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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)263号 判決 1992年7月30日

大阪府豊中市庄内西町5丁目17番6号

原告

田中功

訴訟代理人弁理士

小原和夫

濱田俊明

沼波知明

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

市村節子

磯野清夫

有阪正昭

田辺秀三

主文

特許庁が昭和61年審判第588号事件について平成3年7月25日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続経緯

原告は、意匠に係る物品を「包装用袋」とする別紙意匠目録(1)記載の意匠について、昭和58年11月30日、意匠登録出願をしたところ、昭和60年10月17日、拒絶査定を受けたので、昭和61年1月6日、審判を請求した。特許庁は、この請求を昭和61年審判第588号事件として審理した結果、平成3年7月25日、上記請求は成り立たない、とする審決をした。

2  審決の理由の要点

(1)  本願意匠の構成態様

本願意匠は、前記目録(1)記載のとおりであり、その意匠に係る形態は、本体部を扁平な縦長方形状の袋体とし、その上辺及び下辺の中央に略U字状(略逆U字状)の取手を上下に相対し、外方向に突出するよう配した基本的構成態様のもので、具体的な態様は、本体部において、上方を開口部とし、その内側縁面にファスナーを縫着し、外側において上辺に沿い細帯状の補強片を当着し、上辺左右両隅に小円を形成したもので、上方の補強片においては周囲縁際に、袋体の下辺においてはやや内寄りに、袋体の両側辺においては縁際に、袋体の四隅においては補強片を除く部に斜めに、ミシン目様ステッチを配したものである。また、取手については上下別体とし、かつ、上下に同形とし、その巾を袋巾の略1/2とし、角部をやや角張らせた上下方向に扁平なものとし、上方に相重なるよう2本、下方に1本配したものである。

(2)  引用意匠(実開昭54-81807号の第1図ないし第3図に示された意匠、特許庁発行の昭和54年6月9日公開の公開実用新案公報所載)の構成態様

引用意匠は、意匠に係る物品を「穀粒袋」とする別紙意匠目録(2)記載のとおりのものであり、その意匠に係る形態は、本体部を扁平な縦長方形状の袋体とし、その上辺及び下辺の中央に略U字状(略逆U字状)の取手を上下に相対し、外方向に突出するよう配した基本的構成態様のもので、具体的な態様は、本体部において、上方を開口部とし、その内側縁面にファスナーを縫着し、外側において上辺に沿い細帯状の補強片を当着し、下辺においても袋体表裏面に跨がるよう細帯状の補強片を当着し、袋体四隅に等辺三角状の補強片を当着し、上辺左右両副に小円孔を形成したもので、上記補強片の各縁際に、すなわち上方の補強片においては上下縁際に、下方の補強片においては上縁際に、すなわち下辺やや内寄りに、袋体四隅においては斜めにミシン目用ステッチを配したものである。また取手については袋体の表裏面に環状紐を平行して取り付け、上下両端の外方向に突出する部を取手としたもので、取手は上下に同形とし、その巾を袋巾の略1/5とし、紐を自然に屈曲した角部のないものとし、上方に相重なるよう2本、下方に相重なるよう2本配したものである。

(3)  本願意匠と引用意匠との対比

両意匠は意匠に係る物品が共通し、形態において以下の共通点及び差異点が認められる。

本体部を扁平な縦長方形状の袋体とし、その上辺及び下辺の中央に略U字状の取手を上下に相対し、外方向に突出するよう配した基本的構成態様が共通し、具体的な態様についても本体部において上方を開口部とし、その内側縁面にファスナーを縫着し、外側において上辺に沿い細帯状の補強片を当着し、上辺左右両隅に小円を形成し、上方の補強片における上下縁際、袋体下辺のやや内寄り、袋体のほぼ四隅に斜めにミシン目様ステッチを配した点が共通し、また取手についても上下に同形とし、上方に2本相重なるよう配した点が共通する。

これに対し、取手について、本願意匠が上下別体としたのに対し、引用意匠が環状紐を袋体の表裏面に平行して取り付け、上下両端の外方向に突出する部を取手としたものである点に差異があり、取手の巾及び形状につき、本願意匠が袋巾の略1/2とし角部をやや角張らせた上下方向に扁平なものとしたのに対し、引用意匠が袋巾の略1/5とし、紐を自然に屈曲した角部のないものとした点に差異があり、また、下方の取手につき本願意匠が1本配したのに対し、引用意匠が相重なるように2本配した点に差異があり、袋体下辺における細帯状の補強片の有無、袋体四隅における等辺三角状の補強片の有無等においても差異がある。

以上の共通点及び差異点を総合して、両意匠の類否について全体として考察すると、差異点は主として取手の態様に帰するが、取手を上下別体としたか、環状紐を袋体の表裏面に平行して取り付け、上下両端の外方向に突出する部を取手としたかの差異は、従来この種意匠において取手を袋体の上下又は左右に相対し配する場合、別体として配するのが通例であり(実開昭54-165221号第1図、第2図、第4図、別紙意匠目録(3))、本願意匠においても通例に従い配したまでのことで、何ら創作を要したと認められず、引用意匠に現された袋体表裏面における平行する環状紐を本願意匠が有さないとしてもその態様を何ら意匠上の新規な態様とすることはできず、類否判断の要素としてほとんど評価できないものである。また取手の巾及び形状における差異は、この種意匠の分野においては取手の巾を広くすること、狭くすること、またその形状を角張ったものとすること、角部のないものとすること等すべてごく一般的なことであって、本願のものも極めて一般的な態様のものであって、本願意匠のみの特徴とすることはできず、下方の取手の数の差異についても、1本とするか2本とするかは構造に従い適宜選択されることが一般であり、開口部でない場合、むしろ1本とすることが普通であり、さらに引用意匠においても2本が相重なるように配され、使用時においても重ね合うこと(前記目録(2)、第3図参照)を勘案すれば、視覚的な差異も微弱で、類否判断の要素としてはほとんど評価できないもので、上記いずれの差異についても類否判断に影響を与える程の差異とは認められない。その他、袋体下辺における細帯状の補強片の有無、また袋体四隅における等辺三角状の補強片の有無の差異も、いずれもこの種意匠においてはそれぞれ一般的な態様であって本願意匠のみの新規な特徴とは認められず、両意匠がミシン目様ステッチを袋体下辺のやや内寄り、袋体のほぼ四隅に斜めに配した点では共通しており、その共通点に吸収される程度のわずかな差異というほかなく、類否判断に影響を与える程の差異とは認められない。そうして、これらの差異点を総合しても前記の基本的構成態様、及び具体的構成態様における共通点を凌駕するものとは到底認められない。

これに対し、両意匠に共通する基本的構成態様及び具体的な態様は、両意匠の主要部を構成する態様であって、かっ、全体の基調をなすものであるから、類否判断を支配する主要部と認めざるを得ない。

以上のとおり、両意匠は、意匠における物品が共通し、類否判断を支配する主要部において共通するものであるから、前記差異点があったとしても、全体として類似するものというほかない。

(4)  したがって、本願意匠は、意匠法3条1項3号に該当し、意匠登録を受けることができない。

3  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、意匠に係る物品が一致すること、両意匠に審決摘示の共通点(但し、「略U字状の取手」部分については、引用意匠においては、一体感ある環状紐全体と対比すべきであるから、このうちの取手部分のみを抽出して共通点とすることは誤りである。)及び差異点が存在すること、並びに袋体下辺における細帯状の補強片の有無、袋体四隅における等辺三角状の補強片の有無に関する差異点が類否判断における微差に止まることは認めるが、その余の類否判断は争う。同(4)は争う。審決は、類否判断における前記共通点及び差異点の比較考量を誤り、また、前記目録(3)の意匠を根拠として、引用意匠に現された袋体表裏面における平行する環状紐を本願意匠が有さない点を何ら意匠上の新規な態様とすることはできないとしたものであるならば、この点についての拒絶理由通知を発することなく拒絶したものであるから、いずれにしても違法であり、取消しを免れない。

すなわち、審決は、その認定に係る両意匠に共通する本体部における基本的構成態様及び具体的な態様を両意匠の圧倒的な主要部と見做しているが、かかる意匠部分は「包装用袋(殻粒袋)」の需要者である農家にとっては、昔から使いならされているごくありふれた意匠の部分に相当するものである。すなわち、この種の包装用袋はコンバイン等に装着して使用されるものであることから、その取付勝手に制約され、本体部の基本形状及び小円の位置等が似通ったものとなる。したがって、「本体部を扁平な縦長方形状の袋体とした基本的構成態様、及び本体部において上辺左右両隅に小円を形成した具体的態様」は、この種の包装用袋が共通して具備する態様であり、また、包装用袋をコンバインに装着した状態で穀物等を上方から入れて開封可能に閉じる機能を備える必要があることから、「本体部において上方を開口部とし、その内側縁面にファスナーを縫着する態様」もまた共通して備えるところであるため、このような基本的構成態様及び具体的態様は極めてありふれたものとして、これらを具備した意匠が多数創作されているところである(甲第5ないし第9号証参照)。そして、これらの基本的構成態様及び具体的態様を具備した意匠におけるこの意匠部分はありふれたものとして意匠的価値が低く、この部分以外の態様、すなわち、例えば、本体部に形成された模様等を要部として先行意匠との類否判断がされているのである(前掲甲号各証参照)。

そうすると、本件における類否の判断においても、以上の意匠的価値の評価の仕方に従うと、審決が両意匠に共通するとした前記の基本的構成態様及び具体的態様に係る意匠部分は、極めてありふれたものとして主要部とはなり得ないにもかかわらず、これを含めた「本体部を扁平な縦長方形状の袋体とし、その上辺及び下辺の中央に略U状の取手を上下に相対し、外方向に突出するよう配した基本的構成態様、及び本体部において、上方を開口部とし、その内側縁面にファスナーを縫着し、外側において上辺に沿い細帯状の補強片を当着し、上辺左右両隅に小円を形成し、上方の補強片における上下縁際、袋体下辺のやや内寄り、袋体のほぼ四隅に斜めにミシン目用ステッチを配し、また取手について、上下に同形とし、上方に2本相重なるように配した具体的な態様」を主要部と認定した審決の判断は誤っている。

これに対し、前記のような基本形態を有する「包装用袋」の本体部に対して、本体部の上、下辺の中央部に比較的巾の大きい範囲に上下別体の取手を相対して外方向に突出した状態で配した点こそは、本願意匠の特徴的な意匠部分であるから、かかる点にこそ本願意匠の意匠的特徴があるのである(乙第3ないし6号証及び審決添付別紙第三の意匠はいずれも相対する取手を別体として配したことにおいて共通するが、取手の付く位置、その付け方及びその形状においてはいずれの意匠も全く異なっており、本願意匠の取手は、これらの公知意匠の取手と比較しても、取手の付く位置、その付け方及びその形状において新規であるというべきである。)。すなわち、審決は、前記各差異点をそれぞれ認定しながら、これらの差異点は、いずれも前記の審決認定の共通点に吸収される程度の僅かな差異というほかないとしているが、殊に、本願意匠が取手を上下別体としたのに対し、引用意匠が環状紐を袋体の表裏面に平行して取り付け、上下両端の外方向に突出する部を取手とした点の差異は、本願意匠と引用意匠との顕著な差異を形成しているものであり、これが前記の取手の幅及び形状の差異点及び取手の数及び配置についての前記各差異点と相まって、両者の差異は一層増幅され、全体として観察した場合、両意匠間の類似性を阻却するに充分である。

以上のように、審決における意匠の評価態度は、この種意匠においてはごくありふれた意匠部分である本体部の前記共通する意匠部分を圧倒的な主要部とみ、前記の特徴ある差異点を「この種意匠の分野では一般的な態様」であるとして、その意匠的価値を無視する点において、ありふれた意匠的部分は意匠的価値が低く、特徴ある意匠的部分の意匠的価値は大きいとする意匠的価値評価の原則に反するものであり、意匠的評価を誤ったものであるというべきである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因に対する認否

請求の原因1、2は認めるが、同3は争う。

2  反論

原告は、本願意匠の本体部の上、下辺の中央部に、比較的巾の大きい範囲で上下別体の取手を相対して外方向に突出した状態で配した点における差異点の意匠的価値を重視すべきであると主張するが、この種意匠において、取手を袋体の上下、又は左右に相対し配す場合、相対する取手は連続する一体のものとしてではなく、上下各々、左右各々に別体として配することが、本願意匠の出願前において通例であり、袋体表裏面には取手を相互に連ねる紐、帯等は何ら現れないのがごく普通の態様である(乙第3ないし6号証、前記目録(3)参照)。そして、本願意匠は、取手を単に通例に従い別体としたものであり、取手を相互に連ねる紐、帯等を何ら現していないものであるから、そこに何ら意匠上の創作を要した事実が認められず、特徴のないものと判断せざるを得ないのである。

このことは、以下の点からも明らかである。すなわち、引用意匠についての実開昭54-81807号に係る実願昭52-156982号明細書(乙第7号証)には、「本考案は、穀粒袋主体(1)の上下両端に、それぞれ取手(9)(9)'を形成したから、第3図に示した状態で運搬することができるので、運搬作業が容易であるばかりでなく、両手により引き伸ばしたとき穀粒袋主体(1)の縦巾Tより大きい環Sとなる環状紐または帯(8)を、その状態のまま、側面(7)の中央部分に縦に取付けて形成したので、穀粒袋のように大きくて重い袋であっても、紐が切れない限り破損しないので、取手(9)(9)'を強固にする効果を奏する。」との記載がある。これは、引用意匠において環状紐を取り付けたのは、「取手を強固にする」実用上の効果を目的としたものにすぎず、その前提としては、「穀粒袋主体の上下両端に、それぞれ」環状紐ではない普通の「取手を形成」したものを基礎的な形態として想定していたことを示している。

また、取手の巾及び形状における差異点については、袋体に対し取手を広くするか狭くするかは主として被包装物の性質、使用(作業)目的、袋自体の材質等実用上の課題から必然的に導き出される場合が多く、その課題に応じ、その巾を広くしたり狭くしたりすることは、通常行われていることであり、そこに意匠上の新規な態様として現れない限り、一般的なものについては意匠的な価値が乏しくなるのが普通である。そして、本願のものも、一般的な態様であるやや巾広の、角部をやや角張らせた態様(乙第8号証、同第9号証の1、2、同第10号証、審決添付別紙第三)としたまでのものでしかなく、意匠上の特徴とすることができない。

さらに、下方の取手の数の差異点についてみると、右差異点は、審決が指摘するように、視覚上の差異も微弱である上、本願のものが下方の取手を1本とした点も、開口部でない場合はむしろ1本とすることが普通であり(乙第4号証、審決添付別紙第三参照)特徴がない。

したがって、前記各差異点は、いずれも何ら新規な特徴とは認められず、それらが相まった効果を勘案しても、本願意匠の全体を圧し、従前にない新規な特徴を奏する程のものではなく、前記の主要部から生ずる意匠的なまとまりを凌駕し新たな意匠を形成するまでには至っていない。

理由

1  請求の原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

2  本願意匠と引用意匠の意匠に係る物品が一致すること、両意匠の基本的構成態様及び具体的態様が審決の理由の要点(1)及び(2)に認定のとおりであり、両意匠の共通点(但し、「略U字状の取手」に関する部分を共通点とする点は除く。)及び差異点が同(3)に認定のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。

3  審決の取消事由について

原告は、審決は、両意匠の類否判断において、この種物品の意匠としてはごくありふれた意匠的部分を意匠的評価の主要部とする誤りを犯し、意匠的価値のある前記各差異点が全体として奏する特徴ある意匠的部分を軽視して、両意匠の意匠的評価を誤り、両意匠を類似するとしたものであるから、審決の認定判断は違法であると主張するので、以下、この点について検討する。

(1)  いずれも成立に争いのない甲第5ないし第9号証及び乙第7号証(引用意匠に係る実用新案登録願添付の明細書)によれば、本願意匠及び引用意匠の意匠に係る物品である包装用袋(上記各書証においては、「包装用袋」の他、「穀粒袋」(引用意匠)、「穀物収納袋」、「穀粒用袋」等の名称で呼ばれているが、以下においては「包装用袋」の名称を使用する。)は、紙、布、合成樹脂等で形成された穀物等の収納容器であり、その使用法は、穀粒袋主体(引用意匠に係る包装用袋における名称、審決ではこれに対応する部分を「本体部」と称している。)の上縁部両側に設けた小円をコンバイン等から突出している並行支持杆に必要枚数嵌合させ、上記支持杆に穀粒袋を吊設支持し(前掲甲第8号証記載の「使用状態を示す参考斜視図」参照)、コンバイン等から送出される穀物を穀粒袋上端部に設けられた開口部から充填し、充填後は、開口部に縫着されたチャックを閉じ、取手をもってこれを持ち運び運搬するなどして使用するものであることが認められ、他にこれを左右する証拠はない。

これによれば、本件意匠及び引用意匠に係る包装用袋は、コンバイン等に装着して使用するとともに、穀物の充填後は取手を持ってこれを手で持ち運び運搬する穀物の包装容器であるということができる。そして、その意匠の類否の評価においては、審決が摘示する基本的態様の共通点のうち、穀物等を収納する袋体本体部(前記引用意匠に係る包装用袋においては「穀粒袋主体」と呼ばれていることは前述のとおりである。)の扁平な縦長方形状の構成並びに審決が摘示する具体的態様の共通点のうち、上縁部両側に小円を配する構成及び本体部上方に開口部を設け、その内側縁面にファスナーを縫着する構成は、いずれも穀物用包装用袋としての機能、包装用袋のコンバイン等への装着方法及びコンバインによる穀類の充填方法等に制約された形状であり、この種の包装用袋に共通するごくありふれた形状である(本願意匠及び引用意匠並びに前掲甲第5ないし第9号証記載の各意匠参照)から、上記構成部分は、この種の包装用袋一般に共通するごくありふれた意匠としてその意匠的価値は乏しいものといわざるを得ない。

(2)  そこで、原告が両意匠の特徴的な差異点として主張する構成、すなわち、本願意匠の上下別体とした取手と、引用意匠の環状紐2本を袋体の表裏面に平行して取り付け、その上下両端の外方向に突出する部分を取手とした差異点について検討する。

前記(1)に述べたところによれば、包装用袋の取手は、人による持ち運びに必要な部位であるから、使用者にとっては当然注目の対象となり、また、扁平な縦長方形をした袋体本体部の形状自体はありふれているとしても、その表裏面は包装用袋をコンバインに吊設した場合及びこれに穀粒を充填して持ち運びする場合、使用者の目に極めて触れやすい部位であるから、その表裏面に異なる形状のものを付加すれば、当然使用者の注目するところとなるのであり、特に付加された形状が取手との関係で施されている場合には、一層注目を集めるものということができる。しかして、前記のように、引用意匠では平行して袋体本体部の表裏面の中央に取り付けられた2本の上記環状紐の上下両端の外方へ突出する部分を取手としているのに対し、本願意匠では袋体本体部に係る環状紐を備えることなく取手を上下別体に取り付けており、加えて、取手の幅及び形状につき、本願意匠が袋幅の略1/2とし角部をやや角張らせた上下方向に扁平なものとしたのに対し、引用意匠が袋幅の略1/5とし、紐を自然に屈曲した角部のないものとしている差異(以上の事実は当事者間に争いがない。)をも考慮して、本願意匠と引用意匠を対比すると、本願意匠は、袋体本体部が1個の平板な縦長方形により形成され、その上下に別体として角部をやや角張らせた上下方向に扁平な取手が取り付けられた全体としてシンプルな印象を与えるのに対し、引用意匠は、袋体本体部が2本の上記環状紐により3分割され、中央部分に細長い縦長方形、両側部分にこれより太い同幅の縦長方形が形成され、あたかも上記のような形状の3個の縦長方形が並置されているような外観を呈し、かつ環状紐が自然に屈曲した角部のない取手と相俟って装飾的な印象を与えるものであり、かように両意匠から生じる美感上の差異は視覚に顕著なものとして訴えるものと認めることができる。このことは、別紙意匠目録(1)の本願意匠の正面図と同(2)の引用意匠の第1図を対比すれば一見して明らかである。そうであれば、看者が両意匠を類似したものとして彼此混同するおそれはないものというべきである。

この点について、被告は、本願意匠の取手を上下別体とした構成、すなわち、袋体の表裏面中央部に平行な2本の棒状の環状紐をなくした構成は、創作性が極めて乏しく、意匠的価値がなく、類否判断の要素として評価できないと主張する。しかして、本願意匠の登録出願は、本願意匠が引用意匠に類似し意匠法3条1項3号に該当するとして、拒絶されたものであることは審決の理由の要点から明らかなところであるが、意匠法3条1項3号にいう「類似」は、その有する本来の語義に照らし、創作性の有無の観点からではなく、誤認混同のおそれの有無の観点から理解すべきである。また、意匠に関わる人は創作それ自体のみを目的とするものではなく、その意匠が物品に係るものである以上その実施(意匠法2条3項)をも目的として創作するのであり、この実施の段階で意匠は取引者、需要者の目に触れることになるのであるから、先行する公知意匠保護のため、これと誤認混同のおそれのある意匠の登録を拒絶する必要があることは明らかである。かかる意味においても、「類似」の意義を上記のように解するのが相当である(もとより、意匠の創作性の保護の必要を否定するものではなく、その場合は意匠法3条2項により対処すべきことになるのであり、このことと公知意匠との誤認混同の防止とは両立し得る要請である。)。

かかる観点から上記の差異点をみるに、引用意匠と対比した場合、本願意匠がこの点において創作性に乏しいところがあったとしても、看者に異なる美感を与え、看者が両意匠を混同するおそれがないことが明らかであることは、既に説示したとおりある。

なお、被告は、引用意匠における前記の平行な2本の棒状の環状紐の構成は、専ら、機能上の要請から採られた構成であると主張するので、この点について検討するに、前掲乙第7号証によれば、引用意匠に係る考案においては、運搬時等において取手に係る荷重から取手を保護強化するために、前記の平行な2本の棒状の環状紐の構成が採択されたものであることが認められ、他にこれを左右する証拠はないから、この事実によれば、前記の平行な2本の棒状の環状紐が機能上の観点から採択されたものであるということができるところである。しかしながら、かかる機能を果たすものとして採択された構成が同時に意匠上の効果を発現したとしても何ら矛盾するものではないというべきである。そして、環状紐の有無により看者に異なる美感を与えるものであることは既に述べたとおりであるから、この点において被告の前記主張は採用できない。

(3)  そうすると、本願意匠と引用意匠は非類似というべきであるから、これを類似するとした審決の認定判断は、両意匠の類否の判断を誤ったもので違法という他はなく、審決取消事由は理由があるというべきである。

4  よって、本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 押切瞳 裁判官 田中信義)

別紙 意近目録(1)

<省略>

同(2)

<省略>

同(3)

<省略>

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