東京高等裁判所 平成3年(行ケ)238号 判決 1995年1月25日
イタリア国
ベローナ、37047 サン ボニフォシオ、コルソ ベネツィア 93番地
原告
ロベルト ペルリーニ
訴訟代理人弁理士
浜田治雄
同
戸村哲郎
同
谷田睦樹
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 高島章
指定代理人
長谷川吉雄
同
中村友之
同
井上元廣
同
涌井幸一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成1年審判第12081号事件について、平成3年3月28日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文1、2項と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、1981年11月5日にイタリア国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和57年6月30日、名称を「車両の主ステアリングシステムによって制御される非-自動後輪ステアリング装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(昭和57年特許願111852号)が、平成元年4月4日に拒絶査定を受けたので、同年7月25日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成1年審判第12081号事件として審理したうえ、平成3年3月28日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月10日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
後輪車軸に接続されかつこの後輪車軸に作用する外力よりも大きい安定化力を前記後輪車軸に加える永久弾性エネルギー負荷ユニット(10)と、前記後輪車軸に接続されかつ前記永久弾性エネルギー負荷ユニット(10)により加えられる安定化力よりも強度の力を作動の際に加えるシフトアクチュエータ(20)と、車両の主ステアリングシステムの走行姿勢における変化に応答する前記シフトアクチュエータ(20)用の制御部材(30)とを備え、前記制御部材(30)は前記シフトアクチュエータ(20)に液圧接続された液圧シリンダにより構成されると共に、この液圧シリンダのピストン(32)を車両の主ステアリングシステムに接続してなることを特徴とする車両の主ステアリングシステムによって制御される非-自動後輪ステアリング装置。
(平成元年7月25日付け手続補正書で補正された本願明細書の特許請求の範囲第1項記載のとおり)
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願(優先権主張日)前頒布された刊行物である実開昭52-36428号公報(以下「引用例1」という。)及び実開昭55-147968号公報(以下「引用例2」という。)に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明することができたものであると判断し、本願発明は特許法29条2項により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨、引用例1の記載事項及び本願発明と引用例1記載の考案(以下「引用例考案1」という。)との一致点、相違点の各認定は認めるが、その余は争う。
審決は、引用例2に記載された技術事項(以下「引用例考案2」という。)を誤認し、この誤認に基づき本願発明が引用例考案1及び同2から容易に想到できたものと誤って判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(引用例考案2の「センタリングばね12a、12b」の技術内容の誤認)
審決は、引用例2には、「自動で後輪を中立の直進位置に復元するために、後輪車軸に接続されかつこの後輪車軸に作用する外力よりも大きい安定化力を前記後輪車軸に加えるセンタリングばね12a、12bを備え」ているものが記載されているとし(審決書3頁18行~4頁2行)、センタリングばね12a、12bの強さについて、「センタリングばね12a、12bは後輪を中立の直進位置に復元するものである以上、センタリングばね12a、12bの強さは後輪車軸に作用する外力よりも大きく設定されていなければならないことは自明のこと」であると認定したうえ(同4頁8行~12行)、引用例考案2のセンタリングばね12a、12bは、本願考案の永久弾性エネルギー負荷ユニットに相当すると認定した。
しかし、本願発明の要旨に示された「後輪車軸に接続されかつこの後輪車軸に作用する外力よりも大きい安定化力を前記後輪車軸に加える永久弾性エネルギー負荷ユニット(10)」は、本願明細書(甲第5号証全文訂正明細書)に、「永久弾性エネルギー負荷ユニットは、車軸に決定した安定化力を作用させて、車軸に直進走行姿勢を維持させると共に、これを外力に左右されないようにするものでなければならない。」(同12頁1~4行)、「車軸要素は永久弾性エネルギー負荷ユニットに固定保持され、このユニットは外力よりも大きい値を有する安定化力を車軸の可動部に及ぼす。従って、車軸は外力により影響されないので直進走行姿勢を維持し、即ち、これは固定車軸のように挙動する。」(同10頁16行~11頁3行)、「ステアリングシステムからの制御力が作用しない時に、永久弾性エネルギー負荷ユニット10により発揮される安定化力は、車輪に作用する外力よりも大きく、」(同15頁12~15行)と記載されていることから明らかなように、すべての外力に対して後輪車軸を常に直進走行位置に保持することを可能にする強さを有するものでなくてはならない。このことは、「ステアリング車軸は、未知でかつ正確には決定し得ない外力の作用から開放され、その代わりに、予め決定された内力を受けるからである。」(同9頁11~14行)、「ステアリング制御力の作用が止まると、永久弾性エネルギー負荷ユニットにより車軸上にかけられた安定化力が再び優勢となり、組立て部品を固定車軸の状態で直進走行姿勢に復帰させる。」(同11頁15~19行)として、外力により後輪が変位した場合にも、永久弾性エネルギー負荷ユニットにより急速に直進走行姿勢に戻されて、あたかも固定車軸的に作動するという本願発明の作用効果の基本が説明されていることからも明らかである。
これに対し、引用例2には、「後輪を中立の直進位置に復元する復元手段」と、路面凹凸や横風等の外乱によって生ずる「横加速度を検出する横加速度センサ」と、「横加速度センサの出力に応じて後輪を車両の旋回を抑制する方向に操舵するアクチユエータ」が記載されているのみで、この「後輪を中立の直進位置に復元する復元手段」に該当するセンタリングばね12a、12bが、本願発明の永久弾性エネルギー負荷ユニットのようにすべての外力に対して後輪車軸を常に直進走行位置に保持することを可能にする強さを有するものであることは何ら記載されてない。
かえって、引用例2の技術内容を示す引用例2の全文明細書(甲第8号証)には、センタリングばね12a、12bによってもたらされる効果として、「後輪10は、後輪操舵機構16のセンタリングばね12a、12bの作用により中立の直進位置に保たれ、従来と同様の走行性能が得られる。」(同号証9頁18行~10頁1行)と記載されており、ここにいう「従来と同様の走行性能」とは、「旋回走行中に横力や前後力が加わると、ゴムブツシユを含む後輪サスペンシヨン部材が弾性変形し、後輪がブツシユ類の撓みにより力学的に角変位してしまい、方向安定性上好ましくないステアリング角を生じさせている。」との従来技術についての記載(同2頁1行~5行)から明らかなように、旋回走行中に横力や前後力が加わると、後輪が角変位を起こす程度の走行性能であり、したがって、センタリングばね12a、12bの強さは、「後輪車軸に作用する外力(外力のうち比較的小さい外力部分)よりも大きい安定化力」、すなわち、横加速度センサが反応しない程度の外乱に対してのみ抗しうるものであると解される。センタリングばね12a、12bが、道路の悪条件や横風等の外乱によって車体に加えられる横加速を吸収できず、後輪が旋回して走行安定性が得られないため、横加速度センサと、これに応動して後輪の旋回を抑制するアクチュエータが設けられているのである。
このように、引用例考案2のセンタリングばね12a、12bは、本願考案の永久弾性エネルギー負荷ユニットと同等の働きをするものでないことは、引用例考案2の技術内容から明らかといわなければならない。
以上のとおりであるから、審決が、前記の誤った認識に基づいて、引用例2のセンタリングばね12a、12bが「後輪車軸に作用する外力よりも大きい安定化力」を有するとして、本願の永久弾性エネルギー負荷ユニットに相当すると認定したのは誤りである。
2 取消事由2(引用例考案2の「油圧アクチュエータ」の技術内容の誤認)
審決は、引用例考案2の油圧アクチュエータが本願のシフトアクチュエータに相当すると認定したが、以下に述べるとおり、誤りである。
引用例考案2の油圧アクチュエータは、センタリングばね12a、12bによって吸収しえない横加速度に対して作動し、後輪を中立の直進位置に復元させる働き(後輪の旋回を抑制する働き)を有するものであることから、後輪を旋回させるために設けられた本願のシフトアクチュエータとは異なるものである。
すなわち、引用例2の全文明細書(甲第8号証)には、油圧アクチュエータの働きについて「車両の旋回を抑制」するものと記載されているが(同号証10頁11行~16行)、車両の旋回の抑制は、後輪の必要以上の旋回を抑制し、後輪を中立の直進位置に復元することの結果得られるものであるから、引用例考案2の油圧アクチュエータは、外力によって生じる「後輪の旋回」を抑制する働きを有するものということができるからである。
また、前記のように、センタリングばね12a、12bは、外力のうち比較的小さい外力部分に対してしか抗しえず、それ以外の外力は油圧アクチュエータによって処理されるのであるから、センタリングばね12a、12bと油圧アクチュエータは一体となって、すべての外力に対して対応しうるものである。
このようなセンタリングばね12a、12bと油圧アクチュエータが一体となってなす働きを行う機構は、本願発明における永久弾性エネルギー負荷ユニットにほかならないから、油圧アクチュエータを永久弾性エネルギー負荷ユニットとは異なる作用を有するシフトアクチュエータに相当するものということはできない。
以上のとおりであるから、審決が、前記の誤った認識に基づいて、引用例2の油圧アクチュエータが本願のシフトアクチュエータに相当すると認定したのは誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。
1 取消事由1について
引用例考案2のセンタリングばね12a、12bは、「後輪を中立の直進位置に復元する復元手段」である。もし、ばねの強さが後輪車軸に作用する外力よりも大きく設定されていないとすれば、センタリングばね12a、12bは後輪を中立の直進位置に復元させることはできない。したがって、「センタリングばね12a、12bは後輪を中立の直進位置に復元するものである以上、センタリングばね12a、12bの強さは後輪車軸に作用する外力よりも大きく設定されていなければならないことは自明のこと」であるとした審決の認定(審決書4頁8~12行)には根拠があり、何ら誤りはない。
2 取消事由2について
引用例考案2の油圧アクチュエータは、「横加速度センサの出力に応じて後輪を車両の旋回を抑制する方向に操舵するアクチユエータ」である。もし、油圧アクチュエータによって加えられる力がセンタリングばね12a、12bの力よりも弱く設定されているとすれば、油圧アクチュエータは後輪を操舵することができない。すなわち、油圧アクチュエータが後輪を操舵するものである以上、油圧アクチュエータによって加えられる力はセンタリングばね12a、12bにより加えられる力よりも大きく設定されていることは明らかである。
本願発明においても、後輪を操舵するようにシフトアクチュエータが作用したとき、これによって加えられる力が永久弾性エネルギー負荷ユニットの力よりも大きく設定されていなければ、後輪を操舵することができないから、本願発明の永久弾性エネルギー負荷ユニットの力は、シフトアクチュエータによって加えられる力よりも弱く設定されていることは当然である。
したがって、引用例考案2の油圧アクチュエータが本願発明のシフトアクチュエータに相当するとした審決の認定は正当である。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
第6 当裁判所の判断
1 本願発明と引用例考案1とを対比すると、審決の認定するとおり、「両者は、後輪車軸に接続されかつ力を作動の際に加えるシフトアクチュエータ(換向機構7、以下、括弧内は引用例1のものの相当部分を示す。)と、車両の主ステアリングシステム(ハンドル10、操向機構9)の走行姿勢における変化に応答する前記シフトアクチュエータ用の制御部材(換向機構6)とを備え、前記制御部材は前記シフトアクチュエータに液圧接続された液圧シリンダにより構成されると共に、この液圧シリンダのピストンを車両の主ステアリングシステムに接続してなることを特徴とする車両の主ステアリングシステムによって制御される後輪ステアリング装置である点で一致」(審決書5頁1~13行)するものであることは、当事者間に争いがない。
また、審決の認定するとおり、「普通、車両には、運転者が車両を自分の思いどおりに走らせることができるように、かじ取り装置が設けられる。しかしながら、単なるかじ取り装置を設けた車両は運転者がかじ取り操作をしなければまっすぐに走ることができないので、運転者は直進走行においてもかじ取り操作に神経を使い非常に疲れることになる。これを解決するために、通常の車両では、まっすぐな道路を走るために運転者がかじ取り操作を必要としないときには自動で車輪を中立の直進位置に復元させるための機構を、かじ取り装置に設けることが、普通一般に行われている。」(審決書6頁12行~7頁3行)ことも、当事者間に争いがない。
これらの事実によれば、引用例考案1や本願発明のような上記主ステアリングシステムによって制御される後輪ステアリング装置を有する車両においても、直進姿勢で走行する場合のように、運転者が主ステアリングシステム、すなわち、かじ取り装置(ハンドル、操向機構)によって、かじ取り操作をする必要がない場合、何らかの外力が加わってもそれ自体で車輪を中立の直進位置に維持もしくは復元させることのできる機構を設ければ、運転者にとって極めて利便であることは、当業者に自明の事実であったと認められる。
そして、このような車輪を中立の直進位置に維持若しくは復元させるための機構を設けた車両においても、車両を直進走行姿勢から曲折経路姿勢に変える場合などには、主ステアリングシステムの操作により、車輪を運転者が望む方向に向けさせるために、上記復元機構の作用に打ち勝つ力を車軸の可動部分に加える機構が必要なこともまた、当業者にとって自明の事柄と認められる。
上記事実に基づいて、本願発明を見れば、その要旨に示された「後輪車軸に接続されかつこの後輪車軸に作用する外力よりも大きい安定化力を前記後輪車軸に加える永久弾性エネルギー負荷ユニット(10)」が、上記復元機構に該当し、「前記後輪車軸に接続されかつ前記永久弾性エネルギー負荷ユニット(10)により加えられる安定化力よりも強度の力を作動の際に加えるシフトアクチュエータ(20)と、車両の主ステアリングシステムの走行姿勢における変化に応答する前記シフトアクチュエータ(20)用の制御部材(30)とを備え、前記制御部材(30)は前記シフトアクチュエータ(20)に液圧接続された液圧シリンダにより構成されると共に、この液圧シリンダのピストン(32)を車両の主ステアリングシステムに接続してなること」の構成が、上記の車両を直進走行姿勢から曲折経路姿勢に変える場合などに、主ステアリングシステムの操作により、車輪を運転者が望む方向に向けさせるために、上記復元機構の作用に打ち勝つ力を車軸の可動部分に加える機構に該当することが明らかである。
このことは、本願明細書(甲第5号証全文訂正明細書)の以下の記載からも裏付けられる。
「本発明による装置は、1個の車軸又は数個の車軸(この装置は数個の車軸に対しても作用し得る)を設け、車軸は正確なステアリングを確保するように設計されるが、車軸要素は永久弾性エネルギー負荷ユニットに固定保持され、このユニットは外力よりも大きい値を有する安定化力を車軸の可動部に及ぼす。従って、車軸は外力により影響されないので直進走行姿勢を維持し、即ち、これは固定車軸のように挙動する。」(同10頁13行~11頁3行)
「しかしながら、制御部材とシフトアクチュエータとにより、本発明の装置は安定化力の強さより大きい強さの力を導入することが可能であり、この力は所定の制御可能な作用を有する安定化力を凌駕する。かくして、この車軸はステアリング車軸となることが出来、かつ車両の主ステアリングシステムにより決定される経路の姿勢を取ることが出来る。・・・ステアリング制御力の作用が止まると、永久弾性エネルギー負荷ユニットにより車軸上にかけられた安定化力が再び優勢となり、組立て部品を固定車軸の状態で直進走行姿勢に復帰させる。
永久弾性エネルギー負荷ユニットは、車軸に決定した安定化力を作用させて、車軸に直進走行姿勢を維持させると共に、これを外力に左右されないようにするものでなければならない。」(同11頁4行~12頁4行)
「シフトアクチュエータも同様に車輪に対して作用しかつ永久弾性エネルギー負荷ユニットの作用を相殺して、所定の制御信号に呼応して車軸の可動部分を移動させ、直進走行姿勢を曲折経路姿勢に変化させる部材である。」(同13頁3~7行)
「ステアリングシステムからの制御力が作用しない時に、永久弾性エネルギー負荷ユニット10により発揮される安定化力は、車輪に作用する外力よりも大きく・・」(同15頁12~15行)
「本発明の装置によれば、車軸は、主ステアリングシステムの直進走行姿勢の変化が生じた時のみカジ取りされることに注目されるべきである。事実、前記したように、シフトアクチュエータ20により及ぼされるステアリング制御力が存在しない場合、車軸及びその結果車輪は、永久弾性エネルギー負荷ユニット10の安定化力による優勢作用を受け、従って直進走行姿勢の安定化が生ずる。」(同17頁14行~18頁2行)
2 以上の事実を前提に、原告主張の審決取消事由1を検討する。
(1) 上記本願明細書の記載によれば、本願発明の永久弾性エネルギー負荷ユニットにおける「後輪車軸に作用する外力よりも大きい安定化力」とは、主ステアリングシステムからの制御力が存在しないときに、車軸が外力に影響されずに直進走行ができるように車軸に直進走行姿勢を維持させる力であって、その力の大きさはステアリングシステムからの制御力よりは小であるが車輪に作用する外力よりは大であり、車軸を実質上固定車軸のように挙動させることができる大きさを持った力をいうものと解される。
(2) 一方、引用例2(甲第7号証)には、その実用新案登録請求の範囲に、「後輪を中立の直進位置に復元する復元手段を有する後輪操舵機構と、車体に作用する横加速度を検出する横加速度センサと、該横加速度センサの出力に応じて、前記後輪操舵機構により、後輪を車両の旋回を抑制する方向に操舵するアクチユエータと、を備えたことを特徴とする車両の後輪自動操舵装置」の考案が記載され、図面の簡単な説明の項には、「第1図は、本考案に係る車両の後輪自動操舵装置の原理を説明する線図、第2図は、本考案に係る車両の後輪自動操作装置の実施例の構成を示すブロツク線図である。10…後輪、12a、12b…センタリングばね、16…後輪操舵機構、18…横加速度感応弁、20…油圧アクチュエータ。」の記載があり、図面として第1図及び第2図が添付されている。
この記載及び図面と、引用例2の技術内容を示すものとして当事者間に争いのない引用例2に係る明細書(甲第8号証)の記載を総合すると、引用例2には、以下の事項が開示されているものと認められる。
「後輪操舵機構16は、センタリングばね12a、12bの作用により、車体に横加速度が作用していない時は、常に後輪10を中立の直進位置に復元するようにされている」(同号証7頁17~20行)
「車両が通常の直進走行状態にある場合には、横加速度感応弁18のスプール弁32が中立位置にあるため、・・・後輪10は、後輪操舵機構16のセンタリングばね12a、12bの作用により中立の直進位置に保たれ、従来と同様の走行性能が得られる」(同9頁10行~10頁1行)
「一方、車両が旋回状態に移り、車体に横加速度が作用すると、これに応じて横加速度感応弁18のスプール弁32が横方向に変位する・・・油圧アクチユエータ20のピストン20cが、図の右方向に動かされ、後輪操舵機構16の平行リンク14a、b、c、dの作用により後輪10は図の矢印Bに示す方向、即ち車両の旋回を抑制し、走行安定性を高める方向に操舵される。」(同10頁2~16行)
以上の引用例2に開示されたと認められる事項によれば、引用例考案2のセンタリングばね12a、12bは、横加速度が作用していないとき、すなわち、直進走行時に、外的な原因、例えば路面の凹凸によって一時的に後輪の向きが変わろうとした場合に、これを直進走行姿勢に維持する作用とともに、車両に横加速度が作用している状態から横加速度が作用しない状態に戻る際に部材14cに力を加えて後輪を中立位置、すなわち、直進走行姿勢に復元する作用、を有するものと認められる。
このセンタリングばね12a、12bの作用をみると、引用例考案2の後輪自動操縦装置は、横加速度センサの出力に応じて、油圧アクチュエータにより後輪を車両の旋回を抑制する方向に操舵するものであるから、直進走行時、車両に横加速度が作用していないときは、油圧アクチュエータ20は作動せず、その場合、後輪車軸に対し外力に抗する力を付与するのは、センタリングばね12a、12bからなる復元力のみであると認められる。
そして、通常車両に要求される走行安定性・安全性を考慮すれば、直進走行時後輪車軸は外力に対し固定車軸のように対抗できるものでなければならないのは当然であるから、前記センタリングばね12a、12bは車軸に直進走行姿勢を維持させることができる大きさ、すなわち、本願発明でいうところの後輪車軸に作用する外力より大きい安定化力を加えるものであると解される。
すなわち、引用例2に記載されたセンタリングばね12a、12bは、直進走行姿勢を維持させるため、後輪車軸に作用する外力より大きい安定化力を加えるものであるということができ、その意味において、本願発明の永久弾性エネルギー負荷ユニットに相当すると認められる。したがって、これと同旨の審決の判断に誤りはないといわなければならない。
原告主張の取消事由1は理由がない。
3 次に、取消事由2について検討する。
前示のところから明らかなように、本願発明は、車軸が外力に影響されずに直進走行ができるように車軸に直進走行姿勢を維持させるために、「後輪車軸に作用する外力よりも大きい安定化力を前記後輪車軸に加える永久弾性エネルギー負荷ユニット(10)」を設けるとともに、車両を直進走行姿勢から曲折経路姿勢に変える場合などのように、主ステアリングシステムの操作により、後輪を運転者が望む方向に向けさせるために、永久弾性エネルギー負荷ユニットの作用に打ち勝つ力を車軸の可動部分に加えることができる手段として、その要旨に示された「シフトアクチュエータ(20)」と「制御部材(30)」とを備えた「非-自動後輪ステアリング装置」に係る発明であるのに対し、引用例考案2は、直進走行時に、外的な原因、例えば路面の凹凸によって一時的に後輪の向きが変わろうとした場合に、これを直進走行姿勢に維持するために、「後輪を中立の直進位置に復元する復元手段」(センタリングばね12a、12b)を設けるとともに、車体に横加速度が作用した場合、後輪を車両の旋回を抑制する方向に自動的に操舵するために、上記復元手段すなわちセンタリングばね12a、12bの作用に打ち勝つ力を「後輪操舵機構」に加える手段として、横加速度を検出する「横加速度センサ」と、この横加速度センサの出力に応じて作動する「アクチュエータ」とを備えた「後輪自動操舵装置」に係る考案である。
このように、両者は、主ステアリングシステムの操作により後輪を運転者の望む方向に操作できる「非-自動後輪ステアリング装置」であるか、車体に横加速度が作用した場合、後輪を主ステアリングシステムの操作と無関係に車両の旋回を抑制する方向に自動的に操舵する「後輪自動操舵装置」であるかの相違はあるが、本願発明においては主ステアリングシステムの操作による力、引用例考案2においては車体への横加速度の作用による力が加わった場合、これに応じて後輪を妥当な位置に操舵するために、直進走行姿勢を維持しようとする本願発明における永久弾性エネルギー負荷ユニット、引用例考案2におけるセンタリングばね12a、12bのそれぞれの作用に打ち勝つ力を、本願発明においてはシフトアクチュエータにより後輪車軸に、引用例考案2においては油圧アクチュエータにより後輪操舵機構にそれぞれ加えるようにした点においては、両者の技術手段において異なるところはないと認められる。
したがって、審決が、「後輪車軸に接続されたシフトアクチュエータ(引用例2の油圧アクチュエータに相当)は、永久弾性エネルギー負荷ユニットにより加えられる安定化力よりも強度の力を作動の際に加えるようにしたものは引用例2に示されている。」(審決書6頁7~12行)と認定したことは正当であり、この点に原告主張の誤りはないというべきである。
原告主張の取消事由2は理由がない。
4 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)
平成1年審判第12081号
審決
イタリア国、ベローナ、37047 サン ボニファシオ、コルソベネツィア 93番地
請求人 ロベルト ベルリーニ
東京都港区北青山2-7-22 鈴木ビル
代理人弁理士 浜田治雄
昭和57年特許願第111852号「車両の主ステアリングシステムによって制御される非-自動後輪ステアリング装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和58年5月12日出願公開、特開昭58-78866)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
(Ⅰ) 本願は、昭和57年6月30日(優先権主張1981年11月5日、イタリア国)の出願であって、その発明の要旨は、平成1年7月25日付の手続補正書によって補正された全文補正明細書と出願当初の図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの、
「後輪車軸に接続されかつこの後輪車軸に作用する外力よりも大きい安定化力を前記後輪車軸に加える永久弾性エネルギー負荷ユニット(10)と、前記後輪車軸に接続されかつ前記永久弾性エネルギー負荷ユニット(10)により加えられる安定化力よりも強度の力を作動の際に加えるシフトアクチュエータ(20)と、車両の主ステアリングシステムの走行姿勢における変化に応答する前記シフトアクチュェータ(20)用の制御部材(30)とを備え、前記制御部材(30)は前記シフトアクチュエータ(20)に液圧接続された液圧シリンダにより構成されると共に、この液圧シリンダのピストン(32)を車両の主ステアリングシステムに接続してなることを特徴とする車両の主ステアリングシステムによって制御される非自動後輪ステアリング装置。」
にあるものと認める。
(Ⅱ) これに対して、原査定の拒絶理由に引用された実開昭52-36428号公報(以下、引用例1という。)には、「後輪車軸に接続されかつ力を作動の際に加える換向機構7と、車両のハンドル10と操向機構9の走行姿勢における変化に応答する前記換向機構7用の換向機構6とを備え、前記換向機構6は前記換向機構7に液圧接続された液圧シリンダにより構成されると共に、この液圧シリンダのピストンを車両のハンドル10と操向機構9に接続してなることを特徴とする車両のハンドル10と操向機構9によって制御される後輪ステアリング装置。」が記載されており、また、同じく引用された実開昭55-147968号公報(以下、引用例2という)には、「自動で後輪を中立の直進位置に復元するために、後輪車軸に接続されかつこの後輪車軸に作用する外力よりも大きい安定化力を前記後輪車軸に加えるセンタリングばね12a、12bを備え、後輪車軸に接続された油圧アクチュエータ20は、センタリングばね12a、12bにより加えられる安定化力よりも強度の力を作動の際に加えるようにしたもの。」が記載されている。なお、引用例2には、センタリングばね12a、12bの強さについて文言上記載はないが、センタリングばね12a、12bは後輪を中立の直進位置に復元するものである以上、センタリングばね12a、12bの強さは後輪車軸に作用する外力よりも大きく設定されていなければならないことは自明のことであり、また油圧アクチュエータ20は後輪を操舵するものである以上、油圧アクチュエータ20によって加えられる力はセンタリングばね12a、12bにより加えられる力よりも大きく設定されていなければならないことも自明のことである。したがって、引用例2に記載の技術内容を前記のように認定した。
(Ⅲ) 本願発明と引用例1に記載されたものとを対比すると、両者は、後輪車軸に接続されかつ力を作動の際に加えるシフトアクチュエータ(換向機構7、以下、括弧内は引用例1のものの相当部分を示す。)と、車両の主ステアリングシステム(ハンドル10、操向機構9)の走行姿勢における変化に応答する前記シフトアクチュエータ用の制御部材(換向機構6)とを備え、前記制御部材は前記シフトアクチュエータに液圧接続された液圧シリンダにより構成されると共に、この液圧シリンダのピストンを車両の主ステアリングシステムに接続してなることを特徴とする車両の主ステアリングシステムによって制御される後輪ステアリング装置である点で一致しており、本願発明では、後輪車軸に接続されかつこの後輪車軸に作用する外力よりも大きい安定化力を前記後輪車軸に加える永久弾性エネルギー負荷ユニットを備え、後輪車軸に接続されたシフトアクチュエータは、永久弾性エネルギー負荷ユニットにより加えられる安定化力よりも強度の力を作動の際に加えるようにしたのに対し、引用例1に記載されたものでは、その構成を備えていない点で相違する。
(Ⅳ) 上記相違点について検討すると、自動で後輪を中立の直進位置に復元するために、後輪車軸に接続されかつこの後輪車軸に作用する外力よりも大きい安定化力を前記後輪車軸に加える永久弾性エネルギー負荷ユニット(引用例2のセンタリングばねに相当)を備え、後輪車軸に接続されたシフトアクチュエータ(引用例2の油圧アクチュェータに相当)は、永久弾性エネルギー負荷ユニットにより加えられる安定化力よりも強度の力を作動の際に加えるようにしたものは引用例2に示されている。そして、普通、車両には、運転者が車両を自分の思いどおりに走らせることができるように、かじ取り装置が設けられる。しかしながら、単なるかじ取り装置を設けた車両は運転者がかじ取り操作をしなければまっすぐに走ることができないので、運転者は直進走行においてもかじ取り操作に神経を使い非常に疲れることになる。これを解決するために、通常の車両では、まっすぐな道路を走るために運転者がかじ取り操作を必要としないときには自動で車輪を中立の直進位置に復元させるための機構を、かじ取り装置に設けることが、普通一般に行われている。したがって、引用例1の後輪ステアリング装置に、自動で車輪を中立の直進位置に復元させるための引用例2のものを設けて、本願発明のように構成することは、当業者であれば容易に想到することができたものである。
そして、本願発明の要旨とする構成によってもたらされる効果は、引用例1及び2に記載されたものから当業者であれば予測することができる程度のものであって、格別のものとはいえない。
(Ⅴ) したがって、本願発明は、引用例1および2に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成3年3月28日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)