぎないと認定しているが、ここに特殊記号を付加する形式にしたのは、反転モードで表示するデータもしくはこのデータ以外に、特にオペレーターに注意を促すために、遊技客に迷惑をかける項目(空接点及び打ち止めの特殊表示)、賞玉数が異常に多い項目(打ち止め異常及び強制打ち止めの特殊表示)等に特別な符号(記号)を用いて知らせるようにしたものであり、単なる台番号を明るくするのみの技術より数段進歩した技術である。
すなわち、引用例1及び2には前記の本願発明の目的及び効果を一切有せず、このような考え方がないのに対し、本願発明は目的及び効果を達成するために、表示を反転モードにするとともに表示内容をオペレーターにより注意して見させるために特殊記号にて表示したものである。
乙第4及び第5号証は一般技術の例であり、パチンコホールという技術分野に属するものではなく、乙第4号証は単なる新規に発生して現象であることを示す*印を付ける技術に関するものであり、乙第5号証は良、不良、設定の三つのデータ状態の区別をつけて表示する技術に関するものであって、上記各号証には、本願発明の上記<3>で述べた目的は見い出せない。しかるに、審決が上記のような一般技術の分野の技術常識に基づいて本願発明が採択した特殊記号による表示方法の転用の容易性を認定したことは誤りである。
<5> 作用効果の看過(取消事由5)
本願発明は、前記のように、遊技機管理装置の表示を、パチンコ店にとって経営上マイナスになる項目を反転モードで表示するとともに、遊技客に迷惑をかける項目、賞玉数が異常に多い項目等については特殊記号表示し、この反転モード表示と特殊記号表示の別々の表示でもってオペレーターに正確に視認させることを目的としたものであるから、これにより遊技機の管理をより的確に行なうことができるという顕著な効果を奏し得るのである。これに対し、引用例2には、項目毎に別個の表示をする点については何ら開示されていない。しかるに、審決は、引用例1との相違点1及び3についての判断において、項目を分けて、反転モード表示と特殊記号表示がされる点について判断せず、引用例2に他と識別できるように明るく表示することが開示されていることを捉えて、いずれの相違点においても、開示された技術から容易になし得ると誤って判断したため、本願発明が項目毎に別個の表示を用いることにより奏される顕著な効果を看過した。
第3 請求の原因に対する認否及び主張
1 請求の原因1ないし3は認め、同4の主張は争う。
2 審決の認定判断は正当であって、何ら取り消されるべき違法はない。
(1) 取消事由1について
本願発明の要旨における「項目のデータが負である場合」とは、あるデータ数値からあるデータ数値を引き算し、その結果が負である場合を意味していることが明らかである。反転モードで表示されると原告らが主張する項目のうち、「出玉、持玉、景品金合計、景品玉合計」のデータ自体は、引き算により求められる数値ではなく、そもそも正の値しか取り得ず負の値を取る性質のものではない。審決は、引用例1に記載された発明との相違点についての容易推考性の有無の判断に必要な限度において、本願発明において、負の値を取ることが明らかな項目のデータ、すなわち、「総差玉数」に着目しているのであって、本願発明を「総差玉数」のみ限定して把握しているのではない。
(2) 取消事由2について
表示状態が見えなくならないように光線あるいは照明に配慮するのが技術常識である。そして、ブラウン管表示面の表示の一部を、他から識別しやすくするために反転モードとすることは、本願出願前周知の技術手段である(乙第1ないし第3号証)ことを考慮すれば、他と識別しつつ示すための表示モードを他より明るくするモードから反転モードにすることは当業者が適宜決定し得る設計事項にすぎない。
なお、一般技術常識は当業者が当然に知悉している事柄であるから、かかる常識が本願発明の進歩性の有無を判断する基礎になり得ることは明らかである。
(3) 取消事由3について
一般に、各種項目とそのデータを表示する場合、見やすくするために罫線を用いてブロックに分割して表示することは作表手段として普通に用いられていることであり、同じ目的をもってブラウン管表示面の表示に上記罫線を用いた作表手段を付加することは、当業者が適宜決定し得る設計事項にすぎない。
なお、「パチンコホール内という特殊状況」が罫線を用いた公知の作表手段を付加することを妨げるものではない。かえって、原告らの主張する多数のパチンコ台の状況を把握する際にこそ、かかる工夫が必要となるものである。
(4) 取消事由4について
引用例2には、本願発明におけると同様に、打ち止め中の如き特殊状態の遊技台を他の遊技台から区別して注意を促すために、台番号を明るく示す技術手段が記載されており、しかも、表示を他から明確に区別して注意を促すために特殊記号を用いることは、本願出願前周知の技術手段である(乙第4及び第5号証)ことを考慮すれば、台番号を明るく示す技術手段に代えてこの周知の技術手段とし、もって本願発明のようにすることは当業者が適宜決定し得る設計事項にすぎない。
本願発明は、その開示された実施例によれば、その表示のために電算機が用いられていることが明らかであり、本願発明の属する技術分野は遊技機の分野に止まらず、技術的観点からみて電算機の分野に及ぶと解すべきである。したがって、乙第4及び第5号証に記載された技術は、本願発明の属する技術分野に属するものである。
(5) 取消事由5について
審決は、相違点1及び3について明確に判断しているのであり、それぞれの相違点について、引用例2で開示された技術から進歩性の有無を判断すれば足り、相違点1及び3が表示事項を異にしている点まで判断する必要はない。
第4 証拠関係
本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
1(1) 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由)は、当事者間に争いはない。
(2) 審決の理由中、引用例の記載、本願発明と引用例1に記載された発明との一致点、相違点は当事者間に争いがなく、また、「引用例2には、本願発明のものと同様の装置において、賞球数、すなわち、遊技者が獲得した玉数(=出玉数-入玉数)が規定値以上である場合に、対応するパチンコ機の台番号を他の台番号と識別できるように明るく表示することが記載されており、出玉数が入玉数よりも一定値以上大きいケースが管理装置の監視項目であり、それを他と識別しつつ表示することが示されている。」こと及び「相違点2については、横に『時刻』、『台番号』、『回数』などの項目を並べ、縦にパチンコ機毎のデータを順次並べて配列し、ディスプレイの一画面で複数の遊技機の状態を表示する方法が、引用例1に記載されている」ことについても当事者間に争いがない。
2 本願発明の目的
成立に争いのない甲第2号証(昭和54年12月25日付特許願及び添付の明細書)、同第3号証(平成2年6月11日付手続補正書)、同第7号証(平成1年2月13日付手続補正書)によれば、本願発明は、表示内容をオペレーターに判りやすくかつ正確に知らせ得るようにした遊技機管理装置の表示方法に関するものであること、パチンコホールにおけるパチンコ機や玉貸機などをパチンコ管理機で管理するとともに、パチンコ機の状態や営業状態などをパチンコ管理機のディスプレイに表示させることは従来より行なわれていたが、従来のパチンコ管理機においては、情報は数字と片仮名などの羅列によって表示されており、表示内容の解読が容易でなかったこと、本願発明は、上記の欠点を除去するものであって、遊技機管理装置において漢字や反転モード、縦罫線、横罫線などを導入し、表示の内容をオペレーターに判りやすくかつ正確に知らせ得るように表示画面を構成することを目的として、本願発明の要旨のとおりの構成を採用したことが認められる。
3 審決の取消事由について検討する。
(1) 取消事由1について
当事者間に争いがない本願発明の要旨によれば、「項目のデータが負である場合」という構成が本願発明の構成要件の一部であると認められるところ、上記構成要件の意味はその使用されている語句の解釈から当然「表示すべき事項のデータの数値が負である場合」と解すべきことが明らかである。
上記2判示のとおり、本願発明は遊技機管理装置の表示方法に関するものであるから、いかなる場合に、各種データの値を負とするかは、経営的見地から管理者が任意に設定し得る事柄と解される。ところで、前掲甲第2号証によれば、願書添付の明細書の発明の詳細な説明の項に、「総差玉数は入玉数から出玉数を差し引いたのであるが、例えば第172番のパチンコ機の総差玉数は負であるので、第172番のパチンコ機の総差玉数は反転モードで表示される。」(8頁14行ないし17行)との記載があることが認められ、この記載によれば、出玉数が入玉数より大きく総差玉数が負である場合が「項目のデータが負である場合」に含まれることは明らかである(弁論の全趣旨によれば原告らもこのことは明らかに争っていない。)。しかして、審決は、本願発明の上記構成要件を、総差玉数が負になる場合に限られるものと認定した趣旨でなく、上記構成要件の一例として総差玉数が負になる場合を挙げて相違点1の構成の想到容易性を判断したにすぎないものと認められる。なお、原告らは、甲第2号証(願書添付の明細書)9頁19行ないし10頁2行を引用し、「項目のデータが負である場合」とは、収支状況の把握に必要な事項として経営上マイナスになる項目に関するものであると主張する。しかし、原告ら主張のように上記構成要件を解釈したとしても、審決が認定する負の総差玉数(入玉数-出玉数)が上記構成要件に含まれることは明らかであり、後記のように、負の総差玉数を反転モードで表示することについて困難性が認められないとすれば、結局本願発明の相違点1の構成の進歩性は否定されることになるのであって、もはや「項目のデータが負である場合」の意義をこれ以上論ずる必要はないというべきである。
したがって、取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2について
成立に争いのない乙第1ないし第3号証(特開昭50-100928号公報、特開昭51-95737号公報、特開昭52-146130号公報。)によれば、ディスプレイ装置の表示面の一部を他から識別しやすくするために、反転モードとすることは、本願発明の出願(昭和54年12月25日)前、周知であったことが認められる。引用例2に本願発明のものと同様の装置において、賞球数、すなわち、遊技者が獲得した玉数(=出玉数-入玉数)が規定値以上である場合に、対応するパチンコ機の台番号を他の台番号と識別できるようにモニターに明るく表示することが記載されていることは当事者間に争いがない。してみると、引用例1に記載された発明の装置に、「項目のデータが負である場合」の表示方法として、引用例2に記載された他と識別する表示方法の技術を適用することに想到し、その際、前掲乙第1ないし第3号証によって認められる周知技術を適用して、識別のための表示として、明るくするモードから反転モードにすることは、本願発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易になし得る程度のことと認められる。
原告らは、本願発明が係わるパチンコホールという特殊状況が独立した技術分野であることを前提として、この分野における当業者の技術常識を考慮することなく、審決が、一般技術常識に基づいて、本願発明が採択した反転モードによる表示方法の転用の容易性を認定したことは誤りである旨主張するが、上記のとおり、前掲乙第1ないし第3号証によって認められる技術はディスプレイ装置に関するものであり、これがディスプレイ装置を扱う技術者にとって、極く一般的な技術常識に属するものと認められる以上、ディスプレイ装置を用いる遊技機管理装置に関する通常の知識を有する技術者にとってもやはり技術常識であることはいうまでもない。原告らの主張する特殊状況を考慮しても、本願発明のディスプレイを用いた遊技機管理装置の属する技術分野が一般的なディスプレイ装置の属する技術分野と全く異なるものとは認められず、単に一般技術常識を適用するについて、パチンコホール(遊技場)での使用というより限定された設置条件に合わせて、変更することが要求されるにすぎない。当事者間に争いのない引用例1及び2の記載によれば、引用例1及び2に記載された発明はいずれもパチンコ機の管理装置であることが認められるから、かかる特殊状況は、上記発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者ならば、熟知している事項であって、そのような環境下で、より良い効果を得るために、引用例2に記載されたモニターに明るく表示する方法に代えて、上記のとおり、周知技術であるディスプレイ装置の表示における反転モードによる表示を採択することは、当業者が適宜選択すべき事項である。
原告らは「一般技術常識に基づけば、特許されない発明が、パチンコホールの管理装置として特許された例」(甲第6号証)があると主張するが、同号証に係る発明と本願発明とは別異のものであるから、同号証に係る発明がどのような理由で特許されたかは、本願発明に何ら関係のないことである。
したがって、取消事由2は理由がない。
(3) 取消事由3について
一般に、各種項目とそのデータを表示する場合に見やすくするために罫線を用いて分割して表示することは、技術常識というより、むしろ一般常識であるから、遊技機管理装置の表示を見やすくするという目的のために、罫線を用いた作表手段を使用することは、当業者が適宜なし得ることである。
原告らは、前項同様、本願発明が係わるパチンコホールという特殊状況が独立した技術分野であることを前提として、この分野における当業者の技術常識を考慮することなく、審決が一般技術常識に基づいて本願発明の上記工夫の転用の容易性を認定したことは誤りであると主張するが、その主張のようなパチンコホールという特殊状況は全て当業者の熟知しているところであるから、かかる特殊状況を考慮にいれても、それが前記罫線に関する技術常識の採択を妨げるものではないというべきである。
したがって、取消事由3は理由がない。
(4) 取消事由4について
当事者間に争いのない引用例2の記載によれば、引用例2には、本願発明と同様の装置において、故障中の遊技台の台番号を他の台番号と識別できるようにモニターに明るく表示することが記載されていると認められる。しかして、パチンコ機の故障等は遊技機の特殊状態の一つと解される。さらに、成立に争いのない乙第4、第5号証(特開昭53-77977号公報、特開昭54-140431号公報((昭和54年10月31日公開))。)によれば、電算機の表示装置において、表示を他から区別して注意を促すため、特殊記号(アスタリスク((*印と同義。))等)を用いることは、本願発明の出願前周知であったことが認められる。したがって、引用例1に記載された発明の装置でも、あわせて遊技機の特殊状態を表示できるようにすることは、引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得ることにすぎず、その際、他と識別しつつ示すためのモードを他より明るくするモードから周知の技術である特殊記号を付加する形式にすることは、当業者が適宜採択すべき設計事項であるというべきである。
原告らは、乙第4及び第5号証は一般技術の例であり、パチンコホールという技術分野に属するものではなく、上記各号証には、オペレーターに判りやすく、かつ正確に知らせ、もってオペレーターが正しい判断を瞬時に下せるようにするという目的は見い出せないのに、審決が、上記のような一般技術の分野の技術常識に基づいて本願発明が採択した特殊記号による表示方法の転用の容易性を認定したことは誤りであると主張するが、乙第4及び第5号証は、電算機の表示装置に係わる技術分野に関するものであるところ、本願発明の遊技機管理装置に用いられる表示装置も技術的観点からみて電算機の分野に密接に関連すると解すべきであるから、原告らの主張する特殊事情を考慮しても、電算機による特殊表示に関する乙第4及び第5号証によって認められる周知技術を本願発明の目的に応じ、その表示装置に転用することに困難性を認めることはできない。
したがって、取消事由4は理由がない。
(5) 取消事由5について
上記2で判示したとおり、本願発明は、情報の内容をオペレーターに判りやすくかつ正確に知らせ得るようにディスプレイの表示画面を構成することを課題とするものであるが、その課題自体は特に目新しいものではなく、引用例1に記載された表示方法に引用例2に記載された表示方法を組み合わせるに際して、引用例2に記載された表示方法が適用される項目について、一律に同じ表示方法を採択せず、場合を分けて、それぞれの場合の性質にかなった複数の構成の表示方法を採択することとし、それぞれ、周知の技術を適用することにさしたる困難性を見い出すことはできず、これによってもたらされる効果も予測の範囲を出ないものと認められる。審決もかかることは当然の前提として、引用例2に記載された明るく表示する方法が適用される場合を、「項目のデータが負である場合」(相違点1)と「遊技機の特殊状態を表示する場合」(相違点3)に分けて別々に判断したものと解される。
したがって、取消事由5は理由がない。
(6) 以上のとおり、原告ら主張の審決の取消事由はいずれも理由がなく、審決には原告ら主張の違法事由はない。
4 よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法93条1項、同89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)
平成2年審判第7361号
審決
石川県河北郡宇ノ気町字宇野気ヌ98番地の2
請求人 株式会社 ピーエフユー
東京都台東区東上野3丁目20番2号
請求人 株式会社 エース電研
東京都中央区新川2丁目4番7号
請求人 株式会社 内田洋行
東京都荒川区西日暮里4-17-1 佐原マンシヨン3FB
代理人弁理士 京谷四郎
昭和54年 特許願 第168599号「遊技機管理装置の表示方法」拒絶査定に対する審判事件(昭和56年 7月24日出願公開、特開昭56-91777)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
(1)手続の経緯・本願発明の要旨
本願は、昭和54年12月25日の出願であって、その要旨は、平成2年6月12日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの「デイスプレイを用いて遊技機および遊技場の営業状態を表示する遊技機管理装置において、遊技機および遊技場の営業状態を表示する際に、項目名を漢字表示し、項目のデータが負である場合には当該データを反転モードで表示し、デイスプレイの一画面で複数の遊技機の状態を表示する場合には縦罫線および横罫線で画面をブロックに分割し、遊技機の特殊状態を表示する場合には特殊記号で表示することを特徴とする遊技機管理装置の表示方法。」にあるものと認める。
(2)引用例
これに対し、原査定の拒絶理由に引用された、本願出願前日本国内において頒布された刊行物である「特開昭53-145755号公報」(以下、これを「引用例1」という。)、及び、同じく「特開昭50-85441号公報」(以下、これを「引用例2」という。)には、夫々次のような発明が図面と共に記載されている。
引用例1
各パチンコ機からのデータ信号を入力回路をへて中央処理部で演算処理し、出力回路を介して各パチンコ機を制御するパチンコ機管理装置において、ブラウン管の一画面に、「時刻」、「台番号」、「回数」などの項目名を横に並べて漢字表示するとともに、各項目名の下に、打ち止め時刻、打ち止め台番号、打ち止め回数などのデータを該当パチンコ機毎に順次並べて配列し、一覧で表示するパチンコ機管理装置の表示方法。
引用例2
各パチンコ機からの補給球数、引球数、賞球数、打ち止め、故障などのデータを中央処理部に集めるとともに演算処理し、その結果をモニターに表示するパチンコ機管理装置において、キーボード上の「賞球数が規定値以上表示」スイッチを操作すると、賞球数が規定値を越えている台番号を他の台番号と識別できるように明るく表示し、「打ち止め台表示」スイッチを操作すると、打ち止め中の台番号を他の台番号と識別できるように明るく表示し、また、「故障台表示」スイッチを操作すると、故障中の台番号を他の台番号と識別できるように明るく表示する表示方法。
(3)対比
本願発明と引用例1に記載された発明とを対比すると、後者の「パチンコ機」、「ブラウン管」、「打ち止め時刻、打ち止め台番号、打ち止め回数などのデータ」は、前者の「遊技機」、「デイスプレイ」、「遊技機および遊技場の営業状態(のデータ)」に夫々相当するので、両者は、『デイスプレイを用いて遊技機および遊技場の営業状態を表示する遊技機管理装置において、遊技機および遊技場の営業状態のデータを表示する際に、項目名を漢字表示する遊技機管理装置の表示方法。』である点で一致し、次の点で相違している。
相違点1
項目のデータが負である場合に、本願発明では、当該データを反転モードで表示するのに対し、引用例1に記載された発明では、特に規定されていない点。
相違点2
デイスプレイの一画面で複数の遊技機の状態を表示する場合に、本願発明では、縦罫線および横罫線で画面をブロックに分割して表示するのに対し、引用例1に記載された発明では、そのように規定されていない点。
相違点3
遊技機の特殊状態を表示する場合に、本願発明では、特殊記号で表示するのに対し、引用例1に記載された発明では、そのように規定されていない点。
(4)当審の判断
そこで、上記相違点について更に検討すると、
相違点1については、先ず、本願発明における「項目のデータが負である場合」とは、明細書及び図面の記載からみて、「出玉数の方が入玉数より大きく総差玉数(=入玉数-出玉数)が負である場合」を意味していると認められる。
一方、引用例2には、本願発明のものと同様の装置において、賞球数、即ち、遊技者が獲得した玉数(=出玉数-入玉数)が規定値以上である場合に、対応するパチンコ機の台番号を他の台番号と識別できるように明るく表示することが記載されており、出玉数が入玉数よりも一定値以上大きいケースが管理装置の監視項目であり、それを他と識別しつつ表示することが示されている。
してみると、引用例1に記載された発明の装置でも、あわせて、出玉数の方が入玉数より大きく総差玉数が負である場合のデータを他と識別しつつ表示できるようにすることは、引用例2に記載された発明に基づいて本願発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易になし得る程度のことに過ぎず、その際、他と識別しつつ示すための表示モードを他より明るくするモードから反転モードにすること、および、他と識別しつつ表示するデータを該当する台番号から玉数データにすることは、その装置の設置される遊技場の状況などに合わせて適宜決定し得る設計事項に過ぎない。
相違点2については、横に「時刻」、「台番号」、「回数」などの項目を並べ、縦にパチンコ機毎のデータを順次並べて配列し、デイスプレイの一画面で複数の遊技機の状態を表示する方法が、引用例1に記載されているのであるから、さらに罫線を追加してブロックに分割して表示する画面レイアウトの工夫は、当業者が適宜試みることにすぎない。
相違点3については、引用例2には、本願発明のものと同様の装置において、パチンコ機の故障、即ち、遊技機の特殊状態を示す場合に、対応するパチンコ機の台番号を他の台番号と識別できるように明るく表示することが記載されているから、引用例1に記載された発明の装置でも、あわせて遊技機の特殊状態を表示できるようにすることは、引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得る程度のことに過ぎず、その際、他と識別しやすく目立たせるために、台番号を明るく示す形式から特殊記号を付加する形式にすることは、当業者が適宜決定し得る設計事項に過ぎない。
してみると、本願発明は、結局、引用例1に記載された装置の表示方法に、引用例2に示されている表示形式・内容を組み合わせたものにすぎず、その効果も、引用例1、引用例2に夫々記載された発明の奏する効果から予測できる範囲のものと認められる。
(5)むすび
したがって、本願発明は、引用例1、引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成3年6月27日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)