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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)254号 判決 1992年9月24日

大阪府大阪市中央区平野町1丁目3番9号

原告

株式会社ビーブランド・メディコーデンタル

代表者代表取締役

山本廣次

訴訟代理人弁理士

青山葆

伊藤晃

東京都墨田区本所1丁目3番7号

被告

ライオン株式会社

代表者代表取締役

小林敦

訴訟代理人弁理士

砂川昭男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和62年審判第8264号事件について平成3年8月22日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、意匠に係る物品を「歯ブラシ」とする登録第594526号意匠(以下「本件意匠」という。)の意匠権者であるが、原告は、昭和62年5月11日、被告を被請求人として特許庁に対し、上記意匠登録につき、無効審判の請求をした。特許庁は、この請求を昭和62年審判第8264号事件として審理した結果、平成3年8月22日、「本件審判の請求は成り立たない」との審決をなした。

2  審決の理由の要点

(1)  本件意匠は、昭和56年3月3日の出願に係り、意匠に係る物品を「歯ブラシ」とし、その形態を別紙1の記載により現したものである。

登録第594668号意匠(以下「引用意匠」という。)は、昭和55年4月2日の出願に係り、意匠に係る物品を「歯ブラシ」とし、その形態を別紙2の記載により現したものである。

(2)  本件意匠と引用意匠をみて対比するに、両意匠は、意匠に係る物品が前記のものと認められ共通する。形態について、全体は側方からみて背面側が直線状となるように首部を介して頭部と柄部を現し、頭部はやや肉厚な厚さでその幅に比べて長さの長い略長方形板状を全体の長手方向に沿って現し、その正面側の略全面に複数の毛束を略整列状に植毛して現し、首部は頭部の幅より狭い幅の略細長直棒状とし、柄部は頭部の幅よりやや広い幅で、その長さを頭部の長さの複数倍の長さとしている略長方形板状を全体の長手方向に沿って現しているものと認められる。そして、この基本的な形態が共通する。具体的な形態について、頭部は、その各周側面が相互に形成する各稜を角丸状に正面側と各周側面との各稜を角状に現し、柄部は、正面側の首部との境界寄りの部位を首部より突出して該部位付近及び背面側の該部位に相当する付近の周縁をわずかに残して凹弧状の凹陥面を現し、その周側面は首部へ向けて下降する斜面とし、後端の周側面の両端を角丸状として、後端寄りの部位に小円孔を穿っているものと認められる。そして、これらの点が共通する。

(3)  一方、頭部について、本件意匠はその周側面の頂面を平坦面とし、首部へ連続する周側面は首部へ向けて下降する斜面としてその入隅の凹弧面を介して首部へ連続しているのに対して引用意匠はその周側面の頂面を凸弧状面とし、首部へ向けた周側面は角丸状の凸弧状面で首部との入隅に稜線を現し、正面側の首部との境界に区画線を現し、本件意匠は引用意匠に比べて植毛している毛束の数を多く現し、首部について、本件意匠は頭部側に比べて柄部側の幅及び厚さを漸次太くなる略丸四角柱状で、正面側の柄部へ連続するところは斜状の上昇面を形成し、その周側面は入隅を凹弧状面としているのに対し、引用意匠は、一定の太さの円柱状で、正面側の柄部との入隅に稜線を現し、その周側面はその略半分の入隅に稜線を現して凹弧状面としていない。柄部について、本件意匠はその首部側の幅を広く後端へ向けて漸次幅狭状に、その厚さは首部側を厚く後端へ向けて漸次薄肉状にして、正面側及び背面側の略全面に周囲にわずかな周縁を残して凹弧状の凹陥面を現し、首部側の周側面は首部との入隅の凹弧状面に連続する斜状の下降面とし、後端面は平坦面を現しているのに対し、引用意匠は首部寄りの凹陥面を除きその余は一定な厚さで、その幅は、首部寄りの部位をくびれ状に絞り、該部位から後端へ向けてわずかに幅広状に現し、正面側は首部と段状の凸弧状面とし、その周側面は首部との入隅へ向けてわずかな凸弧状の下降面とし、正面側及び背面側は、首部寄りのくびれ状に絞った付近の部位までを凹弧状の凹陥面として、その余は平坦面を現し、後端面は凸弧状面を現しており、引用意匠の全体は側方からみて背面側が一直線状となるように現しているのに対して、本件意匠の全体は側方からみて、首部と柄部との略境界に相当する部分がわずかに膨出状となる背面側が略二直線状となるように現しているものと認められる。そして、これらの点に差異がある。

(4)  以上の共通点、差異点を総合して両意匠を全体として検討するに、共通点のうち、基本的な形態はこの種の意匠において、本件意匠の出願前から極く普通に知られているところであり、これに関する点は両意匠にのみ共通するものとは認められず、それ程評価すべきものとすることはできない。

(5)<1>  具体的な形態において、頭部の各周側面が相互に形成する各稜及び背面側と各周側面との各稜を角丸状としている点、頭部の正面側と各周側面との各稜を角状としている点、柄部の首部よりの周側面は首部に向けて下降する斜面としている点、及び柄部の後端の周側面の両端を角丸状としている点は、いずれもこの種の意匠において、本件意匠の出願前から極く普通に知られているところであり、これらの点も両意匠にのみ共通するものとは認められず、それ程評価すべきものとすることはできない。柄部の後端寄りの部位に小円孔を穿っている点は、各種の意匠において、吊り下げ用の機能を目的としてその一端寄りの部位等に小孔を穿つことは従来より極く普通に知られているところであり、この点についてもそれ程評価することはできない。

<2>  柄部の正面側の首部との境界寄りの部位を首部より突出し、正面側及び背面側の該突出している付近を凹弧面としている点は、本件意匠及び引用意匠の柄部における前記具体的な形態における差異点を打ち消し、他の共通点と相俟って共通感を誘発する働きをなす程顕著なものとは認め難く、また、それらが相俟まった効果を勘案しても、柄部において、首部側の幅を広く後端へ向けて漸次幅狭状に、その厚さは首部側を厚く後端へ向けて漸次薄肉状に、その正面側及び背面側の略全面に周囲にわずかな周縁を残して凹弧状の凹陥面を現しているか、首部寄りの凹陥面を除きその余は一定な厚さで、その幅は首部寄りの部位をくびれ状に絞り、該部位から後端へ向けてわずかに幅広状に現しているかの差異点を凌駕するものとは認められない。一方、柄部及び首部の具体的な形態は前記のとおり明らかであり、これらが他と関連して奏する形態上の主調は共通点を圧し、相互に別異の意匠的まとまりを醸成するものと認められる。したがって、本件意匠は引用意匠と類似する意匠とすることはできない。

以上のとおりであって、本件意匠について、請求人の主張及び証拠によってはその登録を無効とすることはできない。

3  取消事由

(1)  審決の理由の要点(1)は認める。同(2)の「本件意匠と引用意匠(先願登録意匠)とに共通する基本的形態」の認定は認める。しかし、頭部の形態については、「頭部はやや肉厚」とは、「頭部は周知の歯ブラシの形態との比較においてやや肉厚」とすべきであり、柄部の形態については、「柄部は周知の歯ブラシの形態との比較においてやや肉厚な厚さでかつ頭部の幅よりやや広い幅であってさらに頭部や首部の複数倍の細長い略長方形板状を全体の長手方向に沿って現している。」とすべきである。同(2)の「本件意匠と引用意匠とに共通する具体的形態」の認定は認める。但し、認定された共通形態の外にも共通する具体的形態はある。同(3)は認める。同(4)は争う。同(5)のうち<1>は認め、<2>は争う。

(2)  審決は、本件意匠と引用意匠において共通する基本的形態が周知であると認定したうえ、この基本的形態は具体的形態における差異点を凌駕するものではないとして、両意匠は非類似であると判断したが、この判断は誤りであるから、審決は違法として取り消されるべきである。

<1> 基本的形熊の要部性

引用意匠は、(a)基台を一方向一直線状に順に、頭部、首部、柄部として、頭部正面の略全面に毛束を植毛し、(b)頭部を肉厚気味でかつ歯ブラシ長手方向に長い略長方形板状とし、(c)首部を、夫々頭部横幅寸法に対して十分小さい横幅寸法及び厚み寸法を有する細長直棒状とし、(d)柄部を、肉厚気味でかつ首部の横幅寸法より十分広幅の横幅寸法を有し、さらに頭部や首部に対して十分細長い略長方形板状に構成してなるという基本的形態を備えており、この基本的形態の全要素(a)ないし(d)を同時的に備える公知意匠は存在しない。したがって、引用意匠については、その基本的形態の要素(a)ないし(d)の組み合わせ、すなわち歯ブラシ全体のプロポーション自体に新規性もしくは創作性があるといわなければならない。そして、この基本的形態こそ意匠の全体を表すものであって、かつ、看者の注意を最も強く惹く部分であるので、引用意匠の要部はこの基本的形態自体に存するということができる。歯ブラシは、手に把持して使用される小物であり、頭部、首部及び柄部が総合して全体的なまとまりを形成しているものであり、これらの組み合わせである基本的形態が公知でない限り、この基本的形態が当然に歯ブラシとしての看者の注意を強く惹く部分として、これを要部と認定すべきである。さらに、物品の意匠は、この全体の形状、模様、色彩又はこれらの結合からなる結合的外観により人の視覚に訴えて美観を生じさせるものであるから、意匠の類否を判断するに際し、一般に知られた形態的要素は分離除外し、その余の形態的部分のみを対比して結論を導くことはなし得ないことである。

引用意匠は、基本的形態の要素(a)ないし(d)を備えることにより、歯ブラシ全体が直線的でシンプルな印象と、首部が全体に対して非常に細くて長い印象と、柄部が重量感を有する印象を看者に与えるものである。このような印象すなわち、美感を同時的に呈する公知意匠は存在しないのであるから、引用意匠の基本的形態が周知であるとの審決の認定は誤りである。

したがって、引用意匠と基本的形態を共通する本件意匠においても、その基本的形態が要部をなすものというべきである。

なお、被告が本件意匠と引用意匠とに共通する基本的形態が公知又は周知であることを立証するために提出した乙第1ないし9号証については、これらの各証拠は上記基本的形態の内の一部を有する歯ブラシを現しているに過ぎず、一つの意匠的まとまりとしての上記基本的形態、つまり歯ブラシ全体のプロポーションはいずれの証拠にも現れていない。

<2> 具体的形態の対比

(a) 審決は、両意匠の具体的形態における3つの差異点をあげて、両意匠は非類似であるとしているが、この判断は、引用意匠の類似範囲の認定を誤ったことによるものである。すなわち、下記(b)及び(c)で述べるとおり、本件意匠及び引用意匠の柄部に関し、幅の点、及び厚みの点のいずれの点を考慮しても本件意匠及び引用意匠のいずれも全体として略長方形板状であるし、(d)の点も微差にとどまるから、審決が挙げた差異点はいずれも両意匠を非類似とする程の大きな差異ではないものである。

(b) まず第一に、審決は、本件意匠においては、柄部が、首部側の幅を広く後端へ向けて漸次幅狭状になっているのに対し、引用意匠においては、柄部が、首部寄りの部位をくびれ状に絞り、該部位から後端へ向けてわずかに幅広状になっている、ことの差異を挙げている。

しかしながら、この差異は両意匠を非類似とする程の大きな差異というべきでない。

すなわち、本件意匠の柄部の首部側の幅とその反対側の端部の幅の寸法比は約1:0.85であってそのテーパ角は極く小さいものであり、長方形状の範疇に属する。

一方、引用意匠の柄部の首部寄りの部位の幅と絞り部の最小幅寸法との比は約1.1:1に過ぎない。この寸法比は、頭部と首部と柄部との各横寸法比、つまり全体横幅寸法比が約2:1:2.7であることと比較すれば、このくびれ形状が極めて微細な事柄であることは明らかである。このことは、引用意匠に付帯する登録類似意匠・類似1ないし8(甲第3ないし11号証)を見れば明らかである。類似5及び6(甲第8、9号証)はいずれも柄部周面が直線状であってくびれや絞りを有していないのである。つまり、引用意匠の柄部も長方形状の範疇に属するのであって、引用意匠の類似範囲は本件意匠の如き略長方形状の柄部をも含むということができる。換言すれば、本件意匠と引用意匠の柄部の上記の差異は微差というべきであり、両者は類似の範囲を出ないものである。なお、被告は、本件意匠の柄部全体形状は笏の形状に近似するのに対し、引用意匠の柄部全体形状は鉸具状であると主張するが、笏の形状は非常に偏平でかつ大きく湾面しており、本件意匠の柄部の形態とは著しく相違する。また、原告主張の鉸具の形態も引用意匠の柄と近似するとは言い難い。被告は、さらに引用意匠の柄部をヤマカガシに例えるが、比較すべきは歯ブラシの柄部であるから、笏にせよヤマカガシにせよ、かかる例えは無意味である。

(c) 第二に、審決は、本件意匠においては、柄部がその厚さを首部側を厚く後端へ向けて漸次薄肉状にしているのに対して、引用意匠においては首部寄りの凹陥面を除きその余を一定の厚さにしている、ことの差異をあげている。

しかしながら、この差異も両意匠を非類似とする程の大きな差異というべきでない。

確かに本件意匠の柄部の厚さにはテーパが認められるが、しかし、最大厚さと最小厚さとの比はたかだか約1:0.67であり、かつ厚さは幅の半分以下に過ぎない、すなわち、柄部が平板状であること、を考慮すれば、この厚さテーパは平板状に吸収され、引用意匠と異ならせる程顕著とはいえない。

一方、引用意匠の柄の厚さは略一定ということができるが、先願登録意匠としての引用意匠の柄の類似範囲はこれに限定されるものでないこと、その類似1、5、7(甲第4、8、10号証)より明らかである。これら類似1、5、7の各意匠の柄部は、その側面視に明らかな如く、首部側を厚く後端に向けて漸次幅狭状にしている。尤も、この漸次幅狭状は、柄部の中間で終わっているが、テーパ感を抱かせる点においては本件意匠と共通している。

したがって、引用意匠は柄部の厚みがテーパをなしている形態をも類似範囲に包含する。換言すれば、本件意匠と引用意匠の柄部の上記第二の差異も微差というべきであり、両者は類似の範囲を出ないものである。

(d) 第三に、審決は、本件意匠においては、柄部が、正面側及び背面側の略全面に周囲にわずかな周縁を残して凹弧状の凹陥面を有しているのに対して、引用意匠においては、柄部が首部寄りの凹陥面を有していることの差異を挙げている。

しかしながら、この差異も両意匠を非類似とする程の大きな差異というべきでない。

本件意匠の凹陥面は、深いものではなく、前記のとおり、幅が厚さの二倍以上であることを考慮すると、この柄部は、平板状というべきものである。

一方、引用意匠の柄部も長手方向の寸法は短いというものの凹陥部を明らかに有しているのであって、柄部の正・背面夫々が窪んでいるとの窪み感がある点においては本件意匠と共通している。

さらに、ここで注目されるべきことは、本件意匠の凹陥部は、格別特異な形態と言うことはできず、従来より一般に見られる形態である(甲第12号証)。

したがって、本件意匠の上記第三の差異は、両意匠の類似判断において大きく評価されるべきものではなく、微差に過ぎないというべきである。

<3> 以上、本件意匠は、先願登録意匠としての引用意匠の要部であって、創作としての格別の評価をなすべき支配的部分であるるところの基本的形態(a)ないし(d)をそっくりそのまま備えており、一方本件意匠と引用意匠を具体的かつ部分的に対比しても、それらの差異はいずれも微差に過ぎず、本件意匠には、両意匠に共通する基本的形態を凌駕して、看者の注目を惹く特徴的態様として評価できる点はない。したがって、両意匠に共通する基本的形態が、両意匠の特徴的態様を表出しているものであり、具体的構成態様における相違点をもって本件意匠の特徴的態様と捉えることはできないのであるから、両者は全体として美感を同一にする互いに類似する意匠というべきである。よって、本件意匠は意匠法第17条第1号に該当し、同法第9条第1項の規定に違反して与えられたものと言わねばならず、同法第48条第1号の規定により無効である。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1及び2は認め、同3は争う。

2  被告の主張

(1)  審決の認定及び判断は正当であって、審決に原告主張の違法はない。但し、審決が基本的構成態様として認定した「頭部がやや肉厚」とは周知の歯ブラシの形態との比較において述べたものであり、柄部の形態については、「柄部は周知の歯ブラシの形態との比較においてやや肉厚な厚さでかつ頭部の幅よりやや広い幅であってさらに小凹円弧面で内方へくびり、あたかもその輪郭はヤマカガシの頭部の輪郭に酷似している。さらに、外端方向へ一直線に垂直面が先太に連続し、外端で結合して半円面を形成して、柄部の全体形状がアイスクリームの薄板匙状である。したがって、両意匠の柄部は、その基本的な形態においても、またその具体的な形態においても、ともに長方形板状ではない。

(4)  原告の主張(2)の<2>の(d)について

前記のとおり、本件意匠の柄部の輪郭形状が笏状であるのに対し、引用意匠の当該部は鉸具状である。そして、引用意匠の凹弧状の凹陥面は首部寄りに限定され、使用時に拇指及び人差指の腹が当たるように形成したもので、看者の目につきやすい形状である。本件意匠のように柄部全体に凹弧状の凹陥面を設けたものとは、その形態が看者に与える美感を異にし、また意匠創作の意図も相違するものであるから、その形状の相違は微差ではない。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録記載を引用する。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがなく、本件意匠が別紙1に、引用意匠が別紙2にそれぞれ記載したとおりのものであること、両意匠の出願年月日がそれぞれ審決の理由の要点(1)摘示のとおりであること、両意匠に係る物品が「歯ブラシ」であって共通していることも当事者間に争いのないところである。

2  原告主張の取消事由は、要するに、本件意匠と引用意匠は共通する基本的形態にその特徴があり、具体的形態における差異点は上記基本的形態を凌駕するものでないから、両意匠は類似するものであるのに、審決は、両意匠に共通する上記基本的形態は本件意匠出願前から極く普通に知られていたものと誤認したうえ、具体的形態の差異点が上記基本的形態を凌駕するものであるとして、両意匠は非類似であるとの誤った判断をしたというにある。以下、この点について検討する。

(1)  基本的形態について

<1>  両意匠は側方からみて背面側が直線状となるように首部を介して頭部と柄部を現し、頭部は周知の歯ブラシの形態との比較においてやや肉厚な厚さでその幅に比べて長さの長い略長方形板状を全体の長手方向に沿って現し、その正面側の略全面に複数の毛束を略整列状に植毛して現し、首部は頭部の幅より狭い幅の略細長直棒状とし、柄部は周知の歯ブラシの形態との比較においてやや肉厚な厚さでかつ頭部の幅よりやや広い幅であってさらに頭部や首部の複数倍の細長い略長方形板状を全体の長手方向に沿って現している基本的な形態において共通していることは当事者間に争いがない。(なお、原告の基本的形態の要素(a)ないし(d)に関する主張は、その表現に不正確な部分もあるが、上記に摘示したところと実質的に変わるところはないものと認められる。)

<2>  ところで、歯ブラシについて、全体として細長い板状体であり、その先端部分を頭部として正面側に複数の毛束を略整列状に植毛し、頭部の複数倍の残余の板状部分を柄部とし、全体を側方からみて背面側が略直線状となるように現した形態が最も基本的な形態として、広く知られていることは、当裁判所に顕著なところである。また、いずれも原本の存在及び成立に争いのない乙第1号証(米国意匠登録第160604号明細書の添付図面、意匠登録日1950年10月24日)、乙第2号証(米国意匠登録第192025号明細書の添付図面、意匠登録日1962年1月9日)、乙第8号証(米国意匠登録第245212号明細書の添付図面、意匠登録日1977年8月2日)、乙第9号証(米国意匠登録第246080号明細書の添付図面、意匠登録日1977年10月18日)によれば、上記の最も基本的な形態を改変したものとして、頭部に続く部分を細くして長方形状の首部とし、その下部を柄部とし、柄部の幅を頭部の幅とほぼ同じか広くした形態の歯ブラシが引用意匠及び本件意匠の登録出願前から周知であったことが認められる。そして、前掲乙号各証によるも、本件意匠と引用意匠において共通する上記基本的形態そのものと同一又は酷似した形態の歯ブラシは認められないが、例えば、前掲乙第1号証には、上記基本的形態のうち、首部が「頭部の幅より狭い幅の略細長直棒状」であること及び柄部が「頭部の幅よりやや広い幅」であること以外の形態を備え首部を頭部の幅より狭い幅の略細長板状体とした歯ブラシが示されており、原本の存在及び成立に争いのない乙第4号証の1(「Mademoiselle」1972年12月号、昭和48年3月31日特許庁受入)(乙第4号証の2)には、首部が「頭部の幅より狭い幅の略細長直棒状」のものに酷似した形態を備えた歯ブラシが示されており、また、前掲乙第8号証には、柄部が「頭部の幅より広い幅」の形態を備えた歯ブラシが示されているから、乙第1号証に示された周知の形態を基本として、その首部を細長板状体を細長直棒状に改め、柄部を頭部の幅よりやや広くして、本件意匠と引用意匠に共通する基本的形態とすることは、格別の創意を要することなく容易になし得るものというべきである。

そうであれば、両意匠に共通する上記の基本的形態は、乙第1号証に示された周知の形態を部分的に改変したにとどまり、全体として、さして特徴的なものを見いだすことはできない。

(2)  具体的形態の対比

<1>  本件意匠と引用意匠は、その具体的な形態において、審決の理由の要点(2)摘示のとおり共通し、同(3)摘示のとおり差異があること、上記具体的形態の共通点のうち、同(5)<1>摘示の形態が従来より普通に知られているところであり、意匠的に評価すべきものではないことは、当事者間に争いがない。

<2>  そこで、原告の主張に即して、両意匠の柄部の具体的形態の類否を検討する(以下において「正面、背面、側面」の用語は別紙1の本件意匠の図面の示すところにより用いるものとする。)。

(a) 柄部が、本件意匠においては、首部側の幅を広く後端へ向けて漸次幅狭状になっているのに対し、引用意匠においては、首部寄りの部位をくびれ状に絞り、該部位から後端へ向けてわずかに幅広状になっている差異について(請求の原因3(2)<2>(b))

上記差異点は、柄部の外形全体を正面から観察した差異に係るものであるが、別紙1及び2によれば、本件意匠の柄部は、両側を直線状として後端に向けて次第に幅が狭くなる形状であるのに対し、引用意匠の柄部は、首部寄りの部位(別紙2によれば、柄部の前端約4分の1の位置)にくびれがあり、同部位から後端に向けて若干末広がりとなる形状であるから、かかる差異は、看者に対し視覚上別異の印象を与えることは明らかである。

原告は、両意匠における横幅の寸法比を理由に、上記差異は微差に過ぎないと主張するが、その主張のような寸法比にもかかわらず、両意匠において、柄部の正面の外形全体から受ける視覚上の印象に同一視できないものがあることは、別紙1及び2の柄部を対比すれば明瞭である。また、原告が援用する成立に争いのない甲第8、第9号証(いずれも平成1年11月22日発行に係る引用意匠の類似意匠として登録された意匠公報)によれば、両意匠の柄部には引用意匠のようにくびれがないとはいえ、全体として同幅であるか(甲第8号証)、末広がりであるか(甲第9号証)の点において、後端に向けて幅が狭くなる本件意匠の柄部とはその形態を異にしているということができるから、上記甲各号証も前記差異点が微差であることを裏付ける根拠となるものではない。

(b) 柄部が、本件意匠においては、その厚さを首部側を厚く、後端へ向けて漸次薄肉状としているのに対し、引用意匠においては、首部寄りの凹陥面を除きその余を一定の厚さとしている差異について(請求の原因3(2)<2>(c))

上記差異点は、柄部を側面から観察した差異に係るものであるが、別紙1及び2によれば、本件意匠の柄部は、首部との境界が最も肉厚で後端に向けて側面視正面側をテーパ状として次第に薄肉状とし、側面形状は全体として細長い台形状であるのに対し、引用意匠の柄部は、略同幅で側面形状は全体として細長い長方形であるから、かかる差異は、看者に対し視覚上別異の印象を与えることは明らかである。

原告が援用する前掲甲第8号証、成立に争いのない甲第4(昭和60年11月2日発行に係る引用意匠の類似意匠として登録された意匠公報)、第10号証(平成1年11月22日発行に係る引用意匠の類似意匠として登録された意匠公報)に示された意匠の柄部は、背面側及び正面側において首部との境界付近から若干の隆起部を経て、後端に向けて平行な直線状をなしており、したがって、正面側のほか背面側でも頭部、首部、柄部が直線状を形成しておらず、また、柄部の厚さは隆起部を除き略一様である点において、背面側では上記各部位が略直線状を形成し、柄部の厚さが後端に向けて次第に細くなっている本件意匠とはその形態を異にしているということができるから、上記甲各号証は前記差異点が微差であることを裏付ける根拠となるものではない。

(c) 柄部が、本件意匠においては、正面側及び背面側の略全面に周囲にわずかな周縁を残して凹弧状の凹陥面を有しているのに対して、引用意匠においては、柄部が首部寄りの凹陥面を有している差異について(請求の原因3(2)<2>(d))

上記差異点は、凹陥面が柄部の正面側及び背面側の略全面を占あるか、一部を占めるかの差異に係るもので、原告主張の深さと幅の関係を考慮するも、別紙1及び2によれば、看者は一見してかかる差異により、視覚上別異の印象をうけることは明らかである。

原告が援用する成立に争いのない甲第12号証(昭和61年10月3日発行の意匠公報)には、正面側及び背面側に凹陥面のある歯ブラシが示されているが、本件意匠の凹陥面とは明らかに形状を異にしているから、上記甲号証は前記差異点が微差であることを裏付ける根拠となるものではない。

(3)  類否判断

前記(1)認定のとおり、本件意匠と引用意匠に共通する基本的形態に格別の特徴的な点は認められず、また、前記(2)とおり、両意匠の具体的形態の共通点のうち審決の理由の要点(5)<1>摘示の形態が従来より普通に知られているところであり、意匠的に評価すべきものではないことは、当事者間に争いがない。これに対し、前記(2)に認定した本件意匠における引用意匠との具体的形態の差異点は、審決の理由の要点(3)に摘示されたその余の具体的形態の差異点(前記のとおりこの差異点は当事者間に争いがない。)と相俟って上記の共通する基本的形態及び具体的形態を凌駕し、本件意匠全体が引用意匠とは異なった意匠的まとまりを有することを、看者の視覚に対し訴えるものと認めることができる。審決摘示に係る、両意匠における具体的形態のその余の共通点である「柄部の正面側の首部との境界寄りの部位を首部より突出し、正面側及び背面側の該突出している付近を凹弧面としている点」(前記のとおりこの共通点は当事者間に争いがない。)を考慮しても両意匠における共通する基本的形態及び具体的形態は前記差異点に埋没するものというほかない。

(4)  以上のとおりであって、原告主張の取消事由は理由がなく、審決の認定判断に誤りがあるとすることはできない。

3  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙1

日本国特許庁

昭和58年(1983)2月24日発行 意匠公報(S)

5-30

594526 意願 昭56-8530 出願 昭56(1981)3月3日

登録 昭57(1982)11月19日

創作者 中西意一 東京都品川区東品川1丁目6番26号

意匠権者 ライオン株式会社 東京都墨田区本所1丁目3番7号

代理人 弁理士 稲木次之

意匠に係る物品 歯ブラシ

説明 左側面図は右側面図と対称にあらわれる.

<省略>

別紙2

日本国特許庁

昭和58年(1983)2月25日発行 意匠公報(S)

5-30

594668 意願 昭55-13150 出願 昭55(1980)4月2日

登録 昭57(1982)11月19日

創作者 山本広次 兵庫県川辺郡猪名川町柴合山田西原3-79

意匠権者 東洋製薬化成株式会社 大阪市東区道修町3丁目15番地の3

代理人 弁理士 青山葆 外2名

意匠に係る物品 歯ブラシ

説明 底面図は平面図と対称にあらわれる.

<省略>

意匠公報

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意匠公報

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