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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)242号 判決 1994年1月27日

愛知県一宮市大字定水寺字塚越20番地

原告

株式会社 バルダン

代表者代表取締役

柴田義夫

訴訟代理人弁理士

佐竹弘

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

村本佳史

吉村真治

田辺秀三

中村友之

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成1年審判第12085号事件について平成3年8月22日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年2月2日、名称を「刺繍ミシン用曲布張枠」とする発明(以下「本願発明」という。)についての特許出願(同年特許願第18879号)をしたところ、拒絶査定を受けたので、同年7月20日、特許庁に対して、この拒絶査定に対する審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成1年審判第12085号事件として審理したが、平成3年8月22日に「本件審判の請求は成り立たない」との審決をした。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載と同じ)

内面側には針に対向させる釜を存置させる為の空間を有し、かつ外面は筒状の被縫製物を被せ付ける為にかまぼこ状の曲面に形成してある枠本体は、第1本体とこれに対しての連結取外しを自在にした別体の第2本体とで構成し、上記第2本体には外面側外方から上記内面側の釜位置に向けて針を往復動させ得るように大きな面積の刺繍用の透孔を具備させると共に、上記第2本体の先端は筒状の被縫製物の筒状端口に対して相対的な挿入を可能に自由端にし、上記第1本体の一部には上記第2本体を上記挿入方向に向けての進退を可能にする為の進退用連結部と、上記第2本体の外面に備えさせる被縫製物被せ付け用の曲面に略沿う状態で上記第2本体の外面を回動可能にする為の回動用連結部とを備えさせて、上記筒状の被縫製物の筒状面を上記第2本体の曲面に沿え付けた状態で、上記筒状面の外面に刺繍が縫えるようにしたことを特徴とする刺繍ミシン用曲布張枠(別紙図面1参照)。

3  審決の理由

審決の理由は別紙審決書写し理由欄記載のとおりである。

4  審決を取り消すべき事由

(1)  審決の理由中、本願発明の要旨、引用例の記載(但し、「駆動機構を動作させて筒状主軸7をギア57を通じて回転運動させるとともに、スラストカラー70を通じて前進、後退させて」の趣旨が被告主張のとおりであることは争わない。)、本願発明と引用例記載の発明との一致点(但し、前者の筒状の被縫製物、透孔と後者の被加工物、針落溝とが一致し、両者が筒状の被縫製物の筒状面を曲面に沿え付けた状態で筒状面を縫えるようにしたミシン用枠である点を除く。)及び相違点は認め、その余は争う。

(2)  取消事由

<1> 相違点の看過(取消事由1)

本願発明は、筒状物、例えば、帽子、シャツの袖部等の通常の利用状態で筒状となるべき被縫製物に刺繍を施す場合、筒状の状態を維持する必要上、筒状物の内周曲面を維持するために、その内周曲面に対応するかまぼこ曲面にしてある枠に対して、被縫製物の内面を沿え付け、被縫製物の外周面に刺繍を施すものである。本願発明の「第1本体の一部には上記第2本体を上記挿入方向に向けての進退を可能にする為の進退用連結部と、上記第2本体の外面に備えさせる被縫製物被せ付け用の曲面に略沿う状態で上記第2本体の外面を回動可能にする為の回動用連結部とを備えさせて、上記筒状の被縫製物の筒状面を上記第2本体の曲面に沿え付けた状態で、上記筒状面の外面に刺繍が縫えるようにした」との構成は、従来の刺繍用ミシンのような平坦なX-Y方向縦横方向の動きをさせるものとは異なり、第2本体に進退と回動との合成運動を行なわせ、筒状の被縫製物の外周面に沿う斜め円弧が得られる円弧動をさせ、広い面積に渡って、その筒状外周面に縦、横、斜めに多くの糸目でもって刺繍を施すようにするためのものである。本願発明は、上記第2本体の曲面に設けてある刺繍用の透孔の範囲内で、上記被縫製物の曲面状態を維持しながら、その周面における広い範囲に渡って、色糸を、縦、横、斜め、その他の自由な向きに、かつ自由な疎密度でもって配置し、綺麗な刺繍ができるようにした刺繍ミシン用曲布張枠であって、通常の利用形態が平坦な被加工物は、対象とされていない。

これに対して、引用例記載の筒状主軸7は、通常の利用形態では平坦なネクタイを対象としており、ネクタイの裏面に対して縦、横、斜め等の糸目で刺繍を施すものではなく、回転運動により、一方向を直線で縫うようにし、前進、後退運動により他方向を直線で縫うようにして、単に矩形状の定型寸法のラベルをネクタイに対して縫い付けるためのものであるから、定型寸法のラベルの周囲三辺をコ字状に正確に直線状に針を運針させ、ネクタイに縫い付けるものである。

よって、審決の、本願発明と引用例記載の発明とは、次の点で相違する。すなわち、

(a) 本願発明は、通常の利用形態で筒状となるべき被縫製物を対象としているのに対し、引用例記載の発明は、通常の利用形態では平坦なネクタイのような被加工物を対象としているもので、両者の対象とする被縫製物は一致するものではない(相違点(a))。

なお、第14図に示された実施例に関する記述は、本願発明の対象である通常の利用形態が筒状である被縫製物を筒状の状態を維持したまま刺繍ができるという効果に対応しない無意味なものである。

(b) 上記のように、本願発明と引用例記載の発明は、対象とする被縫製物を異にするから、本願発明の枠本体は、進退と回動との合成運動を行なうことにより、筒状の被縫製物の曲面を維持しながら、広い範囲に渡って面状に綺麗な刺繍ができるようにしているのに対し、引用例記載の筒状主軸7は、定型寸法のラベルの周囲三辺をコ字状に正確に直線状に縫うために、回転運動及び前進、後退運動をそれぞれ別々に行ない直線のみを縫うものであるようにしている点で相違する(相違点(b))。

よって、審決は、本願発明と引用例記載の発明との相違点(a)及び(b)を看過した結果、両発明を単に外形的に捉えて、「筒状の被縫製物の筒状面を曲面に沿え付けた状態で筒状面を縫えるようにしたミシン用枠」である点において一致するとの誤った判断をした。

<2> 相違点<1>に対する判断の誤り(取消事由2)

本願発明は、前記<1>のように通常の利用形態において筒状となる被縫製物を対象とするため、例えば、庇のある帽子であっても、その曲面を維持しながら、広い面積に渡って、その筒状外周面に、縦、横、斜めなどの自由な方向に多くの糸目でもって刺繍を施すことができるようにすることを技術的課題とするものである。

これに対して、引用例記載の発明は、通常の利用形態では平坦であるネクタイの裏布に定型寸法のラベルをその周辺に沿って直線で縫い付けることを技術的課題とする。

そうすると、本願発明と引用例記載の発明とは、その前提とする技術的課題を異にし、引用例記載のミシンを本願発明が対象とするような筒状の被縫製物の筒状面の外面に刺繍を施すためのミシンとして使用することは、当業者が容易に想到することではない。

なお、乙第1ないし第4号証に記載されたものは、平坦な板面上に枠を置き、これを板面上で、限りなく平坦にX-Y方向に横移動させる技術的思想に関するものであって、枠が上下動したり、回動することを否定する技術的思想であるから、本願発明とは、なじみ難く、寄せ合わせすることはできない。

<3> 相違点<2>に対する判断の誤り(取消事由3)

(a) 前記<1>で主張したとおり、本願発明は、通常の利用形態で筒状となる被縫製物に対して、広い範囲に渡って綺麗な刺繍ができるようにしたものであるから、刺繍を施す状態において、筒状の状態を維持する必要があり、本願発明の枠本体のかまぼこ状の曲面とは、刺繍を施す状態において、筒状の状態を維持できる大きな曲率半径の曲面と解すべきである。

これに対して、引用例に記載された筒状主軸7は、通常の利用形態では平坦なネクタイにミシンを用いてラベルを縫い付けるにあたって、筒状のネクタイの表部分が邪魔になるので、縫い付ける際のみ、袋状に変形させて表面布を分離し、裏面布にラベルを縫い付けるために、ネクタイの内径に合うように細径にしたものであるから、審決の枠本体の形状を本願発明のようにかまぼこ状としても、引用例に記載された筒状主軸7の円筒状と比較して作用効果に格別の差異がないとの判断は誤りである。

(b) 実公昭43-31428号公報(甲第6号証)及び特開昭57-205570号公報(甲第7号証)(以下「周知例」という。)に記載されたものは、駆動機構を有しない枠体の全体を全く別体の駆動部に対して着脱したものであるにすぎないから、本願発明のように、進退用と回動用連結部を有する枠本体に相当しない。したがって、かかる周知例に基づいて、本願出願前普通に採用されている技術事項を引用例記載の筒状主軸7に採用して、本願発明のように第1本体と第2本体とで枠本体を構成することは格別困難なことではないとする審決の判断は誤りである。

(c) 本願発明の刺繍用の透孔は、前記<1>で主張したように、刺繍を施すにあたって、通常の利用形態において筒状である被縫製物の曲面状態を維持しながら、その周面における広い範囲に渡って、色糸を、縦、横、斜め、その他の自由な向きに、かつ自由な疎密度でもって配置し、綺麗な刺繍ができるようするために、筒状の被縫製物の曲面形状を維持する機能を有する枠本体の曲面において、その曲面に形成されたものでなければならず、かつ、大きな面積を有しているものである。

したがって、本願発明の、「大きな面積の刺繍用の透孔」は、針を往復動させるのに支障のない大きさの孔ではなく、枠本体の曲面に形成されたもので、広い面積に渡って、その筒状外周面に縦、横、斜めに多くの糸目でもって、刺繍を施すことができるものでなくてはならない。

これに対して、前記<1>で主張したとおり、引用例記載の筒状主軸7は、定型寸法のラベルの周囲三辺をコ字状に正確に直線状に針を運針させるものである。そのため、引用例記載のミシンには、二つのカム相互間(インター)において、一方のカムで筒状主軸7を軸方向に移動させるときには筒状主軸7の回動方向の動きを他のカムで固定(ロック)し、他方のカムで筒状主軸7を回動方向に回動させるときには、筒状主軸7の軸方向の動き一方のカムで固定(ロック)して、相互にインターロックする技術的思想が開示されている。そして、筒状主軸7には、コ字状の針落溝10、11が形成され、この溝はラベルの周縁に配置すべきコ字状の糸目に一致させた形状である。このコ字状の針落溝10、11に関する技術的思想は、ラベルの周縁に配置すべきコ字状の糸目に一致させるだけでなく、ギヤ57を通じての回転運動とスラストカラー70を通じての前後動によって縫針の下に相対的に描かれるコ字状軌跡とも一致する構成としている。つまり、引用例は、コ字状の針落溝10、11を狭くして布の保持機能を高め、そして、進退動に係る駆動と回動に係る駆動とが、合成されないようにインターロック手段により防止することによって、良質の縫い目を求める技術を開示するものであって、縦横の方向の運動を合成したり、刺繍枠の合成された運動に合わせて針落溝を広くするという技術的思想は積極的に否定されている。

そして、従来の平布用の刺繍ミシンでは、被縫製物を平坦化して、その平坦化した布面に刺繍を施す技術的思想においては、刺繍用の透孔は平坦な板面に形成されるものであるから、かかる刺繍用の透孔を引用例記載の筒状主軸7に転用して、本願発明の曲面に形成される刺繍用の透孔とすることは当業者の容易になし得ることではない。

したがって、引用例のコ字状の針落溝10、11を本願発明の第2本体に形成する透孔のように外面側外方から内面側の釜位置に向けて針を往復動させ得るように大きな面積のものとすることは、当業者が普通に採用し得る事項に過ぎないものであるとした審決の判断は本願発明の刺繍用の透孔を設けた技術的意義を誤認したもので、誤りである。

<4> 作用効果の誤認(取消事由4)

本願発明は、進退用連結部と回動用連結部を備えた第1本体に進退動と枠本体の大きな曲率半径のかまぼこ状の曲面に対応する回動との二つの動きを合成した動きをさせ、通常の利用形態において筒状である被縫製物の曲面状態を維持したままその周面における広い範囲に渡って綺麗な刺繍が表現できるように第2本体の曲面に大きな面積の刺繍用の透孔を配したことにより、第2本体の曲面に筒状の被縫製物の内面を沿え付け、上記透孔の範囲内で、その周面における広い範囲に渡って、色糸を、縦、横、斜め、その他の自由な向きに、かつ自由な疎密度でもって配置し、帽子のような通常の利用形態において筒状となる被縫製物に筒状の状態を維持したまま綺麗な刺繍ができるようにしたものである。

これに対して、引用例記載の発明は平坦なラベルの周辺をネクタイの裏面に縫い付けるものであって、かかる発明及び本願発明の出願前普通に採用されている技術事項から、本願発明の効果を、当業者であっても、予測できるものではない。

したがって、審決の、本願発明の要旨とする構成によってもたらされる効果も、引用例に記載されたもの及び本願出願前普通に採用されている技術事項から当業者であれば予測することができる程度のものであって、格別のものとはいえないとの判断は、誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認め、同4の主張は争う。(なお、審決の「駆動機構を動作させて筒状主軸7をギア57を通じて回転運動させるとともに、スラストカラー70を通じて前進、後退させて」との認定は、引用例記載のミシンの駆動機構が、筒状主軸7を回転運動させる機能と、軸方向に前進、後退させる機能をもっているとの趣旨であり、回転運動と軸方向運動を合成させるものであることを意味するものではない。)

本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

2(1)  取消事由1について

本願発明の特許請求の範囲には、被縫製物について、原告主張のような通常の利用形態において筒状である被縫製物と限定する旨の記載はなく、現に甲第2号証には、シャツの胸ポケットにマーク等を刺繍することが実施例として記載されており、これによってみても、本願発明は、その対象を通常の利用形態において筒状である被縫製物に限定しているものではないことは明らかである。

(2)  取消事由2について

本願発明の技術的課題は、従来の平坦な刺繍枠では、筒状物を枠に取り付けるのが困難であるとともにきわめて狭い部分にしか刺繍を施すことができなかったという欠点を除くために、筒状物を保持できる筒状の曲布張枠を提供しようとすることである。

引用例記載のミシンは、普通の平型のミシンではネクタイのような筒状の被縫製物を保持し一定の面積を有するラベルを縫い付けることができないところを、その欠点をなくすために筒状の保持枠でネクタイを保持するようにしたものであって、刺繍を施すか、コ字状に縫い付けるかの相違はあっても、筒状物を保持できる筒状の保持枠を提供しているという点では、本願発明と共通しているものである。

刺繍縫いミシンは、刺繍用布保持枠を駆動機構により、X-Yの二軸方向に移動させ、その合成移動量によって、布保持枠の位置決めを行ない、布面に縦、横、斜め等の糸目の刺繍模様を形成させるようにしたものであるが、X-Yの二軸方向の移動量を適宜選定することによって、布保持枠を適宜移動させ、縦、横、斜め等の糸目の刺繍模様だけでなく、特定の輪郭線の縫目(ラベル等)や曲線模様の縫目を形成することも従来より普通に行なわれていることである。

また、特定の輪郭線の縫目を形成するためのミシンは、特定の輪郭線に沿った針落部を設けた布保持枠を駆動機構により、X-Yの二軸方向に移動させるように構成されるものであって、引用例記載のミシンもその一つであるが周知である。

当業者は、いずれのミシンにおいても、その布保持枠の構造、駆動機構等について熟知しており、布保持枠を駆動機構により、X-Yの二軸方向に移動させて、特定の輪郭線に沿って縫目を形成するミシンにおいて、特定の輪郭線に沿った針落部を設けた布保持枠から刺繍模様に対応した透孔を有する布保持枠に換え、X-Yの二軸方向の移動量を刺繍模様に対応して適宜選択すれば、刺繍模様も形成できるということも普通に理解できることである。さらに、X-Yの二軸方向に移動させる機能を有するミシンでは、刺繍縫い機能と特定の輪郭線や曲線模様縫い機能を兼備させることも周知である(乙第1ないし第4号証)。

引用例記載のミシンは、特定の輪郭線に沿ってラベル等を正確に形成するために筒状主軸7を移動するように構成されたものであるが、上記の周知事項に基づけば、筒状主軸7を進退方向と同時に円周方向へ移動すれば、X-Yの二軸方向成分を合成した方向の縫目が形成でき、刺繍模様も形成できることは、当業者であれば自明の技術的事項である。

したがって、引用例記載のミシンを刺繍用ミシンとして使用する場合には、駆動部に従来から当業者に熟知されている刺繍枠駆動機構を適宜採用するとともに筒状主軸7に形成する溝を刺繍模様に対応した大きな面積の刺繍用の透孔とすれば十分なものであるから、引用例記載のミシンを刺繍用のミシンとして使用することは、格別の創意を要しないものであり、当業者が必要に応じて容易に想到する事項であるから、審決の相違点<1>についての判断に誤りはない。

(3)  取消事由3について

刺繍枠は、取外し可能に構成されているのが普通であり(甲第6、第7号証)、本願発明や引用例記載のミシンの筒状主軸7のように枠体の一部に駆動部との連結部を備えた枠体の構造であれば、枠体全体を取外し可能とするのではなく、枠体の被縫製物を被せ付ける部分(本願発明では第2本体部分)のみを取外し可能に構成する程度のことは、当業者であれば当然に採用することができる設計的事項というべきである。したがって、本願発明のように被縫製物を被せ付けるための第2本体を別体で構成して第1本体に対して取外し可能に構成することは当業者にとって、格別困難な技術的事項とはいえない。

また、引用例記載のミシンを刺繍用ミシンとして使用する場合には、筒状主軸7に形成する針道を、本願発明でいうところの「外面側外方から内面側の釜位置に向けて針を往復動させ得るように大きな面積の刺繍用の透孔」とすることは、当業者であれば自明の技術的事項といえるものであって、格別困難なものではない。

なお、原告は、引用例において、進退動に係る駆動と回動に係る駆動とが、合成されないようにインターロック手段によって防止すると主張するが、引用例記載のミシンでは、コ字状の縫目を形成するために、X-Y方向の一方の移動量を0とするように二つのカムのカム溝を形成しているというものでこれをもってインターロック手段をとっているとはいえない。また針落溝の形状を変え、それに応じてカム溝の形状を変えることによって種々の形状の縫目を形成できることは当業者にとって普通に理解できることであるから、引用例において、枠の進退動と回動の合成が否定され、針落溝を広くするという技術的思想を積極的に否定されているとはいえない。

したがって、審決の相違点<2>についての判断に誤りはない。

(4)  取消事由4について

原告は、本願発明の構成を採択したことにより、本願発明は、通常の利用形態において筒状となる被縫製物に筒状の状態を維持したまま綺麗な刺繍ができるという作用効果を奏すると主張するが、本願発明の刺繍縫い目は、針3と布押さえが、刺繍枠の透孔を通じて下降し、針板5上で縫い目が形成されるようになっており、被縫製物の縫い目形成部を支持する針板自体は平坦なものであり、布自体は柔軟なものであるから、筒状の状態を維持したままで刺繍されるわけではない。

第4  証拠関係

証拠関係は本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

1(1)  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由)は、当事者間に争いはない。

(2)  審決の理由中、引用例の記載、本願発明と引用例との一致点(但し、前者の筒状の被縫製物、透孔と後者の被加工物、針落溝とが一致し、両者が筒状の被縫製物の筒状面を曲面に沿え付けた状態で筒状面を縫えるようにしたミシン用枠である点を除く。)及び相違点は当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

成立に争いのない甲第2号証(本願発明の特許出願の願書。特許願昭和59年第18879号)及び同第4号証(平成1年2月9日付け意見書に代える手続補正書)によれば、本願発明は、筒状物、例えば、帽子、シャツの袖部に対して刺繍縫いをする場合に用いることのできる刺繍ミシン用曲布張枠に関するものであること、従来のこの種の張枠にあっては、環状の張枠上に布を重ね、その上に環状のやや小径の中子を重ね、張枠の内面と中子の外面で布を挟み状態にして布を引っ張り、上記張枠の一部に設ける連結部を駆動装置に連結することにより同張枠を平面上で前後、左右移動させて布面に刺繍していたこと、同張枠は、帽子に庇片が付着していると利用することができず、また筒状の袖も、その袖内に、まず釜を挿入する空間を残して張枠をいれるとなると、極めて小さな張枠しか入らず、結局、刺繍可能な布面は、ほんの僅かしか形成されないという欠点があったこと、本願発明は、上記の欠点を除くようにしたもので、かまぼこ曲面にしてある枠に対して筒状物の内面を沿え付け、その状態でもって広い面積に渡って刺繍できるように、本願発明の要旨のとおりの構成を採択したものであることが認められる。

3  原告主張の審決の取消事由について検討する。

(1)  取消事由1について

<1>  相違点(a)について

当事者間に争いがない本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、本願発明は刺繍ミシン用曲布張枠に係るものであるから、その対象である筒状の被縫製物は、縫製時において、枠本体のかまぼこ状の曲面に被せ付ける形状のものであれば足りるのであり、これが通常の利用形態においても筒状を保つことを要するものでないことはその記載自体から明らかなところであるが、原告は、この点を取消事由の骨子として主張していると解されるので、念のため、本願発明の詳細な説明により、検討する。

前掲甲第2号証及び同第4号証によれば、出願公告後の手続補正書により補正された本願発明の明細書及び図面(以下「本願明細書」という。)には、本願発明の一実施例において、庇のある帽子の前面の筒状外周部の刺繍予定部分に刺繍を縫い付ける場合(第4図ないし第11図)、伸縮可能な靴下に刺繍する場合(第12図)、長い筒状であるワイシャツの袖に刺繍する場合(第13図)、シャツの胸ポケットにマーク等を刺繍する場合(第14図)が記載され、また、同じ構成の実施例の刺繍窓の自由端部が切欠溝となっている例(第15図)が記載され、さらに、曲布張枠、枠支持装置及び駆動装置の異なる実施例(第16ないし18図)が記載され、同実施例では、枠本体が円筒の下側を4分の1程度取り除いた形の一つの部材によって構成されていることが記載され、次に、曲布張枠とベッドの異なる別の実施例(第19図)が記載され、さらに、細い筒状の曲布(例えば女性のシャツの細い袖部や胸ポケットなど)に刺繍するときに適用し得るように先端部を細く絞り、円筒状でなく偏平でかつ刺繍窓の自由端部が切欠溝となっている形状の枠本体の実施例(第20及び21図及び20図)が記載され、上記実施例では、それぞれの場合の筒状の被縫製物の筒の大きさや形に合わせた大きさや形の枠本体となっていることが認められる。

そして、前掲甲第2号証及び同第4号証によれば、本願明細書には、「以上のようにこの発明にあっては、筒状の被縫製物21の周壁面21bに刺繍したい場合、上記筒状物21の端口21cの内部に枠本体10の自由端10'を相対的に挿入し、枠本体における曲布張面20に上記筒状物21の被縫面を引張状に添え付け、そのままでそこの広い面に刺繍することができる利点がある。このことは上記筒状物21の筒状の状態を維持したままでその周面における広い範囲に渡って綺麗な刺繍ができる」(前掲甲第2号証16頁15行ないし17頁3行)「枠本体10に筒状物21を装着する場合、即ち、刺繍用の透孔23に対して筒状物21の刺繍予定部をきっちり対応させながら枠本体10に筒状物21を装着する場合、本願発明にあっては、針3の下に於ける狭苦しい場所で装着作業をする必要はなく、第1本体11から刺繍用の透孔23を具備する第2本体12のみを取外して、広々とした場所に第2本体12を持出し、その第2本体12が具有する上記刺繍用の透孔23に対してきっちりと対応するように筒状物21の刺繍予定部を合わせることが出来る特長がある。このことは、刺繍用の透孔23に対して筒状物21の刺繍予定部をきっちりと対応させる為の緻密作業を簡易化させる上に画期的効果といえる。」(前掲甲第4号証2頁4行ないし16行)と記載されていることが認められる。

上記記載及び前記2で判示した本願発明の課題によれば、本願発明の対象としている筒状の被縫製物とは、筒のように縫い合わせた状態あるいは連続した状態である被縫製物について、その全面を平坦に広げた状態で刺繍を施すことができない被縫製物を意味し、それが刺繍完成後の使用時において、筒状の形態を保っている必要はなく、シャツのポケットのように身頃の布に端が縫い付けられた状態のものでもよく、要は被縫製物の一方の端にある開口部から内部に枠本体を挿入できる中空部がある状態のものを意味するものと解するのが相当である。本願発明は、被縫製物が上記のような筒状の状態を維持したままでその周面における広い範囲に渡って綺麗な刺繍ができるようにしたものであるから、この場合の筒状の状態を維持するとは、その端部を切り広げることなく、縫い合わせた状態あるいは連続した状態を維持することを意味すると解される。

(なお、原告は、シャツの胸ポケットに刺繍を施す本願明細書の第14図に示された実施例に関する記述は、本願発明の対象である通常の利用形態が筒状である被縫製物を筒状の状態を維持したまま刺繍ができるという効果に対応しない無意味な記述であると主張するが、前記のとおり、胸ポケットもまた一方の端に開口部を有して筒のように縫い合わせた状態あるいは連続した状態であるため、全面を平坦に広げた状態で刺繍を施すことができない被縫製物に含まれることが明らかであり、かつシャツの胸ポケットが通常の利用形態が筒状であるということはできないから、第14図に関する本願明細書の記述が無意味な記述とは認められず、それが本願発明の実施例として記載されている以上、かえって、本願発明の被縫製物に関する原告の主張を否定するものといわざるを得ない。)

当事者間に争いがない審決摘示の引用例の記載及び成立に争いのない甲第5号証(米国特許第2189045号明細書((1940年2月6日特許))、引用例)によれば、引用例記載の発明は、ネクタイの裏側を上にして筒状主軸7に被せ込み、ネクタイの縫着位置にラベルを位置決め固定した後、筒状主軸7の曲面に沿って被せ込んだネクタイの裏側にラベル等を縫着するミシン用の筒状の布保持枠を提供するものであると認められる。引用例記載の発明の被縫製物であるネクタイも筒のように縫い合わせた状態あるいは連続した状態であるため、全面を平坦に広げた状態でラベル等を縫い付けることができないが筒状主軸7を挿入することのできる開口部を有している点で本願発明の筒状の被縫製物と一致すると認められる。そうすると、本願発明の被縫製物は刺繍を施す状態で筒状の状態を維持する必要がある点において引用例記載の発明と変わるところはなく、通常の利用形態が平坦となるネクタイは含まれないとの原告の主張は理由がない(なお、本願発明が被縫製物に刺繍を施すのに対して、引用例記載の発明はラベル等を縫い付ける点で相違することは、審決は相違点<1>として判断している。)。

<2>  相違点(b)について

原告主張の相違点(b)は、本願発明が筒状の被縫製物の筒状面の外面に刺繍を施すものであり、引用例記載の発明がネクタイにラベル等を縫い付けるものであるということによって生じたものである。そして、審決は、かかる点を相違点<1>に対する判断の中で示しているのであるから、相違点を看過したものではない。

そうであれば、審決の、両発明において「両者が筒状の被縫製物の筒状面を曲面に沿え付けた状態で筒状面を縫えるようにしたミシン用枠」である点で一致するとした判断に誤りはなく、原告のこの点についての主張は理由がない(なお、本願発明の透孔と引用例記載の発明の針落溝については、審決は一見一致点として捉えているごとくであるが、相違点<2>において、刺繍用とラベル縫着用の差による技術的観点から相違点として捉えて、これに対する判断をしているから、審決には原告主張のような一致点の誤認はない。)。

(2)  取消事由2について

前記(1)判示のとおり、本願発明も引用例記載の発明も縫製時筒状にある被縫製物(被加工物)に対するミシン用枠である点で一致する。

成立に争いのない乙第1号証(特開昭54-76349号公報)には、自動刺繍機あるいは自動縫製機のX及びY方向における枠の運動がサーボモータにより行なわれる、加工すべき材料を保持しかつX及びY座標における合成された方向の模様形成をする枠が記載され、同第2号証(特開昭55-52790号公報)には、ミシンの取付部に着脱自在に取り付けられ、制御部の制御により駆動され布枠をX-Y方向に移動位置決めする装置で、布を支持しX及びY方向の+-へ移動する布枠で縦、横、斜め等の糸目で刺繍縫いを行なうものが記載され、同第3号証(実公昭58-39679号公報)には、ミシンヘッドの下に挿入された、布地等の素材を支持する素材支持板が、移動台に対して前後方向に出入自在に支持され、駆動機構により、前後方向に移動し、移動台自体も駆動機構により前後方向及び左右方向に移動自在で予め定められたパターンに沿って移動されるようになっているため、従来の装置よりも長尺物の素材への長尺の刺繍あるいはパターンを縫う装置が記載され、同第4号証(特公昭58-54838号公報)には、X方向の駆動装置及びY方向の駆動装置をそれぞれ備えた刺繍枠駆動機構により、位置決め駆動されることによって、縦、横、斜め等の糸目で自動刺繍を行なう刺繍枠が記載されていることが認められる。

上記の記載によれば、布を支持しX及びY方向に移動し、位置決め駆動されることによって、支持された布にミシンで縦、横、斜め等の糸目で刺繍を施す刺繍枠が、本願発明の出願(昭和59年2月2日)前、当業者に周知であったことが認められる。

前記審決摘示の引用例の記載及び前掲甲第5号証(米国特許第2189045号明細書)によれば、引用例記載の筒状主軸は、ネクタイにラベル等の縫い付けをするために、ネクタイ及び縫い付けるべきラベルを位置決め固定し、回転運動をすることにより、ラベル等の一方向を縫い、前進、後退運動をすることにより他方向を縫うことができる(翻訳9頁12行ないし10頁29行)ミシンの被縫製物の支持枠であると認められるから、刺繍であるか直線であるかの相違はあっても、布を支持し、駆動装置により枠自体が移動するという技術は前記の周知の刺繍枠と共通であったと認められる。しかして、前記周知の刺繍枠において、X及びY方向の合成運動を行なわず、X又はYの軸方向のみに位置決め駆動することによって直線縫いも可能であることは明らかである。

そうすると、刺繍枠において、刺繍を施すことと直線縫いを行なうことは異なる技術的思想ではないから、ネクタイに筒状主軸を挿入して筒状を維持したまま、その筒状の外面に直線で縫うという引用例記載の発明の技術に前記の周知の刺繍枠を転用することは当業者にとって容易であったと認められる。

原告は、引用例記載の発明は定型寸法のラベルを縫い付けることを技術的課題とするものであるから、刺繍を施すものでない点で本願発明の技術的課題と相違すると主張するが、両発明のそれぞれの課題であるラベルの縫付けも、刺繍を施すことも、それぞれにその目的を限定することによって、ミシンの機能の効率をたかめるための課題にすぎないものであるから、ある目的のミシンを他の目的のミシンに転用し、必要な変更を加えることは当業者にとって容易になし得るものである。したがって、原告のこの点の主張は理由がない。

さらに、原告は、本願発明の曲布張枠の枠本体は、進退と回動との合成運動を行なうことにより、筒状の被縫製物の曲面を維持しながら、広い範囲に渡って面状に綺麗な刺繍ができるようにしているのに対して、乙第1ないし第4号証に記載されたものは、平坦な板面上に枠を置き、これを板面上で、限りなく平坦にX-Y方向に横移動させる技術的思想に関するものであって、枠が上下動したり、回動することを否定する技術的思想であって、本願発明とは、なじみ難く、寄せ合わせすることはできないと主張するが、前掲甲第2号証によれば、本願発明において、被縫製物の刺繍予定部分はベッド4の針板5直上に位置して刺繍を施すものである(10頁1行ないし2行)が、針板自体は平坦な板であり(第1、2、4、5、8、10、11、16、17、21図)、刺繍を施す時点において、刺繍面は平坦となっていると認められるから、刺繍枠としての刺繍を施すための枠自体の移動という観点からは、上記周知の刺繍枠の運動と異なるところはなく、枠本体が筒状の被縫製物を被せ付けるためにかまぼこ状の曲面になっているため回転運動をするにすぎない。したがって、引用例記載の筒状主軸に上記周知の刺繍枠を転用して、従来の刺繍枠の平坦なX-Y軸の動きを本願発明のような回転と進退運動とすることは当業者であれば、容易になし得ることである。

(3)  取消事由3について

<1>  原告の(a)の主張について

前記(1)に判示したとおり、本願発明において、筒状の被縫製物が女性のシャツの細い袖部や胸ポケットなどの細い筒状の曲布を含み、本願発明を実施するに際して、対象とする筒状の被縫製物の筒の大きさに合わせて枠本体の曲率半径が定まるものというべきであるから、本願発明の枠本体が大きな曲率半径のものに限られず、引用例記載のネクタイの内径に合うような細径のものも当然含まれることは明らかである。したがって、原告のこの点についての主張は理由がない。

<2>  原告の(b)の主張について

前掲甲第4号証には、「枠本体10に筒状物21を装着する場合、即ち、刺繍用の透孔23に対して筒状物21の刺繍予定部をきっちり対応させながら枠本体10に筒状物21を装着する場合、本願発明にあっては、針3の下に於ける狭苦しい場所で装着作業をする必要はなく、第1本体11から刺繍用の透孔23を具備する第2本体12のみを取外して、広々とした場所に第2本体12を持出し、その第2本体12が具有する上記刺繍用の透孔23に対してきっちりと対応するように筒状物21の刺繍予定部を合わせることが出来る特長がある。このことは、刺繍用の透孔23に対して筒状物21の刺繍予定部をきっちりと対応させる為の緻密作業を簡易化させる」(2頁4行ないし16行)と記載されていることが認められる。

上記記載によれば、本願発明の布張枠において、被縫製物を刺繍枠に正確、容易に取り付けるために、第2本体をミシンに固定されている第1本体から取り外して、広い場所に持出して、筒状の被縫製物を取り付ける構成にしたものであると認められる。

しかして、成立に争いのない甲第6号証(実公昭43-31428号公報)には、「くつ下または袖のような継目なし管状織物に飾りをつけるために、…自動刺しゅう機械の刺しゅう枠案内をホルダおよび釈放部材に結合することと、端面の一つにホルダと釈放部材とに取はずし自在に結合できるフランジ部分を、一つまたは数個の側部に管状織物の一部分を緊張させる小さなホックを有する張力ケージを設けることがこの考案によって提案される。」(1頁左欄31行ないし39行)、「例えば、くつ下が自動刺しゅう機械の外側で張力ケージに既に固定され、つぎにくつ下を固定した張力ケージが刺しゅう枠案内に取付けられることができる。」(1頁右欄2行ないし5行)と記載され、成立に争いのない同第7号証(特開昭57-205570号公報)には、「従来一般に行なわれている手段は、上枠と下枠とから成る刺しゅう枠に被刺しゅう物の片面を枠張りし…、あらかじめ刺しゅうミシンの台枠上に固定してある土台枠に嵌込むことによりセットして刺しゅうミシンを運転」(1頁右下欄23行ないし2頁左上欄3行)、「本発明装置は…、被刺しゅう生地を枠張り、めくり返しした刺しゅう枠をあたかもカセットのように抜差しすることにより、即ちワンタッチでセット、取外しが可能となったもので、従来の土台枠への嵌込み、抜取りの作業に比べはるかに省力且つ迅速に行えセット時の支持状態も確実である。」(2頁右下欄9行ないし15行)と記載されていることが認められる。

上記記載によれば、刺繍ミシンにおいて、被縫製物を取り付ける刺繍枠部分を連結取り外しを自在にした別体で構成し、かかる刺繍枠部分を広い場所に持出して、被縫製物を刺繍枠に取り付けられるようにすることによって、被縫製物の取付けの簡易化をはかることは本願発明出願前普通に採用されている技術的事項であったと認められる。

原告は、周知例に記載されたものは、駆動機構を有しない枠体の全体を全く別体の駆動部に対して着脱したものであるにすぎないから、本願発明のように、進退用と回動用連結部を有する枠本体に相当しないと主張する。審決は、本願発明の構成において、第1本体と第2本体とからなる枠本体が駆動部に連結されている点は引用例記載の発明との一致点として判断し、本願発明において、進退用連結部(スラストカラ-70)及び回動用連結部(ギア57)を備えた枠本体が第1本体と第2本体との二つの部材に分かれるのに対して、引用例に記載された発明では、スラストカラ-70(進退用連結部)及びギア57(回動用連結部)を備えた筒状主軸7は二つの部材に分離しない点において、両者は相違するものと認定したものと解されるから、かかる相違点においては、枠本体に前記の目的のために取外し自在の部材を付加した点が本願発明と引用例記載の発明との相違点を構成し、枠本体が駆動部に連結されている点は相違点を構成しないと解すべきである。したがって、審決は、本願発明の枠体自体が二つの部材に分かれる点に関して、周知例を挙げたものであり、周知例に記載されたものが駆動機構を有しないから、審決の認定は相当でないとの原告の主張は理由がない。

<3>  原告の(c)の主張について

前記(2)判示のとおり、布を支持しX及びY方向に移動し、位置決め駆動されることによって、支持された布にミシンで縦、横、斜め等の糸目で刺繍を施す刺繍枠が、本願発明の出願前、当業者に周知であり、かかる刺繍枠において、針落溝を外面側外方から内面側の釜位置に向けて針を往復動させ得るように刺繍のパターンに合わせた面積にすることは当然のことであり、このことは本願発明の刺繍においても基本的に変わるところはない。そして、ネクタイに筒状主軸を挿入して筒状を維持したまま、その筒状の外面に直線で縫うという引用例記載の発明の技術を上記周知の刺繍枠に転用する際に、コ字状の針落溝を刺繍が可能である面積のものとすることは当然の設計事項である。

原告主張の筒状主軸7の針落溝のコ字状の形状及び筒状主軸7が正確にコ字状に動くためのカムの構成は、定型寸法のラベルの周囲三辺をコ字状に正確に直線状に針を運針させるという限定された目的をより正確に達成するためのものであって、筒状主軸7のかかる構成が枠の進退動と回動を合成するという技術的思想及び合成運動によりもたらされる刺繍すべき形状、面積に応じて針落溝を広くするという技術的思想を積極的に否定するものとは認められない。また、平坦化した布面に刺繍を施す従来の刺繍用の透孔と本願発明の曲面に形成される刺繍用の透孔とは技術的思想が異なるとの原告の主張については、前記(2)に判示したとおり、本願発明の構成において、枠本体がかまぼこ状の曲面とされたのは、刺繍枠として、筒状の被縫製物を被せ付けるためであって、かかる枠本体に形成される刺繍用の透孔もまたそれに応じた大きさ、形状に形成されているにすぎないと認められる。したがって、従来の平布用の刺繍ミシンでは、刺繍用の透孔は平坦な板面に形成されるものであるが、枠本体をかまぼこ状に形成すれば、透孔もそれに応じた大きさ、形状に形成することは、当業者にとって容易に想到することであり、周知の平布用の刺繍ミシンの刺繍用の透孔を転用して、引用例記載の筒状主軸7の曲面に透孔を形成し、本願発明の曲面に形成される刺繍用の透孔にすることは当業者の容易になし得ることである。

よって、原告の主張は理由がない。

(4)  取消事由4について

前記(2)判示のとおり、本願発明において、被縫製物の刺繍予定部分はベッド4の針板5直上に位置して刺繍を施されるものであるが、針板自体は平坦な板であり、刺繍を施す時点において、刺繍面は平坦となっており、本願発明の構成において、枠本体が筒状の被縫製物を被せ付けるためにかまぼこ状の曲面となっているため回転運動をするもので、刺繍枠としての刺繍を施すための枠自体の移動という観点からは、前記周知の刺繍枠の運動と異なるところはないものであって、本願発明の効果は、筒状の被縫製物を筒状の状態を維持したまま縫うという引用例記載の発明から予測される効果と本願発明の出願前普通に採用されている技術的事項から当業者であれば予測できる効果の寄せ集め程度のものであると認あられる。

したがって、原告の主張は理由がない。

4  よって、本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面1

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別紙図面2

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平成1年審判第12085号

審決

一宮市大字定水寺字塚越20番地

請求人 株式会社 バルダン

愛知県名古屋市中村区名駅五丁目4番14号(花車ビル)

代理人弁理士 佐竹弘

昭和59年特許願第18879号「刺繍ミシン用曲布張枠」拒絶査定に対する審判事件(昭和62年9月7日出願公告、特公昭62-42066)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

(手続の経緯、本願発明の要旨)

本願は、昭和59年2月2日の出願であって、その発明の要旨は、出願公告後の手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの、

「内面側には針に対向させる釜を存置させる為の空間を有し、かつ外面は筒状の被縫製物を被せ付ける為にかまぼこ状の曲面に形成してある枠本体は、第1本体とこれに対しての連結取外しを自在にした別体の第2本体とで構成し、上記第2本体には外面側外方から上記内面側の釜位置に向けて針を往復動させ得るように大きな面積の刺繍用の透孔を具備させると共に、上記第2本体の先端は筒状の被縫製物の筒状端口に対して相対的な挿入を可能に自由端にし、上記第1本体の一部には上記第2本体を上記挿入方向に向けての進退を可能にする為の進退用連結部と、上記第2本体の外面に備えさせる被縫製物被せ付け用の曲面に略沿う状態で上記第2本体の外面を回動可能にする為の回動用連結部とを備えさせて、上記筒状の被縫製物の筒状面を上記第2本体の曲面に沿え付けた状態で、上記筒状面の外面に刺繍が縫えるようにしたことを特徴とする刺繍ミシン用曲布張枠。」

にあるものと認める。

(引用例)

これに対して、原査定のその後発見した拒絶の理由に引用された米国特許第2,189,045号明細書(1940年2月6日特許)(以下、引用例という。)には、ラベル等を種々の物品に縫合作動により縫いつけるためのミシンであって、被加工物をかぶせ込む筒状主軸7は、内面側にシャットル12又は釜を存置する空間を有し、外面は円筒型に形成され、一端は自由端とされており、上面には針落溝10、11が形成されるとともに一部にギア57とスラストカラー70が設けられており、ラベルLをネクタイTの裏側に縫い付けるに際して、ネクタイTの裏側を上にして筒状主軸7にかぶせ込み、筒状主軸7にカラー20を介して回動可能に取り付けられているラベル枠23とラベル固定板33によりネクタイTの裏側の縫着位置にラベルLを位置決め固定した後、駆動機構を動作させて筒状主軸7をギア57を通じて回転運動させるとともに、スラストカラー70を通じて前進、後退させて筒状主軸7の円筒型の曲面に沿ってかぶせ込まれたネクタイTの裏側にラベルLを縫着するミシンが記載されている。

(本願発明と引用例との対比)

本願発明と引用例に記載されたミシンに使用される筒状主軸7とを対比すると、両者は、釜を存置させる為の空間を有し、かつ外面は筒状の被縫製物を被せ付ける為に形成してある枠本体(筒状主軸7)であって、枠本体は、外面側外方から内面側の釜位置に向けて針を往復動させ得るように透孔を具備させると共に、先端は筒状の被縫製物の筒状端口に対して相対的な挿入を可能に自由端にし、本体の一部には挿入方向に向けての進退を可能にする為の進退用連結部(スラストカラー70)と、外面に備えさせる被縫製物被せ付け用の曲面に沿う状態で外面を回動可能にする為の回動用連結部(ギア57)とを備えさせて、筒状の被縫製物の筒状面を曲面に沿え付けた状態で筒状面を縫えるようにしたミシン用枠である点で一致し、<1>本願発明の枠は、筒状の被縫製物の筒状面の外面に刺繍が縫えるようにした刺繍ミシン用曲布張枠であるのに対して、引用例に記載されたミシンの筒状主軸7は、被縫製物を筒状面の外面にかぶせ込み、ラベル等を縫い付けるための保持枠として使用されるものであること、及び、<2>本願発明では、枠本体は、かまぼこ状の曲面に形成してあり、第1本体とこれに対しての連結取外しを自在にした別体の第2本体とで構成し、第2本体には外面側外方から内面側の釜位置に向けて針を往復動させ得るように大きな面積の刺繍用の透孔を具備させると共に、第2本体の先端は筒状の被縫製物の筒状端口に対して相対的な挿入を可能にする自由端としているのに対して、引用例に記載されたミシンの筒状主軸7は、円筒状に形成してあり、被縫製物をかぶせ込む部分をスラストカラー70(進退用連結部)及びギア57(回動用連結部)を設けた部分と一体に構成し、透孔の形状もラベル等を縫い付ける場合の針落部に対応して溝状に形成してある点でそれぞれ相違している。

(本願発明に対する当審の判断)

そこで、上記各相違点について検討する。

相違点<1>について;

ミシン装置としては、本願発明のように刺繍を縫うものと引用例に記載されたもののようにラベル等を縫い付けるもので差異はないものであり、用途に応じて適宜使い分けられるものであるから、引用例に記載されたミシンを本願発明のように筒状の被縫製物の筒状面の外面に刺繍を縫うためのミシンとして使用する程度のことは、当業者が必要に応じて容易に想到しうる事項と認める。そして、引用例に記載されたミシンを上記刺繍用ミシンとして使用する場合には、筒状主軸7は本願発明の刺繍ミシン用の曲布張枠と同様の部材として使用されるものである。

相違点<2>について;

枠本体の形状を本願発明のようにかまぼこ状としても、引用例に記載された筒状主軸7の円筒状と比較して作用効果に格別差異はないものであり、形状の違いは単なる設計上の微差にすぎないものである。

また、ミシンを使用して刺繍を行う場合、被縫製物を刺繍枠に正確、容易に取り付けるために、被縫製物を取り付ける刺繍枠部分(本願発明の第2本体に相当する部分)を連結取外しを自在にした別体で構成することは、本願出願前普通に採用されている技術事項(もし必要ならば、実公昭43-31428号公報、特開昭57-205570号公報を参照すること。)にすぎないものであるから、上記本願出願前普通に採用されている技術事項を引用例に記載されたミシンの筒状主軸7に採用して、本願発明のように第1本体と第2本体とで枠本体を構成することは格別困難なことではない。

さらに、枠本体に形成する孔形状は、針を往復動させるのに支障のない大きさの孔とすることは当業者が当然考慮すべき事項にすぎないものであるから、本願発明のように第2本体に形成する透孔を外面側外方から内面側の釜位置に向けて針を往復動させ得るように大きな面積のものとすることは、当業者が普通に採用しうる事項にすぎないものである。

そして、本願発明の要旨とする構成によってもたらされる効果も、引用例に記載されたもの及び本願出願前普通に採用されている技術事項から当業者であれば予測することができる程度のものであって、格別のものとはいえない。

(むすび)

以上のとおりであるから、本願発明は、引用例に記載された発明及び本願出願前普通に採用されている技術事項に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年8月22日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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